擬リーマン多様体

同義語:擬Riemann多様体pseudo-Riemannian manifold半リーマン多様体semi-Riemannian manifold

概要

擬リーマン多様体(pseudo-Riemannian manifold)とは、多様体と、各点の接空間に非退化な対称双線形形式を滑らかに与えるテンソル場の組のことであり、計量の正定値性を非退化性に弱めた Riemann 多様体の一般化である。符号数は連結成分の上で一定で、負の方向がちょうど 1 つのものが一般相対性理論の Lorentz 多様体である。計量的で捩れのない Levi-Civita 接続は符号数によらずただ 1 つ存在し、曲率や測地線は Riemann 多様体と同じ式で定義される。一方、曲線の長さから距離を作ること、どの多様体にも計量があること、部分多様体に計量を制限できることは成り立たなくなる。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: Riemann多様体, テンソル場, 2次形式, Riemann接続

擬リーマン多様体(pseudo-Riemannian manifold)とは、多様体 $M$ と、各点の接空間に非退化な対称双線形形式を滑らかに与えるテンソル場 $g$ の組 $(M,g)$ のことである。Riemann多様体 では $g$ が各点で正定値であることを要求するが、擬リーマン多様体では「$g_p(v,w)=0$ がすべての $w$ で成り立つなら $v=0$」という非退化性だけを要求する。このため $g_p(v,v)$ は負にも $0$ にもなりうる。負の方向がちょうど 1 つの場合が一般相対性理論の舞台である Lorentz 多様体(時空)である。
正定値性を外しても、接続と曲率の理論の骨格は変わらない。計量と両立し捩れのない接続(Levi-Civita 接続)はやはりただ 1 つ存在し、測地線・曲率テンソル・Ricci テンソルは同じ式で定義される。一方、曲線の長さから距離を作ること、どの多様体にも計量があること、部分多様体に計量が引き戻されることは成り立たなくなる。この記事では、線形代数の準備のあと、符号数が連結成分ごとに一定であること、Levi-Civita 接続の存在と一意性が符号数によらないこと(主定理)を証明し、例と、正定値性に依存する事実がどう崩れるかを述べる。Riemann幾何学 が全体の見取り図を、Riemann接続 が Koszul の公式による基本定理の証明を、時空 が Lorentz 多様体の因果構造を受け持つ。

非退化な対称双線形形式

$V$ を $n$ 次元の実ベクトル空間とし、$g\colon V\times V\to\mathbb{R}$ を対称双線形形式とする。$g$ が 非退化 であるとは、$g(v,w)=0$ がすべての $w\in V$ で成り立つなら $v=0$ であることをいう。これは、$v\mapsto g(v,\cdot)$ で定まる線形写像 $\flat\colon V\to V^*$ が単射、したがって(次元が等しいので)同型であることと同値である。部分空間 $W$ に対し $W^\perp:=\{v\in V\mid g(v,w)=0\ (w\in W)\}$ とおく。

符号数と正規直交基底

$g$ を $V$ 上の非退化な対称双線形形式とする。基底 $e_1,\dots,e_n$ が 正規直交基底 であるとは、$g(e_i,e_j)=0$($i\ne j$)かつ $g(e_i,e_i)\in\{1,-1\}$ であることをいう。$g(e_i,e_i)=1$ となる $i$ の個数を $r$、$-1$ となる個数を $s$ とするとき、組 $(r,s)$ を $g$ の 符号数(signature)、$s$ を 指数(index)という。

正規直交基底は存在し、$(r,s)$ は基底によらない。実際、2次形式 の定理「平方完成による対角化」により $g(e_i,e_j)=0$($i\ne j$)となる基底がとれ、非退化性から $g(e_i,e_i)\ne0$ なので、各 $e_i$ を $\sqrt{|g(e_i,e_i)|}$ で割ればよい。$(r,s)$ が一定であることは同じ記事の定理「実2次形式の係数の符号の不変性」(Sylvester の慣性法則)である。符号数の書き方には流儀があり、負の個数を先に書く文献や、Lorentz 計量の符号を全体に $-1$ 倍した $(+,-,\dots,-)$ で書く文献もある。

部分空間と直交補空間

$g$ を $V$ 上の非退化な対称双線形形式、符号数を $(r,s)$、$W\subset V$ を部分空間とする。

  1. $\dim W+\dim W^\perp=\dim V$ であり、$(W^\perp)^\perp=W$ である。
  2. $g|_{W\times W}$ が非退化であることと、$W\cap W^\perp=\{0\}$ と、$V=W\oplus W^\perp$ は同値である。
  3. $g$ が正定値になる部分空間の次元の最大値は $r$、負定値になる部分空間の次元の最大値は $s$ である。

要点:1 は $\flat\colon V\to V^*$ の同型と制限 $V^*\to W^*$ の全射性、2 は 1 の次元公式、3 は負の基底ベクトルの張る空間との交わりで次元を押さえる。

詳しい証明を開く

1.$\flat\colon V\to V^*$ は同型で、$W^\perp$ は合成 $V\xrightarrow{\flat}V^*\to W^*$(制限)の核である。制限 $V^*\to W^*$ は全射なので合成も全射で、$\dim W^\perp=\dim V-\dim W$ である。$W\subset(W^\perp)^\perp$ は定義から明らかで、両辺の次元はともに $\dim W$ なので一致する。

2.$W\cap W^\perp$ は、$W$ のすべての元と $g$ の値が $0$ になる $W$ の元の全体なので、これが $\{0\}$ であることは $g|_{W\times W}$ の非退化性そのものである。$W\cap W^\perp=\{0\}$ なら、1 から $\dim W+\dim W^\perp=\dim V$ なので $V=W\oplus W^\perp$ である。逆は明らかである。

3.正規直交基底 $e_1,\dots,e_n$ を、$g(e_i,e_i)=1$ となるものが先に来るように並べる。$P:=\operatorname{span}(e_1,\dots,e_r)$ の上で $g$ は正定値なので、最大値は $r$ 以上である。$g$ が正定値になる部分空間 $U$ をとると、$N:=\operatorname{span}(e_{r+1},\dots,e_n)$ の元 $v$ は $g(v,v)\le0$ をみたすので $U\cap N=\{0\}$ であり、$\dim U\le n-\dim N=r$ である。負定値の場合も同様である。$\square$

退化した部分空間

$V=\mathbb{R}^2$、$g(x,y)=x_1y_1-x_2y_2$(符号数 $(1,1)$)とし、$W:=\operatorname{span}(e_1+e_2)$ とおく。$g(e_1+e_2,e_1+e_2)=1-1=0$ なので $W\subset W^\perp$ で、次元を比べて $W^\perp=W$ である。$g|_{W\times W}=0$ は退化しており、$V\ne W\oplus W^\perp$ である。正定値の内積では直交補空間はつねに補空間になるが、非退化なだけの形式ではそうとは限らない。

定義

以下、多様体は $C^\infty$ 級・Hausdorff・第 2 可算とし、$M$ 上のベクトル場全体を $\mathfrak{X}(M)$ と書く。

擬リーマン多様体

多様体 $M$ 上の 擬リーマン計量(pseudo-Riemannian metric)とは、対称な $(0,2)$ 型のテンソル場 $g$ で、各点 $p\in M$ で $g_p$ が $T_pM$ 上の非退化な対称双線形形式であるものをいう。組 $(M,g)$ を 擬リーマン多様体 という。$g_p$ の符号数を点 $p$ での符号数という。符号数が $(n,0)$ なら Riemann 計量であり、$n\ge2$ で指数が $1$、すなわち符号数が $(n-1,1)$ のものを Lorentz 計量 という(Lorentz 計量の扱いは 時空 の定義「Lorentz計量とLorentz多様体」)。
擬リーマン多様体 $(M,g)$ と $(N,h)$ の間の微分同相写像 $\varphi$ で $\varphi^*h=g$、すなわち $h_{\varphi(p)}(d\varphi_pv,d\varphi_pw)=g_p(v,w)$ となるものを 等長写像 という。

半リーマン多様体(semi-Riemannian manifold)ともいう。文献によっては符号数が一定であることを定義に含める(Lee18 p. 42)。次の命題により、連結な多様体では両者は同じである。

符号数は連結成分の上で一定

擬リーマン多様体 $(M,g)$ の点 $p$ での符号数を $(r(p),s(p))$ とすると、関数 $r$、$s$ は局所定数である。とくに $M$ が連結なら符号数は一定である。

要点:$p$ で正定値な $r(p)$ 次元の部分空間を、座標で定数係数のベクトル場に広げ、単位球面のコンパクト性で近くの点でも正定値のままにする。負定値の側も同様にして、和が $n$ であることから等号を得る。

詳しい証明を開く

$p\in M$ をとり、$p$ のまわりの座標近傍 $U$ と座標ベクトル場 $\partial_1,\dots,\partial_n$ をとる。$g_p$ の正規直交基底 $e_1,\dots,e_n$ で $g_p(e_i,e_i)=1$($i\le r(p)$)となるものをとり、$e_i=\sum_ja_i^j\partial_j|_p$ と書いて、$U$ 上のベクトル場 $E_i:=\sum_ja_i^j\partial_j$(係数は定数)を作る。$P_x:=\operatorname{span}(E_1|_x,\dots,E_{r(p)}|_x)$ とおき、$\mathbb{R}^{r(p)}$ の単位球面 $S$ 上の関数 $$F(x,c):=g_x\Bigl(\sum_{i\le r(p)}c^iE_i|_x,\ \sum_{i\le r(p)}c^iE_i|_x\Bigr)\qquad(x\in U,\ c\in S)$$ を考える。$F$ は連続で、$F(p,c)=|c|^2=1>0$ である。各 $c\in S$ について、$F>0$ となる $(p,c)$ の近傍 $U_c\times S_c$ がとれる。$S$ はコンパクトなので有限個の $S_{c_1},\dots,S_{c_k}$ で覆え、$U':=U_{c_1}\cap\dots\cap U_{c_k}$ とおけば $U'\times S$ 上で $F>0$ である。行列 $(a_i^j)$ は可逆なので、各 $x\in U$ で $E_1|_x,\dots,E_n|_x$ は $T_xM$ の基底である。したがって $x\in U'$ では、$P_x$ は $r(p)$ 次元で、その単位球面上で $g_x$ の 2 次形式は正なので、$g_x$ は $P_x$ の上で正定値である。prop-prm-linear の 3 から $r(x)\ge r(p)$ である。負定値の部分空間についても同じ議論で、$p$ の近傍で $s(x)\ge s(p)$ となる。$r(x)+s(x)=n=r(p)+s(p)$ なので、$p$ の近傍では $r(x)=r(p)$、$s(x)=s(p)$ である。局所定数な関数は連結成分の上で一定である。$\square$

$g_p$ が非退化であることから、各点で $\flat\colon T_pM\to T_p^*M$ は同型で、ベクトル場と 1 次形式が 1 対 1 に対応する。関数 $f$ の 勾配 $\operatorname{grad}f$ を $g(\operatorname{grad}f,X)=df(X)$ で定めることも Riemann 多様体と同じである。ただし $g(\operatorname{grad}f,\operatorname{grad}f)$ は負にも $0$ にもなりうる。

例

擬 Euclid 空間と直積

$r,s\ge0$ とし、$\mathbb{R}^{r+s}$ の座標 $x^1,\dots,x^{r+s}$ について
$$ g^{(r,s)}:=(dx^1)^2+\dots+(dx^r)^2-(dx^{r+1})^2-\dots-(dx^{r+s})^2 $$
とおく。座標ベクトル場が各点で正規直交基底なので、$g^{(r,s)}$ は符号数 $(r,s)$ の擬リーマン計量である。$(\mathbb{R}^{r+s},g^{(r,s)})$ を 擬 Euclid 空間 といい $\mathbb{R}^{r,s}$ と書く。$\mathbb{R}^{n,1}$ が $n+1$ 次元の Minkowski空間 である。
擬リーマン多様体 $(M_1,g_1)$、$(M_2,g_2)$ の直積 $M_1\times M_2$ に $g_1\oplus g_2$($T_{(p,q)}(M_1\times M_2)=T_pM_1\oplus T_qM_2$ の上で成分ごとに $g_1$、$g_2$ をとり、両成分を直交させたもの)を入れると、正規直交基底を並べたものが正規直交基底になるので、符号数 $(r_1,s_1)$ と $(r_2,s_2)$ の直積の符号数は $(r_1+r_2,s_1+s_2)$ である。たとえば Riemann 多様体 $(N,h)$ に対し $\mathbb{R}\times N$ 上の $-dt^2+h$ は Lorentz 計量である。

部分多様体に計量を制限すると、退化することがある(ex-prm-counterexamples の 3 行目)。超曲面については次の判定法がある。

非退化な超曲面

$(\bar M,\bar g)$ を符号数 $(r,s)$ の擬リーマン多様体、$f\colon\bar M\to\mathbb{R}$ を滑らかな関数、$c\in\mathbb{R}$ とし、$M:=f^{-1}(c)$ の各点で $\bar g(\operatorname{grad}f,\operatorname{grad}f)\ne0$ であるとする。このとき $M$ は埋め込まれた超曲面で、$\bar g$ の $M$ への制限は擬リーマン計量である。$M$ の上で $\bar g(\operatorname{grad}f,\operatorname{grad}f)>0$ ならその符号数は $(r-1,s)$、$<0$ なら $(r,s-1)$ である。

$\operatorname{grad}f\ne0$ なので $df_p\ne0$ であり、$M$ は正則な等位集合として埋め込まれた超曲面で、$T_pM=\ker df_p$ である(Lee13 Corollary 5.14、p. 106、Proposition 5.38、p. 117)。$\nu:=\operatorname{grad}f|_p$ とおくと $df_p(v)=\bar g_p(\nu,v)$ なので $T_pM=N^\perp$、$N:=\operatorname{span}(\nu)$ である。$\bar g_p(\nu,\nu)\ne0$ なので $\bar g$ は $N$ の上で非退化で、prop-prm-linear の 2 から $T_p\bar M=N\oplus N^\perp$ である。同じ命題の 1 から $(N^\perp)^\perp=N$ なので $N^\perp\cap(N^\perp)^\perp=N^\perp\cap N=\{0\}$ となり、2 から $\bar g$ は $T_pM=N^\perp$ の上で非退化である。$T_pM$ の正規直交基底に $\nu/\sqrt{|\bar g(\nu,\nu)|}$ を加えると $T_p\bar M$ の正規直交基底になり、加えたベクトルの $\bar g$ の値は $\bar g(\nu,\nu)$ の符号に等しい。符号数が基底によらないことから主張の符号数を得る。$\square$

de Sitter 空間と双曲空間

$n\ge2$ とし、$\mathbb{R}^{n,1}$ の形式を $\langle x,y\rangle:=x_1y_1+\dots+x_ny_n-x_{n+1}y_{n+1}$ と書き、$f(x):=\langle x,x\rangle$ とおく。$df_x(v)=2\langle x,v\rangle$ なので $\operatorname{grad}f=2x$ で、$\langle\operatorname{grad}f,\operatorname{grad}f\rangle=4f$ である。

  1. $f^{-1}(1)$ の上では $4f=4>0$ なので、prop-prm-hypersurface により $\{\langle x,x\rangle=1\}$ は符号数 $(n-1,1)$、すなわち Lorentz 計量をもつ $n$ 次元の超曲面である。これを $n$ 次元の de Sitter 空間 という(Lee18 p. 79 の擬球面 $S^{n-1,1}$)。
  2. $f^{-1}(-1)$ の上では $-4<0$ なので符号数 $(n,0)$、つまり Riemann 計量になる。$x_{n+1}>0$ の成分が 双曲空間 の双曲面モデルである。
  3. $f^{-1}(0)\setminus\{0\}$(光錐)では $\operatorname{grad}f=2x$ が $\langle x,x\rangle=0$ をみたし、判定法の仮定が成り立たない。実際、$x$ 自身が接空間 $\{v\mid\langle x,v\rangle=0\}$ に属し、接空間のすべてのベクトルと直交するので、制限は退化している。
Lie 群の不変な Lorentz 計量

$\mathfrak{sl}_2(\mathbb{R})$ 上の双線形形式 $B(X,Y):=\operatorname{tr}(XY)$ を考える。基底 $H=\begin{pmatrix}1&0\\0&-1\end{pmatrix}$、$E+F=\begin{pmatrix}0&1\\1&0\end{pmatrix}$、$E-F=\begin{pmatrix}0&1\\-1&0\end{pmatrix}$ について $B(H,H)=2$、$B(E+F,E+F)=2$、$B(E-F,E-F)=-2$ で、異なる 2 つの値は $0$ なので、$B$ は符号数 $(2,1)$ の非退化な形式である。$B$ を左移動で $SL_2(\mathbb{R})$ 全体に運んだ左不変な計量 $g_A(v,w):=B(A^{-1}v,A^{-1}w)$ は Lorentz 計量である。さらに $B(C^{-1}XC,C^{-1}YC)=\operatorname{tr}(C^{-1}XYC)=B(X,Y)$ なので、右移動 $A\mapsto AC$ についても $g_{AC}(vC,wC)=B(C^{-1}A^{-1}vC,C^{-1}A^{-1}wC)=g_A(v,w)$ となり、$g$ は両側不変である。両側不変な Riemann 計量では左不変ベクトル場について $\nabla_XY=\frac12[X,Y]$ となる(Riemann幾何学 の注意「両側不変計量と等質空間」)。この式は、Riemann接続 の補題「Koszul 公式」に $B([X,Y],Z)+B(Y,[X,Z])=0$(共役不変性を微分したもの)を代入して得られ、正定値性を使わないので、この Lorentz 計量でも成り立つ。

Levi-Civita 接続

接続、捩率、計量的な接続の定義は Riemann接続 の定義「接続と接続係数」「捩率テンソル」「計量的な接続」のとおりとし、どれも $g$ の正定値性を使わずに述べられる。この節の主定理は、計量的で捩れのない接続がただ 1 つ存在することが、符号数によらずに成り立つことである。Riemann接続 の定理「リーマン幾何学の基本定理」は Koszul の公式でこれを示している。ここでは、正定値性が要らず非退化性だけが要る理由が見えるように、問題を各点の線形代数に帰着させて証明する。

各点での線形代数

$V$ を有限次元の実ベクトル空間、$g$ を $V$ 上の非退化な対称双線形形式とする。双線形写像 $A\colon V\times V\to V$ で $A(x,y)=A(y,x)$ をみたすものの空間を $\mathcal{A}$、3 重線形形式 $T\colon V\times V\times V\to\mathbb{R}$ で $T(x,y,z)=T(x,z,y)$ をみたすものの空間を $\mathcal{T}$ とし、
$$ \Phi(A)(x,y,z):=g\bigl(A(x,y),z\bigr)+g\bigl(y,A(x,z)\bigr) $$
とおく。$\Phi\colon\mathcal{A}\to\mathcal{T}$ は線形同型であり、逆写像は
$$ g\bigl(\Phi^{-1}(T)(x,y),z\bigr)=\frac12\bigl(T(x,y,z)+T(y,x,z)-T(z,x,y)\bigr) $$
で与えられる。

$\Phi(A)$ が $y,z$ について対称であることは $g$ の対称性から明らかなので、$\Phi$ は $\mathcal{T}$ への線形写像である。
単射性:$\Phi(A)=0$ とし、$a(x,y,z):=g(A(x,y),z)$ とおく。$a$ は $x,y$ について対称で、仮定から $a(x,y,z)=-a(x,z,y)$ である。この 2 つを交互に使うと
$$ a(x,y,z)=-a(x,z,y)=-a(z,x,y)=a(z,y,x)=a(y,z,x)=-a(y,x,z)=-a(x,y,z) $$
なので $a=0$ である。すべての $z$ で $g(A(x,y),z)=0$ なので、非退化性から $A(x,y)=0$ である。
全射性:$T\in\mathcal{T}$ に対し、$a(x,y,z)$ を主張の右辺で定める。$T(z,y,x)=T(z,x,y)$ を使うと $a(y,x,z)=a(x,y,z)$ であり、
$$ a(x,y,z)+a(x,z,y)=\tfrac12\bigl(T(x,y,z)+T(y,x,z)-T(z,x,y)+T(x,z,y)+T(z,x,y)-T(y,x,z)\bigr)=T(x,y,z) $$
である($T(x,z,y)=T(x,y,z)$ を使った)。$\flat\colon V\to V^*$ は同型なので、$g(A(x,y),\cdot)=a(x,y,\cdot)$ となる $A(x,y)\in V$ がただ 1 つ定まり、$A$ は双線形で対称である。作り方から $\Phi(A)=T$ である。
この証明で $g$ について使ったのは、対称性と、$g(w,\cdot)=0$ なら $w=0$ という非退化性(単射性と全射性の 2 か所)だけで、正定値性は使っていない。$\square$

擬リーマン幾何学の基本定理

$(M,g)$ を擬リーマン多様体とする(符号数は任意)。$M$ 上の接続で、$g$ に関して計量的で捩れのないものがただ 1 つ存在する。これを $g$ の Levi-Civita 接続 という。

段 1(接続の差). $\nabla$、$\nabla'$ を $M$ 上の接続とし、$D(X,Y):=\nabla_XY-\nabla'_XY$ とおく。$D$ は $X$ について $C^\infty(M)$ 線形で、$\nabla_X(fY)-\nabla'_X(fY)=X(f)Y+f\nabla_XY-X(f)Y-f\nabla'_XY=fD(X,Y)$ なので $Y$ についても $C^\infty(M)$ 線形である。よって $D$ は $(1,2)$ 型テンソル場である(テンソル場 の定理「テンソル性の判定」の系「ベクトル場に値をとる場合」)。逆に $(1,2)$ 型テンソル場 $D$ に対し $\nabla'+D$ は接続である。捩率については $T^{\nabla'+D}(X,Y)=T^{\nabla'}(X,Y)+D(X,Y)-D(Y,X)$ なので、$\nabla'$ が捩れをもたないとき、$\nabla'+D$ が捩れをもたないことと $D$ が対称であることは同値である。
段 2(捩れのない接続の存在). $M$ を座標近傍 $\{U_\alpha\}$ で覆い、従属する 1 の分割 $\{\rho_\alpha\}$ をとる(Lee13 Theorem 2.23、p. 43)。$U_\alpha$ の座標ベクトル場 $\partial_i$ について $\nabla^\alpha_X(\sum_iY^i\partial_i):=\sum_iX(Y^i)\partial_i$ とおくと、接続係数がすべて $0$ なので $\nabla^\alpha$ は $U_\alpha$ 上の捩れのない接続である。$\nabla^0_XY:=\sum_\alpha\rho_\alpha\nabla^\alpha_XY$(局所有限和)とおく。$X$ についての $C^\infty(M)$ 線形性は明らかで、$\sum_\alpha\rho_\alpha=1$ から $\nabla^0_X(fY)=\sum_\alpha\rho_\alpha\bigl(X(f)Y+f\nabla^\alpha_XY\bigr)=X(f)Y+f\nabla^0_XY$ である。同様に $T^{\nabla^0}(X,Y)=\sum_\alpha\rho_\alpha T^{\nabla^\alpha}(X,Y)=0$ である。
段 3(計量条件を各点の方程式に直す). 接続 $\nabla$ に対し
$$ \tau^\nabla(X,Y,Z):=X\,g(Y,Z)-g(\nabla_XY,Z)-g(Y,\nabla_XZ) $$
とおく。$\tau^\nabla$ は $X,Y,Z$ のそれぞれについて $C^\infty(M)$ 線形($Y$ を $fY$ に替えると $X(f)g(Y,Z)$ の項が打ち消し合う)で、$Y,Z$ について対称な $(0,3)$ 型テンソル場であり、$\nabla$ が計量的であることは $\tau^\nabla=0$ と同値である。段 1 から、捩れのない接続はちょうど $\nabla=\nabla^0+A$($A$ は対称な $(1,2)$ 型テンソル場)の形のものであり、各点 $p$ で
$$ \tau^{\nabla^0+A}_p=\tau^{\nabla^0}_p-\Phi_p(A_p) $$
である。ここで $\Phi_p$ は $(T_pM,g_p)$ についての lem-prm-algebraic の写像である。
段 4(解く). 存在:lem-prm-algebraic により、各点で $A_p:=\Phi_p^{-1}(\tau^{\nabla^0}_p)$ がただ 1 つ定まる。逆写像の公式から、局所座標で $A$ の成分は $\tau^{\nabla^0}$ の成分と $g$ の逆行列 $(g^{kl})$ の成分の積の和であり、$(g_{ij})$ は各点で可逆な滑らかな行列値関数なので $(g^{kl})$ も滑らかである。よって $A$ は滑らかなテンソル場で、$\nabla:=\nabla^0+A$ は捩れがなく計量的である。一意性:$\nabla$、$\nabla'$ がともに捩れがなく計量的なら、段 1 から $\nabla'=\nabla+D$($D$ は対称)と書け、段 3 から $0=\tau^{\nabla'}=\tau^\nabla-\Phi(D)=-\Phi(D)$ である。lem-prm-algebraic の単射性から $D=0$ である。$\square$

座標近傍の上で $\nabla^0$ を座標の接続そのものにとると $\tau^{\nabla^0}(\partial_i,\partial_j,\partial_k)=\partial_ig_{jk}$ であり、逆写像の公式は
$$ g(\nabla_{\partial_i}\partial_j,\partial_k)=\frac12\bigl(\partial_ig_{jk}+\partial_jg_{ik}-\partial_kg_{ij}\bigr) $$
となる。これは Riemann接続 の命題「Christoffel 記号の公式」と同じ式で、符号数によらない。同じ定理は Lee18 Theorem 5.10(p. 122)にも Koszul の公式による証明で述べられている。
Levi-Civita 接続が決まれば、曲率テンソル $R(X,Y)Z=\nabla_X\nabla_YZ-\nabla_Y\nabla_XZ-\nabla_{[X,Y]}Z$、Ricci テンソル、スカラー曲率(縮約に $g^{ij}$ を使う)、測地線の方程式 $\nabla_{\dot\gamma}\dot\gamma=0$ は Riemann 多様体と同じ式で定義される。等長写像は Levi-Civita 接続を保ち(Lee18 Proposition 5.13、p. 125)、曲率テンソルは Levi-Civita 接続から上の式で作られるので、曲率テンソルも保つ。測地線は常微分方程式の解として各初速度に対しただ 1 つ存在する(Lee18 Theorem 4.27、p. 103)。断面曲率だけは注意が要る。平面 $\Pi=\operatorname{span}(u,v)$ について $Q(u,v):=g(u,u)g(v,v)-g(u,v)^2$ は $g|_\Pi$ の Gram 行列式なので、$Q\ne0$ であることと $\Pi$ が非退化であることは同値であり、$K(\Pi):=g\bigl(R(u,v)v,u\bigr)/Q(u,v)$ は非退化な平面に対してだけ定義される。

正定値性に依存する事実

Levi-Civita 接続のように非退化性だけで証明できる事実はそのまま成り立つが、正定値性を本質的に使う事実は成り立たなくなる。

事実Riemann 多様体擬リーマン多様体
Levi-Civita 接続の存在と一意性成り立つ成り立つ(thm-prm-levi-civita)
測地線の存在と一意性、曲率の定義成り立つ成り立つ(断面曲率は非退化な平面だけ)
どの多様体にも計量がある成り立つ(Riemann幾何学 の命題「リーマン計量の存在」)符号数によっては成り立たない(prop-prm-lorentz-existence のあとの段落)
曲線の長さの下限が距離を定める成り立つ成り立たない(ex-prm-counterexamples の 2 行目)
部分多様体への制限が計量になる成り立つ成り立たない(prop-prm-hypersurface は十分条件)

Riemann 計量の存在は、局所的な計量を 1 の分割で貼り合わせて示す。正定値な形式の正の係数の 1 次結合は正定値だが、非退化な形式の 1 次結合は退化しうるので、この議論は擬リーマン計量には使えない(ex-prm-counterexamples の 1 行目)。Lorentz 計量については次が成り立つ。

Lorentz 計量の存在

$n\ge2$ 次元の多様体 $M$ が至るところ $0$ でないベクトル場 $X$ をもつなら、$M$ は Lorentz 計量をもつ。

$M$ の Riemann 計量 $h$ をとる(Riemann幾何学 の命題「リーマン計量の存在」)。$Y:=X/\sqrt{h(X,X)}$ は $h$ についての単位ベクトル場で、$\theta:=h(Y,\cdot)$ は滑らかな 1 次形式である。$g:=h-2\,\theta\otimes\theta$ とおくと $g$ は対称な $(0,2)$ 型テンソル場である。各点 $p$ で、$Y_p$ と $h_p$ についての $Y_p$ の直交補空間の正規直交基底 $e_1,\dots,e_{n-1}$ をとると、$\theta(e_i)=0$、$\theta(Y_p)=1$ なので
$$ g(Y_p,Y_p)=1-2=-1,\qquad g(Y_p,e_i)=0,\qquad g(e_i,e_j)=\delta_{ij} $$
である。よって $Y_p,e_1,\dots,e_{n-1}$ は $g_p$ の正規直交基底で、$g$ は符号数 $(n-1,1)$ の Lorentz 計量である。$\square$

ベクトル場の代わりに直線の場を使うと、条件は必要十分になる(Lee18 Theorem 2.69、p. 44)。

Lorentz 計量と直線の場

$n\ge2$ 次元の多様体 $M$ が Lorentz 計量をもつことと、$M$ が階数 1 の接分布(各点の接空間の 1 次元部分空間 $L_p$ を滑らかに選んだもの)をもつことは同値である。

要点:直線の場があれば、局所的な単位ベクトル $Y$ の符号によらない $\theta\otimes\theta$ で prop-prm-lorentz-existence の構成が大域的にできる。逆は、補助の Riemann 計量で $g$ を自己随伴な変換 $S$ に直し、ただ 1 つの負の固有値の固有直線をとる。

詳しい証明を開く

Riemann 計量 $h$ を 1 つとる(Riemann幾何学 の命題「リーマン計量の存在」)。

直線の場 $L$ から:各点の近くで $L$ の滑らかな局所切断で $0$ にならないものをとり、$h$ で正規化して単位ベクトル場 $Y$ とし、$\theta:=h(Y,\cdot)$ とおく。$L_p$ の $h$ 単位ベクトルは $\pm Y_p$ の 2 つだけで、$\theta\otimes\theta$ は $Y$ を $-Y$ に替えても変わらないので、$\theta\otimes\theta$ は $M$ 全体の滑らかなテンソル場を定める。$g:=h-2\,\theta\otimes\theta$ が Lorentz 計量であることは prop-prm-lorentz-existence の証明の計算と同じである。

Lorentz 計量 $g$ から:$g(v,w)=h(Sv,w)$ で $TM$ の滑らかな自己準同型 $S$ を定めると、$S_p$ は $h_p$ について自己随伴なので、$h_p$ の正規直交な固有基底をもち、その基底で $g_p$ は固有値を係数とする対角形になる。符号数が $(n-1,1)$ なので、負の固有値は重複を込めてちょうど 1 つで、それを $\lambda(p)$ とする。局所枠で $S$ を行列で表すと、特性多項式 $\chi(x,t)$ の係数は $x$ について滑らかで、$\lambda(p)$ は単根なので $\partial_t\chi\ne0$ であり、陰関数定理から $\lambda$ は滑らかである。$A:=S-\lambda I$ は各点で階数 $n-1$ なので、余因子行列 $\operatorname{adj}A$ は $0$ でなく($n-1$ 次の小行列式に $0$ でないものがある)、$A\operatorname{adj}A=(\det A)I=0$ からその列は $\ker A=L_p$ に属する。$p$ で $0$ でない列を選べば、その列は $p$ の近くで $L$ を張る滑らかなベクトル場であり、$L$ は滑らかな階数 1 の接分布である。$\square$

さらにコンパクトで連結な多様体が Lorentz 計量をもつのは Euler 標数が $0$ のときに限られ、とくに偶数次元の球面 $S^{2m}$ は Lorentz 計量をもたない(Lee18 p. 44。この記事では証明しない)。これに対し、Riemann 計量はどの多様体にもある。

反例

外す条件反例成り立たなくなること
計量が正定値$\mathbb{R}^2$ 上の $g_1=dx^2-dy^2$ と $g_2=-dx^2+dy^2$計量の正の係数の 1 次結合がまた計量になること
計量が正定値$\mathbb{R}^{1,1}$ の 2 本の光的な線分をつないだ曲線曲線の長さの下限が点を区別する距離になること
計量が正定値$\mathbb{R}^{1,1}$ の直線 $\{x_1=x_2\}$部分多様体への制限が計量になること
計量が非退化$\mathbb{R}^2$ 上の退化した形式 $dx^2$計量的で捩れのない接続の一意性
表の反例の確かめ

各行を確かめる。

確認を開く

以下 $\mathbb{R}^{1,1}$ の形式を $g=dx_1^2-dx_2^2$ とする。

1 行目:$g_1$、$g_2$ はともに符号数 $(1,1)$ の Lorentz 計量だが、$\frac12g_1+\frac12g_2=0$ は退化している。正定値な形式なら正の係数の 1 次結合はまた正定値である。

2 行目:曲線の長さを $L(\gamma):=\int_a^b\sqrt{|g(\dot\gamma,\dot\gamma)|}\,dt$ と定める。$\mathbb{R}^{1,1}$ の相異なる 2 点 $p,q$ について、$\ell_\pm:=e_1\pm e_2$ は光的($g(\ell_\pm,\ell_\pm)=0$)で基底をなすので、$q-p=a\ell_++b\ell_-$ と書ける。$p$ から $p+a\ell_+$ への線分と、そこから $q$ への線分をつないだ曲線は、各線分の速度が光的なので長さ $0$ である。したがって長さの下限は相異なる 2 点に対しても $0$ になり、距離にならない。

3 行目:$\iota(t)=(t,t)$ による引き戻しは $\iota^*g=dt^2-dt^2=0$ で、直線への制限は退化している。この直線は光的な方向をもち、ex-prm-de-sitter の 3 と同じ現象である。

4 行目:$g=dx^2$ は対称だが $g(\partial_y,\cdot)=0$ なので退化している。座標の接続 $\nabla^0$(接続係数 $0$)は捩れがなく、$g$ の成分が定数なので計量的である。滑らかな関数 $\varphi$ に対し $A(X,Y):=\varphi\,X^yY^y\,\partial_y$($X^y$ は $X$ の $\partial_y$ 成分)とおくと、$A$ は対称で $g(A(X,Y),Z)=0$ なので、$\nabla^0+A$ も捩れがなく計量的である。$\varphi$ ごとに異なる接続が得られる。lem-prm-algebraic の単射性の証明で、$g(A(x,y),\cdot)=0$ から $A(x,y)=0$ を導く段で非退化性が要ることに対応する。

関連項目

参考文献

[1]
John M. Lee, Introduction to Riemannian Manifolds, 2nd ed., Springer, 2018, 擬リーマン計量の定義と Proposition 2.65(Sylvester の慣性法則、p. 42);Theorem 2.69 と Lorentz 計量の存在についての注意(p. 44);擬球面(p. 79);Theorem 4.27(測地線の存在と一意性、p. 103);Theorem 5.10(Levi-Civita 接続、p. 122);Proposition 5.13(Levi-Civita 接続の自然性、p. 125)
[2]
John M. Lee, Introduction to Smooth Manifolds, 2nd ed., Springer, 2013, Theorem 2.23(1 の分割の存在、p. 43)、Corollary 5.14(正則な等位集合、p. 106)、Proposition 5.38(等位集合の接空間、p. 117)

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