陰関数定理(implicit function theorem)とは、$C^1$ 級写像 $F\colon E\to\mathbb{R}^m$($E\subset\mathbb{R}^n\times\mathbb{R}^m$ は開集合)が $F(a,b)=0$ を満たし、$y$ に関する微分 $D_yF(a,b)$ が正則ならば、$(a,b)$ の近くで方程式 $F(x,y)=0$ の解がちょうど $C^1$ 級写像 $y=\varphi(x)$ のグラフになり、$D\varphi=-(D_yF)^{-1}D_xF$ が成り立つという定理である。$F$ が $C^k$ 級なら $\varphi$ も $C^k$ 級。逆関数定理と互いに他方から導かれ、方程式で定まる図形が局所的に滑らかなグラフ、すなわち部分多様体になることの根拠となる。$D_yF$ の正則性を外すと陰関数がないことがある。
単位円周 $x^2+y^2=1$ は、点 $(0,1)$ の近くでは関数 $y=\sqrt{1-x^2}$ のグラフであり、点 $(0,-1)$ の近くでは $y=-\sqrt{1-x^2}$ のグラフである。しかし点 $(1,0)$ の近くでは、どう区間を小さくとっても $y$ を $x$ の関数として表せない($x<1$ に対して $y$ が 2 つあり、$x>1$ には $y$ がない)。違いは、$F(x,y):=x^2+y^2-1$ の $y$ に関する偏微分 $\partial F/\partial y=2y$ が $0$ でないかどうかにある。陰関数定理(implicit function theorem)は、この観察を多変数・連立方程式に広げ、「方程式 $F(x,y)=0$ を $y$ について局所的に解けるための十分条件は、$y$ に関する微分が可逆であること」と述べる定理である。解として得られる $y=\varphi(x)$ を陰関数という。陰関数定理は逆関数定理と互いに他方から導かれ、方程式で定まる図形が局所的に滑らかなグラフであること、すなわち部分多様体であることの根拠になる。
$\mathbb{R}^n$ には Euclid ノルム $\|x\|$ を入れる。開集合 $E\subset\mathbb{R}^N$ 上の写像 $F\colon E\to\mathbb{R}^m$ の点 $z$ における微分(全微分)を $DF(z)$ と書き、その行列表示がJacobi行列である。$F$ が $C^1$ 級であるとは、$F$ が各点で微分可能で $z\mapsto DF(z)$ が連続であること、同値にすべての偏微分が存在して連続であることをいう。$C^k$ 級($1\le k\le\infty$)も同様に定める。$C^k$ 級写像の合成は $C^k$ 級である(連鎖律)。
$\mathbb{R}^n\times\mathbb{R}^m=\mathbb{R}^{n+m}$ の点を $(x,y)$($x\in\mathbb{R}^n$、$y\in\mathbb{R}^m$)と書く。開集合 $E\subset\mathbb{R}^n\times\mathbb{R}^m$ 上の微分可能な写像 $F\colon E\to\mathbb{R}^m$ について、$DF(x,y)$ の $\mathbb{R}^n\times\{0\}$ への制限を $D_xF(x,y)$、$\{0\}\times\mathbb{R}^m$ への制限を $D_yF(x,y)$ と書く。行列で言えば
$$
D_xF(x,y)=\Bigl(\frac{\partial F_i}{\partial x_j}(x,y)\Bigr)_{\substack{1\le i\le m\\1\le j\le n}},\qquad D_yF(x,y)=\Bigl(\frac{\partial F_i}{\partial y_j}(x,y)\Bigr)_{1\le i,j\le m}
$$
であり、$D_yF(x,y)$ は $m\times m$ の正方行列である。線形性から
$$
DF(x,y)(h,k)=D_xF(x,y)\,h+D_yF(x,y)\,k\qquad(h\in\mathbb{R}^n,\ k\in\mathbb{R}^m)
$$
が成り立つ。
$E\subset\mathbb{R}^n\times\mathbb{R}^m$ を開集合、$F\colon E\to\mathbb{R}^m$ を写像とする。開集合 $W\subset\mathbb{R}^n$ 上の写像 $\varphi\colon W\to\mathbb{R}^m$ で、すべての $x\in W$ について $(x,\varphi(x))\in E$ かつ $F(x,\varphi(x))=0$ となるものを、方程式 $F(x,y)=0$ が定める($y$ についての)陰関数という。
方程式の個数 $m$ と未知数 $y$ の個数 $m$ が等しいことに注意する。$n$ 個の変数 $x$ はパラメータであり、陰関数は「パラメータを与えるごとに方程式の解を 1 つ選ぶ写像」である。
$E\subset\mathbb{R}^n\times\mathbb{R}^m$ を開集合、$F\colon E\to\mathbb{R}^m$ を $C^k$ 級写像($1\le k\le\infty$)とし、点 $(a,b)\in E$ が $F(a,b)=0$ を満たし、$D_yF(a,b)$ が正則($\det D_yF(a,b)\ne0$)であるとする。このとき、$a$ を含む開集合 $W\subset\mathbb{R}^n$、$b$ を含む開集合 $V\subset\mathbb{R}^m$($W\times V\subset E$)、および $C^k$ 級写像 $\varphi\colon W\to V$ で、次を満たすものが存在する。
1 は、$W\times V$ の中の解集合 $\{(x,y)\in W\times V\mid F(x,y)=0\}$ が $\varphi$ のグラフ $\{(x,\varphi(x))\mid x\in W\}$ にちょうど一致することを言っている。$F(a,b)=c$ の形の方程式には、$F-c$ に定理を当てればよい。$n=m=1$ のとき、2 は高校数学の陰関数の微分で使う式
$$
\varphi'(x)=-\frac{\partial F/\partial x}{\partial F/\partial y}\bigl(x,\varphi(x)\bigr)
$$
である。陰関数の微分法は「陰関数が存在して微分可能ならば」という前提で式を導くが、陰関数定理はその前提そのものを保証する。
証明に使う逆関数定理を、その記事の定理「逆関数定理」(1〜3)の内容を 1 つにまとめた形で述べる。
$U_0\subset\mathbb{R}^N$ を開集合、$f\colon U_0\to\mathbb{R}^N$ を $C^k$ 級($1\le k\le\infty$)とし、点 $p\in U_0$ で $Df(p)$ が正則であるとする。このとき $p$ を含む開集合 $U\subset U_0$ で、$f|_U$ が単射、$f(U)$ が開集合、逆写像 $g\colon f(U)\to U$ が $C^k$ 級であり、すべての $z\in U$ で $Df(z)$ が正則となるものが存在する。
この記事ではこの定理を証明しない。縮小写像の原理による証明は逆関数定理の記事の節「主定理の証明」にあり、Leb26 Theorem 8.5.1(p. 51)にもある。
段 1($F$ を逆関数定理に乗せる)。 写像 $\Phi\colon E\to\mathbb{R}^n\times\mathbb{R}^m$ を
$$
\Phi(x,y):=\bigl(x,\,F(x,y)\bigr)
$$
で定める。$\Phi$ は $C^k$ 級で、$D\Phi(x,y)(h,k)=\bigl(h,\ D_xF(x,y)h+D_yF(x,y)k\bigr)$、行列ではブロック三角行列
$$
D\Phi(x,y)=\begin{pmatrix}I_n&0\\ D_xF(x,y)&D_yF(x,y)\end{pmatrix}
$$
である。ブロック三角行列の行列式は対角ブロックの行列式の積なので
$$
\det D\Phi(x,y)=\det D_yF(x,y)
$$
であり、仮定により $D\Phi(a,b)$ は正則である。
段 2(逆写像の形)。 thm-impl-inverse-function を $\Phi$ と点 $(a,b)$ に当てると、$(a,b)$ を含む開集合 $U\subset E$ で、$\Phi|_U$ が単射、$U':=\Phi(U)$ が開集合、逆写像 $\Psi\colon U'\to U$ が $C^k$ 級、かつ $U$ の各点で $D\Phi$ が正則なものがとれる。$\Phi$ は第 1 成分を変えないので $\Psi$ も第 1 成分を変えない。実際 $(u,z)\in U'$ について $\Phi(\Psi(u,z))=(u,z)$ であり、$\Phi(x,y)$ の第 1 成分は $x$ だから、$\Psi(u,z)$ の第 1 成分は $u$ である。よって $\Psi$ の第 2 成分を $\psi\colon U'\to\mathbb{R}^m$ として
$$
\Psi(u,z)=\bigl(u,\,\psi(u,z)\bigr)
$$
と書け、$\psi$ は $C^k$ 級である。$\Phi(a,b)=(a,0)$ なので $(a,0)\in U'$ かつ $\psi(a,0)=b$ である。
段 3($W$、$V$、$\varphi$ を選ぶ)。 $U$ は $(a,b)$ を含む開集合なので、$a$ を中心とする開球 $W_0\subset\mathbb{R}^n$ と $b$ を中心とする開球 $V\subset\mathbb{R}^m$ で $W_0\times V\subset U$ となるものがある。$W_1:=\{x\in W_0\mid(x,0)\in U'\}$ は連続写像 $x\mapsto(x,0)$ による開集合 $U'$ の逆像と $W_0$ の共通部分なので開集合で、$a\in W_1$ である。$W_1$ 上の $C^k$ 級写像 $x\mapsto\psi(x,0)$ による $V$ の逆像
$$
W:=\{x\in W_1\mid\psi(x,0)\in V\}
$$
は開集合で、$\psi(a,0)=b\in V$ により $a\in W$ である。$\varphi\colon W\to V$ を $\varphi(x):=\psi(x,0)$ と定めると $\varphi$ は $C^k$ 級で $\varphi(a)=b$ であり、$W\subset W_0$ より $W\times V\subset U\subset E$ である。
段 4(1 の証明)。 $x\in W$ とする。$(x,\varphi(x))=\Psi(x,0)\in U$ であり、$\Phi(x,\varphi(x))=\Phi(\Psi(x,0))=(x,0)$ なので $F(x,\varphi(x))=0$ である。逆に $y\in V$ が $F(x,y)=0$ を満たすとする。$(x,y)\in W_0\times V\subset U$ であり $\Phi(x,y)=(x,0)=\Phi(x,\varphi(x))$ だから、$\Phi|_U$ の単射性により $y=\varphi(x)$ である。
段 5(2 の証明)。 $x\in W$ に対し $(x,\varphi(x))\in U$ なので $D\Phi(x,\varphi(x))$ は正則であり、段 1 の行列式の式により $D_yF(x,\varphi(x))$ は正則である。1 により $W$ 上で恒等的に $F(x,\varphi(x))=0$ なので、写像 $x\mapsto(x,\varphi(x))$ と $F$ の合成に連鎖律を当てると、任意の $h\in\mathbb{R}^n$ について
$$
0=D_xF(x,\varphi(x))\,h+D_yF(x,\varphi(x))\,D\varphi(x)\,h
$$
である。左から $D_yF(x,\varphi(x))^{-1}$ をかけて 2 の式を得る。$\square$
証明の要は段 1 の「方程式を、パラメータ $x$ をそのまま残す写像 $\Phi$ に組み込む」ことにある。$\Phi$ の逆写像は「$x$ と右辺の値 $z$ を与えると、$F(x,y)=z$ を満たす $y$ を返す」写像であり、$z=0$ を代入したものが陰関数である。同じ構成は Leb26 Theorem 8.5.6(p. 55)、Nic26 Theorem 1.1.5(p. 7。Banach 空間の場合)にある。LS90 は陰関数の微分可能性(第 3 章 Theorem 11.1、p. 166)と存在(第 4 章 Theorem 9.3、pp. 230–231、縮小写像による)を分けて示している。
2 の式から、$\varphi$ の高階の微分も $F$ の偏微分で表せる。$D\varphi$ は $x\mapsto(x,\varphi(x))$、$F$ の偏微分、逆行列をとる写像の合成なので、$F$ が $C^k$ 級ならこの式からも $\varphi$ が $C^k$ 級であることが帰納的に確かめられる。
陰関数定理は「どの変数について解くか」を指定して述べた。方程式の Jacobi 行列の階数だけを仮定すると、変数の選び方を定理が決めてくれる。
$1\le m< N$ とし、$\Omega\subset\mathbb{R}^N$ を開集合、$F\colon\Omega\to\mathbb{R}^m$ を $C^k$ 級($1\le k\le\infty$)、$c\in\mathbb{R}^m$、$p\in\Omega$ を $F(p)=c$ かつ $\operatorname{rank}DF(p)=m$ を満たす点とする。このとき、座標の添字 $1\le j_1<\dots< j_m\le N$ で次を満たすものがある。残りの添字を $i_1<\dots< i_{N-m}$ とし、$z\in\mathbb{R}^N$ を $x:=(z_{i_1},\dots,z_{i_{N-m}})$、$y:=(z_{j_1},\dots,z_{j_m})$ に分けて $z\leftrightarrow(x,y)$ と同一視し、$p\leftrightarrow(a,b)$ とする。すると $a$ を含む開集合 $W\subset\mathbb{R}^{N-m}$、$b$ を含む開集合 $V\subset\mathbb{R}^m$ と $C^k$ 級写像 $\varphi\colon W\to V$ があって、$W\times V$ は(同一視のもとで)$\Omega$ に含まれ、
$$
F^{-1}(c)\cap(W\times V)=\{(x,\varphi(x))\mid x\in W\}
$$
が成り立つ。すなわち $F^{-1}(c)$ は $p$ の近くで、$N-m$ 個の座標の $C^k$ 級関数のグラフである。
$m\times N$ 行列 $DF(p)$ の階数は $m$ なので、列ベクトルのうち $m$ 本 $j_1<\dots< j_m$ が線形独立である(列階数と階数は等しい)。上のとおり添字を分けると、座標の並べ替え $P\colon\mathbb{R}^N\to\mathbb{R}^{N-m}\times\mathbb{R}^m$、$z\mapsto(x,y)$ は線形同型であり、行列は置換行列である。開集合 $E:=P(\Omega)$ 上の写像 $G(x,y):=F(P^{-1}(x,y))-c$ は $C^k$ 級で、$G(a,b)=0$ である。連鎖律により $DG(a,b)=DF(p)\,P^{-1}$ であり、$DG(a,b)$ の列は $DF(p)$ の列を並べ替えたものである。とくに $D_yG(a,b)$ は $DF(p)$ の第 $j_1,\dots,j_m$ 列を並べた $m\times m$ 行列であり、列が線形独立なので正則である。thm-impl-main を $G$ と $(a,b)$ に当てると、$W$、$V$、$\varphi$ で $W\times V\subset E$、かつ $(x,y)\in W\times V$ について「$G(x,y)=0\iff y=\varphi(x)$」となるものが得られる。$G(x,y)=0$ は $F(P^{-1}(x,y))=c$ と同じことなので、主張が従う。$\square$
$m=N$ の場合は逆関数定理の状況であり、$F^{-1}(c)$ は $p$ の近くで $p$ 1 点になる(thm-impl-inverse-function により $F$ は $p$ の近くで単射)。この定理は、正則値定理(正則値の逆像は部分多様体である)の $\mathbb{R}^N$ の中での形である。グラフ $\{(x,\varphi(x))\}$ は、座標変換 $(x,y)\mapsto(x,y-\varphi(x))$ で $\mathbb{R}^{N-m}\times\{0\}$ の開集合に写るので、$F^{-1}(c)$ は $p$ の近くで $N-m$ 次元の部分多様体になる。
陰関数定理の 1 は、$W\times V$ という小さい箱の中での一意性である。連続な陰関数どうしなら、定義域が連結である限り、1 点で一致すれば全体で一致する。
$E\subset\mathbb{R}^n\times\mathbb{R}^m$ を開集合、$F\colon E\to\mathbb{R}^m$ を $C^1$ 級とする。$\Omega\subset\mathbb{R}^n$ を連結な開集合、$\varphi_1,\varphi_2\colon\Omega\to\mathbb{R}^m$ を連続写像とし、すべての $x\in\Omega$ で $(x,\varphi_i(x))\in E$、$F(x,\varphi_i(x))=0$($i=1,2$)であり、$D_yF(x,\varphi_1(x))$ が正則であるとする。ある $x_0\in\Omega$ で $\varphi_1(x_0)=\varphi_2(x_0)$ ならば、$\Omega$ 全体で $\varphi_1=\varphi_2$ である。
$A:=\{x\in\Omega\mid\varphi_1(x)=\varphi_2(x)\}$ とおく。$x_0\in A$ なので $A$ は空でない。$\varphi_1-\varphi_2$ は連続なので、$A$ はその零点集合として $\Omega$ の閉集合である。
$A$ が開集合であることを示す。$x_1\in A$ とし、$y_1:=\varphi_1(x_1)=\varphi_2(x_1)$ とおく。$F(x_1,y_1)=0$ で $D_yF(x_1,y_1)$ は正則なので、thm-impl-main を点 $(x_1,y_1)$ に当てて、$x_1$ を含む開集合 $W_1$、$y_1$ を含む開集合 $V_1$ と、「$(x,y)\in W_1\times V_1$ について $F(x,y)=0\iff y=\varphi(x)$」を満たす $\varphi\colon W_1\to V_1$ をとる。$\varphi_1$、$\varphi_2$ は $x_1$ で連続で値 $y_1\in V_1$ をとるので、$x_1$ を中心とする開球 $B\subset W_1\cap\Omega$ で $\varphi_1(B)\subset V_1$、$\varphi_2(B)\subset V_1$ となるものがある。$x\in B$ に対し $(x,\varphi_i(x))\in W_1\times V_1$ かつ $F(x,\varphi_i(x))=0$ なので $\varphi_1(x)=\varphi(x)=\varphi_2(x)$ である。よって $B\subset A$ である。
$A$ は連結な $\Omega$ の空でない開かつ閉な部分集合なので、$A=\Omega$ である(連結空間)。$\square$
$D_yF$ の正則性を落とすと結論は崩れる。$F(x,y):=y^2-x^2$ と $\Omega:=\mathbb{R}$ に対し、$\varphi_1(x):=x$ と $\varphi_2(x):=\lvert x\rvert$ はどちらも連続な陰関数で、$x\ge0$ で一致するが $x<0$ で異なる。この場合 $D_yF(x,\varphi_1(x))=2x$ は $x=0$ で $0$ になり、2 本の解の枝 $y=x$ と $y=-x$ が原点で交わる。
$F(x,y):=x^2+y^2-1$($n=m=1$)とする。$D_xF=2x$、$D_yF=2y$ である。
$F(x,y):=x^3+y^3-3xy$ の零点集合(Descartes の正葉線)を考える。$D_xF=3x^2-3y$、$D_yF=3y^2-3x$ である。
$\mathbb{R}^3$ で、単位球面 $x^2+y^2+z^2=1$ と平面 $x+y+z=1$ の交わり(円)を点 $(1,0,0)$ の近くで考える。$F(x,y,z):=(x^2+y^2+z^2-1,\ x+y+z-1)$ とおくと
$$
DF(1,0,0)=\begin{pmatrix}2&0&0\\1&1&1\end{pmatrix}
$$
である。$(y,z)$ の 2 列は $\begin{pmatrix}0&0\\1&1\end{pmatrix}$ で正則でないので、$(y,z)$ を $x$ の関数として解くことは定理からは言えない。一方 $(x,y)$ の 2 列 $B:=\begin{pmatrix}2&0\\1&1\end{pmatrix}$ は $\det B=2\ne0$ なので、$z$ をパラメータとして $(x,y)=\varphi(z)$ と解ける。$z$ の列は $\begin{pmatrix}0\\1\end{pmatrix}$ なので
$$
D\varphi(0)=-B^{-1}\begin{pmatrix}0\\1\end{pmatrix}=-\frac12\begin{pmatrix}1&0\\-1&2\end{pmatrix}\begin{pmatrix}0\\1\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}0\\-1\end{pmatrix}
$$
である。すなわち円の $(1,0,0)$ における接ベクトルは $(0,-1,1)$ の方向であり、これは球面の法線 $(1,0,0)$ と平面の法線 $(1,1,1)$ の両方に直交する向きとして確かめられる。
陰関数定理の仮定は「$D_yF(a,b)$ が正則」と「$F$ が $C^1$ 級」の 2 つである。どちらを外しても結論は崩れる。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| $D_yF(a,b)$ が正則 | $F(x,y)=y^2-x$、点 $(0,0)$ | 陰関数の存在($x<0$ で解がなく、$x>0$ で解が 2 つ) |
| $D_yF(a,b)$ が正則 | $F(x,y)=y^3-x$、点 $(0,0)$ | 陰関数の微分可能性(解 $y=x^{1/3}$ は一意で連続だが $x=0$ で微分できない) |
| $D_yF(a,b)$ が正則 | $F(x,y)=x^3+y^3-3xy$、点 $(0,0)$ | 解の局所的な一意性(2 本の枝が交わる。ex-impl-folium) |
| $F$ が $C^1$ 級 | $F(x,y)=f(y)-x$、$f(y)=y+2y^2\sin(1/y)$($f(0)=0$)、点 $(0,0)$ | 解の局所的な一意性($D_yF(0,0)=1$ なのに、どの近傍にも解が 2 つある $x$ がある) |
| (結論の局所性) | 単位円周 $x^2+y^2=1$ | $(-1,1)$ 全体の上で 1 つの陰関数で円周全体を表すこと |
$y^2-x$。 $D_yF(0,0)=0$ である。$0$ を含む開集合 $W$、$V$ と $\varphi\colon W\to V$ が 1 を満たしたとすると、$x<0$ となる $x\in W$ に対し $F(x,\varphi(x))=\varphi(x)^2-x>0$ となり矛盾する。満たす性質は「$C^\infty$ 級で $F(0,0)=0$」、満たさない性質は「$0$ の近傍で陰関数をもつ」であり、破る含意は「$F(a,b)=0$ ならば $a$ の近くで陰関数がある」である。
$y^3-x$。 $D_yF(0,0)=0$ である。$F(x,y)=0$ の解は $y=x^{1/3}$ だけで、$W=V=\mathbb{R}$、$\varphi(x)=x^{1/3}$ で 1 が成り立つ。しかし $(\varphi(x)-\varphi(0))/x=x^{-2/3}\to\infty$($x\to0$)なので $\varphi$ は $0$ で微分できない。満たさない性質は「陰関数が $C^1$ 級」である。この例では陰関数は存在して一意であり、崩れるのは微分可能性だけである。
微分できないことは次のようにも分かる:$\varphi$ が $0$ で微分可能なら、$\varphi(x)^3=x$ を微分して $3\varphi(0)^2\varphi'(0)=1$ となるが、$\varphi(0)=0$ なので左辺は $0$ である。なお、$D_yF(a,b)$ の正則性は滑らかな陰関数があるための必要条件ではない。$F(x,y):=y^3$ では $\varphi=0$ が $C^\infty$ 級の陰関数だが、$D_yF(x,0)=0$ である。
$0$ を含む開集合 $W$、$V$ を任意にとり、$\delta>0$ を $(-\delta,\delta)\subset V$ かつ $(-\delta-2\delta^2,\delta+2\delta^2)\subset W$ となるようにとる。$f$ は $(-\delta,\delta)$ で単射でないので $y_1\ne y_2$、$f(y_1)=f(y_2)$ となる $y_1,y_2\in(-\delta,\delta)$ があり、$x:=f(y_1)$ は $\lvert x\rvert\le\lvert y_1\rvert+2y_1^2<\delta+2\delta^2$ より $W$ に入る。$(x,y_1)$、$(x,y_2)$ はともに $W\times V$ の中の解なので、thm-impl-main の 1 を満たす $\varphi$ は存在しない。
この記事では陰関数定理を逆関数定理から導いた。逆向きに、陰関数定理から逆関数定理も導ける。したがって 2 つの定理は同値である。
thm-impl-main を認めると、thm-impl-inverse-function のうち「$p$ を含む開集合 $U$ で、$f|_U$ が単射、$f(U)$ が開集合、逆写像が $C^k$ 級となるものがある」ことが従う。
$f\colon U_0\to\mathbb{R}^N$ を $C^k$ 級、$Df(p)$ を正則とし、$q:=f(p)$ とおく。開集合 $E:=\mathbb{R}^N\times U_0\subset\mathbb{R}^N\times\mathbb{R}^N$ 上の $C^k$ 級写像
$$
F(x,y):=f(y)-x
$$
を考える。$F(q,p)=0$ であり、$D_yF(q,p)=Df(p)$ は正則である。thm-impl-main により、$q$ を含む開集合 $W$、$p$ を含む開集合 $V\subset U_0$ と $C^k$ 級写像 $\varphi\colon W\to V$ で、「$(x,y)\in W\times V$ について $f(y)=x\iff y=\varphi(x)$」となるものがある。$U:=V\cap f^{-1}(W)$ とおくと、$f|_U\colon U\to W$ は全単射で、逆写像が $\varphi$ になる。
$f$ は連続なので $U$ は開集合であり、$p\in V$、$f(p)=q\in W$ より $p\in U$ である。$f(U)=W$ を示す。$y\in U$ なら $f(y)\in W$ である。逆に $x\in W$ なら $\varphi(x)\in V$ かつ $f(\varphi(x))=x\in W$ なので $\varphi(x)\in U$ であり、$x=f(\varphi(x))\in f(U)$ である。よって $f(U)=W$ は開集合である。$y_1,y_2\in U$ が $f(y_1)=f(y_2)=:x$ を満たすなら、$x\in W$、$y_1,y_2\in V$ なので $y_1=\varphi(x)=y_2$ であり、$f|_U$ は単射である。$f|_U\colon U\to W$ の逆写像は $\varphi$ であり(上で示したとおり $x\in W$ に対し $\varphi(x)\in U$、$f(\varphi(x))=x$)、$C^k$ 級である。$\square$
thm-impl-inverse-function の残りの主張(すべての $z\in U$ で $Df(z)$ が正則であること)は、$\varphi\circ f|_U=\mathrm{id}_U$ に連鎖律を当てた $D\varphi(f(z))\,Df(z)=I$ から得られ、同時に $D\varphi(f(z))=Df(z)^{-1}$ も分かる。この同値のため、どちらを先に証明するかは流儀の問題である。逆関数定理の記事と Leb26 §8.5 は逆関数定理を縮小写像で先に示す(Nic26 §1.1.2 も同じ順で、逆関数定理は証明の筋だけを述べる)。LS90 第 4 章 §9 は縮小写像を陰関数の形で直接使う。
複素変数の場合。 $F$ が複素変数の正則写像なら、陰関数も正則である(正則関数。この記事では証明しない。LebT26 Theorem 1.3.8、p. 32)。
Banach 空間の場合。 定義域の $\mathbb{R}^n$、$\mathbb{R}^m$ を Banach 空間 $X$、$Y$ に、値域の $\mathbb{R}^m$ を Banach 空間 $Z$ に、行列の正則性を「$D_yF(a,b)\colon Y\to Z$ が有界な逆をもつ線形同型」に替えても、同じ証明で陰関数定理が成り立つ(Nic26 Theorem 1.1.5、p. 7)。無限次元でも逆関数定理の縮小写像による証明がそのまま通るからである。この形は微分方程式の解のパラメータ依存性や、変分法での解の存在に使われる。
Lagrange の未定乗数法。 条件 $G(z)=0$ のもとで関数 $f(z)$ の極値を求めるとき、$DG$ の階数が最大の点では、thm-impl-level-graph により条件の集合を局所的にグラフとして書き、制約のない極値問題に帰着できる。これがLagrangeの未定乗数法の根拠である(LS90 第 3 章 §12)。
多様体への拡張。 thm-impl-level-graph は、多様体の間の写像の正則値の逆像が部分多様体になるという正則値定理の局所版である。Jacobi 行列の階数が一定の写像については、さらに階数定理が局所的な標準形を与える。
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