Hilbertの基底定理

同義語:ヒルベルトの基底定理Hilbert's basis theorem

概要

Hilbertの基底定理(Hilbert's basis theorem)とは、可換 Noether 環 $R$ に有限個の変数を加えた多項式環 $R[x_1,\ldots,x_n]$ も Noether 環になるという定理である。この定理の核心は、最高次係数のイデアルが作る昇鎖が停止することにある。体上の多項式イデアルが有限生成であること、有限型代数が有限表示になること、アフィン代数集合を有限個の方程式で定義できることが帰結する。変数が無限個の場合には一般に成り立たない。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 環, イデアル, 多項式環, Noether環

多項式を増やしても有限性が残る

一変数の多項式環 $R[x]$ には、係数環 $R$ よりずっと多くの元がある。次数に上限はないし、イデアルの元を列挙しようとすれば無限に続く。それでも $R$ のすべてのイデアルが有限生成なら、$R[x]$ のすべてのイデアルも有限生成である。これが Hilbert の基底定理である。「基底」は線形空間の基底ではなく、イデアルを生成する有限個の多項式を指す歴史的な名である。
この定理は、有限個の変数の多項式環で与えられる方程式系が、どれほど多くの式で始まっても有限個の式で記述できることを保証する。複素代数幾何では、アフィン代数集合を定義する多項式の有限化、有限型代数から有限表示代数への移行、座標環の Noether 性の根拠になる。一方、零点の存在やイデアルと零点集合の一対一の対応までは述べない。これらには別の定理が必要である。
以下、環は単位元をもつ可換環とする。係数環は整域である必要も、体である必要もない。証明と帰結の出典は Atiyah–Macdonald の第7章定理7.5、および Stacks Project の Section 10.31, Lemmas 10.31.1, 10.31.4–5 である。AM69 Stacks00FM

主張と仮定

環 $R$ が Noether 環であるとは、各イデアルが有限生成であることをいう。これはイデアルの昇鎖
$$ I_0\subseteq I_1\subseteq I_2\subseteq\cdots $$
がいつか止まることと同値である。本記事ではこの二つの言い方を使う。前者は生成元を取り出す場面、後者は次数ごとにできるイデアル列を止める場面に合う。

Hilbert の基底定理

$R$ を Noether 環とする。このとき一変数多項式環 $R[x]$ も Noether 環である。したがって任意の自然数 $n$ について $R[x_1,\ldots,x_n]$ も Noether 環である。

結論は「任意のイデアルが有限生成」という環全体の性質であり、「任意の多項式が有限個の項からなる」という自明な事実とは異なる。一つの多項式の項数は最初から有限だが、イデアルには次数の異なる無数の多項式が入りうる。定理は、それらすべてが有限個の多項式と環の元との積の和になると述べる。
後半は前半を繰り返すだけである。$R[x_1]$ が Noether なら、その環を係数環として $(R[x_1])[x_2]$ に前半を適用する。これを $n$ 回繰り返す。変数の数が有限であることが必要であり、可算無限個の変数について同じ帰結は出ない。

最高次係数のイデアルで証明する

核心は、イデアル $I\subset R[x]$ に含まれる多項式の「ちょうど $d$ 次の係数」を次数 $d$ ごとに集めることである。次数 $d$ 以下の多項式で $x^d$ の係数が $a$ となるものを使い、
$$ L_d(I):=\{a\in R:\text{$x^d$ の係数が $a$ である次数 $d$ 以下の $f\in I$ がある}\} $$
と置く。零多項式を含め、係数 $a=0$ も入る。この定義では $L_d(I)$ は $R$ のイデアルである。二つの証人となる多項式を足すと係数が足され、$R$ の元を掛けると係数にも同じ元が掛かる。
さらに $L_d(I)\subseteq L_{d+1}(I)$ である。$a\in L_d(I)$ の証人 $f$ に $x$ を掛ければ、$xf\in I$ は次数 $d+1$ 以下で、$x^{d+1}$ の係数は $a$ になる。ここに Noether 性を初めて用いる。昇鎖はある $N$ で止まり、
$$ L_N(I)=L_{N+1}(I)=L_{N+2}(I)=\cdots $$
となる。有限個の次数 $0,1,\ldots,N$ に対し、各 $L_d(I)$ の有限個の生成元を取れる。

主定理

$I\subset R[x]$ を任意のイデアルとする。上の $N$ を選び、各 $0\le d\le N$ について $L_d(I)=(a_{d1},\ldots,a_{dr_d})$ と書く。各生成元 $a_{dj}$ には、$I$ に属し、次数が $d$ 以下で、$x^d$ の係数が $a_{dj}$ である多項式 $f_{dj}$ を一つ選ぶ。選んだ有限個の多項式が生成するイデアルを $J$ とすれば、明らかに $J\subseteq I$ である。
逆向きの包含は次数に関する帰納法で示す。$0\ne f\in I$ の次数を $m$、最高次係数を $a$ とする。まず $m\le N$ なら $a\in L_m(I)$ なので $a=\sum_j b_ja_{mj}$ と書ける。$g=\sum_j b_jf_{mj}\in J$ は $f$ と同じ $x^m$ の係数をもち、$\deg(f-g)< m$ である。
$m>N$ なら $L_m(I)=L_N(I)$ であり、$a=\sum_j b_ja_{Nj}$ と書ける。このとき $g=\sum_j b_jx^{m-N}f_{Nj}\in J$ は $f$ と同じ $x^m$ の係数をもち、やはり $\deg(f-g)< m$ である。いずれの場合も $f-g\in I$ だから、帰納法の仮定によって $f-g\in J$、従って $f\in J$ となる。零多項式は最初から $J$ に属する。次数は非負整数なのでこの降下は有限回で終わり、$I=J$ を得る。
これで $R[x]$ の任意のイデアルが有限生成と分かった。変数を一つずつ追加して帰納法を適用すれば、多変数の場合も従う。$\square$

上の証明で、単に「最高次係数全体」を一つの集合にまとめるだけでは、必要な次数の情報が消える。$L_d(I)$ を次数別に定め、$x$ を掛けて昇鎖にすることが停止の理由である。また、$f_{dj}$ の低次の係数は任意でよい。引き算により最高次の項だけを消せば、残りは必ず次数が下がるからである。
係数環に零因子があっても証明は変わらない。例えば $R=\mathbb Z/6\mathbb Z$ では、非零元を掛けると多項式の次数が下がることがある。しかし、証人として選ぶ $f_{dj}$ の次数は高々 $d$ であり、最高次係数の和を指定の $a$ に合わせた時点で $g$ の $x^m$ の係数は $a$ となる。$g$ の実際の次数は $m$ 以下なので、$f-g$ の次数降下には整域の仮定は要らない。

Noether 性をどこで使ったか

証明には二種類の有限性が現れた。第一に $L_d(I)$ の昇鎖が止まり、必要な次数が $0$ から $N$ までに絞られる。第二に、その有限個の各イデアル $L_d(I)$ を有限個の係数で生成できる。どちらも $R$ の Noether 性から出る。同じ仮定を二度別の形で使ったことになる。

Noether 性と昇鎖条件

環 $R$ について、すべてのイデアルが有限生成であることと、すべてのイデアルの昇鎖が停止することは同値である。

同値性

すべてのイデアルが有限生成とし、$I_0\subseteq I_1\subseteq\cdots$ を昇鎖とする。合併 $I=\bigcup_n I_n$ はイデアルで、有限個の元 $a_1,\ldots,a_r$ で生成される。各 $a_j$ はある段階に属するから、十分大きい一つの $N$ で全員が $I_N$ に属する。すると $I\subseteq I_N$ となり、$n\ge N$ で $I_n=I_N$ である。
逆に昇鎖条件を仮定し、有限生成でないイデアル $I$ があるとする。まず $a_1\in I$ を取り、$(a_1)\ne I$ なので $a_2\in I\setminus(a_1)$ を取る。同様に $a_{n+1}\in I\setminus(a_1,\ldots,a_n)$ を選び続けられる。すると $(a_1)\subsetneq(a_1,a_2)\subsetneq\cdots$ が停止せず矛盾する。$I=0$ の場合は最初から有限生成である。$\square$

この補題は既存の Noether環 記事でも扱う。ここで短く証明したのは、主証明の「係数イデアルの鎖が止まる」という一歩が環の定義からどう出るかを明らかにするためである。主定理では、多項式環のイデアル自体の生成元を最初から仮定してはいない。

有限型代数は有限表示になる

$R$ 上の代数 $A$ が有限型であるとは、有限個の元 $a_1,\ldots,a_n\in A$ を $R$ とともに使って $A$ のすべての元を作れることをいう。これらを変数の値に送る全射
$$ \varphi:R[x_1,\ldots,x_n]\longrightarrow A,\qquad x_i\longmapsto a_i $$
がある。核 $I=\ker\varphi$ は生成元の間に成り立つ全ての多項式関係を記録する。核が有限生成なら、有限個の生成元に加えて有限個の関係式だけで $A$ を表示できる。

Noether 基底上の有限型代数

$R$ が Noether 環で、$A$ が有限型 $R$-代数なら、有限個の多項式 $f_1,\ldots,f_s$ を用いて
$$ A\cong R[x_1,\ldots,x_n]/(f_1,\ldots,f_s) $$
と書ける。すなわち $A$ は $R$ 上有限表示の代数である。

有限表示

有限型の定義から上の全射 $\varphi$ を取る。Hilbert の基底定理により $R[x_1,\ldots,x_n]$ は Noether 環なので、そのイデアル $\ker\varphi$ は有限生成である。$\ker\varphi=(f_1,\ldots,f_s)$ と書き、環の準同型定理を適用すれば表示を得る。$\square$

「有限型」と「有限表示」の区別は、基底環 $R$ が Noether とは限らない場合に重要になる。$R$ 自身は $R$ 上一つも新たな生成元を加えずに有限型であり、任意のイデアル $J\subset R$ について $R/J$ も有限型 $R$-代数である。しかし $J$ が有限生成でない場合、$R/J$ は $R$ 上有限表示にならない。実際、$R/J\cong R[x_1,\ldots,x_n]/(f_1,\ldots,f_s)$ という有限表示があったとする。各 $x_i$ の $R/J$ での像を $r_i+J$ と書き、代入写像 $x_i\mapsto r_i$ を考える。合成 $R[x_1,\ldots,x_n]\to R/J$ の核は $(f_1,\ldots,f_s)$ なので、これを $R$ に制限した核 $J$ は有限個の $f_j(r_1,\ldots,r_n)$ で生成される。これは矛盾である。この例は Noether 仮定の必要性を示す。
具体的には $R=k[t_1,t_2,\ldots]$ とし、$J=(t_1,t_2,\ldots)$ とする。$R/J\cong k$ は $R$ 上有限型だが、$J$ は有限生成でない。仮に $J=(g_1,\ldots,g_r)$ と書ければ、各 $g_j$ に現れる変数は有限個なので、十分大きい $m$ の $t_m$ はそれらの変数を全て零にし $t_m$ だけを残す代入で、生成元全ての像は零なのに $t_m$ の像は非零となる。よって矛盾する。この反例は無限変数の多項式環が一般には Noether でないことも直接示す。

複素アフィン代数幾何への帰結

体 $k$ は Noether 環である。従って $k[x_1,\ldots,x_n]$ は Noether 環である。特に $k=\mathbb C$ とすると、複素アフィン空間 $\mathbb A^n_{\mathbb C}$ の座標に関する任意の多項式イデアルは有限個の多項式で生成される。ある集合 $S$ の多項式方程式を全て満たす点の集合は
$$ V(S)=\{a\in\mathbb C^n:f(a)=0\text{ for every }f\in S\} $$
である。$I=(S)$ の有限生成元 $f_1,\ldots,f_r$ を取れば、$V(S)=V(f_1,\ldots,f_r)$ となる。無限の方程式系でも、同じ解集合を有限個の式で与えられる。ここでは $S$ の各元が有限個の $f_i$ の多項式係数線形結合であることだけを使っている。Stacks00FM

アフィン閉集合の有限方程式表示

$k$ を任意の体とし、$Z\subset k^n$ を多項式の共通零点集合とする。$Z$ を定義する有限個の多項式 $f_1,\ldots,f_r\in k[x_1,\ldots,x_n]$ が存在する。ただし、この主張だけでは零点集合からそのイデアルを一意に復元できない。

有限方程式表示

$Z=V(S)$ となる多項式族 $S$ を取る。$k[x_1,\ldots,x_n]$ は Noether 環なので、$I=(S)$ は有限生成である。$I=(f_1,\ldots,f_r)$ とすると、$S\subseteq I$ から $V(I)\subseteq V(S)$ である。逆に $f_i\in I=(S)$ だから各 $f_i$ は $S$ の有限個の元の多項式係数線形結合であり、$S$ の共通零点では全て零になる。従って $V(S)\subseteq V(f_1,\ldots,f_r)=V(I)$ で、等号を得る。$\square$

定理は「有限個で書ける」という存在主張であり、与えられた式から最小個数の式を計算する方法ではない。また、方程式の解が存在するかどうかも答えない。例えば $\mathbb C[x]$ の $(x)$ と $(x^2)$ はどちらも有限生成で、同じ点集合 $\{0\}$ を切り出す。しかし商環 $\mathbb C[x]/(x)$ と $\mathbb C[x]/(x^2)$ は異なり、後者には非零の冪零元がある。代数幾何でスキームを扱うときには、この差を保持するためイデアルや商環そのものを見る。零点集合と根基イデアルの対応は Hilbertの零点定理 の領域であって、基底定理と混同しない。
もう一つの帰結は位相的なものである。$R$ が Noether 環なら、$\operatorname{Spec}R$ の閉集合の真の下降鎖は無限に続かない。閉集合 $V(I)$ の列が真に減少すれば、その根基イデアル $\sqrt I$ は真に増大するからである。従って有限型 $\mathbb C$-代数 $A$ のスペクトルは Noether 位相空間である。これは「有限個の点しかない」という意味ではない。$\mathbb A^1_{\mathbb C}$ には無限個の閉点があるが、閉集合の下降鎖は止まる。Stacks00FM

例と適用の境界

整数係数の方程式

$\mathbb Z$ は、各イデアルが $(m)$ の形をとるので Noether 環である。従って $\mathbb Z[x,y]$ の任意のイデアルは有限生成である。例えば $(2,x)$ は二つの生成元をもち、$\mathbb Z[x]$ が単項イデアル整域であることは主張されない。Hilbert の基底定理は「有限生成」を保証するのであって、「一つの生成元で足りる」とは言っていない。

冪零元を残す有限表示

$A=\mathbb C[x,y]/(x^2,xy,y^2)$ は有限個の生成元と関係式で与えられる。点集合としての共通零点は原点だけだが、$A$ の $x,y$ の像は零でない冪零元である。同じ原点に対応する $\mathbb C[x,y]/(x,y)\cong\mathbb C$ とは環が異なる。有限表示はこの代数的な厚みを保つ。

無限変数では失敗する

$k[t_1,t_2,\ldots]$ のイデアル $(t_1,t_2,\ldots)$ は有限生成でない。どの有限個の候補も、有限個の変数しか使わないので、新しい変数 $t_m$ を生成できない。従って有限変数の場合の結論を、変数が無限個の環へそのまま延ばしてはならない。

この三例は結論の強さを分ける。係数環が Noether で有限個の変数なら、任意のイデアルは有限生成である。その中でも一つのイデアルが単項か、生成元を何個必要とするかは別問題である。また有限生成の関係式が与えるスキームの情報は、複素数点の集合だけでは決まらない。

読み進めるときの位置づけ

既存の Noether環 はイデアルの有限性そのものを説明する。Hilbert の基底定理は、その性質が多項式変数の追加で失われないことを示す。体上有限生成環 では、生成元と関係式を分けて扱う。アフィン多様体 では方程式が有限個で足りるという帰結が具体化し、Noetherスキーム では局所的に Noether 環を使う意味が広がる。これらの場面で重要なのは、基底定理を適用する直前に、係数環が Noether で変数が有限個であることを確認することである。
参考にした Stacks Project の Lemma 10.31.1 は多項式環と局所化の Noether 性を述べ、Lemma 10.31.4 は有限型代数の有限表示を、Lemma 10.31.5 はスペクトルの Noether 位相を述べる。Stacks00FM Atiyah–Macdonald の Theorem 7.5 は基底定理の標準的な刊行書出典である。AM69 本文では証明に必要な次数降下を展開したので、各帰結のどこに追加の仮定を用いたかを追える。

関連項目

参考文献

Mathpediaは寄付と、参考文献の書籍リンク(Amazonアソシエイト)の紹介料で運営されています。 支援について / 寄付する