極限(∞圏)

同義語:∞圏の極限

概要

極限(∞圏)(limit)とは、図式への整合的な錐の∞圏で終対象となる錐である。射だけでなく、可換性を実現する道と高次の比較まで含めて普遍性を要求する。通常圏の脈体では古典的な極限を回収し、空間ではホモトピー引戻しなどを表す。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: ∞圏, 単体的集合, 写像空間(∞圏), 終対象(∞圏), 極限(圏論)

動機

通常の極限(極限(圏論))は、図式へ向かうすべての整合的な写像を一つの対象で表す普遍的な錐である。∞圏では、三角形が等式として可換であるだけでは足りない。可換性を実現する道と、その道同士の高次の整合性も錐に含める。
例えば二つの写像の値を「等しい」とする厳密な引戻しと、「指定した道で結ぶ」とするホモトピー引戻しは異なる。極限を錐の∞圏の終対象(終対象(∞圏))として定義すると、その違いを統一的に扱える。

準備と主定義

本稿では $(\infty,1)$-圏を準圏で表す。単体的集合は、有限非空全順序集合の圏 $\Delta$ 上の反変集合値関手である。準圏は、標準単体 $\Delta^n$ の内部ホーン $\Lambda_i^n$(第 $i$ 面以外の和、$n\ge2,\ 0< i< n$)をすべて充填する単体的集合である。すべてのホーンを充填するKan複体は空間のモデルとなる。
対象 $x,y$ の写像空間(写像空間(∞圏))の一モデルは
$$ \operatorname{Map}^{R}_{\mathcal C}(x,y)_n =\{\sigma:\Delta^{n+1}\to\mathcal C \mid \sigma|_{\{0,\ldots,n\}}\text{ は }x\text{ で定値},\ \sigma(n+1)=y\}. $$
これはKan複体であり、その空間を $\operatorname{Map}_{\mathcal C}(x,y)$ と書く。$\pi_0\operatorname{Map}$ を射集合とするホモトピー圏(∞圏のホモトピー圏)で同型になる辺を同値射と呼ぶ。写像空間が可縮(可縮空間)とは一点と弱ホモトピー同値であることをいう。これらの比較は HTT09 §§1.2.2–1.2.5を採用する。
宇宙 $\mathbb U\in\mathbb V$ を固定し、小図式の添字は $\mathbb U$-小、圏は $\mathbb V$ 内かつ写像空間は $\mathbb U$ 内とする。小空間の∞圏(空間の∞圏)を $\mathcal S$ と書く。
単体的集合のjoin $A\star B$ の $n$-単体は、$A_n,B_n$ および $i+j+1=n$ を満たす $A_i\times B_j$ を合わせたものとする。$A$ の頂点を先に並べ、面・退化はそれぞれの側で頂点を削除・重複させる。一方の側が尽きれば他方の単体になる。特に $\Delta^m\star\Delta^n\cong\Delta^{m+n+1}$ である。

錐と極限

図式 $p:K\to\mathcal C$ に対して、錐準圏 $\mathcal C_{/p}$ の $n$-単体を、$K$ 上で $p$ と一致する写像
$$ \Delta^n\star K\longrightarrow\mathcal C $$
と定める。頂点は一つの対象 $L$ から図式への整合的な錐であり、辺は錐の間の比較である。
$p$ の極限(limit)は、$\mathcal C_{/p}$ の終対象である。すなわち指定錐 $\lambda$ が極限であるとは、すべての錐 $\mu$ について
$$ \operatorname{Map}_{\mathcal C_{/p}}(\mu,\lambda)\simeq * $$
となることをいう。頂点の対象を $\lim p$ と略記する場合も、錐のデータを伴う。

錐準圏(スライス圏の一種、スライス圏(∞圏))の準圏性と定義は HTT09 §§1.2.9, 1.2.13 による。終対象の条件は、比較射の存在だけでなく比較空間全体の可縮性である。

写像空間による判定

指定錐 $\lambda$ の頂点が $L$ であるとき、$\lambda$ が極限であることは、すべての $x$ に対し、同じ錐が誘導する
$$ \operatorname{Map}_{\mathcal C}(x,L) \longrightarrow \lim_{k\in K}\operatorname{Map}_{\mathcal C}(x,p(k)) $$
が空間の同値となることと同値である。

採用する一般比較

右辺は空間の∞圏での極限であり、Hom双関手と図式の全整合性を含む。通常joinによる定義との比較は HTT09 注意1.2.13.3、定理4.2.4.1と注意A.3.3.13を用いる。同じ判定は、Hau21 §4 冒頭の重み付き極限の特徴づけ $\operatorname{Map}(c,\lim^W\psi)\simeq\lim^W\operatorname{Map}(c,\psi)$ で重みを定値 $W=*$ とした場合にあたる。任意図式の表示を含む一般比較の全証明は、以下の短い証明には含めない。

単に左右の空間がどこかで同値というだけでは不十分である。確認すべきものは、指定した錐から得られる比較写像である。

基本的な証明

極限錐の一意性

同じ図式の二つの極限錐は、錐準圏の中で同値である。その頂点の対象も $\mathcal C$ で同値となる。

錐準圏の終対象を比較する

二つの極限錐を $\lambda,\lambda'$ とする。終対象条件から両方向の比較射を取れる。それぞれの自己写像空間は可縮なので、二つの合成は恒等射と同じホモトピー類にある。従って比較射は錐準圏で同値である。頂点評価 $\mathcal C_{/p}\to\mathcal C$ は関手なので、これを $\mathcal C$ の同値へ送る。

極限錐全体は、存在すれば可縮Kan複体をなす。これは終対象全体についての HTT09 命題1.2.12.9を錐準圏へ適用した、より強い一意性である。

空間の積

小Kan複体 $X,Y$ の単体的直積 $X\times Y$ は、空間の∞圏における二対象の積を表す。

パラメータを保つ指数の分解

まず依存関係を切り分ける。$\mathcal S$ の極限はKan複体のホモトピー極限で計算でき(HTT09 §4.2.4、定理4.2.4.1 相当)、Kan複体の有限直積はホモトピー積である。従って示すべきことは、単体的直積 $X\times Y$ が二射影によってホモトピー積の普遍性を満たすことに帰着する。
任意のKan複体 $Z$ に対し、全次数で
$$ (X\times Y)^Z\cong X^Z\times Y^Z $$
となる。$n$ 次では写像 $Z\times\Delta^n\to X\times Y$ を二成分へ分ける対応で、面・退化と可換し、二射影による比較そのものである。積と各指数はKanであり、局所Kan表示からの写像空間比較を通せば、先の普遍性判定の式になる。

通常の極限への回収

通常の錐圏との一致

通常関手 $p:I\to A$ について、通常の極限錐は脈体 $Np:NI\to NA$ の極限錐と一致する。

錐全体を脈体にする

通常の錐圏 $A_{/p}$ の対象は $(a,\Delta a\Rightarrow p)$、射は錐を可換にする $a\to a'$ である。$[n]\to A_{/p}$ は、$I$ 上で $p$ に一致する関手 $[n]\star I\to A$ と同じデータである。joinは左の対象から右の対象へただ一つの射を加える通常圏として定める。
脈体の射の列を左右に分けると $N([n]\star I)\cong\Delta^n\star NI$ なので、全次数で
$$ N(A_{/p})\cong(NA)_{/Np} $$
を得る。面・退化もこの同型に一致する。さらに通常圏の右Homは離散射集合だから、脈体での終対象条件は通常の終対象条件である。従って錐の極限性が一致する。

これは対象へのスライスだけでなく、一般の通常図式の錐全体の比較である。通常圏へ回収した証明から、一般の準圏の全比較定理まで証明したとはしない。

例と反例

空図式の極限

$K=\emptyset$ なら $\Delta^n\star\emptyset=\Delta^n$ なので $\mathcal C_{/p}=\mathcal C$。従って空図式の極限は終対象である。空間の∞圏では一点空間がその例になる。

二対象の積と順序

$K$ が離散二点なら、その極限は積である。空間では上の直積で計算できる。半順序集合の脈体では、積 $a\wedge b$ は $x\le a\wedge b$ と「$x\le a$ かつ $x\le b$」が同値になる最大下界である。

引戻しは道を保存する

Kan複体間の図式 $X\xrightarrow{f}Y\xleftarrow{g}Z$ に対して、
$$ P=(X\times Z)\times_{Y\times Y}Y^{\Delta^1} $$
はホモトピー引戻しのモデルである。頂点は $(x,z,\gamma)$、ただし $\gamma$ は $f(x)$ から $g(z)$ への道である。端評価 $Y^{\Delta^1}\to Y\times Y$ はKanファイブレーションなので $P$ はKanである。任意パラメータで同じ式を指数化すると、写像空間のホモトピー引戻しの普遍性になる。この標準モデルの比較には HTT09 例1.2.13.2、§4.2.4を用いる。
特に $X=Z=*$、$Y=N(B\mathbb Z)$($B\mathbb Z$ は自己射群が $\mathbb Z$ の一対象亜群)とすると、$P$ は離散空間 $\mathbb Z$ に同型である。$n$-単体は、両端の $[n]$ 上で恒等射となる関手 $[1]\times[n]\to B\mathbb Z$ である。その横向きの整数は可換四角によりすべて等しく、ただ一つの整数で決まる。

反例:厳密引戻しとの混同

直前の $*\to N(B\mathbb Z)\leftarrow *$ の、単体的集合としての厳密引戻しは一点である。二つの写像が同じ唯一の頂点を選ぶためである。しかし∞圏での引戻しは離散空間 $\mathbb Z$ であり、一点とは同値でない。
従って「Kan値図式の厳密な引戻しは常に∞圏の引戻し」という含意は偽である。両方の候補がKanであっても、可換性を証言する道を失えば普遍性を失う。

豊穣表示で計算する意味

小単体的豊穣圏 $D$ は、Hom単体的集合と単位・厳密な結合的合成を持つ。共変図式 $F:D\to\mathbf{Kan}$ を考え、定値一点図式に対する置換 $W\to1$ を取る。ここで $W$ は自由図式の境界セル
$$ D(d,-)\times\partial\Delta^n\ \longrightarrow\ D(d,-)\times\Delta^n $$
の付着とレトラクトから作られ、$W\to1$ は各値で全境界 RLP を持つものとする。このような図式をcofibrantと呼ぶ。
重み付きの候補 $\underline{\operatorname{Nat}}_D(W,F)$ の $n$-単体は、$D$ の作用に両立する全写像 $W(d)\times\Delta^n\to F(d)$ の族である。全Kan複体 $Z$ に対し
$$ \underline{\operatorname{Map}} (Z,\underline{\operatorname{Nat}}_D(W,F)) \cong\underline{\operatorname{Nat}}_D(W\times Z,F) $$
となるため、整合性を保ったまま厳密な指数の計算ができる。裸の定値図式がcofibrantとは仮定しない。
この候補のKan性、置換の存在、豊穣図式と準圏図式の比較を経て、通常joinの極限へ戻す。局所Kanな豊穣圏の整合的脈体(ホモトピー整合的脈体)では豊穣Homが写像空間を表すが、未置換の任意の豊穣Homには適用できない。これらの一般比較は HTT09 §§1.1.5, 4.2.4, 5.1.1–5.1.2 を採用する。重み付き構成(重み付き極限(∞圏))の全基礎を上の一式で証明したという意味ではない。

関連項目

参考文献

[1]
Jacob Lurie, Higher Topos Theory, Annals of Mathematics Studies 170, Princeton University Press, 2009, §§1.2.2–1.2.5, 1.2.9; Proposition 1.2.12.9; Example 1.2.13.2, Remark 1.2.13.3, Definition 1.2.13.4; §1.1.5; Theorem 4.2.4.1; §§5.1.1–5.1.2; Remark A.3.3.13

Mathpediaは寄付と、参考文献の書籍リンク(Amazonアソシエイト)の紹介料で運営されています。 支援について / 寄付する