微分同相写像(diffeomorphism)とは、滑らかな多様体の間の全単射で、写像と逆写像がともに滑らかなものである。微分は各点の接空間の線形同型となり、逆写像定理により微分が可逆なら局所的な微分同相が得られる。滑らかな全単射にこの条件が全点であれば大域的な微分同相になる。滑らかな全単射 $x\mapsto x^3$ は逆が原点で微分できず反例となり、円周への角度写像は局所的に可逆でも大域的には単射でない。
微分同相写像(diffeomorphism)は、二つの滑らかな多様体を、滑らかな写像と滑らかな逆写像によって一対一に対応させる写像である。位相だけを比べる同相写像より強く、曲線の接線、滑らかな関数、座標による微分を運ぶ。たとえば実直線から正の実数への指数関数は、逆の対数関数も滑らかなので微分同相写像である。両者は集合として同じではないが、滑らかな多様体としては同じ形である。
ただし「滑らかで全単射」だけでは十分でない。$f(x)=x^3$ は $\mathbb R$ から自身への滑らかな全単射だが、その逆の $x\mapsto\sqrt[3]{x}$ は原点で微分できない。微分同相写像を使うには、逆写像の滑らかさを直接示すか、各点の微分が可逆であることから逆写像定理を使う。Lee12 第2・4章およびEoMDiffeoの定義と同じ約束で、本記事は境界を持たない有限次元の滑らかな多様体を主に扱う。
$M,N$ を滑らかな多様体とし、$F:M\to N$ を写像とする。$F$ が滑らかであるとは、局所座標 $\varphi:U\to\mathbb R^m$、$\psi:V\to\mathbb R^n$ で表した $\psi\circ F\circ\varphi^{-1}$ が、定義できるところで滑らかな通常の関数であることをいう。座標の選び方を変えても、座標変換が滑らかであるため、この性質は変わらない。
$F:M\to N$ が微分同相写像であるとは、$F$ が全単射で、$F$ と逆写像 $F^{-1}:N\to M$ がともに滑らかであることをいう。このような写像が存在するとき $M$ と $N$ は微分同相であるという。
滑らかな写像は連続だから、微分同相写像は同相写像でもある。同相写像なら連続な逆を持つが、その逆が滑らかかどうかは別に調べる必要がある。$C^k$ 級の多様体では、写像と逆がともに $C^k$ 級であるとき $C^k$ 級微分同相写像という。以下で単に「滑らか」と書くときは $C^\infty$ 級を意味する。EoMDiffeo は少なくとも $C^1$ 級の定義を記し、Lee12 の滑らかな多様体の文脈では $C^\infty$ 級を用いる。区別が必要な場面では正則性の次数を添える。
「$M$ と $N$ が微分同相」は写像の存在をいう性質で、具体的な微分同相写像は一つに限らない。実直線には平行移動 $x\mapsto x+a$、負号を付ける $x\mapsto-x$ など多くの自己微分同相がある。一方、写像が微分同相かを判定するときは、指定された定義域と値域を使う。$F:M\to N$ が像 $F(M)$ への微分同相でも、$F(M)\ne N$ なら $N$ への微分同相ではない。
線形写像 $A:\mathbb R^n\to\mathbb R^n$ は、行列式 $\det A\ne0$ のとき、逆 $A^{-1}$ も線形なので微分同相である。平行移動を加えた $F(x)=Ax+b$ も同じで、逆は $F^{-1}(y)=A^{-1}(y-b)$ と書ける。いずれも多項式で与えられ、滑らかさは直接確認できる。これが座標を取り替える最も簡単な例である。
$F:\mathbb R\to(0,\infty)$、$F(t)=e^t$ は滑らかな全単射で、逆 $F^{-1}(y)=\log y$ も $(0,\infty)$ 上で滑らかである。従って $F$ は微分同相写像である。一方、同じ式を $F:\mathbb R\to\mathbb R$ と書けば負の実数を値に取らないため全射でなく、微分同相ではない。値域を明示することが判定に必要である。
$F:\mathbb R^2\to\mathbb R^2$、$F(x,y)=(x,y+x^2)$ とする。逆は $F^{-1}(u,v)=(u,v-u^2)$ なので、両方とも滑らかである。これは非線形な微分同相写像の例で、直線 $y=0$ の像は放物線 $v=u^2$ になる。直線と放物線は平面の部分集合としては違うが、写像は滑らかな曲線を滑らかな曲線へ運ぶ。
円周 $S^1\subset\mathbb R^2$ の回転 $R_\alpha(x,y)=(x\cos\alpha-y\sin\alpha,x\sin\alpha+y\cos\alpha)$ も自己微分同相である。逆は $R_{-\alpha}$ であり、周囲の平面の線形写像を円周へ制限したものなので滑らかである。角度 $\alpha$ は異なっても、円周の滑らかな構造は同じように保たれる。
$f:\mathbb R\to\mathbb R$、$f(x)=x^3$ は連続で狭義単調増加、全射なので同相写像である。しかも $f$ 自身は滑らかである。しかし逆関数の $0$ での差商は
$$
\frac{f^{-1}(h)-f^{-1}(0)}{h}=\frac{\sqrt[3]{h}}h=\frac1{|h|^{2/3}}\qquad(h\ne0)
$$
となり、$h\to0$ で有限値に収束しない。従って逆は $0$ で微分できず、$f$ は微分同相でない。$f'(0)=0$ であることは、後述の微分の可逆性に反している。この例は「位相的には同じ形」と「滑らかな座標変更として使える」を分ける。
$F:M\to N$ が微分同相なら、各 $p\in M$ で接写像 $dF_p:T_pM\to T_{F(p)}N$ は線形同型であり、その逆は $d(F^{-1})_{F(p)}$ である。特に $M,N$ の次元は等しい。
$F^{-1}\circ F=\operatorname{id}_M$、$F\circ F^{-1}=\operatorname{id}_N$ に連鎖律を適用すると
$$
d(F^{-1})_{F(p)}\circ dF_p=\operatorname{id}_{T_pM},\qquad
dF_p\circ d(F^{-1})_{F(p)}=\operatorname{id}_{T_{F(p)}N}
$$
となる。よって $dF_p$ は逆を持つ線形写像である。線形同型の両端のベクトル空間は同じ次元を持つから、$\dim M=\dim N$ である。∎
ユークリッド空間の開集合間では、$dF_p$ は Jacobian 行列 $DF(p)$ で表される。従って微分同相写像なら全ての点で $\det DF(p)\ne0$ であり、逆の微分は
$$
D(F^{-1})(F(p))=DF(p)^{-1}
$$
となる。ただし、この必要条件だけを見て $F$ が大域的に全単射かどうかは決まらない。局所の微分と全体の一対一対応を分けて扱う必要がある。
写像 $F:M\to N$ が点 $p$ の近くで微分同相であるとは、$p$ の開近傍 $U$ と $F(p)$ の開近傍 $V$ を取って、制限 $F|_U:U\to V$ が微分同相となることである。これを各点で満たす写像を局所微分同相写像という。局所という語は、元の定義域全体で全単射であることを要求しない。Lee12 第4章の逆写像定理・局所微分同相の議論は、微分が線形同型ならこのような開近傍があることを与える。
$M,N$ を同じ有限次元の、境界のない滑らかな多様体、$F:M\to N$ を滑らかな写像とする。$F$ が $p$ の近くで微分同相であることと、$dF_p$ が線形同型であることは同値である。
近傍で微分同相なら、prop-diffeo-derivative を制限写像に適用して $dF_p$ は同型となる。逆に $dF_p$ が同型なら、$p$ と $F(p)$ の局所座標を選ぶと座標表示の Jacobian 行列が可逆である。通常の逆写像定理により、さらに小さい開集合に制限した座標表示は滑らかな逆を持つ。座標写像を前後に合成して戻せば、$F$ 自身も $p$ の近くで微分同相である。∎
この証明は逆写像定理そのものの証明ではなく、その定理を多様体の座標へ適用する手順である。逆写像定理の仮定は一点の微分の可逆性であり、結論はその点を含むある近傍での微分同相性である。全体の単射性・全射性は与えない。微分が可逆な点が全ての点にあるときも、別々に選んだ近傍の逆が自動的に一つの大域逆へつながるとは限らない。
$F:\mathbb R\to S^1$、$F(t)=(\cos t,\sin t)$ は各 $t$ の近くで円周の短い弧への微分同相である。微分は $F'(t)=(-\sin t,\cos t)$ で、円周の接線方向に零でない。しかし $F(t+2\pi)=F(t)$ だから全体では単射でなく、微分同相写像ではない。微分の可逆性は局所の条件だと分かる。
別の注意として、$F:\mathbb R\to\mathbb R^2$、$F(t)=(t,t^2)$ は像の放物線へは微分同相である。逆は放物線上の第一座標を取る写像で滑らかである。しかし $\mathbb R^2$ 全体へは全射でなく、$dF_t$ も一次元から二次元への同型ではない。「像への微分同相」と「指定された値域への微分同相」を言い分ける。像に入れる滑らかな構造をどう定めるかも、一般には確認が必要である。この放物線ではグラフとしての標準的な部分多様体の構造を用いている。
$F:M\to N$ が滑らかな全単射で、各 $p\in M$ で $dF_p$ が線形同型なら、$F$ は微分同相写像である。$M,N$ は同じ有限次元の境界のない滑らかな多様体とする。
任意の $q\in N$ を取り、全単射性から唯一の $p\in M$ で $F(p)=q$ とする。prop-diffeo-local により $p$ の開近傍 $U$ と $q$ の開近傍 $V$ で $F|_U:U\to V$ は滑らかな逆 $G:V\to U$ を持つ。$y\in V$ に対して $F(G(y))=y$ なので、全単射 $F$ の大域的な集合としての逆 $F^{-1}$ は $V$ 上で $G$ に一致する。$q$ は任意だから $F^{-1}$ は全ての点の近くで滑らか、従って $N$ 上で滑らかである。$F$ 自身も滑らかなので微分同相である。∎
この定理は、逆写像の式を具体的に解けないときに有用である。全単射性は別の議論で示し、各点で Jacobian 行列が可逆であることを計算すればよい。反対に Jacobian だけを調べて全単射を省くと、円周への写像のような反例が残る。
$I,J$ を実数の開区間、$f:I\to J$ を滑らかな全単射とする。$f'(x)\ne0$ が全ての $x\in I$ で成り立てば、前節の定理により $f$ は微分同相である。逆に微分同相なら $f'(x)\ne0$ である。従って、滑らかな全単射 $f:I\to J$ が微分同相であることと導関数がどこでも零でないことは同値である。この形なら $x^3$ と指数関数の違いを一行の検査にできる。
$I$ を連結な開区間とし、$f:I\to J$ を微分同相写像とする。$f'$ は $I$ 全体で正か、全体で負のどちらか一方である。前者なら $f$ は狭義単調増加、後者なら狭義単調減少である。
$f'$ は連続で零にならない。もし正の値を取る点と負の値を取る点があれば、その間に中間値の定理により $f'=0$ となる点ができて矛盾する。符号は一定である。任意の $a< b$ に平均値の定理を適用すると、$f(b)-f(a)=f'(c)(b-a)$ となる $c\in(a,b)$ があるので、符号に応じて厳密な増加または減少が従う。∎
ユークリッド空間の連結な開集合間の微分同相では、$\det DF$ は連続で零にならないから、その符号は同じ理由で一定である。正のとき向きを保ち、負のとき向きを逆にする。例えば $\mathbb R^2$ の反射 $(x,y)\mapsto(-x,y)$ は行列式が $-1$ の微分同相であり、向きを逆にする。回転は行列式が $1$ で向きを保つ。向きの議論には向きを選んだ多様体という追加の構造が必要なので、ここでの計算はユークリッド空間の標準の向きについて述べた。
$M$ から自身への微分同相全体を $\operatorname{Diff}(M)$ と書く。恒等写像があり、二つの微分同相の合成も微分同相で、各写像には定義により逆がある。従って合成を演算とする群になる。EoMDiffeo も多様体の微分同相群を扱う。ただし、個々の微分同相写像が滑らかであることと、$\operatorname{Diff}(M)$ 全体が有限次元のLie群になることは別の主張である。ここで使うのは集合と合成から得られる群だけである。
$F:M\to N$、$G:N\to P$ が微分同相なら $G\circ F:M\to P$ も微分同相で、$(G\circ F)^{-1}=F^{-1}\circ G^{-1}$ である。各 $M$ で $\operatorname{Diff}(M)$ は群をなす。
滑らかな写像の合成は滑らかだから $G\circ F$ は滑らかである。二つの全単射の合成は全単射で、その逆は $F^{-1}\circ G^{-1}$。この逆も滑らかな写像の合成なので滑らかである。恒等写像は滑らかで自分自身が逆、合成の結合法則は写像の一般的な性質から従う。∎
微分同相を「滑らかな構造の座標変更」と考えると、この群の作用は自然である。関数 $h:N\to\mathbb R$ を $M$ に移すには $h\circ F$ を用いる。接ベクトル $v\in T_pM$ は $dF_p(v)\in T_{F(p)}N$ に移り、逆向きには $d(F^{-1})_{F(p)}$ を用いる。これらは微分同相の合成と両立し、異なる座標で同じ幾何を記述する基礎になる。
滑らかなベクトル場 $X$ を $F$ で運ぶときは、$q=F(p)$ に対して $(F_*X)_q=dF_p(X_p)$ と定める。$F$ の逆があるので $p=F^{-1}(q)$ が一意に決まり、滑らかさも局所座標と連鎖律から従う。$X$ の積分曲線 $\gamma(t)$ が定義される範囲では、
$$
\frac d{dt}F(\gamma(t))=dF_{\gamma(t)}\bigl(\gamma'(t)\bigr)=(F_*X)_{F(\gamma(t))}
$$
だから、$F\circ\gamma$ は運ばれたベクトル場の積分曲線になる。これが流れを微分同相で共役にする理由である。曲線の存在時間まで同一の範囲で比較するには、各流れの定義域を確かめる。Lee12 第9章の流れの議論と対応する。
微分同相写像は同相写像でもあるので、連結性やコンパクト性など、同相写像で保たれる位相的性質を保つ。さらに各点で接空間を線形同型にするので、次元も保つ。滑らかな関数が滑らかなまま対応することは、位相的性質より強い情報である。たとえば $h:N\to\mathbb R$ が滑らかなら $h\circ F:M\to\mathbb R$ も滑らかで、逆に $k:M\to\mathbb R$ が滑らかなら $k\circ F^{-1}:N\to\mathbb R$ も滑らかである。つまり、微分同相写像は滑らかな関数の代数も行き来させる。
$F:M\to N$ が微分同相なら、$M$ がコンパクトであることと $N$ がコンパクトであることは同値であり、$M$ が連結であることと $N$ が連結であることも同値である。
$F$ と $F^{-1}$ は滑らかなので連続である。コンパクト集合の連続像はコンパクトであり、連結集合の連続像は連結である。これを $F$ と $F^{-1}$ の両方に適用すれば、それぞれの性質が双方向に従う。∎
この命題から、$\mathbb R$ と円周 $S^1$ は微分同相ではない。円周はコンパクトで実直線はコンパクトでないからである。ただし局所的にはどちらも一次元の開区間のように見える。先の角度写像 $\mathbb R\to S^1$ が局所微分同相でありながら大域の微分同相でないこととも整合する。単に同じ次元を持つことは、微分同相であるための必要条件であって十分条件ではない。
逆向きに、同相というだけから微分同相を結論してはいけない。$x^3$ は同相写像だが、指定された写像そのものは微分同相でない。ただしこの例の両端はいずれも $\mathbb R$ で、恒等写像という別の微分同相は存在する。ある写像 $F$ が微分同相でないことと、二つの多様体の間に微分同相が一つもないことは別の主張である。後者を証明するときは一つの候補を退けるだけでは足りず、全ての候補に共通する不変量を使う必要がある。
具体的な写像では、まず定義域と値域を固定する。次に全単射かを調べ、滑らかさを座標で確認する。逆の式が分かればその滑らかさを確かめる。式が分からなければ、各点の微分の可逆性を調べて逆写像定理を使う。逆に微分が一箇所でも可逆でなければ、prop-diffeo-derivative により微分同相ではない。$x^3$ はこの最後の検査で退けられる。
局所微分同相と大域微分同相の間には、全単射性という段階が残る。円周への角度写像は全点で局所逆を持っても重複して値を取る。放物線への写像は像に対してなら微分同相でも、平面全体への写像ではない。微分同相という言葉は「逆写像があるか」だけでなく、「どの空間とどの空間を、どの滑らかさで同一視しているか」を含んでいる。
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