Feketeの補題(Fekete's lemma)とは、すべての $m,n\ge1$ で $a_{m+n}\le a_m+a_n$ を満たす実数列について、$a_n/n$ の極限が $[-\infty,\infty)$ の中に必ず存在し、$\inf_m a_m/m$ に等しいという定理である。証明は $n$ を $m$ で割った商と余りに分けるだけでよく、非負の数列で $b_{m+n}\le b_mb_n$ なら $b_n^{1/n}$ が収束するという乗法版、不等号を逆にした優加法版も従う。作用素の冪のノルム $\|T^n\|^{1/n}$ の極限(スペクトル半径)、格子上の自己回避歩行の数の増え方(連結定数)、禁止語をもつ語の数、定常な確率変数列のエントロピー率などの存在をこれ一つで示せる。連続変数の関数でも、局所的に上に有界なら同じ結論が成り立つ。
数列 $(a_n)$ が $a_{m+n}\le a_m+a_n$ を満たすとき、$a_n/n$ は必ず極限をもち($-\infty$ のこともある)、その極限は $\inf_m a_m/m$ に等しい。これが Feketeの補題(Fekete's lemma)である。長さ $m+n$ のものを長さ $m$ と $n$ のものに分けると量が「多くても足し算まで」に抑えられる、という状況は多い。積に対する版 $b_{m+n}\le b_mb_n$ に直せば、作用素の冪のノルム $\|T^n\|$、格子上の自己回避歩行の数、禁止語をもつ語の数などが当てはまり、どれも $n$ 乗根の極限、つまり指数的な増え方の率が存在することが従う。
補題の要点は、仮定が「すべての $m,n$ について」の不等式だけで、極限の存在を何も仮定していないことにある。証明は $n$ を $m$ で割った商と余りに分けるだけで済む。この記事では、補題とその乗法版・優加法版を証明し、スペクトル半径・自己回避歩行・語の数え上げ・エントロピー率への応用、連続変数の版、仮定を弱めたときの反例を述べる。
以下、数列の添字は $1$ から始める。
実数列 $(a_n)_{n\ge1}$ が 劣加法的 であるとは、
$$
a_{m+n}\le a_m+a_n\qquad(m,n\ge1)
$$
が成り立つことをいう。不等号の向きを逆にしたものを 優加法的 という。また、$b_n\ge0$ である数列 $(b_n)_{n\ge1}$ が $b_{m+n}\le b_mb_n$($m,n\ge1$)を満たすとき 劣乗法的 という。
劣加法的なら、$m$ を固定して帰納法で $a_{qm}\le qa_m$($q\ge1$)である($a_{(q+1)m}\le a_{qm}+a_m$)。同じく $a_{m_1+\dots+m_k}\le a_{m_1}+\dots+a_{m_k}$ が成り立つ。
$(a_n)_{n\ge1}$ を劣加法的な実数列とする。このとき極限 $\displaystyle\lim_{n\to\infty}\frac{a_n}{n}$ は $[-\infty,\infty)$ の中に存在し、
$$
\lim_{n\to\infty}\frac{a_n}{n}=\inf_{m\ge1}\frac{a_m}{m}
$$
が成り立つ。
$\ell:=\inf_{m\ge1}a_m/m\in[-\infty,\infty)$ とおく。どの $n$ でも $a_n/n\ge\ell$ なので $\liminf_na_n/n\ge\ell$ である。したがって、各 $m\ge1$ について
$$
\limsup_{n\to\infty}\frac{a_n}{n}\le\frac{a_m}{m}\qquad(\ast)
$$
を示せば、$m$ について下限をとって $\limsup_na_n/n\le\ell\le\liminf_na_n/n$ となり、極限が存在して $\ell$ に等しい($\ell=-\infty$ なら $a_n/n\to-\infty$ の意味)。
$m$ を固定し、$C_m:=\max\{a_1,\dots,a_m\}$ とおく。$n\ge1$ を $n=qm+r$($q\ge0$ は整数、$1\le r\le m$)と書く(余りを $1$ から $m$ の範囲にとるので、$a_0$ は現れない)。$q\ge1$ なら劣加法性と上の注意から
$$
a_n\le a_{qm}+a_r\le qa_m+C_m
$$
であり、$q=0$ なら $a_n=a_r\le C_m=qa_m+C_m$ である。どちらの場合も $a_n/n\le(q/n)a_m+C_m/n$ である。$n\to\infty$ のとき $q/n=(n-r)/(mn)\to1/m$、$C_m/n\to0$ なので、右辺は $a_m/m$ に収束し、$(\ast)$ が得られる。$\square$
証明の評価 $a_n\le qa_m+C_m$ で、商 $q$ を $n/m$ に置き換えてはいけない。$q\le n/m$ なので、$a_m<0$ のときは $qa_m\ge(n/m)a_m$ となり、評価の向きが逆になる。たとえば $a_n=-n$(等号で劣加法的)では、$n=qm+r$($1\le r< m$)について $(n/m)a_m+a_r=-n-r<-n=a_n$ であり、「$a_n\le(n/m)a_m+a_r$」は成り立たない。
$(b_n)_{n\ge1}$ を劣乗法的な数列($b_n\ge0$)とする。このとき
$$
\lim_{n\to\infty}b_n^{1/n}=\inf_{m\ge1}b_m^{1/m}\in[0,\infty)
$$
が存在する。
すべての $n$ で $b_n>0$ なら、$a_n:=\log b_n$ は劣加法的な実数列なので、thm-fek-main により $a_n/n\to\inf_ma_m/m\in[-\infty,\infty)$ である。指数関数をとれば($e^{-\infty}:=0$)主張を得る。ある $m$ で $b_m=0$ なら、$k\ge1$ について $b_{m+k}\le b_mb_k=0$ なので、$n\ge m$ で $b_n=0$ であり、極限と下限はどちらも $0$ である。$\square$
$(a_n)_{n\ge1}$ を優加法的な実数列とすると、$\displaystyle\lim_{n\to\infty}\frac{a_n}{n}=\sup_{m\ge1}\frac{a_m}{m}\in(-\infty,\infty]$ である。
$-a_n$ は劣加法的なので、thm-fek-main を $(-a_n)$ に使い、符号を戻せばよい。$\square$
$T$ を実または複素の Banach 空間 $X$ 上の有界作用素とする。$b_n:=\|T^n\|$ は $\|T^{m+n}\|\le\|T^m\|\,\|T^n\|$ により劣乗法的なので、cor-fek-submultiplicative により
$$
r(T):=\lim_{n\to\infty}\|T^n\|^{1/n}=\inf_{m\ge1}\|T^m\|^{1/m}\le\|T\|
$$
が存在する。冪零な $T$(ある $m$ で $T^m=0$)では $\log\|T^n\|$ が実数にならないが、乗法版ではその場合も含めて扱える。複素の場合、この極限がスペクトルの絶対値の最大値に等しいことが Gelfand の公式である(スペクトル半径 の命題「冪のノルムの根の極限」と定理「Gelfand のスペクトル半径公式」)。Bre11 の演習 6.23(pp. 177–178)は、実 Banach 空間の上で $a_n=\log\|T^n\|$ の劣加法性からこの極限を導き、スペクトルとの関係を調べる形になっている。
たとえば $L^p(0,1)$($1\le p\le\infty$)上の Volterra 作用素 $(Vu)(t)=\int_0^tu(s)\,ds$ は $\|V^n\|\le1/n!$ を満たす(Volterra作用素)。$n!\ge(n/2)^{n/2}$($n!$ の後ろ半分の因子はどれも $n/2$ 以上)から $(1/n!)^{1/n}\le(2/n)^{1/2}\to0$ なので、$r(V)=0$ である。
$d\ge1$ とする。$\mathbb Z^d$ の原点から出発し、各歩で座標の 1 つを $\pm1$ だけ動かす $n$ 歩の道 $(x_0=0,x_1,\dots,x_n)$ のうち、点 $x_0,\dots,x_n$ がすべて異なるものを 自己回避歩行 といい、その個数を $c_n$ とする。
有限集合 $A$ の元を並べた有限列(語)の集合 $L$ が、語の連続した部分を取り出す操作で閉じているとする。長さ $n$ の $L$ の語の数を $N(n)$ とすると、長さ $m+n$ の語は長さ $m$ の頭と長さ $n$ の尾に一意に分かれ、どちらも $L$ に入るので $N(m+n)\le N(m)N(n)$ である。よって $\lim_nN(n)^{1/n}$ が存在する(記号力学ではその対数を位相的エントロピーと呼ぶ)。
$A=\{0,1\}$ で、$11$ を含まない語の全体を $L$ とすると、長さ $n\ge3$ の語は末尾が $0$ なら長さ $n-1$ の語に $0$ を、末尾が $1$ なら長さ $n-2$ の語に $01$ を付けたものなので、$N(n)=N(n-1)+N(n-2)$、$N(1)=2$、$N(2)=3$ である。$N(n)$ は Fibonacci数 $F_{n+2}$ で、$N(n)^{1/n}\to\frac{1+\sqrt5}2$ である。
有限集合に値をとる確率変数の列 $X_1,X_2,\dots$ が 定常 である、すなわち各 $n$ について $(X_{k+1},\dots,X_{k+n})$ の同時分布が $k\ge0$ によらないとする。$H_n:=H(X_1,\dots,X_n)$(エントロピー)とおくと、同記事の定理「連鎖律と劣加法性」により $H_{m+n}\le H(X_1,\dots,X_m)+H(X_{m+1},\dots,X_{m+n})$ で、定常性から第 2 項は $H_n$ に等しい。よって $(H_n)$ は劣加法的で、$H_n\ge0$ なので極限 $\lim_nH_n/n=\inf_nH_n/n\in[0,\infty)$ が存在する。これを列の エントロピー率 という。
優加法的な例もある。
$k\ge2$ とし、$X_1,X_2,\dots$ と $Y_1,Y_2,\dots$ を $\{1,\dots,k\}$ の上の一様分布に従う独立な確率変数とする。語 $X_1\cdots X_n$ と $Y_1\cdots Y_n$ の共通部分列(両方から文字を順序を保って取り出して得られる同じ語)の最大の長さを $L_n$ とし、$\ell_n:=\mathbb E[L_n]$ とおく。
$X_1\cdots X_m$ と $Y_1\cdots Y_m$ の最長共通部分列の後ろに、$X_{m+1}\cdots X_{m+n}$ と $Y_{m+1}\cdots Y_{m+n}$ の最長共通部分列をつなげると、長さ $m+n$ の 2 語の共通部分列になる。後半の 2 語の組は前半と同じ分布なので、期待値をとって $\ell_{m+n}\ge\ell_m+\ell_n$ である。$\ell_n\le n$ なので、prop-fek-superadditive により極限 $\gamma_k:=\lim_n\ell_n/n=\sup_n\ell_n/n\in(0,1]$ が存在する($\ell_1=1/k>0$)。$\gamma_k$ の正確な値は一般には知られていないが、存在は Feketeの補題だけで分かる。
確率変数の族 $X_{m,n}$ が $X_{0,m+n}\le X_{0,m}+X_{m,m+n}$ と定常性などの条件を満たすとき、$X_{0,n}/n$ がほとんど確実に収束することを述べるのが劣加法的エルゴード定理である(エルゴード定理 の節「補足」)。このとき期待値の列 $\mathbb E[X_{0,n}]$ は劣加法的になり、その $n$ で割った極限の存在は Feketeの補題から従う。この記事では劣加法的エルゴード定理を証明しない。
関数 $f\colon(0,\infty)\to\mathbb R$ が $f(s+t)\le f(s)+f(t)$($s,t>0$)を満たすとき、$f$ を劣加法的という。数列の場合と違って、劣加法性だけでは $f(t)/t$ の極限が存在するとは限らない(選択公理を使う反例が下の表の 2 行目)。局所的な有界性を足すと、数列と同じ結論が成り立つ。
$f\colon(0,\infty)\to\mathbb R$ を劣加法的とし、各 $s>0$ について $f$ が区間 $[s,2s]$ の上で上に有界であるとする。このとき
$$
\lim_{t\to\infty}\frac{f(t)}{t}=\inf_{s>0}\frac{f(s)}{s}\in[-\infty,\infty)
$$
が成り立つ。
$\ell:=\inf_{s>0}f(s)/s$ とおくと $\liminf_{t\to\infty}f(t)/t\ge\ell$ である。$s>0$ を固定し、$M_s:=\sup_{[s,2s]}f< \infty$ とおく。$t\ge s$ について $q:=\lfloor t/s\rfloor-1\ge0$、$r:=t-qs$ とおくと $s\le r<2s$ である。$q\ge1$ なら劣加法性を $q$ 回使って $f(t)\le qf(s)+f(r)\le qf(s)+M_s$ であり、$q=0$ でも $f(t)=f(r)\le M_s$ なので同じ不等式が成り立つ。$t\to\infty$ のとき $q/t\to1/s$ なので
$$
\limsup_{t\to\infty}\frac{f(t)}{t}\le\limsup_{t\to\infty}\Bigl(\frac qtf(s)+\frac{M_s}{t}\Bigr)=\frac{f(s)}{s}
$$
である。$s$ について下限をとれば $\limsup_tf(t)/t\le\ell$ となる。$\square$
たとえば $f$ が連続なら、閉区間の上で有界なので仮定を満たす。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| すべての $m,n$ での劣加法性($m=n$ の場合 $a_{2n}\le2a_n$ だけにする) | $n$ が奇数なら $a_n=n$、偶数なら $a_n=0$ | $a_n/n$ が収束する |
| $[s,2s]$ の上で上に有界(prop-fek-continuous) | 一次関数でない加法的関数 $f\colon\mathbb R\to\mathbb R$ の $(0,\infty)$ への制限 | $f(t)/t$ が $t\to\infty$ で収束する |
1 行目:$a_{2n}=0\le2a_n$($a_n\ge0$)なので弱い条件は満たす。$a_3=3>a_1+a_2=1+0$ なので劣加法的ではない。$a_n/n$ は奇数番目で $1$、偶数番目で $0$ なので収束しない。
2 行目:加法的関数 $f(s+t)=f(s)+f(t)$ は劣加法的である。一次関数でない加法的関数は選択公理を使って作れ、そのグラフは $\mathbb R^2$ で稠密である(Hamel基底 の定理「一次関数でない加法的関数」)。任意の $c\in\mathbb R$ と $T>0$ について、点 $(T+1,c(T+1))$ の近くにグラフの点 $(t,f(t))$ があり、$t>T$、$\lvert f(t)/t-c\rvert<1$ とできる。よって $c$ と $c'$ が離れていれば、$f(t)/t$ は $t\to\infty$ で $c$ の近くの値と $c'$ の近くの値を何度もとり、収束しない。このような $f$ はどの区間の上でも上に有界でない(同記事の定理「一次関数になる条件」)。
作用素の冪のノルムについて劣加法性から極限を導く形は Bre11 の演習 6.23(pp. 177–178)にある。thm-fek-main、cor-fek-submultiplicative、prop-fek-superadditive、prop-fek-continuous と例は、この記事の中で証明した。
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