非推移的なサイコロ

同義語:Efronのサイコロnontransitive dice

概要

非推移的なサイコロ(nontransitive dice)とは、2 つを 1 回ずつ振って大きい目が出た方を勝ちとするとき、「$X$ は $Y$ に勝ちやすい」が推移的でない組のサイコロである。$A=(0,0,4,4,4,4)$、$B=(3,3,3,3,3,3)$、$C=(2,2,2,2,6,6)$、$D=(1,1,1,5,5,5)$ の面がどれも確率 $\frac16$ で独立に出るとき、$A$ は $B$ に、$B$ は $C$ に、$C$ は $D$ に、$D$ は $A$ に、どれも確率 $\frac23$ で勝つ。相手が先に 1 つを選べば、残りから確率 $\frac23$ で勝つものを選べる。点数の大小は推移的なので、勝ちやすさは期待値を含むどんな 1 つの点数の大小でも表せない。期待値が等しい 3 つのサイコロでも輪ができ、2 回振った和で比べると強さが逆になる組もある。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 確率の定義と条件付き確率, 確率変数の期待値と分散, 場合の数の数え方の体系

高校での出発点:どちらのサイコロが強いか

2 人がそれぞれ自分のサイコロを 1 回ずつ振り、大きい目を出した方が勝つ。使うサイコロは普通の $1$ から $6$ の目のものではなく、6 つの面に好きな数を書いたものとする。どちらのサイコロが「強い」かは、勝つ確率を比べれば分かる。まず 2 組を計算してみる。

$A=(0,0,4,4,4,4)$ と $B=(3,3,3,3,3,3)$ の対戦

サイコロ $A$ の 6 つの面には $0,0,4,4,4,4$、サイコロ $B$ の 6 つの面にはすべて $3$ が書いてあるとする。どの面も確率 $\dfrac16$ で出て、2 つのサイコロの目は互いに独立であるとする。
(1) $A$ と $B$ の目の組は $6\times6=36$ 通りあり、どれも確率 $\dfrac1{36}$ で起こる。
(2) $B$ の目はいつも $3$ なので、$A$ が勝つのは $A$ の目が $4$ のとき、$B$ が勝つのは $A$ の目が $0$ のときである。$3$ と同じ数は $A$ にないので、引き分けはない。
(3) $A$ の目が $4$ になる組は、$A$ の $4$ の面 $4$ つと $B$ の面 $6$ つの組で $4\times6=24$ 通りある。よって
$$ P(A\text{ が勝つ})=\frac{24}{36}=\frac23,\qquad P(B\text{ が勝つ})=\frac{12}{36}=\frac13 $$
である。$A$ は $B$ より強い。

$B=(3,3,3,3,3,3)$ と $C=(2,2,2,2,6,6)$ の対戦

サイコロ $C$ の面には $2,2,2,2,6,6$ が書いてあるとする。$B$ の目はいつも $3$ なので、$B$ が勝つのは $C$ の目が $2$ のとき、$C$ が勝つのは $C$ の目が $6$ のときである。$C$ の目が $2$ になる確率は $\dfrac46=\dfrac23$ なので
$$ P(B\text{ が勝つ})=\frac23,\qquad P(C\text{ が勝つ})=\frac13 $$
である。$B$ は $C$ より強い。

ex-ntd-start-ab と ex-ntd-start-bc から、$A$ は $B$ より強く、$B$ は $C$ より強い。数の大小なら「$a>b$ かつ $b>c$ ならば $a>c$」なので、$A$ は $C$ よりさらに強いと予想したくなる。ところが実際に計算すると、$C$ の方が $A$ より勝ちやすい(ex-ntd-ac-bd)。さらに $D=(1,1,1,5,5,5)$ というサイコロを加えると、$A$ は $B$ に、$B$ は $C$ に、$C$ は $D$ に、$D$ は $A$ に、どれも確率 $\dfrac23$ で勝つ輪ができる(図 1)。このような組を 非推移的なサイコロ という。
4 つのサイコロ A、B、C、D と、勝ちやすい向きの矢印。どの矢印の組でも、矢印の根元のサイコロが確率 2/3 で勝つ 4 つのサイコロ A、B、C、D と、勝ちやすい向きの矢印。どの矢印の組でも、矢印の根元のサイコロが確率 2/3 で勝つ
この記事で答える問いは次の 4 つである。

  1. 「強い」はどのように定めるか。どんな性質があるか。→ def-ntd-strong、prop-ntd-asym
  2. 図 1 の輪は本当にできるか。相手が先にサイコロを選ぶと、後から選ぶ人は何ができるか。→ thm-ntd-main、cor-ntd-choose
  3. 期待値で強さを比べると、どうなるか。→ thm-ntd-mean
  4. 期待値がすべて等しいサイコロや、2 回振った和で比べる場合には何が起こるか。→ ex-ntd-mean5、ex-ntd-cx-sum
    高校の計算この記事の言葉大学の言葉
    $36$ 通りの目の組のうち勝つ組を数える勝つ確率 $P(X>Y)$独立な確率変数の大小の確率
    「$X$ の方が勝ちやすい」$X$ は $Y$ より強い集合の上の 2 項関係
    $a>b$、$b>c$ から $a>c$推移的推移律(順序の条件の 1 つ)
    期待値の大小で比べる期待値で比べる強さ実数値の関数による比較

言葉の準備:勝つ確率と「強い」

この記事の「サイコロ」は、6 つの面に実数を 1 つずつ書いたもので、面の数の並び $X=(x_1,x_2,\ldots,x_6)$ で表す。同じ数を何度書いてもよい。

サイコロの対戦と「強い」

2 つのサイコロ $X=(x_1,\ldots,x_6)$、$Y=(y_1,\ldots,y_6)$ を 1 回ずつ振る。次を仮定する。
(R1) どちらのサイコロも、6 つの面が同じ確率 $\dfrac16$ で出る。
(R2) 2 つのサイコロの目は互いに独立である。
このとき $X$ の目が $Y$ の目より大きい確率を $P(X>Y)$ と書く。$P(X>Y)>P(Y>X)$ のとき、$X$ は $Y$ より強い という。$P(X>Y)=P(Y>X)$ のとき、$X$ と $Y$ は 互角 であるという。

条件 (i)(ii) のもとでは、目の組 $(x_i,y_j)$($i,j=1,\ldots,6$)の $36$ 通りがどれも確率 $\dfrac16\cdot\dfrac16=\dfrac1{36}$ で起こる(独立な試行の確率は積になる。確率の定義と条件付き確率)。したがって
$$ P(X>Y)=\frac{(x_i>y_j\text{ となる組 }(i,j)\text{ の個数})}{36} $$
である。$6\times6$ のます目を描き、行に $X$ の目、列に $Y$ の目を並べて、$X$ が勝つますに印をつけて数えればよい。
引き分け($x_i=y_j$)の確率を $P(X=Y)$ と書くと、どの組も「$X$ の勝ち」「$Y$ の勝ち」「引き分け」のどれか 1 つなので
$$ P(X>Y)+P(Y>X)+P(X=Y)=1 $$
である。引き分けが起こらない($X$ と $Y$ に共通の数がない)ときは $P(Y>X)=1-P(X>Y)$ なので、「$X$ は $Y$ より強い」は $P(X>Y)>\dfrac12$ と同じである。この記事の 4 つのサイコロ $A,B,C,D$ は、どの 2 つにも共通の数がないので、引き分けは起こらない。

ます目を数える
  1. $C=(2,2,2,2,6,6)$ と $D=(1,1,1,5,5,5)$ の $36$ 個のますのうち、$C$ が勝つのは、$C$ の目が $6$ の $2\times6=12$ ますと、$C$ の目が $2$ で $D$ の目が $1$ の $4\times3=12$ ますで、合わせて $24$ ますである。$P(C>D)=\dfrac{24}{36}=\dfrac23$ で、$C$ は $D$ より強い。
  2. 普通のサイコロ $(1,2,3,4,5,6)$ を 2 つ振ると、$36$ ますのうち引き分けが $6$ ます、残りの $30$ ますは対角線の上と下に $15$ ますずつ分かれる。$P(X>Y)=P(Y>X)=\dfrac{15}{36}$ で、2 つは互角である。

「強い」には、数の大小と同じ性質が 1 つある。

「強い」は向きをもつ

どのサイコロ $X$ も $X$ 自身より強くない。また、$X$ が $Y$ より強いならば、$Y$ は $X$ より強くない。

$Y$ として $X$ と同じ面をもつサイコロをとる。$X$ が勝つ組は $x_i>x_j$ となる組 $(i,j)$、$Y$ が勝つ組は $x_i< x_j$ となる組 $(i,j)$ である。組 $(i,j)$ を $(j,i)$ に入れ替えると、前者と後者が 1 対 1 に対応するので、個数が等しく、$P(X>Y)=P(Y>X)$ である。等しい数の一方が他方より大きいことはないので、$X$ は $X$ 自身より強くない。
$X$ が $Y$ より強いとは $P(X>Y)>P(Y>X)$ のことである。$Y$ が $X$ より強いとは $P(Y>X)>P(X>Y)$ のことである。実数 $p,q$ について $p>q$ と $q>p$ は同時には成り立たないので、2 つは同時には成り立たない。$\square$

数の大小にはもう 1 つ、次の性質がある。

推移的

いくつかのものの間の関係「$X$ は $Y$ より強い」が 推移的 であるとは、次が成り立つことをいう:$X$ が $Y$ より強く、$Y$ が $Z$ より強いならば、$X$ は $Z$ より強い。

実数の大小 $a>b$ は推移的である($a>b$、$b>c$ なら $a-c=(a-b)+(b-c)>0$)。サイコロの「強い」が推移的でないことを示すのが、次の節の主定理である。

主定理:4 つのサイコロの輪

4 つのサイコロの輪

4 つのサイコロ
$$ A=(0,0,4,4,4,4),\quad B=(3,3,3,3,3,3),\quad C=(2,2,2,2,6,6),\quad D=(1,1,1,5,5,5) $$
について、def-ntd-strong の条件 (i)(ii) のもとで
$$ P(A>B)=P(B>C)=P(C>D)=P(D>A)=\frac23 $$
である。したがって $A$ は $B$ より、$B$ は $C$ より、$C$ は $D$ より、$D$ は $A$ より強い。

方針:4 組のそれぞれで、勝ち負けを決めるのがどちらのサイコロの目かを見て、場合に分ける。4 つのサイコロは共通の数をもたないので、どの組でも引き分けはない。
段 1($A$ と $B$)。$B$ の目はいつも $3$ である。$A$ の目が $4$ なら $A$ が勝ち、$0$ なら $B$ が勝つ。よって
$$ P(A>B)=P(A\text{ の目が }4)=\frac46=\frac23 $$
である(ex-ntd-start-ab と同じ計算)。
段 2($B$ と $C$)。$B$ の目はいつも $3$ である。$C$ の目が $2$ なら $B$ が勝ち、$6$ なら $C$ が勝つ。よって
$$ P(B>C)=P(C\text{ の目が }2)=\frac46=\frac23 $$
である。
段 3($C$ と $D$)。$C$ の目で場合に分ける。$C$ の目が $6$ なら、$D$ の目は $1$ か $5$ なので必ず $C$ が勝つ。$C$ の目が $2$ なら、$D$ の目が $1$ のときだけ $C$ が勝つ。2 つのサイコロの目は独立なので(条件 (ii))、「$C$ の目が $2$ かつ $D$ の目が $1$」の確率は積 $\dfrac46\cdot\dfrac36$ である。2 つの場合は同時には起こらないので、確率を足して
$$ P(C>D)=\underbrace{\frac26}_{C\text{ の目が }6}+\underbrace{\frac46\cdot\frac36}_{C\text{ が }2,\ D\text{ が }1}=\frac13+\frac13=\frac23 $$
である。
段 4($D$ と $A$)。$D$ の目で場合に分ける。$D$ の目が $5$ なら、$A$ の目は $0$ か $4$ なので必ず $D$ が勝つ。$D$ の目が $1$ なら、$A$ の目が $0$ のときだけ $D$ が勝つ。段 3 と同じく独立性から
$$ P(D>A)=\underbrace{\frac36}_{D\text{ の目が }5}+\underbrace{\frac36\cdot\frac26}_{D\text{ が }1,\ A\text{ が }0}=\frac12+\frac16=\frac23 $$
である。
どの組でも引き分けはないので、負ける方の確率は $1-\dfrac23=\dfrac13$ で、勝つ確率 $\dfrac23$ より小さい。よって 4 つの「強い」が成り立つ。$\square$

図 2 は、4 組の対戦の $6\times6$ のます目で、勝つますに○をつけたものである。どの組でも○は $24$ 個で、$\dfrac{24}{36}=\dfrac23$ になっている。
4 組の対戦の 6×6 のます目。行は矢印の根元のサイコロの目、列は相手の目で、○は行のサイコロが勝つます。どの組も ○ は 24 個 4 組の対戦の 6×6 のます目。行は矢印の根元のサイコロの目、列は相手の目で、○は行のサイコロが勝つます。どの組も ○ は 24 個
主定理から、推移性が成り立たないことがすぐに分かる。

「強い」は推移的でない

サイコロの「強い」は推移的でない。

推移的だと仮定して矛盾を導く。thm-ntd-main より $A$ は $B$ より強く、$B$ は $C$ より強いので、推移性から $A$ は $C$ より強い。$C$ は $D$ より強いので、もう一度推移性を使うと $A$ は $D$ より強い。一方 thm-ntd-main より $D$ は $A$ より強い。これは prop-ntd-asym($A$ が $D$ より強いなら $D$ は $A$ より強くない)に反する。$\square$

輪があるので、4 つの中に「ほかのどれよりも強いサイコロ」はない。この事実は、次のような遊びに使える。

後から選ぶ人は $\frac23$ で勝てる

2 人の一方(相手)が $A,B,C,D$ から 1 つを先に選び、もう一方(自分)が残りの 3 つから 1 つを選んで対戦する。自分は次の表のように選べば、相手がどれを選んでも、確率 $\dfrac23$ で勝つ。

相手が選ぶ$A$$B$$C$$D$
自分が選ぶ$D$$A$$B$$C$
自分が勝つ確率$P(D>A)=\frac23$$P(A>B)=\frac23$$P(B>C)=\frac23$$P(C>D)=\frac23$

表の各列は、thm-ntd-main の 4 つの等式のどれかである。相手が $A$ を選べば、図 1 の輪で $A$ に矢印を向けている $D$ を選ぶ。ほかの列も同じく、相手のサイコロに矢印を向けているサイコロを選ぶ。$\square$

この遊びが GS06 の §5.1 の練習問題 42 の問いである(サイコロの目の数と $\dfrac23$ もそこにある)。後から選ぶ方が有利になるのは、「いちばん強いサイコロ」がないからである。先に選ぶ人は、どれを選んでも負けやすい相手を残してしまう。
輪をつくらない 2 組は、どうなっているだろうか。

輪に入らない 2 組
  1. $A$ と $C$。$A$ の目で場合に分ける。$A$ の目が $0$ なら必ず負ける。$A$ の目が $4$ なら、$C$ の目が $2$ のときだけ勝つ。よって
    $$ P(A>C)=\frac46\cdot\frac46=\frac{16}{36}=\frac49,\qquad P(C>A)=1-\frac49=\frac59 $$
    で、$C$ は $A$ より強い。ex-ntd-start-ab と ex-ntd-start-bc で予想した「$A$ は $C$ より強い」は外れた。
  2. $B$ と $D$。$B$ の目はいつも $3$ なので、$D$ の目が $1$ なら $B$ の勝ち、$5$ なら $D$ の勝ちで
    $$ P(B>D)=P(D>B)=\frac36=\frac12 $$
    である。$B$ と $D$ は互角である。

ex-ntd-ac-bd (2) のように、4 つのサイコロの中には互角の組もある。4 つの中の 6 組の関係をまとめると、$A\to B\to C\to D\to A$ の輪と、$C\to A$($\frac59$)、$B$ と $D$ は互角、となる(次の節の図 3)。

期待値で比べると推移的になる

サイコロの強さを比べるもう 1 つの自然な方法は、目の期待値(平均)を比べることである。サイコロ $X=(x_1,\ldots,x_6)$ の目の期待値は
$$ E[X]=\frac{x_1+x_2+\cdots+x_6}6 $$
である(確率変数の期待値と分散)。

4 つのサイコロの期待値

$$ E[A]=\frac{0+0+4\cdot4}6=\frac83,\quad E[B]=\frac{3\cdot6}6=3,\quad E[C]=\frac{2\cdot4+6\cdot2}6=\frac{10}3,\quad E[D]=\frac{1\cdot3+5\cdot3}6=3 $$
である。期待値の大きい順に並べると $C$、$B$ と $D$(同じ $3$)、$A$ となる。

期待値で比べる強さは推移的

サイコロ $X,Y,Z$ について、$E[X]>E[Y]$ かつ $E[Y]>E[Z]$ ならば $E[X]>E[Z]$ である。つまり「期待値が大きい」という関係は推移的である。

$E[X]$、$E[Y]$、$E[Z]$ は 3 つの実数である。$E[X]-E[Z]=(E[X]-E[Y])+(E[Y]-E[Z])$ で、右辺の 2 つの項はどちらも正なので、左辺も正である。$\square$

証明は実数の大小の推移性そのものである。同じ理由で、各サイコロに 1 つの実数(点数)を対応させ、点数の大小で比べる方法は、どんな点数を使っても推移的になる。cor-ntd-nontransitive と合わせると、次のことが分かる。

勝ちやすさを 1 つの点数では表せない

4 つのサイコロ $A,B,C,D$ に実数 $s(A),s(B),s(C),s(D)$ を対応させて、「$X$ が $Y$ より強い」と「$s(X)>s(Y)$」がどの 2 つについても一致するようにすることはできない。

そのような $s$ があると仮定する。thm-ntd-main より $s(A)>s(B)$、$s(B)>s(C)$、$s(C)>s(D)$、$s(D)>s(A)$ である。実数の大小の推移性から、はじめの 3 つより $s(A)>s(D)$ となり、4 つ目の $s(D)>s(A)$ と両立しない。$\square$

特に、期待値は勝ちやすさを表す点数にならない。図 3 は、4 つのサイコロを期待値の位置に並べ、「強い」の矢印を描いたものである。
4 つのサイコロを期待値の位置(横軸)に置き、強い方から弱い方へ矢印を描いた図。期待値の小さい A から大きい方の B へ矢印が出ていて、期待値の大小と矢印の向きが一致しない 4 つのサイコロを期待値の位置(横軸)に置き、強い方から弱い方へ矢印を描いた図。期待値の小さい A から大きい方の B へ矢印が出ていて、期待値の大小と矢印の向きが一致しない

期待値が小さい方が強い組

$E[A]=\dfrac83<3=E[B]$ だが、thm-ntd-main より $A$ は $B$ より強い(勝つ確率 $\dfrac23$)。$A$ の目は $0$ か $4$ で、$B$ の $3$ に対して「$4$ なら勝ち、$0$ なら負け」が決まるだけである。$A$ が負けるときの目 $0$ は $3$ より $3$ も小さく、これが期待値を下げているが、勝ち負けには「どれだけ小さいか」は関係しない。
一方、$E[C]=\dfrac{10}3>\dfrac83=E[A]$ で $C$ は $A$ より強く(ex-ntd-ac-bd)、この組では期待値の大小と強さが一致する。期待値の大小と強さは、一致する組も一致しない組もある。

ex-ntd-ev-mismatch の説明が、非推移性の仕組みでもある。勝ち負けは「相手の目より大きいか小さいか」だけで決まり、差の大きさは使われない。4 つのサイコロの勝ち方を見直すと、

  • $A$ は、$4$ の面の多さで $B$ に勝つ。
  • $B$ は、$C$ の $2$ の面の多さにつけこんで勝つ。
  • $C$ は、$6$ の面で必ず勝ち、$2$ の面でも $D$ の $1$ には勝つ。
  • $D$ は、$5$ の面で必ず勝ち、$1$ の面でも $A$ の $0$ には勝つ。
    と、組ごとに違う面が勝ちを稼いでいる。1 つの点数で比べると、どの組でも同じ物差しを使うことになり、このような「相性」は表せない。
    期待値がすべて等しいサイコロでも輪ができる。
期待値がどれも $5$ の 3 つのサイコロ

$$ F=(2,2,4,4,9,9),\quad G=(1,1,6,6,8,8),\quad H=(3,3,5,5,7,7) $$
とする。期待値は
$$ E[F]=\frac{2(2+4+9)}6=5,\quad E[G]=\frac{2(1+6+8)}6=5,\quad E[H]=\frac{2(3+5+7)}6=5 $$
で、3 つとも等しい。どの面の数も $3$ つのサイコロの間で重ならないので、引き分けはない。
(1) $F$ と $G$。$F$ の目で場合に分ける。$F$ の目が $9$ なら必ず勝つ。$F$ の目が $4$ なら、$G$ の目が $1$ のときだけ勝つ。$F$ の目が $2$ なら、$G$ の目が $1$ のときだけ勝つ。よって
$$ P(F>G)=\frac26+\frac26\cdot\frac26+\frac26\cdot\frac26=\frac13+\frac19+\frac19=\frac59 $$
で、$F$ は $G$ より強い。
(2) 同じように場合に分けると、$P(G>H)=\dfrac59$、$P(H>F)=\dfrac59$ である(計算は下に畳む)。

$P(G>H)$ と $P(H>F)$ の計算を開く

$G$ と $H$:$G$ の目が $8$ なら必ず勝つ($H$ の最大は $7$)。$G$ の目が $6$ なら、$H$ の目が $3$ か $5$ のとき勝つ。$G$ の目が $1$ なら必ず負ける。よって $P(G>H)=\dfrac26+\dfrac26\cdot\dfrac46=\dfrac13+\dfrac29=\dfrac59$ である。

$H$ と $F$:$H$ の目が $3$ なら、$F$ の目が $2$ のとき勝つ。$H$ の目が $5$ なら、$F$ の目が $2$ か $4$ のとき勝つ。$H$ の目が $7$ でも、$F$ の目が $2$ か $4$ のとき勝ち、$9$ には負ける。よって $P(H>F)=\dfrac26\cdot\dfrac26+\dfrac26\cdot\dfrac46+\dfrac26\cdot\dfrac46=\dfrac19+\dfrac29+\dfrac29=\dfrac59$ である。


$F$ は $G$ に、$G$ は $H$ に、$H$ は $F$ に、どれも確率 $\dfrac59$ で勝つ(図 4)。期待値が同じでも、勝ちやすさには向きがあり、しかも輪になる。

期待値がどれも 5 の 3 つのサイコロ F、G、H の輪。どの矢印でも根元のサイコロが確率 5/9 で勝つ 期待値がどれも 5 の 3 つのサイコロ F、G、H の輪。どの矢印でも根元のサイコロが確率 5/9 で勝つ

例と反例:よくある推論が崩れる例

「強い」について、数の大小からの類推で立てたくなる推論と、それが崩れる例を並べる。

立てたくなる推論(仮定)反例成り立たなくなること
強さは推移的$A,B,C$(ex-ntd-ac-bd)$A$ は $B$ に、$B$ は $C$ に勝ちやすいが、$C$ が $A$ に確率 $\frac59$ で勝つ
期待値が大きい方が強い$A$ と $B$(ex-ntd-ev-mismatch)$E[A]< E[B]$ なのに $A$ が確率 $\frac23$ で勝つ
期待値が等しければ互角$F$ と $G$(ex-ntd-mean5)期待値はともに $5$ だが、$F$ が確率 $\frac59$ で勝つ
1 回で強ければ 2 回の目の和でも強い$A$ と $B$(ex-ntd-cx-sum)2 回の和で比べると $B$ が確率 $\frac59$ で勝つ
def-ntd-strong の条件 (i) を外す(面の出方が偏る)偏った $A$(ex-ntd-cx-biased)主定理の $P(A>B)=\frac23$ が崩れ、$A$ と $B$ が互角になる
反例:2 回振った目の和で比べる

ルールを変えて、各自が自分のサイコロを 2 回振り、目の和が大きい方を勝ちとする。2 回の目は互いに独立で、2 人の間も独立とする。
(1) $B$ の和はいつも $3+3=6$ である。
(2) $A$ の和は、2 回とも $0$ なら $0$、$0$ と $4$ が 1 回ずつなら $4$、2 回とも $4$ なら $8$ である。$A$ の 1 回の目が $0$ になる確率は $\dfrac13$、$4$ になる確率は $\dfrac23$ なので
$$ P(\text{和}=0)=\left(\frac13\right)^2=\frac19,\quad P(\text{和}=4)=2\cdot\frac13\cdot\frac23=\frac49,\quad P(\text{和}=8)=\left(\frac23\right)^2=\frac49 $$
である(和が $4$ になるのは「$0$ のあと $4$」と「$4$ のあと $0$」の 2 通り)。
(3) $A$ が勝つのは和が $8$ のときだけなので、$A$ が勝つ確率は $\dfrac49$、$B$ が勝つ確率は $\dfrac19+\dfrac49=\dfrac59$ である。
1 回の勝負では $A$ が確率 $\dfrac23$ で勝つのに、2 回の和の勝負では $B$ の方が強い(図 5)。$A$ が 1 回の勝負に勝つには $4$ が 1 回出ればよいが、和で勝つには $4$ が 2 回とも出る必要がある。

A と B を 2 回ずつ振ったときの目の和の分布。B の和はいつも 6 で、A の和が 6 を超えるのは 8 になる確率 4/9 のときだけ A と B を 2 回ずつ振ったときの目の和の分布。B の和はいつも 6 で、A の和が 6 を超えるのは 8 になる確率 4/9 のときだけ
2 回の和で比べると、4 つのサイコロの輪も消える。

2 回の和で比べたときの 4 つのサイコロ

2 回の目の和で比べると、$C$ は $B$ に、$C$ は $D$ に、$D$ は $A$ に、どれも確率 $\dfrac59$ で勝ち、$B$ は $A$ に確率 $\dfrac59$ で勝つ(ex-ntd-cx-sum)。$C$ と $A$ では $C$ が勝ち、$B$ と $D$ は互角である。強い順に $C$、$B$ と $D$(互角)、$A$ と並び、輪はない。

残りの組の計算を開く

和の分布は、$C$ が $4,8,12$ をそれぞれ確率 $\dfrac49,\dfrac49,\dfrac19$ でとり、$D$ が $2,6,10$ をそれぞれ確率 $\dfrac14,\dfrac12,\dfrac14$ でとる(ex-ntd-cx-sum (2) と同じ数え方)。

$C$ と $B$:$C$ の和が $8$ か $12$ なら勝つので $\dfrac49+\dfrac19=\dfrac59$。

$C$ と $D$:$C$ の和が $4$ なら $D$ の和が $2$ のとき勝ち、$8$ なら $D$ の和が $2$ か $6$ のとき勝ち、$12$ なら必ず勝つ。$\dfrac49\cdot\dfrac14+\dfrac49\cdot\dfrac34+\dfrac19=\dfrac19+\dfrac39+\dfrac19=\dfrac59$。

$D$ と $A$:$D$ の和が $2$ なら $A$ の和が $0$ のとき勝ち、$6$ なら $A$ の和が $0$ か $4$ のとき勝ち、$10$ なら必ず勝つ。$\dfrac14\cdot\dfrac19+\dfrac12\cdot\dfrac59+\dfrac14=\dfrac1{36}+\dfrac{10}{36}+\dfrac9{36}=\dfrac59$。

$C$ と $A$:$C$ の和が $4$ なら $A$ の和が $0$ のとき勝ち($4$ なら引き分け)、$8$ なら $A$ の和が $0$ か $4$ のとき勝ち($8$ なら引き分け)、$12$ なら必ず勝つ。$P(C\text{ の勝ち})=\dfrac49\cdot\dfrac19+\dfrac49\cdot\dfrac59+\dfrac19=\dfrac{4+20+9}{81}=\dfrac{33}{81}$、引き分けは $\dfrac49\cdot\dfrac49+\dfrac49\cdot\dfrac49=\dfrac{32}{81}$、$A$ の勝ちは残りの $\dfrac{16}{81}$ で、$C$ が強い。

$B$ と $D$:$B$ の和は $6$ なので、$D$ の和が $2$ なら $B$ の勝ち、$10$ なら $D$ の勝ち、$6$ なら引き分けで、勝つ確率はどちらも $\dfrac14$ である。

反例:面の出方が偏ったサイコロ

$A$ の面の数は $(0,0,4,4,4,4)$ のままで、$0$ の面がそれぞれ確率 $\dfrac14$、$4$ の面がそれぞれ確率 $\dfrac18$ で出るように細工したとする($2\cdot\dfrac14+4\cdot\dfrac18=1$)。このとき $A$ の目が $4$ になる確率は $4\cdot\dfrac18=\dfrac12$ なので、$P(A>B)=\dfrac12=P(B>A)$ で、$A$ と $B$ は互角になり、図 1 の輪は切れる。主定理の確率は、面の数だけでなく条件 (i)(どの面も確率 $\dfrac16$)にもよっている。

大学数学で見る:順序にならない関係

集合 $S$ の元の間の関係 $\succ$ が (狭義の)順序 であるとは、次の 2 つを満たすことをいう(順序集合 の狭義の版)。
(R1) どの $x\in S$ についても $x\succ x$ ではない。
(R2) $x\succ y$ かつ $y\succ z$ ならば $x\succ z$(推移律)。
$S=\{A,B,C,D\}$ の上の関係「$X$ は $Y$ より強い」は、prop-ntd-asym より条件 (i) を満たすが、cor-ntd-nontransitive より条件 (ii) を満たさない。したがって順序ではない。期待値の大小は、実数の大小を写したものなので順序になる(thm-ntd-mean)。cor-ntd-no-score は、「強い」がどんな実数の点数の大小としても表せないことを述べている。

すべての基準で上回るという比べ方(確率的な大小)を開く

勝つ確率で比べる代わりに、「どの実数 $t$ についても $P(X>t)\ge P(Y>t)$」のときに $X\succeq Y$ と書く比べ方がある。これは推移的である。実際、$X\succeq Y$ かつ $Y\succeq Z$ なら、どの $t$ についても $P(X>t)\ge P(Y>t)\ge P(Z>t)$ だからである。ただし、この比べ方ではどちらも上回らない組が多い。例えば $A$ と $B$ では、$t=\dfrac72$ のとき $P(A>t)=\dfrac23>0=P(B>t)$ だが、$t=2$ のとき $P(A>t)=\dfrac23<1=P(B>t)$ で、$A\succeq B$ も $B\succeq A$ も成り立たない。推移性を保つ代わりに、比べられない組を認めることになる。

演習

相手が $C$ を選んだとき

相手が $C$ を選んだとき、自分が $A$、$B$、$D$ のそれぞれを選んだ場合の、自分が勝つ確率を求めよ。どれを選ぶのがよいか。

解答を開く

$B$ を選ぶと $P(B>C)=\dfrac23$(thm-ntd-main)。$A$ を選ぶと $P(A>C)=\dfrac49$(ex-ntd-ac-bd)。$D$ を選ぶと $P(D>C)=1-P(C>D)=\dfrac13$。$B$ を選ぶのがよい。

$D$ の面を 1 つ変える

$D=(1,1,1,5,5,5)$ の代わりに $D'=(1,1,5,5,5,5)$ を使う。$P(C>D')$ と $P(D'>A)$ を求め、$A\to B\to C\to D'\to A$ の輪(どの矢印でも根元のサイコロが強い)が保たれるか答えよ。

解答を開く

$C$ と $D'$:$C$ の目が $6$ なら必ず勝ち、$2$ なら $D'$ の目が $1$ のとき勝つ。$P(C>D')=\dfrac26+\dfrac46\cdot\dfrac26=\dfrac13+\dfrac29=\dfrac59$。

$D'$ と $A$:$D'$ の目が $5$ なら必ず勝ち、$1$ なら $A$ の目が $0$ のとき勝つ。$P(D'>A)=\dfrac46+\dfrac26\cdot\dfrac26=\dfrac23+\dfrac19=\dfrac79$。

どちらも $\dfrac12$ より大きく、引き分けもないので、輪は保たれる。ただし 4 つの勝つ確率は $\dfrac23,\dfrac23,\dfrac59,\dfrac79$ でそろわず、相手が $D'$ を選んだときに自分が勝つ確率は $\dfrac59$ に下がる。

さらに先へ

  • 4 つの勝つ確率がすべて等しい非推移的なサイコロの組は、Efron のサイコロとも呼ばれる(Wei26)。Wei26 には、引き分けのときに振り直すルールで、勝つ組の見込みが $11:6$ になる別の組も載っている。
  • 硬貨の表と裏の並びが先に現れるかを競うゲームでも、同じような非推移性が起こる。並び「裏表表」は「表表裏」に、「表表裏」は「表裏裏」に先に出やすく、しかも輪になる(Penneyのゲーム)。
  • 集団を 2 つに分けて比べたときの大小が、合わせると逆になる現象は Simpsonのパラドックス で扱う。どちらも「全体を 1 つの数で比べると失われる情報」がある例である。
  • $A$ を $n$ 回振った目の和は $4\times(4\text{ の目が出た回数})$ で、回数の分布は 反復試行の確率 で求められる。ex-ntd-cx-sum はその $n=2$ の場合である。$n$ を大きくすると、和で比べたときの強さがどう変わるかも同じ方法で調べられる。

関連項目

参考文献

Mathpediaは寄付と、参考文献の書籍リンク(Amazonアソシエイト)の紹介料で運営されています。 支援について / 寄付する