摩天楼層

同義語:skyscraper sheaf

概要

摩天楼層(skyscraper sheaf)とは、位相空間 $X$ の点 $x$ と集合やアーベル群 $A$ に対し、$x$ を含む開集合に $A$ を、含まない開集合に 1 点(零群)を対応させる層 $i_{x*}A$ のことで、1 点空間からの包含写像による $A$ の順像である。茎は 1 点の閉包 $\overline{\{x\}}$ の点で $A$、ほかの点で $0$ となり、Hausdorff 空間では $x$ の上にだけ値をもつ。層 $\mathcal{G}$ から $i_{x*}A$ への射は茎 $\mathcal{G}_x$ から $A$ への写像と 1 対 1 に対応し、この随伴により、入射的なアーベル群を値とする摩天楼層は入射層になり、その直積で任意の層を入射層に埋め込める。摩天楼層は脆弱で高次コホモロジーが消え、スキームでは閉点の剰余体の層として構造層の商に現れる。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 層, 茎, 閉包, アーベル群

摩天楼層は、位相空間 $X$ の 1 点 $x$ にだけ値 $A$ を置き、$x$ を含まない開集合の上では何も持たない層である。$X$ が Hausdorff空間 なら茎は $x$ でだけ $A$ になり、1 点の上にだけ「そびえ立つ」形をしている。名前はこの形に由来する。
摩天楼層は層の理論のいろいろな場面に現れる。点 $x$ での茎をとる操作と表裏の関係にあり、層から摩天楼層への射は、茎から $A$ への写像とちょうど対応する(thm-sky-universal)。この性質から、入射的なアーベル群を値とする摩天楼層は入射層になり、その直積を使って任意の層を入射層に埋め込める。これが 層コホモロジー を定義する出発点である。スキームの上では、たとえば閉点の剰余体を茎にもつ摩天楼層が、構造層の商として現れる。

定義

$X$ を位相空間、$x\in X$ とし、$i_x\colon\{x\}\to X$ を包含写像とする。

摩天楼層

$A$ を集合とする。$X$ の開集合 $U$ に対し
$$ (i_{x*}A)(U):=\begin{cases}A & (x\in U),\\ \{*\} & (x\notin U)\end{cases} $$
とおき、開集合 $V\subset U$ に対する制限写像を、$x\in V$ のとき恒等写像 $\mathrm{id}_A$、そうでないとき 1 点集合への写像と定める。この前層 $i_{x*}A$ を、$x$ における値 $A$ の摩天楼層(skyscraper sheaf)という。$A$ がアーベル群・環のときは $\{*\}$ を零群・零環に置き換え、アーベル群・環の層とみなす。
$(X,\mathcal{O}_X)$ が環付き空間で $A$ が $\mathcal{O}_{X,x}$ 加群のときは、$x\in U$ なる $a\in\mathcal{O}_X(U)$ を $A$ に芽 $a_x$ の掛け算で作用させることにより、$i_{x*}A$ を $\mathcal{O}_X$ 加群とみなす。
層 $\mathcal{F}$ がある点 $x$ と $A$ について $i_{x*}A$ に同型であるとき、$\mathcal{F}$ を摩天楼層という。

$i_{x*}A$ が層であることは、層 の例「摩天楼層の構成と茎」で確かめられている。記号 $i_{x*}A$ は、1 点空間 $\{x\}$ 上の層とみた $A$ の、包含写像 $i_x$ による順像(層)を表す。実際、$\{x\}$ 上の層は 1 点集合の開集合 $\{x\}$ 上の値 $A$ で決まり、順像の値は $(i_{x*}A)(U)=A(i_x^{-1}(U))$ で、$i_x^{-1}(U)$ は $x\in U$ のとき $\{x\}$、そうでないとき空集合である。
$\mathcal{O}_X$ 加群の構造が矛盾なく定まることは、$x\in V\subset U$ のとき $(a|_V)_x=a_x$ であることから従う。

摩天楼層の茎

$y\in X$ について
$$ (i_{x*}A)_y=\begin{cases}A & (y\in\overline{\{x\}}),\\ \{*\} & (y\notin\overline{\{x\}})\end{cases} $$
である(アーベル群の場合は $\{*\}$ を $0$ とする)。とくに $A\ne0$ のアーベル群なら、$i_{x*}A$ の台(層)(茎が $0$ でない点の全体)は 1 点の閉包 $\overline{\{x\}}$ である。$y=x$ のとき、同一視 $(i_{x*}A)_x=A$ は、$x$ の開近傍 $U$ 上の切断 $a\in A$ の芽を $a$ に送る写像で与えられる。

茎の計算の所在

証明は 層 の例「摩天楼層の構成と茎」にある。要点は、$y\in\overline{\{x\}}$ が「$y$ のすべての開近傍が $x$ を含む」ことと同値で、このとき茎を定める帰納系の値がすべて $A$、写像がすべて恒等写像になることである。そうでなければ $x$ を含まない $y$ の開近傍があり、その中の開近傍の上で値は 1 点なので、茎も 1 点になる。茎 の例「定数層と摩天楼層の茎」も同じ計算を扱う。

例

Hausdorff 空間と T1 空間

$X$ が T1空間(1 点集合が閉集合である空間。Hausdorff空間 はその例)なら $\overline{\{x\}}=\{x\}$ なので、$i_{x*}A$ の茎は $x$ で $A$、他のすべての点で $\{*\}$ である。$X=\mathbb{R}$、$x=0$ なら、$0$ を含む開集合の上の切断は $A$ の元 1 つ、$0$ を含まない開集合の上の切断はないに等しい。$\mathbb{R}$ 上の連続関数の層とは違い、切断の値は「点 $0$ の上の値」だけで、ほかの点の情報を持たない。

Sierpiński 空間

Sierpiński空間 $X=\{a,b\}$(開集合は $\emptyset$、$\{a\}$、$X$)と、$0$ でないアーベル群 $A$ を考える。$\{b\}$ は閉集合で、$\overline{\{a\}}=X$ である。

  • 閉点 $b$ での摩天楼層 $i_{b*}A$ は $\{a\}\mapsto0$、$X\mapsto A$ である。$a$ の開近傍 $\{a\}$ 上の値が $0$ なので、茎は $(i_{b*}A)_a=0$、$(i_{b*}A)_b=A$ である。
  • 開点 $a$ での摩天楼層 $i_{a*}A$ は $\{a\}\mapsto A$、$X\mapsto A$ で、制限写像は恒等写像である。$b$ の開近傍は $X$ だけなので $(i_{a*}A)_b=A$ である。
    開点 $a$ での摩天楼層は、$a$ と異なる点 $b$ でも茎 $A$ を持つ。prop-sky-stalk の閉包はこの現象を表している。
既約空間の生成点と定数層

$X$ を既約空間、$\eta\in X$ をその生成点($\overline{\{\eta\}}=X$)とする。たとえば整域 $R$ の素スペクトル $\operatorname{Spec}R$ と零イデアル $\eta=(0)$ である。空でない開集合はすべて $\eta$ を含むので、$i_{\eta*}A$ は空でない開集合 $U$ に $A$ を対応させ、制限写像がすべて恒等写像である前層になる。これは定数前層であり、既約空間の上では空でない 2 つの開集合が必ず交わるので層である(層 の例「反例:定数前層は層でない」の後半)。その層化は定数層 $A_X$ なので、$i_{\eta*}A\cong A_X$ である。茎は $X$ のすべての点で $A$ である。$\operatorname{Spec}\mathbb{Z}$ の生成点での $i_{\eta*}\mathbb{Q}$ は、空でない開集合に有理数体 $\mathbb{Q}$ を対応させる層(有理関数の層)にほかならない。

アフィン直線の原点の剰余体

$k$ を体とし、$X=\mathbb{A}^1_k=\operatorname{Spec}k[t]$、$p=(t)$ を原点とする。$p$ は極大イデアルなので閉点であり、剰余体は $\kappa(p)=k[t]/(t)\cong k$ である。$M:=k[t]/(t)$ を $k[t]$ 加群とみて、付随する層 $\widetilde{M}$ を考える。茎は $\widetilde{M}_q=M_q$ である(準連接層 の命題「付随する層の茎と基本開集合上の切断」)。$q\ne p$ なら $t\notin q$ なので $t$ は $M_q$ 上で可逆に作用するが、$tM=0$ だから $M_q=0$ である。$q=p$ なら、$g\notin(t)$ は $g(0)\ne0$ を満たし、$M\cong k$ に $g(0)$ 倍で可逆に作用するので $M_p=M\cong k$ である。
thm-sky-universal により、恒等写像 $\widetilde{M}_p=k\to k$ に対応する $\mathcal{O}_X$ 加群の射 $\varphi\colon\widetilde{M}\to i_{p*}k$ がある。$\varphi$ の $p$ での茎は恒等写像、$p$ 以外の点では両辺の茎が $0$ である($\overline{\{p\}}=\{p\}$)。よって 層 の命題「層の射の茎による判定」により $\varphi$ は同型であり、
$$ \widetilde{k[t]/(t)}\cong i_{p*}k $$
となる。$\widetilde{M}$ は構造層 $\mathcal{O}_X$ をイデアル層 $\widetilde{(t)}$ で割った商であり、閉点の摩天楼層は「その点でだけ値をとる関数」の層として、構造層から得られる。

茎との随伴

摩天楼層への射は、茎だけを見れば決まる。これが摩天楼層の最も重要な性質である。

摩天楼層の普遍性

$X$ を位相空間、$x\in X$ とする。

  1. $X$ 上の集合の層 $\mathcal{G}$ と集合 $A$ について、写像
    $$ \Phi\colon\operatorname{Hom}(\mathcal{G},i_{x*}A)\longrightarrow\operatorname{Map}(\mathcal{G}_x,A),\qquad \Phi(\varphi)(s_x):=\varphi_U(s)\quad(s\in\mathcal{G}(U),\ x\in U) $$
    は矛盾なく定まる全単射であり、$\mathcal{G}$ と $A$ について自然である。$\Phi(\varphi)$ は、茎の写像 $\varphi_x\colon\mathcal{G}_x\to(i_{x*}A)_x$ に同一視 $(i_{x*}A)_x=A$(prop-sky-stalk)を合成したものに等しい。
  2. アーベル群の層 $\mathcal{G}$ とアーベル群 $A$ については、$\Phi$ は群の同型 $\operatorname{Hom}(\mathcal{G},i_{x*}A)\cong\operatorname{Hom}(\mathcal{G}_x,A)$ を与える。
  3. $(X,\mathcal{O}_X)$ が環付き空間で、$\mathcal{G}$ が $\mathcal{O}_X$ 加群、$A$ が $\mathcal{O}_{X,x}$ 加群なら、$\Phi$ は同型 $\operatorname{Hom}_{\mathcal{O}_X}(\mathcal{G},i_{x*}A)\cong\operatorname{Hom}_{\mathcal{O}_{X,x}}(\mathcal{G}_x,A)$ を与える。
    すなわち、$A\mapsto i_{x*}A$ は、茎をとる関手 $\mathcal{G}\mapsto\mathcal{G}_x$ の右随伴関手である。

1:$\Phi(\varphi)$ が矛盾なく定まることを示す。$s\in\mathcal{G}(U)$、$t\in\mathcal{G}(V)$($x\in U\cap V$)が $s_x=t_x$ を満たすとすると、$x$ の開近傍 $W\subset U\cap V$ で $s|_W=t|_W$ となるものがある。$x\in W$ なので $i_{x*}A$ の制限写像 $A=(i_{x*}A)(U)\to(i_{x*}A)(W)=A$ は恒等写像であり、
$$ \varphi_U(s)=\varphi_U(s)|_W=\varphi_W(s|_W)=\varphi_W(t|_W)=\varphi_V(t)|_W=\varphi_V(t) $$
となる。茎の写像 $\varphi_x$ は $s_x$ を $\varphi_U(s)$ の芽に送り、その芽は同一視 $(i_{x*}A)_x=A$ で $\varphi_U(s)$ に対応するので、$\Phi(\varphi)$ は $\varphi_x$ と同一視に一致する。
逆向きの写像 $\Psi$ を作る。写像 $h\colon\mathcal{G}_x\to A$ に対し、
$$ \Psi(h)_U(s):=\begin{cases}h(s_x) & (x\in U),\\ * & (x\notin U)\end{cases}\qquad(s\in\mathcal{G}(U)) $$
とおく。$\Psi(h)$ が前層の射であることを確かめる。開集合 $V\subset U$ と $s\in\mathcal{G}(U)$ について、$x\in V$ なら $(s|_V)_x=s_x$ なので $\Psi(h)_V(s|_V)=h(s_x)=\Psi(h)_U(s)=\Psi(h)_U(s)|_V$ である。$x\notin V$ なら両辺とも 1 点集合 $(i_{x*}A)(V)$ の元なので等しい。
$\Phi(\Psi(h))(s_x)=\Psi(h)_U(s)=h(s_x)$ なので $\Phi\circ\Psi=\mathrm{id}$ である。また $\Psi(\Phi(\varphi))_U(s)$ は、$x\in U$ なら $\Phi(\varphi)(s_x)=\varphi_U(s)$、$x\notin U$ なら 1 点集合の元で $\varphi_U(s)$ に等しいので、$\Psi\circ\Phi=\mathrm{id}$ である。
自然性:層の射 $\psi\colon\mathcal{G}'\to\mathcal{G}$ について、$s'\in\mathcal{G}'(U)$、$x\in U$ とすると
$$ \Phi(\varphi\circ\psi)(s'_x)=\varphi_U(\psi_U(s'))=\Phi(\varphi)(\psi_U(s')_x)=\Phi(\varphi)(\psi_x(s'_x)) $$
なので $\Phi(\varphi\circ\psi)=\Phi(\varphi)\circ\psi_x$ である。写像 $u\colon A\to B$ が誘導する射 $i_{x*}u\colon i_{x*}A\to i_{x*}B$($x\in U$ のとき $u$、そうでないとき 1 点集合の間の写像)については、$\Phi(i_{x*}u\circ\varphi)(s_x)=u(\varphi_U(s))=(u\circ\Phi(\varphi))(s_x)$ である。
2:アーベル群の場合、$\Phi(\varphi)$ は各 $\varphi_U$ が準同型なので準同型であり、$h$ が準同型なら $\Psi(h)_U$ は準同型($x\notin U$ のときは零写像)である。$\Phi$ が加法的であることは $(\varphi+\varphi')_U=\varphi_U+\varphi'_U$ から従う。
3:$\mathcal{O}_X$ 加群の場合、$\mathcal{O}_{X,x}$ の元はすべてある開近傍 $U$ 上の $a\in\mathcal{O}_X(U)$ の芽 $a_x$ として表せ、$\mathcal{G}_x$ の元 $s_x$ と共通の $U$ 上で表せる。$h$ が $\mathcal{O}_{X,x}$ 線形なら、$\Psi(h)_U(as)=h(a_xs_x)=a_x\,h(s_x)=a\cdot\Psi(h)_U(s)$ であり、$\Psi(h)$ は $\mathcal{O}_X$ 線形である。逆に $\varphi$ が $\mathcal{O}_X$ 線形なら、$\Phi(\varphi)(a_xs_x)=\varphi_U(as)=a_x\,\varphi_U(s)=a_x\,\Phi(\varphi)(s_x)$ なので $\Phi(\varphi)$ は $\mathcal{O}_{X,x}$ 線形である。$\square$

$\mathcal{G}$ が層でない前層でも、茎と $\Phi$ は同じ式で定義され、証明は局所性・貼り合わせを使っていないので、同じ全単射が成り立つ。随伴は「点 $x$ への包含 $i_x$ について、逆像 $i_x^{-1}\mathcal{G}=\mathcal{G}_x$ が順像 $i_{x*}$ の左随伴である」ことの特別な場合でもある(層 の定理「逆像と順像の随伴」と命題「順像は層、逆像の茎」)。

摩天楼層をとる関手の性質

$x\in X$ を固定し、アーベル群 $A$ に $i_{x*}A$ を対応させる関手 $i_{x*}\colon\mathbf{Ab}\to\mathrm{Ab}(X)$ を考える。

  1. $i_{x*}$ は充満忠実である:$\operatorname{Hom}(i_{x*}A,i_{x*}B)\cong\operatorname{Hom}(A,B)$。
  2. $i_{x*}$ は完全関手であり、任意個の直積を保つ。
  3. $I$ が入射的アーベル群(入射対象)なら、$i_{x*}I$ は $\mathrm{Ab}(X)$ の入射対象である。

1:thm-sky-universal を $\mathcal{G}=i_{x*}A$ に適用すると、$(i_{x*}A)_x=A$ なので $\operatorname{Hom}(i_{x*}A,i_{x*}B)\cong\operatorname{Hom}(A,B)$ である。この全単射は $\varphi$ を $\varphi_x$ に送るもので、逆は $u\mapsto i_{x*}u$ である($\Phi(i_{x*}u)=u$)。
2:アーベル群の完全列 $0\to A'\to A\to A''\to0$ に $i_{x*}$ を施すと、点 $y$ での茎の列は、$y\in\overline{\{x\}}$ なら元の列、そうでなければ $0\to0\to0\to0\to0$ であり、どちらも完全である。層 の定理「アーベル群の層の圏はアーベル圏である」により、層の列は各茎で完全なら完全である。直積については、層の直積 $\prod_\lambda\mathcal{F}_\lambda$ は $U\mapsto\prod_\lambda\mathcal{F}_\lambda(U)$ で与えられ、$(\prod_\lambda i_{x*}A_\lambda)(U)$ は $x\in U$ なら $\prod_\lambda A_\lambda$、そうでなければ $0$ なので、$i_{x*}(\prod_\lambda A_\lambda)$ に一致する。
3:層の単射 $\mathcal{G}'\to\mathcal{G}$ をとる。層 の命題「層の射の茎による判定」により茎の写像 $\mathcal{G}'_x\to\mathcal{G}_x$ は単射であり、$I$ が入射的なので制限 $\operatorname{Hom}(\mathcal{G}_x,I)\to\operatorname{Hom}(\mathcal{G}'_x,I)$ は全射である。thm-sky-universal の自然性により、これは制限 $\operatorname{Hom}(\mathcal{G},i_{x*}I)\to\operatorname{Hom}(\mathcal{G}',i_{x*}I)$ と同一視されるので、後者も全射である。すなわち $i_{x*}I$ は入射対象である。$\square$

3 と直積の保存を合わせると、各点 $x$ で茎 $\mathcal{F}_x$ を入射的アーベル群 $I_x$ に埋め込み、$\prod_{x\in X}i_{x*}I_x$ をとることで、任意の層 $\mathcal{F}$ を入射層に埋め込める。これが 層コホモロジー の定理「入射層の十分性」の証明である。$\prod_{x\in X}i_{x*}\mathcal{F}_x$ は各点の茎を独立に選んだ「不連続な切断」の層で、脆弱層 の例「不連続切断の層」と定義「Godement の標準分解」に現れる。

閉包の上の定数層としての記述と脆弱性

閉包の上の定数層の順像

$x\in X$、$Z:=\overline{\{x\}}$ とし、$\iota\colon Z\to X$ を包含写像、$A_Z$ を $Z$ 上の値 $A$ の定数層とする。このとき $i_{x*}A\cong\iota_*A_Z$ である。

まず $Z$ は既約である。実際、$Z=F_1\cup F_2$($F_1,F_2$ は $Z$ の閉集合、したがって $X$ の閉集合)なら、$x$ はどちらか、たとえば $F_1$ に属し、$F_1$ は $x$ を含む閉集合なので $Z=\overline{\{x\}}\subset F_1$ である。
$X$ の開集合 $U$ について、$U\cap Z\ne\emptyset$ と $x\in U$ とは同値である。$x\in U$ なら $x\in U\cap Z$ である。逆に $y\in U\cap Z$ なら、$U$ は $y$ の開近傍で $y\in\overline{\{x\}}$ なので $U$ は $x$ を含む。
$x\in U$ のとき、$U\cap Z$ は既約空間 $Z$ の空でない開集合なので既約であり、とくに連結空間である(2 つの交わらない空でない開集合の和に分かれれば、その補集合である 2 つの閉集合の和に分かれる)。定数層 の命題「開集合上の切断と連結性」により、評価 $s\mapsto s(x)$ が同型 $A_Z(U\cap Z)\cong A$ を与える。$x\notin U$ のときは $U\cap Z=\emptyset$ で $A_Z(\emptyset)$ は 1 点である。したがって $(\iota_*A_Z)(U)=A_Z(U\cap Z)$ と $(i_{x*}A)(U)$ の間に、$x\in U$ なら $s\mapsto s(x)$、そうでなければ 1 点集合の間の写像という全単射の族がある。$x\in V\subset U$ なら $s(x)=(s|_{V\cap Z})(x)$ なので、これらは制限写像と可換であり、層の同型を与える。$\square$

摩天楼層は脆弱で非輪状である

アーベル群 $A$ の摩天楼層 $i_{x*}A$ は脆弱層であり、$H^0(X,i_{x*}A)=A$、$H^q(X,i_{x*}A)=0$($q\ge1$)である。

開集合 $V\subset U$ に対する制限写像は、$x\in V$ なら $\mathrm{id}_A$、$x\in U\setminus V$ なら $A\to0$、$x\notin U$ なら $0\to0$ であり、いずれも全射である。よって $i_{x*}A$ は脆弱層である。脆弱層 の定理「flasque 層の非輪状性」により $q\ge1$ で $H^q(X,i_{x*}A)=0$ であり、$H^0(X,i_{x*}A)=(i_{x*}A)(X)=A$ である。$\square$

反例

反例:摩天楼層から出る射は茎で決まらない

thm-sky-universal は摩天楼層へ入る射についての主張で、向きを逆にした式 $\operatorname{Hom}(i_{x*}A,\mathcal{G})\cong\operatorname{Hom}(A,\mathcal{G}_x)$ は成り立たない。$X=\mathbb{R}$、$x=0$、$\mathcal{G}=\mathbb{Z}_{\mathbb{R}}$(値 $\mathbb{Z}$ の定数層)とすると、右辺は $\operatorname{Hom}(\mathbb{Z},\mathbb{Z})\cong\mathbb{Z}$ である。
一方、射 $\varphi\colon i_{0*}\mathbb{Z}\to\mathbb{Z}_{\mathbb{R}}$ は $0$ しかない。実際、$0\in U$ と $a\in\mathbb{Z}=(i_{0*}\mathbb{Z})(U)$ をとり、$\sigma:=\varphi_U(a)$ とおく。$y\in U$、$y\ne0$ なら、$0$ を含まない $y$ の開近傍 $W\subset U$ について $\sigma|_W=\varphi_W(a|_W)=\varphi_W(0)=0$ なので $\sigma_y=0$ である。$y=0$ については、$0$ を中心とする開区間 $I\subset U$ をとると、$\sigma|_I$ は連結な $I$ 上の局所定数関数なので定数 $c$ であり(定数層 の命題「開集合上の切断と連結性」)、$I\cap(0,\infty)$ 上では上と同じ理由で $0$ なので $c=0$ である。よってすべての芽が $0$ で、層 の命題「切断は芽で決まる」により $\sigma=0$ である。したがって左辺は $0$ であり、摩天楼層をとる関手は茎の関手の左随伴ではない。

反例:無限個の摩天楼層の直積の茎

$X=\mathbb{R}$、$x_n=1/n$($n\ge1$)、$A\ne0$ をアーベル群とし、$\mathcal{P}:=\prod_{n\ge1}i_{x_n*}A$ とおく。各因子の点 $0$ での茎は $0$ である($\overline{\{x_n\}}=\{x_n\}$ は $0$ を含まない)。しかし $\mathcal{P}$ の $0$ での茎は $0$ でない。実際、区間 $(-\varepsilon,\varepsilon)$ の全体は $0$ の有向な近傍基なので、茎 の命題「近傍基による茎の計算」により
$$ \mathcal{P}_0=\varinjlim_{\varepsilon\to0}\mathcal{P}((-\varepsilon,\varepsilon))=\varinjlim_{\varepsilon\to0}\prod_{n>1/\varepsilon}A $$
であり、遷移写像は成分の射影である。2 つの列 $(a_n)$、$(b_n)$ が同じ元を定めるのは、十分大きい $n$ で $a_n=b_n$ となるときなので、$\mathcal{P}_0\cong\prod_{n\ge1}A/\bigoplus_{n\ge1}A\ne0$ である。有限個の直積なら茎は各因子の茎の直積になる(有限直積は有向な帰納極限と交換する)が、無限個では成り立たない。

反例:入射的でない値の摩天楼層

$i_{x*}\mathbb{Z}$ は $\mathrm{Ab}(X)$ の入射対象でない。実際、包含 $\mathbb{Z}\to\mathbb{Q}$ から得られる単射 $i_{x*}\mathbb{Z}\to i_{x*}\mathbb{Q}$(cor-sky-functor の 2)について、恒等射 $i_{x*}\mathbb{Z}\to i_{x*}\mathbb{Z}$ が $i_{x*}\mathbb{Q}$ へ延びるとすると、cor-sky-functor の 1 により $\operatorname{Hom}(i_{x*}\mathbb{Q},i_{x*}\mathbb{Z})\cong\operatorname{Hom}(\mathbb{Q},\mathbb{Z})=0$ なので延長は $0$ で、恒等射が $0$ になって矛盾する($i_{x*}\mathbb{Z}\ne0$)。入射層を作るには、値を可除群($\mathbb{Q}$、$\mathbb{Q}/\mathbb{Z}$ など)にとる必要がある。

反例の表

外す条件反例成り立たなくなること
点 $x$ が閉点であること(ex-sky-t1)Sierpiński空間 の開点 $a$ での $i_{a*}A$、$A\ne0$(ex-sky-sierpinski)茎が $x$ 以外の点で $0$ であること
摩天楼層が射の終域にあること(thm-sky-universal)$\operatorname{Hom}(i_{0*}\mathbb{Z},\mathbb{Z}_{\mathbb{R}})=0$(ex-sky-from-skyscraper)射が茎の写像と 1 対 1 に対応すること
直積の因子が有限個であること$\prod_{n}i_{1/n*}A$ の $0$ での茎(ex-sky-infinite-product)直積の茎が各因子の茎の直積であること
値 $A$ が入射的であること(cor-sky-functor の 3)$i_{x*}\mathbb{Z}$(ex-sky-not-injective)摩天楼層が入射層であること

参考文献の所在

摩天楼層の定義と茎の計算、閉包上の定数層の順像としての記述は Har77 II 演習 1.17(p. 68)にある。Stacks は定義を Tag 009A、茎を Tag 009B、茎の関手との随伴を Tag 009C に置き、随伴の証明は省略している。thm-sky-universal、cor-sky-functor、prop-sky-closure の証明はこの記事で示した。

関連項目

参考文献

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