開写像定理(open mapping theorem)とは、Banach 空間の間の全射な有界線形写像は開写像である、すなわち開集合の像が開集合になるという関数解析の定理である。言い換えると、値域の各点 $w$ に $\|v\|\le C\|w\|$ を満たす逆像 $v$ がとれる。証明は Baire のカテゴリー定理と級数の収束により、定義域と値域の両方の完備性を使う。系として、有界な全単射の逆写像は有界であり(有界逆写像定理)、グラフが閉な線形写像は有界である(閉グラフ定理)。複素解析の開写像定理とは別の定理である。
前提知識: Banach空間, Baireのカテゴリー定理, 開写像
この記事の開写像定理は関数解析の定理で、領域上の定数でない正則関数が開写像であるという複素解析の定理(開写像定理(複素解析))とは、名前が同じだけの別の定理である。どちらも、ある種の写像が開写像(開集合の像が開集合になる写像)であることを主張する。
有限次元では、全射な線形写像 $A\colon\mathbb{R}^n\to\mathbb{R}^m$ はつねに開写像である(開写像 の記事の命題「全射な線形写像は開写像」)。証明では、$A$ の右逆写像 $S$($AS=\mathrm{id}$)を有限個の基底ベクトルの行き先を決めて作り、有限次元の線形写像 $S$ が連続であることを使っていた。無限次元ではこの作り方ができず、この議論は使えない。開写像定理は、定義域と値域がともに完備なノルム空間(Banach 空間)なら、それでも全射な有界線形写像は開写像であることを主張する。
開写像であることは、「値域の各点 $w$ に、大きさが $\|w\|$ に比例する程度の元 $v$ で $Tv=w$ となるものがとれる」という量的な主張と同値である(lem-open-mapping-theorem-criterion)。とくに全単射なら逆写像が有界になる(有界逆写像定理)。さらに写像のグラフが閉集合であるだけで有界性が従う閉グラフ定理が得られ、無限次元で「連続性を確かめる」ための強力な道具になる。
以下、$F$ は $\mathbb{R}$ または $\mathbb{C}$、$V,W$ は $F$ 上のノルム空間とし、原点を中心とする半径 $s$ の開球を $B_V(s):=\{x\in V\mid\|x\|< s\}$ と書く。$V$ から $W$ への有界線形写像の全体を $B(V,W)$ と書く(ノルム空間 の記事の定義「有界線形写像と作用素ノルム」)。
線形写像 $T\colon V\to W$ について、次は同値である。
1 ⇒ 2:$T(B_V(1))$ は $T0=0$ を含む開集合なので、原点を中心とするある開球 $B_W(r)$ を含む。
2 ⇒ 3:$w=0$ なら $v=0$ でよい。$w\ne0$ なら $w':=\frac r2\cdot\frac{w}{\|w\|}\in B_W(r)$ なので、$\|v'\|<1$、$Tv'=w'$ となる $v'$ がある。$v:=\frac{2\|w\|}{r}v'$ とおくと $Tv=w$、$\|v\|<\frac2r\|w\|$ である。$C=\frac2r$ とすればよい。
3 ⇒ 1:$G\subset V$ を開集合、$x\in G$ とし、$x+B_V(\varepsilon)\subset G$ とする。$\|w\|<\varepsilon/C$ なら、3 の $v$ は $\|v\|\le C\|w\|<\varepsilon$ を満たすので $Tx+w=T(x+v)\in T(G)$ である。よって $T(G)$ は $Tx$ を中心とする半径 $\varepsilon/C$ の開球を含み、$T(G)$ は開集合である(開写像 の記事の命題「開写像の判定」の 2)。
最後に、3 からすべての $w$ が像に入るので $T$ は全射である。$\square$
条件 3 は、方程式 $Tv=w$ が解けるだけでなく、「データ $w$ が小さければ解 $v$ も小さく選べる」という安定性を述べている。$T$ が全単射なら $v=T^{-1}w$ なので、条件 3 は $\|T^{-1}w\|\le C\|w\|$、すなわち $T^{-1}$ が有界であることにほかならない。
定理の証明は 2 つの補題に分かれ、1 つ目で値域 $W$ の完備性、2 つ目で定義域 $V$ の完備性を使う。以下 $\overline A$ は $A\subset W$ の閉包を表す。
$V$ をノルム空間、$W$ を Banach 空間、$T\colon V\to W$ を全射な線形写像とする。ある $r>0$ について $B_W(r)\subset\overline{T(B_V(1))}$ である。
要点:$W=\bigcup_k\overline{T(B_V(k))}$ に Baire のカテゴリー定理を使うと、ある閉包が開球を含む。差をとって中心を原点に移し、拡大縮小で半径 $1$ の球の像にする。
$T$ は全射で $V=\bigcup_{k\ge1}B_V(k)$ なので $W=\bigcup_kT(B_V(k))=\bigcup_k\overline{T(B_V(k))}$ である。$W$ は空でない完備距離空間なので、Baireのカテゴリー定理 の記事の系「閉集合による可算被覆」により、ある $k$ について $\overline{T(B_V(k))}$ が開球 $\{w\mid\|w-w_0\|<\rho\}$ を含む。$\|w\|<\rho$ なら $w_0+w$ と $w_0$ はともに $\overline{T(B_V(k))}$ に属する。$T(B_V(k))-T(B_V(k))\subset T(B_V(2k))$ であり、引き算は連続なので、閉包についても $\overline{T(B_V(k))}-\overline{T(B_V(k))}\subset\overline{T(B_V(2k))}$ となる。よって $w=(w_0+w)-w_0\in\overline{T(B_V(2k))}$ であり、$B_W(\rho)\subset\overline{T(B_V(2k))}$ である。線形性から、全体を $\frac1{2k}$ 倍すると $B_W(r)\subset\overline{T(B_V(1))}$($r:=\frac\rho{2k}$)を得る。
$V$ を Banach 空間、$W$ をノルム空間、$T\in B(V,W)$ とし、ある $r>0$ について $B_W(r)\subset\overline{T(B_V(1))}$ とする。このとき $B_W(r/2)\subset T(B_V(1))$ である。
要点:$w$ を $T(B_V(1/2))$ の元で近似し、残りを $T(B_V(1/4))$ の元で近似し、…と続けて $w=\sum_jTx_j$($\|x_j\|<2^{-j}$)と表す。$V$ の完備性で $x=\sum_jx_j$ が存在し、$T$ の連続性で $Tx=w$ となる。
仮定を $2^{-j}$ 倍すると、すべての $j\ge0$ について $B_W(r2^{-j})\subset\overline{T(B_V(2^{-j}))}$ である。$\|w\|< r/2$ とする。$w\in\overline{T(B_V(1/2))}$ なので、$\|x_1\|<\frac12$ かつ $\|w-Tx_1\|<\frac r4$ を満たす $x_1\in V$ がある。$w-Tx_1\in B_W(r/4)\subset\overline{T(B_V(1/4))}$ なので、$\|x_2\|<\frac14$ かつ $\|w-Tx_1-Tx_2\|<\frac r8$ を満たす $x_2$ がある。これを帰納的に続けて、$\|x_j\|<2^{-j}$ かつ $\|w-T(x_1+\dots+x_j)\|< r2^{-j-1}$ を満たす列 $(x_j)$ を得る。$\sum_j\|x_j\|<\|x_1\|+\sum_{j\ge2}2^{-j}=\|x_1\|+\frac12<1$ なので、$V$ の完備性と Banach空間 の記事の定理「絶対収束する級数による完備性の特徴づけ」により $x:=\sum_jx_j$ が存在し、$\|x\|\le\sum_j\|x_j\|<1$ である。$T$ は連続なので $Tx=\lim_jT(x_1+\dots+x_j)=w$ である。よって $w\in T(B_V(1))$ である。
2 つの補題を合わせると、次の定理が得られる。
$V,W$ を Banach 空間とし、$T\in B(V,W)$ を全射とする。このとき $T$ は開写像である。すなわち $V$ の任意の開集合 $G$ について $T(G)$ は $W$ の開集合であり、同値な言い方として、ある $C>0$ があって、すべての $w\in W$ に $Tv=w$、$\|v\|\le C\|w\|$ を満たす $v\in V$ がとれる。
$W$ は Banach 空間で $T$ は全射なので、lem-open-mapping-theorem-baire によりある $r>0$ で $B_W(r)\subset\overline{T(B_V(1))}$ である。$V$ は Banach 空間で $T$ は有界なので、lem-open-mapping-theorem-iteration により $B_W(r/2)\subset T(B_V(1))$ である。lem-open-mapping-theorem-criterion の 2 ⇒ 1 により $T$ は開写像であり、2 ⇒ 3 の証明から $C=4/r$ ととれる。$\square$
この証明は Banach空間 の記事の定理「開写像定理」の証明と同じ筋である。2 つの補題の役割ははっきり分かれている。Baire のカテゴリー定理(値域の完備性)は「像の閉包が太い」ことまでしか言わず、それを「像そのものが太い」ことに上げるのが級数の収束(定義域の完備性)である。どちらの完備性を外しても定理は成り立たない(後の「仮定を外すと成り立たなくなること」の節)。
$V,W$ を Banach 空間、$T\in B(V,W)$ を全単射とする。このとき逆写像 $T^{-1}\colon W\to V$ も有界線形写像である。
$T^{-1}$ が線形であることは $T$ の線形性から従う。thm-open-mapping-theorem の $C$ について、$w\in W$ に対し $Tv=w$ となる $v$ は $T$ の単射性から $v=T^{-1}w$ に限るので、$\|T^{-1}w\|\le C\|w\|$ である。$\square$
ベクトル空間 $V$ 上の 2 つのノルム $\|\cdot\|$、$\|\cdot\|'$ がどちらも $V$ を Banach 空間にし、ある $c$ ですべての $x$ について $\|x\|'\le c\|x\|$ を満たすなら、ある $c'$ で $\|x\|\le c'\|x\|'$ となり、2 つのノルムは同値である。
恒等写像 $(V,\|\cdot\|)\to(V,\|\cdot\|')$ は有界な全単射なので、cor-open-mapping-theorem-bounded-inverse により逆写像も有界である。$\square$
片側の評価だけで同値性が従うのは、両方のノルムが完備なときに限る。$C([0,1])$ の上限ノルムと積分のノルム $\|f\|_1=\int_0^1|f|$ は $\|f\|_1\le\|f\|_\infty$ を満たすが同値でなく、この場合は後者が完備でない(Banach空間 の記事の例「反例:値域が完備でないときの有界逆写像定理」)。
$V,W$ を Banach 空間、$T\in B(V,W)$ とする。次は同値である。
2 ⇒ 1:$Tx=0$ なら $\|x\|\le\|Tx\|/c=0$ なので単射である。$Tx_n\to w$ とすると、$\|x_n-x_m\|\le\|Tx_n-Tx_m\|/c$ から $(x_n)$ は Cauchy 列で、$V$ の完備性からある $x$ に収束し、$T$ の連続性から $w=Tx\in T(V)$ である。
1 ⇒ 2:$T(V)$ は Banach 空間 $W$ の閉部分空間なので Banach 空間である(Banach空間 の記事の命題「閉部分空間と完備性」)。$T\colon V\to T(V)$ は有界な全単射なので、cor-open-mapping-theorem-bounded-inverse により $\|T^{-1}y\|\le C\|y\|$($y\in T(V)$)となる $C$ がある。$y=Tx$ とすると $\|x\|\le C\|Tx\|$ であり、$c=1/C$ とすればよい。$\square$
$1\le p\le\infty$ とし、有界な数列 $a=(a_k)_{k\ge1}$ について $\ell^p$ 上の対角作用素 $D_a(x):=(a_kx_k)_k$ を考える。$\|D_ax\|_p\le(\sup_k|a_k|)\|x\|_p$ なので $D_a$ は有界である($\ell^p$ は Lp空間 の数え上げ測度の場合で、Banach 空間)。このとき
$$
D_a\text{ が全単射}\iff\inf_k|a_k|>0.
$$
$\Leftarrow$:$1/a$ は有界な数列で、$D_{1/a}$ が逆写像である。$\Rightarrow$:cor-open-mapping-theorem-bounded-inverse により $D_a^{-1}$ は有界であり、第 $k$ 成分だけが $1$ の数列 $e_k$ について $D_a^{-1}e_k=e_k/a_k$ なので $1/|a_k|\le\|D_a^{-1}\|$、すなわち $|a_k|\ge1/\|D_a^{-1}\|>0$ である。$\Rightarrow$ の向きでは、全単射であるという代数的な条件だけから、逆写像のノルムという量的な評価が引き出されている。
閉部分空間 $U\subset V$ について、商ベクトル空間 $V/U$ に
$$
\|x+U\|:=\inf_{u\in U}\|x+u\|\qquad(\text{$x$ と $U$ の距離})
$$
を入れる(商ノルム)。$U$ が閉なので $\|x+U\|=0$ なら $x\in\overline U=U$ であり、これは $V/U$ のノルムになる。
$V$ をノルム空間、$U$ を閉部分空間、$q\colon V\to V/U$ を商写像とする。
要点:1 は下限の定義から直ちに従う。2 は、$V/U$ の絶対収束する級数の各項に、ノルムがほぼ等しい代表元を選んで $V$ で和をとる。
商ノルムがノルムであること:斉次性は $\|ax+U\|=\inf_u\|ax+au\|=|a|\,\|x+U\|$($a\ne0$)から、三角不等式は $\|x+y+u+u'\|\le\|x+u\|+\|y+u'\|$ で $u,u'$ について下限をとれば従う。
1:$\|q(x)\|=\inf_u\|x+u\|\le\|x\|$ なので $\|q\|\le1$、$q(B_V(1))\subset B_{V/U}(1)$ である。逆に $\|x+U\|<1$ なら、下限の定義から $\|x+u\|<1$ となる $u\in U$ があり、$q(x+u)=x+U$ なので $x+U\in q(B_V(1))$ である。lem-open-mapping-theorem-criterion の 2 ⇒ 1 から $q$ は開写像である。
2:$\sum_k\|x_k+U\|<\infty$ とする。各 $k$ について $\|x_k+u_k\|<\|x_k+U\|+2^{-k}$ となる $u_k\in U$ を選ぶと、$\sum_k\|x_k+u_k\|<\infty$ なので、$V$ の完備性と Banach空間 の記事の定理「絶対収束する級数による完備性の特徴づけ」により $y:=\sum_k(x_k+u_k)$ が存在する。$q$ は連続で線形なので、$\sum_k(x_k+U)=\sum_kq(x_k+u_k)=q(y)$ と $V/U$ で収束する。同じ定理により $V/U$ は Banach 空間である。$\square$
$V,W$ を Banach 空間、$T\in B(V,W)$ を全射とし、$U:=\ker T$ とする。このとき $\overline T(x+U):=Tx$ で定まる $\overline T\colon V/U\to W$ は有界な全単射で、逆写像も有界である。
$$
\xymatrix{
V \ar@{->>}[r]^{q} \ar@{->>}[dr]_{T} & V/U \ar[d]^{\overline T} \\
& W
}
$$
図式が可換であるとは $\overline T\circ q=T$ ということである。
$U$ は連続写像による閉集合 $\{0\}$ の逆像なので閉部分空間であり、prop-open-mapping-theorem-quotient の 2 により $V/U$ は Banach 空間である。$\overline T$ は代表元のとり方によらず($Tu=0$)、線形で、$T$ が全射なので全射、$Tx=0\Rightarrow x\in U$ なので単射である。任意の $u\in U$ について $\|\overline T(x+U)\|=\|T(x+u)\|\le\|T\|\,\|x+u\|$ であり、下限をとって $\|\overline T(x+U)\|\le\|T\|\,\|x+U\|$ である。よって $\overline T$ は有界な全単射であり、cor-open-mapping-theorem-bounded-inverse により逆写像も有界である。$\square$
この系は、Banach 空間の間の全射な有界線形写像は「商写像と同型の合成」にほかならないことを述べている。ノルムの言葉では、$w=Tx$ のとき $\|w\|$ と、$x$ から $\ker T$ までの距離 $\|x+U\|$ が定数倍の範囲で比べられる。
線形写像 $T\colon V\to W$ の写像のグラフ $\Gamma(T):=\{(x,Tx)\mid x\in V\}$ は、直積 $V\times W$ の部分空間である。$V\times W$ にはノルム $\|(x,y)\|:=\max(\|x\|,\|y\|)$ を入れる。このノルムでの収束は、成分ごとの収束 $x_n\to x$、$y_n\to y$ と同じである。$V,W$ が Banach 空間なら $V\times W$ も Banach 空間である(Cauchy 列の各成分が Cauchy 列になり、成分ごとの極限が極限になる)。
$T$ が連続なら $\Gamma(T)$ は閉集合である:$(x_n,Tx_n)\to(x,y)$ なら $Tx_n\to Tx$ なので $y=Tx$ である。閉グラフ定理は、Banach 空間の間ではこの逆が成り立つことを主張する。グラフが閉であるとは「$x_n\to x$ かつ $Tx_n\to y$ なら $y=Tx$」ということであり、連続性(「$x_n\to x$ なら $Tx_n$ は収束して極限は $Tx$」)と比べると、$Tx_n$ が収束することを仮定に含めてよい分だけ確かめやすい。
$V,W$ を Banach 空間、$T\colon V\to W$ を線形写像とする。$T$ が有界であることと、グラフ $\Gamma(T)$ が $V\times W$ の閉集合であることは同値である。
$$
\xymatrix{
& \Gamma(T) \ar[dl]_{\pi_1} \ar[dr]^{\pi_2} & \\
V \ar[rr]_{T} & & W
}
$$
ここで $\pi_1(x,Tx)=x$、$\pi_2(x,Tx)=Tx$ は射影の制限であり、図式は $T\circ\pi_1=\pi_2$ の意味で可換である。
有界なら閉であることは上で示した。逆に $\Gamma(T)$ が閉とする。$\Gamma(T)$ は Banach 空間 $V\times W$ の閉部分空間なので Banach 空間である(Banach空間 の記事の命題「閉部分空間と完備性」)。$\pi_1\colon\Gamma(T)\to V$ は線形で $\|\pi_1(x,Tx)\|=\|x\|\le\|(x,Tx)\|$ を満たすので有界であり、全単射である。cor-open-mapping-theorem-bounded-inverse により $\pi_1^{-1}\colon x\mapsto(x,Tx)$ は有界である。$T=\pi_2\circ\pi_1^{-1}$ であり、$\|Tx\|\le\|(x,Tx)\|=\|\pi_1^{-1}x\|\le\|\pi_1^{-1}\|\,\|x\|$ なので $T$ は有界である。$\square$
閉グラフ定理の典型的な使い方を 2 つ挙げる。どちらも、直接には連続性を示しにくい写像について、グラフが閉であることだけを確かめる。
Banach 空間 $V$ が 2 つの閉部分空間 $U,U'$ の(代数的な)直和 $V=U\oplus U'$ であるとし、$x=u+u'$($u\in U$、$u'\in U'$)に $Px:=u$ を対応させる射影を $P$ とする。このとき $P$ は有界である。
$P$ は線形である。$x_n\to x$、$Px_n\to y$ とする。$Px_n\in U$ で $U$ は閉なので $y\in U$ である。$x_n-Px_n\in U'$ は $x-y$ に収束し、$U'$ は閉なので $x-y\in U'$ である。よって $x=y+(x-y)$ は $U\oplus U'$ への分解であり、分解の一意性から $Px=y$ である。グラフが閉なので、thm-open-mapping-theorem-closed-graph により $P$ は有界である。$\square$
$U,U'$ の一方が閉でないと射影は有界にならない。$P$ が有界なら $U'=\ker P$ と $U=\ker(I-P)$ はどちらも閉だからである。直和の代数的な構造(直和)だけでは位相的な分解にならず、閉性が要る。
$H$ を Hilbert 空間とし、線形写像 $T\colon H\to H$ が $H$ 全体で定義されていて、すべての $x,y\in H$ について $\langle Tx,y\rangle=\langle x,Ty\rangle$ を満たすとする。このとき $T$ は有界である。
$x_n\to x$、$Tx_n\to y$ とする。任意の $z\in H$ について、内積の連続性から
$$
\langle y,z\rangle=\lim_n\langle Tx_n,z\rangle=\lim_n\langle x_n,Tz\rangle=\langle x,Tz\rangle=\langle Tx,z\rangle
$$
であり、$z=y-Tx$ とすると $\|y-Tx\|^2=0$、すなわち $y=Tx$ である。Hilbert 空間は Banach 空間なので(Hilbert空間 の記事の定義「Hilbert空間」)、thm-open-mapping-theorem-closed-graph により $T$ は有界である。$\square$
$\ell^2$ で $(Tx)_k:=kx_k$ とおくと、$T$ は $\sum_kk^2|x_k|^2<\infty$ を満たす $x$ の部分空間($c_{00}$ を含むので稠密)の上で定義され、そこで $\langle Tx,y\rangle=\sum_kkx_k\overline{y_k}=\langle x,Ty\rangle$ を満たすが、$\|Te_k\|=k$ なので有界でない。この定理によれば、このような作用素を対称性を保ったまま $\ell^2$ 全体に広げることはできない。量子力学で観測量を表す作用素(量子力学の関数解析的構造)に、全体では定義されないものが現れるのはこのためである。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| 値域の完備性 | 恒等写像 $(C([0,1]),\Vert\cdot\Vert_\infty)\to(C([0,1]),\Vert\cdot\Vert_1)$ | 有界逆写像定理 |
| 定義域の完備性 | Axl20 Exercises 6E の 11・14 | 開写像定理・有界逆写像定理 |
| 全射性 | $\ell^2$ 上の $Tx=(x_n/n)_n$ | 開写像であること・像が閉であること |
| 閉グラフ定理の定義域が Banach 空間 | $C^1([0,1])$(上限ノルム)上の微分 $D$ | グラフが閉なら有界 |
1 行目は Banach空間 の記事の例「反例:値域が完備でないときの有界逆写像定理」である。恒等写像は $\|f\|_1\le\|f\|_\infty$ から有界な全単射だが、$f_n(t)=\max(0,1-nt)$ について $\|f_n\|_\infty=1$、$\|f_n\|_1=\frac1{2n}$ なので逆写像は有界でない。値域の $\|\cdot\|_1$ が完備でないことが、lem-open-mapping-theorem-baire の仮定を満たさない点である。2 行目の、定義域を完備でないノルム空間にすると成り立たなくなる例は Axl20 Exercises 6E の 11・14(pp. 191–192)に演習として挙げられている(lem-open-mapping-theorem-iteration の仮定が満たされない)。3・4 行目を確かめる。
$T\colon\ell^2\to\ell^2$、$T(x_1,x_2,x_3,\dots):=(x_1,\frac{x_2}2,\frac{x_3}3,\dots)$ を考える。$\|Tx\|_2\le\|x\|_2$ なので $T$ は有界で、明らかに単射である。
$V:=C^1([0,1])$(連続な導関数をもつ関数)に上限ノルム、$W:=C([0,1])$ に上限ノルムを入れ、$D(f):=f'$ とおく。
開写像定理は Axl20 6.81(pp. 186–187)、有界逆写像定理は 6.83(p. 188)、Banach 空間の直積は 6.84(p. 188)、閉グラフ定理は 6.85(p. 189)、Baire のカテゴリー定理は 6.76(p. 185)、下からの評価と閉な像の同値は Exercises 6E の 12(p. 192)にある。本記事の証明はこれらを本記事の記号で書き直したもので、開写像であることの言い換え、商空間の完備性と商への同型、直和分解の射影と対称な作用素の有界性、各反例は本文で完全に示した。
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