Doobの任意抽出定理(Doob's optional stopping theorem)とは、マルチンゲールを有界とは限らない停止時刻で止めても期待値が保たれるための条件を与える定理である。一様可積分な劣マルチンゲール $(X_n)$ と停止時刻 $\sigma\le\tau$ について $E[X_\tau\mid\mathcal F_\sigma]\ge X_\sigma$ が成り立ち、マルチンゲールなら等号と $E[X_\tau]=E[X_0]$ が成り立つ。止めた列が有界な場合、増分の条件付き期待値が有界で $E[\tau]<\infty$ の場合にも期待値は保たれ、非負の優マルチンゲールでは $E[X_\tau]\le E[X_0]$ である。Wald の等式や破産までの回数の計算に使われ、倍賭けのように条件を外すと成り立たない。
前提知識: マルチンゲール, Doobのマルチンゲール収束定理, 一様可積分性, 条件付き期待値
公平な賭けでは、あらかじめ決めた回数で止める限り、手持ちの期待値は最初と変わらない。賭けの途中で結果を見ながら止める時刻(停止時刻)を選んでも、その時刻が有界なら同じである(マルチンゲール の系「有界な停止時刻での期待値」)。では、有界でない停止時刻ではどうか。「負けたら倍賭けし、初めて勝ったらやめる」戦略では、止める時刻はほとんど確実に有限なのに、止めたときの手持ちはほとんど確実に $1$ 単位増えている。期待値は保たれない。
Doob の任意抽出定理(Doob's optional stopping theorem)は、有界でない停止時刻でも期待値が保たれるための条件を与える定理群の総称である。中心にあるのは、一様可積分(一様可積分性)なマルチンゲール $(X_n)$ と停止時刻 $\sigma\le\tau$ について
$$
E[X_\tau\mid\mathcal F_\sigma]=X_\sigma,\qquad\text{とくに}\qquad E[X_\tau]=E[X_0]
$$
が成り立つという主張である。ここで $\mathcal F_\sigma$ は「時刻 $\sigma$ までに分かる情報」を表す σ-代数である。条件付き期待値の形の主張は、任意抽出(optional sampling)定理とも呼ばれる。
この記事では、停止時刻までの情報の σ-代数を定義し、まず有界な停止時刻について条件付き期待値の形の定理を証明する。次に一様可積分な劣マルチンゲールへ広げ、実際によく使う十分条件(止めた列が有界、増分が有界で停止時刻の期待値が有限、非負の優マルチンゲール)を導く。応用として Wald の等式、破産までの時間の期待値、ランダムウォークが初めて $1$ に着く時刻の期待値が無限大であることを示し、最後に各条件を外すと結論が崩れる例を挙げる。
以下、確率空間 $(\Omega,\mathcal F,P)$ とフィルトレーション $(\mathcal F_n)_{n\in\mathbb N}$ を固定し、$\mathbb N=\{0,1,2,\dots\}$、$\mathcal F_\infty:=\sigma\bigl(\bigcup_n\mathcal F_n\bigr)$ とおく。マルチンゲール・劣マルチンゲール・優マルチンゲール・可予測な列・停止時刻($\mathbb N\cup\{\infty\}$ に値をとる)・停止過程 $(X_{\tau\wedge n})$・マルチンゲール変換 $(H\cdot X)_n=\sum_{m=1}^nH_m(X_m-X_{m-1})$ は マルチンゲール の記事の定義に従う。確率変数 $Y$ と事象 $A$ について $E[Y;A]:=E[Y1_A]$ と書き、条件付き期待値の等式・不等式はほとんど確実に成り立つという意味で読む。
マルチンゲール の記事から次を使う。
停止時刻 $\tau$ について
$$
\mathcal F_\tau:=\bigl\{A\in\mathcal F_\infty\bigm| \text{すべての }n\in\mathbb N\text{ について }A\cap\{\tau\le n\}\in\mathcal F_n\bigr\}
$$
とおく。適合した列 $(X_n)$ について、$\{\tau<\infty\}$ の上で $X_\tau(\omega):=X_{\tau(\omega)}(\omega)$ と定める。$\mathcal F_\infty$-可測な確率変数 $X_\infty$ が指定されているときは、$\{\tau=\infty\}$ の上で $X_\tau:=X_\infty$ とする。
$A\in\mathcal F_\tau$ は「時刻 $\tau$ になった時点で、$A$ が起こったかどうかが分かる」事象である。$\{\tau\le n\}=\bigcup_{k\le n}\{\tau=k\}$ なので、条件「$A\cap\{\tau\le n\}\in\mathcal F_n$(すべての $n$)」は「$A\cap\{\tau=n\}\in\mathcal F_n$(すべての $n$)」と同値である。定数の停止時刻 $\tau\equiv k$ では $\mathcal F_\tau=\mathcal F_k$ であり、$\tau\equiv\infty$ では $\mathcal F_\tau=\mathcal F_\infty$ である。
$\sigma,\tau$ を停止時刻とする。
要点:どれも、定義の条件「$A\cap\{\tau\le n\}\in\mathcal F_n$」を $n$ ごとに確かめる。4 は $m\ge n$ と $m< n$ に分ける。
1. $\Omega\cap\{\tau\le n\}=\{\tau\le n\}\in\mathcal F_n$ である。$A\in\mathcal F_\tau$ なら $A^c\cap\{\tau\le n\}=\{\tau\le n\}\setminus(A\cap\{\tau\le n\})\in\mathcal F_n$ であり、可算個の $A_i\in\mathcal F_\tau$ について $\bigl(\bigcup_iA_i\bigr)\cap\{\tau\le n\}=\bigcup_i(A_i\cap\{\tau\le n\})\in\mathcal F_n$ である。よって σ-代数である。$m\in\mathbb N$ について $\{\tau\le m\}\in\mathcal F_m\subset\mathcal F_\infty$ であり、$\{\tau\le m\}\cap\{\tau\le n\}=\{\tau\le m\wedge n\}\in\mathcal F_{m\wedge n}\subset\mathcal F_n$ なので $\{\tau\le m\}\in\mathcal F_\tau$ である。
2. $A\in\mathcal F_\sigma$ とする。$\tau\le n$ なら $\sigma\le n$ なので、$A\cap\{\tau\le n\}=(A\cap\{\sigma\le n\})\cap\{\tau\le n\}$ であり、これは $\mathcal F_n$ の 2 つの元の共通部分である。
3. Borel 集合 $B$ について $\{X_\tau\in B\}\cap\{\tau\le n\}=\bigcup_{k\le n}\bigl(\{X_k\in B\}\cap\{\tau=k\}\bigr)\in\mathcal F_n$ である。また $\{X_\tau\in B\}=\bigcup_{k\in\mathbb N}\bigl(\{X_k\in B\}\cap\{\tau=k\}\bigr)\cup\bigl(\{X_\infty\in B\}\cap\{\tau=\infty\}\bigr)\in\mathcal F_\infty$ である。
4. $C:=A\cap\{\sigma\le n\}$ とおく。$C\in\mathcal F_n\subset\mathcal F_\infty$ である。$m\ge n$ なら $C\cap\{\sigma\wedge n\le m\}=C\in\mathcal F_n\subset\mathcal F_m$ であり、$m< n$ なら $\{\sigma\wedge n\le m\}=\{\sigma\le m\}$ なので $C\cap\{\sigma\wedge n\le m\}=A\cap\{\sigma\le m\}\in\mathcal F_m$ である。$\square$
まず停止時刻が有界な場合に、条件付き期待値の形の主張を示す。証明は「時刻 $\sigma$ の後から $\tau$ までだけ、事象 $A$ が起こっていれば賭ける」という賭け方による。
$(X_n)$ を劣マルチンゲールとし、$\sigma\le\tau$ を停止時刻で、ある $k\in\mathbb N$ について $\tau\le k$ を満たすものとする。このとき $X_\sigma,X_\tau$ は可積分であり、
$$
E[X_\tau\mid\mathcal F_\sigma]\ge X_\sigma
$$
が成り立つ。とくに $E[X_0]\le E[X_\sigma]\le E[X_\tau]\le E[X_k]$ である。$(X_n)$ がマルチンゲールなら $E[X_\tau\mid\mathcal F_\sigma]=X_\sigma$ である。
$|X_\tau|\le|X_0|+\cdots+|X_k|$ なので $X_\tau$ は可積分であり、$X_\sigma$ も同様である。
$A\in\mathcal F_\sigma$ を固定し、$m\ge1$ について
$$
H_m:=1_A\,1_{\{\sigma< m\le\tau\}}
$$
とおく。lem-os-sigma の 2 により $A\in\mathcal F_\tau$ でもあるので、
$$
A\cap\{\sigma< m\le\tau\}=\bigl(A\cap\{\sigma\le m-1\}\bigr)\setminus\bigl(A\cap\{\tau\le m-1\}\bigr)\in\mathcal F_{m-1}
$$
であり、$(H_m)$ は可予測で $0\le H_m\le1$ を満たす。$\tau\le k$ なので
$$
(H\cdot X)_k=1_A\sum_{m=\sigma+1}^{\tau}(X_m-X_{m-1})=1_A\,(X_\tau-X_\sigma)
$$
である。$((H\cdot X)_n)$ は劣マルチンゲールで $(H\cdot X)_0=0$ なので、$E[(H\cdot X)_k]\ge0$、すなわち
$$
E[X_\tau;A]\ge E[X_\sigma;A]\qquad(A\in\mathcal F_\sigma)\qquad\text{(1)}
$$
である。$Y:=E[X_\tau\mid\mathcal F_\sigma]$ とおく。lem-os-sigma の 3 により $X_\sigma$ は $\mathcal F_\sigma$-可測なので、$A:=\{Y< X_\sigma\}\in\mathcal F_\sigma$ に (1) と条件付き期待値の定義を使うと $E[Y-X_\sigma;A]=E[X_\tau;A]-E[X_\sigma;A]\ge0$ である。$A$ の上で $Y-X_\sigma< 0$ なので $P(A)=0$ であり、$Y\ge X_\sigma$ がほとんど確実に成り立つ。
(1) を $A=\Omega$ で使えば $E[X_\sigma]\le E[X_\tau]$ であり、停止時刻の組 $0\le\sigma$ と $\tau\le k$ に同じ主張を使うと残りの不等式を得る。マルチンゲールなら $(X_n)$ と $(-X_n)$ に当てはめて等号を得る。$\square$
$\sigma\equiv0$ とすれば、マルチンゲール の系「有界な停止時刻での期待値」に戻る。停止時刻の増加列 $\tau_0\le\tau_1\le\cdots$ がどれも有界なら、lem-os-sigma の 2・3 とこの定理により、$(X_{\tau_j})_j$ はフィルトレーション $(\mathcal F_{\tau_j})_j$ に関してまた劣マルチンゲールである。任意抽出(optional sampling)という呼び名は、このように過程を停止時刻の列で抜き出す見方に対応している。
$(X_n)$ が一様可積分な劣マルチンゲールなら、一様可積分性 の定義の (a) により $\sup_nE|X_n|<\infty$ なので、Doobのマルチンゲール収束定理 によりほとんど確実に可積分な極限 $X_\infty$ が存在し、Vitaliの収束定理 により収束は $L^1$ でも起こる。$X_\infty$ は、$\{\limsup_n|X_n|<\infty\}$ の上で $\limsup_nX_n$、その外で $0$ ととれば $\mathcal F_\infty$-可測である。以下、一様可積分な劣マルチンゲールについては、$X_\tau$ の定義にこの $X_\infty$ を使う。
$(X_n)$ を一様可積分な劣マルチンゲール、$\tau$ を停止時刻とする。このとき $X_\tau$ は可積分であり、$(X_{\tau\wedge n})_{n\in\mathbb N}$ は一様可積分で、$n\to\infty$ のときほとんど確実に、かつ $L^1$ で $X_{\tau\wedge n}\to X_\tau$ である。
要点:$X_n^+$ の劣マルチンゲール性で $E[X_{\tau\wedge n}^+]$ を抑えて収束定理を使い、裾を「止まった後」と「止まる前」に分ける。
極限は $X_\tau$。 $x\mapsto x^+$ は単調非減少な凸関数なので $(X_n^+)$ は劣マルチンゲールである。thm-os-bounded を停止時刻 $\tau\wedge n\le n$ に使うと $E[X_{\tau\wedge n}^+]\le E[X_n^+]$ なので、$\sup_nE[X_{\tau\wedge n}^+]\le\sup_nE|X_n|<\infty$ である。$(X_{\tau\wedge n})$ は劣マルチンゲールなので(定理「停止過程の性質」)、Doobのマルチンゲール収束定理 によりほとんど確実に可積分な極限に収束する。$\{\tau<\infty\}$ の上では $n\ge\tau$ で $X_{\tau\wedge n}=X_\tau$ であり、$\{\tau=\infty\}$ の上では $X_{\tau\wedge n}=X_n\to X_\infty=X_\tau$ である(ほとんど確実に)。よって極限は $X_\tau$ であり、$X_\tau$ は可積分である。
一様可積分性。 $K>0$ について、$\{\tau\le n\}$ の上では $X_{\tau\wedge n}=X_\tau$、$\{\tau>n\}$ の上では $X_{\tau\wedge n}=X_n$ なので
$$E\bigl[|X_{\tau\wedge n}|;|X_{\tau\wedge n}|>K\bigr]\le E\bigl[|X_\tau|;|X_\tau|>K\bigr]+\sup_mE\bigl[|X_m|;|X_m|>K\bigr]$$
である。右辺は $n$ によらず、$K\to\infty$ のとき第 1 項は 一様可積分性 の命題「一様可積分な族の作り方」の 1 により、第 2 項は同じ記事の定理「裾による言い換え」の (d) により $0$ に近づく。確率空間なので、同じ定理により $(X_{\tau\wedge n})$ は一様可積分である。最後に、Vitaliの収束定理 によりほとんど確実な収束は $L^1$ 収束に引き上げられる。$\square$
$(X_n)$ を一様可積分な劣マルチンゲール、$X_\infty:=\lim_nX_n$ とし、$\sigma\le\tau$ を停止時刻(値 $\infty$ も許す)とする。このとき $X_\sigma,X_\tau$ は可積分であり、
$$
E[X_\tau\mid\mathcal F_\sigma]\ge X_\sigma
$$
が成り立つ。とくに $E[X_0]\le E[X_\sigma]\le E[X_\tau]\le E[X_\infty]$ である。$(X_n)$ が一様可積分なマルチンゲールなら、$E[X_\tau\mid\mathcal F_\sigma]=X_\sigma$、$X_\tau=E[X_\infty\mid\mathcal F_\tau]$、$E[X_\tau]=E[X_0]$ である。
要点:$A\in\mathcal F_\sigma$ を $A\cap\{\sigma\le n\}$ に切り詰めて有界な時刻 $\sigma\wedge n\le\tau\wedge n$ に thm-os-bounded を使い、lem-os-ui-stopped の $L^1$ 収束で $n\to\infty$ とする。
可積分性は lem-os-ui-stopped による。$A\in\mathcal F_\sigma$ を固定し、$A_n:=A\cap\{\sigma\le n\}$ とおく。lem-os-sigma の 4 により $A_n\in\mathcal F_{\sigma\wedge n}$ であり、$\sigma\wedge n\le\tau\wedge n\le n$ なので、thm-os-bounded の証明の (1) により $$E[X_{\tau\wedge n};A_n]\ge E[X_{\sigma\wedge n};A_n]$$ である。$n\to\infty$ とする。$A':=A\cap\{\sigma<\infty\}$ とおくと $1_{A_n}\to1_{A'}$ であり、 $$\bigl|E[X_{\tau\wedge n};A_n]-E[X_\tau;A']\bigr|\le E|X_{\tau\wedge n}-X_\tau|+E\bigl[|X_\tau|\,|1_{A_n}-1_{A'}|\bigr]$$ の右辺は、第 1 項が lem-os-ui-stopped により、第 2 項が 優収束定理 により $0$ に近づく。$\sigma$ についても同様なので、$E[X_\tau;A']\ge E[X_\sigma;A']$ である。$A\cap\{\sigma=\infty\}$ の上では $\tau=\infty$ でもあり、$X_\tau=X_\sigma=X_\infty$ である。足し合わせて $E[X_\tau;A]\ge E[X_\sigma;A]$ を得る。あとは thm-os-bounded の証明の後半と同じ議論で $E[X_\tau\mid\mathcal F_\sigma]\ge X_\sigma$ が従う。
期待値の不等式は、$A=\Omega$ とし、停止時刻の組 $0\le\sigma$、$\sigma\le\tau$、$\tau\le\infty$ に当てはめて得る。マルチンゲールなら、$(X_n)$ と $(-X_n)$ はどちらも一様可積分な劣マルチンゲールなので等号が成り立つ。組 $\tau\le\infty$(定数の停止時刻 $\infty$ での値は $X_\infty$)に当てはめれば、$E[X_\infty\mid\mathcal F_\tau]=X_\tau$ である。$\square$
一様可積分なマルチンゲールは、Doobのマルチンゲール収束定理 の定理「一様可積分なマルチンゲールの特徴づけ」により、可積分な $Z$ を使って $X_n=E[Z\mid\mathcal F_n]$ と書けるものにほかならない。このとき定理の後半は、$\mathcal F_\infty$-可測な $Z$ について $E[Z\mid\mathcal F_\tau]$ を $\tau$ での値として「抜き出せる」ことを述べている。
実際の計算では、一様可積分性を直接確かめるより、次の形の条件を使うことが多い。どれも有界な停止時刻 $\tau\wedge n$ で止めてから $n\to\infty$ とする、という同じ筋の議論である。
$(X_n)$ をマルチンゲール、$\tau$ をほとんど確実に有限な停止時刻とする。次のどちらかが成り立てば、$X_\tau$ は可積分で $E[X_\tau]=E[X_0]$ である。
どちらの場合も、ほとんど確実に $\tau<\infty$ なので $X_{\tau\wedge n}\to X_\tau$ であり、thm-os-bounded により $E[X_{\tau\wedge n}]=E[X_0]$(劣マルチンゲールなら $\ge$)である。$|X_{\tau\wedge n}|$ を $n$ によらない可積分な確率変数で抑えれば、優収束定理 により $X_\tau$ は可積分で $E[X_{\tau\wedge n}]\to E[X_\tau]$ となり、結論を得る。
1 では定数 $K$ で抑えられる。2 では
$$
|X_{\tau\wedge n}|\le|X_0|+\sum_{m=0}^{\infty}|X_{m+1}-X_m|\,1_{\{\tau>m\}}=:W
$$
である($X_{\tau\wedge n}-X_0=\sum_{m=0}^{\tau\wedge n-1}(X_{m+1}-X_m)$ であり、$m<\tau\wedge n$ なら $\tau>m$ である)。$\{\tau>m\}=\Omega\setminus\{\tau\le m\}\in\mathcal F_m$ なので、条件付き期待値の定義から
$$
E\bigl[|X_{m+1}-X_m|;\tau>m\bigr]=E\Bigl[E\bigl[|X_{m+1}-X_m|\bigm|\mathcal F_m\bigr];\tau>m\Bigr]\le B\,P(\tau>m)
$$
であり、単調収束定理 と $\sum_{m\ge0}P(\tau>m)=E[\tau]$ から $E[W]\le E|X_0|+B\,E[\tau]<\infty$ である。$\square$
$(X_n)$ を非負の優マルチンゲール、$X_\infty:=\lim_nX_n$(Doobのマルチンゲール収束定理 の系「非負の優マルチンゲールの収束」によりほとんど確実に存在する)とする。このとき、すべての停止時刻 $\tau$ について $E[X_\tau]\le E[X_0]$ である。
$(-X_n)$ は劣マルチンゲールなので、thm-os-bounded により $E[X_{\tau\wedge n}]\le E[X_0]$ である。ほとんど確実に $X_{\tau\wedge n}\to X_\tau$ であり($\{\tau=\infty\}$ の上では $X_n\to X_\infty$)、$X_{\tau\wedge n}\ge0$ なので、Fatouの補題 により $E[X_\tau]\le\liminf_nE[X_{\tau\wedge n}]\le E[X_0]$ である。$\square$
この定理には一様可積分性も $\tau<\infty$ も要らないが、結論は不等式であり、等号は一般には成り立たない。Doobのマルチンゲール収束定理 の例「反例:倍賭けの積」の $M_n$ と $\tau\equiv\infty$ では $E[M_\tau]=0< 1=E[M_0]$ である。
$\xi_1,\xi_2,\dots$ を独立で同じ分布に従う可積分な確率変数とし、$\mu:=E[\xi_1]$、$S_n:=\xi_1+\cdots+\xi_n$($S_0:=0$)、$\mathcal F_n:=\sigma(\xi_1,\dots,\xi_n)$($\mathcal F_0:=\{\emptyset,\Omega\}$)とする。$\tau$ が停止時刻で $E[\tau]<\infty$ なら、$S_\tau$ は可積分で
$$
E[S_\tau]=\mu\,E[\tau]
$$
である。
$X_n:=S_n-n\mu$ は独立で平均 $0$ の確率変数 $\xi_i-\mu$ の和なので、マルチンゲールである(マルチンゲール の例「独立な和」)。$\xi_{n+1}$ は $\mathcal F_n$ と独立なので(Dur19 Theorem 2.1.9、p. 47)、条件付き期待値 の定理「条件付き期待値の基本性質」の 7 により $E\bigl[|X_{n+1}-X_n|\bigm|\mathcal F_n\bigr]=E|\xi_{n+1}-\mu|=E|\xi_1-\mu|$ である。$E[\tau]<\infty$ なので $\tau$ はほとんど確実に有限であり、cor-os-criteria の 2 により $X_\tau=S_\tau-\tau\mu$ は可積分で $E[S_\tau-\tau\mu]=E[X_0]=0$ である。$\tau\mu$ は可積分なので、$S_\tau$ も可積分で $E[S_\tau]=\mu E[\tau]$ である。$\square$
ギャンブラーの破産 の注意「期待値の式の読み方」で観察された「全体で減る量の期待値 = 1 回あたりに減る量の期待値 × 回数の期待値」は、この等式の特別な場合である。
以下の 3 つの例では、$\xi_1,\xi_2,\dots$ を独立で $P(\xi_i=1)=p$、$P(\xi_i=-1)=q:=1-p$($0< p< 1$)を満たす確率変数とし、$\mathcal F_n:=\sigma(\xi_1,\dots,\xi_n)$ とする。$p=\frac12$ の場合を公平な $\pm1$ の和という。
$p=\frac12$ とし、整数 $0< i< N$ について $S_0:=i$、$S_n:=i+\xi_1+\cdots+\xi_n$、$T:=\inf\{n\mid S_n\in\{0,N\}\}$ とする。このとき $E[T]=i(N-i)$ である。
マルチンゲール の例「破産の確率」により、$T$ はほとんど確実に有限で $P(S_T=N)=\frac iN$ である。$S_{n+1}^2=S_n^2+2S_n\xi_{n+1}+1$ であり、$S_n$ は $\mathcal F_n$-可測で有界、$\xi_{n+1}$ は $\mathcal F_n$ と独立で平均 $0$ なので、条件付き期待値 の定理「条件付き期待値の基本性質」の 1・4・6・7 により $E[S_{n+1}^2-(n+1)\mid\mathcal F_n]=S_n^2-n$ である。よって $Y_n:=S_n^2-n$ はマルチンゲールであり、thm-os-bounded を有界な停止時刻 $T\wedge n$ に使うと
$$
E\bigl[S_{T\wedge n}^2\bigr]-E[T\wedge n]=E[Y_0]=i^2
$$
である。$n\to\infty$ のとき、単調収束定理 により $E[T\wedge n]\to E[T]$ であり、$0\le S_{T\wedge n}\le N$ と $S_{T\wedge n}\to S_T$ から、優収束定理 により $E[S_{T\wedge n}^2]\to E[S_T^2]=N^2\cdot\frac iN=iN$ である。よって $E[T]=iN-i^2=i(N-i)$ である。$\square$
これは ギャンブラーの破産 の定理「終わるまでの回数の期待値」の $p=\frac12$ の場合を、漸化式を解かずに導き直したものである。$(Y_n)$ を $T$ で止めた列は有界ではないので、cor-os-criteria の 1 をそのまま使うのではなく、有界な時刻で止めてから 2 つの項を別々の収束定理で極限に移した。
$p=\frac12$、$S_0:=0$、$S_n:=\xi_1+\cdots+\xi_n$ とし、$T_1:=\inf\{n\mid S_n=1\}$ とする。このとき $T_1$ はほとんど確実に有限であるが、$E[T_1]=\infty$ である。
整数 $M\ge1$ について、$M+S_n$ は $M$ から出発する公平な $\pm1$ の歩みである。マルチンゲール の例「破産の確率」($i=M$、$N=M+1$)により、$M+S_n$ が $0$ に着く前に $M+1$ に着く確率、すなわち $S_n$ が $-M$ に着く前に $1$ に着く確率は $\frac M{M+1}$ である。この事象の上で $T_1<\infty$ なので $P(T_1<\infty)\ge\frac M{M+1}$ であり、$M\to\infty$ として $P(T_1<\infty)=1$ を得る。
$S_{T_1}=1$ なので $E[S_{T_1}]=1$ である。もし $E[T_1]<\infty$ なら、cor-os-wald($\mu=0$)により $E[S_{T_1}]=0$ となって矛盾する。よって $E[T_1]=\infty$ である。$\square$
公平な賭けを続ければ、いつかは必ず $1$ 単位勝った状態になる。しかし、そこまでに待つ回数の期待値は無限大であり、その間に手持ちがどこまで下がるかには限りがない。止めた列 $S_{T_1\wedge n}$ は $1$ 以下だが下には有界でなく、一様可積分でない。
$\frac12< p< 1$、$S_0:=0$、$S_n:=\xi_1+\cdots+\xi_n$ とし、整数 $b\ge1$ について $T_b:=\inf\{n\mid S_n=b\}$ とする。このとき $E[T_b]=\dfrac b{p-q}$ である。
$\mu:=E[\xi_1]=p-q>0$ である。有界な停止時刻 $T_b\wedge n$ に cor-os-wald を使うと $E[S_{T_b\wedge n}]=\mu\,E[T_b\wedge n]$ である。$S$ は $1$ ずつしか動かず $S_0=0< b$ なので、$T_b$ より前には $S< b$ であり、$S_{T_b\wedge n}\le b$ である。よって $E[T_b\wedge n]\le b/\mu$ であり、単調収束定理 により $E[T_b]\le b/\mu<\infty$ となる。とくに $T_b$ はほとんど確実に有限で $S_{T_b}=b$ であり、もう一度 cor-os-wald を $T_b$ に使うと $b=\mu\,E[T_b]$ を得る。$\square$
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| $\tau$ が停止時刻であること(thm-os-bounded) | 公平な $\pm1$ の和 $S_n$($S_0=0$)と、$\xi_1=1$ なら $1$、$\xi_1=-1$ なら $0$ をとる $\tau$($\tau\le1$) | $E[S_\tau]=\frac12\ne0=E[S_0]$ |
| $\sigma\le\tau$(thm-os-bounded) | $\mathcal F_n:=\{\emptyset,\Omega\}$ と定数の劣マルチンゲール $X_n:=n$、$\sigma\equiv1$、$\tau\equiv0$ | $E[X_\tau\mid\mathcal F_\sigma]=0< 1=X_\sigma$ |
| 一様可積分性(thm-os-ui) | マルチンゲール の例「倍賭け」の損益 $W_n$ と、初めて勝つ時刻 $\tau$ | $E[W_\tau]=1\ne0=E[W_0]$ |
| 増分の有界性(cor-os-criteria の 2) | 同じ $W_n$ と $\tau$($E[\tau]=2<\infty$) | $E[W_\tau]=1\ne0=E[W_0]$ |
| $E[\tau]<\infty$(cor-os-criteria の 2) | 公平な $\pm1$ の和 $S_n$ と ex-os-first-passage の $T_1$(増分の絶対値は $1$) | $E[S_{T_1}]=1\ne0=E[S_0]$ |
| 非負性(thm-os-nonnegative) | 同じ $S_n$(マルチンゲールなので優マルチンゲール)と $T_1$ | $E[S_{T_1}]=1>0=E[S_0]$ |
各行の主張を確かめる。
1 行目:$\{\tau=0\}=\{\xi_1=-1\}$ の確率は $\frac12$ なので、$\mathcal F_0=\{\emptyset,\Omega\}$ に属さず、$\tau$ は停止時刻でない。$\tau\le1$ は有界で、$S_\tau=1_{\{\xi_1=1\}}$ なので $E[S_\tau]=\frac12$ である。止める時刻を決めるのに、まだ起こっていない 1 回目の結果を見ている。
2 行目:$X_n=n$ は条件付き期待値が $E[X_{n+1}\mid\mathcal F_n]=n+1\ge n$ を満たす劣マルチンゲールである。$\mathcal F_\sigma=\mathcal F_1=\{\emptyset,\Omega\}$ で $X_\tau=X_0=0$ なので、$E[X_\tau\mid\mathcal F_\sigma]=0$ である。
3・4 行目:マルチンゲール の例「倍賭け」のとおり、$P(\tau>n)=2^{-n}$ で、$\tau$ の後は $W_n=1$ である。よって $\tau$ はほとんど確実に有限で $W_\tau=1$ であり、$E[\tau]=\sum_{n\ge0}P(\tau>n)=2$ である。$\{\tau>n\}=\{\xi_1=\cdots=\xi_n=-1\}$ の上では $W_{n+1}-W_n=2^n\xi_{n+1}$ なので、$E\bigl[|W_{n+1}-W_n|\bigm|\mathcal F_n\bigr]=2^n1_{\{\tau>n\}}$ であり、これを抑える定数はない。もし $(W_n)$ が一様可積分なら thm-os-ui により $E[W_\tau]=E[W_0]=0$ となるので、$(W_n)$ は一様可積分でない。
5・6 行目:ex-os-first-passage による。$T_1$ はほとんど確実に有限で $S_{T_1}=1$ であり、$E[T_1]=\infty$ である。$(S_n)$ は下に有界でないので非負でない。
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