Schur性(Schur property)とは、Banach 空間で弱収束する点列がすべてノルムでも収束するという性質である。$\ell^1$ や任意の添字集合上の $\ell^1$ がもち、$c_0$・$\ell^p$($1< p<\infty$)・$L^1(0,1)$・$C([0,1])$ はもたない。閉部分空間と同型には受け継がれるが商には受け継がれず、弱コンパクト集合がすべてノルムでコンパクトになることと同値であり、無限次元で Schur 性をもつ空間は反射的でなく双対も可分でない。反射的な空間から Schur 性をもつ空間への有界作用素はコンパクトになり、$\ell^1$ に補空間をもたない閉部分空間があることもこの性質から従う。
前提知識: 弱位相(関数解析), 弱収束(Banach空間), ℓp空間, 反射的Banach空間
無限次元の Banach 空間では、たいてい弱収束はノルム収束より真に弱い。$\ell^2$ の標準基底 $e_n$ は $0$ に弱収束するが、ノルムはすべて $1$ である。ところが $\ell^1$ では、弱収束する点列はノルムでも収束する。この性質を Schur性(Schur property)という。
Schur 性をもつ無限次元の空間は特別で、反射的でなく、双対も可分でなく、$c_0$ や $\ell^2$ と同型な部分空間を含まない。一方でこの性質は、弱コンパクト集合がノルムでコンパクトになること、反射的な空間からの有界作用素がすべてコンパクトになることなど、強い帰結をもつ。この記事では、定義と例、部分空間などへの遺伝、弱コンパクト性による特徴づけ、作用素への応用、そして $\ell^1$ の補空間をもたない閉部分空間の構成を述べる。
以下、$X,Y$ は実数体上の Banach 空間とし、$X^*$ は連続双対、$x_n\rightharpoonup x$ は弱位相 $\sigma(X,X^*)$ での収束を表す。
Banach 空間 $X$ が Schur 性をもつとは、$X$ で弱収束する点列がすべてノルムでも収束することをいう。すなわち、$x_n\rightharpoonup x$ なら $\|x_n-x\|\to0$ である。
$x_n-x\rightharpoonup0$ と $x_n\rightharpoonup x$ は同じことなので、$0$ に弱収束する点列がノルムで $0$ に収束すれば Schur 性をもつ。ノルム収束は弱収束を導くので(弱位相(関数解析) の命題「弱収束列の基本性質」)、Schur 性をもつ空間では、点列について弱収束とノルム収束は同値である。有限次元の空間は、弱位相がノルムの位相と一致するので(同記事の命題「有限次元の場合」)、Schur 性をもつ。この定義は ℓp空間 の定義「Schurの性質」と同じものである。
基本の例は $\ell^1$ である。$\ell^1$ が Schur 性をもつことは ℓp空間 の定理「Schurの定理」で証明されている。弱収束する点列から、座標の区間ごとに符号を合わせた有界列を作り、弱収束に矛盾させる議論である。添字の集合を大きくしても Schur 性は保たれる。
集合 $\Gamma$ について、$\sum_{\gamma\in\Gamma}|x(\gamma)|<\infty$ を満たす関数 $x\colon\Gamma\to\mathbb R$ の全体 $\ell^1(\Gamma)$(ノルムはこの和)は Schur 性をもつ。
$\ell^1(\Gamma)$ の元の台 $\{\gamma:x(\gamma)\ne0\}$ は高々可算である($|x(\gamma)|>1/m$ となる $\gamma$ は各 $m$ で有限個)。$x_n\rightharpoonup x$ とし、$x$ とすべての $x_n$ の台の和集合を $S$ とする。$S$ は高々可算である。$Y=\{y\in\ell^1(\Gamma):S$ の外で $y=0\}$ とおき、$P\colon\ell^1(\Gamma)\to Y$ を $S$ の外で $0$ にする写像とすると、$\|P\|\le1$ で、$Y$ の上で $P$ は恒等写像である。$g\in Y^*$ について $g\circ P\in\ell^1(\Gamma)^*$ なので、$g(x_n)=g(Px_n)\to g(Px)=g(x)$ であり、$Y$ の中で $x_n\rightharpoonup x$ である。$Y$ は $S$ が無限なら $\ell^1$ と、有限なら有限次元の空間と等長に同型なので、Schur 性をもつ(下の prop-schur-hereditary の 2)。よって $\|x_n-x\|\to0$ である。$\square$
$\Gamma$ が非可算なら、$\gamma\ne\delta$ について $\|e_\gamma-e_\delta\|=2$ なので $\ell^1(\Gamma)$ は可分でない(可分Banach空間 の定理「非可分性の判定」)。Schur 性は可分性とは関係しない。
Schur 性をもたない空間の例は多い。
$k\ge1$ について、$g_k$ を区間 $[2^{-k},2^{-k+1}]$ の外で $0$、中点で $1$ をとる三角形のグラフの連続関数とする。台の内部は互いに交わらない。$a\in c_0$ に対し $\Phi(a)=\sum_ka_kg_k$ とおく。各点では和は高々 1 項であり、$m$ 番目までの部分和との差の最大値は $\sup_{k>m}|a_k|\to0$ なので、級数は一様収束して連続関数を定める。値の最大は各三角形の頂点でとられるので $\|\Phi(a)\|_\infty=\sup_k|a_k|$ である。よって $\Phi$ は $c_0$ から $C([0,1])$ への線形な等長写像である。
$X$ を Schur 性をもつ Banach 空間とする。
1:$Z\subset X$ を閉部分空間とし、$Z$ の中で $z_n\rightharpoonup z$ とする。$f\in X^*$ の $Z$ への制限は $Z^*$ の元なので、$f(z_n)\to f(z)$ であり、$X$ の中でも $z_n\rightharpoonup z$ である。よって $\|z_n-z\|\to0$ である。
2:$T\colon W\to X$ を線形同型とし、$W$ で $w_n\rightharpoonup w$ とする。有界線形写像は弱位相について連続なので(弱位相(関数解析) の命題「弱連続な線形写像」の 2)、$Tw_n\rightharpoonup Tw$ であり、$\|Tw_n-Tw\|\to0$ である。$\|w_n-w\|\le\|T^{-1}\|\,\|Tw_n-Tw\|\to0$ となる。
3:射影 $(x,y)\mapsto x$、$(x,y)\mapsto y$ は有界線形なので、$(x_n,y_n)\rightharpoonup(x,y)$ なら各成分が弱収束し、仮定からノルムで収束する。$\square$
Schur 性をもつ Banach 空間は、$c_0$、$\ell^p$($1< p<\infty$)、無限次元の反射的な空間のいずれとも線形同型な閉部分空間をもたない。
そのような閉部分空間があれば、prop-schur-hereditary の 1 と 2 によりそれらの空間が Schur 性をもつことになり、ex-schur-non の 1 と 3 に反する。$\square$
商空間には Schur 性は受け継がれない。可分な Banach 空間はすべて $\ell^1$ の商と等長同型であり(可分Banach空間 の定理「$\ell^1$ の商としての実現」)、たとえば $\ell^2$ は $\ell^1$ の商と等長同型だが Schur 性をもたない。双対についても、$\ell^1$ は Schur 性をもつがその双対 $\ell^\infty$ はもたず、$c_0$ はもたないがその双対 $\ell^1$ はもつ。
Schur 性は、弱収束で得られるコンパクト性がノルムでのコンパクト性と一致することだと言い換えられる。
Banach 空間 $X$ について次が成り立つ。
1:$(x_n)$ を弱 Cauchy 列とし、ノルムで Cauchy 列でないとする。$\varepsilon>0$ と番号 $n_1< m_1< n_2< m_2<\cdots$ で $\|x_{n_j}-x_{m_j}\|\ge\varepsilon$ となるものがとれる。各 $f\in X^*$ で $f(x_{n_j})$ と $f(x_{m_j})$ は同じ極限に収束するので、$x_{n_j}-x_{m_j}\rightharpoonup0$ であり、Schur 性から $\|x_{n_j}-x_{m_j}\|\to0$ となって矛盾する。よって $(x_n)$ はノルムで Cauchy 列であり、$X$ の完備性からある $x$ にノルムで収束し、したがって弱収束する。弱 Cauchy 列が $X$ の点に弱収束することが弱点列完備の定義である(c0空間 の節「弱 Cauchy 列と Schur の性質との対比」)。
2:Schur 性を仮定し、$K\subset X$ を弱コンパクトとする。弱位相は Hausdorff なので $K$ は弱閉であり、Eberlein–Šmulianの定理 の定理「Eberlein–Šmulianの定理」により、$K$ の任意の点列はある点に弱収束する部分列をもつ。その極限は弱閉集合 $K$ に属し、Schur 性から部分列はノルムでも収束する。距離空間で任意の点列が $K$ の点に収束する部分列をもつので、$K$ はノルムでコンパクトである。
逆を仮定し、$x_n\rightharpoonup x$ とする。$K=\{x\}\cup\{x_n:n\ge1\}$ は弱コンパクトである。実際、$K$ の弱開被覆のうち $x$ を含む開集合 $V$ は、弱収束の定義から有限個を除くすべての $x_n$ を含むので、残りの有限個とあわせて有限部分被覆がとれる。仮定から $K$ はノルムでコンパクトである。$\|x_n-x\|\not\to0$ なら、$\varepsilon>0$ と部分列で $\|x_{n_k}-x\|\ge\varepsilon$ となるものがあり、そのさらに部分列は $K$ のある点 $y$ にノルムで収束する。ノルム収束は弱収束を導き、弱極限はただ一つなので(弱位相(関数解析) の命題「弱位相の Hausdorff 性」)、$y=x$ となって $\|x_{n_k}-x\|\ge\varepsilon$ に反する。よって $\|x_n-x\|\to0$ である。
3:$X$ が反射的であるか $X^*$ が可分なら、ノルム $1$ で $0$ に弱収束する点列がある(弱収束(Banach空間) の定理「ノルム 1 の弱零列の存在」)。これは Schur 性に反する。$\square$
2 の条件は反射的な空間と対照的である。無限次元の反射的な空間では、閉単位球は弱コンパクトだが(反射的Banach空間 の定理「角谷の定理」)、ノルムではコンパクトでない(ノルム空間 の定理「閉単位球のコンパクト性と次元」)。
Schur 性は点列についての性質であり、位相が一致することではない。$\ell^1$ が無限次元なので、その単位球面の弱閉包は閉単位球であり $0$ を含む(弱位相(関数解析) の系「単位球面の弱閉包」)。したがってノルム $1$ の点からなるネットで $0$ に弱収束するものがあり、$\ell^1$ でも弱位相はノルムの位相より真に粗い。点列でそうならないことが Schur 性である(ℓp空間 の節「$\ell^1$ の Schur の性質」)。
$Y$ が Schur 性をもち、$T\colon X\to Y$ を有界線形写像とする。
たとえば $1< p<\infty$ のとき、$\ell^p$ から $\ell^1$ への有界線形写像はすべてコンパクトである。値域の Schur 性は外せない。$\ell^2$ の恒等写像は反射的な空間の間の有界線形写像だが、コンパクトでない。
Banach 空間 $Z$ の閉部分空間 $N$ が補空間をもつとは、$N$ が位相的補空間、すなわち閉部分空間 $G$ で $N\cap G=\{0\}$、$N+G=Z$ となるものをもつことをいう。Hilbert 空間では直交補空間がつねに補空間になり、一般の Banach 空間でも有限次元または有限余次元の閉部分空間は補空間をもつ(位相的補空間 の定理「補空間をもつ典型的な部分空間」)が、$\ell^1$ ではすべての閉部分空間が補空間をもつわけではない。
$X$ を無限次元の Banach 空間で $X^*$ が可分なものとし、$T\colon\ell^1\to X$ を有界な線形全射とする。このとき $N=\ker T$ は $\ell^1$ の中に補空間をもたない。$X$ は可分なのでこのような $T$ が存在し(可分Banach空間 の定理「$\ell^1$ の商としての実現」)、たとえば $X=\ell^2$ にとれる。
$X^*$ が可分なら $X$ も可分である(弱位相の距離化可能性 の補題「双対が可分なら空間も可分」)。補空間 $G$ があったとする。$T|_G\colon G\to X$ は単射である($G\cap N=\{0\}$)。全射でもある。$a\in\ell^1$ を $a=n+g$($n\in N$、$g\in G$)と書けば $Ta=Tg$ だからである。$G$ は閉部分空間なので Banach 空間であり、有界逆写像定理(開写像定理 の系「有界逆写像定理」)により逆写像 $S\colon X\to G$ は有界である。$S$ を $\ell^1$ への写像とみると $TS$ は $X$ の恒等写像である。
$X$ は無限次元で $X^*$ は可分なので、$\|y_n\|=1$ かつ $y_n\rightharpoonup0$ となる列がある(弱収束(Banach空間) の定理「ノルム 1 の弱零列の存在」)。$S$ は有界線形なので $Sy_n\rightharpoonup0$ であり、$\ell^1$ の Schur 性から $\|Sy_n\|_1\to0$ である。ところが
$$
1=\|y_n\|=\|TSy_n\|\le\|T\|\,\|Sy_n\|_1\to0
$$
となって矛盾する。$\square$
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| Schur 性(thm-schur-main の 2) | $\ell^2$ の閉単位球 | 弱コンパクトな集合がノルムでコンパクトであること |
| 無限次元(thm-schur-main の 3) | $\mathbb R^n$ | 反射的でないこと |
| 閉部分空間であること(prop-schur-hereditary の 1) | $\ell^1$ の商と等長同型な $\ell^2$ | Schur 性が受け継がれること |
| 点列であること(def-schur) | $\ell^1$ の単位球面の点からなるネット | 弱収束からノルム収束が従うこと |
| 値域の Schur 性(thm-schur-operators の 2) | $\ell^2$ の恒等写像 | 反射的な空間からの有界作用素のコンパクト性 |
1 行目:$\ell^2$ は反射的なので閉単位球は弱コンパクトであり(反射的Banach空間 の定理「角谷の定理」)、無限次元なのでノルムではコンパクトでない(ノルム空間 の定理「閉単位球のコンパクト性と次元」)。
2 行目:$\mathbb R^n$ は有限次元なので Schur 性をもち、反射的である。
3 行目:可分Banach空間 の定理「$\ell^1$ の商としての実現」と ex-schur-non の 1 である。
4 行目は上の節「弱コンパクト性による特徴づけ」の最後の段落で述べた。5 行目:$\ell^2$ は反射的だが Schur 性をもたず、恒等写像は閉単位球をノルムで相対コンパクトな集合に写さない。
$\ell^1$ の Schur 性は Bre11 Remark 4(p. 60)に述べられ、Problem 8(pp. 446–447)が Baire のカテゴリー定理による誘導問題になっている。同じ Problem 8 の 6 は $L^1(0,1)$ にノルム $1$ で $0$ に弱収束する列を作る問題である。値域または定義域が $\ell^1$ の有界作用素が弱収束列をノルム収束列へ写すこと、反射的な空間から $\ell^1$ への有界作用素がコンパクトであることは同書 Exercise 6.7 の 3 と 5(pp. 171–172)、$\ell^1$ からの全射の核が補空間をもたないことは Exercise 3.26(pp. 85–86)で演習として問われている。同書は実 Banach 空間で述べている。この記事では一般の Schur 性をもつ空間について、それぞれ記事の中で証明した。
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