Mumford–Tate群

同義語:Mumford-Tate群Mumford–Tate groupMumford-Tate group

概要

Mumford–Tate群(Mumford–Tate group)とは、有理 Hodge 構造 $V$ を Deligne トーラスの表現 $h\colon\mathbb{S}\to\mathrm{GL}(V)_{\mathbb{R}}$ とみたとき、$h$ が経由する $\mathrm{GL}(V)$ の $\mathbb{Q}$ 上の代数的部分群のうち最小のものである。$V$ のテンソル積と双対から作った空間の有理部分空間がこの群で安定であることは部分 Hodge 構造であることと同値で、群はそれらの安定化群の共通部分に一致し、不変元は型 $(0,0)$ の有理元、可換子は Hodge 構造の自己準同型になる。群は連結で、簡約であることは $V$ が半単純であることと同値であり、楕円曲線では虚数乗法の有無に応じて 2 次元のトーラスか $\mathrm{GL}_2$ になる。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: Hodge構造, 代数群, Weil制限, テンソル圏

有理 Hodge 構造 $V$ は、Deligne トーラス $\mathbb{S}$ から $\mathrm{GL}(V_{\mathbb{R}})$ への準同型 $h$ として書ける(Hodge構造 の定義「Deligne トーラスと Hodge 構造」)。$h$ の像は実数体上の群であって、$V$ の有理構造とは噛み合っていない。Mumford–Tate 群は、$h$ の像を含む $\mathbb{Q}$ 上の代数的部分群のうち最小のものであり、$V$ の Hodge 構造の「対称性の大きさ」を $\mathbb{Q}$ 上の代数群として測る。$V$ のテンソル積や双対の中の部分 Hodge 構造、Hodge 類、Hodge 構造の自己準同型は、すべてこの群の不変部分空間・不変元・可換子として読める。
この記事では Mumford–Tate 群を定義し、主定理として次を証明する。テンソル空間の有理部分空間が Mumford–Tate 群で安定であることと部分 Hodge 構造であることは同値であり、Mumford–Tate 群はテンソル空間の部分 Hodge 構造をすべて安定にする元の全体に一致する。また、Mumford–Tate 群は連結であり、それが簡約であることと $V$ が半単純な Hodge 構造であることは同値である。とくに偏極可能なら簡約である。例として、重さ $1$、次元 $2$ の Hodge 構造(楕円曲線の $H^1$)の Mumford–Tate 群を、虚数乗法をもつ場合ともたない場合で決定する。

定義

$V$ を有限次元 $\mathbb{Q}$ ベクトル空間とし、重さ $n$ の有理 Hodge 構造 $V_{\mathbb{C}}=\bigoplus_{p+q=n}V^{p,q}$ が与えられているとする。$\mathbb{S}=\operatorname{Res}_{\mathbb{C}/\mathbb{R}}\mathbb{G}_m$ は $\mathbb{S}(\mathbb{R})=\mathbb{C}^\times$、$\mathbb{S}(\mathbb{C})=\mathbb{C}^\times\times\mathbb{C}^\times$ をみたす $\mathbb{R}$ 上の代数群であり(Weil制限)、Hodge 構造は $\mathbb{R}$ 上の代数群の準同型
$$ h\colon\mathbb{S}\to\mathrm{GL}(V)_{\mathbb{R}},\qquad h(z_1,z_2)\ \text{は}\ V^{p,q}\ \text{上で}\ z_1^{-p}z_2^{-q}\ \text{倍} $$
で与えられる($\mathbb{S}(\mathbb{R})=\mathbb{C}^\times$ は $z\mapsto(z,\bar z)$ で $\mathbb{S}(\mathbb{C})$ に入り、$h(z)$ は $V^{p,q}$ 上 $z^{-p}\bar z^{-q}$ 倍である)。重さが $n$ であることは、$r\in\mathbb{R}^\times$ について $h(r)=r^{-n}\,\mathrm{id}$ となることと同値である。
$a,b\ge0$ に対し $T^{a,b}:=V^{\otimes a}\otimes(V^\vee)^{\otimes b}$ とおく。これはテンソル積と双対の Hodge 構造(Hodge構造 の命題「テンソル積と双対」)により重さ $(a-b)n$ の有理 Hodge 構造であり、$\mathrm{GL}(V)$ の表現でもある。$T^{a,b}$ の Hodge 構造を定める準同型は $h$ と $\mathrm{GL}(V)\to\mathrm{GL}(T^{a,b})$ の合成である(双対では型と作用の符号がともに反転するため)。有限個の $T^{a,b}$ の直和をテンソル空間と呼ぶ。テンソル空間 $T$ の $\mathbb{Q}$ 部分空間 $W$ が部分 Hodge 構造であるとは、$W_{\mathbb{C}}=\bigoplus_{p,q}(W_{\mathbb{C}}\cap T^{p,q})$ が成り立つことをいう($T^{p,q}$ は各直和因子の型 $(p,q)$ の成分の和)。

Mumford–Tate 群

$\mathrm{GL}(V)$ の $\mathbb{Q}$ 上の代数的部分群 $G$ であって、$h$ が $G_{\mathbb{R}}\subset\mathrm{GL}(V)_{\mathbb{R}}$ を経由するもののうち最小のものを、$V$ の Mumford–Tate 群(Mumford–Tate group)といい、$\mathrm{MT}(V)$ と書く。

最小のものは存在する。条件をみたす代数的部分群の族の共通部分は代数的部分群であり(閉部分スキームの共通部分。Noether 性により有限個の共通部分で済む)、有限個の閉部分スキームの共通部分をとる操作は $\mathbb{R}$ への係数拡大と可換なので、$h$ は共通部分を経由する。$\mathbb{Q}$ 部分空間 $W\subset T$ を安定にする元の全体 $\operatorname{Stab}(W)$、ベクトル $t\in T$ を固定する元の全体 $\operatorname{Fix}(t)$ は $\mathrm{GL}(V)$ の代数的部分群である(Mil15 Proposition 4.3、p. 70 と同じ議論)。

定義の流儀

この定義は Mil17 の §2 の Aside(p. 31)にならった。Del82 §3(p. 24)は、Tate 構造 $\mathbb{Q}(1)$ を加えたテンソル空間 $V^{\otimes a}\otimes(V^\vee)^{\otimes b}\otimes\mathbb{Q}(1)^{\otimes c}$ の型 $(0,0)$ の有理元をすべて固定する $\mathrm{GL}(V)\times\mathbb{G}_m$ の部分群として Mumford–Tate 群を定め、それが Hodge 構造の定める余指標 $\mu\colon\mathbb{G}_m\to\mathrm{GL}(V_{\mathbb{C}})\times\mathbb{G}_{m,\mathbb{C}}$ の像を $\mathbb{C}$ 上で含む最小の $\mathbb{Q}$ 部分群であることを Proposition 3.4 で証明している。$h$ を $U^1=\{z\bar z=1\}$ に制限して同じ構成をしたものは特殊 Mumford–Tate 群(Hodge 群)と呼ばれる(Del82 p. 25)。

主定理

安定な部分空間と部分 Hodge 構造

$T$ をテンソル空間、$W\subset T$ を $\mathbb{Q}$ 部分空間とする。$W$ が $\mathrm{MT}(V)$ で安定であることと、$W$ が部分 Hodge 構造であることは同値である。

指標による分解

型 $(p,q)$ ごとに指標 $\chi_{p,q}(z_1,z_2):=z_1^{-p}z_2^{-q}$ を考えると、$h_{\mathbb{C}}(z)$ は $T^{p,q}$ 上 $\chi_{p,q}(z)$ 倍である。$T$ に現れる型は有限個で、$z_0:=(2,3)$ について値 $\chi_{p,q}(z_0)=2^{-p}3^{-q}$ は素因数分解の一意性により型ごとに異なる。したがって $h_{\mathbb{C}}(z_0)$ は固有空間がちょうど $T^{p,q}$ たちである対角化可能な線型変換である。
部分 Hodge 構造ならば安定:$W_{\mathbb{C}}=\bigoplus(W_{\mathbb{C}}\cap T^{p,q})$ なら、任意の $\mathbb{C}$ 代数 $R$ と $z\in\mathbb{S}(R)=(R^\times)^2$ について $h(z)$ は各成分をスカラー倍するので $W_R$ を保つ。よって $h_{\mathbb{C}}$ は $\operatorname{Stab}(W)_{\mathbb{C}}$ を経由する。$\mathbb{R}\to\mathbb{C}$ は忠実平坦なので、$h$ は閉部分スキーム $\operatorname{Stab}(W)_{\mathbb{R}}$ を経由する(経由することは、その定義イデアルの引き戻しが $0$ になることで、忠実平坦な拡大の後で確かめてよい)。最小性から $\mathrm{MT}(V)\subset\operatorname{Stab}(W)$ である。
安定ならば部分 Hodge 構造:$\mathrm{MT}(V)\subset\operatorname{Stab}(W)$ なら、$h$ は $\operatorname{Stab}(W)_{\mathbb{R}}$ を経由し、とくに $h_{\mathbb{C}}(z_0)$ は $W_{\mathbb{C}}$ を保つ。対角化可能な線型変換で安定な部分空間は、固有空間との共通部分の直和である($w=\sum w_{p,q}$ の各成分 $w_{p,q}$ は、$h_{\mathbb{C}}(z_0)$ の Lagrange 補間多項式 $\prod_{(p',q')\ne(p,q)}\frac{h_{\mathbb{C}}(z_0)-\chi_{p',q'}(z_0)}{\chi_{p,q}(z_0)-\chi_{p',q'}(z_0)}$ を $w$ に施したものだから $W_{\mathbb{C}}$ に入る)。よって $W_{\mathbb{C}}=\bigoplus(W_{\mathbb{C}}\cap T^{p,q})$ である。$\square$

不変元と自己準同型
  1. テンソル空間 $T$ の有理元 $t$ が $\mathrm{MT}(V)$ で固定されることと、$t$ が型 $(0,0)$ であること($t\in T^{0,0}$)は同値である。
  2. $\operatorname{End}(V)$ の元が $\mathrm{MT}(V)$ のすべての元と可換であることと、Hodge 構造の自己準同型であることは同値である。すなわち $\operatorname{End}_{\mathrm{MT}(V)}(V)=\operatorname{End}_{\mathrm{HS}}(V)$ である。
  3. 1 次元の $\mathbb{Q}$ 部分空間 $L\subset T$ が $\mathrm{MT}(V)$ で安定であることと、$L$ がある $p$ について型 $(p,p)$ の有理元(Hodge 類)で張られることは同値である。

要点:1 は thm-mt-subhs の証明と同じ指標の議論、2 は 1 を $\operatorname{End}(V)=T^{1,1}$ に、3 は定理を 1 次元の部分空間に使う。

詳細

1. $t\in T^{0,0}$ なら $h_{\mathbb{C}}(z)t=t$ がすべての $z$ で成り立つので、thm-mt-subhs の証明と同じく $h$ は $\operatorname{Fix}(t)_{\mathbb{R}}$ を経由し、$\mathrm{MT}(V)\subset\operatorname{Fix}(t)$ である。逆に固定されるなら $h_{\mathbb{C}}(z_0)t=t$ であり、$t=\sum t_{p,q}$ と分けると $\chi_{p,q}(z_0)=1$ となる型 $(0,0)$ の成分しか残らない。2. $\mathrm{GL}(V)$ は $\operatorname{End}(V)=V\otimes V^\vee\cong T^{1,1}$ に共役 $f\mapsto gfg^{-1}$ で作用するので、$f$ が可換であることは $f$ が固定されることである。$\operatorname{End}(V)$ の有理元が型 $(0,0)$ であることと Hodge 構造の射であることは同値である(Hodge構造 の命題「テンソル積と双対」の 3)。3. thm-mt-subhs により、$L$ が安定であることと $L_{\mathbb{C}}$ が 1 つの型 $(p,q)$ に含まれることは同値である。$L$ は有理なので複素共役で保たれ、Hodge 対称性から $(q,p)=(p,q)$、すなわち $p=q$ である。$\square$

連結性とスカラー
  1. $\mathrm{MT}(V)$ は連結である。
  2. 重さ $n\ne0$ なら、スカラー行列のなす部分群 $\mathbb{G}_m\subset\mathrm{GL}(V)$ は $\mathrm{MT}(V)$ に含まれる。
  1. 単位元成分 $\mathrm{MT}(V)^\circ$ は $\mathbb{Q}$ 上の代数的部分群であり、その形成は係数拡大と可換である(Mil15 Proposition 1.14、p. 21)。$\mathbb{S}_{\mathbb{C}}\cong\mathbb{G}_m^2$ は連結なので $\mathbb{S}$ も連結であり、$h^{-1}\bigl((\mathrm{MT}(V)_{\mathbb{R}})^\circ\bigr)$ は単位元を含む $\mathbb{S}$ の開かつ閉な部分群だから $\mathbb{S}$ 全体である。よって $h$ は $(\mathrm{MT}(V)^\circ)_{\mathbb{R}}$ を経由し、最小性から $\mathrm{MT}(V)=\mathrm{MT}(V)^\circ$ である。
  2. $Z\subset\mathrm{GL}(V)$ をスカラー行列の部分群とする。$\mathbb{G}_{m,\mathbb{R}}\subset\mathbb{S}$($r\mapsto r$)に $h$ を制限すると $r\mapsto r^{-n}\,\mathrm{id}$ であり、$n\ne0$ ならこれは $\mathbb{G}_{m,\mathbb{R}}$ から $Z_{\mathbb{R}}$ への全射(核は $\mu_n$)である。その像は $(\mathrm{MT}(V)\cap Z)_{\mathbb{R}}$ に含まれるので、閉部分群 $(\mathrm{MT}(V)\cap Z)_{\mathbb{R}}$ は $Z_{\mathbb{R}}$ 全体であり、$\mathrm{MT}(V)\cap Z=Z$ である。$\square$

次の定理は、Mumford–Tate 群がテンソル空間の部分 Hodge 構造の全体で決まることを述べる。

部分 Hodge 構造の安定化群としての特徴づけ

$\mathrm{MT}(V)$ は、すべてのテンソル空間 $T$ とその部分 Hodge 構造 $W$ にわたる $\operatorname{Stab}(W)$ の共通部分に等しい。

Chevalley の定理を使う

$\mathrm{MT}(V)$ が共通部分に含まれることは thm-mt-subhs による。逆を示す。Chevalley の定理(Mil15 Theorem 4.19、p. 77)により、$\mathrm{GL}(V)$ の有限次元表現 $U$ と 1 次元部分空間 $L\subset U$ で、すべての $\mathbb{Q}$ 代数 $R$ について $\mathrm{MT}(V)(R)=\{g\in\mathrm{GL}(V)(R)\mid g(L_R)=L_R\}$ となるものがある。$V$ は $\mathrm{GL}(V)$ の忠実な表現なので、$U$ は $\bigotimes^m(V\oplus V^\vee)$ の形の表現の直和 $T$ の部分表現 $U_2\subset U_1$ による商 $U_1/U_2$ に同型である(Mil15 Theorem 4.12、p. 73)。$\bigotimes^m(V\oplus V^\vee)$ は $V$ と $V^\vee$ を並べたテンソル積の直和で、各項は因子の並べ替えにより $T^{a,b}$ に同型である。並べ替えは $\mathrm{GL}(V)$ 同変で型を保つので、$T$ はテンソル空間とみなせる。
$L'\subset U_1$ を $L$ の逆像とする。$g\in\mathrm{GL}(V)(R)$ は $U_{1,R}$ と $U_{2,R}$ を保ち、$L'_R/U_{2,R}=L_R$($\otimes R$ は完全)なので、$g(L'_R)=L'_R$ と $g(L_R)=L_R$ は同値である。よって $\operatorname{Stab}(L')=\mathrm{MT}(V)$ である。とくに $L'$ は $\mathrm{MT}(V)$ で安定なので、thm-mt-subhs により部分 Hodge 構造であり、共通部分は $\operatorname{Stab}(L')=\mathrm{MT}(V)$ に含まれる。$\square$

簡約性と半単純性

次は同値である。

  1. $\mathrm{MT}(V)$ は簡約群である。
  2. $V$ は半単純な Hodge 構造である。すなわち、$V$ の任意の部分 Hodge 構造 $W$ に対し、$V=W\oplus W'$ となる部分 Hodge 構造 $W'$ がある。
    とくに $V$ が偏極可能なら $\mathrm{MT}(V)$ は簡約である。
忠実な半単純表現

thm-mt-subhs を $T=V$ に使うと、$V$ の $\mathrm{MT}(V)$ 部分表現と部分 Hodge 構造は同じものである。したがって条件 2 は、$V$ が $\mathrm{MT}(V)$ の表現として半単純であることと同値である。
2 ならば 1:$\mathrm{MT}(V)$ は連結(prop-mt-connected)で、標数 $0$ なので滑らか(Mil15 Corollary 10.36、p. 160)、すなわち連結な群多様体である。$V$ はその忠実な半単純表現なので、冪単根基は自明である(Mil15 Corollary 22.19、p. 383)。$\mathbb{Q}$ は完全体なので、冪単根基が自明な連結群多様体は簡約である(Mil15 22.15 (a)、p. 383)。
1 ならば 2:標数 $0$ の体上の連結な簡約群の有限次元表現はすべて半単純である(DM22 Proposition 2.23、p. 26)。とくに $V$ は $\mathrm{MT}(V)$ の表現として半単純である。
偏極可能なとき、部分 Hodge 構造 $W$ の偏極に関する直交補空間 $W^\perp$ は部分 Hodge 構造で $V=W\oplus W^\perp$ となる(Hodge構造 の命題「偏極可能な Hodge 構造の圏は半単純」)ので、2 が成り立つ。$\square$

偏極可能なら簡約であることの別証明として、Del82 Proposition 3.6(pp. 24–25)は特殊 Mumford–Tate 群のコンパクトな実形を偏極から作っている。

例

Tate 構造

$V=\mathbb{Q}(m)$ は型 $(-m,-m)$ の 1 次元の Hodge 構造で、重さは $-2m$ である(Hodge構造 の例「Tate 構造」)。$\mathrm{GL}(V)=\mathbb{G}_m$ であり、$h(z)$ は $(z\bar z)^m$ 倍である。$m\ne0$ なら prop-mt-connected の 2 により $\mathrm{MT}(\mathbb{Q}(m))=\mathbb{G}_m$ であり、$m=0$ なら $h$ は自明なので $\mathrm{MT}(\mathbb{Q}(0))=\{1\}$ である。$m\ne0$ のとき $\mathbb{Q}(m)$ の $0$ でない元は型 $(0,0)$ でないので、$\mathrm{MT}$ で固定されない(cor-mt-invariants の 1)。

楕円曲線 $E=\mathbb{C}/\Lambda$ の $H^1(E,\mathbb{Q})$ は、型 $(1,0)$ と $(0,1)$ の成分がともに 1 次元の重さ $1$ の Hodge 構造である(Hodge構造 の例「楕円曲線と上半平面」)。この形の Hodge 構造の Mumford–Tate 群は、自己準同型の代数で決まる。

重さ $1$、次元 $2$ の Hodge 構造

$V$ を、型 $(1,0)$ と $(0,1)$ の成分がともに 1 次元の重さ $1$ の有理 Hodge 構造とし、$D:=\operatorname{End}_{\mathrm{HS}}(V)$ とおく。

  1. $D$ は $\mathbb{Q}$ か虚 2 次体である。
  2. $D$ が虚 2 次体 $K$ なら、$V$ は 1 次元の $K$ ベクトル空間であり、$\mathrm{MT}(V)$ は $K$ と可換な元のなす部分群 $T_K:=\operatorname{Res}_{K/\mathbb{Q}}\mathbb{G}_m$($T_K(R)=(K\otimes R)^\times$)に等しい。
  3. $D=\mathbb{Q}$ なら $\mathrm{MT}(V)=\mathrm{GL}(V)$ である。

要点:1 は $D$ が $V^{1,0}$ への作用で $\mathbb{C}$ に埋め込まれること、2 は $\mathrm{MT}(V)$ が $D$ と可換なことと次元、3 は $\mathrm{MT}(V)$ の Lie 環が部分 Hodge 構造であることを使う。

詳細

1. $f\in D$ は $V^{1,0}$ を保つので、$f\mapsto f|_{V^{1,0}}\in\operatorname{End}_{\mathbb{C}}(V^{1,0})=\mathbb{C}$ は環準同型である。$f|_{V^{1,0}}=0$ なら、$f$ は有理(したがって実)なので $f(V^{0,1})=\overline{f(V^{1,0})}=0$ であり、$f=0$ である。よって $D$ は $\mathbb{C}$ の部分環に同型な有限次元 $\mathbb{Q}$ 代数、すなわち体であり、$V$ は $D$ 上のベクトル空間なので $[D:\mathbb{Q}]$ は $2$ を割る。$D=K$ が 2 次体で、この埋め込みの像が $\mathbb{R}$ に入るとすると、$f\in K$ は $V^{1,0}$ 上で実数 $\lambda$ 倍、$V^{0,1}$ 上で $\bar\lambda=\lambda$ 倍なので $f=\lambda\,\mathrm{id}$ であり、$f$ は有理なので $\lambda\in\mathbb{Q}$、すなわち $K=\mathbb{Q}$ となって矛盾する。よって $K$ は実でない埋め込みをもつ 2 次体、すなわち虚 2 次体である。

2. cor-mt-invariants の 2 により $\mathrm{MT}(V)$ は $K$ と可換であり(固定はスキームの意味なので、すべての $\mathbb{Q}$ 代数 $R$ で $\mathrm{MT}(V)(R)$ は $K\otimes R$ と可換)、$V\otimes R$ は $K\otimes R$ 上階数 $1$ の自由加群なので $\mathrm{MT}(V)\subset T_K$ である。$T_K$ は 2 次元の連結な代数群(トーラス)である。prop-mt-connected の 2 によりスカラー $\mathbb{G}_m\subset\mathrm{MT}(V)$ であり、$h(i)$ は $V^{1,0}$ 上 $i^{-1}$ 倍、$V^{0,1}$ 上 $i$ 倍でスカラーでないので $\mathrm{MT}(V)\ne\mathbb{G}_m$ である。$\mathrm{MT}(V)$ は滑らかで連結なので、$\dim\mathrm{MT}(V)=1$ なら Lie 環の包含 $\operatorname{Lie}\mathbb{G}_m\subset\operatorname{Lie}\mathrm{MT}(V)$ は次元が等しく等号になり、Mil15 Proposition 12.13(p. 187)により $\mathbb{G}_m=\mathrm{MT}(V)$ となって矛盾する。よって $\dim\mathrm{MT}(V)=2=\dim T_K$ であり、同じ命題により $\mathrm{MT}(V)=T_K$ である。

3. $\mathfrak{g}:=\operatorname{Lie}\mathrm{MT}(V)\subset\mathfrak{gl}(V)=\operatorname{End}(V)$ とおく。$\mathrm{MT}(V)$ は滑らかなので $\dim\mathfrak{g}=\dim\mathrm{MT}(V)$ である(Mil15 Corollary 1.23、p. 23)。随伴表現は $\mathrm{GL}(V)$ の中では共役 $X\mapsto gXg^{-1}$ なので(Mil15 12.19、p. 188)、$\mathfrak{g}$ は $\operatorname{End}(V)\cong T^{1,1}$ の $\mathrm{MT}(V)$ 安定な部分空間であり、thm-mt-subhs により部分 Hodge 構造である。$\operatorname{End}(V)_{\mathbb{C}}$ の型は $(0,0)$(2 次元)、$(1,-1)$、$(-1,1)$(各 1 次元)で、型 $(0,0)$ の部分は $V^{1,0}\oplus V^{0,1}$ に関して対角な線型写像の全体である。$h_{\mathbb{C}}$ は $\mathbb{S}_{\mathbb{C}}=\mathbb{G}_m^2$ を対角な $(z_1^{-1},z_2^{-1})$ に写すので、その微分の像は型 $(0,0)$ の部分全体であり、$\mathfrak{g}_{\mathbb{C}}\supset\operatorname{End}(V)^{0,0}$ である。$\mathfrak{g}_{\mathbb{C}}$ が型 $(1,-1)$ の $0$ でない元を含めば、複素共役で型 $(-1,1)$ も含み、$\mathfrak{g}=\operatorname{End}(V)$ となる。このとき Mil15 Proposition 12.13 により $\mathrm{MT}(V)=\mathrm{GL}(V)$ である。含まなければ $\mathfrak{g}_{\mathbb{C}}=\operatorname{End}(V)^{0,0}$ であり、$\mathfrak{g}$ の元はすべて型 $(0,0)$ の有理元、すなわち $D=\mathbb{Q}$ の元となるが、$\dim\mathfrak{g}=2$ なので矛盾する。$\square$

Hodge構造 の命題「複素トーラスと重さ $-1$ の Hodge 構造」の圏同値と双対により、$\operatorname{End}_{\mathrm{HS}}(H^1(E,\mathbb{Q}))$ は $\operatorname{End}(E)\otimes\mathbb{Q}$ と(1 により可換なので)同型である。したがって、虚数乗法(虚数乗法)をもつ楕円曲線では $\mathrm{MT}=T_K$(2 次元のトーラス)、もたない楕円曲線では $\mathrm{MT}=\mathrm{GL}_2$(4 次元)である。

反例

反例:半単純でない重さ $0$ の Hodge 構造

$V=\mathbb{Q}^3$ の標準基底を $e_1,e_2,e_3$ とし、$v:=\sqrt2\,e_1+e_2+i\,e_3$ として
$$ V^{0,0}:=\mathbb{C}e_1,\qquad V^{1,-1}:=\mathbb{C}v,\qquad V^{-1,1}:=\mathbb{C}\bar v $$
とおく。$e_2,e_3$ の座標で $v=(1,i)$、$\bar v=(1,-i)$ は独立なので $V_{\mathbb{C}}$ の直和分解であり、$\overline{V^{0,0}}=V^{0,0}$ と合わせて Hodge 対称性をみたす。よって $V$ は重さ $0$ の有理 Hodge 構造で、$W:=\mathbb{Q}e_1$ は部分 Hodge 構造である。
$W$ には補空間となる部分 Hodge 構造がない。実際、$V=W\oplus W'$ なら $W'_{\mathbb{C}}\cap V^{0,0}=W'_{\mathbb{C}}\cap W_{\mathbb{C}}=0$ なので $W'_{\mathbb{C}}=V^{1,-1}\oplus V^{-1,1}$ であり、$W'_{\mathbb{R}}$ は $\operatorname{Re}v=\sqrt2e_1+e_2$ と $\operatorname{Im}v=e_3$ の張る実平面である。この平面の有理点 $s(\sqrt2,1,0)+t(0,0,1)$ は $s\in\mathbb{Q}$、$s\sqrt2\in\mathbb{Q}$ から $s=0$ となり $\mathbb{Q}e_3$ しかないので、2 次元の有理部分空間 $W'$ はない。

  • 満たす性質:重さ $0$ の有理 Hodge 構造である。
  • 満たさない性質:半単純でない。thm-mt-reductive により $\mathrm{MT}(V)$ は簡約でなく、$V$ は偏極可能でない。
  • 破る含意:「Hodge 構造の Mumford–Tate 群は簡約である」。偏極可能性(半単純性)は外せない。
外す条件反例成り立たなくなること
$V$ が半単純(偏極可能)ex-mt-nonreductive$\mathrm{MT}(V)$ が簡約であること(thm-mt-reductive)
部分空間が $\mathbb{Q}$ 上定義される虚数乗法のない楕円曲線の $V^{1,0}\subset V_{\mathbb{C}}$$h(\mathbb{S})$ で安定なら $\mathrm{MT}(V)$ で安定であること(thm-mt-subhs)
型が $(0,0)$ex-mt-tate の $\mathbb{Q}(1)$ の生成元$\mathrm{MT}(V)$ で固定されること(cor-mt-invariants の 1)

2 行目:$V^{1,0}$ は $h(z)$ の固有空間なので $h(\mathbb{S})$ で安定だが、$\mathrm{MT}(V)_{\mathbb{C}}=\mathrm{GL}(V_{\mathbb{C}})$(prop-mt-dim-two の 3)は 1 次元部分空間を保たない。

使われ方

  • Hodge 類.cor-mt-invariants の 3 により、テンソル空間の Hodge 類の張る直線は $\mathrm{MT}(V)$ で安定であり、型 $(0,0)$ の Hodge 類は $\mathrm{MT}(V)$ の不変元そのものである。Tate 捻りを加えた Del82 の流儀(rem-mt-conventions)では、Hodge 類がちょうど Mumford–Tate 群の不変元になる(Del82 p. 24)。代数多様体のコホモロジーから作ったテンソル空間の Hodge 類(Hodge予想 の対象)を求めることは、こうして Mumford–Tate 群の不変元を求めることと同じになる。
  • 周期.周期(代数多様体) の記事は、Hodge 予想のもとでモチーフ的 Galois 群が Mumford–Tate 群に一致し、Grothendieck の周期予想が「周期の超越次数は Mumford–Tate 群の次元に等しい」と言い換えられることを述べている。prop-mt-dim-two の次元 $2$ と $4$ がこの予想の楕円曲線の場合に当たる。
  • テンソル圏.thm-mt-stabilizer は、$V$ から作られる剛体テンソル圏(テンソル圏 の例「有理 Hodge 構造」の部分)の構造が $\mathrm{MT}(V)$ で読めることを述べている。
  • Hodge 構造の族.Hodge テンソルの族を固定した Hodge 構造の全体は、条件のもとで Hermite 対称領域になる(Mil17 Theorem 2.14、pp. 29–31。この記事では証明しない)。これが Shimura多様体 の出発点である。

関連項目

参考文献

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