次元定理

同義語:階数・退化次数の定理rank–nullity theoremrank-nullity theorem

概要

次元定理(rank–nullity theorem)とは、体 $K$ 上の有限次元ベクトル空間 $V$ からの線形写像 $T\colon V\to W$ について、核と像の次元の和が $V$ の次元に等しいという等式 $\dim V=\dim\ker T+\dim\operatorname{im}T$ のことであり、像の次元を階数、核の次元を退化次数ということから階数・退化次数の定理ともいう。核の基底を $V$ の基底に延長して示され、無限次元でも核の補空間が像と同型になるので基数の等式として成り立つ。帰結として、同じ有限次元の空間の間では単射・全射・全単射が同値になり、未知数が式より多い斉次連立1次方程式は $0$ でない解をもち、部分空間の和の次元公式や複体の次元の交代和の公式が従う。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: ベクトル空間, 線形写像, 基底と次元, 部分空間

線形写像 $T\colon V\to W$ は、$V$ の中のある方向を $0$ に押しつぶし、残りの方向を $W$ の中へ忠実に写す。つぶされる方向の全体が核 $\ker T$、写った先の全体が像 $\operatorname{im}T$ である。次元定理は、$V$ が有限次元のとき、この 2 つの次元の和がちょうど $V$ の次元になること
$$ \dim V=\dim\ker T+\dim\operatorname{im}T $$
を述べる。たとえば $\mathbb{R}^3$ を $xy$ 平面へ真上から射影する写像では、$z$ 軸の 1 次元がつぶれ、像の平面が 2 次元で、$3=1+2$ である。像の次元を階数、核の次元を退化次数というので、階数・退化次数の定理(rank–nullity theorem)ともいう。
この等式から、同じ次元の空間の間の線形写像では単射と全射が同値であること、未知数が式より多い斉次連立1次方程式には $0$ でない解があること、部分空間の和の次元公式、完全列の次元の交代和が $0$ になることなどが一斉に従う。この記事では、次元定理を 2 通りに証明し、無限次元での形と、これらの帰結を証明する。有限次元という仮定や係数が体であるという仮定を外すと何が崩れるかを反例で確かめる。
Noether 局所環上の有限生成加群について Hilbert–Samuel 多項式の次数が Krull 次元に等しいという可換環論の定理(Hilbert–Samuel関数 の記事の定理「Hilbert–Samuel 次元定理」)や、射影空間の中の部分多様体の交わりの次元を下から抑える射影次元定理も「次元定理」と呼ばれることがあるが、この記事の主題とは別の定理である。

定義

この記事では $K$ を体とし、ベクトル空間はすべて $K$ 上のものとする。

核・像・階数・退化次数

線形写像 $T\colon V\to W$ に対し、
$$ \ker T:=\{v\in V\mid T(v)=0\},\qquad \operatorname{im}T:=\{T(v)\mid v\in V\} $$
をそれぞれ $T$ の 核(kernel)・像(image)という。核は $V$ の、像は $W$ の部分空間である(線形写像 の記事の命題「核と像は部分空間」)。$\operatorname{im}T$ の次元を $T$ の 階数(rank)といい $\operatorname{rank}T$ と書き、$\ker T$ の次元を $T$ の 退化次数(nullity)という。さらに商ベクトル空間 $W/\operatorname{im}T$ を $T$ の 余核(cokernel)といい $\operatorname{coker}T$ と書く。

$T$ が単射であることと $\ker T=\{0\}$ は同値であり($T(x)=T(y)\iff x-y\in\ker T$)、$T$ が全射であることは $\operatorname{im}T=W$、すなわち $\operatorname{coker}T=0$ と同じである。行列 $A\in M_{m,n}(K)$ については、$L_A\colon K^n\to K^m$、$x\mapsto Ax$ の核 $\{x\in K^n\mid Ax=0\}$ を $\ker A$ と書く。$\operatorname{im}L_A$ は $A$ の列ベクトルが張る部分空間であり、その次元が $A$ の階数 $\operatorname{rank}A$ である(階数(線形代数) の記事の定義「線形写像の階数と行列の階数」)。

次元定理

次元定理(階数・退化次数の定理)

$V$ を有限次元のベクトル空間、$W$ を任意のベクトル空間、$T\colon V\to W$ を線形写像とする。このとき $\ker T$ と $\operatorname{im}T$ はともに有限次元であり、
$$ \dim V=\dim\ker T+\dim\operatorname{im}T $$
が成り立つ。Axl24

$W$ の有限次元性は仮定しない。像は $V$ の基底の像で張られるので、$W$ が無限次元でも $\operatorname{im}T$ は有限次元になる。

核の基底を全体の基底に延長する

線形代数学 の記事の補題「部分空間の基底と基底の延長」の 1 により、$V$ の部分空間 $\ker T$ は有限次元である。その基底 $u_1,\dots,u_k$ をとり、同じ補題の 2 により $v_1,\dots,v_r$ を付け加えて $u_1,\dots,u_k,v_1,\dots,v_r$ を $V$ の基底にする。$\dim V=k+r$、$\dim\ker T=k$ である。$T(v_1),\dots,T(v_r)$ が $\operatorname{im}T$ の基底であることを示せば、$\dim\operatorname{im}T=r$ となって主張が従う。
生成すること。$y\in\operatorname{im}T$ を $y=T(x)$ と書き、$x=\sum_{i}a_iu_i+\sum_{j}b_jv_j$ と表す。$T(u_i)=0$ なので $y=\sum_j b_jT(v_j)$ である。とくに $\operatorname{im}T$ は有限個の元で張られ、有限次元である。
線形独立であること。$\sum_j b_jT(v_j)=0$ とすると、線形性から $T\bigl(\sum_jb_jv_j\bigr)=0$、すなわち $\sum_jb_jv_j\in\ker T$ なので、$\sum_jb_jv_j=\sum_ic_iu_i$ と書ける。移項した $\sum_ic_iu_i-\sum_jb_jv_j=0$ と $V$ の基底の線形独立性から、すべての $b_j$ は $0$ である。$\square$

同じ等式は、核で割った商空間を経由しても得られる。

別の筋:準同型定理と商空間の次元

要点:$V/\ker T$ は $\operatorname{im}T$ と同型で、その次元は $\dim V-\dim\ker T$ である。

詳しい証明を開く

商ベクトル空間 の記事の系「線形写像の準同型定理」により、$v+\ker T\mapsto T(v)$ は線形同型 $V/\ker T\xrightarrow{\sim}\operatorname{im}T$ を与える。次元 の記事の命題「商と直和の次元」により、有限次元の $V$ とその部分空間 $U$ について $\dim V=\dim U+\dim(V/U)$ である。$U=\ker T$ とおく。$V/\ker T$ は有限次元で、線形同型はその基底を $\operatorname{im}T$ の基底に写すので、$\operatorname{im}T$ も有限次元で $\dim\operatorname{im}T=\dim(V/\ker T)$ である(線形写像 の記事の命題「座標写像による同型」)。よって $\dim V=\dim\ker T+\dim\operatorname{im}T$ を得る。$\square$

2 つの証明は同じことを別の言葉で述べている。1 つ目の証明の $v_1,\dots,v_r$ が張る部分空間 $C$ は $\ker T$ の補空間($V=\ker T\oplus C$)であり、$T$ を $C$ に制限すると $C$ から $\operatorname{im}T$ への同型になる。2 つ目の証明はこの $C$ を選ばずに、商空間 $V/\ker T$ で置き換えている。

無限次元の場合

$V$ が無限次元でも、核の補空間をとる議論はそのまま通る。ただし基底の存在には Zornの補題 を使い、次元は基底の濃度(基底と次元 の記事の定理「一般のベクトル空間の基底の存在」)、和は基数の和である。

無限次元を含む次元定理

$T\colon V\to W$ を任意のベクトル空間の間の線形写像とする。$V$ の部分空間 $C$ で $V=\ker T\oplus C$ を満たすものが存在し、そのような $C$ について $T|_C\colon C\to\operatorname{im}T$ は線形同型である。とくに基数の等式
$$ \dim V=\dim\ker T+\dim\operatorname{im}T $$
が成り立つ。

補空間への制限は像への同型

$\ker T$ の基底 $B_0$ をとり、基底と次元 の記事の定理「一般のベクトル空間の基底の存在」により、$B_0$ を含む $V$ の基底 $B$ に延長する。$B_1:=B\setminus B_0$ が張る部分空間を $C$ とすると、$B=B_0\sqcup B_1$ が基底なので $V=\ker T\oplus C$ である。
逆に $V=\ker T\oplus C$ を満たす任意の $C$ をとる。$c\in C$ で $T(c)=0$ なら $c\in\ker T\cap C=\{0\}$ なので、$T|_C$ は単射である。$y=T(v)\in\operatorname{im}T$ について $v=u+c$($u\in\ker T$、$c\in C$)と分ければ $y=T(c)$ なので、$T|_C$ は $\operatorname{im}T$ への全射である。よって $T|_C\colon C\to\operatorname{im}T$ は同型である。
最後の等式。上で作った $C$ について $B_1$ は $C$ の基底で、同型 $T|_C$ はこれを $\operatorname{im}T$ の基底に写すので、$\dim\operatorname{im}T=\lvert B_1\rvert$ である。$B_0$ と $B_1$ は交わらないので $\dim V=\lvert B\rvert=\lvert B_0\rvert+\lvert B_1\rvert=\dim\ker T+\dim\operatorname{im}T$ である。$\square$

無限基数の和では引き算ができない。$\kappa$ が無限基数なら $\kappa+\lambda=\kappa$($\lambda\le\kappa$)となるので(基数 の記事の命題「無限基数の和と積」)、$\dim V$ と $\dim\ker T$ が分かっても $\dim\operatorname{im}T$ は決まらない。有限次元で成り立つ帰結の多くが無限次元で崩れるのはこのためである(ex-dt-counterexamples)。

帰結

単射と全射

同じ次元の空間の間の線形写像

$V,W$ を有限次元のベクトル空間で $\dim V=\dim W$ を満たすものとし、$T\colon V\to W$ を線形写像とする。このとき、$T$ が単射であること、全射であること、全単射であることは互いに同値である。とくに有限次元の $V$ の線形変換 $T\colon V\to V$ について、単射・全射・可逆は同値である。Axl24

核と像の次元で言い換える

$n:=\dim V=\dim W$ とおく。thm-dt-main により、$T$ が単射 $\iff\dim\ker T=0\iff\dim\operatorname{im}T=n$ である。部分空間 $\operatorname{im}T\subset W$ について、$\dim\operatorname{im}T=\dim W$ は $\operatorname{im}T=W$ と同値である(次元 の記事の命題「有限次元部分空間の比較」)。よって単射と全射は同値であり、どちらか一方が成り立てば両方が成り立つので全単射である。$\square$

次元の大小と単射・全射

$V,W$ を有限次元のベクトル空間、$T\colon V\to W$ を線形写像とする。

  1. $\operatorname{rank}T\le\min(\dim V,\dim W)$ である。
  2. $\dim V>\dim W$ なら $T$ は単射でない。
  3. $\dim V<\dim W$ なら $T$ は全射でない。
  4. $\dim\ker T-\dim\operatorname{coker}T=\dim V-\dim W$ である。

1:thm-dt-main により $\operatorname{rank}T=\dim V-\dim\ker T\le\dim V$ であり、$\operatorname{im}T$ は $W$ の部分空間なので $\operatorname{rank}T\le\dim W$ である。2:$\dim\ker T=\dim V-\operatorname{rank}T\ge\dim V-\dim W>0$ なので $\ker T\ne\{0\}$ である。3:$\operatorname{rank}T\le\dim V<\dim W$ なので $\operatorname{im}T\ne W$ である。4:次元 の記事の命題「商と直和の次元」により $\dim\operatorname{coker}T=\dim W-\operatorname{rank}T$ であり、これと $\dim\ker T=\dim V-\operatorname{rank}T$ の差をとる。$\square$

4 の左辺を $T$ の 指数 という(余核 の記事の命題「有限次元の場合の指数」)。指数は $\dim V$ と $\dim W$ だけで決まり、$T$ によらない。核と余核の次元はそれぞれ $T$ によって変わるが、その差は変わらない。無限次元の空間の間でも核と余核が有限次元である写像について指数を考えることができ、Fredholm作用素 の理論の出発点になる。

連立1次方程式

$A\in M_{m,n}(K)$ を係数行列とする $m$ 個の式と $n$ 個の未知数の連立1次方程式 $Ax=b$ は、線形写像 $L_A\colon K^n\to K^m$ の言葉で、「$b\in\operatorname{im}L_A$ か」「$L_A^{-1}(b)$ はどれだけあるか」という問いである。

斉次方程式の解空間の次元

$A\in M_{m,n}(K)$ とする。

  1. 斉次方程式 $Ax=0$ の解全体 $\ker A$ は $K^n$ の部分空間で、$\dim\ker A=n-\operatorname{rank}A$ である。
  2. $n>m$(未知数が式より多い)なら、$Ax=0$ は $0$ でない解をもつ。
  3. $n< m$(式が未知数より多い)なら、$Ax=b$ が解をもたない $b\in K^m$ がある。
  4. $m=n$ なら、「$Ax=0$ の解は $x=0$ だけ」と「任意の $b$ について $Ax=b$ が解をもつ」は同値であり、このとき解は各 $b$ について 1 つである。

1 は thm-dt-main を $L_A$ に当てたものである($\operatorname{rank}L_A=\operatorname{rank}A$)。2・3 は cor-dt-inequality の 2・3、4 は cor-dt-equal-dim を $L_A$ に当てたものである(解が 1 つであることは単射性による)。$\square$

1 は「解の自由度は未知数の個数から実質的な式の本数(階数)を引いたもの」という掃き出し法の経験則を、基底の取り方によらない形で述べている。2・3 は掃き出しを実行せずに、未知数と式の個数を比べるだけで分かる。Axl24

部分空間の和

和と共通部分の次元公式の導き方

有限次元のベクトル空間 $V$ の部分空間 $U_1,U_2$ について
$$ \dim(U_1+U_2)+\dim(U_1\cap U_2)=\dim U_1+\dim U_2 $$
が成り立つ。

差をとる写像に次元定理を当てる

外部直和 $U_1\oplus U_2$ から $V$ への線形写像 $\varphi(x_1,x_2):=x_1-x_2$ を考える。像は $U_1+U_2$ である($x_1+x_2=\varphi(x_1,-x_2)$)。核は $\{(x,x)\mid x\in U_1\cap U_2\}$ であり、$x\mapsto(x,x)$ により $U_1\cap U_2$ と同型である。次元 の記事の命題「商と直和の次元」により $\dim(U_1\oplus U_2)=\dim U_1+\dim U_2$ なので、thm-dt-main から主張が従う。$\square$

この公式は 基底と次元 の記事の命題「部分空間の和と共通部分の次元」でもあり、そこでは共通部分の基底を両方に延長して証明している。上の証明は、基底の延長を次元定理の中に 1 度だけ閉じ込め、あとは写像を 1 つ作るだけで済ませている。

完全列と Euler 標数

次元定理は、長い完全列や複体についての等式にも広がる。

複体の次元の交代和

有限次元のベクトル空間と線形写像の列
$$ 0\to C_N\xrightarrow{d_N}C_{N-1}\xrightarrow{d_{N-1}}\cdots\xrightarrow{d_2}C_1\xrightarrow{d_1}C_0\to0 $$
が $d_{n}\circ d_{n+1}=0$($1\le n\le N-1$)を満たすとする。$C_{-1}:=0$、$C_{N+1}:=0$ とし、零写像 $d_0\colon C_0\to C_{-1}$、$d_{N+1}\colon C_{N+1}\to C_N$ を付け加え、$Z_n:=\ker d_n$、$B_n:=\operatorname{im}d_{n+1}$、$H_n:=Z_n/B_n$ とすると
$$ \sum_{n=0}^{N}(-1)^n\dim C_n=\sum_{n=0}^{N}(-1)^n\dim H_n $$
が成り立つ。とくに列が完全(すべての $n$ で $H_n=0$)なら $\sum_n(-1)^n\dim C_n=0$ である。

各項で次元定理を使い、和を打ち消し合わせる

$d_n\circ d_{n+1}=0$ より $B_n\subset Z_n$ である。$d_n\colon C_n\to C_{n-1}$ に thm-dt-main を当てると $\dim C_n=\dim Z_n+\dim B_{n-1}$ であり($B_{-1}=\operatorname{im}d_0=0$)、次元 の記事の命題「商と直和の次元」により $\dim H_n=\dim Z_n-\dim B_n$ である。差をとると
$$ \dim C_n-\dim H_n=\dim B_{n-1}+\dim B_n $$
となる。$(-1)^n$ を掛けて $n=0,\dots,N$ で足すと、右辺は $\dim B_{-1}$ と $(-1)^N\dim B_N$ を除いて打ち消し合い、$B_{-1}=0$、$B_N=\operatorname{im}d_{N+1}=0$ なので $0$ になる。$\square$

左辺を複体の Euler 標数 という。ホモロジーを計算しなくても、各項の次元だけから $H_n$ の次元の交代和が分かる。位相空間の胞体分割から作る複体にこれを当てたものが Euler標数 の記事の主題である。完全列 $0\to U\to V\to W\to0$(短完全列)の場合が $\dim V=\dim U+\dim W$ であり、これは次元定理を $V\to W$ に当てた式そのものである。

例

行列で与えた写像

$T\colon\mathbb{R}^3\to\mathbb{R}^2$、$T(x,y,z)=(x+y,\,z)$ とする。$T(x,y,z)=0$ は $x+y=0$ かつ $z=0$ なので $\ker T=\{(t,-t,0)\mid t\in\mathbb{R}\}$ は 1 次元である。$T(1,0,0)=(1,0)$、$T(0,0,1)=(0,1)$ なので $T$ は全射で、像は 2 次元である。$3=1+2$ が成り立っている。像が $\mathbb{R}^2$ 全体であることは、核の次元が $1$ だと分かった時点で $\dim\operatorname{im}T=3-1=2=\dim\mathbb{R}^2$ から従う(次元 の記事の命題「有限次元部分空間の比較」)。

多項式の微分は全射である

$n\ge1$ とし、$P_n$ を次数 $n$ 以下の実係数多項式全体($\dim P_n=n+1$)とする。微分 $D\colon P_n\to P_{n-1}$、$p\mapsto p'$ の核は定数多項式全体で、1 次元である。次元定理により $\dim\operatorname{im}D=(n+1)-1=n=\dim P_{n-1}$ なので、$D$ は全射である。つまり「次数 $n-1$ 以下の多項式はどれも、次数 $n$ 以下のある多項式の導関数である」ことが、原始関数を書き下さずに分かる。
実数の代わりに標数が素数 $p$ の体を係数にとり、$n\ge p$ とすると、$D(x^p)=px^{p-1}=0$ なので核は定数より大きく、$D$ は全射でない。次元定理はそのまま成り立ち、核が大きくなった分だけ像が小さくなる。

跡が0の行列の空間

跡 $\operatorname{tr}\colon M_n(K)\to K$ は線形写像であり、$\operatorname{tr}E_{11}=1$($E_{11}$ は $(1,1)$ 成分だけが $1$ の行列)なので全射である。次元定理により、跡が $0$ の行列全体 $\{X\mid\operatorname{tr}X=0\}$ の次元は $n^2-1$ である。

補間多項式の存在と一意性

$a_0,\dots,a_n\in K$ を相異なる元とし、$P_n(K)$ を次数 $n$ 以下の $K$ 係数多項式全体とする。評価写像
$$ \mathrm{ev}\colon P_n(K)\to K^{n+1},\qquad p\mapsto\bigl(p(a_0),\dots,p(a_n)\bigr) $$
は線形である。$\mathrm{ev}(p)=0$ なら $p$ は $n+1$ 個の相異なる根をもつ。$0$ でない多項式 $p$ が根 $a$ をもてば因数定理により $p=(x-a)q$、$\deg q=\deg p-1$ と書け、$a$ 以外の根 $b$ は $(b-a)q(b)=0$ と $b-a\ne0$ から $q$ の根になるので、次数についての帰納法により $0$ でない次数 $n$ 以下の多項式の根は高々 $n$ 個である。よって $p=0$ であり、$\mathrm{ev}$ は単射である。$\dim P_n(K)=n+1=\dim K^{n+1}$ なので、cor-dt-equal-dim により $\mathrm{ev}$ は全単射である。すなわち、任意の値 $b_0,\dots,b_n$ に対し $p(a_i)=b_i$ を満たす次数 $n$ 以下の多項式がただ 1 つある。具体的な式は Lagrange補間 の記事の定理「Lagrange 補間」が与える。

片側の逆行列は両側の逆行列

$A,B\in M_n(K)$ が $AB=E$(単位行列)を満たすとする。$Bx=0$ なら $x=ABx=0$ なので、$L_B\colon K^n\to K^n$ は単射である。cor-dt-equal-dim により $L_B$ は全単射で、逆写像の表現行列を $C$ とすると $BC=CB=E$ である。すると $A=A(BC)=(AB)C=C$ なので $BA=E$ である。有限次元性は「単射なら全射」の段で使われている。無限次元では、数列の右ずらしと左ずらしのように、一方の順の合成だけが恒等写像になる組がある(線形写像 の記事の例「数列のずらし」)。

条件を外したときの反例

外す条件反例成り立たなくなること
$V,W$ が有限次元(cor-dt-equal-dim で $V=W=K[x]$ とする)$x$ 倍の写像 $p\mapsto xp$単射なら全射であること
$V,W$ が有限次元(cor-dt-equal-dim で $V=W=\mathbb{R}[x]$ とする)微分 $p\mapsto p'$全射なら単射であること
$V,W$ が有限次元(cor-dt-inequality の 4 で $V=W=K[x]$ とする)$x$ 倍の写像と恒等写像核と余核の次元の差が $V,W$ だけで決まること
係数が体($\mathbb{Z}$ 上の自由加群に替える)$\mathbb{Z}\to\mathbb{Z}$、$a\mapsto2a$同じ階数の自由加群の間の単射が全射であること
係数が体($\mathbb{Z}/4\mathbb{Z}$ 上の加群に替える)$\mathbb{Z}/4\mathbb{Z}\to\mathbb{Z}/4\mathbb{Z}$、$a\mapsto2a$定義域が核と像の直和に同型であること(thm-dt-infinite)
写像が線形(集合の間の全単射に替える)$\mathbb{R}$ から $\mathbb{R}^2$ への全単射全単射なら定義域と値域の次元が等しいこと
反例の確認

1 行目:$xp=0$ なら $p=0$ なので単射だが、定数 $1$ は $x$ 倍の像に入らないので全射でない。
2 行目:任意の $q\in\mathbb{R}[x]$ は原始関数 $\int_0^xq(t)\,dt$ の導関数なので全射だが、定数は核に入るので単射でない。
3 行目:$K[x]$ の次元は可算無限 $\aleph_0$ である(基底 $1,x,x^2,\dots$)。$x$ 倍の写像は核が $0$、余核 $K[x]/xK[x]$ が 1 次元で、恒等写像は核も余核も $0$ である。どちらも $\dim V=\dim\ker T+\dim\operatorname{im}T$($\aleph_0=0+\aleph_0$)を満たすが、核と余核の次元の差は $-1$ と $0$ で異なる。
4 行目:$2a=0$ なら $a=0$ なので単射だが、$1$ は像に入らないので全射でない。$\mathbb{Z}$ の階数は $1$ である。核と像の階数については $1=0+1$ が成り立っているが、$\mathbb{Z}$ では像 $2\mathbb{Z}$ が $\mathbb{Z}$ と同じ階数でも $\mathbb{Z}$ 全体にならない。cor-dt-equal-dim の証明で使った「次元が等しい部分空間は全体に一致する」が、体でない係数では成り立たない。
5 行目:核は $\{0,2\}$、像も $\{0,2\}$ で、どちらも位数 $2$ の群である。核と像の直和 $\mathbb{Z}/2\mathbb{Z}\oplus\mathbb{Z}/2\mathbb{Z}$ のどの元も $2$ 倍すると $0$ になるが、$\mathbb{Z}/4\mathbb{Z}$ の $1$ は $2\cdot1\ne0$ なので、$\mathbb{Z}/4\mathbb{Z}$ はこの直和と同型でない。核 $\{0,2\}$ の補加群($C\cap\{0,2\}=0$、$C+\{0,2\}=\mathbb{Z}/4\mathbb{Z}$ を満たす $C$)もない。$0$ でない部分群はすべて $2$ を含むからである。thm-dt-infinite の証明で使った「核の基底を全体の基底に延長する」議論は、$\mathbb{Z}/4\mathbb{Z}$ では始めから使えない(核 $\{0,2\}$ は $2\cdot2=0$ なので基底をもたない)。
6 行目:$\mathbb{R}$ の濃度を $\kappa$ とすると、基数 の記事の定理「無限基数の平方」により $\lvert\mathbb{R}^2\rvert=\kappa\cdot\kappa=\kappa$ なので、集合としての全単射 $\mathbb{R}\to\mathbb{R}^2$ がある。しかし $\dim\mathbb{R}=1\ne2=\dim\mathbb{R}^2$ である。線形でない写像は線形独立性も生成も保たないので、次元を比べる手段にならない。

補足

  • 行列の 4 つの部分空間:$A\in M_{m,n}(K)$ について、次元定理から $\dim\ker A=n-\operatorname{rank}A$、転置行列に当てて $\dim\ker A^{\top}=m-\operatorname{rank}A^{\top}=m-\operatorname{rank}A$ である(最後の等号は 階数(線形代数) の記事の定理「列階数と行階数は等しい」)。$Ax=b$ が解をもつ $b$ の空間と、$y^{\top}A=0$ を満たす $y$ の空間の次元の和は $m$ になる。
  • 斜体の上のベクトル空間:斜体(可換とは限らない除法環)の上の左ベクトル空間でも、基底の存在と延長、基底の濃度の一致は体の場合と同じ証明で成り立つ。それらの証明は $0$ でないスカラーの逆元を使うが、乗法の可換性は使わないLan02。thm-dt-main の証明はこれらの事実と写像の線形性しか使わないので、斜体の上でも同じ等式が成り立つ。係数を環に広げると、ex-dt-counterexamples の 4・5 行目のように、そのままでは成り立たない。
  • Fredholm 作用素:cor-dt-inequality の 4 の指数は、Banach 空間の間の有界線形作用素のうち核と余核が有限次元のもの(Fredholm作用素)に対しても定義され、コンパクト作用素を足しても変わらない(Fredholm作用素 の記事の系「Banach 空間でのコンパクトな摂動」)。有限次元では指数が $\dim V-\dim W$ に固定されることが、この不変性の最も単純な場合である。

関連項目

参考文献

[1]
Sheldon Axler, Linear Algebra Done Right, 4th ed., Springer, 2024, 3.21 fundamental theorem of linear maps(§3B、p. 62)、3.22・3.24(pp. 63–64)、3.26・3.28(p. 65)、3.65(§3D、p. 84)、3.105・3.107(§3E、p. 102)

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