Heisenberg群(Heisenberg group)とは、可換環 $R$ 上の 3 次の上三角単数行列のなす群、すなわち $R^3$ に積 $(a,b,c)(a',b',c')=(a+a',b+b',c+c'+ab')$ を入れた群とその高次元版のことである。中心と交換子部分群はともに $\{(0,0,c)\}\cong R$ に一致し、交換子はシンプレクティック形式 $ab'-a'b$ で与えられ、冪零類 2 の冪零群になる。$\mathbb{F}_p$ 上では位数 $p^3$ の群で $p$ が奇数なら単位元以外の元の位数が $p$、$\mathbb{R}$ 上では指数写像が全単射な Lie 群で $\mathbb{Z}$ 上の点は余コンパクトな格子をなす。Schrödinger 表現が正準交換関係を実現し、有限次元の既約表現では中心が自明に働く。
Heisenberg群とは、対角成分が $1$ で対角より下が $0$ の $3$ 次正方行列
$$
\begin{pmatrix}1&a&c\\0&1&b\\0&0&1\end{pmatrix}
$$
全体のなす群である。成分を整数・実数・有限体のどれにとるかで、離散群・Lie 群・有限群の三つの顔をもつ。可換でない群のうちで最も単純なものの一つで、交換子をとると右上の成分だけが残り、その成分は群全体と可換である。この「二つの座標の交換子が第三の座標になり、第三の座標は中心にある」という構造は、量子力学の正準交換関係 $[Q,P]=i\hbar$ を群の言葉で書いたものであり、実数成分の Heisenberg 群は H. Weyl による Heisenberg の不確定性原理の群論的な解釈に現れる(DF04 §1.4)。
この記事では、可換環に成分をもつ Heisenberg 群を定義し、中心と交換子部分群が一致すること、冪の公式、有限体上の Heisenberg 群の性質、対称な座標と指数写像、整数点の格子、そして表現(有限次元の既約表現では中心が自明に働くこと、有限体上での $p$ 次元の既約表現)を証明する。
以下、$R$ は単位元 $1\neq0$ をもつ可換環、$n\ge1$ は整数とする。$a=(a_1,\dots,a_n)\in R^n$ を行ベクトル、$b\in R^n$ を列ベクトルとみて、$a\cdot b:=\sum_{k}a_kb_k$ と書く。
$R^n\times R^n\times R$ に積
$$
(a,b,c)(a',b',c'):=(a+a',\;b+b',\;c+c'+a\cdot b')
$$
を入れたものを、$R$ 上の $2n+1$ 次元の Heisenberg 群(Heisenberg group)といい、$H_{2n+1}(R)$ と書く。$n=1$ のときは $H(R)$ とも書く。
$(a,b,c)$ に $(n+2)$ 次正方行列
$$
\begin{pmatrix}1&a&c\\0&I_n&b\\0&0&1\end{pmatrix}
$$
($I_n$ は $n$ 次単位行列、$a$ は $1\times n$、$b$ は $n\times1$ の区画)を対応させると、行列の積の右上の区画は $c+c'+a\cdot b'$ になり、残りの区画は $a+a'$、$b+b'$ になる。この対応は単射で積を保つので、$H_{2n+1}(R)$ は行列の積について群であり、単位元は $(0,0,0)$、逆元は
$$
(a,b,c)^{-1}=(-a,\;-b,\;-c+a\cdot b)
$$
である(積を計算すると第 3 成分が $c+(-c+a\cdot b)+a\cdot(-b)=0$ になる)。$n=1$ のとき $H(R)$ は $3$ 次の上三角単数行列の群 $U_3(R)$ そのものである。
$R=\mathbb{Z}$ の $H(\mathbb{Z})$ は 群の中心・交換子部分群・可解群・冪零群 の各記事で例として扱われている群と同じものである。$R=\mathbb{R}$ の $H_{2n+1}(\mathbb{R})$ は Lie 群、$R=\mathbb{F}_p$($p$ は素数)の $H_{2n+1}(\mathbb{F}_p)$ は位数 $p^{2n+1}$ の有限群である。
$Z:=\{(0,0,c)\mid c\in R\}\subset H_{2n+1}(R)$ とおく。群の元 $g,h$ の交換子を $[g,h]:=ghg^{-1}h^{-1}$ と書く(交換子部分群 の記事と同じ)。$R^n\times R^n$ 上の交代形式
$$
\omega\bigl((a,b),(a',b')\bigr):=a\cdot b'-a'\cdot b
$$
を 標準シンプレクティック形式 という。
$H(\mathbb{R})$ の元 $(a,b,c)$ を、平面上の平行移動 $(a,b)$ に「位相」$c$ を添えたものと考えるとよい。二つの平行移動はそれだけなら可換だが、Heisenberg 群では順序を入れ替えると位相が $\omega$ の分だけずれる。$ab'-a'b$ は二つのベクトル $(a,b)$、$(a',b')$ の張る平行四辺形の符号付き面積であり、平面を「$x$ 方向に $a$、$y$ 方向に $b'$、$x$ 方向に $-a$、$y$ 方向に $-b'$」と一周すると、囲んだ面積 $ab'$ が位相に残る。
量子力学では、位置の平行移動と運動量の平行移動($e^{ibx}$ を掛ける操作)がちょうどこの関係を満たす。$f(x)\mapsto f(x+a)$ と $f(x)\mapsto e^{ibx}f(x)$ は、順序を入れ替えると $e^{iab}$ だけ違う。二つの操作とその「ずれ」を一つの群にまとめたものが Heisenberg 群であり、この群の表現論が正準交換関係の表現論になる(量子力学の関数解析的構造)。
$g=(a,b,c)$、$h=(a',b',c')\in H_{2n+1}(R)$ について、$Z$ の元は $H_{2n+1}(R)$ のすべての元と可換であり、
$$
[g,h]=\bigl(0,\;0,\;\omega((a,b),(a',b'))\bigr)=(0,\,0,\,a\cdot b'-a'\cdot b)
$$
が成り立つ。
$(0,0,d)(a,b,c)=(a,b,c+d)=(a,b,c)(0,0,d)$ である($0\cdot b=a\cdot0=0$)。よって $Z$ の元は中心的である。積の定義から
$$
gh=(a+a',\,b+b',\,c+c'+a\cdot b'),\qquad hg=(a+a',\,b+b',\,c+c'+a'\cdot b)
$$
である。$z:=(0,0,a\cdot b'-a'\cdot b)$ とおくと、$z$ を掛けることは第 3 成分に $a\cdot b'-a'\cdot b$ を足すことなので $gh=z\,hg$ であり、$[g,h]=gh(hg)^{-1}=z$ である。$\square$
$G=H_{2n+1}(R)$ とする。
$e_k\in R^n$ を第 $k$ 成分が $1$、ほかが $0$ のベクトルとする。
1:$Z\subset Z(G)$ は prop-heisenberg-commutator による。逆に $g=(a,b,c)\in Z(G)$ とすると、すべての $(a',b')$ で $a\cdot b'-a'\cdot b=0$ である。$(a',b')=(0,e_k)$ とおくと $a_k=0$、$(a',b')=(e_k,0)$ とおくと $b_k=0$ なので、$g\in Z$ である。次に、交換子はすべて $Z$ に入り、$Z$ は部分群なので $[G,G]\subset Z$ である。逆に $r\in R$ について $[(re_1,0,0),(0,e_1,0)]=(0,0,r)$ なので、$Z\subset[G,G]$ である。$(0,0,c)(0,0,c')=(0,0,c+c')$ なので $Z\cong(R,+)$ である。
2:$\pi(a,b,c):=(a,b)$ は積の定義から加法群 $R^n\times R^n$ への全射準同型であり、核は $Z$ である。準同型定理により $G/Z\cong R^n\times R^n$ となる。
3:下降中心列は $\gamma_2(G)=[G,G]=Z$、$\gamma_3(G)=[Z,G]=\{e\}$($Z$ は中心)なので、$G$ は冪零類 $2$ 以下である。$R\neq0$ なので $(0,0,1)\neq e$ であり、$[G,G]\neq\{e\}$ だから $G$ はアーベル群でなく、冪零類はちょうど $2$ である。$\square$
$R=\mathbb{Z}$、$n=1$ の場合は 群の中心 の命題「Heisenberg 群とその中心」と 交換子部分群 の例「Heisenberg群」の計算であり、thm-heisenberg-center はそれを任意の可換環と任意の $n$ に広げたものである。thm-heisenberg-center の 1 と 2 は、$G$ が $Z\cong R$ による $R^{2n}$ の中心拡大であって、その交換子が $\omega$ で与えられることを述べている。
$g=(a,b,c)\in H_{2n+1}(R)$ と整数 $m$ について
$$
g^m=\Bigl(ma,\;mb,\;mc+\binom{m}{2}\,a\cdot b\Bigr),\qquad \binom{m}{2}:=\frac{m(m-1)}{2}
$$
が成り立つ($\binom{m}{2}$ は負の $m$ でも整数である)。
要点:$m\ge0$ は $\binom{m}{2}+m=\binom{m+1}{2}$ を使う帰納法で、負の $m$ は逆元 $(-a,-b,-c+a\cdot b)$ に正の場合の公式を当てて示す。
$m=0$ では両辺とも単位元である。$m\ge0$ で成り立つとすると$$g^{m+1}=g^mg=\Bigl((m+1)a,\;(m+1)b,\;mc+\binom{m}{2}a\cdot b+c+ma\cdot b\Bigr)$$であり、$\binom{m}{2}+m=\binom{m+1}{2}$ なので $m+1$ でも成り立つ。負の冪については $g^{-1}=(-a,-b,-c+a\cdot b)$ に $k\ge1$ 乗の公式を当てて$$g^{-k}=\Bigl(-ka,\;-kb,\;k(-c+a\cdot b)+\binom{k}{2}a\cdot b\Bigr)=\Bigl(-ka,\;-kb,\;-kc+\frac{k(k+1)}{2}a\cdot b\Bigr)$$を得る($(-a)\cdot(-b)=a\cdot b$)。$m=-k$ とおくと $\binom{m}{2}=\frac{(-k)(-k-1)}{2}=\frac{k(k+1)}{2}$ なので、公式は負の $m$ でも成り立つ。$\square$
$R=\mathbb{Z}$ または $R=\mathbb{R}$ のとき、prop-heisenberg-power から単位元以外の元の位数は無限である。実際 $g^m=e$($m\neq0$)なら $ma=0$、$mb=0$ から $a=b=0$、さらに $mc=0$ から $c=0$ となる。
$p$ を素数とし、$G=H_{2n+1}(\mathbb{F}_p)$ とする。
要点:位数は元の個数から、中心と交換子部分群は前の定理から従う。$p$ が奇数なら冪の公式の $\binom{p}{2}$ が $p$ の倍数なので $g^p=e$ となる。$p=2$ では $r=(1,1,0)$ と $s=(1,0,0)$ が二面体群の関係式 $r^4=s^2=e$、$srs^{-1}=r^{-1}$ を満たし、位数を比べて同型を得る。
1:元は $(a,b,c)\in\mathbb{F}_p^n\times\mathbb{F}_p^n\times\mathbb{F}_p$ と一対一に対応するので位数は $p^{2n+1}$ である。残りは thm-heisenberg-center の $R=\mathbb{F}_p$ の場合である($Z\cong(\mathbb{F}_p,+)$ は位数 $p$ の巡回群)。
2:$p$ が奇数なら $\binom{p}{2}=p\cdot\frac{p-1}{2}$ は $p$ の倍数である。prop-heisenberg-power により $g^p=(pa,\,pb,\,pc+\binom{p}{2}a\cdot b)=(0,0,0)$ であり、位数は $p$ を割る。単位元でなければ位数は $p$ である。
3:$r:=(1,1,0)$、$s:=(1,0,0)$ とおく。prop-heisenberg-power により $r^2=(0,0,1)$、$r^3=(1,1,1)$、$r^4=e$ なので $r$ の位数は $4$ であり、$s^2=(0,0,0)$($a\cdot b=0$)なので $s$ の位数は $2$ である。$s^{-1}=s$ であり、$$srs^{-1}=(1,0,0)(1,1,0)(1,0,0)=(0,1,1)(1,0,0)=(1,1,1)=r^{-1}$$である($\mathbb{F}_2$ では $1+1=0$)。$\langle r\rangle=\{e,(1,1,0),(0,0,1),(1,1,1)\}$ は $s$ を含まないので、$\langle r,s\rangle$ は位数 $4$ より大きい $8$ の約数、すなわち $8$ であり、$G=\langle r,s\rangle$ である。$\operatorname{Dih}_4$ は $\rho^4=\sigma^2=e$、$\sigma\rho\sigma^{-1}=\rho^{-1}$ を満たす元 $\rho,\sigma$ で生成され、これらの関係式で定まる位数 $8$ の群である(二面体群 の記事の定義「表示で定まる二面体群」)。$r,s$ は同じ関係式を満たすので $\rho\mapsto r$、$\sigma\mapsto s$ は全射準同型 $\operatorname{Dih}_4\to G$ に延び、位数がともに $8$ なので同型である。$\square$
$H(\mathbb{F}_p)$ は DF04 §1.4 の演習 11 で、$H(\mathbb{F}_3)$ の表現は FH91 の演習 3.11 で扱われている。$p$ が奇数のとき、$H(\mathbb{F}_p)$ は位数 $p^3$ で、単位元以外の元の位数がすべて $p$ のアーベルでない群の例である。$p=2$ のときは prop-heisenberg-power の $\binom{2}{2}=1$ が $2$ の倍数でないため、$r=(1,1,0)$ の $2$ 乗が中心の元 $(0,0,1)$ になって位数が $4$ に上がる。
$2$ が $R$ で可逆なとき、第 3 座標をずらすと積の式が $a$ と $b$ について対称になる。
$2$ が $R$ の単元であるとする。$R^n\times R^n\times R$ に積
$$
(x,y,t)\ast(x',y',t'):=\Bigl(x+x',\;y+y',\;t+t'+\tfrac12\,\omega\bigl((x,y),(x',y')\bigr)\Bigr)
$$
を入れたものを $H^{\mathrm{sym}}_{2n+1}(R)$ とする。写像 $\varphi(a,b,c):=(a,\,b,\,c-\tfrac12a\cdot b)$ は全単射で $\varphi(gh)=\varphi(g)\ast\varphi(h)$ を満たす。したがって $H^{\mathrm{sym}}_{2n+1}(R)$ は群であり、$\varphi$ は群の同型 $H_{2n+1}(R)\cong H^{\mathrm{sym}}_{2n+1}(R)$ である。
要点:第 1・第 2 成分は明らかに一致し、第 3 成分は $\tfrac12(a+a')\cdot(b+b')$ を展開すると両辺が同じ式になる。
$\varphi$ の逆写像は $(x,y,t)\mapsto(x,y,t+\frac12x\cdot y)$ なので全単射である。$g=(a,b,c)$、$h=(a',b',c')$ について、第 1・第 2 成分はどちらも $a+a'$、$b+b'$ である。第 3 成分は$$\varphi(gh)_3=c+c'+a\cdot b'-\tfrac12(a+a')\cdot(b+b')=c+c'-\tfrac12a\cdot b-\tfrac12a'\cdot b'+\tfrac12a\cdot b'-\tfrac12a'\cdot b$$であり、$$\bigl(\varphi(g)\ast\varphi(h)\bigr)_3=\bigl(c-\tfrac12a\cdot b\bigr)+\bigl(c'-\tfrac12a'\cdot b'\bigr)+\tfrac12(a\cdot b'-a'\cdot b)$$と一致する。$\ast$ は全単射 $\varphi$ で $H_{2n+1}(R)$ の積を写したものなので結合法則・単位元・逆元をもち、$\varphi$ は同型である。$\square$
$R=\mathbb{R}$ の $H^{\mathrm{sym}}_{2n+1}(\mathbb{R})$ は、量子力学の関数解析的構造 の記事の定義「$N$ 次Heisenberg群」の群($N=n$)そのものである。prop-heisenberg-symmetric により、二つの流儀の Heisenberg 群は同型である。対称な座標では、$(x,y,t)\mapsto(-x,-y,t)$ や $(x,y,t)\mapsto(y,-x,t)$ のように $\omega$ を保つ線形写像が群の自己同型になり、シンプレクティック群 $Sp_{2n}$ が自然に作用する。
$R=\mathbb{R}$ のとき、$H_{2n+1}(\mathbb{R})$ は $\mathbb{R}^{2n+1}$ と同相な Lie 群である($n=1$ は Lie群 の記事の例「Heisenberg 群」)。その Lie 環 $\mathfrak{h}_{2n+1}$ は、行列
$$
N(x,y,z):=\begin{pmatrix}0&x&z\\0&0&y\\0&0&0\end{pmatrix}\qquad(x\in\mathbb{R}^n\ \text{は行},\ y\in\mathbb{R}^n\ \text{は列},\ z\in\mathbb{R})
$$
の全体に括弧積 $[X,Y]=XY-YX$ を入れたものである($n=1$ は Lie環 の記事の例「Heisenberg Lie 環」)。
$X=N(x,y,z)$、$Y=N(x',y',z')\in\mathfrak{h}_{2n+1}$ について次が成り立つ。
区画ごとに掛けると $N(x,y,z)N(x',y',z')=N(0,0,x\cdot y')$ であり、その結果は第 1 行の右端以外が $0$ なので、$\mathfrak{h}_{2n+1}$ の元を三つ掛けると $0$ になる。
1:$[X,Y]=N(0,0,x\cdot y')-N(0,0,x'\cdot y)$ である。$N(0,0,w)$ と $\mathfrak{h}_{2n+1}$ の元の積は左右どちらからも $0$ なので、$[X,Y]$ はすべての元と可換である。
2:$X^3=0$ なので指数級数は $I+X+\frac12X^2$ で終わり、$X^2=N(0,0,x\cdot y)$ から右上の成分が $z+\frac12x\cdot y$ になる。$(a,b,c)$ に対して $x=a$、$y=b$、$z=c-\frac12a\cdot b$ がただ一つの逆像なので、$\exp$ は全単射である。
3:左辺は $(I+X+\frac12X^2)(I+Y+\frac12Y^2)=I+X+Y+\frac12X^2+\frac12Y^2+XY$ である(三つ以上の積は $0$)。$W:=X+Y+\frac12[X,Y]$ とおくと、$[X,Y]$ と $\mathfrak{h}_{2n+1}$ の元の積は $0$ なので $W^2=(X+Y)^2=X^2+XY+YX+Y^2$ であり、
$$
\exp W=I+X+Y+\tfrac12(XY-YX)+\tfrac12(X^2+XY+YX+Y^2)=I+X+Y+XY+\tfrac12X^2+\tfrac12Y^2
$$
となって左辺と一致する。
4:1 により $X+Y+\frac12[X,Y]=N\bigl(x+x',\,y+y',\,z+z'+\frac12(x\cdot y'-x'\cdot y)\bigr)$ であり、これは $\ast$ の式そのものである。2 により $\exp(x,y,z)=(x,y,z+\frac12x\cdot y)=\varphi^{-1}(x,y,z)$ である。$\square$
一般の Lie 群では $\log(\exp X\exp Y)$ は括弧積の無限級数(Baker–Campbell–Hausdorff の級数)になるが、Heisenberg 群では括弧積を二回重ねると $0$ になるので、級数が第 2 項で終わる。これが thm-heisenberg-exp の 3 である。
$\Gamma:=H_{2n+1}(\mathbb{Z})$ を $H_{2n+1}(\mathbb{R})$ の部分群とみる。$H_{2n+1}(\mathbb{R})$ の各元 $g$ は、$\gamma\in\Gamma$ と $f\in[0,1)^n\times[0,1)^n\times[0,1)$ を用いて $g=\gamma f$ とただ一通りに書ける。したがって剰余空間 $\Gamma\backslash H_{2n+1}(\mathbb{R})$ はコンパクトである。
要点:$\gamma f=(m+s,\,k+t,\,l+u+m\cdot t)$ なので、$m,k$ を $a,b$ の整数部分として決め、次に $l$ を $c-m\cdot t$ の整数部分として決める。コンパクト性は $[0,1]^{2n+1}$ の像であることから従う。
$\gamma=(m,k,l)\in\Gamma$、$f=(s,t,u)$ について $\gamma f=(m+s,\;k+t,\;l+u+m\cdot t)$ である。$g=(a,b,c)$ が与えられたとき、$\gamma f=g$ となるには、まず $m+s=a$ から $m=\lfloor a\rfloor$、$s=a-m$(成分ごとの整数部分と小数部分)、同様に $k=\lfloor b\rfloor$、$t=b-k$ と決まる。次に $l+u=c-m\cdot t$ から $l=\lfloor c-m\cdot t\rfloor$、$u=c-m\cdot t-l$ と決まる。各段で整数部分と $[0,1)$ の部分への分け方はただ一通りなので、表し方は一意であり、上の式で存在もわかる。
$\Gamma g=\Gamma f$ なので、射影 $H_{2n+1}(\mathbb{R})\to\Gamma\backslash H_{2n+1}(\mathbb{R})$ はコンパクト集合 $[0,1]^{2n+1}$ の上ですでに全射である。連続写像によるコンパクト集合の像はコンパクトなので、$\Gamma\backslash H_{2n+1}(\mathbb{R})$ はコンパクトである。$\square$
$\Gamma$ は $\mathbb{R}^{2n+1}$ の離散部分集合 $\mathbb{Z}^{2n+1}$ なので離散部分群であり、prop-heisenberg-lattice は $\Gamma$ が $H_{2n+1}(\mathbb{R})$ の余コンパクトな格子であることを述べている。商 $\Gamma\backslash H_3(\mathbb{R})$ は Heisenberg 冪零多様体と呼ばれる $3$ 次元のコンパクトな多様体である。$(a,b,c)\mapsto(a,b)$ は $\Gamma$ の作用と両立して $\Gamma\backslash H_3(\mathbb{R})\to\mathbb{R}^2/\mathbb{Z}^2$ を誘導し、各点の逆像は $c$ 方向の円周 $\mathbb{R}/\mathbb{Z}$ になる。複素数成分の Heisenberg 群を格子で割ったものは岩澤多様体と呼ばれ、Kähler でないコンパクト複素多様体の例になる(Kählerの恒等式 の記事)。
$\lambda\in\mathbb{R}$、$\lambda\neq0$ とする。$(a,b,c)\in H_{2n+1}(\mathbb{R})$ と $f\in L^2(\mathbb{R}^n)$ に対して
$$
\bigl(\pi_\lambda(a,b,c)f\bigr)(x):=e^{i\lambda(c+b\cdot x)}f(x+a)
$$
と定めると、$\pi_\lambda$ は $H_{2n+1}(\mathbb{R})$ の $L^2(\mathbb{R}^n)$ 上の強連続なユニタリ表現であり、中心の元は $\pi_\lambda(0,0,c)=e^{i\lambda c}\,\mathrm{id}$ で働く。
要点:平行移動 $f(x)\mapsto f(x+a)$ と位相の掛け算を合成した作用素の積を計算すると、位相に $a\cdot b'$ が現れて群の積の式と一致する。ユニタリ性はノルムの保存から、強連続性は優収束定理と稠密性から従う。
平行移動と絶対値 $1$ の関数の掛け算は $L^2$ ノルムを保つ全単射なので、各 $\pi_\lambda(g)$ はユニタリ作用素である。$g=(a,b,c)$、$h=(a',b',c')$ について$$\bigl(\pi_\lambda(g)\pi_\lambda(h)f\bigr)(x)=e^{i\lambda(c+b\cdot x)}e^{i\lambda(c'+b'\cdot(x+a))}f(x+a+a')=e^{i\lambda(c+c'+a\cdot b'+(b+b')\cdot x)}f(x+a+a')$$であり、これは $\bigl(\pi_\lambda(gh)f\bigr)(x)$ に等しい。強連続性:$f$ が台がコンパクトな連続関数なら、$g\to g_0$ のとき $\pi_\lambda(g)f\to\pi_\lambda(g_0)f$ は各点収束し、$g$ が $g_0$ の近くにある間は被積分関数が一つのコンパクト集合の外で $0$ で一様に有界なので、優収束定理により $L^2$ で収束する。一般の $f$ は台がコンパクトな連続関数で $L^2$ 近似でき、各 $\pi_\lambda(g)$ の作用素ノルムは $1$ なので $\varepsilon/3$ の議論で収束が従う。最後の主張は定義から明らかである。$\square$
$\pi_\lambda$ を Schrödinger 表現 という。$\lambda=1$、$n=1$ のとき、$t\mapsto\pi_1(t,0,0)$ と $t\mapsto\pi_1(0,t,0)$ はそれぞれ $e^{t\,d/dx}$、$e^{itx}$ と書かれる一径数ユニタリ群であり、生成作用素 $d/dx$ と $ix$ の交換子 $[d/dx,ix]=i$ が正準交換関係にあたる。
$\lambda\neq0$ とする。$H_{2n+1}(\mathbb{R})$ の強連続なユニタリ表現 $\pi$ で、中心が $\pi(0,0,c)=e^{i\lambda c}\,\mathrm{id}$ で働くものは、$\pi_\lambda$ の(重複度つきの)直和とユニタリ同値である。$\pi_\lambda$ は既約であり、特にこの中心の働き方をもつ既約表現は $\pi_\lambda$ とユニタリ同値なものに限る。
この定理は、$\pi_\lambda$ が既約であることも含めて引用であり、この記事では証明しない。Ros04 Theorem 2.2 は正準交換関係の Weyl 形を満たすユニタリ表現の対についてこの主張を述べ、それが Heisenberg 群の表現の言葉に言い換えられることを説明している。量子力学の関数解析的構造 の記事の定理「Stone–von Neumannの一意性定理」は、中心が $e^{-it}$ で働く場合を対称な座標で述べている。prop-heisenberg-symmetric の同型 $\varphi$ と、$\lambda\neq0$ に対する自己同型 $(a,b,c)\mapsto(a,\lambda b,\lambda c)$(第 3 成分が $\lambda(c+c'+a\cdot b')=\lambda c+\lambda c'+a\cdot(\lambda b')$ となるので積を保つ)で座標を取り替えると、thm-heisenberg-stone-von-neumann の形になる。
Schrödinger 表現は無限次元の空間 $L^2(\mathbb{R}^n)$ の上にある。実は、中心が $0$ でない $\lambda$ についてのスカラー $e^{i\lambda c}$ で働くような表現は有限次元では作れず、有限次元の既約表現では中心は自明に働く。既約でなければ、行列の積による $3$ 次元の表現 $H(\mathbb{R})\subset GL_3(\mathbb{C})$ のように、中心が自明でなく働く有限次元の表現はある。
$V\neq0$ を有限次元の複素ベクトル空間、$\rho\colon H_{2n+1}(\mathbb{R})\to GL(V)$ を群準同型とし、$V$ の部分空間で $\rho(g)$ すべてで保たれるものは $0$ と $V$ だけであるとする(連続性は仮定しない)。このとき $\rho(z)=\mathrm{id}_V$($z\in Z$)であり、$\dim V=1$ である。
要点:中心の元 $(0,0,r)$ は交換子なので像の行列式は $1$ であり、Schur の補題で $\rho(0,0,r)=\mu\,\mathrm{id}$ と書くと $\mu^d=1$ となる。$\mathbb{R}$ では $r$ を $d$ 等分できるので $\mu=1$ であり、$\rho$ は可換群 $\mathbb{R}^{2n}$ を経由して $1$ 次元になる。
$G=H_{2n+1}(\mathbb{R})$ とし、$V$ を群環 $\mathbb{C}[G]$ 上の単純加群とみる。$z\in Z$ は中心の元なので $\rho(z)$ はすべての $\rho(g)$ と可換であり、$\mathbb{C}[G]$ 加群の自己準同型である。単純加群 の記事の命題「代数閉体上の Schur の補題」により、$\rho(z)=\mu(z)\,\mathrm{id}_V$($\mu(z)\in\mathbb{C}^\times$)と書ける。$\mu\colon Z\to\mathbb{C}^\times$ は準同型である。
$d:=\dim V$ とする。thm-heisenberg-center の証明により $(0,0,r)=[(re_1,0,0),(0,e_1,0)]$ は交換子であり、交換子の像の行列式は $\det\rho(g)\det\rho(h)\det\rho(g)^{-1}\det\rho(h)^{-1}=1$ なので、$\mu(0,0,r)^d=\det\rho(0,0,r)=1$ である。任意の $r\in\mathbb{R}$ について $(0,0,r)=(0,0,r/d)^d$ だから$$\mu(0,0,r)=\mu(0,0,r/d)^d=1$$であり、$Z$ は自明に働く。したがって $\rho$ は $G/Z\cong\mathbb{R}^{2n}$(thm-heisenberg-center の 2)を経由し、$\rho(G)$ は可換である。すると各 $\rho(g)$ が $\mathbb{C}[G]$ 加群の自己準同型になり、再び Schur の補題によりスカラーである。スカラー作用素はどの部分空間も保つので、既約性から $\dim V=1$ である。$\square$
$\mathbb{F}_p$ 上では状況が違い、中心が自明でなく働く $p$ 次元の既約表現がある。
$p$ を素数、$\zeta:=e^{2\pi i/p}$、$k\in\mathbb{F}_p^\times$ とし($m\in\mathbb{F}_p$ に対して $\zeta^m$ は代表元によらない)、$V:=\{f\colon\mathbb{F}_p\to\mathbb{C}\}$ とする。$G=H(\mathbb{F}_p)$ に対して
$$
\bigl(\pi_k(a,b,c)f\bigr)(x):=\zeta^{k(c+bx)}f(x+a)
$$
と定めると、$\pi_k$ は中心が $\zeta^{kc}$ 倍で働く $p$ 次元の既約表現である。$\zeta^{\alpha a+\beta b}$($\alpha,\beta\in\mathbb{F}_p$)で与えられる $p^2$ 個の $1$ 次元表現と、$k\in\mathbb{F}_p^\times$ についての $p-1$ 個の $\pi_k$ を合わせたものが、$G$ の既約表現の同値類のすべてであり、互いに同値でない。
要点:$\pi_k$ と可換な作用素は、$e^{2\pi i kbx/p}$ を掛ける作用素たちと可換なので対角行列になり、平行移動と可換なのでスカラーになる。ユニタリ性から既約性が従い、次元の 2 乗の和が群の位数 $p^3$ に一致することから、これで既約表現が尽きる。
$\pi_k$ が準同型であることは、prop-heisenberg-schrodinger の証明と同じ計算で $\mathbb{F}_p$ の中で確かめられる。$V$ に内積 $\langle f,h\rangle:=\sum_xf(x)\overline{h(x)}$ を入れると、平行移動と絶対値 $1$ の関数の掛け算はこれを保つので、$\pi_k$ はユニタリである。
既約性:$T\colon V\to V$ がすべての $\pi_k(g)$ と可換であるとする。関数 $e_b(x):=\zeta^{kbx}$($b\in\mathbb{F}_p$)の値を並べた $p$ 次正方行列 $(\zeta^{kbx})_{b,x}$ は、相異なる $p$ 個の数 $\zeta^{kx}$($k\neq0$ なので $x$ ごとに異なる)の Vandermondeの行列式 の行列なので正則であり、$e_b$ は $V$ を張る。$\pi_k(0,b,0)$ は $e_b$ を掛ける作用素なので、$T$ は任意の関数 $u$ を掛ける作用素 $M_u$ と可換である。$y$ だけで $1$、ほかで $0$ の関数を $\delta_y$ とすると $T\delta_y=TM_{\delta_y}\delta_y=M_{\delta_y}T\delta_y$ なので $T\delta_y$ は $y$ の外で $0$ であり、$T\delta_y=t_y\delta_y$ と書ける。$S:=\pi_k(1,0,0)$ は $S\delta_y=\delta_{y-1}$ を満たすので、$TS\delta_y=t_{y-1}\delta_{y-1}$ と $ST\delta_y=t_y\delta_{y-1}$ を比べて $t_{y-1}=t_y$ であり、$T$ はスカラーである。いま $W\subset V$ が $\pi_k$ で保たれる部分空間なら、ユニタリ性により直交補空間 $W^\perp$ も保たれ、$W$ への直交射影 $P$ はすべての $\pi_k(g)$ と可換である。よって $P$ はスカラーで $P^2=P$ なので $P=0$ か $P=\mathrm{id}$、すなわち $W=0$ か $W=V$ である。
すべてであること:$\pi_k(0,0,c)=\zeta^{kc}\,\mathrm{id}$ なので、$k$ の異なる $\pi_k$ は中心の働き方が違い同値でない。$1$ 次元表現は $G/Z\cong\mathbb{F}_p^2$ を経由する指標で、$p^2$ 個が互いに異なり、中心が自明に働くので $\pi_k$ とも同値でない。次元の 2 乗の和は $p^2\cdot1+(p-1)p^2=p^3=|G|$ である。有限群の既約表現の次元の 2 乗の和は群の位数に等しい(FH91 Corollary 2.18 と式 (2.19))ので、ほかに既約表現はない。$\square$
prop-heisenberg-finite-dim との違いは、$\mathbb{F}_p$ の加法群では $r\mapsto r/d$ の割り算ができないことにある。$\mu^d=1$ から $\mu=1$ を導く段階が、$\mathbb{F}_p$ では成り立たない。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| $p$ が奇数(thm-heisenberg-finite の 2) | $H(\mathbb{F}_2)$ の $r=(1,1,0)$ | 単位元以外の元の位数がすべて $p$ であること |
| 係数の加法群で $d$ 等分ができる($\mathbb{R}$ を $\mathbb{Z}$ に替える) | $H(\mathbb{Z})\to H(\mathbb{F}_p)$ と $\pi_1$ の合成 | 有限次元の既約表現で中心が自明に働くこと(prop-heisenberg-finite-dim) |
| 中心が $e^{i\lambda c}$、$\lambda\neq0$ で働く | $1$ 次元表現 $(a,b,c)\mapsto e^{i(\alpha a+\beta b)}$ | その中心の働き方をもつ既約表現が一つに定まること(thm-heisenberg-stone-von-neumann) |
1 行目:thm-heisenberg-finite の 3 の証明で $r^2=(0,0,1)\neq e$、$r^4=e$ なので位数は $4$ である。2 行目:成分を $p$ で割った余りをとる写像 $H(\mathbb{Z})\to H(\mathbb{F}_p)$ は積の式を保つ全射準同型であり、$\pi_1$ と合成すると $H(\mathbb{Z})$ の $p$ 次元の表現になる。$H(\mathbb{Z})$ の部分空間を保つことと $H(\mathbb{F}_p)$ の部分空間を保つことは同じなので既約であり、中心の元 $(0,0,1)$ は $\zeta\neq1$ 倍で働く。$\mathbb{Z}$ では $(0,0,1)=(0,0,1/p)^p$ のような分解ができない。3 行目:$\lambda=0$ に相当する、中心が自明に働く表現では、$(\alpha,\beta)\in\mathbb{R}^{2n}$ ごとに $1$ 次元の既約表現 $(a,b,c)\mapsto e^{i(\alpha\cdot a+\beta\cdot b)}$ があり、$(\alpha,\beta)$ が違えば同値でない($1$ 次元表現の同値は関数として等しいこと)。
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