開写像定理(複素解析)(open mapping theorem)とは、Riemann 面の間の定数でない正則写像、特に複素平面の領域上の定数でない正則関数が開写像である、すなわち開集合の像がつねに開集合になるという定理である。証明の核は、分岐指数 $e$ の点の近くで局所座標を取り替えると正則写像が $u\mapsto u^e$ の形になるという局所標準形であり、$e$ 乗写像が開写像であることから従う。実関数 $x\mapsto x^2$ が $(-1,1)$ を $[0,1)$ に写すことと対照的に、複素数の冪根がつねに存在することが違いの源である。帰結として最大値原理、コンパクトな Riemann 面からの定数でない正則写像の全射性、単射な正則写像の逆写像の正則性が得られる。関数解析の同名の定理とは別の定理である。
前提知識: 正則関数, 開写像, Riemann面, 零点の位数
位相空間 の間の写像 $f\colon X\to Y$ が開写像であるとは、$X$ の任意の 開集合 $U$ に対して像 $f(U)$ が $Y$ の開集合になることをいう。
$X,Y$ を Riemann 面(連結(連結空間)な 1 次元 複素多様体)とする。連続写像 $f\colon X\to Y$ が正則写像であるとは、$X$ の各点 $x$ と $f(x)$ のまわりの 局所座標 $z$($z(x)=0$)、$w$($w(f(x))=0$)に対して、座標表示 $w\circ f\circ z^{-1}$ が $0$ の近傍で(複素数 平面の開集合上の関数として)正則になることをいう。$Y=\mathbb{C}$ のとき正則写像 $X\to\mathbb{C}$ を $X$ 上の正則関数という。複素数 平面の連結な開集合(領域)$U$ は 恒等写像 を局所座標とする Riemann 面であり、$U$ 上の正則関数は正則写像 $U\to\mathbb{C}$ にほかならない。
$X,Y$ を Riemann 面、$f\colon X\to Y$ を定数でない正則写像とする。このとき $f$ は開写像である。すなわち $X$ の任意の開集合 $U$ に対し $f(U)$ は $Y$ の開集合であり、特に $f(X)$ は $Y$ の開集合である。
特別な場合として、$U\subset\mathbb{C}$ を領域、$f\colon U\to\mathbb{C}$ を定数でない正則関数とすると、$f$ は開写像である。
開写像であることは局所的な性質である。実際、各点 $x\in X$ に対して $x$ の開近傍 $V_x$ で「$f|_{V_x}$ が開写像」となるものがあれば、$X$ の任意の開集合 $U$ に対し $f(U)=\bigcup_{x\in U}f(U\cap V_x)$ は開集合の和集合なので開集合である。
そこで $x\in X$ を固定し、$e:=e_x(f)$ をその分岐指数(零点の位数 の記事の定義(分岐指数))とする。$f$ が定数でなく $X$ が連結なので $e$ は定まる。thm-open-mapping-theorem-complex-normal-form により、$x$ を中心とする局所座標 $\zeta\colon V_x\to\zeta(V_x)\subset\mathbb{C}$ と $f(x)$ を中心とする局所座標 $w\colon W\to w(W)\subset\mathbb{C}$ で、$V_x$ 上で
$$w\circ f\circ\zeta^{-1}(u)=u^e\qquad(u\in\zeta(V_x))$$
となるものがとれる(必要なら $V_x$ を縮めて $f(V_x)\subset W$ としておく)。局所座標 $\zeta$、$w$ は 同相写像 だから、$f|_{V_x}=w^{-1}\circ P_e\circ\zeta$($P_e(u):=u^e$)が開写像であることは、$P_e$ が $\zeta(V_x)$ 上で開写像であることに帰着する。同相写像は開写像であり、開写像の合成は開写像だからである。
$P_e$ が開写像であることを示す。$G\subset\mathbb{C}$ を開集合、$u_0\in G$ とし、$B(u_0,\rho)\subset G$ となる 開円板 をとる。$u_0=0$ のときは $P_e(B(0,\rho))=B(0,\rho^e)$ である。実際 $|u|<\rho$ なら $|u^e|<\rho^e$ であり、逆に $|v|<\rho^e$ なら $v$ の $e$ 乗根 $u$($v=|v|e^{i\theta}$ に対し $u:=|v|^{1/e}e^{i\theta/e}$)は $|u|<\rho$ を満たす。よって $P_e(G)$ は $P_e(u_0)=0$ の近傍 $B(0,\rho^e)$ を含む。$u_0\neq0$ のときは $P_e'(u_0)=eu_0^{e-1}\neq0$ なので、lem-open-mapping-theorem-complex-inverse により $P_e$ は $u_0$ のある近傍を $P_e(u_0)$ のある開近傍の上に写す。いずれの場合も $P_e(G)$ は各点 $P_e(u_0)$ の近傍を含むから開集合である。
以上で各点 $x$ の近傍で $f$ が開写像であることが示され、冒頭の注意により $f$ は開写像である。領域 $U\subset\mathbb{C}$ 上の正則関数の場合は、$U$ を Riemann 面とみなせば含まれる。
非形式的に言えば、Riemann 面の間の正則写像は定数でない限り「像をつぶさない」。これは一般の連続写像には成り立たない強い性質であり、正則性から従う。
定数でない正則関数は、各点の近くで局所座標を取り替えると $u\mapsto u^e$ という形になる(thm-open-mapping-theorem-complex-normal-form)。$e=1$ ならこれは局所的な同相写像であり、$e\geq2$ でも $u^e$ は $0$ の近傍を $0$ の近傍の上へ「$e$ 重に巻き付けて」写す。どちらの場合も近傍は近傍に写るので、像はつぶれない。実関数 $x\mapsto x^2$ では $0$ の近傍 $(-1,1)$ の像が $[0,1)$ になって $0$ が端に来てしまうのと対照的で、複素数の $e$ 乗根がつねに存在すること($\mathbb{C}$ が 代数的閉体 であること)が違いの源である。開写像定理の帰結として、$|f|$ が内部で最大値をとれないこと(最大値原理)、コンパクトな Riemann 面からの定数でない正則写像が全射になること、単射な正則写像の逆写像が正則であることが、ほとんど位相的な議論だけで導かれる。
$f(z)=z^2$ は $\mathbb{C}$ 上の定数でない正則関数である。開円板 $B(0,r)$ の像は $B(0,r^2)$、上半平面 $\{\operatorname{Im}z>0\}$ の像は $\mathbb{C}\setminus[0,\infty)$($z=\rho e^{i\theta}$、$0<\theta<\pi$ の像は $\rho^2e^{2i\theta}$、$0<2\theta<2\pi$)であり、いずれも開集合である。原点は分岐指数 $2$ の点であり、$f$ は原点の近傍を $0$ の近傍の上へ 2 重に写している。
$f(z)=e^z$ について $f(\mathbb{C})=\mathbb{C}\setminus\{0\}$ は開集合であり、帯状領域 $\{0<\operatorname{Im}z<\pi\}$ の像は上半平面である。$f'(z)=e^z\neq0$ なのですべての点で分岐指数は $1$ であり、$f$ は局所的には同相写像であるが、大域的には単射でない(周期 $2\pi i$)。開写像定理は単射性を主張するものではない。
定数でない 有理関数 $R(z)=P(z)/Q(z)$($P,Q$ は 互いに素 な 多項式)は Riemann球面 $\mathbb{P}^1$ からそれ自身への正則写像を定める。$\mathbb{P}^1$ はコンパクトなので cor-open-mapping-theorem-complex-surjective により $R$ は全射である。特に $Q=1$ とすれば、$P(\infty)=\infty$ であり $\infty$ に写るのは $\infty$ だけなので、定数でない多項式 $P$ は $\mathbb{C}$ 上で任意の複素数値をとる。値 $0$ をとることが 代数学の基本定理 である。
次の例はそれぞれ、定理のどの仮定を破ると結論が破れるかを示す。
$\phi$ を $\mathbb{R}^2$ の開集合上の !FORMULA[167][35334642][0]級 写像とみると、その Jacobi行列式 は $|\phi'(u_0)|^2\neq0$ である(Cauchy–Riemannの方程式)。したがって実の 逆関数定理(出典 Rud76 Chapter 9)により $C^1$ 級の局所的な逆写像が存在する。逆写像の微分は $\phi$ の微分の逆行列であり、複素数倍で表される線形写像の逆行列はまた複素数倍で表されるから、逆写像は複素微分可能、すなわち正則である。複素解析の側からの扱いは Ahl79 Chapter 4 §3 にある。
$H$ を $0$ の近傍で正則な関数で $H(0)\neq0$ を満たすもの、$e\geq1$ を整数とする。このとき $0$ のある近傍上の正則関数 $K$ で $K^e=H$ かつ $K(0)\neq0$ となるものが存在する。
$H$ は連続だから、$0$ の近傍 $V$ で $|H(u)-H(0)|<|H(0)|$($u\in V$)となるものがとれる。このとき $H(u)/H(0)$ は開円板 $\{v\in\mathbb{C}\mid|v-1|<1\}$ に属する。この円板上では 対数関数 の 主値 $\operatorname{Log}$ が、$|v-1|<1$ で収束する冪級数
$$\operatorname{Log}v:=\sum_{n\geq1}\frac{(-1)^{n+1}}{n}(v-1)^n$$
により定義でき、正則で $\exp(\operatorname{Log}v)=v$ を満たす(出典 Ahl79 Chapter 2 §3)。$H(0)$ の $e$ 乗根 $c$($c^e=H(0)$)を 1 つ固定し、
$$K(u):=c\exp\Bigl(\frac1e\operatorname{Log}\frac{H(u)}{H(0)}\Bigr)\qquad(u\in V)$$
とおく。$K$ は正則関数の合成として $V$ 上で正則であり、
$$K(u)^e=c^e\exp\Bigl(\operatorname{Log}\frac{H(u)}{H(0)}\Bigr)=H(0)\cdot\frac{H(u)}{H(0)}=H(u)$$
である。また $K(0)=c\exp(0)=c\neq0$ である。
$f\colon X\to Y$ を Riemann 面の間の定数でない正則写像、$x\in X$、$e:=e_x(f)$ をその分岐指数とする。このとき $x$ を中心とする局所座標 $\zeta$ と $f(x)$ を中心とする局所座標 $w$ を適切に選ぶと、$x$ のある近傍で
$$w\circ f\circ\zeta^{-1}(u)=u^e$$
が成り立つ。
$x$ を中心とする任意の局所座標 $z$ と $f(x)$ を中心とする任意の局所座標 $w$ をとり、$F:=w\circ f\circ z^{-1}$ とおく。$F$ は $0$ の近傍で正則で $F(0)=0$ であり、分岐指数の定義により $\mathrm{ord}_0(F)=e$ である。零点の位数 の記事の命題(因数分解による特徴づけ)により、$0$ のある近傍で $F(u)=u^eH(u)$、$H$ は正則、$H(0)\neq0$ と書ける。lem-open-mapping-theorem-complex-root により $0$ の近傍上の正則関数 $K$ で $K^e=H$、$K(0)\neq0$ となるものがとれる。$\phi(u):=uK(u)$ とおくと $\phi$ は正則で $\phi(0)=0$、$\phi'(0)=K(0)\neq0$ である。lem-open-mapping-theorem-complex-inverse により $\phi$ は $0$ の開近傍 $V$ から $0$ の開近傍 $W$ への全単射で、逆写像は正則である。そこで $\zeta:=\phi\circ z$ とおくと、$\zeta$ は $x$ の近傍 $z^{-1}(V)$ から $W$ への同相写像で、$z$ との座標変換 $\phi$ とその逆が正則だから、$\zeta$ は $x$ を中心とする局所座標である。$u=\phi(v)$ に対し
$$w\circ f\circ\zeta^{-1}(u)=F(\phi^{-1}(u))=F(v)=v^eK(v)^e=\bigl(vK(v)\bigr)^e=\phi(v)^e=u^e$$
となり、主張が示された。
$f\colon X\to Y$ を Riemann 面の間の定数でない正則写像、$x\in X$、$e=e_x(f)$ とする。
thm-open-mapping-theorem-complex-normal-form の座標 $\zeta\colon V\to\zeta(V)$、$w$ をとり、$\zeta(V)$ が開円板 $B(0,\rho)$ になるよう $V$ を縮める。$W:=w^{-1}(B(0,\rho^e))$ とおく。
$X$ をコンパクト(コンパクト空間)な Riemann 面(閉 Riemann 面)、$Y$ を Riemann 面、$f\colon X\to Y$ を定数でない正則写像とする。このとき $f$ は全射であり、$Y$ もコンパクトである。
thm-open-mapping-theorem-complex-main により $f(X)$ は $Y$ の開集合である。一方 $X$ はコンパクトで $f$ は連続だから $f(X)$ は $Y$ のコンパクト部分集合であり、$Y$ は Hausdorff空間 だから $f(X)$ は $Y$ の 閉集合 である。$X\neq\emptyset$ より $f(X)\neq\emptyset$ である。$Y$ は連結で、$f(X)$ は空でない 開かつ閉集合 だから $f(X)=Y$ である。ゆえに $f$ は全射であり、$Y=f(X)$ はコンパクトである。
$X$ を Riemann 面、$f\colon X\to\mathbb{C}$ を定数でない正則関数とする。このとき $|f|$ は $X$ のどの点でも 極大値 をとらない。すなわち任意の $x\in X$ と $x$ の任意の近傍 $V$ に対し、$|f(y)|>|f(x)|$ となる $y\in V$ が存在する。特に $X$ がコンパクトなら、$X$ 上の正則関数は定数に限る。
$x\in X$ とし、$V$ を $x$ の開近傍とする。thm-open-mapping-theorem-complex-main により $f(V)$ は $f(x)$ を含む $\mathbb{C}$ の開集合だから、ある $\varepsilon>0$ について $B(f(x),\varepsilon)\subset f(V)$ である。$f(x)\neq0$ なら $y\in V$ で $f(y)=f(x)(1+\varepsilon/(2|f(x)|))$ となるものがあり $|f(y)|=|f(x)|+\varepsilon/2>|f(x)|$ である。$f(x)=0$ なら $f(y)=\varepsilon/2$ となる $y\in V$ があり $|f(y)|>0=|f(x)|$ である。$X$ がコンパクトのとき、連続関数 $|f|$ は $X$ 上で最大値をとる(コンパクト空間 の記事の定理(最大値・最小値の存在))から、$f$ は定数でなければならない。
$f\colon X\to Y$ を Riemann 面の間の単射な正則写像とする。このとき $f(X)$ は $Y$ の開集合であり、$f\colon X\to f(X)$ は同相写像で、その逆写像 $f^{-1}\colon f(X)\to X$ は正則写像である。特に領域 $U\subset\mathbb{C}$ 上の単射な正則関数 $f$ は $f'(z)\neq0$($z\in U$)を満たし、$f(U)$ は領域で、$f^{-1}\colon f(U)\to U$ は正則である。
$f$ は単射だから定数でなく($X$ は 2 点以上を持つ)、thm-open-mapping-theorem-complex-main により $f$ は開写像で $f(X)$ は開集合である。単射な連続開写像は像への同相写像である(開集合 $U\subset X$ に対し $(f^{-1})^{-1}(U)=f(U)$ が開集合だから $f^{-1}$ は連続)。各点 $x$ で $f$ は単射だから cor-open-mapping-theorem-complex-normal-form-consequences の 2 により $e_x(f)=1$ であり、thm-open-mapping-theorem-complex-normal-form の座標で $w\circ f\circ\zeta^{-1}=\mathrm{id}$ となる。したがって $\zeta\circ f^{-1}\circ w^{-1}=\mathrm{id}$ は $f(x)$ の近傍で正則であり、$f^{-1}$ は正則写像である。領域 $U\subset\mathbb{C}$ の場合、$e_z(f)=1$ と cor-open-mapping-theorem-complex-normal-form-consequences の 3 から $f'(z)\neq0$ であり、$f(U)$ は連結な開集合、すなわち領域である。
本定理は 1 変数複素解析の「開写像定理」であり、Banach空間 の間の全射な有界線形作用素が開写像であるという関数解析の 開写像定理 とは名前が同じだけの別の定理である。証明の核である局所標準形 thm-open-mapping-theorem-complex-normal-form は、零点の位数 の記事で述べた分岐指数の幾何学的な意味($e$ 重の巻き付き)を与え、分岐被覆 と Riemann–Hurwitzの公式 の出発点になる。また cor-open-mapping-theorem-complex-surjective は、コンパクトな Riemann 面上の定数でない有理型関数 $f\colon X\to\mathbb{P}^1$ が全射であること、したがって必ず極を持つことを含む。有界な 整関数 が定数であるという Liouvilleの定理(複素解析) も、Riemannの拡張定理 と組み合わせてこの系から導ける。平面上の定理の別証明として、最小値の議論と Cauchy の積分公式を用いるものが Ahl79 Chapter 4 §3 にあり、Riemann 面上の定式化と局所標準形については For81 §2 を参照。
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