Zermelo集合論(Zermelo set theory)とは、ZFC公理系から置換図式と選択公理を除いた集合論の公理系 $\mathsf{Z}$ のことで、外延性・基礎・分出図式・対・合併・冪集合・無限の公理からなり、選択公理を加えたものを ZC と書く。直積・関数空間・自然数・実数は $\mathsf{Z}$ の中で作れ、値の入る集合を先に与えれば自然数上の再帰も行える。一方、累積階層の集合 $V_{\omega+\omega}$ は ZC の公理をすべて満たすが、$\omega$ より大きい極限順序数も、$\omega,\mathcal P(\omega),\mathcal P(\mathcal P(\omega)),\dots$ を値とする写像も含まない。このため、ZFC が無矛盾なら、整列集合を順序数で表す定理などの置換を使う結果は ZC から証明できない。
Zermelo 集合論(Zermelo set theory)は、ZFC公理系 から置換図式と選択公理を除いた集合論の公理系で、Z と書く。選択公理を加えたものを ZC と書く。Z の公理はどれも「すでにある集合から、それより大きくない集合や、冪集合のように一段だけ大きい集合を作る」形をしている。そのため、自然数・実数・関数空間など通常の数学に現れる集合の多くは Z の中で作れる一方、「各 $n$ について集合を一つずつ作り、それらを全部集める」構成は一般にはできない。
この記事では、Z の中で使える再帰の形(値の入る集合を先に与える再帰)を証明し、Z の公理をすべて満たす集合 $V_{\omega+\omega}$ の中では、順序数 $\omega+\omega$ も、$\omega,\mathcal P(\omega),\mathcal P(\mathcal P(\omega)),\dots$ を並べた列も存在しないことを示す。これにより、ZFC が無矛盾なら、これらの存在は ZC から証明できないことが分かる。
所属関係 $\in$ だけを基本記号とする一階の理論で、次の公理からなるものを Z という。
(1) 外延性、(2) 基礎(正則性)、(3) 分出図式、(4) 対、(5) 合併、(6) 冪集合、(7) 無限:$\exists I\,\bigl(\emptyset\in I\land\forall x\in I\ (x\cup\{x\}\in I)\bigr)$。
各公理の式は ZFC公理系 の公理「ZFC の公理」の (i)〜(vii) と同じである。Z に選択公理(同 (ix))を加えたものを ZC という。
ZF は Z に置換図式を加えたものであり、ZFC は ZC に置換図式を加えたものである。したがって Z・ZC の定理はすべて ZFC の定理である。
Z の公理は、集合の構成のうち「すでにある集合の部分集合をとる」「冪集合をとる」「二つの集合を合わせる」を許す。直積 $A\times B$ はこの範囲で作れる(ZFC公理系 の命題「直積の存在」。証明は対・合併・冪集合・分出だけを使う)。関数は直積の部分集合なので、$A$ から $B$ への関数全体 $B^A$ も集合になる。自然数全体 $\omega$ は無限公理の集合から分出で作る最小の帰納的集合であり、
$$
S\subseteq\omega,\quad 0\in S,\quad\forall n\in S\ (n\cup\{n\}\in S)\ \Longrightarrow\ S=\omega
$$
(数学的帰納法)が Z で成り立つ。実際、仮定を満たす $S$ は帰納的集合なので、$\omega$ の最小性から $\omega\subseteq S$ である。以下 $n\cup\{n\}$ を $n+1$ と書く。
自然数上の再帰は、値の入る集合が先に分かっていれば Z で行える。
Z で次が証明できる。集合 $A$、元 $a\in A$、写像 $g\colon A\to A$ に対し、
$$
h(0)=a,\qquad h(n+1)=g(h(n))\quad(n\in\omega)
$$
を満たす写像 $h\colon\omega\to A$ がちょうど一つ存在する。
写像 $u$ が 近似 であるとは、ある $n\in\omega$ について $u$ の定義域が $n+1$ で、値がすべて $A$ に入り、$u(0)=a$ かつ各 $k< n$ について $u(k+1)=g(u(k))$ を満たすことをいう。近似は $\omega\times A$ の部分集合なので、近似全体 $P$ は $\mathcal P(\omega\times A)$ から分出で得られる集合である。
(1) 二つの近似 $u,v$ は、定義域の共通部分の上で一致する。実際、$S=\{k\in\omega\mid k\in\operatorname{dom}u\cap\operatorname{dom}v\to u(k)=v(k)\}$ は分出で得られ、$0\in S$ である。$k\in S$ で $k+1$ が両方の定義域に入れば、$k$ も入るので $u(k+1)=g(u(k))=g(v(k))=v(k+1)$ となり $k+1\in S$ である。帰納法により $S=\omega$。
(2) 各 $n\in\omega$ について、定義域が $n+1$ の近似がある。$n=0$ では $\{\langle0,a\rangle\}$ が近似である。$u$ が定義域 $n+1$ の近似なら、$u\cup\{\langle n+1,g(u(n))\rangle\}$ は定義域 $n+2$ の近似である。帰納法による。
$h:=\bigcup P$ とおく。(1) により $h$ は写像であり、(2) により定義域は $\omega$、値は $A$ に入る。$k\in\omega$ について、定義域が $k+2$ の近似 $u$ をとると $u\subseteq h$ なので $h(k+1)=u(k+1)=g(u(k))=g(h(k))$、また $h(0)=a$ である。一意性:同じ条件を満たす $h'$ について $\{k\in\omega\mid h(k)=h'(k)\}$ は帰納的なので $\omega$ に等しい。$\square$
この証明は、集合 $\omega\times A$ の冪集合の中ですべての近似を集めるところで、値の入る集合 $A$ を使っている。$A$ が与えられていないと、近似全体を集める集合がない。後の節で、この制限が本当に外せないこと(thm-zst-v-omega-omega の 3)を示す。置換図式があれば、値の入る集合を先に与えなくても再帰で写像が定まる(超限再帰 の定理「超限再帰定理」)。
選択公理を使う議論も、多くは置換なしで行える。たとえば ZC で任意の集合は整列可能である。整列可能定理 の節「順序数を使わない証明」は、冪集合・直積・分出・和集合だけを使って整列順序を作っている(同記事の注意「証明が使うもの」)。Kun80 Ch. IV, Exercise 9(p. 147)は、関数と整列順序の基本性質や $\omega$・$\mathbb R$・$\mathbb C$ の基本性質が Z の中で展開できることを確かめる演習である(この記事では証明しない)。
置換を使わないと何が作れないかを、Z の公理をすべて満たす集合の中で調べる。累積階層 $V_\alpha$ を $V_0=\emptyset$、$V_{\alpha+1}=\mathcal P(V_\alpha)$、極限 $\lambda$ では $V_\lambda=\bigcup_{\alpha<\lambda}V_\alpha$ と定める(ZFC公理系 の節「集合の中で公理を確かめる」)。各 $V_\alpha$ は推移的で、$V_\alpha$ に属する順序数はちょうど $\alpha$ 未満の順序数である。極限順序数 $\lambda>\omega$ について、$V_\lambda$ は置換図式を除く ZFC の公理をすべて満たす(ZFC公理系 の定理「$V_{\omega+\omega}$ は置換を満たさない」)。特に $V_{\omega+\omega}$ は ZC の公理をすべて満たす。
濃度の列 $\beth_n$ を $\beth_0=\aleph_0$、$\beth_{n+1}=2^{\beth_n}$ で定め、$\beth_\omega=\sup_{n\in\omega}\beth_n$ とおく。$V_\omega$ は有限集合 $V_n$($n\in\omega$)の可算個の和で、自然数をすべて含むので $\lvert V_\omega\rvert=\aleph_0$ である。$V_{\omega+n+1}=\mathcal P(V_{\omega+n})$ から、$n$ についての帰納法で $\lvert V_{\omega+n}\rvert=\beth_n$ となる。
ZFC の中で議論し、$M:=V_{\omega+\omega}$ とおく。
ZFC が無矛盾なら、次の文はどれも ZC から証明できない。
(a) 任意の整列集合は、ある順序数と順序同型である。
(b) $\omega$ より大きい極限順序数が存在する。
(c) thm-zst-v-omega-omega の 3 の文 $\sigma_{\mathcal P}$。
一方、(a)(b)(c) はどれも ZF の定理である。
$\sigma$ を (a)(b)(c) のどれかとする。ZFC の中で $M=V_{\omega+\omega}$ をとると、ZC の各公理は $M$ で成り立ち(ZFC公理系 の定理「$V_{\omega+\omega}$ は置換を満たさない」。証明は公理ごとの確かめである)、thm-zst-v-omega-omega により $\lnot\sigma$ も $M$ で成り立つ。(b) については、$M$ に属する順序数は $\omega+\omega$ 未満だけで、$\omega$ より大きいものは後続順序数 $\omega+n+1$ であることと、「$\alpha$ は $\omega$ より大きい極限順序数である」が有界な論理式(パラメータ $\omega$)で書けることによる。公理的集合論 の定理「相対的無矛盾性の原理」を、相対化の論理式 $x\in V_{\omega+\omega}$ と理論 $\mathsf{ZC}+\lnot\sigma$ に使うと、ZFC が無矛盾なら $\mathsf{ZC}+\lnot\sigma$ も無矛盾、すなわち ZC は $\sigma$ を証明しない。
ZF での証明:(a) は 順序数 の定理「整列集合の順序数による表現」、(b) は順序数の和 $\omega+\omega$(同記事の定義「順序数の算術」)が $\omega$ より大きい極限順序数であることから従う。(c) は、置換図式により写像 $n\mapsto\mathcal P^n(x)$ を再帰で定めればよい(超限再帰 の定理「超限再帰定理」)。$\square$
(a) は Kun80 Ch. IV, Exercise 8(p. 147)にある。Z では $\omega+\omega$ 以上の順序数の存在が示せないことと、そのため Z では (a) が示せないことは But21 §12.2(pp. 161–162)にも述べられている。$V_{\omega+\omega}$ の中では $\omega+\omega$ 以上の順序数がないので、von Neumann の順序数としての $\omega_1$ や $\aleph_\omega$ も存在しない。濃度の意味でも、一般連続体仮説 $2^{\aleph_\alpha}=\aleph_{\alpha+1}$ が成り立つなら $\beth_n=\aleph_n$ なので、thm-zst-v-omega-omega の 2 により $V_{\omega+\omega}$ のどの元も外から見て $\aleph_\omega$ 未満の濃度しかもたない。
prop-zst-recursion と thm-zst-v-omega-omega の 3 を並べると、Z の再帰の限界がはっきりする。$A$ を固定すれば $n\mapsto g^n(a)$ は Z で作れるが、$n\mapsto\mathcal P^n(\omega)$ の値は $n$ とともに大きくなり、すべての値を含む集合 $A$ を先に用意できない。同じ理由で、「任意の集合 $x$ に対し、$\mathcal P^n(x)$($n\in\omega$)をすべて含む集合がある」という主張も Z の公理からは出てこない($x=\omega$ で $V_{\omega+\omega}$ がこれを満たさない)。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| prop-zst-recursion の「値の入る集合 $A$ と $g\colon A\to A$ を先に与える」 | $V_{\omega+\omega}$ の中で $n\mapsto\mathcal P^n(\omega)$ | 再帰の等式を満たす写像が集合として存在すること |
| 順序数 の定理「整列集合の順序数による表現」の置換図式 | $V_{\omega+\omega}$ と $(\omega,\prec)$ | 整列集合が順序数と順序同型であること |
| ZFC公理系 の公理 (vii)(無限) | $V_\omega$ | 自然数全体の集合 $\omega$ の存在 |
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