対角化(diagonalization)とは、体 $K$ 上の正方行列 $A$ に対して正則行列 $P$ を見つけ、$P^{-1}AP$ を対角行列 $D$ にすることであり、それができる行列を対角化可能という。$P$ の列は $A$ の固有ベクトルからなる基底で、$D$ の対角成分は重複度を込めた固有値になり、$A^k=PD^kP^{-1}$ のように冪の計算が対角成分ごとの計算に帰着する。$n$ 次正方行列は相異なる $n$ 個の固有値をもてば対角化できるが、$\begin{pmatrix}1&1\\0&1\end{pmatrix}$ のように固有ベクトルが足りない行列や、実数の上の回転のように固有値が $K$ に足りない行列は対角化できない。対角化可能な 2 つの行列を同じ $P$ で同時に対角化できることは、それらが可換であることと同値である。
行列 $A=\begin{pmatrix}4&1\\2&3\end{pmatrix}$ の 10 乗を、積を 9 回繰り返して求めるのは大変である。ところが $A$ には
$$
A\begin{pmatrix}-1\\2\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}-2\\4\end{pmatrix}=2\begin{pmatrix}-1\\2\end{pmatrix},\qquad A\begin{pmatrix}1\\1\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}5\\5\end{pmatrix}=5\begin{pmatrix}1\\1\end{pmatrix}
$$
という 2 つの特別な方向(固有ベクトル)があり、それぞれの方向では $A$ はただの $2$ 倍と $5$ 倍である。この 2 本を並べた $P=\begin{pmatrix}-1&1\\2&1\end{pmatrix}$ を使うと
$$
P^{-1}AP=\begin{pmatrix}2&0\\0&5\end{pmatrix}
$$
となり、$A=P\operatorname{diag}(2,5)P^{-1}$ から $A^{10}=P\operatorname{diag}(2^{10},5^{10})P^{-1}=\begin{pmatrix}6510758&3254867\\6509734&3255891\end{pmatrix}$ が掛け算 2 回で求まる。このように、正則行列 $P$ を見つけて $P^{-1}AP$ を対角行列にすることを 対角化 という。同じ方法で $\begin{pmatrix}1&1\\1&0\end{pmatrix}^{10}=\begin{pmatrix}89&55\\55&34\end{pmatrix}$ の成分に現れる Fibonacci数 の一般項も求まる(ex-diag-fibonacci)。
すべての正方行列が対角化できるわけではない。$\begin{pmatrix}1&1\\0&1\end{pmatrix}$ は固有ベクトルの方向が 1 本しかなく、対角化できない(ex-diag-jordan-block)。対角化できるかどうかの判定定理は 固有値 の記事の定理「対角化可能性の判定」にあるので、本記事ではそれを引用し、対角化の手順がなぜ正しいか、冪と多項式の計算への応用、可換な行列の同時対角化、係数の体による違い(実数と複素数、標数 $2$)を扱う。
以下、$K$ は体とし、$M_n(K)$ で $K$ の元を成分とする $n$ 次正方行列の全体を表す。$K^n$ の元は列ベクトルとする。
線形変換の定義は 固有値 の記事の定義「対角化可能な線形変換」と同じである。基底を取り替えると表現行列は $P^{-1}AP$ の形(相似な行列。行列の相似)に変わる(線形代数学 の記事の定理「表現行列と基底の取り替え」の 3)ので、$T$ が対角化可能であることと、ある(したがってどの)基底に関する表現行列が行列として対角化可能であることは同値である。行列 $A$ の対角化可能性は、線形変換 $x\mapsto Ax$ の対角化可能性と同じである(prop-diag-eigenvectors)。対角化可能性は係数の体 $K$ による。実数を成分とする行列でも、実数の上では対角化できず複素数の上では対角化できることがある(ex-diag-rotation)。
行列 $A$ を線形変換 $x\mapsto Ax$ とみると、一般には各方向を回したり傾けたりする。対角化できる行列は、うまく選んだ $n$ 本の方向(固有ベクトル)のそれぞれを、その方向に沿って $\lambda_i$ 倍するだけの変換である。$P$ はこの方向を座標軸にとる座標変換、$D$ はその座標で見た $A$ の姿である。$A$ を何回も掛ける、$A$ の多項式や指数関数を計算する、$x_{n+1}=Ax_n$ のような線形の漸化式や連立の線形微分方程式を解く、といった操作は、座標軸ごとに独立な 1 次元の問題に分かれる。
対角化できない原因は 2 つある。1 つは固有多項式の根が $K$ の中に足りないこと(実数の上の回転)、もう 1 つは根が重なったところで固有ベクトルの方向が足りないこと($\begin{pmatrix}1&1\\0&1\end{pmatrix}$)である。前者は係数の体を広げれば解消するが、後者は解消せず、対角行列の代わりに Jordan標準形 が要る。
成分がすべて $1$ の $3$ 次正方行列 $J$ を考える。$J(1,1,1)^{\top}=3(1,1,1)^{\top}$ であり、成分の和が $0$ のベクトル $x$ では $Jx=0$ である。$\ker J=\{x\mid x_1+x_2+x_3=0\}$ は $2$ 次元で、$(1,-1,0)^{\top}$、$(1,0,-1)^{\top}$ が基底である。これらを並べた
$$
P=\begin{pmatrix}1&1&1\\1&-1&0\\1&0&-1\end{pmatrix}\qquad(\det P=3)
$$
について $P^{-1}JP=\operatorname{diag}(3,0,0)$ である。固有値 $0$ は固有多項式 $x^2(x-3)$ の重根だが、その固有空間が $2$ 次元あるので対角化できる。「相異なる $n$ 個の固有値をもつ」は対角化可能であるための十分条件であって、必要条件ではない。
$N=\begin{pmatrix}1&1\\0&1\end{pmatrix}$ の固有多項式は $(x-1)^2$ で、固有値は $1$ だけである。$(N-I)x=0$ は $x_2=0$ なので固有空間は $\operatorname{span}\{(1,0)^{\top}\}$ の $1$ 次元であり、固有ベクトルからなる $K^2$ の基底は存在しない。したがって $N$ はどんな体 $K$ の上でも対角化できない。実際、もし $P^{-1}NP=D$ が対角行列なら、$D$ の対角成分は $N$ の固有値なので $D=I$ となり、$N=PIP^{-1}=I$ となって矛盾する。この例は「固有多項式が 1 次式の積に分解する」を満たすが「対角化可能」を満たさないので、固有多項式の分解だけでは対角化可能性は従わない。破れているのは「幾何重複度(固有空間の次元 $1$)と代数重複度($2$)が等しい」という条件である(固有値 の記事の定理「対角化可能性の判定」の 4)。
$90$ 度の回転 $R=\begin{pmatrix}0&-1\\1&0\end{pmatrix}$ の固有多項式は $x^2+1$ で、実数の根をもたない。したがって $R$ は実数の固有値をもたず、$\mathbb{R}$ 上では対角化できない(対角化できれば $D$ の対角成分が実数の固有値になる)。一方 $\mathbb{C}$ 上では固有値 $i$、$-i$ をもち、$R(i,1)^{\top}=(-1,i)^{\top}=i\,(i,1)^{\top}$、$R(-i,1)^{\top}=-i\,(-i,1)^{\top}$ なので
$$
P=\begin{pmatrix}i&-i\\1&1\end{pmatrix},\qquad P^{-1}RP=\begin{pmatrix}i&0\\0&-i\end{pmatrix}
$$
と対角化できる。この例は、対角化可能性が行列だけでなく係数の体によって決まることを示す。
$S=\begin{pmatrix}0&1\\1&0\end{pmatrix}$ は $\mathbb{Q}$ や $\mathbb{R}$ の上では固有値 $1$(固有ベクトル $(1,1)^{\top}$)と $-1$(固有ベクトル $(1,-1)^{\top}$)をもち、$P=\begin{pmatrix}1&1\\1&-1\end{pmatrix}$ で対角化できる。ところが 2 元体 $\mathbb{F}_2$($1+1=0$)の上では $-1=1$ なので固有多項式は $x^2-1=(x-1)^2$ となり、固有空間 $\ker(S-I)=\{x\mid x_1+x_2=0\}=\operatorname{span}\{(1,1)^{\top}\}$ は $1$ 次元しかない。したがって $S$ は $\mathbb{F}_2$ 上では対角化できない。上の $P$ も $\mathbb{F}_2$ では $\det P=-2=0$ となって正則でなくなる。この例は、成分が $0$ と $1$ だけの同じ行列でも、体の標数によって「対角化可能」が成り立ったり破れたりすることを示す。
条件を 1 つ外した反例を表にまとめる。最後の 2 行の例は thm-diag-simultaneous の後で確かめ、ほかの行の確認は上の反例の箱にある。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| 幾何重複度と代数重複度が等しい | $\begin{pmatrix}1&1\\0&1\end{pmatrix}$ | 対角化可能である |
| 固有多項式が $K$ 上で 1 次式の積に分解する | $90$ 度の回転($\mathbb{R}$ 上) | 対角化可能である |
| 標数が $2$ でない(同じ行列を $\mathbb{F}_2$ 上で見る) | $\begin{pmatrix}0&1\\1&0\end{pmatrix}$ | 対角化可能である |
| 可換(thm-diag-simultaneous) | $\operatorname{diag}(1,2)$ と $\begin{pmatrix}1&1\\0&2\end{pmatrix}$ | 同時に対角化できる |
| 両方が対角化可能(thm-diag-simultaneous) | $I$ と $\begin{pmatrix}1&1\\0&1\end{pmatrix}$ | 同時に対角化できる |
$A\in M_n(K)$、$p_1,\dots,p_n\in K^n$、$\lambda_1,\dots,\lambda_n\in K$ とし、$p_j$ を第 $j$ 列とする行列を $P=(p_1\ \cdots\ p_n)$、$D:=\operatorname{diag}(\lambda_1,\dots,\lambda_n)$ とする。次は同値である。
$AP$ の第 $j$ 列は $Ap_j$、$PD$ の第 $j$ 列は $\lambda_jp_j$ である。よって $AP=PD$ は「すべての $j$ で $Ap_j=\lambda_jp_j$」と同値である。
1 ⇒ 2:$P$ が正則なので、その列は線形独立である(正則行列 の記事の定理「正則性の同値条件」)。$P^{-1}AP=D$ の両辺に左から $P$ を掛けると $AP=PD$ である。
2 ⇒ 1:$n$ 本の線形独立なベクトル $p_1,\dots,p_n$ を列とする正方行列は正則である(同じ定理)。$AP=PD$ の両辺に左から $P^{-1}$ を掛けると $P^{-1}AP=D$ である。
最後の主張について。$n$ 本の線形独立なベクトルは $K^n$ の基底であり(基底と次元 の記事の命題「有限次元空間における独立系と生成系」の 1)、線形独立な族は $0$ を含まないので、2 の $p_j$ は固有値 $\lambda_j$ に属する固有ベクトルである。逆に固有ベクトルからなる基底があれば、それを並べて 2 が成り立つ。$\square$
この命題から、対角化の手順は次のようになる。
$A\in M_n(K)$ が $P^{-1}AP=D=\operatorname{diag}(d_1,\dots,d_n)$ と対角化されるとき、$d_1,\dots,d_n$ は $A$ の固有値を重複度(固有多項式の根としての重複度)の分だけ並べたものである。したがって $D$ は対角成分の並べ方を除いて $A$ だけで決まる。一方 $P$ は一意ではない。
固有値 の記事の命題「固有多項式の相似不変性」により $p_A=p_D=\prod_{j=1}^n(x-d_j)$ である。体上の多項式の 1 次式の積への分解は順序を除いて一意であるから、各 $\lambda$ が $d_1,\dots,d_n$ の中に現れる回数は $p_A$ の根としての $\lambda$ の重複度に等しい。$P$ が一意でないことは、$P$ の各列を $0$ でない定数倍しても 2 の条件(prop-diag-eigenvectors)が保たれることからわかる。$\square$
$A\in M_n(K)$ がある $k\ge1$ で $A^k=O$ を満たし、$A\ne O$ なら、$A$ は対角化できない。
$Av=\lambda v$($v\ne0$)なら $0=A^kv=\lambda^kv$ なので $\lambda=0$ である。$A$ が $P^{-1}AP=D$ と対角化できたとすると、$D$ の対角成分は固有値なので(prop-diag-uniqueness)すべて $0$ で $D=O$、したがって $A=PDP^{-1}=O$ となり仮定に反する。$\square$
$P^{-1}AP=D=\operatorname{diag}(\lambda_1,\dots,\lambda_n)$ とする。任意の多項式 $f\in K[x]$ について
$$
f(A)=P\,\operatorname{diag}\bigl(f(\lambda_1),\dots,f(\lambda_n)\bigr)\,P^{-1}
$$
である。とくに $k\ge0$ について $A^k=P\operatorname{diag}(\lambda_1^k,\dots,\lambda_n^k)P^{-1}$ である。
$A=PDP^{-1}$ なので、$k\ge1$ について $A^k=PDP^{-1}PDP^{-1}\cdots PDP^{-1}=PD^kP^{-1}$ である(間の $P^{-1}P=I$ が消える。数学的帰納法で $A^{k+1}=A^kA=PD^kP^{-1}PDP^{-1}=PD^{k+1}P^{-1}$)。$k=0$ でも $A^0=I=PIP^{-1}$ である。対角行列の積は対角成分ごとの積なので $D^k=\operatorname{diag}(\lambda_1^k,\dots,\lambda_n^k)$ である。$f(x)=\sum_kc_kx^k$ なら、和とスカラー倍も $P(\cdot)P^{-1}$ と両立するので $f(A)=\sum_kc_kPD^kP^{-1}=P\bigl(\sum_kc_kD^k\bigr)P^{-1}=Pf(D)P^{-1}$ であり、$f(D)=\operatorname{diag}(f(\lambda_1),\dots,f(\lambda_n))$ である。$\square$
冒頭の $A=\begin{pmatrix}4&1\\2&3\end{pmatrix}$ では $P^{-1}=\frac13\begin{pmatrix}-1&1\\2&1\end{pmatrix}$ なので、すべての $k\ge0$ について
$$
A^k=\frac13\begin{pmatrix}2^k+2\cdot5^k&5^k-2^k\\2\cdot5^k-2^{k+1}&2^{k+1}+5^k\end{pmatrix}
$$
である。$k=10$ とすれば冒頭の値が得られる。
$F_0=0$、$F_1=1$、$F_{k+1}=F_k+F_{k-1}$ で定まる Fibonacci 数について、$A=\begin{pmatrix}1&1\\1&0\end{pmatrix}$ とおくと $A^k=\begin{pmatrix}F_{k+1}&F_k\\ F_k&F_{k-1}\end{pmatrix}$($k\ge1$)である(Fibonacci数 の記事の命題「行列の冪による表示」)。$A$ の固有多項式は $x^2-x-1$ で、根は $\varphi=\frac{1+\sqrt5}2$、$\psi=\frac{1-\sqrt5}2$ である($\varphi+\psi=1$、$\varphi\psi=-1$)。$\lambda^2=\lambda+1$ を満たす $\lambda$ について $A(\lambda,1)^{\top}=(\lambda+1,\lambda)^{\top}=\lambda(\lambda,1)^{\top}$ なので、
$$
P=\begin{pmatrix}\varphi&\psi\\1&1\end{pmatrix},\qquad P^{-1}=\frac1{\sqrt5}\begin{pmatrix}1&-\psi\\-1&\varphi\end{pmatrix},\qquad P^{-1}AP=\begin{pmatrix}\varphi&0\\0&\psi\end{pmatrix}
$$
である($\det P=\varphi-\psi=\sqrt5$)。prop-diag-powers により $A^k=P\operatorname{diag}(\varphi^k,\psi^k)P^{-1}$ で、その $(1,2)$ 成分は
$$
F_k=\frac1{\sqrt5}\bigl(\varphi^{k+1}(-\psi)+\psi^{k+1}\varphi\bigr)=\frac{-\varphi\psi}{\sqrt5}(\varphi^k-\psi^k)=\frac{\varphi^k-\psi^k}{\sqrt5}
$$
である。これは Binet の公式(Fibonacci数 の記事の定理「Binetの公式」)であり、ここでは $\mathbb{R}$ 上の対角化から得た。$A^{10}$ の成分 $89,55,34$ は $F_{11},F_{10},F_9$ である。
同じ考え方は、定数係数の線形漸化式 $a_{n+k}=c_1a_{n+k-1}+\cdots+c_ka_n$($c_1,\dots,c_k\in\mathbb{C}$。以下 $\mathbb{C}$ 上で考える)にも使える。特性多項式を $\chi(x)=x^k-c_1x^{k-1}-\cdots-c_k$ とし、その同伴行列(固有多項式 の記事の定義「多項式の同伴行列」)を $C$ とすると、$x_n:=(a_n,a_{n+1},\dots,a_{n+k-1})^{\top}$ は $x_{n+1}=C^{\top}x_n$ を満たす($C^{\top}$ の第 $j$ 行は $j< k$ なら $e_{j+1}^{\top}$、第 $k$ 行は $(c_k,\dots,c_1)$ である)。$C^{\top}$ の固有多項式は $\chi$ である(同記事の命題「同伴行列の固有多項式」と命題「転置と相似で固有多項式は変わらない」)。特性根 $\alpha_1,\dots,\alpha_k$ が相異なれば $C^{\top}$ は対角化可能であり、prop-diag-powers から $x_n=(C^{\top})^nx_0$ の各成分は $\alpha_1^n,\dots,\alpha_k^n$ の線形結合、すなわち $a_n=A_1\alpha_1^n+\cdots+A_k\alpha_k^n$ の形になる。重根がある場合、$C^{\top}$ は対角化できない。実際 $C^{\top}-\lambda I$ の第 $1$ 行から第 $k-1$ 行、第 $2$ 列から第 $k$ 列の部分は対角成分が $1$ の下三角行列なので階数は $k-1$ 以上であり、各固有空間は $1$ 次元しかない。このとき $n^s\alpha^n$ の形の項が現れ、一般の場合は 漸化式 の記事の定理「特性根による一般解」が扱う。
$A,B\in M_n(K)$ はどちらも $K$ 上で対角化可能であるとする。1 つの正則行列 $P$ で $P^{-1}AP$ と $P^{-1}BP$ がともに対角行列になることと、$AB=BA$ であることは同値である。
$P^{-1}AP=D_1$、$P^{-1}BP=D_2$ がともに対角行列なら、対角行列どうしは可換なので $AB=PD_1D_2P^{-1}=PD_2D_1P^{-1}=BA$ である。
逆に $AB=BA$ とする。$B$ の相異なる固有値を $\mu_1,\dots,\mu_l$ とし、$F_j:=\ker(B-\mu_jI)$ とおく。$B$ は対角化可能なので $K^n=F_1\oplus\cdots\oplus F_l$ である(固有値 の記事の定理「対角化可能性の判定」の 1 ⇒ 2)。$w\in F_j$ なら $B(Aw)=A(Bw)=\mu_jAw$ なので $Aw\in F_j$ である。
$A$ の固有値 $\lambda$ と $E:=\ker(A-\lambda I)$ について、$E=(E\cap F_1)+\cdots+(E\cap F_l)$ を示す。$v\in E$ を $v=w_1+\cdots+w_l$($w_j\in F_j$)と書くと、
$$
0=(A-\lambda I)v=(A-\lambda I)w_1+\cdots+(A-\lambda I)w_l
$$
で、上で示したことから $(A-\lambda I)w_j\in F_j$ である。$F_1,\dots,F_l$ の和は直和なので(固有値 の記事の命題「固有空間の和の直和性」の 1)、各 $(A-\lambda I)w_j=0$、すなわち $w_j\in E\cap F_j$ である。よって $E\subset\sum_j(E\cap F_j)$ であり、逆の包含は明らかである。
$A$ の相異なる固有値を $\lambda_1,\dots,\lambda_k$ とすると、$A$ も対角化可能なので $K^n=\ker(A-\lambda_1I)+\cdots+\ker(A-\lambda_kI)$ であり、上のことから $K^n$ は部分空間 $\ker(A-\lambda_iI)\cap F_j$($1\le i\le k$、$1\le j\le l$)の和である。これらの部分空間の基底をすべて集めた有限集合 $S$ は $K^n$ を生成するので、$S$ の部分集合で $K^n$ の基底になるものがとれる(基底と次元 の記事の定理「有限生成ベクトル空間の基底の存在」)。$S$ の元はどれも $0$ でなく、$A$ の固有ベクトルでも $B$ の固有ベクトルでもある。この基底を並べた $P$ について、prop-diag-eigenvectors を $A$ と $B$ のそれぞれに使えば、$P^{-1}AP$ と $P^{-1}BP$ はともに対角行列である。$\square$
たとえば成分がすべて $1$ の $3$ 次正方行列 $J$(ex-diag-all-ones)と、成分を巡回させる行列 $C=\begin{pmatrix}0&1&0\\0&0&1\\1&0&0\end{pmatrix}$($Cx=(x_2,x_3,x_1)^{\top}$)は可換である。$\omega:=\frac{-1+\sqrt{3}i}2$($\omega^3=1$、$1+\omega+\omega^2=0$)とすると、$v_0=(1,1,1)^{\top}$、$v_1=(1,\omega,\omega^2)^{\top}$、$v_2=(1,\omega^2,\omega)^{\top}$ について $Cv_j=\omega^jv_j$、$Jv_0=3v_0$、$Jv_1=Jv_2=0$ であり、これらを並べた $P$ で $P^{-1}JP=\operatorname{diag}(3,0,0)$、$P^{-1}CP=\operatorname{diag}(1,\omega,\omega^2)$ と $\mathbb{C}$ 上で同時に対角化される。
仮定の「どちらも対角化可能」は落とせない。$I$ と $\begin{pmatrix}1&1\\0&1\end{pmatrix}$ は可換だが、後者が対角化できない(ex-diag-jordan-block)ので同時対角化もできない。また可換でない対角化可能な行列、たとえば $\begin{pmatrix}1&0\\0&2\end{pmatrix}$ と $\begin{pmatrix}1&1\\0&2\end{pmatrix}$(固有値 $1,2$ が相異なるので対角化可能)は同時には対角化できない。
実数を成分とする行列 $A$ でも、固有多項式が実数の範囲で 1 次式の積に分解しなければ $\mathbb{R}$ 上では対角化できない(ex-diag-rotation)。$\mathbb{C}$ は代数閉体なので、$\mathbb{C}$ 上では固有多項式はいつも 1 次式の積に分解し、対角化できるかどうかは固有空間の次元だけで決まる(固有値 の記事の定理「対角化可能性の判定」の 4)。$\mathbb{C}$ 上でも対角化できない行列については、対角行列にいちばん近い形として Jordan標準形 がある。対角化可能であることは、Jordan 標準形のすべての細胞の大きさが $1$ であることと同値である。
内積空間の立場では、$P$ をユニタリ行列(実数なら直交行列)に選べるかが問題になる。$P$ の列が正規直交基底をなす対角化を ユニタリ対角化(実数なら 直交対角化)という。実対称行列は直交行列で対角化でき(2次形式 の記事の定理「実対称行列の主軸定理」)、Hermite行列はユニタリ行列で対角化できる。一般に複素正方行列がユニタリ対角化できることは、正規行列($AA^*=A^*A$)であることと同値である(線形代数学 の記事の定理「正規行列のユニタリ対角化」)。ex-diag-all-ones の $J$ は実対称なので、$P$ の列を直交するように取り直せる(たとえば $(1,-1,0)^{\top}$ と $(1,1,-2)^{\top}$)。
対角化可能な線形変換の定義は Axl24 5.50(§5D、p. 163)、対角化可能性の同値条件は 5.55(p. 165)、相異なる固有値の個数が次元に等しければ対角化可能であることは 5.58(p. 166)、最小多項式による判定は 5.62(p. 169)、可換な変換の固有空間が互いに不変であることと同時対角化は 5.75・5.76(§5E、p. 176)にある(同書は $\mathbf{F}=\mathbb{R},\mathbb{C}$ で述べている)。行列の言葉での扱いは Bee15 の Section SD(Definition DZM、Theorem DC・DMFE・DED、Subsection FS の Example FSCF で Fibonacci 数の一般項を対角化から導いている)にある(同書は複素数を成分とする行列で述べている)。本記事の証明は四則演算と次元の議論だけを使うので任意の体で成り立つ。
Mathpediaは寄付と、参考文献の書籍リンク(Amazonアソシエイト)の紹介料で運営されています。 支援について / 寄付する