Generic 条件(generic condition)とは、Lorentz 多様体の非零接ベクトル $v$ に対する曲率の非退化条件 $v^cv^d\,v_{[a}R_{b]cd[e}v_{f]}\neq0$ である。時空が generic 条件を満たすとは、すべての延長不能な因果的測地線が、接ベクトルがこの条件を満たす点を含むことをいう。非光的な $v$ については、$v$ を含むある非退化平面の断面曲率が非零であることと同値であり、$\mathrm{Ric}(v,v)\neq0$ ならば generic である。Minkowski 時空や de Sitter 時空の光的ベクトルは generic でない。エネルギー条件と組み合わせると完備な因果的測地線が共役点の対を持つことが従い、Hawking–Penrose の特異点定理の仮定の 1 つになる。
前提知識: 時空, リーマン曲率テンソル, リッチテンソル, 断面曲率, 測地線
以下、$(M,g)$ を時空(より一般に擬リーマン多様体)とし、$\nabla$ をリーマン接続、リーマン曲率テンソルを
$$
R(X,Y)Z:=\nabla_X\nabla_YZ-\nabla_Y\nabla_XZ-\nabla_{[X,Y]}Z,\qquad R(X,Y,Z,W):=g(R(X,Y)Z,W)
$$
とする。$R(X,Y,Z,W)$ は $X,Y$ について交代、$Z,W$ について交代、対 $(X,Y)$ と $(Z,W)$ の交換について対称である。リッチテンソルは $\mathrm{Ric}(Y,Z):=\mathrm{tr}(X\mapsto R(X,Y)Z)$、非退化な平面 $\sigma=\mathrm{span}(u,w)$ の断面曲率は $K(\sigma):=R(u,w,w,u)/(g(u,u)g(w,w)-g(u,w)^2)$ とする。抽象添字では $R_{abcd}$、$v_a:=g_{ab}v^b$ と書き、$[ab]$ は交代化 $T_{[ab]}:=\frac12(T_{ab}-T_{ba})$ を表す。
$p\in M$ と非零ベクトル $v\in T_pM$ に対し、$T_pM$ 上の双線形形式
$$
E_v(w,w'):=R(w,v,v,w')=g(R(w,v)v,w')\qquad(w,w'\in T_pM)
$$
を $v$ の潮汐形式(tidal form)という。添字では $(E_v)_{ad}=R_{abcd}v^bv^c$ である。曲率テンソルの対称性により $E_v$ は対称であり、$E_v(v,\cdot)=E_v(\cdot,v)=0$ である。
$p\in M$ における非零ベクトル $v\in T_pM$ が generic 条件(generic condition)を満たす、または generic であるとは、4階の共変テンソル
$$
(T_v)_{abef}:=v_{[a}(E_v)_{b][e}v_{f]}=v^cv^d\,v_{[a}R_{b]cd[e}v_{f]}
$$
が零でないことをいう。$T_v=0$ のとき $v$ は generic でない(non-generic)という。成分を書けば
$$
4\,T_v(x,y,z,w)=g(v,x)E_v(y,z)g(v,w)-g(v,y)E_v(x,z)g(v,w)-g(v,x)E_v(y,w)g(v,z)+g(v,y)E_v(x,w)g(v,z)
$$
である。
$(M,g)$ の測地線 $\gamma$ が generic 条件を満たすとは、あるパラメータ値 $s$ で $\gamma'(s)$ が generic であることをいう(測地線の接ベクトルは平行なので因果的類別は一定である)。時空 $(M,g)$ が generic 条件を満たすとは、$M$ の任意の延長不能な因果的測地線(時間的または光的な測地線)が generic 条件を満たすことをいう(HE73 §4.4)。
$R$ の符号規約や計量の符号規約 $(-,+,\dots,+)$・$(+,-,\dots,-)$ を変えると $E_v$ と $T_v$ は全体の符号が変わるだけなので、「$T_v\neq0$」という条件は規約によらない。文献では接ベクトルを $K$ と書いて $K^cK^dK_{[a}R_{b]cd[e}K_{f]}\neq0$ と表すこともある(HE73 §4.4)が、内容は上の定義と同じである。
$E_v$ は、$v$ 方向に進む観測者が感じる潮汐力(測地線偏差)を表す。実際、$v$ 方向の測地線に沿う Jacobi 場 $J$ は $J''=-R(J,v)v$ を満たすので、$E_v$ が零なら $v$ の近くの測地線は(1次近似で)Euclid 空間と同じく相対加速度なしに進む。generic 条件は「測地線が曲率を実際に感じる点が少なくとも1つある」という条件であり、prop-generic-condition-nonnull のとおり非光的な $v$ については「$v$ を含むどれかの平面の断面曲率が非零」と同値である。名前の由来は、この条件が「一般の」(generic な)計量では満たされ、Minkowski 時空や de Sitter 時空のような対称性の高い例外でだけ破れることによる。特異点定理では、エネルギー条件($\mathrm{Ric}(v,v)\ge0$)と組み合わせて「完備な因果的測地線は必ず共役点の対を持つ」ことを導くために用いられる。
$I\subset\mathbb{R}$ を開区間、$a\colon I\to(0,\infty)$ を滑らかな関数、$(F,g_F)$ を断面曲率が定数 $k$ の3次元リーマン多様体とし、Warped積多様体 $M=I\times_aF$、$g=-dt^2+a(t)^2g_F$ を考える(Robertson–Walker 時空)。Warped 積の記事のリッチテンソルの公式により、$\partial_t$ と $F$ に接する単位ベクトル $V$($g(V,V)=1$)に対し
$$
\mathrm{Ric}(\partial_t,\partial_t)=-\frac{3\ddot a}{a},\qquad\mathrm{Ric}(\partial_t,V)=0,\qquad\mathrm{Ric}(V,V)=\frac{a\ddot a+2\dot a^2+2k}{a^2}
$$
である。曲線 $t\mapsto(t,q)$($q\in F$ を固定)は測地線であり(Warped 積の記事の接続の公式 $\nabla_{\partial_t}\partial_t=0$)、$\ddot a(t_0)\neq0$ となる $t_0\in I$ があれば prop-generic-condition-ricci により $\partial_t$ は $t=t_0$ で generic なので、この測地線は generic 条件を満たす。光的ベクトル $\ell=\partial_t+V$ については
$$
\mathrm{Ric}(\ell,\ell)=\frac{2(\dot a^2+k-a\ddot a)}{a^2}
$$
なので、これが非零となる時刻では $\ell$ は generic である。たとえば物質優勢の Friedmann 解 $a(t)=Ct^{2/3}$($k=0$)では $\dot a^2-a\ddot a=\frac{4}{9}C^2t^{-2/3}+\frac{2}{9}C^2t^{-2/3}>0$ なので、すべての時刻で $\partial_t$ も $\ell$ も generic である。
Minkowski 時空では $R\equiv0$ なので $E_v=0$、$T_v=0$ であり、どのベクトルも generic でない。したがって Minkowski 時空は generic 条件を満たさない。以下、(1)〜(4) は後述の Hawking–Penrose の特異点定理 thm-generic-condition-hawking-penrose の条件の番号である。Minkowski 時空は同定理の条件 (2) を満たさない測地的完備な時空の例である(ただし条件 (4) も満たさないので、(2) の必要性を示す例ではない)。(2) の必要性を示す例としては Einstein 静止宇宙 $(\mathbb{R}\times S^3,-dt^2+g_{S^3})$(Warped積多様体 で $f\equiv1$)がある:これは同定理の条件 (1)・(3)・(4a) を満たし測地的完備だが、$R(\cdot,\partial_t)\partial_t=0$ なので $\partial_t$ 方向の測地線は generic でない。
de Sitter 時空(時空の記事の例)は断面曲率が一定 $H^2>0$ の時空であり、prop-generic-condition-constant-curvature によりすべての光的ベクトルが generic でない。したがって de Sitter 時空は「時間的ベクトルはすべて generic」(ex-generic-condition-constant-curvature-timelike)という性質を満たすが、光的測地線が generic 条件を満たさないので時空としては generic 条件を満たさない。この例は「$\mathrm{Ric}(v,v)\neq0$ が任意の時間的 $v$ で成り立つ」ことが「generic 条件」を含意しないことを示す。anti-de Sitter 時空(定曲率 $-H^2$)についても同じことが成り立つ。
点 $p$ で $R_p=\kappa R_0$(prop-generic-condition-constant-curvature の記法)、$\kappa\neq0$ とする。時間的ベクトル $v$ と $w\in v^\perp$ に対し $E_v(w,w)=\kappa\,g(v,v)g(w,w)$ であり、$v^\perp$ 上で $g$ は正定値(時空の記事)なので $w\neq0$ なら $E_v(w,w)\neq0$ である。よって prop-generic-condition-nonnull により $v$ は generic である($n\ge2$ なので $v^\perp\neq0$)。同様に空間的ベクトルも generic である。
$p\in M$、$v\in T_pM$ を非零ベクトルとし、$v^\perp:=\{w\mid g(v,w)=0\}$ とおく。次は同値である。
非零ベクトル $v\in T_pM$ が $\mathrm{Ric}(v,v)\neq0$ を満たすならば、$v$ は generic である。
対偶を示す。$e_0,\dots,e_{n-1}$ を $T_pM$ の正規直交基底、$\epsilon_\mu:=g(e_\mu,e_\mu)\in\{\pm1\}$ とすると、リッチテンソルの定義により
$$
\mathrm{Ric}(v,v)=\sum_{\mu}\epsilon_\mu\,g(R(e_\mu,v)v,e_\mu)=\sum_\mu\epsilon_\mu E_v(e_\mu,e_\mu)
$$
である。$v$ が generic でないとする。$v$ が非光的なら prop-generic-condition-nonnull (4) により $E_v=0$ なので $\mathrm{Ric}(v,v)=0$ である。$v$ が光的なら、prf-generic-condition-nonnull で示したように $E_v(x,y)=g(v,x)\alpha(y)+\alpha(x)g(v,y)$ となる線形形式 $\alpha$ がある。$x=v$ とおくと $0=E_v(v,y)=\alpha(v)g(v,y)$ が任意の $y$ について成り立ち、$g(v,\cdot)\neq0$ なので $\alpha(v)=0$ である。よって $v=\sum_\mu\epsilon_\mu g(v,e_\mu)e_\mu$ を用いて
$$
\mathrm{Ric}(v,v)=\sum_\mu\epsilon_\mu\cdot2g(v,e_\mu)\alpha(e_\mu)=2\alpha(v)=0
$$
である。$\square$
点 $p$ において $R_p=\kappa R_0$($\kappa\in\mathbb{R}$、$R_0(x,y)z:=g(y,z)x-g(x,z)y$)が成り立つとする。このとき $T_pM$ の任意の光的ベクトル $v$ は generic でなく、したがって $\mathrm{Ric}(v,v)=0$ である。特に、2次元の Lorentz 多様体ではすべての光的ベクトルが generic でなく、定曲率時空では光的測地線は generic 条件を満たさない。
$v$ を光的、$w,w'\in v^\perp$ とすると
$$
E_v(w,w')=g(R(w,v)v,w')=\kappa\bigl(g(v,v)g(w,w')-g(w,v)g(v,w')\bigr)=0
$$
である($g(v,v)=0$、$g(w,v)=0$)。よって prop-generic-condition-nonnull (2) により $v$ は generic でなく、prop-generic-condition-ricci の対偶により $\mathrm{Ric}(v,v)=0$ である。2次元の場合に $R_p=\kappa R_0$ が成り立つことは rem-generic-condition-two-dimensional による。定曲率時空では定義によりすべての点で $R=\kappa R_0$ である。$\square$
$\dim T_pM=2$ とし、$e_1,e_2$ を正規直交基底、$\epsilon_i=g(e_i,e_i)$ とする。$R(e_i,e_i)=0$ なので $R_p$ は $R(e_1,e_2)e_1$ と $R(e_1,e_2)e_2$ で決まり、$R(e_1,e_2,e_j,e_j)=0$($Z,W$ についての交代性)により $\rho:=R(e_1,e_2,e_2,e_1)$ とおくと $R(e_1,e_2,e_1,e_2)=-\rho$ である。よって $R(e_1,e_2)e_2=\epsilon_1\rho\,e_1$、$R(e_1,e_2)e_1=-\epsilon_2\rho\,e_2$ である。一方 $R_0(e_1,e_2)e_2=\epsilon_2e_1$、$R_0(e_1,e_2)e_1=-\epsilon_1e_2$ なので、$\kappa:=\epsilon_1\epsilon_2\rho$ とおけば $R_p=\kappa R_0$ である。この $\kappa$ は $T_pM$ 自身の断面曲率 $K(T_pM)=\rho/(\epsilon_1\epsilon_2)=\kappa$ に等しい。この事実は定曲率空間の曲率テンソルの形(ONe83 Ch. 3)の2次元版である。
時空 $(M,g)$ が次を満たすとする。
証明は HE73 §8.2 Theorem 2 および BEE96 Ch. 12 に譲る(命題・定理番号は版により異なりうる)。generic 条件の役割は次の点にある。エネルギー条件 (1) と generic 条件 (2) の下では、完備な因果的測地線はどれも共役点の対を持つ(時間的測地線については HE73 §4.4 Proposition 4.4.2、光的測地線については Proposition 4.4.5)。一方、(3) と (4) からは共役点を持たない因果的測地線の存在が導かれ、両者が矛盾する。Minkowski 時空(rem-generic-condition-minkowski)は (1)・(3) を満たすが (2) を満たさず、実際に測地的完備である。de Sitter 時空(rem-generic-condition-constant-curvature)は (3) を満たすが (1)・(2) を満たさない(強エネルギー条件を破る典型例である)。
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