展開と因数分解の公式

同義語:expansion and factorization formulas

概要

展開と因数分解の公式(expansion and factorization formulas)とは、$(a+b)^3=a^3+3a^2b+3ab^2+b^3$、$a^3+b^3=(a+b)(a^2-ab+b^2)$ などの等式であり、分配法則と交換法則 $ab=ba$ で展開すると得られる。因数分解の公式は同じ等式を右から左へ読んだものである。3 文字の公式 $a^3+b^3+c^3-3abc=(a+b+c)(a^2+b^2+c^2-ab-bc-ca)$ の第 2 の因数は $\frac12\{(a-b)^2+(b-c)^2+(c-a)^2\}$ で、実数では $0$ 以上である。1 の虚数の 3 乗根 $\omega$ で全体は $(a+b+c)(a+\omega b+\omega^2c)(a+\omega^2b+\omega c)$ と分かれ、3 つの因数は巡回行列の固有値である。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 分配法則, 多項式, 複素数

高校での出発点:乗法公式

数学 I では、$(a+b)^2=a^2+2ab+b^2$ のような式を 乗法公式(展開の公式)として覚え、逆向きに使って式を 因数分解 する。まず、教科書にある形の計算をいくつか見る。

2 次の乗法公式を使う
  1. $(x+3)(x+5)$:公式 $(x+a)(x+b)=x^2+(a+b)x+ab$ で $a=3$、$b=5$ とすると $x^2+8x+15$ である。
  2. $(2a-b)^2$:公式 $(p-q)^2=p^2-2pq+q^2$ で $p=2a$、$q=b$ とすると $4a^2-4ab+b^2$ である。
  3. $102\times98$:$102=100+2$、$98=100-2$ なので、公式 $(p+q)(p-q)=p^2-q^2$ により $100^2-2^2=10000-4=9996$ である。
3 次の乗法公式を使う
  1. $(x+1)^3$:公式 $(a+b)^3=a^3+3a^2b+3ab^2+b^3$ で $a=x$、$b=1$ とすると $x^3+3x^2+3x+1$ である。$x=10$ を入れると $11^3=1000+300+30+1=1331$ となる。
  2. $x^3-8$ の因数分解:$8=2^3$ なので、公式 $a^3-b^3=(a-b)(a^2+ab+b^2)$ で $a=x$、$b=2$ とすると $(x-2)(x^2+2x+4)$ である。

公式は覚えれば使えるが、次のような疑問が残る。

  1. 乗法公式はどこから来るのか。覚える公式はどこまでか。→ prop-eff-formulas
  2. 因数分解の公式は、展開の公式とどんな関係にあるのか。→ rem-eff-reverse
  3. $a^3+b^3+c^3-3abc$ のような 3 文字の式は、なぜきれいに分解できるのか。→ thm-eff-three-cubes
  4. $a^2+b^2$ はなぜ(実数の範囲で)因数分解できないのか。→ prop-eff-sum-of-squares
  5. 分解の中にある $a^2+b^2+c^2-ab-bc-ca$ をさらに分けるとどうなるか。→ thm-eff-omega
    この記事では、乗法公式がすべて 分配法則 のくり返しから出ることを確かめ、3 文字の公式 $a^3+b^3+c^3-3abc=(a+b+c)(a^2+b^2+c^2-ab-bc-ca)$ を主定理として証明する。そのあと、1 の 3 乗根 $\omega$ を使うと 3 つの 1 次式の積に分かれること、そしてこの式が大学で習う 巡回行列 の行列式であることを見る。
    高校の計算この記事での見方ボックス
    乗法公式を覚えて使う分配法則で各項を掛け合わせた結果prop-eff-formulas
    因数分解は展開の逆同じ等式を右から左へ読むrem-eff-reverse
    $a^3+b^3+c^3-3abc$ の分解3 文字の公式と、平方の和による表示thm-eff-three-cubes
    $a^2+b^2$ は分解できない係数の範囲(実数か複素数か)で答えが変わるprop-eff-sum-of-squares
    $\omega$ を使った分解巡回行列の行列式と固有値thm-eff-omega、prop-eff-circulant

展開は分配法則のくり返し

展開と因数分解

文字と数を掛け合わせた式($3a^2b$、$-x$、$5$ など)を 単項式 といい、単項式の和を 多項式 という。多項式の積を、分配法則 $p(q+r)=pq+pr$、$(p+q)r=pr+qr$ を使って単項式の和に直すことを 展開 という。展開したあと、文字の部分が同じ項(同類項)はまとめる。
逆に、多項式を、次数が 1 以上の多項式の積の形に書き直すことを 因数分解 という。積に現れるそれぞれの多項式を 因数 という。

分配法則を 2 回使うと、2 項どうしの積は 4 つの項に分かれる。
$$ (p+q)(r+s)=p(r+s)+q(r+s)=pr+ps+qr+qs $$
「左の因数から 1 項、右の因数から 1 項を選んで掛け、選び方のすべてについて足す」と言ってもよい。以下の公式はすべてこの計算の特別な場合である。なお、ここでは文字どうしの掛け算で $ab=ba$(交換法則)が使えることも前提にしている。この前提を外すとどうなるかは ex-eff-matrix-counterexample で見る。

分配法則だけで展開する
  1. $(x+2)(x+7)$:$x\cdot x+x\cdot7+2\cdot x+2\cdot7=x^2+7x+2x+14=x^2+9x+14$ である。
  2. $(2x+1)(3x-4)$:$2x\cdot3x+2x\cdot(-4)+1\cdot3x+1\cdot(-4)=6x^2-8x+3x-4=6x^2-5x-4$ である。
    どちらも、4 つの積を作ってから、同類項($7x$ と $2x$、$-8x$ と $3x$)をまとめた。
乗法公式

文字 $a,b,c,x$ について、次の等式が成り立つ。

  1. $(a+b)^2=a^2+2ab+b^2$、$(a-b)^2=a^2-2ab+b^2$
  2. $(a+b)(a-b)=a^2-b^2$
  3. $(x+a)(x+b)=x^2+(a+b)x+ab$
  4. $(a+b)^3=a^3+3a^2b+3ab^2+b^3$、$(a-b)^3=a^3-3a^2b+3ab^2-b^3$
  5. $(a+b)(a^2-ab+b^2)=a^3+b^3$、$(a-b)(a^2+ab+b^2)=a^3-b^3$
  6. $(a+b+c)^2=a^2+b^2+c^2+2ab+2bc+2ca$
分配法則で展開し、同類項をまとめる

方針:どの式も、左辺を分配法則で展開して同類項をまとめると右辺になる。符号だけが違う式は、$b$ を $-b$ に置きかえて得る。
段 1(1 と 2)。上の 4 項の式で $p=a$、$q=b$、$r=a$、$s=b$ とすると
$$ (a+b)^2=(a+b)(a+b)=a^2+ab+ba+b^2=a^2+2ab+b^2 $$
である($ba=ab$ を使った)。この式の $b$ を $-b$ に置きかえると、$(-b)^2=b^2$ なので $(a-b)^2=a^2-2ab+b^2$ となる。また $r=a$、$s=-b$ とすると
$$ (a+b)(a-b)=a^2-ab+ba-b^2=a^2-b^2 $$
である($-ab+ba=0$)。
段 2(3)。$(x+a)(x+b)=x^2+xb+ax+ab=x^2+(a+b)x+ab$ である。
段 3(4)。段 1 の結果に $(a+b)$ をもう 1 回掛ける。
$$ (a+b)^3=(a^2+2ab+b^2)(a+b)=a^3+a^2b+2a^2b+2ab^2+ab^2+b^3=a^3+3a^2b+3ab^2+b^3 $$
である。$b$ を $-b$ に置きかえると、$(-b)^2=b^2$、$(-b)^3=-b^3$ なので $(a-b)^3=a^3-3a^2b+3ab^2-b^3$ となる。
段 4(5)。左の因数の 2 項と右の因数の 3 項を掛けて、6 つの項を作る。
$$ (a+b)(a^2-ab+b^2)=a^3-a^2b+ab^2+a^2b-ab^2+b^3=a^3+b^3 $$
である($-a^2b$ と $a^2b$、$ab^2$ と $-ab^2$ が消し合う)。$b$ を $-b$ に置きかえると、$(a-b)(a^2+ab+b^2)=a^3-b^3$ となる。
段 5(6)。3 項と 3 項を掛けて 9 つの項を作る。$a\cdot a,\ b\cdot b,\ c\cdot c$ の 3 つから $a^2+b^2+c^2$ が出る。残りの 6 つは $ab,\ ba,\ bc,\ cb,\ ca,\ ac$ で、2 つずつ等しいので $2ab+2bc+2ca$ になる。$\square$

公式を数で確かめておく。文字の等式は、どんな数を代入しても成り立つ(両辺が同じ多項式だから)。

乗法公式を数で確かめる
  1. $a=3$、$b=2$:$(3+2)^3=125$、右辺は $27+3\cdot9\cdot2+3\cdot3\cdot4+8=27+54+36+8=125$ である。
  2. $a=3$、$b=2$:$3^3+2^3=35$、$(3+2)(9-6+4)=5\cdot7=35$ である。
  3. $a=1$、$b=2$、$c=3$:$(1+2+3)^2=36$、右辺は $1+4+9+2(2+6+3)=14+22=36$ である。

公式 1 と 4 は、図で見ることもできる。1 辺が $a+b$ の正方形を、縦と横をそれぞれ $a$ と $b$ に分けて切ると、面積 $a^2$、$ab$、$ab$、$b^2$ の 4 つの長方形に分かれる(図 1)。立方体では 3 方向に切るので 8 個の直方体に分かれ、その体積は $a^3$ が 1 個、$a^2b$ が 3 個、$ab^2$ が 3 個、$b^3$ が 1 個である(図 2)。係数 $1,3,3,1$ は、3 つの方向のうち何個の方向で $b$ の側を選ぶかの数である。
1 辺 !FORMULA[125][36180880][0] の正方形を 4 つの長方形に分けると、面積が !FORMULA[126][-1114964640][0] になることを見る図(!FORMULA[127][36196721][0]、!FORMULA[128][36226481][0] で描いた)。 1 辺 $a+b$ の正方形を 4 つの長方形に分けると、面積が $a^2+2ab+b^2$ になることを見る図($a=3$、$b=2$ で描いた)。
1 辺 !FORMULA[129][36180880][0] の立方体を 8 個の直方体に分けると、体積が !FORMULA[130][-1697853228][0] になることを見る図。同じ色の直方体は同じ体積をもつ。 1 辺 $a+b$ の立方体を 8 個の直方体に分けると、体積が $a^3+3a^2b+3ab^2+b^3$ になることを見る図。同じ色の直方体は同じ体積をもつ。

係数は選び方の数

$(a+b)^3=(a+b)(a+b)(a+b)$ を展開すると、3 つの因数それぞれから $a$ か $b$ を 1 つずつ選んで掛けた $2^3=8$ 個の積が出る。そのうち $b$ をちょうど $k$ 個選んだものは $a^{3-k}b^k$ になり、その個数は 3 つの因数から $k$ 個を選ぶ選び方の数 ${}_3\mathrm{C}_k$ である。${}_3\mathrm{C}_0,{}_3\mathrm{C}_1,{}_3\mathrm{C}_2,{}_3\mathrm{C}_3=1,3,3,1$ が公式 4 の係数である。$(a+b)^n$ への一般化が 二項定理 で、二項定理と組合せの恒等式 で扱う。

因数分解は展開の逆

因数分解の公式は乗法公式を右から読んだもの

prop-eff-formulas の等式を右辺から左辺へ読むと、因数分解の公式になる。

  • $a^2+2ab+b^2=(a+b)^2$、$a^2-b^2=(a+b)(a-b)$
  • $x^2+(a+b)x+ab=(x+a)(x+b)$
  • $a^3+3a^2b+3ab^2+b^3=(a+b)^3$
  • $a^3+b^3=(a+b)(a^2-ab+b^2)$、$a^3-b^3=(a-b)(a^2+ab+b^2)$
    等式は左右どちら向きに読んでも正しいので、因数分解の公式を別に証明する必要はない。ただし、使う場面は違う。展開はいつでも機械的にできるが、因数分解では「どの公式の形に当てはまるか」を見抜く必要がある。見抜くための技法(最低次の文字で整理する、たすきがけ、複 2 次式など)は 因数分解の技法と既約性 でまとめる。
公式で因数分解する
  1. $27x^3+1$:$27x^3=(3x)^3$、$1=1^3$ なので、$a^3+b^3$ の公式で $a=3x$、$b=1$ として $(3x+1)(9x^2-3x+1)$ である。
  2. $8x^3-12x^2+6x-1$:$8x^3=(2x)^3$、$1=1^3$ で、$3(2x)^2\cdot1=12x^2$、$3\cdot2x\cdot1^2=6x$ なので、$(a-b)^3$ の形そのものである。よって $(2x-1)^3$ である。
  3. $x^6-1$:2 通りに分解してみる。
    • $x^6-1=(x^3)^2-1^2=(x^3-1)(x^3+1)$ とし、それぞれを 3 乗の公式で分けると $(x-1)(x^2+x+1)(x+1)(x^2-x+1)$ である。
    • $x^6-1=(x^2)^3-1^3=(x^2-1)(x^4+x^2+1)$ とすると、$x^2-1=(x-1)(x+1)$ である。残りの $x^4+x^2+1$ は、1 つ目の結果と比べると $(x^2+x+1)(x^2-x+1)$ に等しいはずである。実際、$(x^2+1)^2-x^2$ と書き直して $a^2-b^2$ の公式を使うと、$(x^2+1+x)(x^2+1-x)$ となる。

3 の 2 つ目の道筋では、$x^4+x^2+1$ で止まるとそれ以上分解できないように見える。どこまで分解できたら「終わり」なのかは、どの範囲の数を係数に許すかで決まる。その最も簡単な例が次の命題である。

平方の和は実数の範囲で分解できない

実数 $p,q,r,s$ をどう選んでも、文字 $a,b$ の式として
$$ a^2+b^2=(pa+qb)(ra+sb) $$
が成り立つことはない。定数項をつけて $(pa+qb+u)(ra+sb+w)$($u,w$ も実数)としても同じである。一方、虚数単位 $i$($i^2=-1$)を係数に許すと、$a^2+b^2=(a+bi)(a-bi)$ と分解できる。

係数を比べて矛盾を出す

方針:成り立つと仮定して右辺を展開し、両辺の係数を比べる。係数の条件から実数では起こりえない式を導く(背理法)。
段 1(展開)。右辺は $(pa+qb)(ra+sb)=pr\,a^2+(ps+qr)\,ab+qs\,b^2$ である。
段 2(係数を比べる)。両辺が文字 $a,b$ の式として等しいので、$a^2$、$ab$、$b^2$ の係数がそれぞれ等しい(多項式として等しい式は、同じ項の係数が等しい。恒等式と未定係数法 を参照)。よって
$$ pr=1,\qquad ps+qr=0,\qquad qs=1 $$
である。
段 3($p,q,r,s$ は $0$ でない)。$pr=1$ から $p\ne0$、$r\ne0$ で、$r=\frac1p$ である。$qs=1$ から $q\ne0$、$s\ne0$ で、$s=\frac1q$ である。
段 4(矛盾)。段 3 を $ps+qr=0$ に代入すると $\frac pq+\frac qp=0$ である。両辺に $pq$($\ne0$)を掛けると $p^2+q^2=0$ となる。実数の 2 乗は $0$ 以上で、$p\ne0$ なので $p^2>0$、よって $p^2+q^2>0$ である。これは $p^2+q^2=0$ に反する。したがって、そのような実数 $p,q,r,s$ はない。
段 5(定数項がある場合)。1 次式に定数項を許して $a^2+b^2=(pa+qb+u)(ra+sb+w)$ としても、分解はできない。右辺を展開すると、$a^2$、$ab$、$b^2$ の係数は段 2 と同じで、ほかに $a$ の係数 $pw+ur$、$b$ の係数 $qw+us$、定数項 $uw$ が出る。左辺にこれらの項はないので $pw+ur=0$、$qw+us=0$、$uw=0$ である。$uw=0$ から $u=0$ または $w=0$ である。$u=0$ なら $pw=0$ と $p\ne0$ から $w=0$、$w=0$ なら $ur=0$ と $r\ne0$ から $u=0$ となる。どちらでも $u=w=0$ で、段 1〜4 の形に戻るので、やはり矛盾する。
段 6(複素数の場合)。$(a+bi)(a-bi)=a^2-abi+abi-b^2i^2=a^2-b^2\cdot(-1)=a^2+b^2$ である。$\square$

段 4 で $p^2+q^2=0$ となる複素数 $p,q$ はある($p=1$、$q=i$ など)。それが段 6 の分解である。このように、分解できるかどうかは係数の範囲で変わる。この話題は 因数分解の技法と既約性 で詳しく扱う。

主定理:3 文字の 3 乗の和

$a^3+b^3=(a+b)(a^2-ab+b^2)$ は 2 文字の公式だった。3 文字にすると、$a^3+b^3+c^3$ そのものはきれいに分解できないが、$3abc$ を引いた式は分解できる。まず数で様子を見る。

数で様子を見る
  1. $a=1$、$b=2$、$c=3$:$a^3+b^3+c^3-3abc=1+8+27-18=18$ である。一方、$a+b+c=6$、$a^2+b^2+c^2-ab-bc-ca=1+4+9-2-6-3=3$ で、$6\times3=18$ となり一致する。
  2. $a=2$、$b=3$、$c=-5$:$a+b+c=0$ である。$a^3+b^3+c^3=8+27-125=-90$、$3abc=3\cdot2\cdot3\cdot(-5)=-90$ なので、$a^3+b^3+c^3-3abc=0$ になる。
3 乗の和から 3abc を引いた式の因数分解

文字 $a,b,c$ について、次の 2 つの等式が成り立つ。

  1. $a^3+b^3+c^3-3abc=(a+b+c)(a^2+b^2+c^2-ab-bc-ca)$
  2. $a^2+b^2+c^2-ab-bc-ca=\dfrac12\bigl\{(a-b)^2+(b-c)^2+(c-a)^2\bigr\}$
右辺を展開して左辺と比べる

方針:1 は右辺を分配法則で展開する。項が多いので、左の因数の $a$、$b$、$c$ を掛けた結果を 1 行ずつ書き、最後に縦に足す。2 も右辺を展開する。
段 1($a$ を掛ける)。
$$ a(a^2+b^2+c^2-ab-bc-ca)=a^3+ab^2+ac^2-a^2b-abc-a^2c $$
段 2($b$ を掛ける)。
$$ b(a^2+b^2+c^2-ab-bc-ca)=a^2b+b^3+bc^2-ab^2-b^2c-abc $$
段 3($c$ を掛ける)。
$$ c(a^2+b^2+c^2-ab-bc-ca)=a^2c+b^2c+c^3-abc-bc^2-ac^2 $$
段 4(足す)。3 行を足すと、次の 6 組が打ち消し合う。

項出てくる行と符号
$ab^2$段 1 で $+$、段 2 で $-$
$ac^2$段 1 で $+$、段 3 で $-$
$a^2b$段 1 で $-$、段 2 で $+$
$a^2c$段 1 で $-$、段 3 で $+$
$bc^2$段 2 で $+$、段 3 で $-$
$b^2c$段 2 で $-$、段 3 で $+$

残るのは $a^3$、$b^3$、$c^3$ と、各行に 1 つずつある $-abc$ の 3 つである。よって和は $a^3+b^3+c^3-3abc$ で、1 が示された。
段 5(2)。prop-eff-formulas の 1 により
$$ (a-b)^2+(b-c)^2+(c-a)^2=(a^2-2ab+b^2)+(b^2-2bc+c^2)+(c^2-2ca+a^2)=2a^2+2b^2+2c^2-2ab-2bc-2ca $$
である。両辺を $2$ で割ると 2 になる。$\square$

2 から、$a,b,c$ が実数なら $a^2+b^2+c^2-ab-bc-ca\ge0$ であり、等号は $(a-b)^2$、$(b-c)^2$、$(c-a)^2$ がすべて $0$、つまり $a=b=c$ のときだけ成り立つ。ここから次の系が出る。

3 乗の和が 3abc に等しくなる条件
  1. 文字 $a,b,c$ について、$a+b+c=0$ ならば $a^3+b^3+c^3=3abc$ である。
  2. $a,b,c$ が実数のとき、$a^3+b^3+c^3=3abc$ となるのは、$a+b+c=0$ または $a=b=c$ のときであり、そのときに限る。
  3. $a,b,c$ が $0$ 以上の実数ならば $a^3+b^3+c^3\ge3abc$ であり、等号は $a=b=c$ のときに限る。
2 つの因数の符号を見る

1:thm-eff-three-cubes の 1 で、右辺の因数 $a+b+c$ が $0$ なので、右辺は $0$ である。よって $a^3+b^3+c^3-3abc=0$ である。
2:thm-eff-three-cubes の 1 により、$a^3+b^3+c^3=3abc$ は $(a+b+c)(a^2+b^2+c^2-ab-bc-ca)=0$ と同じである。2 つの実数の積が $0$ になるのは、少なくとも一方が $0$ のときであり、そのときに限る。第 2 の因数が $0$ になるのは、上で見たとおり $a=b=c$ のときに限る。
3:$a,b,c\ge0$ なので $a+b+c\ge0$ であり、第 2 の因数も thm-eff-three-cubes の 2 により $0$ 以上である。よって積は $0$ 以上で、$a^3+b^3+c^3\ge3abc$ である。等号は 2 により $a+b+c=0$ または $a=b=c$ のときである。$a,b,c\ge0$ で $a+b+c=0$ なら $a=b=c=0$ なので、どちらの場合も $a=b=c$ である。逆に $a=b=c$ なら両辺は $3a^3$ で等しい。$\square$

系の 3 で $a,b,c$ を $\sqrt[3]{x}$、$\sqrt[3]{y}$、$\sqrt[3]{z}$($x,y,z\ge0$)に置きかえると、$\frac{x+y+z}3\ge\sqrt[3]{xyz}$、つまり 3 数の相加平均と相乗平均の不等式になる。これは 相加平均と相乗平均 で詳しく扱う。

系を使う計算
  1. $(x-y)^3+(y-z)^3+(z-x)^3$ の因数分解:$a=x-y$、$b=y-z$、$c=z-x$ とおくと $a+b+c=0$ なので、cor-eff-sum-zero の 1 により
    $$ (x-y)^3+(y-z)^3+(z-x)^3=3(x-y)(y-z)(z-x) $$
    である。$x=5$、$y=2$、$z=1$ で確かめると、左辺は $27+1-64=-36$、右辺は $3\cdot3\cdot1\cdot(-4)=-36$ である。
  2. $a^3+b^3+c^3=3abc$ を満たす実数の組の例:$a+b+c=0$ となる $(1,2,-3)$ では $1+8-27=-18$、$3\cdot1\cdot2\cdot(-3)=-18$ である。$a=b=c$ となる $(4,4,4)$ では $3\cdot64=192$、$3\cdot4\cdot4\cdot4=192$ である。

thm-eff-three-cubes の 1 は、剰余の定理と因数定理 を使うと、展開せずに「$a+b+c$ で割り切れる」ことまでは分かる。$a$ の多項式と見て $a=-(b+c)$ を代入すると、cor-eff-sum-zero の 1 の計算を先取りして
$$ -(b+c)^3+b^3+c^3+3bc(b+c)=-(b^3+3b^2c+3bc^2+c^3)+b^3+c^3+3b^2c+3bc^2=0 $$
となるからである。商を求めるには、結局割り算か展開が要る。

1 の 3 乗根でさらに分ける

thm-eff-three-cubes の第 2 の因数 $a^2+b^2+c^2-ab-bc-ca$ は、実数の範囲ではこれ以上 1 次式の積に分けられない。理由は短く言える。実数係数の 1 次式 $L_1,L_2$ でこの式が $L_1L_2$ に等しいとする。$L_1=0$ となる実数の点 $(a,b,c)$ 全体は空間の平面であり、その上では第 2 の因数も $0$ になる。しかし thm-eff-three-cubes の 2 により、第 2 の因数が $0$ になる実数の点は直線 $a=b=c$ の上にしかない。平面が 1 本の直線に含まれることはないので、矛盾である。一方、複素数を係数に許すと、2 つの 1 次式の積に分かれる。そのために 1 の 3 乗根を使う。

1 の虚数の 3 乗根

$$ \omega:=\frac{-1+\sqrt3\,i}2 $$
とおく。$\omega$ は次の 2 つの式を満たす。
$$ \omega^2+\omega+1=0,\qquad\omega^3=1 $$
実際、$\omega^2=\frac{1-2\sqrt3\,i+3i^2}4=\frac{-2-2\sqrt3\,i}4=\frac{-1-\sqrt3\,i}2$ なので $\omega^2+\omega+1=\frac{-1-\sqrt3\,i}2+\frac{-1+\sqrt3\,i}2+1=0$ である。この式に $\omega-1$ を掛けると、prop-eff-formulas の 5 により $\omega^3-1=0$ となる。$\omega$ は 3 乗すると $1$ になる虚数なので、1 の虚数の 3 乗根 という。$\omega^2$ も 1 の虚数の 3 乗根である($(\omega^2)^3=(\omega^3)^2=1$)。

$\omega$ の性質は 二項係数を余りで分けた和 でも詳しく扱う。以下でよく使うのは、$\omega+\omega^2=-1$、$\omega\cdot\omega^2=\omega^3=1$、$\omega^4=\omega^3\cdot\omega=\omega$ の 3 つである。

2 次の因数を $\omega$ で分ける

$$ a^2+b^2+c^2-ab-bc-ca=(a+\omega b+\omega^2c)(a+\omega^2b+\omega c) $$

展開して $\omega$ の関係を使う

方針:右辺を 9 つの項に展開し、係数に現れる $\omega$ の式を $\omega^3=1$ と $\omega+\omega^2=-1$ で整理する。
段 1(2 乗の項)。$a\cdot a=a^2$、$\omega b\cdot\omega^2b=\omega^3b^2=b^2$、$\omega^2c\cdot\omega c=\omega^3c^2=c^2$ である。
段 2($ab$ の項)。$a\cdot\omega^2b+\omega b\cdot a=(\omega^2+\omega)ab=-ab$ である。
段 3($bc$ の項)。$\omega b\cdot\omega c+\omega^2c\cdot\omega^2b=(\omega^2+\omega^4)bc=(\omega^2+\omega)bc=-bc$ である($\omega^4=\omega$)。
段 4($ca$ の項)。$a\cdot\omega c+\omega^2c\cdot a=(\omega+\omega^2)ca=-ca$ である。
段 5。段 1〜4 を合わせると $a^2+b^2+c^2-ab-bc-ca$ である。$\square$

thm-eff-three-cubes の 1 と合わせると、次の定理になる。

3 つの 1 次式への分解

$$ a^3+b^3+c^3-3abc=(a+b+c)(a+\omega b+\omega^2c)(a+\omega^2b+\omega c) $$

2 つの結果をつなぐ

thm-eff-three-cubes の 1 の右辺の第 2 の因数に、prop-eff-omega-quadratic を代入すればよい。$\square$

数で確かめる
  1. $a=1$、$b=2$、$c=3$。$\omega^2=-1-\omega$ を使うと
    $$ 1+2\omega+3\omega^2=1+2\omega-3-3\omega=-2-\omega,\qquad 1+2\omega^2+3\omega=1-2-2\omega+3\omega=-1+\omega $$
    である。積は $(-2-\omega)(-1+\omega)=2-2\omega+\omega-\omega^2=2-\omega-\omega^2=2+1=3$ で、ex-eff-three-cubes-preview の $a^2+b^2+c^2-ab-bc-ca=3$ と一致する。全体は $6\times3=18$ である。
  2. $c=0$ とすると、thm-eff-omega は $a^3+b^3=(a+b)(a+\omega b)(a+\omega^2b)$ になる。実際 $(a+\omega b)(a+\omega^2b)=a^2+(\omega+\omega^2)ab+\omega^3b^2=a^2-ab+b^2$ で、prop-eff-formulas の 5 と一致する。

$a,b,c$ が正の数のとき、$a+\omega b+\omega^2c$ は、複素数平面で長さ $a$、$b$、$c$ の矢印を $120^\circ$ ずつ向きを変えてつないだ先の点である($\omega$ を掛けると $120^\circ$ 回転する。複素数の掛け算は回転と拡大 を参照)。$a=b=c$ なら正三角形を一周してもとに戻るので $0$ になる(図 3)。これが、第 2 の因数が $a=b=c$ で $0$ になることの図による説明である。
!FORMULA[431][1724877722][0] を、向きが !FORMULA[432][821692164][0] ずつ変わる 3 本の矢印の和として描いた図。左は !FORMULA[433][-951166417][0] で和は !FORMULA[434][36120][0] でない点、右は !FORMULA[435][2073177511][0] で矢印が正三角形をつくり和が !FORMULA[436][36120][0] になることを見る。 $a+b\omega+c\omega^2$ を、向きが $120^\circ$ ずつ変わる 3 本の矢印の和として描いた図。左は $(a,b,c)=(1,2,3)$ で和は $0$ でない点、右は $a=b=c=2$ で矢印が正三角形をつくり和が $0$ になることを見る。

高校数学で解く・大学数学で見る:巡回行列の行列式

高校数学では、thm-eff-three-cubes は展開して確かめる公式である。大学の線形代数では、同じ式が 巡回行列 の 行列式 として現れ、$\omega$ による分解は行列の 固有値 の積として説明される。2 次の行列式 $ad-bc$ は 1次変換と行列式:面積の拡大率 で扱う。ここでは 3 次の行列式を式で定める。

3 次の行列式と巡回行列

3 行 3 列の数の表(3 次の正方行列)
$$ M=\begin{pmatrix}m_{11}&m_{12}&m_{13}\\ m_{21}&m_{22}&m_{23}\\ m_{31}&m_{32}&m_{33}\end{pmatrix} $$
の 行列式 を
$$ \det M:=m_{11}m_{22}m_{33}+m_{12}m_{23}m_{31}+m_{13}m_{21}m_{32}-m_{13}m_{22}m_{31}-m_{11}m_{23}m_{32}-m_{12}m_{21}m_{33} $$
で定める(Sarrus の方法と呼ばれる覚え方がある)。
各行が、1 つ上の行を右へ 1 つずらし、右端からはみ出した成分を左端へ回したものになっている行列を 巡回行列 という。3 次では
$$ C(a,b,c):=\begin{pmatrix}a&b&c\\ c&a&b\\ b&c&a\end{pmatrix} $$
の形の行列である。

行列式を計算する
  1. $M=\begin{pmatrix}1&2&0\\ 0&1&3\\ 4&0&1\end{pmatrix}$:定義の 6 つの積は、正の 3 つが $1\cdot1\cdot1=1$、$2\cdot3\cdot4=24$、$0\cdot0\cdot0=0$、負の 3 つが $0\cdot1\cdot4=0$、$1\cdot3\cdot0=0$、$2\cdot0\cdot1=0$ なので、$\det M=25$ である。
  2. $C(1,2,3)=\begin{pmatrix}1&2&3\\ 3&1&2\\ 2&3&1\end{pmatrix}$:正の 3 つが $1\cdot1\cdot1=1$、$2\cdot2\cdot2=8$、$3\cdot3\cdot3=27$、負の 3 つが $3\cdot1\cdot2=6$、$1\cdot2\cdot3=6$、$2\cdot3\cdot1=6$ なので、$\det C(1,2,3)=36-18=18$ である。これは ex-eff-three-cubes-preview の値 $18$ と同じである。
3 次の巡回行列の行列式

$$ \det C(a,b,c)=a^3+b^3+c^3-3abc $$

定義の 6 つの積を書き出す

$C(a,b,c)$ の成分は $m_{11}=m_{22}=m_{33}=a$、$m_{12}=m_{23}=m_{31}=b$、$m_{13}=m_{21}=m_{32}=c$ である。定義の 6 つの積はそれぞれ

  • $m_{11}m_{22}m_{33}=a^3$、$m_{12}m_{23}m_{31}=b^3$、$m_{13}m_{21}m_{32}=c^3$
  • $m_{13}m_{22}m_{31}=cab$、$m_{11}m_{23}m_{32}=abc$、$m_{12}m_{21}m_{33}=bca$
    である。よって $\det C(a,b,c)=a^3+b^3+c^3-3abc$ である。$\square$

次に、$\omega$ による分解の意味を見る。行列 $M$ と、$0$ でない縦ベクトル $v$、数 $\lambda$ が $Mv=\lambda v$ を満たすとき、$v$ を $M$ の 固有ベクトル、$\lambda$ を 固有値 という。

巡回行列の固有値

$t=0,1,2$ に対し $v_t:=\begin{pmatrix}1\\ \omega^t\\ \omega^{2t}\end{pmatrix}$、$\lambda_t:=a+b\,\omega^t+c\,\omega^{2t}$ とおくと、$C(a,b,c)\,v_t=\lambda_t\,v_t$ が成り立つ。つまり
$$ \lambda_0=a+b+c,\qquad\lambda_1=a+\omega b+\omega^2c,\qquad\lambda_2=a+\omega^2b+\omega^4c=a+\omega^2b+\omega c $$
は $C(a,b,c)$ の固有値である。

成分ごとに計算する

方針:$C(a,b,c)\,v_t$ の 3 つの成分を計算し、それぞれが $\lambda_t$ に $v_t$ の成分を掛けたものであることを、$\omega^3=1$ を使って確かめる。$u:=\omega^t$ と書くと、$u^3=(\omega^3)^t=1$ である。
段 1(第 1 成分)。$a\cdot1+b\cdot u+c\cdot u^2=\lambda_t$ で、これは $\lambda_t\cdot1$ である。
段 2(第 2 成分)。$c\cdot1+a\cdot u+b\cdot u^2$ である。$u^3=1$ より $c=cu^3$ なので、これは $u(a+bu+cu^2)=u\,\lambda_t$ に等しい。
段 3(第 3 成分)。$b\cdot1+c\cdot u+a\cdot u^2$ である。$b=bu^3$、$c\,u=c\,u^4$ なので、これは $u^2(a+bu+cu^2)=u^2\lambda_t$ に等しい。
段 4。$v_t$ の成分は $1,u,u^2$ なので、段 1〜3 は $C(a,b,c)\,v_t=\lambda_tv_t$ を表す。$v_t$ の第 1 成分は $1$ なので $v_t\ne0$ である。$\square$

固有値を数で確かめる

$C(1,2,3)$ と $v_1=(1,\omega,\omega^2)$ で確かめる。$\lambda_1=1+2\omega+3\omega^2=-2-\omega$(ex-eff-omega-check)である。$C(1,2,3)v_1$ の第 2 成分は $3+\omega+2\omega^2=3+\omega-2-2\omega=1-\omega$ である。一方 $\omega\lambda_1=-2\omega-\omega^2=-2\omega+1+\omega=1-\omega$ で、一致する。

行列式は固有値の積

prop-eff-circulant と prop-eff-circulant-eigen を並べると、thm-eff-omega は
$$ \det C(a,b,c)=\lambda_0\,\lambda_1\,\lambda_2 $$
と読める。これは偶然ではない。複素数を成分とする正方行列の行列式は、固有値を重複度の分だけ掛けた積に等しい(この記事では証明しない。Axl24 の 9.55)。これを使うには、$\lambda_0,\lambda_1,\lambda_2$ が重なりも込めて固有値の全部であることが要る。$\lambda_t$ は重なることがある($a=b=c$ なら $\lambda_1=\lambda_2=0$、$(a,b,c)=(1,0,0)$ なら 3 つとも $1$)ので、これは自明ではない。それを保証するのが、$v_0,v_1,v_2$ が 1 次独立であることである。実際、$v_0,v_1,v_2$ を並べた行列の行列式は $(\omega-1)(\omega^2-1)(\omega^2-\omega)=-3\sqrt3\,i\ne0$ である。1 次独立な 3 本の固有ベクトルがあるので、$C(a,b,c)$ の固有値は、重なりも込めてちょうど $\lambda_0,\lambda_1,\lambda_2$ になる(この記事では証明しない)。$a+b+c$、$a+\omega b+\omega^2c$、$a+\omega^2b+\omega c$ の 3 つは、巡回行列 $C(a,b,c)$ の 3 つの固有値だったのである。固有ベクトル $v_0,v_1,v_2$ が $a,b,c$ によらないことが巡回行列の特徴で、$n$ 次の巡回行列でも 1 の $n$ 乗根を並べたベクトルが固有ベクトルになる。この一般の場合は 離散Fourier変換と反転公式 で扱う。

2 次の場合

2 次の巡回行列 $\begin{pmatrix}a&b\\ b&a\end{pmatrix}$ の行列式は $a^2-b^2$ である。1 の 2 乗根は $1$ と $-1$ で、固有値は $a+b$ と $a-b$ である。実際、$\begin{pmatrix}a&b\\ b&a\end{pmatrix}\begin{pmatrix}1\\ -1\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}a-b\\ b-a\end{pmatrix}=(a-b)\begin{pmatrix}1\\ -1\end{pmatrix}$ である。固有値の積 $(a+b)(a-b)$ が $a^2-b^2$ で、乗法公式(prop-eff-formulas)の 2 と一致する。$a^2-b^2=(a+b)(a-b)$ は、thm-eff-omega の 2 次版なのである。

例と反例

公式が成り立つための前提を外すと、結論が崩れる。

外した前提崩れる主張ボックス
掛け算の交換法則 $ab=ba$$(a+b)^2=a^2+2ab+b^2$ex-eff-matrix-counterexample
係数が実数平方の和は分解できないprop-eff-sum-of-squares の段 6
$a,b,c$ が実数$a^2+b^2+c^2-ab-bc-ca=0\Rightarrow a=b=c$ex-eff-complex-counterexample
「$a+b+c=0$ または $a=b=c$」の片方だけを見る$a^3+b^3+c^3=3abc\Rightarrow a+b+c=0$ex-eff-converse-counterexample
反例:交換法則が成り立たない掛け算

2 次の行列 $A=\begin{pmatrix}1&1\\ 0&1\end{pmatrix}$、$B=\begin{pmatrix}1&0\\ 1&1\end{pmatrix}$ を考える。行列の積では
$$ AB=\begin{pmatrix}2&1\\ 1&1\end{pmatrix},\qquad BA=\begin{pmatrix}1&1\\ 1&2\end{pmatrix} $$
で、$AB\ne BA$ である。分配法則は行列でも成り立つので $(A+B)^2=A^2+AB+BA+B^2$ となるが、$AB+BA$ は $2AB$ にならない。実際、$A+B=\begin{pmatrix}2&1\\ 1&2\end{pmatrix}$ より $(A+B)^2=\begin{pmatrix}5&4\\ 4&5\end{pmatrix}$ である。一方 $A^2=\begin{pmatrix}1&2\\ 0&1\end{pmatrix}$、$B^2=\begin{pmatrix}1&0\\ 2&1\end{pmatrix}$ なので $A^2+2AB+B^2=\begin{pmatrix}6&4\\ 4&4\end{pmatrix}$ で、$(A+B)^2$ と異なる。乗法公式(prop-eff-formulas)の証明で使った $ba=ab$ が、ここで破れている。

反例:複素数では第 2 の因数が 0 でも $a=b=c$ とは限らない

$a=1$、$b=\omega$、$c=\omega^2$ とする。3 つは異なる数である。$\omega^3=1$、$\omega^4=\omega$、$\omega+\omega^2=-1$ を使うと
$$ a^2+b^2+c^2-ab-bc-ca=1+\omega^2+\omega^4-\omega-\omega^3-\omega^2=1+\omega^2+\omega-\omega-1-\omega^2=0 $$
である。thm-eff-three-cubes の 2 から「$0$ なら $a=b=c$」を導くときには、「実数の 2 乗は $0$ 以上」を使った。複素数ではこれが成り立たない($(1-\omega)^2$ は実数ですらない)。prop-eff-omega-quadratic で見ると、このとき因数 $a+\omega^2b+\omega c=1+\omega^3+\omega^3=3$ は $0$ でないが、因数 $a+\omega b+\omega^2c=1+\omega^2+\omega^4=1+\omega^2+\omega=0$ が $0$ になっている。

反例:$a^3+b^3+c^3=3abc$ でも $a+b+c=0$ とは限らない

$a=b=c=1$ とすると、$a^3+b^3+c^3=3$、$3abc=3$ で等しいが、$a+b+c=3\ne0$ である。cor-eff-sum-zero の 1 の逆は成り立たず、2 のとおり「$a=b=c$」の場合が加わる。

さらに先へ

  • $n$ 次の巡回行列の行列式は、1 の原始 $n$ 乗根 $\zeta$($n$ 乗して初めて $1$ になる数。たとえば $\zeta=\cos\frac{2\pi}n+i\sin\frac{2\pi}n$)を使って $\prod_{t=0}^{n-1}\bigl(c_0+c_1\zeta^t+\dots+c_{n-1}\zeta^{(n-1)t}\bigr)$ と 1 次式の積に分かれる。$n=2$ が $a^2-b^2=(a+b)(a-b)$、$n=3$ が thm-eff-omega である。固有ベクトルの計算は 離散Fourier変換と反転公式 にある。
  • 乗法公式が文字の値によらずいつでも成り立つのは、掛け算が分配法則と交換法則を満たす数の体系、つまり 可換環 である。整数・有理数・実数・複素数・多項式はどれも可換環で、行列全体は可換環ではない(ex-eff-matrix-counterexample)。
  • どこまで因数分解できるか(既約性)は、係数の範囲で変わる。有理数の範囲・実数の範囲・複素数の範囲での違いは 因数分解の技法と既約性 で扱う。

関連項目

参考文献

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