Gabriel–Popescuの定理(Gabriel–Popescu theorem)とは、生成対象 $G$ を持つGrothendieck圏 $\mathcal A$ が、環 $R:=\operatorname{End}_{\mathcal A}(G)$ 上の加群の圏の局所化として実現されることを述べる定理である。抽象的な公理だけで定義されたGrothendieck圏が、実は具体的な加群の圏の「良い商」として常に具体的に表せることを保証する、Grothendieck圏の理論における中心的な構造定理である。
前提知識: アーベル圏, 完全関手, 充満忠実関手, Grothendieck圏
Grothendieck圏 $\mathcal A$ が生成対象 $G$ を持つとし、$R:=\operatorname{End}_{\mathcal A}(G)$($G$ の自己準同型環。積は射の合成 $r_1r_2:=r_1\circ r_2$ で定める)とする。$\operatorname{Hom}_{\mathcal A}(G,X)$ に、$r\in R$ を $f\mapsto f\circ r$ で右から作用させることにより右 $R$ 加群の構造を与え、関手
$$
T\colon\mathcal A\longrightarrow\mathrm{Mod}\text{-}R,\qquad T(X):=\operatorname{Hom}_{\mathcal A}(G,X)
$$
を考える。このとき:
(i) $T$ は充満忠実関手である。
(ii) $T$ は完全な左随伴関手 $F\colon\mathrm{Mod}\text{-}R\to\mathcal A$ を持つ(すなわち $F$ は完全関手である)。
したがって $\mathcal A$ は、$\mathrm{Mod}\text{-}R$ のある局所化する部分圏($F$ の核 $\{M\mid F(M)=0\}$ として定まる。ここでSerre部分圏とは部分対象・商対象・拡大で閉じた充満部分圏のことをいい、局所化する部分圏とはさらに任意個の直和で閉じたSerre部分圏をいう)による商圏に圏同値である。
証明は本記事では割愛する。原論文はPG64であり、教科書としてはSte75第X章に詳しい証明がある。本記事ではthm-gabriel-popescuを標準的な事実として引用する。
生成対象の定義(Grothendieck圏参照)は、$\operatorname{Hom}(G,-)$ が忠実関手であることしか保証しない——これは「異なる射を異なる写像に区別できる」という弱い情報である。Gabriel–Popescuの定理の主張はこれよりはるかに強く、$\operatorname{Hom}(G,-)$ が充満でもあること、すなわち $R:=\operatorname{End}(G)$ 加群の間の射がすべて $\mathcal A$ の射から来ることを述べる。これは(AB5)条件(フィルター余極限の健全性)と生成対象の存在を同時に使う、Grothendieck圏に特有の現象であり、一般のアーベル圏では成り立たない。例えば、アーベル群の圏の反対圏 $\mathbf{Ab}^{\mathrm{op}}$ は(AB5)条件を満たさないアーベル圏であるが、$\mathbb{Q}/\mathbb{Z}$ は $\mathbf{Ab}$ の余生成対象なので $G=\mathbb{Q}/\mathbb{Z}$ は $\mathbf{Ab}^{\mathrm{op}}$ の生成対象であり、$R=\operatorname{End}(\mathbb{Q}/\mathbb{Z})=\hat{\mathbb{Z}}$($p$ 進整数環の全体にわたる直積)、$T(X)=\operatorname{Hom}_{\mathbf{Ab}^{\mathrm{op}}}(G,X)=\operatorname{Hom}_{\mathbf{Ab}}(X,\mathbb{Q}/\mathbb{Z})$ となる。このとき $T(\mathbb{Z})=\mathbb{Q}/\mathbb{Z}$ であり、
$$
\operatorname{Hom}_R(T\mathbb{Z},T\mathbb{Z})=\operatorname{End}(\mathbb{Q}/\mathbb{Z})=\hat{\mathbb{Z}}\supsetneq\mathbb{Z}=\operatorname{Hom}_{\mathbf{Ab}^{\mathrm{op}}}(\mathbb{Z},\mathbb{Z})
$$
であるから、$T$ は充満でない。
この定理の意義は、抽象的な公理系((AB5)+生成対象)で定義されたGrothendieck圏が、実は必ず「馴染み深い」加群の圏 $\mathrm{Mod}\text{-}R$ の中に(局所化を通じて)具体的に実現できることを保証する点にある。層の圏やねじれ理論に現れる様々なGrothendieck圏は、この定理を通じて加群の圏の言葉に翻訳して調べることができる。
$\mathcal A=\mathrm{Mod}\text{-}R$ 自身とし、生成対象を $G=R$(右正則加群)に取る。このとき $\operatorname{End}_{\mathcal A}(G)=\operatorname{End}_{\mathrm{Mod}\text{-}R}(R)\cong R$ であり、$T=\operatorname{Hom}_{\mathrm{Mod}\text{-}R}(R,-)\colon\mathrm{Mod}\text{-}R\to\mathrm{Mod}\text{-}R$ は(米田の補題の意味で)恒等関手と自然同型になる。この場合、$T$ の左随伴 $F$ も恒等関手であり、局所化する部分圏は零部分圏(自明な局所化)である。Gabriel–Popescuの定理はこの自明な場合を境界例として含んでいる。
上の $T=\operatorname{Hom}_{\mathcal A}(G,-)$ は忠実である。
$G$ は生成対象であるから、Grothendieck圏の定義により $\operatorname{Hom}_{\mathcal A}(G,-)\colon\mathcal A\to\mathbf{Ab}$ は忠実である。$T$ はこの関手に $R$ 加群としての追加構造を与えたものにすぎず、台となる集合(台となるアーベル群)の間の写像は $\operatorname{Hom}_{\mathcal A}(G,-)$ が与えるものとまったく同じであるから、$T$ もまた忠実である。$\blacksquare$
$T=\operatorname{Hom}_{\mathcal A}(G,-)$ は右随伴関手なので左完全であるが、一般には完全ではなく、$T$ が完全になるのは $G$ が射影的なときに限る($T$ が完全であることは $G$ が射影対象であることの定義そのものである)。完全でない例についてはMitchellの埋め込み定理の記事の例を参照。
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