Basel問題

同義語:バーゼル問題Basel problem

概要

Basel問題(Basel problem)とは、平方数の逆数の和 $1+\frac14+\frac19+\frac1{16}+\cdots$ の値を求める問題であり、答は $\frac{\pi^2}6=1.6449\ldots$ である。Euler が 1735 年ごろに解いた。$N$ 項までの和と極限の差は $\frac1{N+1}$ と $\frac1N$ の間にあり、収束は遅い。値 $\frac{\pi^2}6$ は、不等式 $\sin x<x<\tan x$($0<x<\frac\pi2$)と余接の平方の和 $\sum_{k=1}^m\cot^2\frac{k\pi}{2m+1}=\frac{m(2m-1)}3$ で部分和を挟んで初等的に証明できる。逆数 $\frac6{\pi^2}$ は 2 つの正の整数が互いに素である確率として現れる。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 級数, 三角関数, 二項定理, 平均値の定理

動機

平方数の逆数を順に足していく。
$$ 1,\quad 1+\frac14=1.25,\quad 1+\frac14+\frac19=1.3611\ldots,\quad 1+\frac14+\frac19+\frac1{16}=1.4236\ldots,\quad\dots $$
10 項までの和は $1.5497\ldots$、100 項までの和は $1.6349\ldots$ であり、和はゆっくりと増えながらある値に近づいていく。一方、逆数の和 $1+\frac12+\frac13+\cdots$(調和級数)は限りなく大きくなる。項を 2 乗しただけで和が有限にとどまるのなら、その値はいくつか。これが Basel問題 である。
答は
$$ 1+\frac14+\frac19+\frac1{16}+\cdots=\frac{\pi^2}6=1.6449\ldots $$
であり、Euler が 1735 年ごろに見いだした。整数の平方だけでできた和に円周率 $\pi$ が現れるのは意外であるが、これは平方の逆数の和が三角関数と深く結びついていることの表れである。本記事では、和が収束することと誤差の大きさを示したあと、三角関数の初等的な不等式と二項定理だけを使う証明(Cauchy の方法)を完全に書き、奇数の平方の逆数の和などの帰結を導く。問題の名は、スイスの都市 Basel(Euler の出身地)に由来する。

仮定と定理

級数 $\sum_{n=1}^\infty a_n$ は部分和 $S_N:=\sum_{n=1}^Na_n$ の極限を表す。以下 $S_N:=\sum_{n=1}^N\frac1{n^2}$ とおく。

平方の逆数の和の収束と誤差

級数 $\sum_{n=1}^\infty\frac1{n^2}$ は収束し、その和を $\zeta(2)$ と書くと、すべての $N\ge1$ について
$$ \frac1{N+1}<\zeta(2)-S_N<\frac1N $$
が成り立つ。特に $1<\zeta(2)<2$ である。

望遠鏡和で挟む

$n\ge2$ について $\frac1{n(n+1)}<\frac1{n^2}<\frac1{(n-1)n}$ であり、$\frac1{(n-1)n}=\frac1{n-1}-\frac1n$、$\frac1{n(n+1)}=\frac1n-\frac1{n+1}$ である。$N< M$ について $n=N+1,\dots,M$ で足すと、打ち消し合って
$$ \frac1{N+1}-\frac1{M+1}< S_M-S_N<\frac1N-\frac1M $$
となる。特に $N=1$ として $S_M<1+1-\frac1M<2$ なので、部分和 $S_M$ は増加して上に有界であり、収束する(単調収束定理)。その極限を $\zeta(2)$ とする。
$N$ を固定する。$\sum_{n>N}\bigl(\frac1n-\frac1{n+1}\bigr)=\frac1{N+1}$、$\sum_{n>N}\bigl(\frac1{n-1}-\frac1n\bigr)=\frac1N$ であり(部分和が $\frac1{N+1}-\frac1{M+1}$、$\frac1N-\frac1M$ なので)、
$$ \zeta(2)-S_N-\frac1{N+1}=\sum_{n>N}\Bigl(\frac1{n^2}-\frac1{n(n+1)}\Bigr),\qquad \frac1N-\bigl(\zeta(2)-S_N\bigr)=\sum_{n>N}\Bigl(\frac1{(n-1)n}-\frac1{n^2}\Bigr) $$
である。右辺はどちらも正の項の収束級数なので、その和は最初の項以上であり正である。よって主張の不等式を得る。$N=1$ とすると $\frac12<\zeta(2)-1<1$ なので $\frac32<\zeta(2)<2$、特に $1<\zeta(2)<2$ である。$\square$

$N=10$ では $\zeta(2)-S_{10}=0.0951\ldots$ であり、確かに $\frac1{11}=0.0909\ldots$ と $\frac1{10}$ の間にある。誤差が $1/N$ 程度なので、部分和で小数点以下 6 桁を正しく求めるには 100 万項ほど必要になる。和の値を知るには、部分和を計算するのとは別の考えが要る。
本記事の主定理は、この極限 $\zeta(2)$ が $\frac{\pi^2}6$ に等しいこと(thm-basel-euler)である。

証明

2 つの補題を用意してから、主定理を述べて証明する。角は弧度法で測る。

正弦と正接の間の不等式

$0< x<\frac\pi2$ ならば $\sin x< x<\tan x$ である。したがって
$$ \cot^2x<\frac1{x^2}<1+\cot^2x $$
が成り立つ。ここで $\cot x:=\cos x/\sin x$ である。

導関数の符号

$h(x):=x-\sin x$ は区間 $[0,\frac\pi2)$ で微分可能で、$h'(x)=1-\cos x$ は $[0,\frac\pi2)$ で $0$ 以上、$(0,\frac\pi2)$ で正である。平均値の定理 の記事の系「導関数の符号と増減」の 1 により $h$ は $[0,\frac\pi2)$ で単調増加、同じ系の 2 により $(0,\frac\pi2)$ で狭義単調増加である。よって $0< x<\frac\pi2$ なら $h(x)>h(x/2)\ge h(0)=0$ である。同様に $k(x):=\tan x-x$ は $k'(x)=\frac1{\cos^2x}-1=\tan^2x$ が $[0,\frac\pi2)$ で $0$ 以上、$(0,\frac\pi2)$ で正なので、$k(x)>k(x/2)\ge k(0)=0$ である。
$0< x<\frac\pi2$ では $\sin x,\tan x>0$ なので、$0<\sin x< x<\tan x$ の逆数の 2 乗をとると $\frac1{\tan^2x}<\frac1{x^2}<\frac1{\sin^2x}$ である。$\frac1{\tan^2x}=\cot^2x$、$\frac1{\sin^2x}=\frac{\sin^2x+\cos^2x}{\sin^2x}=1+\cot^2x$ である。$\square$

余接の平方の和

正の整数 $m$ について
$$ \sum_{k=1}^m\cot^2\frac{k\pi}{2m+1}=\frac{m(2m-1)}3 $$
である。

根と係数の関係

$N:=2m+1$ とおく。実数 $\theta$ について、de Moivre の公式(de Moivreの定理)$(\cos\theta+i\sin\theta)^N=\cos N\theta+i\sin N\theta$ の左辺を二項定理で展開し、虚部を比べると
$$ \sin N\theta=\sum_{j=0}^m(-1)^j\binom N{2j+1}\cos^{N-2j-1}\theta\,\sin^{2j+1}\theta $$
である($i^{2j+1}=(-1)^ji$ の項が虚部に入る)。$0<\theta<\frac\pi2$ なら $\sin\theta>0$ なので両辺を $\sin^N\theta$ で割り、$N-2j-1=2(m-j)$ を使うと
$$ \frac{\sin N\theta}{\sin^N\theta}=\sum_{j=0}^m(-1)^j\binom N{2j+1}\bigl(\cot^2\theta\bigr)^{m-j}=P(\cot^2\theta),\qquad P(t):=\sum_{j=0}^m(-1)^j\binom N{2j+1}t^{m-j} $$
となる。$P$ は $t^m$ の係数が $\binom N1=2m+1$、$t^{m-1}$ の係数が $-\binom N3$ の $m$ 次多項式である。
$\theta_k:=\frac{k\pi}N$($k=1,\dots,m$)は $0<\theta_k<\frac\pi2$ を満たし、$\sin N\theta_k=\sin k\pi=0$ なので $P(\cot^2\theta_k)=0$ である。$\cot$ は $(0,\frac\pi2)$ で正の値をとり狭義減少なので、$\cot^2\theta_1,\dots,\cot^2\theta_m$ は相異なる。$m$ 次多項式 $P$ が $m$ 個の相異なる根をもつので $P(t)=(2m+1)\prod_{k=1}^m(t-\cot^2\theta_k)$ であり、$t^{m-1}$ の係数を比べると
$$ -(2m+1)\sum_{k=1}^m\cot^2\theta_k=-\binom{2m+1}3=-\frac{(2m+1)(2m)(2m-1)}6 $$
である。両辺を $-(2m+1)$ で割って主張を得る。$\square$

$m=2$ では $P(t)=5t^2-10t+1$ であり、根 $\cot^2\frac\pi5=1+\frac2{\sqrt5}=1.894\ldots$ と $\cot^2\frac{2\pi}5=1-\frac2{\sqrt5}=0.105\ldots$ の和は $2=\frac{2\cdot3}3$ である。

平方数の逆数の和

$$ \sum_{n=1}^\infty\frac1{n^2}=\frac{\pi^2}6 $$
である。

余接の和で部分和を挟む

$m\ge1$ とし、lem-basel-sin-tan を $x=\theta_k=\frac{k\pi}{2m+1}$($k=1,\dots,m$。$0<\theta_k<\frac\pi2$)に適用して $k$ について足すと
$$ \sum_{k=1}^m\cot^2\theta_k<\sum_{k=1}^m\frac{(2m+1)^2}{\pi^2k^2}< m+\sum_{k=1}^m\cot^2\theta_k $$
である。lem-basel-cot-sum を代入し、$\frac{\pi^2}{(2m+1)^2}$ を掛けると
$$ \frac{\pi^2\,m(2m-1)}{3(2m+1)^2}< S_m<\frac{\pi^2\,2m(m+1)}{3(2m+1)^2} $$
を得る(右辺は $\frac{m(2m-1)}3+m=\frac{2m(m+1)}3$ による)。$m\to\infty$ とすると
$$ \frac{m(2m-1)}{(2m+1)^2}=\frac{2-1/m}{(2+1/m)^2}\to\frac12,\qquad\frac{2m(m+1)}{(2m+1)^2}=\frac{2(1+1/m)}{(2+1/m)^2}\to\frac12 $$
なので、左右はともに $\frac{\pi^2}6$ に収束する。はさみうちの原理により $S_m\to\frac{\pi^2}6$ であり、prop-basel-convergence の $\zeta(2)$ は $\frac{\pi^2}6$ に等しい。$\square$

たとえば $m=10$ では、挟む不等式は $1.4174\ldots< S_{10}=1.5497\ldots<1.6412\ldots$ となる。

帰結・補足

奇数の平方と交代級数

奇数の平方の逆数の和と交代級数

$$ \sum_{k=0}^\infty\frac1{(2k+1)^2}=1+\frac19+\frac1{25}+\cdots=\frac{\pi^2}8,\qquad \sum_{n=1}^\infty\frac{(-1)^{n+1}}{n^2}=1-\frac14+\frac19-\cdots=\frac{\pi^2}{12} $$
である。

偶数番目の項を分ける

偶数の平方の逆数の部分和は $\sum_{k=1}^K\frac1{(2k)^2}=\frac14S_K$ であり、$K\to\infty$ で $\frac14\cdot\frac{\pi^2}6=\frac{\pi^2}{24}$ に収束する。奇数の平方の逆数の部分和 $O_K:=\sum_{k=0}^{K-1}\frac1{(2k+1)^2}$ は $S_{2K}=O_K+\frac14S_K$ を満たすので、$K\to\infty$ として $O_K\to\frac{\pi^2}6-\frac{\pi^2}{24}=\frac{\pi^2}8$ である。交代級数の部分和 $A_N:=\sum_{n=1}^N\frac{(-1)^{n+1}}{n^2}$ は $A_{2K}=O_K-\frac14S_K\to\frac{\pi^2}8-\frac{\pi^2}{24}=\frac{\pi^2}{12}$ を満たし、$A_{2K+1}=A_{2K}+\frac1{(2K+1)^2}$ も同じ極限をもつので、$A_N\to\frac{\pi^2}{12}$ である。$\square$

例と反例

反例:項が 0 に近づくだけでは和は有限でない

$\frac1{n^2}$ を $\frac1n$ に替えた調和級数 $\sum_{n=1}^\infty\frac1n$ は発散する(調和級数 の記事の定理「調和級数の発散」)。項 $\frac1n$ も $0$ に近づくが、近づき方が遅すぎる。prop-basel-convergence の証明で使った $\frac1{n^2}<\frac1{(n-1)n}$ に当たる評価が $\frac1n$ にはなく、「項が $0$ に収束すれば級数は収束する」という含意は成り立たない。指数を $2$ から $1$ に下げると、有限の和という結論が破れる。より一般に、$\sum1/n^p$ は $p>1$ で収束し $p\le1$ で発散する(調和級数 の記事の命題「冪の逆数の級数」)。

反例:有理数の和の極限は有理数とは限らない

部分和 $S_N=1+\frac14+\cdots+\frac1{N^2}$ はすべて有理数であるが、極限 $\frac{\pi^2}6$ は有理数ではない。実際、$\frac{\pi^2}6=\frac ab$($a,b$ は整数)なら $\pi^2=\frac{6a}b$ が有理数になるが、$\pi^2$ は無理数である(円周率の無理性 の記事の定理「円周率の平方の無理性」)。この例は「有理数の列の極限は有理数である」という含意を破る。有理数全体は極限をとる操作で閉じておらず、極限を扱うには実数の完備性が必要である。

確率としての解釈

$\frac6{\pi^2}=0.6079\ldots$ は「無作為に選んだ 2 つの正の整数が互いに素である確率」として現れる。正確には、$1\le a,b\le N$ の組のうち $\gcd(a,b)=1$ となるものの割合が $N\to\infty$ で $\frac6{\pi^2}$ に近づく(Möbiusの反転公式 の記事の系「互いに素な組の割合」)。その証明は、Möbius 関数 $\mu$ について $\sum_{d=1}^\infty\frac{\mu(d)}{d^2}\cdot\sum_{m=1}^\infty\frac1{m^2}=1$ となることと thm-basel-euler を組み合わせるものである。同じく、$1$ 以上 $x$ 以下の平方因数をもたない整数の割合も $x\to\infty$ で $\frac6{\pi^2}$ に近づく(冪乗因数をもたない整数)。

他の値

Euler の発見的な議論

Euler は、$\frac{\sin x}x$ が $x=\pm\pi,\pm2\pi,\dots$ で $0$ になることから、多項式の根による因数分解になぞらえて
$$ \frac{\sin x}x=\Bigl(1-\frac{x^2}{\pi^2}\Bigr)\Bigl(1-\frac{x^2}{4\pi^2}\Bigr)\Bigl(1-\frac{x^2}{9\pi^2}\Bigr)\cdots $$
と書き、両辺の $x^2$ の係数 $-\frac16$ と $-\sum_{n\ge1}\frac1{n^2\pi^2}$ を比べて $\frac{\pi^2}6$ を得た(Eul40)。無限積の展開が正しいことはこの段階では示されておらず、後に無限積と整関数の理論によって正当化された。同じ論文で Euler は $\zeta(4)=\frac{\pi^4}{90}$ などいくつかの偶数での値も求めている。$\zeta(2k)$ はどれも $\pi^{2k}$ の有理数倍になる(Cri24 の Remark 24.4.1、PDF p. 447)。

奇数での値

奇数での値 $\zeta(3)=\sum_{n\ge1}\frac1{n^3}$ などについては、$\pi$ を使った閉じた式は知られていない。$\zeta(3)$ が無理数であることは 1978 年に R. Apéry が証明した。2026 年時点でも、$\zeta(5)$ を含め個々の奇数での値の無理性は知られておらず、$\zeta(5),\zeta(7),\zeta(9),\zeta(11)$ のうち少なくとも 1 つが無理数であること(Zudilin, 2001)、無限個の奇数での値が無理数であること(Ball–Rivoal, 2001)が知られている(Cri24 の Remark 24.4.1 とその脚注、PDF p. 447)。2021 年には Lai–Zhou が、Rivoal–Zudilin による先行評価を改善して $\zeta(5),\zeta(7),\ldots,\zeta(35)$ のうち少なくとも 2 つが無理数であることを示しており(LaZ21)、この種の評価はその後も更新が続いている。$\zeta(s)=\sum_{n\ge1}n^{-s}$ を複素数 $s$ に広げたものが Riemannゼータ関数 である。

歴史と文献

Euler の解は 1735 年に書かれ、1740 年に Commentarii academiae scientiarum Petropolitanae 第 7 巻に掲載された(Eul40)。本記事の証明は、Cauchy が『解析教程』(1821)の注 VIII で与えた、正弦の多重角の公式と不等式による議論(同書 pp. 555–559)と同じ考え方を、余接の平方の和に整理したものである(Cau21)。Crisman は約数の和 $\sigma(n)$ の平均の計算にこの値が現れることを述べ(Cri24 §20.4、PDF p. 387)、Moser は $\sum\mu(n)/n^2=6/\pi^2$ と約数の和の平均 $\frac{\pi^2}{12}x^2$ にこの値を用いている(Mos11 第 2 章、p. 14、第 3 章、p. 31)。

関連項目

参考文献

[1]
Leonhard Euler, De summis serierum reciprocarum, Commentarii academiae scientiarum Petropolitanae, 1740, pp. 123–134(Eneström 番号 E41)
[5]
Li Lai, Li Zhou, At least two of $\zeta(5),\zeta(7),\ldots,\zeta(35)$ are irrational, arXiv preprint arXiv:2103.00904

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