リーマン多様体の曲がり具合を表現するためのテンソル場がリーマン曲率テンソル(Riemannian curvature tensor)である。
リーマン多様体の曲がり具合を表現するためのテンソル場がリーマン曲率テンソル(Riemannian curvature tensor)である。
リーマン曲率は曲面論におけるガウス曲率の一般化とみなすこともできる。
またリーマン曲率はリーマン同型類の不変量を与える。
3次元空間中の平面と曲面を見比べると曲面の方が2次元空間としてより曲がっているように見える。
これは我々が曲面を外から眺めたときの見解であるが、曲面上にへばりついた2次元的な生物(実際、人間は近似的には球面上の2次元的生物である)には自分たちの住む世界が曲がっているかどうか外から眺めずに分かるだろうか。
ここに以下で説明するリーマン曲率が登場する。
リーマン曲率は完全にリーマン多様体の内在的な情報のみから決定される。
すなわち、リーマン計量がリーマン接続を一意的に定め、リーマン接続からリーマン曲率が定義される。
従って、先の問の答えは Yes である。
リーマン多様体 $(M,g)$ のリーマン接続を $\nabla$ とする。
このとき、$(1,3)-$型テンソル場を
$$
\begin{aligned}
R(X,Y)Z:=\nabla_X\nabla_YZ-\nabla_Y\nabla_XZ-\nabla_{[X,Y]}Z,\ \ \ X,Y,Z\in\Gamma(TM)
\end{aligned}
$$
と定義する。
ここで $\Gamma(TM)$ は接バンドル $TM$ の滑らかな切断、すなわちベクトル場の全体である。
これをリーマン曲率テンソルと呼ぶ。
$R$ が$(1,3)$-型テンソル場であることを示すには、$R(X,Y)Z$ が $X,Y,Z$ に対して $C^\infty(M)$-線形でかつベクトル場であることを示せばよい。
$f\in C^\infty(M)$ に対して、
$$
\begin{aligned}
R(fX,Y)Z&=f\nabla_X\nabla_YZ-f\nabla_Y\nabla_XZ-Y(f)\nabla_XZ-f\nabla_{[X,Y]}Z+Y(f)\nabla_XZ=f R(X,Y)Z
\end{aligned}
$$
が成り立つ。
$Y$ を $fY$ としても同様。
また
$$
\begin{aligned}
R(X,Y)fZ&=\nabla_X(Y(f)Z+f\nabla_YZ)-\nabla_Y(X(f)Z+f\nabla_XZ)-[X,Y](f)Z-f\nabla_{[X,Y]}Z\\
&=X(Y(f))Z+Y(f)\nabla_XZ+X(f)\nabla_YZ+f\nabla_X\nabla_YZ\\
&-Y(X(f))Z-X(f)\nabla_YZ-Y(f)\nabla_XZ-f\nabla_Y\nabla_XZ
-[X,Y](f)Z-f\nabla_{[X,Y]}Z\\
&=fR(X,Y)Z
\end{aligned}
$$
が成り立つ。
定義より、$R(X,Y)Z$ がベクトル場を与えることは明らかである。
チャート $(U,\{x^i\})$ に対して、リーマン曲率の成分を
$$
\begin{aligned}
R(\frac{\partial}{\partial x^k},\frac{\partial}{\partial x^l})\frac{\partial}{\partial x^j}=R^i_{jkl}\frac{\partial}{\partial x^i}
\end{aligned}
$$
と定義すると、$Z=Z^i\partial_i\in\Gamma(TM)$ に対して、定義より、
$$
\begin{aligned}
R^i_{jkl}Z^j&=\nabla_k\nabla_lZ^i-\nabla_l\nabla_kZ^i
\end{aligned}
$$
が成り立つ。
ただし、$\nabla_i=\nabla_{\frac{\partial}{\partial x^i}}$ である。
リーマン曲率のチャートに関する成分は
\begin{aligned} R^i_{jkl}=\partial_k\Gamma^i_{lj}-\partial_l\Gamma^i_{kj}+\Gamma^i_{ka}\Gamma^a_{lj}-\Gamma^i_{la}\Gamma^a_{kj} \end{aligned}
となる。
$$ \begin{aligned} R^i_{jkl}Z^j&=\nabla_k\nabla_lZ^i-\nabla_l\nabla_kZ^i\\ &=\partial_k\nabla_lZ^i-\Gamma^a_{kl}\nabla_aZ^i+\Gamma^i_{ka}\nabla_lZ^a-(k,l入れ替え)\\ &=\partial_k(\partial_lZ^i+\Gamma^i_{lb}Z^b)-\Gamma^a_{kl}(\partial_aZ^i+\Gamma^i_{ab}Z^b)+\Gamma^i_{ka}(\partial_lZ^a+\Gamma^a_{lb}Z^b)-(k,l入れ替え)\\ &=(\partial_k\Gamma^i_{lj}-\partial_l\Gamma^i_{kj}+\Gamma^i_{ka}\Gamma^a_{lj}-\Gamma^i_{la}\Gamma^a_{kj})Z^j \end{aligned} $$
一般のテンソル場に対する共変微分の交換子は曲率テンソルで表され、以下の恒等式が成り立つ。
\begin{aligned} (1)& \nabla_i\nabla_j f-\nabla_j\nabla_i f=0\\ (2)& \nabla_i\nabla_j u_k -\nabla_j\nabla_i u_k=-R^a_{kij}u_a\\ (3)& \nabla_i\nabla_jT^k_l-\nabla_i\nabla_jT^k_l=R^k_{aij}T^a_l-R^a_{lij}T^k_a \end{aligned}
より高階のテンソル場に対しても $(3)$ と同様な式が成り立つ。
(1)
$$
\begin{aligned}
\nabla_i\nabla_jf=\partial_i\partial_jf-\Gamma^a_{ij}\partial_af
\end{aligned}
$$
と $\Gamma^a_{ij}=\Gamma^a_{ji}$ から分かる。
(2)
\begin{aligned}
\nabla_i\nabla_ju_k-\nabla_j\nabla_iu_k=&\partial_i\nabla_ju_k-\Gamma^a_{ij}\nabla_au_k-\Gamma^a_{ik}\nabla_ju_a-(i,j入れ替え)\\
= &\partial_i(\partial_ju_k-\Gamma^a_{jk}u_a)-\Gamma^a_{ij}(\partial_au_k-\Gamma^b_{ak}u_b)-\Gamma^a_{ik}(\partial_ju_a-\Gamma^b_{ja}u_b)-(i,j入れ替え)\\
= &-\partial_i\Gamma^a_{jk}u_a+\partial_j\Gamma^a_{ik}u_a+\Gamma^a_{ik}\Gamma^b_{ja}u_b-\Gamma^a_{jk}\Gamma^b_{ia}u_b=-R^a_{kij}u_a
\end{aligned}
(3)も同様の計算に単純な計算により示される。
リーマン多様体上で定義されたテンソル場に対するある種の微分方程式の解が存在する(可積分である)ための必要十分条件がその未知のテンソル場に対してリッチの恒等式が成り立つこととして理解することができる。
この事実はしばしば特定の性質を持つテンソル場の存在を判定することに役立てられる。
詳しくはリッチの恒等式と可積分条件を参照されたい。
$$
\begin{aligned}
R(X,Y,Z,W)\colon=g(R(Z,W)Y,X)
\end{aligned}
$$
とおくと、次が成り立つ。
\begin{aligned} (1)&\ R(X,Y,Z,W)=-R(X,Y,W,Z)=-R(Y,X,Z,W)\\ (2)&\ R(X,Y,Z,W)+R(X,Z,W,Y)+R(X,W,Y,Z)=0\\ (3)&\ R(X,Y,Z,W)=R(Z,W,X,Y) \end{aligned}
またチャートに関する成分表示では
$$
\begin{aligned}
R_{ijkl}&=g_{ia}R^a_{jkl}
\end{aligned}
$$
とするとき、
$$
\begin{aligned}
(1)&\ R_{ijkl}=-R_{jikl}=-R_{ijlk}\\
(2)&\ R_{ijkl}+R_{iklj}+R_{iljk}=0\ \ \ (第一ビアンキ恒等式)\\
(3)&\ R_{ijkl}=R_{klij}
\end{aligned}
$$
となる。
(1)
1つ目の等号は定義より明らかである。
二つ目の等号は
$$
\begin{aligned}
R(X,X,Z,W)=g(R(Z,W)X,X)=0
\end{aligned}
$$
を示せば良い。
実際、
$$
\begin{aligned}
R(X,X,Z,W)&=g(R(Z,W)X,X)=g(\nabla_Z\nabla_WX-\nabla_W\nabla_ZX-\nabla_{[Z,W]}X,X)\\
&=Zg(\nabla_WX,X)-Wg(\nabla_ZX,X)-\frac{1}{2}[Z,W]g(X,X)\\
&=\frac{1}{2}ZWg(X,X)-\frac{1}{2}WZg(X,X)-\frac{1}{2}[Z,W]g(X,X)=0
\end{aligned}
$$
となる。
(2)
$$
\begin{aligned}
R(X,Y)Z&=\nabla_X\nabla_YZ-\nabla_Y\nabla_XZ-\nabla_{\nabla_XY}Z+\nabla_{\nabla_YX}Z\\
R(Y,Z)X&=\nabla_Y\nabla_ZX-\nabla_Z\nabla_YX-\nabla_{\nabla_YZ}X+\nabla_{\nabla_ZY}X\\
R(Z,X)Y&=\nabla_Z\nabla_XY-\nabla_X\nabla_ZY-\nabla_{\nabla_ZX}Y+\nabla_{\nabla_XZ}Y
\end{aligned}
$$
より
$$
\begin{aligned}
R(X,Y)Z+R(Y,Z)X+R(Z,X)Y&=[X,\nabla_YZ]+[\nabla_XZ,Y]+[Y,\nabla_ZX]+[\nabla_YX,Z]+[Z,\nabla_XY]+[\nabla_ZY,X]\\
&=[X,[Y,Z]]+[Y,[Z,X]]+[Z,[X,Y]]=0
\end{aligned}
$$
であるから、(2)が示された。
(3)は(1),(2)から以下のように代数的に導かれる。
$$
\begin{aligned}
R(W,Z,X,Y)+R(W,X,Y,Z)+R(W,Y,Z,X)&=0\\
R(X,W,Y,Z)+R(X,Y,Z,W)+R(X,Z,W,Y)&=0\\
R(Y,X,Z,W)+R(Y,Z,W,X)+R(Y,W,X,Z)&=0\\
R(Z,Y,W,X)+R(Z,W,X,Y)+R(Z,X,Y,W)&=0
\end{aligned}
$$
が成り立つから、これらを足すと
$$
\begin{aligned}
2R(W,Y,Z,X)+2R(X,Z,W,Y)=0
\end{aligned}
$$
となり、したがって
$$
\begin{aligned}
R(W,Y,Z,X)=R(Z,X,W,Y)
\end{aligned}
$$
となる。
リーマン曲率テンソルの共変微分に関しては次の恒等式が成り立つ。
これは(第二)ビアンキ恒等式(second Bianchi identity)と呼ばれる。
\begin{aligned} \nabla_XR(Y,Z,W,T)+\nabla_YR(Z,X,W,T)+\nabla_ZR(X,Y,W,T)=0 \end{aligned}
チャートに関する成分表示は
$$
\begin{aligned}
\nabla_iR_{jklm}+\nabla_jR_{kilm}+\nabla_kR_{ijlm}=0
\end{aligned}
$$
である。
チャートに関する成分について示す。
テンソル場 $\nabla_lu_m$ に関するリッチの恒等式より
$$
\begin{aligned}
\nabla_i\nabla_j(\nabla_lu_m)-\nabla_j\nabla_i(\nabla_lu_m)=-R^a_{lij}\nabla_au_m-R^a_{mij}\nabla_lu_a
\end{aligned}
$$
となり、$i,j,l$ を巡回させると
$$
\begin{aligned}
\nabla_j\nabla_l(\nabla_iu_m)-\nabla_l\nabla_j(\nabla_iu_m)=-R^a_{ijl}\nabla_au_m-R^a_{mjl}\nabla_iu_a\\
\nabla_l\nabla_i(\nabla_ju_m)-\nabla_i\nabla_l(\nabla_ju_m)=-R^a_{jli}\nabla_au_m-R^a_{mli}\nabla_ju_a
\end{aligned}
$$
となり、3式を加えると、
$$
\begin{aligned}
&\nabla_i(\nabla_j\nabla_lu_m-\nabla_l\nabla_ju_m)+\nabla_j(\nabla_l\nabla_iu_m-\nabla_i\nabla_lu_m)+\nabla_l(\nabla_i\nabla_ju_m-\nabla_j\nabla_iu_m)\\
= &-R^a_{mij}\nabla_lu_a-R^a_{mjl}\nabla_iu_a-R^a_{mli}\nabla_ju_a\\
=&\nabla_i(-R^a_{mjl}u_a)+\nabla_j(-R^a_{mli}u_a)+\nabla_l(-R^a_{mij}u_a)\\
= &-R^a_{mij}\nabla_lu_a-R^a_{mjl}\nabla_iu_a-R^a_{mli}\nabla_ju_a
\end{aligned}
$$
となり、したがって
$$
\begin{aligned}
\nabla_iR^a_{mjl}+\nabla_jR^a_{mli}+\nabla_lR^a_{mij}=0
\end{aligned}
$$
となる。
リーマン曲率テンソルが恒等的に0であるリーマン多様体は"平坦"(flat)であるという。
次の定理が成り立つ。
平坦なリーマン多様体 $(M,g)$ の任意の点に対して、ある座標近傍 $(U,\{x^i\})$ が存在して $g_{ij}=\delta_{ij}$ となる。
ある座標 $(U,\{x^i\})$ に関して、$\Gamma^i_{jk}$ が全て同時に0ではないとする。
リーマン接続の係数が常に0であることと、平坦であることは同値であるから、適当な座標 $(U,\{\bar{x}^i\})$ が存在し、この座標に関して、$\overline{\Gamma}^i_{jk}=0$ となることを示せばよい。
$$
\begin{aligned}
\frac{\partial \bar{x}^i}{\partial x^a}\Gamma^a_{bc}=\frac{\partial \bar{x}^j}{\partial x^b}\frac{\partial \bar{x}^k}{\partial x^c}\overline{\Gamma}^i_{jk}+\frac{\partial^2\bar{x}^i}{\partial x^b\partial x^c}
\end{aligned}
$$
であるから、$\overline{\Gamma}^i_{jk}=0$ となることと、$\bar{x}^i$ が
$$
\begin{aligned}
\frac{\partial \bar{x}^i}{\partial x^a}\Gamma^a_{bc}=\frac{\partial^2\bar{x}^i}{\partial x^b\partial x^c}
\end{aligned}
$$
を満たすことは同値である。
従って、$\dim M=n$ とするとき、$n+n^2$ 個の未知関数 $\bar{x}^i,\ \bar{x}^i_{\ j}$ に対する連立偏微分方程式
$$
\begin{aligned}
\frac{\partial \bar{x}^i}{\partial x^a}&=\bar{x}^i_{\ a},\\
\frac{\partial \bar{x}^i_{\ b}}{\partial x^c}&=\bar{x}^i_{\ a}\Gamma^a_{bc}
\end{aligned}
$$
が解を持てばよい。
可積分条件は
$$
\begin{aligned}
\frac{\partial}{\partial x^b}\left(\frac{\partial \bar{x}^i}{\partial x^a}\right)-\frac{\partial}{\partial x^a}\left(\frac{\partial \bar{x}^i}{\partial x^b}\right)=\frac{\partial \bar{x}^i_{\ a}}{\partial x^b}-\frac{\partial \bar{x}^i_{\ b}}{\partial x^a}=\bar{x}^i_{\ c}\left(\Gamma^c_{ab}-\Gamma^c_{ba}\right)=0,\\
\frac{\partial}{\partial x^d}\left(\frac{\partial \bar{x}^i_{\ b}}{\partial x^c}\right)
-\frac{\partial}{\partial x^c}\left(\frac{\partial \bar{x}^i_{\ b}}{\partial x^d}\right)
=\frac{\partial}{\partial x^d}\left(\bar{x}^i_{\ a}\Gamma^a_{bc}\right)
-\frac{\partial}{\partial x^c}\left(\bar{x}^i_{\ a}\Gamma^a_{bd}\right)
= \bar{x}^i_{\ a}R^a_{bdc}
\end{aligned}
$$
であるから、任意の初期条件に対して(必要なら近傍を取り直すことで)、$U$ 上で上の連立偏微分方程式の解が存在する。
従って適当な初期条件の下で望みの座標近傍が存在することが示された。
この定理のポイントは、ある近傍全体で計量 $g$ がユークリッド計量となっているという点である。
平坦でない一般のリーマン多様体でもある1点 $p$ において $g_{ij}(p)=\delta_{ij}$ となるような座標近傍 $(U,\{x^i\})$ は存在する。
しかし、そのような場合でも点 $p$ 以外の $U$ 上の点では $g_{ij}$ は必ずしも0ではない。