判別式で示す不等式とは、2 乗の和のように「すべての実数 $t$ で $0$ 以上」と分かっている $t$ の 2 次式 $at^2+2bt+c$ を作り、その判別式が $0$ 以下であること($b^2\le ac$)から不等式を導く技法である。その土台は、すべての実数 $t$ で $at^2+2bt+c\ge0$ となることと、$a\ge0$、$c\ge0$、$b^2\le ac$ がそろうことが同値である、という補題である($a=0$ の場合を含む)。$\sum(a_it-b_i)^2\ge0$ からは成分の Cauchy–Schwarz の不等式、$\int(tf-g)^2dx\ge0$ からは積分の不等式が出る。$t$ の範囲が限られていると使えない。
高校では、2 次式 $at^2+bt+c$($a>0$)がすべての実数 $t$ について $0$ 以上であることと、判別式 $b^2-4ac$ が $0$ 以下であることが同値だと習う。グラフの放物線が $t$ 軸と交わらないか、接するだけ、ということである。この事実を逆向きに使うと、不等式を証明する道具になる。まず 1 つ例を見る。
実数 $a_1,a_2,b_1,b_2$ について
$$
(a_1b_1+a_2b_2)^2\le(a_1^2+a_2^2)(b_1^2+b_2^2)
$$
を示す。$(a_1,a_2)=(1,2)$、$(b_1,b_2)=(3,4)$ で試すと、左辺は $(3+8)^2=121$、右辺は $5\cdot25=125$ で、確かに成り立っている。
一般の場合を示すため、$t$ の関数
$$
f(t):=(a_1t-b_1)^2+(a_2t-b_2)^2
$$
を考える。2 乗の和なので、すべての実数 $t$ で $f(t)\ge0$ である。展開すると
$$
f(t)=(a_1^2+a_2^2)t^2-2(a_1b_1+a_2b_2)t+(b_1^2+b_2^2)
$$
である。$a_1^2+a_2^2>0$ なら $f$ は 2 次式で、つねに $0$ 以上なので判別式は $0$ 以下である。1 次の係数が $-2(a_1b_1+a_2b_2)$ と偶数倍なので、判別式の $\frac14$ で書くと
$$
\frac{(\text{判別式})}4=(a_1b_1+a_2b_2)^2-(a_1^2+a_2^2)(b_1^2+b_2^2)\le0
$$
となり、示すべき不等式が得られる。$a_1^2+a_2^2=0$、つまり $a_1=a_2=0$ なら両辺とも $0$ である。
数値の場合 $f(t)=5t^2-22t+25$ は、平方完成すると $5\bigl(t-\frac{11}5\bigr)^2+\frac45$ で、最小値は $\frac45>0$ である(図 1)。
図1:f(t) = 5t² − 22t + 25 のグラフ。最小値は 4/5 で、t 軸と交わらない
実数 $a,b$ について $(a+b)^2\le2(a^2+b^2)$ を示す。2 乗の和
$$
(t-a)^2+(t-b)^2=2t^2-2(a+b)t+(a^2+b^2)
$$
はすべての実数 $t$ で $0$ 以上なので、判別式の $\frac14$ は
$$
(a+b)^2-2(a^2+b^2)\le0
$$
である。これが示すべき不等式である。左辺を整理すると $-(a-b)^2$ になるので、等号は $a=b$ のときに限る。たとえば $a=1$、$b=3$ なら $(1+3)^2=16\le2(1+9)=20$ である。
どちらの例でも、「2 乗の和を作る」「$t$ の 2 次式として展開する」「判別式を見る」の 3 段で不等式が出た。この記事では、この方法を正確に述べて証明する。答える問いは次の 3 つである。
| 高校の計算 | この記事の言葉 | 大学の言葉 |
|---|---|---|
| 判別式 $\le0$ なら放物線は $t$ 軸の上 | lem-ibd-discriminant | 半正定値 |
| $(a_1t-b_1)^2+(a_2t-b_2)^2\ge0$ を展開する | 2 乗の和から 2 次式を作る | Cauchy–Schwarzの不等式(高校数学) |
| $ax^2+2bxy+cy^2\ge0$ の判定 | $a\ge0$、$c\ge0$、$ac-b^2\ge0$ | 2次形式の半正定値性 |
| 差を 2 乗の和で書く | prop-ibd-lagrange | Lagrange の恒等式 |
1 次の係数を $2b$ と書くと式が簡単になるので、2 次式を $at^2+2bt+c$ の形で扱う。この形では、高校の判別式 $(2b)^2-4ac$ の $\frac14$ が $b^2-ac$ である。
実数 $a,b,c$ について、次の 2 条件は同値である。
$q(t):=at^2+2bt+c$ とおく。方針:$a>0$ なら平方完成で、$a<0$ と $a=0$ は $q(t)<0$ となる $t$ を具体的に探して調べる。
段 1(1 ⇒ 2 の $c\ge0$):1 で $t=0$ とすると $c=q(0)\ge0$ である。
段 2(1 ⇒ 2 の $a\ge0$):$a<0$ と仮定して矛盾を導く。$t\ne0$ では
$$
q(t)=t^2\Bigl(a+\frac{2b}t+\frac c{t^2}\Bigr)
$$
である。$|t|$ を大きくすると括弧の中は $a$ に近づくので、負になるはずである。これを具体的な $t$ で確かめる。$t:=\frac{2|b|+|c|}{|a|}+1$ とおくと、$t\ge1$ なので $\frac1{t^2}\le\frac1t$ であり、
$$
\Bigl|\frac{2b}t+\frac c{t^2}\Bigr|\le\frac{2|b|}t+\frac{|c|}{t^2}\le\frac{2|b|+|c|}t<|a|
$$
である(1 つ目の不等号は、2 数の和の絶対値は絶対値の和以下であること、最後の不等号は、$t>\frac{2|b|+|c|}{|a|}$ の両辺に正の数 $\frac{|a|}t$ を掛けたもの)。$a<0$ なので $|a|=-a$ であり、括弧の中は $a+\bigl(\frac{2b}t+\frac c{t^2}\bigr)< a+|a|=0$ となる。$t^2>0$ を掛けた $q(t)$ も負であり、これは 1 に反する。よって $a\ge0$ である。
段 3(1 ⇒ 2 の $b^2\le ac$、$a=0$ の場合):$a=0$ なら $q(t)=2bt+c$ は 1 次以下の式である。$b\ne0$ と仮定すると、$t:=-\frac{c+1}{2b}$ で
$$
q(t)=2b\cdot\Bigl(-\frac{c+1}{2b}\Bigr)+c=-(c+1)+c=-1<0
$$
となって 1 に反する。よって $b=0$ であり、$b^2\le ac$ は $0\le0$ として成り立つ。
段 4(1 ⇒ 2 の $b^2\le ac$、$a>0$ の場合):平方完成すると
$$
q(t)=a\Bigl(t^2+\frac{2b}at\Bigr)+c=a\Bigl(t+\frac ba\Bigr)^2-\frac{b^2}a+c=a\Bigl(t+\frac ba\Bigr)^2+\frac{ac-b^2}a
$$
である。$t=-\frac ba$ を代入すると第 1 項が $0$ になり、1 から $0\le q\bigl(-\frac ba\bigr)=\frac{ac-b^2}a$ である。$a>0$ を掛けて $ac-b^2\ge0$、すなわち $b^2\le ac$ である。
段 5(2 ⇒ 1):$a>0$ なら、段 4 の平方完成の式で第 1 項は $a>0$ と 2 乗の積なので $0$ 以上、第 2 項は $ac-b^2\ge0$ を $a>0$ で割ったものなので $0$ 以上である。よって $q(t)\ge0$ である。$a=0$ なら、2 の $b^2\le ac=0$ から $b=0$ であり、$q(t)=c\ge0$ である。
段 6(等号):$a>0$ で、1 が成り立つとする。段 1〜段 4 から 2 も成り立つので $ac-b^2\ge0$ である。段 4 の式 $q(t)=a\bigl(t+\frac ba\bigr)^2+\frac{ac-b^2}a$ で、第 1 項は $0$ 以上で、$0$ になるのは $t=-\frac ba$ のときだけである。第 2 項は $ac-b^2\ge0$ を $a>0$ で割ったものなので $0$ 以上である(ここで 1 の仮定を使う)。$0$ 以上の 2 つの数の和が $0$ になるのは両方が $0$ のときだけなので、$q(t)=0$ となるのは、$t=-\frac ba$ であって、しかも $\frac{ac-b^2}a=0$、すなわち $b^2=ac$ のときに限る。逆に $b^2=ac$ なら第 2 項が $0$ なので $q\bigl(-\frac ba\bigr)=0$ である。$\square$
2 次式の符号とグラフと $x$ 軸の位置関係は 2次方程式の判別式の正体 で扱う。
lem-ibd-discriminant の後半は、1 を仮定している。$a>0$ でも 1 が成り立たない 2 次式では、第 2 項 $\frac{ac-b^2}a$ が負になり、第 1 項と打ち消し合って $t=-\frac ba$ 以外の点でも $0$ になりうる。そのときは、根があっても $b^2=ac$ とは限らない(ex-ibd-check-lemma の 3 と 6)。
図 2 は、判別式の符号と放物線の位置の関係を示す。$a>0$ のとき、lem-ibd-discriminant の条件 $b^2\le ac$ は「左の 2 つ」に当たる。
図2:判別式が負・0・正の放物線。負なら t 軸と交わらず、0 なら接し、正なら負の部分がある
$x,y$ の 2 次式 $ax^2+2bxy+cy^2$ がすべての実数 $x,y$ で $0$ 以上になる条件も、lem-ibd-discriminant から分かる。
実数 $a,b,c$ について、次の 2 条件は同値である。
1 ⇒ 2:1 で $y=1$ とすると、すべての実数 $x$ で $ax^2+2bx+c\ge0$ である。lem-ibd-discriminant の 1 ⇒ 2 から、2 が成り立つ。
2 ⇒ 1:$y\ne0$ のとき、$t:=\frac xy$ とおくと
$$
ax^2+2bxy+cy^2=y^2\bigl(at^2+2bt+c\bigr)
$$
である。lem-ibd-discriminant の 2 ⇒ 1 から括弧の中は $0$ 以上で、$y^2>0$ なので全体も $0$ 以上である。$y=0$ のときは $ax^2\ge0$($a\ge0$ による)である。$\square$
条件 2 は、対称行列 $\begin{pmatrix}a&b\\b&c\end{pmatrix}$ の対角成分 $a,c$ と行列式 $ac-b^2$ がどれも $0$ 以上であることと言いかえられる。大学ではこれを「2 次形式が半正定値である」という(2次形式)。
2 変数の 2 次形式の符号を判別式で分類する話は 2次形式と2次曲線の判別式 で扱う。
「2 乗の和を $t$ の 2 次式として展開し、判別式を見る」方法は、成分の数を増やしても、和を積分に替えても、そのまま使える。
$(a_1,a_2,a_3)=(1,2,2)$、$(b_1,b_2,b_3)=(2,-1,3)$ とする。$\sum_{i=1}^3(a_it-b_i)^2$ を展開すると
$$
(1^2+2^2+2^2)t^2-2(1\cdot2+2\cdot(-1)+2\cdot3)t+(2^2+(-1)^2+3^2)=9t^2-12t+14
$$
である。これはすべての $t$ で $0$ 以上なので、lem-ibd-discriminant から $\frac14$ 判別式 $6^2-9\cdot14=36-126=-90$ は $0$ 以下であり、不等式 $(a_1b_1+a_2b_2+a_3b_3)^2\le(a_1^2+a_2^2+a_3^2)(b_1^2+b_2^2+b_3^2)$ は $36\le126$ となる。一般の $a_i,b_i$ でも同じ計算で成り立つ。
区間 $[0,1]$ で、$(tx-x^2)^2\ge0$ を積分すると、すべての実数 $t$ で
$$
\int_0^1(tx-x^2)^2dx=t^2\int_0^1x^2dx-2t\int_0^1x^3dx+\int_0^1x^4dx=\frac13t^2-\frac12t+\frac15\ge0
$$
である。高校の判別式は $\bigl(\frac12\bigr)^2-4\cdot\frac13\cdot\frac15=\frac14-\frac4{15}=-\frac1{60}$ で負である。$\frac14$ 判別式で書くと $\bigl(\int_0^1x^3dx\bigr)^2-\int_0^1x^2dx\int_0^1x^4dx\le0$、すなわち
$$
\Bigl(\int_0^1x^3\,dx\Bigr)^2=\frac1{16}\le\frac13\cdot\frac15=\frac1{15}
$$
である。一般の連続関数 $f,g$ について $\int_p^q(tf-g)^2dx\ge0$ から同じように $\bigl(\int fg\bigr)^2\le\int f^2\int g^2$ が出る。
これらはどれも、Cauchy–Schwarzの不等式(高校数学) の特別な場合である。そちらでは、「2 乗の和」を内積の言葉で $\langle tu-v,tu-v\rangle\ge0$ と書き、成分や積分によらない形で証明する。
ex-ibd-first の数では、右辺と左辺の差がちょうど $(a_1b_2-a_2b_1)^2$ に等しくなっている(ex-ibd-lagrange の 1)。これは偶然ではない。
実数 $a_1,\dots,a_n,b_1,\dots,b_n$ について
$$
\Bigl(\sum_{i=1}^na_i^2\Bigr)\Bigl(\sum_{i=1}^nb_i^2\Bigr)-\Bigl(\sum_{i=1}^na_ib_i\Bigr)^2=\sum_{1\le i< j\le n}(a_ib_j-a_jb_i)^2
$$
が成り立つ。特に $n=2$ では右辺は $(a_1b_2-a_2b_1)^2$ の 1 項である。
方針:$i< j$ の和を、$i,j$ を独立に動かす和の半分に直してから展開する。
段 1:$i,j$ をそれぞれ $1$ から $n$ まで動かした二重和 $\sum_{i,j}(a_ib_j-a_jb_i)^2$ を考える。$i=j$ の項は $(a_ib_i-a_ib_i)^2=0$ であり、$(i,j)$ の項と $(j,i)$ の項は $(a_ib_j-a_jb_i)^2=(a_jb_i-a_ib_j)^2$ で等しい。よって二重和は $2\sum_{i< j}(a_ib_j-a_jb_i)^2$ に等しい。
段 2:二重和を展開する。$(a_ib_j-a_jb_i)^2=a_i^2b_j^2+a_j^2b_i^2-2a_ib_ia_jb_j$ であり、
$$
\sum_{i,j}a_i^2b_j^2=\Bigl(\sum_ia_i^2\Bigr)\Bigl(\sum_jb_j^2\Bigr),\qquad \sum_{i,j}a_j^2b_i^2=\Bigl(\sum_ja_j^2\Bigr)\Bigl(\sum_ib_i^2\Bigr),\qquad \sum_{i,j}a_ib_ia_jb_j=\Bigl(\sum_ia_ib_i\Bigr)^2
$$
なので、二重和は $2\bigl(\sum a_i^2\bigr)\bigl(\sum b_i^2\bigr)-2\bigl(\sum a_ib_i\bigr)^2$ に等しい。
段 3:段 1 と段 2 を比べて両辺を $2$ で割ると、主張の等式を得る。$\square$
右辺は 2 乗の和なので $0$ 以上であり、prop-ibd-lagrange からも成分の不等式が出る。等号はすべての $i< j$ で $a_ib_j=a_jb_i$、すなわち $(a_i)$ と $(b_i)$ が比例するときに限ることも読み取れる(Leb26 の Lemma 7.1.4 の証明はこの形である)。ただしこの方法は「成分」がある場合に固有のもので、ex-ibd-integral のような積分には使えない。判別式の方法は、成分がなくても「2 乗の和が $0$ 以上」さえあれば使える。
判別式についての lem-ibd-discriminant は、条件を正確に読まないと誤用しやすい。
| 外した条件 | 崩れる主張 | ボックス |
|---|---|---|
| $t$ がすべての実数を動く | 「$0$ 以上なら判別式 $\le0$」 | ex-ibd-restricted-range |
| $t^2$ の係数が正($a>0$) | 「判別式 $\le0$ なら $0$ 以上」 | ex-ibd-negative-leading |
| $a=0$ のときの $b=0$($b^2\le ac$) | 「$a\ge0$、$c\ge0$ ならすべての $t$ で $0$ 以上」 | ex-ibd-check-lemma の 5 |
| すべての $t$ で $0$ 以上(条件 1) | 「$a>0$ で根がある ⇔ $b^2=ac$」 | ex-ibd-check-lemma の 3・6 |
$t^2+3t+2$ の判別式は $9-8=1>0$ であり、根は $t=-1,-2$ である。しかし $t>0$ の範囲だけ見ると、$t^2+3t+2=(t+1)(t+2)$ は正の数の積なのでつねに正である(図 3)。満たす性質は「$t>0$ で $0$ 以上」、満たさない性質は「判別式 $\le0$」であり、含意「$t>0$ で $0$ 以上 ⇒ 判別式 $\le0$」は成り立たない。prf-lem-ibd-discriminant の段 4 では、頂点 $t=-\frac ba$ を代入したが、その点が範囲の外にあると使えない。不等式の証明で $t$ が実数全体を動けることを確かめるのは、このためである。
図3:t² + 3t + 2 のグラフ。判別式は正だが、t > 0 の範囲ではつねに正である
$-t^2-1$ は、$a=-1$、$b=0$、$c=-1$ で、$b^2=0\le ac=1$ を満たす(高校の判別式 $0-4=-4<0$)。しかしすべての $t$ で $-t^2-1\le-1<0$ である。「判別式 $\le0$ ならつねに $0$ 以上」は $a>0$ のときの主張であり、lem-ibd-discriminant の条件 2 には $a\ge0$ と $c\ge0$ が入っている。判別式だけで判定できるのは、$t^2$ の係数が正のときに限る。
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