Riemann–Rochの定理

同義語:リーマン・ロッホの定理Riemann–Roch theoremRiemann–Rochの公式

概要

Riemann–Rochの定理(Riemann–Roch theorem)とは、コンパクトなリーマン面(代数閉体上の滑らかな射影曲線)$X$ の因子 $D$ について、$D$ が許す極をもつ有理型関数の空間の次元 $\ell(D)$ について $\ell(D)-\ell(K-D)=\deg D+1-g$($K$ は標準因子、$g$ は種数)が成り立つという定理である。層のコホモロジーでは Euler 標数の等式 $\chi(\mathcal{O}(D))=\deg D+1-g$ と Serre 双対性 $h^1(\mathcal{O}(D))=\ell(K-D)$ に分かれる。$\deg K=2g-2$、$\deg D>2g-2$ なら $\ell(D)=\deg D+1-g$ などが従い、種数 0 の曲線が射影直線であること、種数 1 の曲線が平面 3 次曲線で表されることを導く。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 因子, 種数, 標準因子, 層コホモロジー

何を問う定理か

コンパクトなリーマン面の上で、指定した点に指定した位数までの極を許す有理型関数はどれだけあるか。複素平面全体なら $e^z$ のような関数がいくらでもあるが、コンパクトな面の上では正則関数は定数しかなく(有理型関数の存在)、極の許し方を決めると、そのような関数の空間は有限次元になる。その次元 $\ell(D)$ は、極の許し方を表す因子 $D$ の次数 $\deg D$ と面の種数 $g$ でほぼ決まり、ずれは「$K-D$ に対する同じ量」$\ell(K-D)$ で正確に測られる。これが Riemann–Roch の定理
$$ \ell(D)-\ell(K-D)=\deg D+1-g $$
である。ここで $K$ は標準因子(有理型 1 形式の零点と極の因子)である。
この等式の左辺は解析的・代数的な量(関数の空間の次元)、右辺は位相的・組合せ的な量(次数と種数)である。現代的には、層のコホモロジーの Euler 標数についての等式 $\chi(\mathcal{O}(D))=\deg D+1-g$ と、Serre 双対性 $h^1(\mathcal{O}(D))=\ell(K-D)$ の 2 つに分けて理解される。前者は短い完全列から数行で証明でき、後者が定理の深い部分である。この記事では前者を完全に証明し、後者は引用して、その組合せから曲線の分類(種数 0 は射影直線、種数 1 は平面 3 次曲線)を導く。

設定と記号

この記事を通して $k$ を代数閉体とし、曲線とは $k$ 上の滑らかで連結な射影代数曲線 $X$ のこととする。$X$ の点といえば閉点を指す。$X$ の関数体を $k(X)$ と書く。各点 $P$ の局所環 $\mathcal{O}_{X,P}$ は離散付値環であり、その付値を $\operatorname{ord}_P\colon k(X)^\times\to\mathbb{Z}$ と書く。$\operatorname{ord}_P(f)=1$ となる $t\in k(X)$ を $P$ での局所パラメータという。
$X$ の因子、次数、主因子、線形同値の定義は因子と同じである:因子は点の整数係数の有限形式和 $D=\sum_Pn_PP$、次数は $\deg D=\sum_Pn_P$、$f\in k(X)^\times$ の主因子は $\operatorname{div}(f)=\sum_P\operatorname{ord}_P(f)P$、$D-D'$ が主因子のとき $D\sim D'$ と書く。$D\ge0$ はすべての係数が $0$ 以上であることを表す。主因子の次数は $0$ である(零点と極の個数は重複度込みで等しい。因子 の定理「コンパクトなリーマン面上の主因子の次数」、Vak25 Exercise 16.3.E)。
$k=\mathbb{C}$ のとき、$X$ の複素点 $X(\mathbb{C})$ はコンパクトなリーマン面であり、$k(X)$ の元は $X(\mathbb{C})$ 上の有理型関数とちょうど一致する(Mil06 I, Example 4.4)。以下の定理はコンパクトなリーマン面の言葉でもそのまま成り立ち(Mil06 I, Remark 4.7(b))、下で代数的に定義する種数はリーマン面の位相的な種数に一致する(Vak25 18.4.5)。

Riemann–Roch空間

曲線 $X$ の因子 $D$ に対して
$$ L(D):=\{f\in k(X)^\times\mid\operatorname{div}(f)+D\ge0\}\cup\{0\} $$
とおき、$\ell(D):=\dim_kL(D)$ と書く。$X$ の開集合 $U$ に対して $\mathcal{O}_X(D)(U):=\{f\in k(X)^\times\mid(\operatorname{div}(f)+D)|_U\ge0\}\cup\{0\}$ と定めた層 $\mathcal{O}_X(D)$ を $D$ に対応する可逆層といい、$L(D)=H^0(X,\mathcal{O}_X(D))$ である。

$D=\sum n_PP$ で $n_P\ge0$ の点では「$P$ で高々 $n_P$ 位の極を許す」、$n_P<0$ の点では「$P$ で少なくとも $-n_P$ 位の零点を課す」という条件である。$\operatorname{ord}_P(f+g)\ge\min(\operatorname{ord}_Pf,\operatorname{ord}_Pg)$ なので $L(D)$ は $k$ 上のベクトル空間である。この記法は 因子 の定理「Riemann–Rochの定理の主張」、有理型関数の存在 の定義「Riemann–Roch空間」と同じである。$\mathcal{O}_X(D)$ が可逆層になることは Vak25 §15.4((15.4.6.1))による。

標準因子と種数

$k(X)$ 上の $0$ でない有理微分形式 $\omega$(局所パラメータ $t$ を用いて $\omega=h\,dt$ と書け、$\operatorname{ord}_P(\omega):=\operatorname{ord}_P(h)$ と定める)の因子 $K:=\operatorname{div}(\omega)=\sum_P\operatorname{ord}_P(\omega)P$ を $X$ の標準因子という。有理微分形式の全体は $k(X)$ 上 1 次元なので、別の $\omega'$ は $\omega'=f\omega$ と書け、$\operatorname{div}(\omega')=\operatorname{div}(f)+K$ となる。したがって $K$ の線形同値類(標準類)は $\omega$ によらない。
$X$ の種数を $g:=\dim_kH^1(X,\mathcal{O}_X)$ と定める。

$\mathcal{O}_X(K)$ は $X$ 上の正則な微分形式の層 $\Omega^1_X$ と同型である($f\mapsto f\omega$)。とくに $\ell(K)$ は $X$ 上の正則な微分形式($k=\mathbb{C}$ なら正則 1 形式)の空間の次元である。

$\ell(D)$ の初等的な性質

Riemann–Roch の定理を使う前に、定義だけから分かることをまとめる。

$\ell(D)$ の基本性質

$X$ を曲線、$D$ を因子、$P$ を点とする。

  1. $D\sim D'$ なら $L(D)\cong L(D')$ であり、$\ell(D)=\ell(D')$ である。
  2. $\ell(0)=1$、すなわち $L(0)=k$ である。
  3. $\deg D<0$ なら $\ell(D)=0$ である。
  4. $\deg D=0$ なら $\ell(D)\le1$ であり、$\ell(D)=1$ と $D\sim0$ は同値である。
  5. $\ell(D)\le\ell(D+P)\le\ell(D)+1$ である。
  6. $D\ge0$ なら $\ell(D)\le\deg D+1$ である。一般の $D$ についても $\ell(D)\le\max(0,\deg D+1)$ であり、とくに $\ell(D)$ はつねに有限である。

要点:3 と 4 は主因子の次数が $0$ であることから、5 は「$P$ での最も低い位数の係数」を取り出す線形写像 $L(D+P)\to k$ の核が $L(D)$ であることから従う。2 は射影曲線上の正則関数が定数であること(Vak25 §11.4.7)による。

詳しい証明を開く

1:$D'=D+\operatorname{div}(h)$ なら、$\operatorname{div}(fh^{-1})+D'=\operatorname{div}(f)+D$ なので $f\mapsto fh^{-1}$ は $L(D)\to L(D')$ の線形同型である。

2:$f\in L(0)$ は極をもたない、すなわち $X$ 上の正則関数である。連結で射影的な被約スキーム上の正則関数は定数なので、$L(0)=k$ である。

3:$f\in L(D)$、$f\ne0$ なら $\operatorname{div}(f)+D\ge0$ であり、主因子の次数は $0$ だから $\deg D=\deg(\operatorname{div}(f)+D)\ge0$ である。よって $\deg D<0$ なら $L(D)=0$ である。

4:$f\in L(D)$、$f\ne0$ なら $E:=\operatorname{div}(f)+D$ は次数 $0$ の有効因子なので $E=0$、すなわち $D=-\operatorname{div}(f)=\operatorname{div}(f^{-1})\sim0$ である。よって $\ell(D)\ge1$ なら $D\sim0$ である。逆に $D\sim0$ なら 1 と 2 から $\ell(D)=\ell(0)=1$ である。とくに $\ell(D)\le1$ である。

5:$L(D)\subset L(D+P)$ は明らか。$n$ を $D$ の $P$ での係数、$t$ を $P$ での局所パラメータとする。$f\in L(D+P)$ なら $\operatorname{ord}_P(t^{n+1}f)\ge0$ なので、値 $(t^{n+1}f)(P)\in k$ が定まる。写像 $\phi\colon L(D+P)\to k$、$f\mapsto(t^{n+1}f)(P)$ は線形で、その核は $\operatorname{ord}_P(f)\ge-n$ となる $f$、すなわち $L(D)$ である。よって $L(D+P)/L(D)$ は $k$ に埋め込まれ、$\ell(D)$ が有限なら $\ell(D+P)-\ell(D)=\dim\operatorname{im}\phi\le1$ である。

6:$D\ge0$ なら $D$ は $0$ から点を 1 つずつ $\deg D$ 回足して得られる。2 と 5 から帰納的に $\ell(D)$ は有限で $\ell(D)\le1+\deg D$ である。一般の $D$ について $\ell(D)\ge1$ なら、3 の証明のとおり $D$ は有効因子 $E=\operatorname{div}(f)+D$ と線形同値で、1 から $\ell(D)=\ell(E)\le\deg E+1=\deg D+1$ である。$\ell(D)=0$ ならもちろん $\ell(D)\le\max(0,\deg D+1)$ である。$\square$

5 の「1 点足すと $\ell$ は高々 1 増える」を積み重ねると、$\ell(D)$ は $\deg D$ と同じ速さでしか増えないことが分かる。問題は、実際にどれだけ増えるかである。

Euler 標数の形の Riemann–Roch

層 $\mathcal{F}$ のコホモロジーの次元を $h^i(\mathcal{F}):=\dim_kH^i(X,\mathcal{F})$ と書く。コヒーレント層については $h^i$ は有限であり(Vak25 Theorem 18.1.3)、曲線は 1 次元なので $i\ge2$ では $H^i=0$ である(Vak25 Theorem 18.2.6)。そこで Euler 標数を
$$ \chi(\mathcal{F}):=h^0(\mathcal{F})-h^1(\mathcal{F}) $$
と定める。短完全列 $0\to\mathcal{F}'\to\mathcal{F}\to\mathcal{F}''\to0$ があると、コホモロジーの長完全列
$$ 0\to H^0(\mathcal{F}')\to H^0(\mathcal{F})\to H^0(\mathcal{F}'')\to H^1(\mathcal{F}')\to H^1(\mathcal{F})\to H^1(\mathcal{F}'')\to0 $$
から $\chi(\mathcal{F})=\chi(\mathcal{F}')+\chi(\mathcal{F}'')$ が成り立つ(完全列の交代和は $0$。Vak25 Exercise 18.4.A)。

Riemann–Rochの定理(Euler 標数の形)

種数 $g$ の曲線 $X$ の任意の因子 $D$ について
$$ \chi(\mathcal{O}_X(D))=\ell(D)-h^1(\mathcal{O}_X(D))=\deg D+1-g $$
が成り立つ。

点 $P$ と因子 $D$ について、層の短完全列
$$ 0\to\mathcal{O}_X(D)\to\mathcal{O}_X(D+P)\to k_P\to0 $$
があることを示す。ここで $k_P$ は $P$ に $k$ を置き、他の点では $0$ となる摩天楼層である。$\mathcal{O}_X(D)\subset\mathcal{O}_X(D+P)$ は定義から明らかである。$Q\ne P$ では 2 つの層の茎は等しい。$P$ では、$n$ を $D$ の $P$ での係数、$t$ を局所パラメータとすると、茎は $\mathcal{O}_X(D)_P=t^{-n}\mathcal{O}_{X,P}$、$\mathcal{O}_X(D+P)_P=t^{-n-1}\mathcal{O}_{X,P}$ であり、その商は $t^{-n-1}$ 倍を通して $\mathcal{O}_{X,P}/t\mathcal{O}_{X,P}=k$ と同型である。これで短完全列が得られた。
$H^0(k_P)=k$、$H^1(k_P)=0$($k_P$ は 0 次元の閉部分スキーム $\{P\}$ 上の層の押し出しであり、閉部分スキーム上の層のコホモロジーは押し出しても変わらない(Vak25 §18.1)ので、Vak25 Theorem 18.2.6 を $\{P\}$ に適用すればよい)なので $\chi(k_P)=1$ であり、Euler 標数の加法性から
$$ \chi(\mathcal{O}_X(D+P))=\chi(\mathcal{O}_X(D))+1 $$
である。$D=\sum n_PP$ について $\sum\lvert n_P\rvert$ に関する帰納法を使う。$D=0$ なら、$\ell(0)=1$(lem-riemann-roch-theorem-basic)と種数の定義から $\chi(\mathcal{O}_X)=1-g$ で主張が成り立つ。$D\ne0$ なら、係数が正の点 $P$ があれば $D=D'+P$、なければ係数が負の点 $P$ について $D=D'-P$ と書け、$\sum\lvert n_P\rvert$ は $D'$ の方が 1 小さい。帰納法の仮定 $\chi(\mathcal{O}_X(D'))=\deg D'+1-g$ と上の等式から、どちらの場合も $\chi(\mathcal{O}_X(D))=\deg D+1-g$ となる。$\square$

この証明は Vak25 Exercise 18.4.B の方針(そこでは代数閉とは限らない体の上で、点の次数を重みにして同じ等式を示している)に従った。$h^1\ge0$ なので、ただちに次が従う。

Riemann の不等式

種数 $g$ の曲線の任意の因子 $D$ について $\ell(D)\ge\deg D+1-g$ である。とくに $\deg D\ge g$ なら $\ell(D)\ge1$、すなわち $D$ は有効因子と線形同値である。

thm-riemann-roch-theorem-euler で $h^1(\mathcal{O}_X(D))\ge0$ を使えばよい。$\ell(D)\ge1$ なら $0\ne f\in L(D)$ について $\operatorname{div}(f)+D\ge0$ であり、$D\sim\operatorname{div}(f)+D$ は有効である。$\square$

この不等式は Riemann による(Mil06 I, Theorem 4.5 は、この不等式を満たし $\deg D$ が十分大きいとき等号が成り立つ整数 $g$ として種数を導入している)。不等式の誤差 $h^1(\mathcal{O}_X(D))$ を関数の空間の次元として表すのが Roch による改良であり、それには次の Serre 双対性が要る。

Riemann–Roch の定理

Serre双対性(曲線の場合)

曲線 $X$ の標準因子 $K$ と任意の因子 $D$ について
$$ h^1(\mathcal{O}_X(D))=h^0(\mathcal{O}_X(K-D))=\ell(K-D) $$
が成り立つ。

Serre双対性の出典

Vak25 Theorem 18.5.1 は、幾何的に既約で滑らかな射影多様体 $X$(次元 $n$)に可逆層 $\omega_X$ があって、有限階数の局所自由層 $\mathcal{F}$ について $h^i(X,\mathcal{F})=h^{n-i}(X,\omega_X\otimes\mathcal{F}^\vee)$ が成り立つことを述べ、同 18.5.2 は $\omega_X$ が微分形式の最高次の外冪(曲線では $\Omega^1_X\cong\mathcal{O}_X(K)$)であることを述べる。$n=1$、$\mathcal{F}=\mathcal{O}_X(D)$ とすると $\omega_X\otimes\mathcal{F}^\vee\cong\mathcal{O}_X(K)\otimes\mathcal{O}_X(-D)\cong\mathcal{O}_X(K-D)$ であり、上の等式を得る。Stacks Algebraic Curves, Lemma 5.2(Tag 0BS6)も同じ内容を含む。証明は双対化層の理論を要するので、この記事では引用にとどめる。コンパクトなリーマン面では、$H^1(X,\mathcal{O}(D))$ の双対を有理型 1 形式の空間と留数の対で表すのが古典的な方法である。

Riemann–Rochの定理

$X$ を種数 $g$ の曲線($k=\mathbb{C}$ ならコンパクトなリーマン面)、$K$ を標準因子とする。任意の因子 $D$ について
$$ \ell(D)-\ell(K-D)=\deg D+1-g $$
が成り立つ。

thm-riemann-roch-theorem-euler の $h^1(\mathcal{O}_X(D))$ を thm-riemann-roch-theorem-serre-duality で $\ell(K-D)$ に置き換えればよい。$\square$

証明したことと引用したことの境界をまとめておく。thm-riemann-roch-theorem-euler は、層のコホモロジーの有限性・長完全列・次元による消滅(いずれも Vak25 の定理として引用)のもとで完全に証明した。thm-riemann-roch-theorem-serre-duality は引用である。したがって thm-riemann-roch-theorem-main とその帰結は、Serre 双対性に依存する。一方 cor-riemann-roch-theorem-riemann-inequality は Serre 双対性を使わずに成り立つ。

Riemann–Rochの定理の帰結

種数 $g$ の曲線 $X$ と標準因子 $K$ について、次が成り立つ。

  1. $\ell(K)=g$ である。すなわち正則な微分形式の空間は $g$ 次元である。
  2. $\deg K=2g-2$ である。
  3. $\deg D>2g-2$ なら $\ell(K-D)=0$ であり、$\ell(D)=\deg D+1-g$ である。
  4. $\deg D=2g-2$ なら、$\ell(D)=g$($D\sim K$ のとき)または $\ell(D)=g-1$(そうでないとき)である。

1:thm-riemann-roch-theorem-main で $D=0$ とすると $\ell(0)-\ell(K)=1-g$ であり、$\ell(0)=1$ から $\ell(K)=g$ である。
2:$D=K$ とすると $\ell(K)-\ell(0)=\deg K+1-g$、すなわち $g-1=\deg K+1-g$ であり、$\deg K=2g-2$ である。
3:$\deg(K-D)=2g-2-\deg D<0$ なので lem-riemann-roch-theorem-basic の 3 により $\ell(K-D)=0$ であり、定理の等式から従う。
4:$\deg(K-D)=0$ なので lem-riemann-roch-theorem-basic の 4 により $\ell(K-D)$ は $K-D\sim0$ のとき $1$、そうでないとき $0$ である。定理の等式 $\ell(D)=\ell(K-D)+g-1$ から従う。$\square$

2 は 標準因子 の定理「標準因子の次数」と同じ内容であり、3 は Vak25 (19.2.5.1)、4 は同 Exercise 19.2.A の主張である。次数ごとに $\ell(D)$ について分かることを表にまとめる。

$\deg D$ の範囲$\ell(D)$根拠
$\deg D<0$$0$lem-riemann-roch-theorem-basic の 3
$\deg D=0$$D\sim0$ なら $1$、そうでなければ $0$lem-riemann-roch-theorem-basic の 4
$0\le\deg D\le2g-2$$\max(0,\deg D+1-g)\le\ell(D)\le\deg D+1$ で、$D$ の類によるcor-riemann-roch-theorem-riemann-inequality、lem-riemann-roch-theorem-basic の 6
$\deg D=2g-2$$D\sim K$ なら $g$、そうでなければ $g-1$cor-riemann-roch-theorem-consequences の 4
$\deg D>2g-2$$\deg D+1-g$cor-riemann-roch-theorem-consequences の 3

$\deg D$ が大きいところでは $\ell(D)$ は次数と種数だけで決まり、$0\le\deg D\le2g-2$ の範囲では $D$ の線形同値類によって変わりうる(ex-riemann-roch-theorem-class-dependence)。

例:射影直線と種数 0 の曲線

射影直線での確かめ

$X=\mathbb{P}^1$、$z$ をアフィン座標、$\infty$ を無限遠点とする。$d\ge0$ について、$L(d\infty)$ は $\mathbb{A}^1$ 上で正則で $\infty$ で高々 $d$ 位の極をもつ有理関数の空間であり、$\mathbb{A}^1$ 上正則な有理関数は多項式、多項式の $\infty$ での極の位数はその次数なので、
$$ L(d\infty)=\{\text{次数}\ \le d\ \text{の多項式}\},\qquad\ell(d\infty)=d+1 $$
である(Mil06 I, Example 4.6 も参照)。微分形式 $dz$ は $\mathbb{A}^1$ 上で零点も極ももたず、$\infty$ での局所パラメータ $w=1/z$ で $dz=-w^{-2}dw$ と書けるので、$K=\operatorname{div}(dz)=-2\infty$ である。$\ell(K)=0$ なので cor-riemann-roch-theorem-consequences の 1 により $g=0$ であり、2 の $\deg K=-2=2g-2$ とも合う。$D=d\infty$ について $\ell(K-D)=\ell(-(d+2)\infty)=0$ だから、thm-riemann-roch-theorem-main は $d+1=d+1-0$ となって確かに成り立つ。

射影直線の特徴づけ

曲線 $X$ について次は同値である。

  1. $X\cong\mathbb{P}^1$ である。
  2. $g=0$ である。
  3. ある点 $P$ について $\ell(P)\ge2$ である。
    とくに、種数 $1$ 以上の曲線では、どの点 $P$ についても $L(P)=k$ であり、相異なる 2 点 $P,Q$ は線形同値でない。

1 ⇒ 2:ex-riemann-roch-theorem-projective-line で示した。
2 ⇒ 3:$g=0$ なら $\deg P=1>-2=2g-2$ なので、cor-riemann-roch-theorem-consequences の 3 により $\ell(P)=1+1-0=2$ である。
3 ⇒ 1:$f\in L(P)$ を定数でない関数とする。$f$ が極をもたなければ lem-riemann-roch-theorem-basic の 2 により定数なので、$f$ はちょうど $P$ に 1 位の極をもち、他に極をもたない。$f$ は射 $f\colon X\to\mathbb{P}^1$ を定め、$\infty$ のファイバーは重複度込みで $P$ の 1 点だけである。曲線の間の有限射の次数はファイバーの点の個数(重複度込み)に等しいので(Vak25 16.3.4、Exercise 18.4.E)、$f$ は次数 $1$ の射であり、関数体の拡大 $k(X)\supset k(f)$ は次数 $1$、すなわち $k(X)=k(f)$ である。滑らかな射影曲線は関数体で決まる(Vak25 Theorem 16.3.3)ので $X\cong\mathbb{P}^1$ である。
最後の主張:$g\ge1$ なら 3 が成り立たないので $\ell(P)\le1$、$\ell(P)\ge\ell(0)=1$ から $L(P)=k$ である。$P\ne Q$ で $P\sim Q$ なら $P-Q=\operatorname{div}(u)$ となる $u$ があり、$\operatorname{div}(u)+Q=P\ge0$ から $u\in L(Q)$、しかも $u$ は $Q$ に極をもつので定数でない。これは $L(Q)=k$ に反する。$\square$

2 ⇒ 1 は Vak25 Proposition 19.3.1 と同じ議論である。$k=\mathbb{C}$ でリーマン面の言葉で言えば、「コンパクトなリーマン面の上に、ただ 1 点にだけ 1 位の極をもつ有理型関数があれば、それは Riemann 球面と双正則」であり、次数 1 の正則写像が双正則であること(Riemann–Hurwitzの公式 の系「次数1の写像」)と同じ内容である。代数閉でない体の上では 2 ⇒ 1 が成り立たないことがある(ex-riemann-roch-theorem-real-conic)。

例:種数 1 と超楕円曲線と平面曲線

種数 1 の曲線の $\ell(nO)$

$X$ を種数 $1$ の曲線、$O$ を点とする。

  1. $K\sim0$ であり、正則な微分形式は定数倍を除いてただ 1 つで、零点をもたない。
  2. $n\ge1$ について $\ell(nO)=n$ である。
  3. $O$ でちょうど $2$ 位の極をもつ $x\in L(2O)$ と、ちょうど $3$ 位の極をもつ $y\in L(3O)$ があり、$1,x,y,x^2,xy,x^3,y^2$ の間に $y^2$ と $x^3$ の係数がともに $0$ でない $k$ 線形関係がある。

1:cor-riemann-roch-theorem-consequences により $\deg K=0$、$\ell(K)=1$ なので、lem-riemann-roch-theorem-basic の 4 から $K\sim0$ である。$0\ne\omega$ が正則なら $\operatorname{div}(\omega)$ は次数 $0$ の有効因子なので $0$、すなわち $\omega$ は零点をもたない。
2:$\deg(nO)=n>0=2g-2$ なので cor-riemann-roch-theorem-consequences の 3 から $\ell(nO)=n+1-1=n$ である。
3:$\ell(O)=1$、$\ell(2O)=2$、$\ell(3O)=3$ なので、$x\in L(2O)\setminus L(O)$、$y\in L(3O)\setminus L(2O)$ をとれば、極の位数はちょうど $2$、$3$ である。7 個の関数 $1,x,y,x^2,xy,x^3,y^2$ はすべて $L(6O)$ に入り、$\ell(6O)=6$ なので自明でない線形関係がある。$O$ での極の位数は順に $0,2,3,4,5,6,6$ である。もし $y^2$ の係数が $0$ なら、残りの 6 個は極の位数が相異なるので線形独立(最も位数の大きい項が打ち消せない)であり、関係は自明になって矛盾する。$x^3$ についても同様である。$\square$

3 の関係の係数を正規化すると Weierstrass 方程式 $y^2+a_1xy+a_3y=x^3+a_2x^2+a_4x+a_6$ が得られ、$[x:y:1]$ が $X$ からこの平面 3 次曲線への同型を与える(楕円曲線 の定理「Weierstrass 形の存在と一意性」、Vak25 19.9.8)。種数 1 の曲線がすべて平面 3 次曲線で表されるのは、Riemann–Roch の定理が $\ell(3O)=3$ を保証するからである。$k=\mathbb{C}$ では $X(\mathbb{C})$ は複素トーラス $\mathbb{C}/\Lambda$ であり、1 の正則な微分形式は $dz$、2 の $L(2O)$ と $L(3O)$ は $1,\wp$ と $1,\wp,\wp'$ で張られる(Weierstrassの楕円関数)。

超楕円曲線の正則な微分形式

$k$ の標数を $2$ でないとし、$g\ge1$、$f\in k[x]$ を相異なる $2g+2$ 個の根をもつ多項式とする。$y^2=f(x)$ の定める滑らかな射影曲線 $X$ は、アフィン部分 $y^2=f(x)$ に、$x=\infty$ の上の 2 点 $\infty_+,\infty_-$ を加えたものである(Vak25 §19.5)。このとき
$$ \operatorname{div}\Bigl(\frac{dx}{y}\Bigr)=(g-1)(\infty_++\infty_-) $$
であり、$X$ の種数は $g$、$\dfrac{x^i\,dx}{y}$($0\le i\le g-1$)が正則な微分形式の空間の基底になる。要点は、$dx/y$ がアフィン部分で零点も極ももたず、$\infty_\pm$ でそれぞれ $g-1$ 位の零点をもつことである。すると $\deg K=2g-2$ から種数が $g$ と分かり、$x^i\,dx/y$ の $\infty_\pm$ での位数 $g-1-i$ が $0$ 以上になる $i$ がちょうど $g$ 個あり、$\ell(K)=g$ と合わせて基底が得られる。

位数の計算を開く

アフィン部分で $y\ne0$ の点では $x-x_0$ が局所パラメータで、$dx$ も $y$ も零点をもたない。$y=0$ の点($x=a$、$f(a)=0$)では、$f(x)=(x-a)h(x)$、$h(a)\ne0$ と書くと $y$ が局所パラメータで $x-a=y^2/h(x)$ は 2 位の零点をもち、$dx$ は 1 位の零点、$y$ も 1 位の零点をもつので $dx/y$ は零点も極ももたない。$\infty_\pm$ では $t=1/x$ が局所パラメータで、$\operatorname{ord}(x)=-1$、$\operatorname{ord}(y)=-(g+1)$($y^2=f(x)$ は $2g+2$ 位の極)、$dx=-t^{-2}dt$ は $-2$ 位なので、$\operatorname{ord}(dx/y)=-2+(g+1)=g-1$ である。よって上の等式が成り立ち、$\deg K=2g-2$ と cor-riemann-roch-theorem-consequences の 2 から $X$ の種数は $g$ である。$x^i\,dx/y$ は $\infty_\pm$ で位数 $g-1-i$、アフィン部分では位数 $0$ 以上なので、$0\le i\le g-1$ で正則であり、$1,x,\dots,x^{g-1}$ が $k(X)$ で線形独立だから線形独立である。$\ell(K)=g$ なのでこれらが基底である。


たとえば $k=\mathbb{C}$、$g=2$ のとき $y^2=x^6-1$ は種数 2 の曲線で、正則な微分形式は $dx/y$ と $x\,dx/y$ で張られる。この種数の計算は 種数 の例「超楕円曲線」(Riemann–Hurwitz の公式による)と一致する。

平面曲線の種数

$\mathbb{P}^2$ の次数 $d$ の滑らかな平面曲線の種数は $g=(d-1)(d-2)/2$ である(Vak25 (18.6.7.1)、Mil06 I, (7))。$d=1,2$ で $g=0$、$d=3$ で $g=1$、$d=4$ で $g=3$ である。したがって $d=1,2$ の平面曲線は thm-riemann-roch-theorem-genus-zero により $\mathbb{P}^1$ と同型であり、$d=3$ の平面曲線(点を 1 つ選べば楕円曲線)は prop-riemann-roch-theorem-genus-one の対象である。$g=2$ の曲線は平面曲線の種数の列 $0,1,3,6,\dots$ に現れないので、滑らかな平面曲線としては実現できないが、上の超楕円曲線として実現される。

反例:条件や項を外すと

外すもの反例成り立たなくなること
補正項 $\ell(K-D)$$g\ge1$ の曲線と $D=0$$\ell(D)=\deg D+1-g$
$\deg D>2g-2$種数 1 の曲線の $P-Q$($P\ne Q$)と $0$$\ell(D)$ が $\deg D$ と $g$ だけで決まる
基礎体が代数閉$\mathbb{R}$ 上の $x^2+y^2+z^2=0$種数 0 なら $\mathbb{P}^1$ と同型
射影的(コンパクト)$\mathbb{C}$($\mathbb{A}^1$)$\ell(D)$ が有限
反例:補正項を落とした式

「$\ell(D)=\deg D+1-g$ がすべての $D$ で成り立つ」は誤りである。$g\ge1$ の曲線で $D=0$ とすると、左辺は $\ell(0)=1$、右辺は $1-g\le0$ である。差 $g$ はちょうど $\ell(K-0)=\ell(K)=g$(正則な微分形式の個数)であり、thm-riemann-roch-theorem-main の補正項が消えないことを示す。この例は「種数 $g\ge1$ の曲線の因子である」を満たすが、補正項を落とした等式を満たさない。補正項が消えることが保証されるのは $\deg D>2g-2$ のときである(cor-riemann-roch-theorem-consequences の 3)。

反例:次数だけでは決まらない $\ell(D)$

$X$ を種数 $1$ の曲線、$P\ne Q$ を 2 点とする。因子 $0$ と $P-Q$ はどちらも次数 $0$ だが、$\ell(0)=1$、$\ell(P-Q)=0$ である。実際 thm-riemann-roch-theorem-genus-zero の最後の主張により $P\not\sim Q$、すなわち $P-Q\not\sim0$ なので、lem-riemann-roch-theorem-basic の 4 から $\ell(P-Q)=0$ である。この例は「$\deg D=0$」を満たし、$0\le\deg D\le2g-2=0$ の範囲にあるが、「$\ell(D)$ は $\deg D$ と $g$ だけで決まる」を満たさない。Riemann–Roch の定理はこの範囲では $\ell(D)$ と $\ell(K-D)$ の差しか決めない。

反例:実数体上の点のない 2 次曲線

$\mathbb{R}$ 上の射影平面曲線 $C\colon x^2+y^2+z^2=0$ を考える。偏微分 $2x,2y,2z$ が同時に $0$ になるのは $x=y=z=0$ だけなので $C$ は滑らかで、$\mathbb{C}$ 上では既約な 2 次曲線であり、次数 2 の平面曲線なので種数は $(2-1)(2-2)/2=0$ である(Vak25 (18.6.7.1) は任意の体の上で成り立つ)。一方、実数の平方和が $0$ になるのは $x=y=z=0$ のときだけなので、$C$ は $\mathbb{R}$ 有理点をもたない。$\mathbb{P}^1_{\mathbb{R}}$ は $\mathbb{R}$ 有理点 $[0:1]$ をもつので、$C\not\cong\mathbb{P}^1_{\mathbb{R}}$ である(Vak25 19.3 の冒頭)。この例は「種数 $0$ の滑らかな射影曲線である」を満たすが「$\mathbb{P}^1$ と同型である」を満たさず、thm-riemann-roch-theorem-genus-zero の 2 ⇒ 1 が破れる。破れるのは、その証明で使った「次数 1 の点 $P$ がある」という仮定であり、$\mathbb{C}$ に係数拡大すれば $C_{\mathbb{C}}\cong\mathbb{P}^1_{\mathbb{C}}$ となる。

反例:コンパクトでない面

$X=\mathbb{C}$(コンパクトでないリーマン面)で $D=0$ とすると、$L(0)$ は $\mathbb{C}$ 上の正則関数の全体であり、$1,z,z^2,\dots$ を含むので無限次元である。代数的にも、アフィン直線 $\mathbb{A}^1$ 上の正則関数の全体 $k[z]$ は無限次元である。この例は「リーマン面の因子である」を満たすが「$\ell(D)$ が有限である」を満たさず、lem-riemann-roch-theorem-basic の 2 と 6、したがって Riemann–Roch の等式そのものが意味を失う。コンパクトでないリーマン面では因子の次数も定義されない(因子 の例「コンパクトでないリーマン面」)。

他の定理との関係

  • 有理型関数の存在:コンパクトなリーマン面上に定数でない有理型関数が存在すること、十分大きい位数の極をもつ関数や 2 点を分ける関数の存在は、cor-riemann-roch-theorem-consequences の 3($\deg D>2g-2$ なら $\ell(D)=\deg D+1-g$)から導かれる。
  • Riemann–Hurwitzの公式:$k=\mathbb{C}$ のとき、曲線の間の次数 $n$ の射 $f\colon X\to Y$ について、$Y$ の有理微分形式を $f$ で引き戻して標準因子を比べると、$2g_X-2=n(2g_Y-2)+\deg R$($R$ は分岐因子)が得られる。$\deg K=2g-2$(cor-riemann-roch-theorem-consequences の 2)がここで使われる。
  • 高次元への一般化:曲面上の因子 $D$ については $\chi(\mathcal{O}_X(D))=\chi(\mathcal{O}_X)+D\cdot(D-K_X)/2$(交点数による曲面の Riemann–Roch。Vak25 Exercise 20.2.B(b))が成り立ち、一般の次元では Chern 類を用いた Hirzebruch–Riemann–Roch の定理、さらに射についての Grothendieck–Riemann–Roch の定理へと一般化される(Vak25 §20.1、p. 579 の注意)。

関連項目

参考文献

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