Cauchy列

概要

Cauchy列(Cauchy sequence)とは、解析学や距離空間論において、数列や点列の項が進むにつれて、その要素同士の距離がいくらでも近づいていくような列のことである。基本列(fundamental sequence)とも呼ばれる。この概念の最大の特徴は、収束先の値(極限)を具体的に知らなくても、列自体の振る舞いだけで「収束しそうな状態」を定義できる点にある。実数の完備性やBanach空間など、現代数学における「空間の穴の有無」を議論するための基礎的な道具として用いられる。

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定義

距離空間 $(X, d)$ における点列 $\{x_n\}_{n=1}^{\infty}$Cauchy列(コーシー列)であるとは、以下の条件を満たすことをいう。

Cauchy列の定義

任意の正の実数 $\epsilon > 0$ に対して、ある自然数 $N$ が存在して、
$N$ 以上の任意の自然数 $n, m$ に対して、
$$d(x_n, x_m) < \epsilon$$
が成り立つ。

この定義は、「十分先まで進めば、点列の要素たちが互いに密集して団子状態になる」ことを意味している。

直感的理解:収束列との違い

Cauchy列の概念は、収束の概念と非常によく似ているが、決定的な違いがある。

  • 収束列: 「目的地(極限値 $x$)」が決まっており、全員がそこに向かって近づく列。
    • 条件: $d(x_n, x) < \epsilon$
  • Cauchy列: 「目的地」があるかどうかは不明だが、メンバー同士の距離が縮まっていく列。
    • 条件: $d(x_n, x_m) < \epsilon$
      「目的地が存在するならば(収束するならば)、メンバー同士は近づくはずである(Cauchyである)」ことは三角不等式から容易に示せる。
収束列はCauchy列である

任意の距離空間において、収束する点列は必ずCauchy列である。
$$x_n \to x \implies \{x_n\} \text{ is Cauchy}$$

しかし、逆(Cauchy列ならば収束するか?)は一般には成り立たない。ここが解析学における最も重要な分岐点となる。

完備性と「空間の穴」

Cauchy列が収束しない現象は、空間に「穴」が開いていることの現れである。

完備性 (Completeness)

距離空間 $X$ において、任意のCauchy列が $X$ 内の点に収束するとき、$X$完備であるという。

つまり、Cauchy列とは「本来収束すべき列」の候補であり、完備な空間とは「その収束先をちゃんと用意してくれている空間」のことである。

具体例と反例

Cauchy列の概念を理解するには、有理数(穴がある)と実数(穴がない)の対比を見るのが最も効果的である。

有理数体 $\mathbb{Q}$ における反例

$X = \mathbb{Q}$ (通常の距離)とする。
$\sqrt{2}$ に収束する有理数列 $\{x_n\}$ を考える(例えば、$\sqrt{2}$ の十進展開の近似値列 $1, 1.4, 1.41, 1.414, \dots$)。

  1. Cauchy性:
    $n, m$ が大きくなれば、桁数が一致していくため、差 $|x_n - x_m|$ はいくらでも小さくなる。したがってこれはCauchy列である。
  2. 非収束性:
    この列が $\mathbb{Q}$ 内で収束すると仮定すると、その極限は $q^2 = 2$ を満たす有理数 $q$ でなければならないが、そのような有理数は存在しない。

したがって、$\mathbb{Q}$ はCauchy列なのに収束しない列を持つため、完備ではない。

実数体 $\mathbb{R}$

実数の定義そのものが「有理数のCauchy列の極限をすべて付け加えたもの(完備化)」として構成されることが多い。したがって、$\mathbb{R}$ においては「収束すること」と「Cauchy列であること」は同値である(Cauchyの収束判定法)。

一般化

Cauchy列の概念は、距離空間以外にも拡張されている。

位相空間での扱い

一般の位相空間では、単に「Cauchy列」を定義することはできない(距離がないため)。しかし、以下のような構造があれば定義可能である。

  • 位相ベクトル空間: 原点の近傍系を用いて定義可能。
  • 一様空間: 近縁(Entourage)を用いて定義可能。
    • 一様空間におけるCauchy列(あるいはCauchyネット、Cauchyフィルター)の概念は、距離空間の自然な拡張となっている。

関連項目