有向集合

概要

有向集合(Directed set)とは、順序集合論において、任意の2つの元に対して共通の上界(後続する元)が存在するような前順序集合のことである。これは自然数全体の集合が持つ「無限の彼方へ進む」という性質を一般化した概念であり、位相空間論においては、点列(自然数で添字付けられた列)では捉えきれない一般の収束概念(ネット)を定義するための「添字集合」として不可欠な役割を果たす。

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定義

空でない集合 $\Lambda$ と、その上の二項関係 $\le$ の組 $(\Lambda, \le)$有向集合(directed set)であるとは、$\le$ が以下の条件を満たすことをいう。

有向集合の公理
  1. 反射律:
    任意の $\lambda \in \Lambda$ に対して、$\lambda \le \lambda$。
  2. 推移律:
    $\lambda \le \mu$ かつ $\mu \le \nu$ ならば、$\lambda \le \nu$。
    (すなわち、$\le$ は前順序である)
  3. 有向性(上界の存在):
    任意の $\lambda, \mu \in \Lambda$ に対して、ある $\nu \in \Lambda$ が存在して、
    $$\lambda \le \nu \quad \text{かつ} \quad \mu \le \nu$$
    が成り立つ。

この定義において、反対称律($\lambda \le \mu$ かつ $\mu \le \lambda \implies \lambda = \mu$)は必ずしも要求されないが、応用上現れる多くの例は半順序集合(反対称律を満たす)である。

直感的理解

有向集合は、「極限」を考える際の「時間の進み方」や「精度の高まり方」を抽象化したものと捉えられる。

  • 自然数との比較:
    自然数 $\mathbb{N}$ では、任意の $n, m$ に対して、より大きな数 $\max(n, m)$ が存在する。これが有向性である。有向集合では、必ずしも一直線に並んでいる必要はないが、分岐したとしても「合流してさらに先へ進める」ことが保証されている。
  • 情報の精度:
    $\lambda \le \mu$ を「$\mu$ は $\lambda$ よりも情報が詳しい(あるいは近似の精度が高い)」と解釈する。有向性は、「2つの異なる近似データがあれば、それら両方の情報を包含する(あるいは両方よりも高精度な)データが存在する」ことを意味する。

具体例

数学、特に解析学や位相空間論において重要な有向集合の例を挙げる。

代表的な例
  1. 自然数 $\mathbb{N}$:
    通常の大小関係 $\le$ により有向集合である。これを使って定義されるのが点列である。
  2. 実数 $\mathbb{R}$:
    通常の大小関係、あるいはある点 $a$ への近づき方($x \le y \iff |x - a| \ge |y - a|$)などで有向集合となる。
  3. 包含関係による集合族:
    集合 $X$ の部分集合族 $\mathcal{A}$ において、包含関係 $\subseteq$ は順序を与える。
    • 有限部分集合族: $X$ の有限部分集合全体は、$\subseteq$ に関して有向集合である($A, B$ の上界として $A \cup B$ がとれる)。これは和の極限などを定義する際に使われる。
  4. 近傍系(最重要):
    位相空間の点 $x$ における近傍系 $\mathcal{V}_x$ は、包含関係の逆によって有向集合となる。
    $$U \le V \iff V \subseteq U$$
    • 意味: 集合が小さくなるほど、点 $x$ に「近く」なり、添字として「進んでいる」とみなす。
    • 有向性: $U, V \in \mathcal{V}_x$ ならば、$W = U \cap V$ もまた近傍であり、$W \subseteq U$ かつ $W \subseteq V$ なので、$U \le W$ かつ $V \le W$ となる。

位相空間論における役割

有向集合が導入された最大の動機は、点列の概念を一般化し、どのような位相空間においても収束を用いて位相的性質を記述可能にすることにある(E. H. Moore と H. L. Smith による)。

ネット(Moore-Smith列)

有向集合 $\Lambda$ から位相空間 $X$ への写像 $x: \Lambda \to X$ を**ネット**と呼ぶ。

  • $\Lambda = \mathbb{N}$ の場合が「点列」である。
  • $\Lambda = \mathcal{V}_x$ (近傍系)の場合、これは点 $x$ に収束するネットの標準的なモデルとなる。
    第1可算公理を満たさない空間では、$\mathbb{N}$ のような可算な添字集合では「細かさ」が足りないため、より濃度が高く複雑な順序構造を持つ有向集合が必要となる。

性質

有向集合の構造に関するいくつかの基本的な概念がある。

共終集合 (Cofinal set)

有向集合 $\Lambda$ の部分集合 $M$共終(きょうしゅう、cofinal)であるとは、
任意の $\lambda \in \Lambda$ に対して、ある $\mu \in M$ が存在して $\lambda \le \mu$ となることをいう。

  • これは点列における「部分列」やネットにおける「部分ネット」を定義する際の基礎となる概念である。
直積の有向性

2つの有向集合 $(\Lambda, \le_\Lambda)$$(M, \le_M)$ の直積 $\Lambda \times M$ は、以下の順序により再び有向集合となる。
$$(\lambda, \mu) \le (\lambda', \mu') \iff \lambda \le_\Lambda \lambda' \land \mu \le_M \mu'$$

関連項目