Hermite行列(Hermitian matrix)とは、複素正方行列 $A$ で、転置して成分の複素共役をとった共役転置 $A^{*}$ が $A$ 自身に等しいもの、すなわち $a_{ij}=\overline{a_{ji}}$ を満たす行列のことで、実数成分なら実対称行列にあたる。$A$ が Hermite であることは $x^{*}Ax$ がすべての複素ベクトル $x$ で実数になることと同値であり、固有値はすべて実数で、ユニタリ行列により実対角行列へ対角化できる行列はちょうど Hermite 行列である。任意の正方行列は Hermite 行列 $H,K$ によって $A=H+iK$ とただ 1 通りに書け、$k$ 番目の固有値は Rayleigh 商の min-max で表されるので、行列を変えたときの固有値の変化は加えた行列の固有値で抑えられる。
複素数を成分とする行列 $A$ について、転置して各成分の複素共役をとった行列を $A^{*}$ と書く。$A^{*}=A$ を満たす正方行列が Hermite 行列 である。たとえば
$$
\begin{pmatrix}2&1-i\\1+i&-1\end{pmatrix}
$$
は、対角成分が実数で、$(1,2)$ 成分と $(2,1)$ 成分が互いに複素共役なので Hermite 行列である。実数を成分とする行列では $A^{*}=A^{\top}$ なので、実の Hermite 行列は実対称行列にほかならない。複素数の行列では、成分の単なる対称性 $A^{\top}=A$ ではなく Hermite 性 $A^{*}=A$ のほうが、実対称行列と同じ性質(固有値が実数であること、互いに直交する固有ベクトルで対角化できること)をもたらす。
行列の中で Hermite 行列は、複素数の中の実数にあたる。量子力学では観測できる量が Hermite 行列(自己共役作用素)で表され、その固有値が測定値になる。この記事では、Hermite 行列を $x^{*}Ax$ が実数であることで特徴づけ、ユニタリ行列で対角化できて固有値が実数である行列がちょうど Hermite 行列であることを示す。さらに、$k$ 番目の固有値を最大・最小で表す min-max 原理が Hermite 行列でも成り立つことを確かめ、そこから固有値の摂動の評価を導く。
以下、$A\in M_{m,n}(\mathbb{C})$ に対し、$(i,j)$ 成分が $\overline{a_{ji}}$ である $n\times m$ 行列を $A$ の 共役転置(conjugate transpose、共役転置行列)といい $A^{*}$ と書く(Axl24 7.7、p. 231)。$A^{*}=\overline{A}^{\top}$ である。$\mathbb{C}^n$ の標準内積を
$$
\langle x,y\rangle:=\sum_{i=1}^nx_i\overline{y_i}=y^{*}x
$$
とする。第 1 変数について線形、第 2 変数について共役線形であり、内積 の記事の約束と同じである。$|x|:=\sqrt{\langle x,x\rangle}$ と書く。
$A\in M_n(\mathbb{C})$ が $A^{*}=A$、すなわちすべての $i,j$ について $a_{ij}=\overline{a_{ji}}$ を満たすとき、$A$ を Hermite 行列(Hermitian matrix、エルミート行列)という。$A^{*}=-A$ を満たすとき 歪 Hermite 行列(skew-Hermitian matrix)という。$n$ 次の Hermite 行列の全体を $\operatorname{Herm}_n$ と書く。
$i=j$ とおくと $a_{ii}=\overline{a_{ii}}$ なので、Hermite 行列の対角成分は実数である。物理学では $A^{*}$ を $A^{\dagger}$ と書くことが多い。共役転置について $(A+B)^{*}=A^{*}+B^{*}$、$(cA)^{*}=\bar cA^{*}$、$(AB)^{*}=B^{*}A^{*}$、$(A^{*})^{*}=A$ が成り立ち、$\langle Ax,y\rangle=\langle x,A^{*}y\rangle$ である(転置行列 の記事の注意「複素数の行列と共役転置」)。したがって Hermite 行列とは、標準内積に関して自己随伴(自己共役)な行列のことである(随伴作用素、Axl24 7.10、p. 233)。
実対称行列の性質の多くは、証明の中で $x^{\top}x=\sum_ix_i^2>0$($x\ne0$)を使う。複素数のベクトルではこれが崩れ、$x=(1,i)^{\top}$ で $x^{\top}x=1+i^2=0$ となる。代わりに正の量になるのは $x^{*}x=\sum_i|x_i|^2$ であり、これに合わせて転置を共役転置に取り替えると、実対称行列の理論がそのまま複素数へ移る。Hermite 行列はこの意味で「複素数の世界での対称行列」である。
$A^{*}$ を $A$ の共役とみると、Hermite 行列は実数、歪 Hermite 行列は純虚数、$U^{*}U=I$ を満たすユニタリ行列は絶対値 $1$ の複素数にあたる。この類似は固有値に現れ、Hermite 行列の固有値は実数、歪 Hermite 行列の固有値は純虚数、ユニタリ行列の固有値は絶対値 $1$ である。
2 次の Hermite 行列は $\begin{pmatrix}a&b\\\bar b&d\end{pmatrix}$($a,d\in\mathbb{R}$、$b\in\mathbb{C}$)の形の行列であり、実数 $t,x,y,z$ を使って
$$
X=\begin{pmatrix}t+z&x-iy\\x+iy&t-z\end{pmatrix}=tI_2+x\sigma^1+y\sigma^2+z\sigma^3
$$
とただ 1 通りに書ける。ここで $\sigma^1,\sigma^2,\sigma^3$ は Pauli 行列である(SO(3)とSU(2) の記事の定義「Pauli 行列」)。$\operatorname{tr}X=2t$、$\det X=t^2-x^2-y^2-z^2$ なので、$X$ の固有多項式は $\lambda^2-2t\lambda+(t^2-x^2-y^2-z^2)$ であり、固有値は
$$
\lambda=t\pm\sqrt{x^2+y^2+z^2}
$$
で、確かに実数である。$\det X$ が Minkowski 空間の 2 次形式になることは、$\mathrm{SL}(2,\mathbb{C})$ が Lorentz 群を二重に覆うことの出発点である(SL(2,C)と固有順時Lorentz群 の記事の命題「行列式はMinkowski二次形式」)。
$A=\begin{pmatrix}1&i\\i&-1\end{pmatrix}$ は $A^{\top}=A$ だが、$A^{*}=\begin{pmatrix}1&-i\\-i&-1\end{pmatrix}\ne A$ である。$A^2=O$ なので $A$ は $0$ でない冪零行列で、対角化できない(対称行列 の記事の例「反例:複素対称行列は対角化できるとは限らない」)。この例は「$A^{\top}=A$」を満たすが「$A^{*}=A$」を満たさず、複素数の行列では成分の対称性だけからは対角化可能性が出ないことを示す。
$A=\begin{pmatrix}0&1\\-1&0\end{pmatrix}$ とする。実のベクトル $x=(x_1,x_2)^{\top}$ では $x^{*}Ax=x_1x_2-x_2x_1=0$ はつねに実数だが、$x=(1,i)^{\top}$ では $Ax=(i,-1)^{\top}$ なので
$$
x^{*}Ax=\overline{1}\cdot i+\overline{i}\cdot(-1)=i+i=2i
$$
は実数でない。実際 $A^{*}=-A\ne A$ であり、$A$ は歪 Hermite 行列で固有値は $\pm i$ である。この例は「実のベクトル $x$ について $x^{*}Ax$ が実数」を満たすが「Hermite 行列である」を満たさず、prop-herm-real-form の「すべての $x\in\mathbb{C}^n$ について」を実のベクトルに弱められないことを示す。同じ $A$ は $A^{*}A=AA^{*}=I_2$ を満たすので、ユニタリ対角化はできる(正規行列)。ユニタリ対角化できても、固有値が実数でなければ Hermite 行列ではない(thm-herm-unitary)。
Pauli 行列 $\sigma^1=\begin{pmatrix}0&1\\1&0\end{pmatrix}$、$\sigma^3=\begin{pmatrix}1&0\\0&-1\end{pmatrix}$ はどちらも Hermite だが、
$$
\sigma^1\sigma^3=\begin{pmatrix}0&-1\\1&0\end{pmatrix}
$$
は歪 Hermite であり Hermite でない。一般に Hermite 行列 $H,K$ について $(HK)^{*}=K^{*}H^{*}=KH$ なので、$HK$ が Hermite であることと $HK=KH$ は同値であり、$\sigma^1\sigma^3=-\sigma^3\sigma^1$ は可換でない。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| $A^{*}=A$($A^{\top}=A$ に替える) | $\begin{pmatrix}1&i\\i&-1\end{pmatrix}$ | 対角化できること |
| すべての複素ベクトル $x$ | $\begin{pmatrix}0&1\\-1&0\end{pmatrix}$ と $x=(1,i)^{\top}$ | $x^{*}Ax$ が実数なら Hermite であること |
| 固有値が実数 | $\begin{pmatrix}0&1\\-1&0\end{pmatrix}$(ユニタリ対角化はできる) | ユニタリ対角化できる行列が Hermite であること |
| 可換である | $\sigma^1$ と $\sigma^3$ | 積が Hermite であること |
| $A,E$ が Hermite | ex-herm-weyl の $\begin{pmatrix}0&1\\0&0\end{pmatrix}$ と $\begin{pmatrix}0&0\\\varepsilon&0\end{pmatrix}$ | 固有値の摂動の評価 |
1:$H,H'$ が Hermite で $c\in\mathbb{R}$ なら $(H+H')^{*}=H+H'$、$(cH)^{*}=\bar cH^{*}=cH$ である。$(iH)^{*}=\bar iH^{*}=-iH$ なので $iH$ は歪 Hermite である。次元を求める。$E_{jk}$ を $(j,k)$ 成分だけが $1$ の行列とすると、Hermite 行列 $A$ は $a_{jj}\in\mathbb{R}$、$a_{kj}=\overline{a_{jk}}$ を満たすので
$$
A=\sum_ja_{jj}E_{jj}+\sum_{j< k}\Bigl(\operatorname{Re}a_{jk}\,(E_{jk}+E_{kj})+\operatorname{Im}a_{jk}\,i(E_{jk}-E_{kj})\Bigr)
$$
と書ける(右辺の $(j,k)$ 成分は $\operatorname{Re}a_{jk}+i\operatorname{Im}a_{jk}=a_{jk}$、$(k,j)$ 成分は $\overline{a_{jk}}$ である)。現れる $n+2\cdot\frac{n(n-1)}2=n^2$ 個の行列はどれも Hermite であり、実係数の線形結合が $O$ なら各成分の実部と虚部を比べて係数はすべて $0$ なので、実数上で線形独立である。よって $\dim_{\mathbb{R}}\operatorname{Herm}_n=n^2$ である。
2:$H^{*}=\frac{A^{*}+A}2=H$、$K^{*}=\frac{A^{*}-A}{\overline{2i}}=\frac{A^{*}-A}{-2i}=K$ であり、$H+iK=\frac{A+A^{*}}2+\frac{A-A^{*}}2=A$ である。一意性:$H+iK=H'+iK'$ なら $U:=H-H'=i(K'-K)$ は Hermite であり、1 により歪 Hermite でもある。$U=U^{*}=-U$ から $U=O$ なので、$H=H'$、$K=K'$ である。
3:$A^{*}=H-iK$ なので
$$
A^{*}A=(H-iK)(H+iK)=H^2+K^2+i(HK-KH),\qquad AA^{*}=H^2+K^2-i(HK-KH)
$$
であり、$A^{*}A-AA^{*}=2i(HK-KH)$ である。よって $A^{*}A=AA^{*}$ と $HK=KH$ は同値である。$\square$
$H,K$ を $A$ の 実部・虚部 と呼ぶことがある(Axl24 7.23、p. 238)。$n=1$ ではこれは複素数 $a=\operatorname{Re}a+i\operatorname{Im}a$ の分解そのものである。$n=2$ では、1 の基底は $E_{11},E_{22},\sigma^1,-\sigma^2$ であり、ex-herm-pauli の $I_2,\sigma^1,\sigma^2,\sigma^3$ もまた $\operatorname{Herm}_2$ の実数上の基底である。
$A\in M_n(\mathbb{C})$ について、$A$ が Hermite 行列であることと、すべての $x\in\mathbb{C}^n$ について $x^{*}Ax$ が実数であることは同値である。このとき、$A$ の固有値はすべて実数であり、異なる固有値の固有ベクトルは直交する。
$A^{*}=A$ なら、$1\times1$ 行列の複素共役は共役転置に等しいので $\overline{x^{*}Ax}=(x^{*}Ax)^{*}=x^{*}A^{*}x=x^{*}Ax$ であり、$x^{*}Ax$ は実数である。逆を示す。$B:=A-A^{*}$ とおく。$x^{*}A^{*}x=(x^{*}Ax)^{*}=\overline{x^{*}Ax}$ なので、仮定により $x^{*}Bx=x^{*}Ax-\overline{x^{*}Ax}=0$ がすべての $x$ で成り立つ。$x+cy$($c\in\mathbb{C}$)を代入して展開すると、$x^{*}Bx=y^{*}By=0$ により
$$
0=(x+cy)^{*}B(x+cy)=c\,x^{*}By+\bar c\,y^{*}Bx
$$
である。$c=1$ とすると $x^{*}By+y^{*}Bx=0$、$c=i$ とすると $i\,x^{*}By-i\,y^{*}Bx=0$ なので、2 式から $x^{*}By=0$ がすべての $x,y$ で成り立つ。$x=e_j$、$y=e_k$ とおけば $B$ の $(j,k)$ 成分は $0$ なので $B=O$、すなわち $A^{*}=A$ である(内積 の記事の命題「複素半双線形形式の共役対称性」も同じ偏極の考え方による)。
固有値:$Ax=\lambda x$、$x\ne0$ とすると $x^{*}Ax=\lambda x^{*}x$ であり、$x^{*}x=|x|^2>0$、$x^{*}Ax\in\mathbb{R}$ なので $\lambda=x^{*}Ax/x^{*}x$ は実数である。直交性:$Ax=\lambda x$、$Ay=\mu y$、$\lambda\ne\mu$ とすると、$\lambda,\mu$ は実数なので
$$
\lambda\langle x,y\rangle=\langle Ax,y\rangle=\langle x,A^{*}y\rangle=\langle x,Ay\rangle=\bar\mu\langle x,y\rangle=\mu\langle x,y\rangle
$$
となり、$\langle x,y\rangle=0$ である。$\square$
後半の直交性は、無限次元の自己共役作用素についても同じ計算で成り立つ(スペクトル定理 の記事の命題「異なる固有値の固有空間は直交する」)。前半の同値は Axl24 7.14(p. 234)、Lan02 Chapter XV, Proposition 6.1(p. 581)にある。
$A\in M_n(\mathbb{C})$ について、次は同値である。
1 ⇒ 2:$n$ についての帰納法で、ユニタリ行列 $U$ で $U^{*}AU$ が実対角行列になるものを作る($UU^{*}=I_n$ は $U^{*}U=I_n$ から従うので、これは $A=UDU^{*}$ と同じである)。$n=1$ では $A=(a_{11})$ で $a_{11}$ は実数なので $U=(1)$ でよい。$n\ge2$ とする。代数学の基本定理 により $A$ の固有多項式は根 $\lambda$ をもち、$Au=\lambda u$、$|u|=1$ となる $u\in\mathbb{C}^n$ がある(固有値 の記事の命題「固有空間と特性方程式」)。prop-herm-real-form により $\lambda$ は実数である。$u$ を 内積空間 の記事の定理「Gram–Schmidtの直交化法」により $\mathbb{C}^n$ の正規直交基底 $u,w_2,\dots,w_n$ に延長し、これを列とする行列を $U_1$ とすると、$U_1$ はユニタリ行列である(正規直交基底 の記事の定理「正規直交基底の取り替えとユニタリ行列」)。$B:=U_1^{*}AU_1$ は $B^{*}=U_1^{*}A^{*}U_1=B$ なので Hermite であり、$U_1^{*}u=e_1$ から第 1 列は $Be_1=U_1^{*}Au=\lambda e_1$ である。$B$ は Hermite で $\lambda$ は実数なので、第 1 行は第 1 列の共役転置 $(\lambda,0,\dots,0)$ であり、$B=\begin{pmatrix}\lambda&0\\0&A'\end{pmatrix}$($A'$ は $n-1$ 次の Hermite 行列)となる。これは $u$ に直交するベクトルの全体が $A$ で自分自身に移ること($\langle Ax,u\rangle=\langle x,Au\rangle=\lambda\langle x,u\rangle$)を行列で書いたものである。帰納法の仮定により、ユニタリ行列 $U'$ で $U'^{*}A'U'$ は実対角行列になる。$U:=U_1\begin{pmatrix}1&0\\0&U'\end{pmatrix}$ はユニタリ行列の積なのでユニタリであり、$U^{*}AU=\begin{pmatrix}\lambda&0\\0&U'^{*}A'U'\end{pmatrix}$ は実対角行列である。この部分は スペクトル定理 の記事の定理「有限次元の自己共役スペクトル定理」と同じ内容である。
2 ⇒ 1:$D$ は実対角行列なので $D^{*}=D$ であり、$A^{*}=(U^{*})^{*}D^{*}U^{*}=UDU^{*}=A$ である。2 ⇔ 3:$A=UDU^{*}$ は $AU=UD$ と同値であり、その第 $j$ 列は $Au_j=d_ju_j$($u_j$ は $U$ の第 $j$ 列)である。$U$ がユニタリであることは列が正規直交基底をなすことと同値である(正規直交基底 の記事の定理「正規直交基底の取り替えとユニタリ行列」)。対角行列 $D$ の対角成分は $A$ の重複を込めた固有値である($A$ と $D$ は相似)。$\square$
この定理により、Hermite 行列は $A=\sum_j\lambda_ju_ju_j^{*}$($\lambda_j\in\mathbb{R}$、$u_1,\dots,u_n$ は正規直交基底)と展開できる。固有値の実数性を外し、ユニタリ対角化できることだけを求めると、条件は $A^{*}A=AA^{*}$(正規行列)に弱まる(線形代数学 の記事の定理「正規行列のユニタリ対角化」、Axl24 7.31、p. 246)。thm-herm-cartesian の 3 と合わせると、正規行列とは、実部と虚部が可換な行列のことである。
Hermite 行列 $A$ が 半正定値 であるとは、すべての $x$ で $x^{*}Ax\ge0$ となることをいう。これは固有値がすべて $0$ 以上であることとも、$A=B^{*}B$ と書けることとも同値であり、このとき半正定値な Hermite 行列 $S$ で $S^2=A$ となるものがただ 1 つある(Axl24 7.38・7.39、pp. 252–253、Lan02 Chapter XV, Proposition 6.8、p. 584)。実数の場合の証明は 対称行列 の記事の定理「半正定値な実対称行列の特徴づけ」にあり、転置を共役転置に、直交行列をユニタリ行列に置き換えればそのまま通る。
以下、Hermite 行列 $A$ の重複を込めた固有値を大きい順に $\lambda_1(A)\ge\cdots\ge\lambda_n(A)$ と書き、$x\ne0$ について $R_A(x):=x^{*}Ax/x^{*}x$(Rayleigh 商)とおく。prop-herm-real-form により $R_A(x)$ は実数である。実対称行列についての Courant–Fischer の定理
$$
\lambda_k(A)=\max_{\dim W=k}\ \min_{x\in W\setminus\{0\}}R_A(x)=\min_{\dim W=n-k+1}\ \max_{x\in W\setminus\{0\}}R_A(x)
$$
と固有値の交錯定理($S^{*}S=I_m$ なら $S^{*}AS$ の固有値は $A$ の固有値と交錯する)は、Hermite 行列でもそのまま成り立つ。証明は 固有値の交錯定理 の記事の定理「Courant–Fischer の定理」「固有値の交錯定理」の証明で、転置を共役転置に、$\mathbb{R}^n$ を $\mathbb{C}^n$ に替え、固有ベクトルの正規直交基底として thm-herm-unitary のものを使えば通る。$x=\sum_jc_ju_j$ と展開したとき $x^{*}x=\sum_j|c_j|^2$、$x^{*}Ax=\sum_j\lambda_j(A)|c_j|^2$ となり、$c_j^2$ が $|c_j|^2$ に替わるだけである(交錯定理の Hermite 版は同記事の系「Cauchy の交錯定理」の後の注意と BH11 p. 28 の Remark にある)。$k=1,n$ の場合は $\lambda_n(A)\le R_A(x)\le\lambda_1(A)$ である。
min-max 原理から、行列を変えたときの固有値の動きを評価できる。
$A,E$ を $n$ 次の Hermite 行列とする。すべての $k=1,\dots,n$ について
$$
\lambda_k(A)+\lambda_n(E)\le\lambda_k(A+E)\le\lambda_k(A)+\lambda_1(E)
$$
である。とくに $|\lambda_k(A+E)-\lambda_k(A)|\le\max\{|\lambda_1(E)|,|\lambda_n(E)|\}$ であり、$E$ が半正定値なら $\lambda_k(A+E)\ge\lambda_k(A)$ である。
$R_{A+E}(x)=R_A(x)+R_E(x)$ であり、$\lambda_n(E)\le R_E(x)\le\lambda_1(E)$ である。$k$ 次元部分空間 $W$ を 1 つとり、$W$ の上で $R_A$ の最小値を与える $x_0$ をとる($W$ の単位ベクトルの全体はコンパクトで、$R_A$ はその上で連続である)。すると
$$
\min_{x\in W\setminus\{0\}}R_{A+E}(x)\le R_{A+E}(x_0)\le\min_{x\in W\setminus\{0\}}R_A(x)+\lambda_1(E)
$$
であり、$k$ 次元の $W$ 全体についての最大をとると、min-max 原理の最初の等号により $\lambda_k(A+E)\le\lambda_k(A)+\lambda_1(E)$ を得る。同様に、すべての $x\ne0$ で $R_{A+E}(x)\ge R_A(x)+\lambda_n(E)$ なので、各 $W$ で $\min_WR_{A+E}\ge\min_WR_A+\lambda_n(E)$ であり、最大をとって下からの評価を得る。残りの主張は、この 2 つの不等式と、半正定値なら $\lambda_n(E)\ge0$ であることから従う。$\square$
この不等式は Weyl の不等式 と呼ばれるものの一部である(BH11 Theorem 2.8.1、p. 29)。Hermite 行列の固有値は、成分の小さな変化に対してその変化の大きさ程度しか動かない。
$A=I_2$、$E=\begin{pmatrix}0&\varepsilon\\\varepsilon&0\end{pmatrix}$($\varepsilon>0$)では、$E$ の固有値は $\pm\varepsilon$、$A+E$ の固有値は $1\pm\varepsilon$ であり、thm-herm-weyl の $k=1$ の上からの評価と $k=2$ の下からの評価で等号が成り立つ。一方、Hermite でない $A=\begin{pmatrix}0&1\\0&0\end{pmatrix}$ と $E=\begin{pmatrix}0&0\\\varepsilon&0\end{pmatrix}$ では、$A$ の固有値は $0,0$、$E$ の固有値も $0,0$ なのに、$A+E=\begin{pmatrix}0&1\\\varepsilon&0\end{pmatrix}$ の固有値は $\pm\sqrt\varepsilon$ である。$\varepsilon$ が小さいとき $\sqrt\varepsilon$ は $\varepsilon$ よりはるかに大きい。この例は「$A,E$ が Hermite 行列」を満たさないので、固有値の変化を $E$ の固有値で抑える評価が成り立たない。
有限次元の複素ベクトル空間 $V$ 上の Hermite形式 $h$(第 1 変数に線形、第 2 変数に共役線形で $h(y,x)=\overline{h(x,y)}$)は、基底 $v_1,\dots,v_n$ をとると Hermite 行列 $G=(h(v_j,v_i))_{i,j}$ によって $h(x,y)=y^{*}Gx$($x,y$ は座標)と書ける。基底を正則行列 $P$ で取り替えると $G$ は $P^{*}GP$ に変わる。Hermite 形式は直交基底をもち、非退化なら正・負の係数の個数は基底によらない(Lan02 Chapter XV, Theorem 5.1、p. 579)。これは実2次形式の慣性法則の複素版である。
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