算術幾何平均(arithmetic-geometric mean)とは、正の数 $a>b$ から $a_0=a$、$b_0=b$、$a_{n+1}=\frac{a_n+b_n}2$、$b_{n+1}=\sqrt{a_nb_n}$ で定める2つの数列の共通の極限 $M(a,b)$ のことである。$b_n< b_{n+1}< a_{n+1}< a_n$ が成り立ち、差は毎回半分以下になるので、2つの数列は同じ値に収束し、$\sqrt{ab}< M(a,b)<\frac{a+b}2$ である。差は $a_{n+1}-b_{n+1}<\frac{(a_n-b_n)^2}{8b}$ を満たし、正しい桁数がほぼ2倍ずつ増える。$\frac1{M(1,\sqrt2)}=0.83462\ldots$ は Gauss の定数と呼ばれる。
前提知識: 相加平均と調和平均を繰り返す数列, 相加平均・相乗平均と凸関数, はさみうちと評価の技法
相加平均と調和平均を繰り返す数列 では、2つの正の数から相加平均と調和平均を交互にとると、2つの数列が相乗平均 $\sqrt{ab}$ に近づくことを見た。では、相加平均と 相乗平均 を交互にとるとどうなるか。2と1から始めてみる。
$a_0=2$、$b_0=1$ とし、$a_{n+1}$ を相加平均、$b_{n+1}$ を相乗平均とする。
$$
a_1=\frac{2+1}2=1.5,\qquad b_1=\sqrt{2\cdot1}=\sqrt2=1.41421\ldots,
$$
$$
a_2=\frac{1.5+1.41421\ldots}2=1.45710\ldots,\qquad b_2=\sqrt{1.5\times1.41421\ldots}=\sqrt{2.12132\ldots}=1.45647\ldots.
$$
$a_3=1.4567910481\ldots$、$b_3=1.4567910139\ldots$ で、2つの数は小数第7位まで一致する。近づく先は $1.4567910310\ldots$ で、$\sqrt2$ とも $1.5$ とも違う。
$a_0=9$、$b_0=1$ なら
$$
a_1=5,\quad b_1=\sqrt9=3,\qquad a_2=4,\quad b_2=\sqrt{15}=3.87298\ldots,
$$
$$
a_3=3.93649\ldots,\quad b_3=3.93597\ldots
$$
で、$3.93623\ldots$ に近づく。相加平均と調和平均の反復では同じ $9$ と $1$ から $3=\sqrt9$ に近づいたので、極限は違う値である(図1の左)。
この記事の問いは次の2つである。
| 反復 | 変わらない量 | 極限 | 差の減り方 |
|---|---|---|---|
| 相加平均と調和平均 | 積 $a_nb_n$ | $\sqrt{ab}$ | ほぼ前の差の2乗 |
| 相加平均と相乗平均 | 積も和も保たれない | 算術幾何平均 $M(a,b)$ | ほぼ前の差の2乗 |
$a>b>0$ に対し、数列 $(a_n)$、$(b_n)$ を
$$
a_0=a,\quad b_0=b,\qquad a_{n+1}=\frac{a_n+b_n}2,\quad b_{n+1}=\sqrt{a_nb_n}\qquad(n\ge0)
$$
で定める。thm-agm-limit で示すように、2つの数列は同じ値に収束する。その値を $a$ と $b$ の 算術幾何平均 といい、$M(a,b)$ と書く。$M(b,a)=M(a,b)$、$M(a,a)=a$ と定める。
「算術平均」は相加平均、「幾何平均」は相乗平均の別名である。$a_n,b_n$ が正なら $a_{n+1},b_{n+1}$ も正なので、すべての項は正である。
正の数 $x,y$ について
$$
\frac{x+y}2-\sqrt{xy}=\frac{(\sqrt x-\sqrt y)^2}2=\frac{(x-y)^2}{2(\sqrt x+\sqrt y)^2}
$$
が成り立つ。とくに相加平均は相乗平均以上で、等号は $x=y$ のときに限る。
$x=(\sqrt x)^2$、$y=(\sqrt y)^2$、$\sqrt{xy}=\sqrt x\sqrt y$ なので
$$
\frac{x+y}2-\sqrt{xy}=\frac{(\sqrt x)^2-2\sqrt x\sqrt y+(\sqrt y)^2}2=\frac{(\sqrt x-\sqrt y)^2}2.
$$
$\sqrt x-\sqrt y=\dfrac{x-y}{\sqrt x+\sqrt y}$ を代入すると最後の形になる。右辺は $0$ 以上で、$0$ になるのは $\sqrt x=\sqrt y$、すなわち $x=y$ のときだけである。$\square$
相加平均 ≧ 相乗平均の他の証明や、凸関数との関係は 相加平均・相乗平均と凸関数 で扱っている。
$a>b>0$ とし、$(a_n)$、$(b_n)$ を def-agm で定める。このとき $(a_n)$ と $(b_n)$ は同じ値 $M(a,b)$ に収束し、次が成り立つ。ただし (i)、(ii) はすべての $n\ge0$ についての主張である。
(R1) $b_n< b_{n+1}< a_{n+1}< a_n$。
(R1) $0< a_{n+1}-b_{n+1}<\frac12(a_n-b_n)$。
(R1) $\sqrt{ab}< M(a,b)<\dfrac{a+b}2$。
(R1) $M(a,b)=M\!\left(\dfrac{a+b}2,\sqrt{ab}\right)$。
(R1) $t>0$ なら $M(ta,tb)=tM(a,b)$。
方針:2つの数列が互いを挟んで単調に動くことと、差が半分以下になることを示し、極限が一致することを導く。
段1(大小)。$a_n>b_n>0$ と仮定する($n=0$ では $a>b$ による)。lem-agm-gap により $a_{n+1}-b_{n+1}=\frac{(\sqrt{a_n}-\sqrt{b_n})^2}2>0$ である。また $a_{n+1}=\frac{a_n+b_n}2< \frac{a_n+a_n}2=a_n$、$b_{n+1}=\sqrt{a_nb_n}>\sqrt{b_nb_n}=b_n$ である。帰納法により条件 (i) がすべての $n$ で成り立つ。
段2(差は半分以下)。段1から $b_{n+1}>b_n$ なので
$$
a_{n+1}-b_{n+1}< a_{n+1}-b_n=\frac{a_n+b_n}2-b_n=\frac{a_n-b_n}2.
$$
これで条件 (ii) が示された。繰り返し使うと $0< a_n-b_n\le\dfrac{a-b}{2^n}$ である。
段3(収束)。条件 (i) から、$(a_n)$ は減少し、すべての項が $b_0=b$ より大きい。$(b_n)$ は増加し、すべての項が $a_0=a$ より小さい。有界な単調数列は収束する(実数の連続性と呼ばれる性質で、この記事では証明しない)。よって $a_n\to\alpha$、$b_n\to\beta$ となる実数 $\alpha,\beta$ がある。段2から $\lvert\alpha-\beta\rvert=\lim(a_n-b_n)=0$ なので $\alpha=\beta$ である。この値が $M(a,b)$ である。
段4(範囲)。$(b_n)$ は増加して $M(a,b)$ に近づくので、すべての $n$ で $b_n< M(a,b)$ であり、とくに $\sqrt{ab}=b_1< b_2\le M(a,b)$ である。同様に $(a_n)$ は減少して $M(a,b)$ に近づくので $M(a,b)\le a_2< a_1=\frac{a+b}2$ である。これで条件 (iii) が示された。
段5(ずらしと定数倍)。$a_1>b_1$ から同じ反復を始めた数列は、もとの数列を1つずらした $a_1,a_2,\ldots$ と $b_1,b_2,\ldots$ なので、極限は同じである。これが条件 (iv) である。$ta,tb$ から始めると、帰納法により各項がもとの項の $t$ 倍になる($\frac{ta_n+tb_n}2=t\cdot\frac{a_n+b_n}2$、$\sqrt{ta_n\cdot tb_n}=t\sqrt{a_nb_n}$)。極限も $t$ 倍で、条件 (v) を得る。$\square$
条件 (iii) から、相加平均と調和平均を繰り返す数列 の極限 $\sqrt{ab}$ より、算術幾何平均のほうが真に大きい。相加平均と調和平均の反復では積が変わらなかったが、相加平均と相乗平均の反復では積も和も変わってしまい、積のような簡単な保存量が見当たらない。算術幾何平均と積分 では、代わりにある積分の値が反復で変わらないことを示し、それを使って $M(a,b)$ を積分で表す。
$a=2$、$b=1$ では $\sqrt2=1.41421\ldots< M(2,1)=1.45679\ldots< 1.5$ で、条件 (iii) を満たす。条件 (v) で $t=\frac12$ とすると $M\!\left(1,\frac12\right)=\frac12M(2,1)=0.72839\ldots$ である。条件 (iv) により $M(2,1)=M(1.5,\sqrt2)$ で、右辺から反復を始めると ex-agm-start の $a_2,b_2$ 以降と同じ数が出る。
左はaを9、bを1としたとき、相加平均と相乗平均の反復と、相加平均と調和平均の反復の値を比べた図。右はaを2、bを1としたときの2つの反復の差を対数目盛りで比べた図
条件 (ii) の「半分以下」も、実際の減り方よりずっと粗い。ex-agm-start では差が $1,\ 0.0858,\ 0.00063,\ 3.4\times10^{-8}$ と減っている(図1の右)。
thm-agm-limit の状況で、すべての $n\ge0$ について
$$
a_{n+1}-b_{n+1}=\frac{(a_n-b_n)^2}{2(\sqrt{a_n}+\sqrt{b_n})^2}<\frac{(a_n-b_n)^2}{8b}
$$
が成り立つ。したがって $e_n=\dfrac{a_n-b_n}{8b}$ とおくと $e_{n+1}< e_n^2$、$e_n\le e_0^{\,2^n}$ である。
方針:等式は lem-agm-gap そのもので、不等号は分母を $b$ で下から押さえて得る。
段1(等式)。lem-agm-gap を $x=a_n$、$y=b_n$ として使えばよい。
段2(分母の評価)。thm-agm-limit の条件 (i) から $a_n>b_n\ge b_0=b$ なので、$\sqrt{a_n}>\sqrt{b_n}\ge\sqrt b$ である。よって $\sqrt{a_n}+\sqrt{b_n}>2\sqrt b$、$(\sqrt{a_n}+\sqrt{b_n})^2>4b$ で、
$$
\frac{(a_n-b_n)^2}{2(\sqrt{a_n}+\sqrt{b_n})^2}<\frac{(a_n-b_n)^2}{2\cdot4b}=\frac{(a_n-b_n)^2}{8b}.
$$
段3($e_n$ で書く)。両辺を $8b$ で割ると $e_{n+1}<\dfrac{(a_n-b_n)^2}{(8b)^2}=e_n^2$ である。繰り返すと $e_1< e_0^2$、$e_2< e_1^2< e_0^4$、…で、帰納法により $e_n\le e_0^{\,2^n}$ である($n=0$ は等号)。$\square$
$e_0< 1$、すなわち $a-b< 8b$ なら、$e_n$ は指数が倍々になる速さで $0$ に近づき、正しい桁数がほぼ2倍ずつ増える(2次の収束)。$a-b\ge8b$ のときでも、条件 (ii) で差が半分以下になるので、何回か反復すれば $a_n-b_n< 8b$ となり、そこから先は2次の収束になる。
$a=2$、$b=1$ では $8b=8$ で、$e_0=\frac18$ である。
| $n$ | $a_n$ | $b_n$ | $a_n-b_n$ | 評価の右辺 $\frac{(a_{n-1}-b_{n-1})^2}8$ |
|---|---|---|---|---|
| $0$ | $2$ | $1$ | $1$ | — |
| $1$ | $1.5$ | $1.41421356\ldots$ | $0.0858$ | $0.125$ |
| $2$ | $1.45710678\ldots$ | $1.45647531\ldots$ | $6.31\times10^{-4}$ | $9.20\times10^{-4}$ |
| $3$ | $1.4567910481\ldots$ | $1.4567910139\ldots$ | $3.42\times10^{-8}$ | $4.98\times10^{-8}$ |
| $4$ | $1.45679103104690\ldots$ | $1.45679103104690\ldots$ | $1.00\times10^{-16}$ | $1.46\times10^{-16}$ |
どの段でも実際の差は評価の右辺より小さい。$n=4$ で $a_4$ と $b_4$ は小数第15位まで一致し、$M(2,1)=1.4567910310469068\ldots$ である。
$a=\sqrt2$、$b=1$ から始めると
$$
a_1=\frac{\sqrt2+1}2=1.20710\ldots,\qquad b_1=\sqrt{\sqrt2}=1.18920\ldots,
$$
$$
a_2=1.19815\ldots,\qquad b_2=1.19812\ldots
$$
で、$M(1,\sqrt2)=1.1981402347\ldots$ である。その逆数 $\frac1{M(1,\sqrt2)}=0.8346268416\ldots$ は Gauss の定数 と呼ばれる(Wei26)。算術幾何平均と積分 では、この数が積分 $\frac2\pi\int_0^1\frac{dt}{\sqrt{1-t^4}}$ に等しいことを示す。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| $b>0$ | $b=0$ | $b_n=0$($n\ge1$)で極限は $0$。thm-agm-speed の右辺の $\frac1{8b}$ が意味をもたない |
| $b_{n+1}$ に古い $a_n$ を使う | $b_{n+1}=\sqrt{a_{n+1}b_n}$、$a=2$、$b=1$ | 極限は $1.31519\ldots$ で、$M(2,1)$ と違う |
| 組み合わせる平均が相加平均と相乗平均 | 相加平均と調和平均 | 極限は $\sqrt{ab}$ で、$M(a,b)$ より小さい |
$b=0$ なら $b_1=\sqrt{a\cdot0}=0$、$a_1=\frac a2$ で、以後 $b_n=0$、$a_n=\frac a{2^n}$ となり、どちらも $0$ に近づく。この場合 $\sqrt{ab}=0$ なので条件 (iii) の左の不等号は等号になり、狭義の不等号は崩れる。
$b_{n+1}=\sqrt{a_{n+1}b_n}$ とする変種では、$a_1=1.5$、$b_1=\sqrt{1.5}=1.22474\ldots$、$a_2=1.36237\ldots$ と進み、極限は計算で確かめると $1.31519\ldots$ になる。この形(新しく求めた値を次の平均に使う反復)は、正多角形の周の長さで円周率を挟む 正多角形で円周率を挟む の命題「辺の数を2倍にする漸化式」に現れる(そこでは調和平均と相乗平均の組である)。どちらの平均を先に計算するか、新しい値と古い値のどちらを使うかで、極限が変わる。
1つ目の反例では、$b>0$ を外したことで thm-agm-limit の条件 (i) の $b_n< b_{n+1}$ も同時に崩れる($0=0$ になる)。2つ目と3つ目では、2つの数列は収束するが、反復の規則が違うので極限が違う。
Wei26 は、算術幾何平均が第1種の完全楕円積分と呼ばれる積分で表されること、そしてそれを使って楕円積分の値が速く計算できることを述べている。ここで見た2次の収束が、その速さの理由である。円周率の計算にも算術幾何平均を使う方法があることは、Machinの公式 でも触れている。算術幾何平均を積分で表す式は、高校数学の置換積分だけで示すことができ、算術幾何平均と積分 で扱う。楕円の周の長さも楕円積分の一種だが、算術幾何平均で表されるのは別の種類の積分であることに注意する(楕円の周の長さ)。
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