展開と因数分解の公式(expansion and factorization formulas)とは、$(a+b)^3=a^3+3a^2b+3ab^2+b^3$、$a^3+b^3=(a+b)(a^2-ab+b^2)$ などの等式であり、分配法則と交換法則 $ab=ba$ で展開すると得られる。因数分解の公式は同じ等式を右から左へ読んだものである。3 文字の公式 $a^3+b^3+c^3-3abc=(a+b+c)(a^2+b^2+c^2-ab-bc-ca)$ の第 2 の因数は $\frac12\{(a-b)^2+(b-c)^2+(c-a)^2\}$ で、実数では $0$ 以上である。1 の虚数の 3 乗根 $\omega$ で全体は $(a+b+c)(a+\omega b+\omega^2c)(a+\omega^2b+\omega c)$ と分かれ、3 つの因数は巡回行列の固有値である。
数学 I では、$(a+b)^2=a^2+2ab+b^2$ のような式を 乗法公式(展開の公式)として覚え、逆向きに使って式を 因数分解 する。まず、教科書にある形の計算をいくつか見る。
公式は覚えれば使えるが、次のような疑問が残る。
| 高校の計算 | この記事での見方 | ボックス |
|---|---|---|
| 乗法公式を覚えて使う | 分配法則で各項を掛け合わせた結果 | prop-eff-formulas |
| 因数分解は展開の逆 | 同じ等式を右から左へ読む | rem-eff-reverse |
| $a^3+b^3+c^3-3abc$ の分解 | 3 文字の公式と、平方の和による表示 | thm-eff-three-cubes |
| $a^2+b^2$ は分解できない | 係数の範囲(実数か複素数か)で答えが変わる | prop-eff-sum-of-squares |
| $\omega$ を使った分解 | 巡回行列の行列式と固有値 | thm-eff-omega、prop-eff-circulant |
文字と数を掛け合わせた式($3a^2b$、$-x$、$5$ など)を 単項式 といい、単項式の和を 多項式 という。多項式の積を、分配法則 $p(q+r)=pq+pr$、$(p+q)r=pr+qr$ を使って単項式の和に直すことを 展開 という。展開したあと、文字の部分が同じ項(同類項)はまとめる。
逆に、多項式を、次数が 1 以上の多項式の積の形に書き直すことを 因数分解 という。積に現れるそれぞれの多項式を 因数 という。
分配法則を 2 回使うと、2 項どうしの積は 4 つの項に分かれる。
$$
(p+q)(r+s)=p(r+s)+q(r+s)=pr+ps+qr+qs
$$
「左の因数から 1 項、右の因数から 1 項を選んで掛け、選び方のすべてについて足す」と言ってもよい。以下の公式はすべてこの計算の特別な場合である。なお、ここでは文字どうしの掛け算で $ab=ba$(交換法則)が使えることも前提にしている。この前提を外すとどうなるかは ex-eff-matrix-counterexample で見る。
文字 $a,b,c,x$ について、次の等式が成り立つ。
方針:どの式も、左辺を分配法則で展開して同類項をまとめると右辺になる。符号だけが違う式は、$b$ を $-b$ に置きかえて得る。
段 1(1 と 2)。上の 4 項の式で $p=a$、$q=b$、$r=a$、$s=b$ とすると
$$
(a+b)^2=(a+b)(a+b)=a^2+ab+ba+b^2=a^2+2ab+b^2
$$
である($ba=ab$ を使った)。この式の $b$ を $-b$ に置きかえると、$(-b)^2=b^2$ なので $(a-b)^2=a^2-2ab+b^2$ となる。また $r=a$、$s=-b$ とすると
$$
(a+b)(a-b)=a^2-ab+ba-b^2=a^2-b^2
$$
である($-ab+ba=0$)。
段 2(3)。$(x+a)(x+b)=x^2+xb+ax+ab=x^2+(a+b)x+ab$ である。
段 3(4)。段 1 の結果に $(a+b)$ をもう 1 回掛ける。
$$
(a+b)^3=(a^2+2ab+b^2)(a+b)=a^3+a^2b+2a^2b+2ab^2+ab^2+b^3=a^3+3a^2b+3ab^2+b^3
$$
である。$b$ を $-b$ に置きかえると、$(-b)^2=b^2$、$(-b)^3=-b^3$ なので $(a-b)^3=a^3-3a^2b+3ab^2-b^3$ となる。
段 4(5)。左の因数の 2 項と右の因数の 3 項を掛けて、6 つの項を作る。
$$
(a+b)(a^2-ab+b^2)=a^3-a^2b+ab^2+a^2b-ab^2+b^3=a^3+b^3
$$
である($-a^2b$ と $a^2b$、$ab^2$ と $-ab^2$ が消し合う)。$b$ を $-b$ に置きかえると、$(a-b)(a^2+ab+b^2)=a^3-b^3$ となる。
段 5(6)。3 項と 3 項を掛けて 9 つの項を作る。$a\cdot a,\ b\cdot b,\ c\cdot c$ の 3 つから $a^2+b^2+c^2$ が出る。残りの 6 つは $ab,\ ba,\ bc,\ cb,\ ca,\ ac$ で、2 つずつ等しいので $2ab+2bc+2ca$ になる。$\square$
公式を数で確かめておく。文字の等式は、どんな数を代入しても成り立つ(両辺が同じ多項式だから)。
公式 1 と 4 は、図で見ることもできる。1 辺が $a+b$ の正方形を、縦と横をそれぞれ $a$ と $b$ に分けて切ると、面積 $a^2$、$ab$、$ab$、$b^2$ の 4 つの長方形に分かれる(図 1)。立方体では 3 方向に切るので 8 個の直方体に分かれ、その体積は $a^3$ が 1 個、$a^2b$ が 3 個、$ab^2$ が 3 個、$b^3$ が 1 個である(図 2)。係数 $1,3,3,1$ は、3 つの方向のうち何個の方向で $b$ の側を選ぶかの数である。
1 辺 $a+b$ の正方形を 4 つの長方形に分けると、面積が $a^2+2ab+b^2$ になることを見る図($a=3$、$b=2$ で描いた)。
1 辺 $a+b$ の立方体を 8 個の直方体に分けると、体積が $a^3+3a^2b+3ab^2+b^3$ になることを見る図。同じ色の直方体は同じ体積をもつ。
$(a+b)^3=(a+b)(a+b)(a+b)$ を展開すると、3 つの因数それぞれから $a$ か $b$ を 1 つずつ選んで掛けた $2^3=8$ 個の積が出る。そのうち $b$ をちょうど $k$ 個選んだものは $a^{3-k}b^k$ になり、その個数は 3 つの因数から $k$ 個を選ぶ選び方の数 ${}_3\mathrm{C}_k$ である。${}_3\mathrm{C}_0,{}_3\mathrm{C}_1,{}_3\mathrm{C}_2,{}_3\mathrm{C}_3=1,3,3,1$ が公式 4 の係数である。$(a+b)^n$ への一般化が 二項定理 で、二項定理と組合せの恒等式 で扱う。
prop-eff-formulas の等式を右辺から左辺へ読むと、因数分解の公式になる。
3 の 2 つ目の道筋では、$x^4+x^2+1$ で止まるとそれ以上分解できないように見える。どこまで分解できたら「終わり」なのかは、どの範囲の数を係数に許すかで決まる。その最も簡単な例が次の命題である。
実数 $p,q,r,s$ をどう選んでも、文字 $a,b$ の式として
$$
a^2+b^2=(pa+qb)(ra+sb)
$$
が成り立つことはない。定数項をつけて $(pa+qb+u)(ra+sb+w)$($u,w$ も実数)としても同じである。一方、虚数単位 $i$($i^2=-1$)を係数に許すと、$a^2+b^2=(a+bi)(a-bi)$ と分解できる。
方針:成り立つと仮定して右辺を展開し、両辺の係数を比べる。係数の条件から実数では起こりえない式を導く(背理法)。
段 1(展開)。右辺は $(pa+qb)(ra+sb)=pr\,a^2+(ps+qr)\,ab+qs\,b^2$ である。
段 2(係数を比べる)。両辺が文字 $a,b$ の式として等しいので、$a^2$、$ab$、$b^2$ の係数がそれぞれ等しい(多項式として等しい式は、同じ項の係数が等しい。恒等式と未定係数法 を参照)。よって
$$
pr=1,\qquad ps+qr=0,\qquad qs=1
$$
である。
段 3($p,q,r,s$ は $0$ でない)。$pr=1$ から $p\ne0$、$r\ne0$ で、$r=\frac1p$ である。$qs=1$ から $q\ne0$、$s\ne0$ で、$s=\frac1q$ である。
段 4(矛盾)。段 3 を $ps+qr=0$ に代入すると $\frac pq+\frac qp=0$ である。両辺に $pq$($\ne0$)を掛けると $p^2+q^2=0$ となる。実数の 2 乗は $0$ 以上で、$p\ne0$ なので $p^2>0$、よって $p^2+q^2>0$ である。これは $p^2+q^2=0$ に反する。したがって、そのような実数 $p,q,r,s$ はない。
段 5(定数項がある場合)。1 次式に定数項を許して $a^2+b^2=(pa+qb+u)(ra+sb+w)$ としても、分解はできない。右辺を展開すると、$a^2$、$ab$、$b^2$ の係数は段 2 と同じで、ほかに $a$ の係数 $pw+ur$、$b$ の係数 $qw+us$、定数項 $uw$ が出る。左辺にこれらの項はないので $pw+ur=0$、$qw+us=0$、$uw=0$ である。$uw=0$ から $u=0$ または $w=0$ である。$u=0$ なら $pw=0$ と $p\ne0$ から $w=0$、$w=0$ なら $ur=0$ と $r\ne0$ から $u=0$ となる。どちらでも $u=w=0$ で、段 1〜4 の形に戻るので、やはり矛盾する。
段 6(複素数の場合)。$(a+bi)(a-bi)=a^2-abi+abi-b^2i^2=a^2-b^2\cdot(-1)=a^2+b^2$ である。$\square$
段 4 で $p^2+q^2=0$ となる複素数 $p,q$ はある($p=1$、$q=i$ など)。それが段 6 の分解である。このように、分解できるかどうかは係数の範囲で変わる。この話題は 因数分解の技法と既約性 で詳しく扱う。
$a^3+b^3=(a+b)(a^2-ab+b^2)$ は 2 文字の公式だった。3 文字にすると、$a^3+b^3+c^3$ そのものはきれいに分解できないが、$3abc$ を引いた式は分解できる。まず数で様子を見る。
文字 $a,b,c$ について、次の 2 つの等式が成り立つ。
方針:1 は右辺を分配法則で展開する。項が多いので、左の因数の $a$、$b$、$c$ を掛けた結果を 1 行ずつ書き、最後に縦に足す。2 も右辺を展開する。
段 1($a$ を掛ける)。
$$
a(a^2+b^2+c^2-ab-bc-ca)=a^3+ab^2+ac^2-a^2b-abc-a^2c
$$
段 2($b$ を掛ける)。
$$
b(a^2+b^2+c^2-ab-bc-ca)=a^2b+b^3+bc^2-ab^2-b^2c-abc
$$
段 3($c$ を掛ける)。
$$
c(a^2+b^2+c^2-ab-bc-ca)=a^2c+b^2c+c^3-abc-bc^2-ac^2
$$
段 4(足す)。3 行を足すと、次の 6 組が打ち消し合う。
| 項 | 出てくる行と符号 |
|---|---|
| $ab^2$ | 段 1 で $+$、段 2 で $-$ |
| $ac^2$ | 段 1 で $+$、段 3 で $-$ |
| $a^2b$ | 段 1 で $-$、段 2 で $+$ |
| $a^2c$ | 段 1 で $-$、段 3 で $+$ |
| $bc^2$ | 段 2 で $+$、段 3 で $-$ |
| $b^2c$ | 段 2 で $-$、段 3 で $+$ |
残るのは $a^3$、$b^3$、$c^3$ と、各行に 1 つずつある $-abc$ の 3 つである。よって和は $a^3+b^3+c^3-3abc$ で、1 が示された。
段 5(2)。prop-eff-formulas の 1 により
$$
(a-b)^2+(b-c)^2+(c-a)^2=(a^2-2ab+b^2)+(b^2-2bc+c^2)+(c^2-2ca+a^2)=2a^2+2b^2+2c^2-2ab-2bc-2ca
$$
である。両辺を $2$ で割ると 2 になる。$\square$
2 から、$a,b,c$ が実数なら $a^2+b^2+c^2-ab-bc-ca\ge0$ であり、等号は $(a-b)^2$、$(b-c)^2$、$(c-a)^2$ がすべて $0$、つまり $a=b=c$ のときだけ成り立つ。ここから次の系が出る。
1:thm-eff-three-cubes の 1 で、右辺の因数 $a+b+c$ が $0$ なので、右辺は $0$ である。よって $a^3+b^3+c^3-3abc=0$ である。
2:thm-eff-three-cubes の 1 により、$a^3+b^3+c^3=3abc$ は $(a+b+c)(a^2+b^2+c^2-ab-bc-ca)=0$ と同じである。2 つの実数の積が $0$ になるのは、少なくとも一方が $0$ のときであり、そのときに限る。第 2 の因数が $0$ になるのは、上で見たとおり $a=b=c$ のときに限る。
3:$a,b,c\ge0$ なので $a+b+c\ge0$ であり、第 2 の因数も thm-eff-three-cubes の 2 により $0$ 以上である。よって積は $0$ 以上で、$a^3+b^3+c^3\ge3abc$ である。等号は 2 により $a+b+c=0$ または $a=b=c$ のときである。$a,b,c\ge0$ で $a+b+c=0$ なら $a=b=c=0$ なので、どちらの場合も $a=b=c$ である。逆に $a=b=c$ なら両辺は $3a^3$ で等しい。$\square$
系の 3 で $a,b,c$ を $\sqrt[3]{x}$、$\sqrt[3]{y}$、$\sqrt[3]{z}$($x,y,z\ge0$)に置きかえると、$\frac{x+y+z}3\ge\sqrt[3]{xyz}$、つまり 3 数の相加平均と相乗平均の不等式になる。これは 相加平均と相乗平均 で詳しく扱う。
thm-eff-three-cubes の 1 は、剰余の定理と因数定理 を使うと、展開せずに「$a+b+c$ で割り切れる」ことまでは分かる。$a$ の多項式と見て $a=-(b+c)$ を代入すると、cor-eff-sum-zero の 1 の計算を先取りして
$$
-(b+c)^3+b^3+c^3+3bc(b+c)=-(b^3+3b^2c+3bc^2+c^3)+b^3+c^3+3b^2c+3bc^2=0
$$
となるからである。商を求めるには、結局割り算か展開が要る。
thm-eff-three-cubes の第 2 の因数 $a^2+b^2+c^2-ab-bc-ca$ は、実数の範囲ではこれ以上 1 次式の積に分けられない。理由は短く言える。実数係数の 1 次式 $L_1,L_2$ でこの式が $L_1L_2$ に等しいとする。$L_1=0$ となる実数の点 $(a,b,c)$ 全体は空間の平面であり、その上では第 2 の因数も $0$ になる。しかし thm-eff-three-cubes の 2 により、第 2 の因数が $0$ になる実数の点は直線 $a=b=c$ の上にしかない。平面が 1 本の直線に含まれることはないので、矛盾である。一方、複素数を係数に許すと、2 つの 1 次式の積に分かれる。そのために 1 の 3 乗根を使う。
$$
\omega:=\frac{-1+\sqrt3\,i}2
$$
とおく。$\omega$ は次の 2 つの式を満たす。
$$
\omega^2+\omega+1=0,\qquad\omega^3=1
$$
実際、$\omega^2=\frac{1-2\sqrt3\,i+3i^2}4=\frac{-2-2\sqrt3\,i}4=\frac{-1-\sqrt3\,i}2$ なので $\omega^2+\omega+1=\frac{-1-\sqrt3\,i}2+\frac{-1+\sqrt3\,i}2+1=0$ である。この式に $\omega-1$ を掛けると、prop-eff-formulas の 5 により $\omega^3-1=0$ となる。$\omega$ は 3 乗すると $1$ になる虚数なので、1 の虚数の 3 乗根 という。$\omega^2$ も 1 の虚数の 3 乗根である($(\omega^2)^3=(\omega^3)^2=1$)。
$\omega$ の性質は 二項係数を余りで分けた和 でも詳しく扱う。以下でよく使うのは、$\omega+\omega^2=-1$、$\omega\cdot\omega^2=\omega^3=1$、$\omega^4=\omega^3\cdot\omega=\omega$ の 3 つである。
$$ a^2+b^2+c^2-ab-bc-ca=(a+\omega b+\omega^2c)(a+\omega^2b+\omega c) $$
方針:右辺を 9 つの項に展開し、係数に現れる $\omega$ の式を $\omega^3=1$ と $\omega+\omega^2=-1$ で整理する。
段 1(2 乗の項)。$a\cdot a=a^2$、$\omega b\cdot\omega^2b=\omega^3b^2=b^2$、$\omega^2c\cdot\omega c=\omega^3c^2=c^2$ である。
段 2($ab$ の項)。$a\cdot\omega^2b+\omega b\cdot a=(\omega^2+\omega)ab=-ab$ である。
段 3($bc$ の項)。$\omega b\cdot\omega c+\omega^2c\cdot\omega^2b=(\omega^2+\omega^4)bc=(\omega^2+\omega)bc=-bc$ である($\omega^4=\omega$)。
段 4($ca$ の項)。$a\cdot\omega c+\omega^2c\cdot a=(\omega+\omega^2)ca=-ca$ である。
段 5。段 1〜4 を合わせると $a^2+b^2+c^2-ab-bc-ca$ である。$\square$
thm-eff-three-cubes の 1 と合わせると、次の定理になる。
$$ a^3+b^3+c^3-3abc=(a+b+c)(a+\omega b+\omega^2c)(a+\omega^2b+\omega c) $$
thm-eff-three-cubes の 1 の右辺の第 2 の因数に、prop-eff-omega-quadratic を代入すればよい。$\square$
$a,b,c$ が正の数のとき、$a+\omega b+\omega^2c$ は、複素数平面で長さ $a$、$b$、$c$ の矢印を $120^\circ$ ずつ向きを変えてつないだ先の点である($\omega$ を掛けると $120^\circ$ 回転する。複素数の掛け算は回転と拡大 を参照)。$a=b=c$ なら正三角形を一周してもとに戻るので $0$ になる(図 3)。これが、第 2 の因数が $a=b=c$ で $0$ になることの図による説明である。
$a+b\omega+c\omega^2$ を、向きが $120^\circ$ ずつ変わる 3 本の矢印の和として描いた図。左は $(a,b,c)=(1,2,3)$ で和は $0$ でない点、右は $a=b=c=2$ で矢印が正三角形をつくり和が $0$ になることを見る。
高校数学では、thm-eff-three-cubes は展開して確かめる公式である。大学の線形代数では、同じ式が 巡回行列 の 行列式 として現れ、$\omega$ による分解は行列の 固有値 の積として説明される。2 次の行列式 $ad-bc$ は 1次変換と行列式:面積の拡大率 で扱う。ここでは 3 次の行列式を式で定める。
3 行 3 列の数の表(3 次の正方行列)
$$
M=\begin{pmatrix}m_{11}&m_{12}&m_{13}\\ m_{21}&m_{22}&m_{23}\\ m_{31}&m_{32}&m_{33}\end{pmatrix}
$$
の 行列式 を
$$
\det M:=m_{11}m_{22}m_{33}+m_{12}m_{23}m_{31}+m_{13}m_{21}m_{32}-m_{13}m_{22}m_{31}-m_{11}m_{23}m_{32}-m_{12}m_{21}m_{33}
$$
で定める(Sarrus の方法と呼ばれる覚え方がある)。
各行が、1 つ上の行を右へ 1 つずらし、右端からはみ出した成分を左端へ回したものになっている行列を 巡回行列 という。3 次では
$$
C(a,b,c):=\begin{pmatrix}a&b&c\\ c&a&b\\ b&c&a\end{pmatrix}
$$
の形の行列である。
$$ \det C(a,b,c)=a^3+b^3+c^3-3abc $$
$C(a,b,c)$ の成分は $m_{11}=m_{22}=m_{33}=a$、$m_{12}=m_{23}=m_{31}=b$、$m_{13}=m_{21}=m_{32}=c$ である。定義の 6 つの積はそれぞれ
次に、$\omega$ による分解の意味を見る。行列 $M$ と、$0$ でない縦ベクトル $v$、数 $\lambda$ が $Mv=\lambda v$ を満たすとき、$v$ を $M$ の 固有ベクトル、$\lambda$ を 固有値 という。
$t=0,1,2$ に対し $v_t:=\begin{pmatrix}1\\ \omega^t\\ \omega^{2t}\end{pmatrix}$、$\lambda_t:=a+b\,\omega^t+c\,\omega^{2t}$ とおくと、$C(a,b,c)\,v_t=\lambda_t\,v_t$ が成り立つ。つまり
$$
\lambda_0=a+b+c,\qquad\lambda_1=a+\omega b+\omega^2c,\qquad\lambda_2=a+\omega^2b+\omega^4c=a+\omega^2b+\omega c
$$
は $C(a,b,c)$ の固有値である。
方針:$C(a,b,c)\,v_t$ の 3 つの成分を計算し、それぞれが $\lambda_t$ に $v_t$ の成分を掛けたものであることを、$\omega^3=1$ を使って確かめる。$u:=\omega^t$ と書くと、$u^3=(\omega^3)^t=1$ である。
段 1(第 1 成分)。$a\cdot1+b\cdot u+c\cdot u^2=\lambda_t$ で、これは $\lambda_t\cdot1$ である。
段 2(第 2 成分)。$c\cdot1+a\cdot u+b\cdot u^2$ である。$u^3=1$ より $c=cu^3$ なので、これは $u(a+bu+cu^2)=u\,\lambda_t$ に等しい。
段 3(第 3 成分)。$b\cdot1+c\cdot u+a\cdot u^2$ である。$b=bu^3$、$c\,u=c\,u^4$ なので、これは $u^2(a+bu+cu^2)=u^2\lambda_t$ に等しい。
段 4。$v_t$ の成分は $1,u,u^2$ なので、段 1〜3 は $C(a,b,c)\,v_t=\lambda_tv_t$ を表す。$v_t$ の第 1 成分は $1$ なので $v_t\ne0$ である。$\square$
$C(1,2,3)$ と $v_1=(1,\omega,\omega^2)$ で確かめる。$\lambda_1=1+2\omega+3\omega^2=-2-\omega$(ex-eff-omega-check)である。$C(1,2,3)v_1$ の第 2 成分は $3+\omega+2\omega^2=3+\omega-2-2\omega=1-\omega$ である。一方 $\omega\lambda_1=-2\omega-\omega^2=-2\omega+1+\omega=1-\omega$ で、一致する。
prop-eff-circulant と prop-eff-circulant-eigen を並べると、thm-eff-omega は
$$
\det C(a,b,c)=\lambda_0\,\lambda_1\,\lambda_2
$$
と読める。これは偶然ではない。複素数を成分とする正方行列の行列式は、固有値を重複度の分だけ掛けた積に等しい(この記事では証明しない。Axl24 の 9.55)。これを使うには、$\lambda_0,\lambda_1,\lambda_2$ が重なりも込めて固有値の全部であることが要る。$\lambda_t$ は重なることがある($a=b=c$ なら $\lambda_1=\lambda_2=0$、$(a,b,c)=(1,0,0)$ なら 3 つとも $1$)ので、これは自明ではない。それを保証するのが、$v_0,v_1,v_2$ が 1 次独立であることである。実際、$v_0,v_1,v_2$ を並べた行列の行列式は $(\omega-1)(\omega^2-1)(\omega^2-\omega)=-3\sqrt3\,i\ne0$ である。1 次独立な 3 本の固有ベクトルがあるので、$C(a,b,c)$ の固有値は、重なりも込めてちょうど $\lambda_0,\lambda_1,\lambda_2$ になる(この記事では証明しない)。$a+b+c$、$a+\omega b+\omega^2c$、$a+\omega^2b+\omega c$ の 3 つは、巡回行列 $C(a,b,c)$ の 3 つの固有値だったのである。固有ベクトル $v_0,v_1,v_2$ が $a,b,c$ によらないことが巡回行列の特徴で、$n$ 次の巡回行列でも 1 の $n$ 乗根を並べたベクトルが固有ベクトルになる。この一般の場合は 離散Fourier変換と反転公式 で扱う。
2 次の巡回行列 $\begin{pmatrix}a&b\\ b&a\end{pmatrix}$ の行列式は $a^2-b^2$ である。1 の 2 乗根は $1$ と $-1$ で、固有値は $a+b$ と $a-b$ である。実際、$\begin{pmatrix}a&b\\ b&a\end{pmatrix}\begin{pmatrix}1\\ -1\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}a-b\\ b-a\end{pmatrix}=(a-b)\begin{pmatrix}1\\ -1\end{pmatrix}$ である。固有値の積 $(a+b)(a-b)$ が $a^2-b^2$ で、乗法公式(prop-eff-formulas)の 2 と一致する。$a^2-b^2=(a+b)(a-b)$ は、thm-eff-omega の 2 次版なのである。
公式が成り立つための前提を外すと、結論が崩れる。
| 外した前提 | 崩れる主張 | ボックス |
|---|---|---|
| 掛け算の交換法則 $ab=ba$ | $(a+b)^2=a^2+2ab+b^2$ | ex-eff-matrix-counterexample |
| 係数が実数 | 平方の和は分解できない | prop-eff-sum-of-squares の段 6 |
| $a,b,c$ が実数 | $a^2+b^2+c^2-ab-bc-ca=0\Rightarrow a=b=c$ | ex-eff-complex-counterexample |
| 「$a+b+c=0$ または $a=b=c$」の片方だけを見る | $a^3+b^3+c^3=3abc\Rightarrow a+b+c=0$ | ex-eff-converse-counterexample |
2 次の行列 $A=\begin{pmatrix}1&1\\ 0&1\end{pmatrix}$、$B=\begin{pmatrix}1&0\\ 1&1\end{pmatrix}$ を考える。行列の積では
$$
AB=\begin{pmatrix}2&1\\ 1&1\end{pmatrix},\qquad BA=\begin{pmatrix}1&1\\ 1&2\end{pmatrix}
$$
で、$AB\ne BA$ である。分配法則は行列でも成り立つので $(A+B)^2=A^2+AB+BA+B^2$ となるが、$AB+BA$ は $2AB$ にならない。実際、$A+B=\begin{pmatrix}2&1\\ 1&2\end{pmatrix}$ より $(A+B)^2=\begin{pmatrix}5&4\\ 4&5\end{pmatrix}$ である。一方 $A^2=\begin{pmatrix}1&2\\ 0&1\end{pmatrix}$、$B^2=\begin{pmatrix}1&0\\ 2&1\end{pmatrix}$ なので $A^2+2AB+B^2=\begin{pmatrix}6&4\\ 4&4\end{pmatrix}$ で、$(A+B)^2$ と異なる。乗法公式(prop-eff-formulas)の証明で使った $ba=ab$ が、ここで破れている。
$a=1$、$b=\omega$、$c=\omega^2$ とする。3 つは異なる数である。$\omega^3=1$、$\omega^4=\omega$、$\omega+\omega^2=-1$ を使うと
$$
a^2+b^2+c^2-ab-bc-ca=1+\omega^2+\omega^4-\omega-\omega^3-\omega^2=1+\omega^2+\omega-\omega-1-\omega^2=0
$$
である。thm-eff-three-cubes の 2 から「$0$ なら $a=b=c$」を導くときには、「実数の 2 乗は $0$ 以上」を使った。複素数ではこれが成り立たない($(1-\omega)^2$ は実数ですらない)。prop-eff-omega-quadratic で見ると、このとき因数 $a+\omega^2b+\omega c=1+\omega^3+\omega^3=3$ は $0$ でないが、因数 $a+\omega b+\omega^2c=1+\omega^2+\omega^4=1+\omega^2+\omega=0$ が $0$ になっている。
$a=b=c=1$ とすると、$a^3+b^3+c^3=3$、$3abc=3$ で等しいが、$a+b+c=3\ne0$ である。cor-eff-sum-zero の 1 の逆は成り立たず、2 のとおり「$a=b=c$」の場合が加わる。
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