多重ポリログ

同義語:多重ポリログ関数multiple polylogarithmMPL

概要

多重ポリログ(multiple polylogarithm)とは、ポリログの級数を順序づけられた複数の和の添字へ拡張した関数である。一変数版、調和型多変数版、シャッフル型多変数版を区別し、開単位円板内の収束、反復積分表示、シャッフル積と調和積の適用範囲、多重ゼータ値を与える許容境界値を整理する。

$$\newcommand{bbC}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{bbD}[0]{\mathbb{D}} \newcommand{bbQ}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{bbR}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{bbZ}[0]{\mathbb{Z}} \newcommand{bc}[0]{\mathbf{c}} \newcommand{be}[0]{\mathbf{e}} \newcommand{bh}[0]{\mathbf{h}} \newcommand{bk}[0]{\mathbf{k}} \newcommand{bl}[0]{\mathbf{l}} \newcommand{bsp}[0]{\boldsymbol{p}} \newcommand{bz}[0]{\mathbf{z}} \newcommand{cA}[0]{\mathcal{A}} \newcommand{cF}[0]{\mathcal{F}} \newcommand{cI}[0]{\mathcal{I}} \newcommand{cJ}[0]{\mathcal{J}} \newcommand{cR}[0]{\mathcal{R}} \newcommand{cS}[0]{\mathcal{S}} \newcommand{cT}[0]{\mathcal{T}} \newcommand{cZ}[0]{\mathcal{Z}} \newcommand{dch}[0]{\mathrm{dch}} \newcommand{dep}[0]{\mathrm{dep}} \newcommand{emp}[0]{\varnothing} \newcommand{ep}[0]{\varepsilon} \newcommand{fH}[0]{\mathfrak{H}} \newcommand{fZ}[0]{\mathfrak{Z}} \newcommand{fz}[0]{\mathfrak{z}} \newcommand{hcA}[0]{\widehat{\mathcal{A}}} \newcommand{hcF}[0]{\widehat{\mathcal{F}}} \newcommand{hcS}[0]{\widehat{\mathcal{S}}} \newcommand{KY}[0]{\mathrm{KY}} \newcommand{Li}[0]{\mathrm{Li}} \newcommand{reg}[0]{\mathrm{reg}} \newcommand{sh}[0]{\text{ш}} \newcommand{stast}[0]{\mathbin{\overline{\ast}}} \newcommand{stbullet}[0]{\mathbin{\overline{\bullet}}} \newcommand{stsh}[0]{\mathbin{\overline{\sh}}} \newcommand{vv}[2]{\begin{array}{c}#1\\ #2\end{array}} \newcommand{wt}[0]{\mathrm{wt}} $$

前提知識: 複素数, 冪級数, 絶対収束, 反復積分, 多重ゼータ値

ポリログを深さ方向へ拡張する

通常のポリログは、正整数 $k$ と $|z|<1$ に対して
$$ \operatorname{Li}_k(z)=\sum_{n=1}^{\infty}\frac{z^n}{n^k} $$
で定まる。多重ポリログは分母に複数の整数を置き、それらを狭義不等式で順序づけた関数である。変数の置き方には複数の流儀があるため、「多重ポリログ」という名前だけでは級数の形を一意に決められない。本記事では、一変数版を中心に、調和型多変数版とシャッフル型多変数版の関係を明示する。
多重ポリログには二つの積構造が現れる。級数の積を添字の大小で分けると調和積が生じ、反復積分の積を積分変数の順序で分けるとシャッフル積が生じる。ただし、変数が残っている段階では両者の適用範囲が異なる。多重ゼータ値の複シャッフル関係式を、そのまま同一変数の多重ポリログへ移してはいけない。

級数による定義

以下、$\boldsymbol{k}=(k_1,\ldots,k_r)$ は正整数の有限列とする。$r$ を深さ、$k_1+\cdots+k_r$ を重さという。

一変数多重ポリログ

$|z|<1$ に対し
$$ \operatorname{Li}_{k_1,\ldots,k_r}(z) :=\sum_{0< n_1<\cdots< n_r} \frac{z^{n_r}}{n_1^{k_1}\cdots n_r^{k_r}} $$
を一変数多重ポリログという。深さ $1$ では通常のポリログ $\operatorname{Li}_{k_1}(z)$ に一致する。

調和型多変数多重ポリログ

$|z_1|,\ldots,|z_r|<1$ に対し
$$ \operatorname{Li}^{*}_{k_1,\ldots,k_r}(z_1,\ldots,z_r) :=\sum_{0< n_1<\cdots< n_r} \frac{z_1^{n_1}\cdots z_r^{n_r}} {n_1^{k_1}\cdots n_r^{k_r}} $$
を調和型多変数多重ポリログという。星印 $*$ はスター型の弱不等号を意味せず、ここでは級数積に対応する型を区別する記号である。

シャッフル型多変数多重ポリログ

$|w_1|,\ldots,|w_r|<1$ に対し
$$ \operatorname{Li}^{\mathrm{sh}}_{k_1,\ldots,k_r}(w_1,\ldots,w_r) :=\sum_{0< n_1<\cdots< n_r} \frac{w_1^{n_1}w_2^{n_2-n_1}\cdots w_r^{n_r-n_{r-1}}} {n_1^{k_1}\cdots n_r^{k_r}} $$
をシャッフル型多変数多重ポリログという。

定義域内での絶対収束

上の三つの級数は、それぞれ表示した開単位円板または開多重円板の中で絶対収束し、各変数について正則である。さらに一変数版は、$|z|\leq\rho<1$ 上で局所一様に絶対収束する。

絶対収束の証明

一変数版では分母を $1$ で下から評価すると
$$ \sum_{0< n_1<\cdots< n_r}|z|^{n_r} =\sum_{N=1}^{\infty}{N-1\choose r-1}|z|^N $$
となる。二項係数は $N$ の多項式で抑えられるため、$|z|<1$ で収束する。$|z|\leq\rho<1$ なら同じ上界の $|z|$ を $\rho$ に置き換えられるので、Weierstrassの判定法により局所一様収束する。
調和型では $\rho=\max_j|z_j|<1$ とおくと、各項の絶対値は分母を除けば $\rho^{n_1+\cdots+n_r}\leq\rho^{n_r}$ で抑えられる。したがって一変数版と同じ級数が優級数になる。シャッフル型では $\rho=\max_j|w_j|<1$ とおくと、指数の和が
$$ n_1+(n_2-n_1)+\cdots+(n_r-n_{r-1})=n_r $$
なので、やはり絶対値は $\rho^{n_r}$ で抑えられる。コンパクトな多重円板ごとに同じ議論が使え、項別微分も正当化されるから正則性が従う。

二つの多変数表示の変数変換

$|z_1|,\ldots,|z_r|<1$ なら
$$ \operatorname{Li}^{\mathrm{sh}}_{\boldsymbol{k}} (z_1z_2\cdots z_r,z_2\cdots z_r,\ldots,z_r) =\operatorname{Li}^{*}_{\boldsymbol{k}}(z_1,\ldots,z_r) $$
が成り立つ。また $|z|<1$ なら
$$ \operatorname{Li}_{\boldsymbol{k}}(z) =\operatorname{Li}^{*}_{\boldsymbol{k}}(1,\ldots,1,z) =\operatorname{Li}^{\mathrm{sh}}_{\boldsymbol{k}}(z,\ldots,z) $$
である。右辺は、表示された級数が絶対収束する範囲で解釈する。

変数変換の証明

シャッフル型の分子へ $(z_1\cdots z_r,z_2\cdots z_r,\ldots,z_r)$ を代入する。$z_j$ の指数は、最初の $j$ 個の因子から
$$ n_1+(n_2-n_1)+\cdots+(n_j-n_{j-1})=n_j $$
となる。したがって分子は $z_1^{n_1}\cdots z_r^{n_r}$ であり、調和型の各項に一致する。一変数版に関する二つの等式も、分子がいずれも $z^{n_r}$ になることから従う。

反復積分表示

$0< z<1$ とし、$\omega_0(t)=dt/t$、$\omega_1(t)=dt/(1-t)$ とおく。$\varepsilon_j\in\{0,1\}$ に対して
$$ I_z(\varepsilon_1,\ldots,\varepsilon_m) :=\int_{0< t_1<\cdots< t_m< z} \omega_{\varepsilon_1}(t_1)\cdots\omega_{\varepsilon_m}(t_m) $$
と書く。複素変数へ解析接続するときは積分路と対数の枝を指定する必要があるが、実区間 $0< z<1$ ではその曖昧さがない。

一変数多重ポリログの反復積分表示

$0< z<1$ と正整数列 $\boldsymbol{k}=(k_1,\ldots,k_r)$ に対し
$$ \operatorname{Li}_{k_1,\ldots,k_r}(z) =I_z(1,\underbrace{0,\ldots,0}_{k_1-1},\ldots, 1,\underbrace{0,\ldots,0}_{k_r-1}) $$
が成り立つ。

反復積分表示の証明

被積分関数は非負なのでTonelliの定理を使える。$0< u<1$ と $m\geq0$ に対し
$$ \int_0^u\frac{t^m}{1-t}\,dt =\sum_{N=m+1}^{\infty}\frac{u^N}{N}, \qquad \int_0^u t^{N-1}\,dt=\frac{u^N}{N} $$
である。最初の式は $(1-t)^{-1}=\sum_{j\geq0}t^j$ を項別積分すれば得られる。
反復積分を $t_1$ から順に計算する。文字 $1$ に対応する積分は、それまでの指数より大きい新しい整数を導入し、続く一つの文字 $0$ は同じ整数を分母に一回追加する。この操作を語
$$ 1,0^{k_1-1},\ldots,1,0^{k_r-1} $$
に沿って反復すると、最後に
$$ \sum_{0< n_1<\cdots< n_r} \frac{z^{n_r}}{n_1^{k_1}\cdots n_r^{k_r}} $$
を得る。これは定義した一変数多重ポリログである。

微分漸化式

$|z|<1$ とする。$k_r>1$ なら
$$ \frac{d}{dz}\operatorname{Li}_{k_1,\ldots,k_r}(z) =\frac{1}{z}\operatorname{Li}_{k_1,\ldots,k_r-1}(z), $$
$k_r=1$ なら
$$ \frac{d}{dz}\operatorname{Li}_{k_1,\ldots,k_{r-1},1}(z) =\frac{1}{1-z}\operatorname{Li}_{k_1,\ldots,k_{r-1}}(z) $$
が成り立つ。$r=1$、$k_1=1$ の場合は右辺の多重ポリログを $1$ と読む。

微分漸化式の証明

$k_r>1$ の式は、局所一様収束により級数を項別微分すれば直ちに得られる。$k_r=1$ のとき、$H_{N-1}(k_1,\ldots,k_{r-1})$ を
$$ \sum_{0< n_1<\cdots< n_{r-1}< N} \frac{1}{n_1^{k_1}\cdots n_{r-1}^{k_{r-1}}} $$
と書けば、微分後の級数は $\sum_{N\geq1}H_{N-1}z^{N-1}$ である。一方、幾何級数を用いると
$$ \frac{1}{1-z}\operatorname{Li}_{k_1,\ldots,k_{r-1}}(z) =\sum_{m\geq1}\frac{z^m}{m^{k_{r-1}}} \sum_{j\geq0}z^j $$
を、それ以前の入れ子和も含めて係数比較でき、$z^{N-1}$ の係数はちょうど $H_{N-1}$ になる。

シャッフル積と調和積

インデックス $\boldsymbol{k}$ に対応する $0,1$ の語を
$$ W(\boldsymbol{k})=1,0^{k_1-1}\cdots1,0^{k_r-1} $$
と書く。二つの語 $u,v$ のシャッフルとは、各語の内部順序を保ったまま両者の文字を並べ合わせる操作である。同じ語が複数の並べ方から現れれば、その重複度も数える。

反復積分のシャッフル積

$0< z<1$ と二つのインデックス $\boldsymbol{k},\boldsymbol{l}$ に対し
$$ \operatorname{Li}_{\boldsymbol{k}}(z) \operatorname{Li}_{\boldsymbol{l}}(z) =\sum_{w\in W(\boldsymbol{k})\mathbin{\mathrm{sh}}W(\boldsymbol{l})}I_z(w) $$
が成り立つ。右辺は語のシャッフルであり、インデックスの成分を単に並べ替える操作ではない。

シャッフル積の証明

左辺を二つの単体上の積分として書く。積領域では、一方の積分変数と他方の積分変数の大小関係を、各列の内部順序を保つ全順序ごとに分類できる。等号が生じる部分は測度 $0$ であり、各領域は一つのシャッフルに対応する。その領域で全変数を小さい順に並べると $I_z(w)$ になる。すべての領域を足せば表示式を得る。

調和型多変数版の最小の調和積

正整数 $a,b$ と $|x|,|y|<1$ に対し
$$ \operatorname{Li}^{*}_{a}(x)\operatorname{Li}^{*}_{b}(y) =\operatorname{Li}^{*}_{a,b}(x,y) +\operatorname{Li}^{*}_{b,a}(y,x) +\operatorname{Li}^{*}_{a+b}(xy) $$
が成り立つ。

調和積の証明

絶対収束により二重級数を自由に並べ替えられる。積
$$ \sum_{m,n\geq1}\frac{x^m y^n}{m^a n^b} $$
の範囲を $m< n$、$n< m$、$m=n$ に分割する。最初の領域が第1項、次の領域が第2項、対角線が第3項を与える。

一変数版へ調和積をそのまま移せない反例

$|z|<1$ でも
$$ \operatorname{Li}_1(z)^2 \neq2\operatorname{Li}_{1,1}(z)+\operatorname{Li}_2(z) $$
である。左辺の $z$ の係数は $0$ だが、右辺の $z$ の係数は $1$ である。級数積では分子が $z^{m+n}$ となる一方、一変数多重ポリログの分子は最大添字に付く $z^{n_r}$ だからである。調和積を使うには多変数調和型を保つか、$z=1$ の収束境界へ移る必要がある。

多重ゼータ値との境界

多重ゼータ値への特殊化

$k_r\geq2$ なら
$$ \lim_{z\uparrow1}\operatorname{Li}_{k_1,\ldots,k_r}(z) =\zeta(k_1,\ldots,k_r) $$
が成り立つ。右辺は本サイトの $0< n_1<\cdots< n_r$ という順序の流儀による多重ゼータ値である。

境界値の証明

$0< z<1$ では各項が非負であり、$z\uparrow1$ とともに単調に増加する。$k_r\geq2$ のとき $z=1$ で得られる多重ゼータ級数は収束する。したがって単調収束定理により極限と総和を交換でき、表示式を得る。

非許容インデックスでは有限境界値をもたない

深さ $1$ では
$$ \operatorname{Li}_1(z)=-\log(1-z) $$
なので、$z\uparrow1$ で発散する。したがって、開円板内で正則な多重ポリログが存在することと、$z=1$ で通常の多重ゼータ値を与えることは別の主張である。非許容インデックスの境界値を扱うには正規化が必要であり、通常の収束値と同一視してはいけない。

多重ゼータ値では、許容インデックスについて級数由来の調和積と反復積分由来のシャッフル積を同じ数の積に適用できる。これが複シャッフル関係式の源である。多重ポリログでは、開円板内の一変数版にはシャッフル積が自然に閉じる一方、調和積は変数の積を含む多変数調和型へ広がる。$z=1$ への特殊化、解析接続、正規化のどれを行うかを明記して初めて、二つの積を比較できる。BBBL01 Sections 2–4、Gon01 §§2–3、Zha16 Chapters 3–4。

基本例

深さ1と深さ2

$|z|<1$ で
$$ \operatorname{Li}_1(z)=-\log(1-z), \qquad \operatorname{Li}_{1,1}(z)=\frac{1}{2}\log^2(1-z) $$
が成り立つ。第二式の右辺は正であり、第一式の二乗にシャッフル積
$\operatorname{Li}_1(z)^2=2\operatorname{Li}_{1,1}(z)$ を適用して得られる。一方、$\operatorname{Li}_2(z)$ は古典的なdilogarithmであり、微分漸化式から
$$ \frac{d}{dz}\operatorname{Li}_2(z) =-\frac{\log(1-z)}{z} $$
を満たす。

解析接続と分岐

反復積分表示を用いると、多重ポリログを特異点を避ける経路に沿って解析接続できる。しかし値は一般に経路のホモトピー類や対数の枝に依存する。本記事の級数等式はまず $|z|<1$ または明示した多重円板内の等式であり、分岐を指定しないまま解析接続後の等式として使ってはならない。Gon01 §§2–3。

関連項目

参考文献

[1]
Jonathan M. Borwein, David M. Bradley, David J. Broadhurst and Petr Lisonek, Special values of multiple polylogarithms, Transactions of the American Mathematical Society, 2001, 907–941
[2]
Alexander B. Goncharov, Multiple polylogarithms and mixed Tate motives, arXiv:math/0103059, 2001, §§2–3(反復積分、多重ポリログ、シャッフル構造)

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