自己共役作用素

同義語:自己随伴作用素self-adjoint operator

概要

自己共役作用素(self-adjoint operator)とは、Hilbert 空間 $H$ の稠密な部分空間を定義域とする線形作用素 $T$ で、随伴と定義域まで含めて一致する、すなわち $T=T^*$ を満たすもののことである。内積の両側に移せるだけの対称作用素とは異なり、稠密に定義された対称作用素 $T$ が自己共役であることは $\operatorname{ran}(T\pm i)=H$ と同値であり、このときスペクトルは実数に含まれる。有界な自己共役作用素ではスペクトルの両端が 2 次形式 $\langle Tx,x\rangle$ の下限と上限に一致し、作用素ノルムもその絶対値の上限になる。スペクトル定理と Stone の定理は自己共役作用素について成り立ち、量子力学の観測量や微分作用素の理論の基礎になる。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: Hilbert空間, 随伴作用素, 閉グラフ定理

有限次元の Hermite行列 は実数の固有値をもち、固有ベクトルの正規直交基底で対角化できる。無限次元の Hilbert 空間で同じ役割を果たすのが 自己共役作用素(self-adjoint operator)である。量子力学では観測量が自己共役作用素で表され(量子力学)、Hodge 理論の Laplace 作用素 $\Delta=dd^*+d^*d$ も $\langle\Delta\alpha,\beta\rangle=\langle\alpha,\Delta\beta\rangle$ を満たす作用素として現れる(Hodge分解)。
有界な作用素なら、自己共役とは $T=T^*$ のことで、随伴作用素 の記事の定義で足りる。ところが位置や運動量、微分作用素の多くは有界でなく、Hilbert 空間全体では定義できない。このとき「内積の両側に移せる」(対称)という条件と「随伴と定義域まで一致する」(自己共役)という条件が分かれ、スペクトルが実数になることや スペクトル定理 が使えることは、後者でなければ保証されない。
この記事では、稠密な定義域をもつ作用素の随伴と、対称作用素・自己共役作用素を定義し、自己共役であるための判定条件 $\operatorname{ran}(T\pm i)=H$ を証明する。そこから、自己共役作用素のスペクトルが実数に含まれることを示し、有界な場合にはスペクトルの端が 2 次形式の値の上限と下限で与えられることを証明する。最後に、対称だが自己共役でない作用素の具体例を数列空間で作り、定義域の選び方で自己共役性が変わる様子を見る。

定義

$H$ を複素 Hilbert 空間とし、内積 $\langle\cdot,\cdot\rangle$ は第 1 変数について線形とする。作用素 $T$ とは、部分空間 $D(T)\subset H$(定義域)から $H$ への線形写像のことである。$D(T)$ が $H$ で稠密なとき $T$ は 稠密に定義される という。$D(S)\supset D(T)$ かつ $D(T)$ の上で $S=T$ のとき $S$ を $T$ の 拡張 といい $T\subset S$ と書く。グラフ $\Gamma(T)=\{(x,Tx)\mid x\in D(T)\}$ が $H\times H$ の閉集合のとき $T$ は 閉作用素 である(閉グラフ定理)。
稠密に定義された $T$ の 随伴 $T^*$ は、随伴作用素 の記事の節「有界性と定義域について」のとおり、
$$ D(T^*)=\{y\in H\mid x\mapsto\langle Tx,y\rangle\ \text{が}\ D(T)\ \text{の上で有界}\} $$
とし、$y\in D(T^*)$ に対して $\langle Tx,y\rangle=\langle x,T^*y\rangle$($x\in D(T)$)となるただ 1 つの元を $T^*y$ とする。一意性は $D(T)$ の稠密性による。

対称作用素と自己共役作用素

$T$ を稠密に定義された作用素とする。

  1. すべての $x,y\in D(T)$ で $\langle Tx,y\rangle=\langle x,Ty\rangle$ のとき、$T$ を 対称作用素 という。これは $T\subset T^*$ と同値である。
  2. $T=T^*$(定義域も含めて一致する)のとき、$T$ を 自己共役作用素(自己随伴作用素)という。
  3. $T$ の閉包 $\overline T$(グラフの閉包をグラフとする作用素)が自己共役のとき、$T$ を 本質的に自己共役 という。

$H$ 全体で定義された有界作用素では $D(T^*)=H$ なので、対称と自己共役は同じ条件であり、随伴作用素 の記事の自己随伴作用素と一致する。複素 Hilbert 空間では、稠密に定義された $T$ が対称であることと、すべての $x\in D(T)$ で $\langle Tx,x\rangle$ が実数であることは同値である。$\Rightarrow$ は $\langle Tx,x\rangle=\langle x,Tx\rangle=\overline{\langle Tx,x\rangle}$、$\Leftarrow$ は $\langle T(x+cy),x+cy\rangle$($c=1,i$)の虚部を比べればよい(Tes09 Lemma 2.1、p. 58)。
全空間で定義された対称作用素は、自動的に有界である。これは 開写像定理 の記事の定理「対称な作用素の有界性」で、Hellinger–Toeplitz の定理とも呼ばれる(Tes09 Theorem 2.9、p. 67)。したがって有界でない対称作用素は、必ず真の部分空間の上でしか定義できず、定義域の選び方が問題になる。

随伴の閉性と対称作用素の閉包

$T$ を稠密に定義された作用素とする。

  1. $T^*$ は閉作用素であり、稠密に定義された $S$ について $S\subset T$ なら $T^*\subset S^*$ である。
  2. $T$ が対称なら、$T$ は閉包をもち $\overline T\subset T^*$ である。とくに自己共役作用素は閉作用素である。
グラフの極限で内積の等式を保つ

1:$y_n\in D(T^*)$、$y_n\to y$、$T^*y_n\to z$ とする。$x\in D(T)$ について $\langle Tx,y\rangle=\lim\langle Tx,y_n\rangle=\lim\langle x,T^*y_n\rangle=\langle x,z\rangle$ なので、$x\mapsto\langle Tx,y\rangle$ は有界で $y\in D(T^*)$、$T^*y=z$ である。後半は、$y\in D(T^*)$ について $x\mapsto\langle Sx,y\rangle$ が $D(S)$ の上でも有界で、$S^*y=T^*y$ となることによる。2:$\Gamma(T)\subset\Gamma(T^*)$ で後者は閉なので $\overline{\Gamma(T)}\subset\Gamma(T^*)$ である。$(0,y)\in\overline{\Gamma(T)}$ なら $y=T^*0=0$ なので、閉グラフ定理 の命題「閉包をもつための条件」により $T$ は閉包をもち、$\overline T\subset T^*$ である。$T=T^*$ なら 1 により $T$ は閉である。$\square$

例

掛け算作用素と対角作用素
  1. $(X,\mu)$ を $\sigma$ 有限な測度空間、$a\colon X\to\mathbb{R}$ を可測関数とし、$L^2(X,\mu)$ 上で $M_af=af$、$D(M_a)=\{f\mid af\in L^2\}$ とする。$M_a$ は自己共役である(量子力学の関数解析的構造 の命題「実数値関数による乗算作用素は自己共役」)。$X=\mathbb{R}$、$a(q)=q$ が量子力学の位置作用素である。
  2. 数え上げ測度の場合として、$H=\ell^2=\ell^2(\{1,2,\dots\})$ で
    $$ (Ax)_n=nx_n,\qquad D(A)=\Bigl\{x\in\ell^2\Bigm|\sum_nn^2\lvert x_n\rvert^2<\infty\Bigr\} $$
    とおくと、$A$ は自己共役で、有界でない($\lvert Ae_n\rvert=n$)。$A$ は全空間では定義できないが、有限個を除いて $0$ の数列の空間 $c_{00}$ を含む稠密な定義域をもつ。

自己共役であるための判定条件

随伴 $T^*$ を直接計算するのは難しいことが多い。次の定理は、方程式 $(T\pm i)x=y$ がいつでも解けるかどうかで自己共役性を判定する。証明は 2 つの事実に基づく。対称作用素 $T$、$x\in D(T)$、$z=a+ib$($a,b\in\mathbb{R}$)について
$$ \lvert(T-z)x\rvert^2=\lvert(T-a)x\rvert^2+b^2\lvert x\rvert^2\ \ge\ b^2\lvert x\rvert^2\qquad(1) $$
が成り立つ(展開したときの交差項 $2\operatorname{Re}\bigl(ib\langle(T-a)x,x\rangle\bigr)$ は、$\langle(T-a)x,x\rangle$ が実数なので $0$)。また稠密に定義された $T$ について
$$ \operatorname{ran}(T-z)^{\perp}=\ker(T^*-\overline z)\qquad(2) $$
である。$y\perp\operatorname{ran}(T-z)$ は「すべての $x\in D(T)$ で $\langle Tx,y\rangle=\langle x,\overline zy\rangle$」と同じで、これは $y\in D(T^*)$ かつ $T^*y=\overline zy$ ということだからである。

自己共役性の判定

$T$ を稠密に定義された対称作用素とする。次は同値である。

  1. $T$ は自己共役である。
  2. $T$ は閉作用素で、$\ker(T^*-i)=\ker(T^*+i)=0$ である。
  3. $\operatorname{ran}(T-i)=\operatorname{ran}(T+i)=H$ である。
評価 (1) と直交関係 (2)

1 ⇒ 2:lem-sa-closed により $T$ は閉である。$T^*y=\pm iy$ なら $T=T^*$ から $y\in D(T)$、$(T\mp i)y=0$ で、(1) により $y=0$ である。
2 ⇒ 3:まず $\operatorname{ran}(T+i)$ が閉であることを示す。$(T+i)x_n\to w$ なら (1) により $x_n$ は Cauchy 列で、$x_n\to x$、$Tx_n=(T+i)x_n-ix_n\to w-ix$ である。$T$ は閉なので $x\in D(T)$ で $(T+i)x=w$ である。(2) により $\operatorname{ran}(T+i)^{\perp}=\ker(T^*-i)=0$ なので、閉部分空間 $\operatorname{ran}(T+i)$ は $H$ に等しい。$T-i$ も同様である。
3 ⇒ 1:$T\subset T^*$ なので、$D(T^*)\subset D(T)$ を示せばよい。$y\in D(T^*)$ とし、3 により $(T-i)x=(T^*-i)y$ となる $x\in D(T)$ をとる。$T^*x=Tx$ なので $(T^*-i)(y-x)=0$ である。(2) により $\ker(T^*-i)=\operatorname{ran}(T+i)^{\perp}=H^{\perp}=0$ なので $y=x\in D(T)$ である。$\square$

$i$ と $-i$ の代わりに、虚部が正の $z$ と負の $\overline z$ の組をどれか 1 つ使っても同じ判定ができる($T$ を $(T-\operatorname{Re}z)/\lvert\operatorname{Im}z\rvert$ に替える)。判定の 3 は Hilbert 空間の元だけで書けていて随伴を含まないので、具体的な作用素で確かめやすい。同じ考え方で、本質的な自己共役性も判定できる(Tes09 Lemma 2.7、p. 66)。

本質的な自己共役性の判定

稠密に定義された対称作用素 $T$ が本質的に自己共役であることと、$\operatorname{ran}(T-i)$ と $\operatorname{ran}(T+i)$ がともに $H$ で稠密であることは同値である。このとき $\overline T$ は $T$ のただ 1 つの自己共役拡張である。

$\overline T$ は閉な対称作用素で、(1) は極限をとって $\overline T$ でも成り立つ。(1) から $\operatorname{ran}(\overline T\pm i)$ は $\operatorname{ran}(T\pm i)$ の閉包に等しい($\supset$ は thm-sa-criterion の 2 ⇒ 3 の証明と同じ極限の議論、$\subset$ は $\overline T$ の定義による)。よって thm-sa-criterion の 1 ⇔ 3 を $\overline T$ に使えばよい。一意性:$S$ を $T$ の自己共役拡張とすると、$S$ は閉なので $\overline T\subset S$ で、lem-sa-closed の 1 から $S=S^*\subset\overline T^*=\overline T$、よって $S=\overline T$ である。$\square$

スペクトルは実数に含まれる

閉作用素 $T$ について、$T-z\colon D(T)\to H$ が全単射で逆写像が有界な $z\in\mathbb{C}$ の全体をレゾルベント集合 $\rho(T)$、その補集合を スペクトル $\sigma(T)$ という。有界作用素ではこれは スペクトル定理 の記事の定義と同じである。

自己共役作用素のスペクトル

$T$ を自己共役作用素とする。

  1. $\sigma(T)\subset\mathbb{R}$ であり、$\operatorname{Im}z\neq0$ なら $\|(T-z)^{-1}\|\le1/\lvert\operatorname{Im}z\rvert$ である。
  2. 固有値は実数で、相異なる固有値の固有ベクトルは直交する。

1:$z=a+ib$、$b\neq0$ とする。$S:=(T-a)/\lvert b\rvert$ は自己共役である($D(S)=D(T)$ で、実数 $a$ について $(T-a)^*=T^*-a$)。thm-sa-criterion により $\operatorname{ran}(S\pm i)=H$ なので $T-z=\lvert b\rvert(S-i\operatorname{sgn}b)$ は全射であり、(1) により単射で $\lvert(T-z)^{-1}y\rvert\le\lvert y\rvert/\lvert b\rvert$ である。2:$Tx=\lambda x$、$x\neq0$ なら $\lambda\lvert x\rvert^2=\langle Tx,x\rangle\in\mathbb{R}$。$Ty=\mu y$、$\lambda\neq\mu$ なら $\lambda\langle x,y\rangle=\langle Tx,y\rangle=\langle x,Ty\rangle=\mu\langle x,y\rangle$ から $\langle x,y\rangle=0$ である。$\square$

対称作用素の固有値も同じ理由で実数だが、スペクトルは実数に収まらないことがある(ex-sa-symmetric)。逆に、閉な対称作用素で $\sigma(T)\subset\mathbb{R}$ なら $\operatorname{ran}(T\pm i)=H$ なので、thm-sa-criterion により自己共役である(Tes09 Theorem 2.18、p. 77)。

有界な自己共役作用素

有界な場合には、スペクトルの位置を 2 次形式 $\langle Tx,x\rangle$ の値で正確に読むことができる。

2 次形式によるノルムとスペクトルの端

$T$ を $H\neq0$ 上の有界な自己共役作用素とし、$m:=\inf_{\lvert x\rvert=1}\langle Tx,x\rangle$、$M:=\sup_{\lvert x\rvert=1}\langle Tx,x\rangle$ とおく。

  1. $\|T\|=\sup_{\lvert x\rvert=1}\lvert\langle Tx,x\rangle\rvert=\max(\lvert m\rvert,\lvert M\rvert)$ である。
  2. $\sigma(T)\subset[m,M]$ であり、$m\in\sigma(T)$、$M\in\sigma(T)$ である。
偏極と正値作用素の Cauchy–Schwarz

1:$c:=\sup_{\lvert x\rvert=1}\lvert\langle Tx,x\rangle\rvert\le\|T\|$ である。逆向きは偏極で示す。$T=T^*$ から
$$ \langle T(x+y),x+y\rangle-\langle T(x-y),x-y\rangle=4\operatorname{Re}\langle Tx,y\rangle $$
で、左辺の絶対値は $c(\lvert x+y\rvert^2+\lvert x-y\rvert^2)=2c(\lvert x\rvert^2+\lvert y\rvert^2)$ 以下である。$\lvert x\rvert=1$、$Tx\neq0$ のとき $y=Tx/\lvert Tx\rvert$ とおくと $\operatorname{Re}\langle Tx,y\rangle=\lvert Tx\rvert$ なので $\lvert Tx\rvert\le c$、よって $\|T\|\le c$ である。
2:$\lambda>M$ なら $\langle(\lambda-T)x,x\rangle\ge(\lambda-M)\lvert x\rvert^2$ と Cauchy–Schwarz の不等式から $\lvert(\lambda-T)x\rvert\ge(\lambda-M)\lvert x\rvert$ で、thm-sa-criterion の 2 ⇒ 3 の証明と同じく $\lambda-T$ は全単射で逆が有界である。$\lambda< m$ も同様で、実数でない $\lambda$ は thm-sa-spectrum による。$M\in\sigma(T)$ は、$S:=M-T$ について $\langle Sx_n,x_n\rangle\to0$ となる単位ベクトル $x_n$ から $Sx_n\to0$ を導いて示す。

端がスペクトルに入ることの詳細

$S=M-T$ は自己共役で、すべての $x$ で $\langle Sx,x\rangle\ge0$ である。半正定値な Hermite 形式 $(x,y)\mapsto\langle Sx,y\rangle$ にも Cauchy–Schwarz の不等式 $\lvert\langle Sx,y\rangle\rvert^2\le\langle Sx,x\rangle\langle Sy,y\rangle$ が成り立つ。$y=Sx$ とおくと $\lvert Sx\rvert^4\le\langle Sx,x\rangle\langle S^2x,Sx\rangle\le\langle Sx,x\rangle\|S\|^3\lvert x\rvert^2$ である。$M$ の定義から $\langle Sx_n,x_n\rangle\to0$ となる単位ベクトル $x_n$ があり、$\lvert Sx_n\rvert\to0$ である。$S$ が有界な逆 $R$ をもつなら $1=\lvert x_n\rvert\le\|R\|\,\lvert Sx_n\rvert\to0$ となり矛盾するので、$M\in\sigma(T)$ である。$m$ は $T-m$ に同じ議論を使う。$\square$

とくに有界な自己共役作用素のスペクトルは空でなく、$\|T\|=\max\{\lvert\lambda\rvert\mid\lambda\in\sigma(T)\}$ である。有限次元では $m,M$ は最小と最大の固有値で、Rayleigh 商の最小値と最大値にあたる(Hermite行列 の節「固有値の min-max 原理と摂動」)。有界でない自己共役作用素でも、スペクトルの下端と上端は同じ式($x$ を $D(T)$ の単位ベクトルに限る)で与えられる。この記事では証明しない(言明は Tes09 Theorem 2.19、p. 77)。

定義域で変わる自己共役性

同じ式で働く作用素でも、定義域を小さくすると自己共役性が失われることがある。ex-sa-multiplication の 2 の自己共役作用素 $A$($(Ax)_n=nx_n$)を、2 通りの稠密な部分空間に制限して比べる。

対称だが自己共役でない作用素

$D_0:=\{x\in D(A)\mid\sum_nx_n=0\}$ とし、$T:=A|_{D_0}$ とおく。$x\in D(A)$ なら Cauchy–Schwarz の不等式で $\sum_n\lvert x_n\rvert\le\bigl(\sum_nn^2\lvert x_n\rvert^2\bigr)^{1/2}\bigl(\sum_nn^{-2}\bigr)^{1/2}$ なので、和 $\sum_nx_n$ は絶対収束する。

  1. $D_0$ は稠密である。$e_1-e_n\in D_0$ で、$y\perp D_0$ なら $\overline{y_1}=\overline{y_n}$ がすべての $n$ で成り立ち、$y\in\ell^2$ から $y=0$ だからである。
  2. $T$ は対称($A$ の制限)で、閉作用素である。$D(A)$ はグラフノルム $(\lvert x\rvert^2+\lvert Ax\rvert^2)^{1/2}$ で完備で($A$ は閉)、$x\mapsto\sum_nx_n$ はこのノルムで連続なので、その核 $D_0$ も完備だからである。
  3. $v:=\bigl(1/(n+i)\bigr)_n\in\ell^2$ は $0$ でなく、$\operatorname{ran}(T-i)$ に直交する。実際 $x\in D_0$ について
    $$ \langle(T-i)x,v\rangle=\sum_n(n-i)x_n\cdot\frac1{n-i}=\sum_nx_n=0 $$
    である。よって $\operatorname{ran}(T-i)\neq H$ で、thm-sa-criterion により $T$ は自己共役でない。(2) から $v\in\ker(T^*+i)$、つまり $-i$ は $T^*$ の固有値である。
  4. $T-i$ は (1) により単射だが全射でないので、$i\in\sigma(T)$ であり、対称作用素のスペクトルは実数に収まらない。

これに対して、有限個を除いて $0$ の数列の空間 $c_{00}$ に制限すると事情が変わる。

本質的に自己共役な制限

$T_1:=A|_{c_{00}}$ とする。$y\in c_{00}$ について $x_n:=y_n/(n\pm i)$ とおけば $x\in c_{00}$、$(T_1\pm i)x=y$ なので、$\operatorname{ran}(T_1\pm i)\supset c_{00}$ は稠密である。cor-sa-essential により $T_1$ は本質的に自己共役で、$A$ は $T_1$ の自己共役拡張だから $\overline{T_1}=A$ である。一方 $T_1$ 自身は閉でなく($D(T_1)=c_{00}\neq D(A)$)、自己共役ではない。

ex-sa-symmetric の $T$ も $A$ の制限で、$A$ は $T$ の自己共役拡張の 1 つである。しかし $T$ は閉で $\overline T=T\neq A$ なので、$T$ は本質的に自己共役でない。量子力学では、区間上の運動量作用素 $-i\,d/dx$ を両端で $0$ になる関数に制限したものが同じ状況にあり、境界条件の選び方ごとに異なる自己共役拡張が得られる(量子力学の関数解析的構造 の例「反例:対称だが自己共役でない運動量作用素」)。

スペクトル定理と時間発展

自己共役作用素が重要なのは、有界でなくてもスペクトル定理が成り立つからである。すべての自己共役作用素 $T$ に対して、$\mathbb{R}$ の Borel 集合の上の射影値測度 $E$ がただ 1 つあって $T=\int\lambda\,dE(\lambda)$ となる(Tes09 Theorem 3.7、p. 96)。有界な場合は スペクトル定理 の定理「有界自己共役作用素のスペクトル定理」である。この表示から関数 $f(T)=\int f(\lambda)\,dE(\lambda)$ が定まり、とくに $U(t)=e^{-itT}$ は強連続なユニタリ作用素の 1 径数群になる(Tes09 Theorem 5.1、p. 123)。逆に、強連続なユニタリ作用素の 1 径数群はこの形にただ 1 通りに書ける(Stone の定理、Tes09 Theorem 5.2、p. 124)。この記事ではこれらを証明しない。量子力学で観測量を自己共役作用素とし、対称作用素では足りないとするのは、この 2 つの定理が自己共役性を必要とするからである(量子力学)。

条件を外した反例

外す条件反例成り立たなくなること
自己共役(対称で止める)ex-sa-symmetric の $T$$\sigma(T)\subset\mathbb{R}$、$\operatorname{ran}(T\pm i)=H$
判定の 2 の閉性ex-sa-essential の $T_1$($A$ の $c_{00}$ への制限)$\ker(T^*\pm i)=0$ なら自己共役
全空間で定義されることex-sa-multiplication の 2 の $A$対称作用素の有界性
定義域の稠密性$D(T)=\mathbb{C}e_1\subset\ell^2$、$Te_1=e_1$随伴 $T^*$ が作用素として一意に定まる
係数体が複素数実 Hilbert 空間 $\mathbb{R}^2$ の $90^\circ$ 回転 $J$$\langle Tx,x\rangle$ がすべて実数なら対称
反例:表の各行の確かめ

1 行目と 2 行目は上の 2 つの例で確かめた。3 行目の $A$ は対称で有界でないが、定義域は $\ell^2$ 全体でない。4 行目では $T^*$ の値が決まらない。5 行目は $\langle Jx,x\rangle=0$ だが $J^*=-J\neq J$ である。

詳細

2 行目:$T_1\subset A$ から lem-sa-closed の 1 により $A=A^*\subset T_1^*$ である。逆に $y\in D(T_1^*)$ なら、$x\in D(A)$ に $x_k\to x$、$T_1x_k\to Ax$ となる $x_k\in c_{00}$ をとって($\overline{T_1}=A$)$\langle Ax,y\rangle=\lim\langle T_1x_k,y\rangle=\langle x,T_1^*y\rangle$ なので $y\in D(A^*)$ である。よって $T_1^*=A$ で、$\ker(T_1^*\pm i)=\ker(A\pm i)=0$ である(thm-sa-spectrum の 2:$A$ の固有値は実数)。しかし $T_1$ は閉でなく自己共役でない。3 行目:$A$ が $\ell^2$ 全体に定義できたとすれば、全空間で定義された対称作用素なので 開写像定理 の定理「対称な作用素の有界性」により有界になるが、$\lvert Ae_n\rvert=n$ なので矛盾する。4 行目:$y\in\ell^2$ について $x=ce_1\mapsto\langle Tx,y\rangle=c\overline{y_1}$ はつねに有界だが、$\langle x,z\rangle=\langle Tx,y\rangle$ を満たす $z$ は $z_1=y_1$ だけで決まり、ほかの成分は任意である。5 行目:$J(x_1,x_2)=(-x_2,x_1)$ について $\langle Jx,x\rangle=-x_2x_1+x_1x_2=0$ であり、$J^{\top}=-J$ である。複素数の場合の偏極(定義の直後の段落)では $\langle T(x+iy),x+iy\rangle$ を使うが、実数ではこれがとれない。

補足

文献

対称作用素と自己共役作用素の定義、2 次形式による対称性の特徴づけは Tes09 §2.2(Lemma 2.1、p. 58、(2.19) とその後の段落、p. 59)、自己共役作用素が対称な拡張をもたないことは Corollary 2.2(p. 60)、判定の 3 ⇒ 1 は Lemma 2.3(p. 63)、随伴が閉であることは Lemma 2.4(p. 65)、本質的な自己共役性の判定は Lemma 2.7(p. 66)、Hellinger–Toeplitz の定理は Theorem 2.9(p. 67)、スペクトルによる特徴づけは Theorem 2.18(p. 77)、固有値と固有ベクトルの性質は Lemma 2.20(p. 77)にある。thm-sa-criterion、thm-sa-spectrum、prop-sa-bounded と ex-sa-symmetric・ex-sa-essential の数列空間の例は、この記事の中で証明した。

関連項目

参考文献

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