Saccheri–Legendreの定理(Saccheri–Legendre theorem)とは、平行線公準を使わない中立幾何で、どの三角形の内角の和も $180^\circ$ 以下であるという定理である。三角形 $ABC$ の辺 $BC$ の中点 $M$ をとり、$AM$ を同じ長さだけ延ばして $E$ を作ると、三角形 $AEC$ は内角の和が $ABC$ と等しく、角の 1 つが $\angle A$ の半分以下になる。これをくり返すと、和が $180^\circ$ を超える三角形では残りの 2 つの角の和が $180^\circ$ を超え、「三角形の 2 つの角の和は $180^\circ$ より小さい」に反する。欠損($180^\circ$ と内角の和の差)は三角形を分けると足し算になり、Saccheri の四角形の頂角は直角以下である。球面は中立幾何の約束を満たさない。
前提知識: 平行線公準(高校数学), 三角形の内角の和, 三角形の合同条件, 背理法
三角形の内角の和が $180^\circ$ であることは、頂点を通って向かいの辺に平行な直線を引き、錯角を移して示す(三角形の内角の和)。この証明は平行線の性質を使う。実際、「どの三角形でも内角の和は $180^\circ$」は、平行線公準(直線外の 1 点を通る平行線はただ 1 本)と同じ強さの主張である(平行線公準(高校数学) の主定理 2)。
では、平行線公準を使わずに内角の和について何が言えるだろうか。この記事の答えは「$180^\circ$ を超えることはない」である。証明の道具は、平行線公準(高校数学) で外角の定理を示すのに使った Euclid の作図(中点で延ばす作図)だけである。まず、その作図を座標平面の三角形で 1 回行ってみる。
$A(0,0)$、$B(4,0)$、$C(1,3)$ とする。直線 $AC$ の傾きは $3$、直線 $BC$ の傾きは $-1$ なので、内角は
$$
\angle A=\arctan3\approx71.565^\circ,\qquad\angle B=45^\circ,\qquad\angle C=180^\circ-71.565^\circ-45^\circ\approx63.435^\circ
$$
である($\arctan3$ は正接が $3$ になる $0^\circ$ と $90^\circ$ の間の角、逆三角関数(高校数学))。
(1) 辺 $BC$ の中点は $M\left(\dfrac52,\dfrac32\right)$ である。半直線 $AM$ を $M$ の先へ、$AM$ と同じ長さだけ延ばした点を $E$ とすると、$M$ が線分 $AE$ の中点なので $E=2M-A=(5,3)$ である。
(2) 新しい三角形 $AEC$ の角を求める。直線 $AE$ の傾きは $\dfrac35$、辺 $CE$ は $y=3$ の上にあって水平である。
三角形 ABC の辺 BC の中点 M をとり、AM を同じ長さだけ延ばして E を作る。青く塗った 2 つの三角形 ABM と ECM は合同で、赤い三角形 AEC の内角の和は ABC と同じになる
座標平面では内角の和はいつも $180^\circ$ なので、(3) の「和が同じ」は当たり前に見える。大事なのは、(3) の 2 つの等式が、平行線を使わずに三角形の合同だけで示せることである(lem-sl-halving)。この作図をくり返すと、内角の和を変えずに 1 つの角をいくらでも小さくできる。そこから内角の和が $180^\circ$ を超えないことが出る。この記事で答える問いは次の 3 つである。
| 高校の言葉 | この記事の言葉 | 大学の言葉 |
|---|---|---|
| 平行線はただ 1 本 | 平行線公準 | 公理系の 1 つの公理 |
| 平行線を使わない証明 | 中立幾何の証明 | 平行線公準を除いた公理系からの証明 |
| $180^\circ$ から内角の和を引いた値 | 欠損 | 双曲平面では三角形の面積に等しい量 |
| いくらでも小さくできる | Archimedes の性質 | 実数の性質(アルキメデス性) |
平行線公準を使わずに、ほかの公準と図形の基本的な性質だけで示せる平面幾何を 中立幾何 という。平行線公準(高校数学) の注意「中立幾何で使う事実」(N1)〜(N6)がその基本的な性質の一覧である。この記事で使うのは、次の事実である。
(R1) 線分には中点があり、半直線の上に与えた長さの点をとれる。
(R2) 三角形の合同条件(2 辺とその間の角、3 辺)、向かい合う角(対頂角)が等しいこと、一直線をなす 2 つの角の和が $180^\circ$ であること。
(R3) 角 $\angle XVY$ の辺の上の 2 点 $X'$、$Y'$($X'$ は半直線 $VX$ の上、$Y'$ は半直線 $VY$ の上)を結ぶ線分の途中の点 $P$ について、半直線 $VP$ は角の内側にあり、$\angle XVY=\angle XVP+\angle PVY$ である。
どれも中学校で習う事実で、平行線公準を使わない(平行線公準(高校数学) の(N1)〜(N5))。
平行線公準(高校数学) では、平行線公準を使わずに次の 2 つを証明した。この記事ではこれを引いて使う。
(1)(外角の定理の中立幾何の形)三角形の外角は、隣り合わないどちらの内角よりも大きい。証明は、この記事の ex-sl-start と同じ「中点で延ばす作図」による(Euclid『原論』第 I 巻 命題 16、Hea56 p. 279)。
(2)(2 つの角の和)三角形のどの 2 つの内角の和も $180^\circ$ より小さい。(1) から出る。頂点 $C$ で辺 $BC$ を延ばした外角は $180^\circ-\angle C$ で、(1) によりこれは $\angle B$ より大きいので、$\angle B+\angle C<180^\circ$ である(同 命題 17、Hea56 p. 281)。
三角形 $T$ の 3 つの内角の和を $\sigma(T)$ で表し、
$$
\delta(T)=180^\circ-\sigma(T)
$$
を $T$ の 欠損 という。
(2)(3) の「平面」では平行線公準が成り立たず、欠損は正である。欠損が負になる三角形、つまり内角の和が $180^\circ$ を超える三角形は、中立幾何ではありえない。これがこの記事の主定理である。
ex-sl-start で見たことを、平行線を使わずに証明する。
三角形 $ABC$ の辺 $BC$ の中点を $M$ とし、半直線 $AM$ の上で $M$ の先に $ME=AM$ となる点 $E$ をとる。このとき、中立幾何で次が成り立つ。
(1) $\angle CAE+\angle AEC=\angle A$、$\angle ACE=\angle B+\angle C$。特に $\sigma(AEC)=\sigma(ABC)$ である。
(2) $\angle CAE$ と $\angle AEC$ のどちらか一方は $\dfrac{\angle A}2$ 以下である。
方針:三角形 $ABM$ と $ECM$ が合同であることから、$A$ と $B$ の角を、新しい三角形の $E$ と $C$ へ移す(図 1)。
段 1(合同)。三角形 $ABM$ と $ECM$ で、$BM=CM$($M$ は $BC$ の中点)、$AM=EM$($E$ のとり方)、$\angle AMB=\angle EMC$(対頂角)である。2 辺とその間の角が等しいので、2 つの三角形は合同である(三角形の合同条件)。対応する角が等しいので
$$
\angle BAM=\angle CEM,\qquad\angle ABM=\angle ECM
$$
である。
段 2(頂点 $A$ の角が分かれる)。$M$ は線分 $BC$ の途中の点なので、半直線 $AM$ は角 $\angle BAC$ の内側にあり、$\angle A=\angle BAM+\angle MAC$ である(中立幾何の事実 (iii))。$E$ は半直線 $AM$ の上にあるので $\angle MAC=\angle EAC$ である。また $M$ は線分 $EA$ の上にあるので半直線 $EM$ と $EA$ は同じで、$\angle CEM=\angle CEA$ である。段 1 と合わせて
$$
\angle CAE+\angle AEC=\angle MAC+\angle BAM=\angle A
$$
である。
段 3(頂点 $C$ に角が集まる)。$M$ は線分 $AE$ の途中の点なので、半直線 $CM$ は角 $\angle ACE$ の内側にあり、$\angle ACE=\angle ACM+\angle MCE$ である(中立幾何の事実 (iii))。$M$ は線分 $CB$ の上にあるので半直線 $CM$ と $CB$ は同じで、$\angle ACM=\angle ACB=\angle C$ である。同じく半直線 $BM$ と $BC$ は同じなので、段 1 から $\angle MCE=\angle ECM=\angle ABM=\angle ABC=\angle B$ である。よって
$$
\angle ACE=\angle C+\angle B
$$
である。
段 4(まとめ)。段 2 と段 3 を足すと
$$
\sigma(AEC)=\angle CAE+\angle AEC+\angle ACE=\angle A+\angle B+\angle C=\sigma(ABC)
$$
で (1) が成り立つ。$\angle CAE$ と $\angle AEC$ は和が $\angle A$ の 2 つの正の数なので、両方が $\dfrac{\angle A}2$ より大きいことはない(そうなら和が $\angle A$ より大きくなる)。これが (2) である。$\square$
証明のどこにも平行線は出てこない。使ったのは、中点をとること、線分を延ばすこと、合同条件、対頂角、角を足すことだけである。
この作図は、新しい三角形にもう一度使える。そのとき、(2) で $\dfrac{\angle A}2$ 以下になった方の角の頂点を、新しい「$A$」にする。
$A(0,0)$、$B(6,0)$、$C(-2,3)$ の三角形は $\angle A\approx123.690^\circ$ の鈍角三角形である。lem-sl-halving の作図を、毎回「小さい方の角の頂点」を新しい $A$ にして 6 回くり返した。各回の三角形の角を、小さい方の角(次の回で分ける角)、もう一方の角、$C$ の角の順に並べる(第 $0$ 回はもとの $A$、$B$、$C$ の角。座標で角を計算した値)。
| 回 | 3 つの角 | 内角の和 | $\dfrac{123.690^\circ}{2^n}$ |
|---|---|---|---|
| $0$ | $123.690^\circ$、$20.556^\circ$、$35.754^\circ$ | $180^\circ$ | $123.690^\circ$ |
| $1$ | $36.870^\circ$、$86.820^\circ$、$56.310^\circ$ | $180^\circ$ | $61.845^\circ$ |
| $2$ | $16.699^\circ$、$20.171^\circ$、$143.130^\circ$ | $180^\circ$ | $30.923^\circ$ |
| $3$ | $6.080^\circ$、$10.620^\circ$、$163.301^\circ$ | $180^\circ$ | $15.461^\circ$ |
| $4$ | $2.375^\circ$、$3.705^\circ$、$173.920^\circ$ | $180^\circ$ | $7.731^\circ$ |
| $5$ | $0.900^\circ$、$1.475^\circ$、$177.625^\circ$ | $180^\circ$ | $3.865^\circ$ |
| $6$ | $0.345^\circ$、$0.555^\circ$、$179.100^\circ$ | $180^\circ$ | $1.933^\circ$ |
どの回でも、最初の角は右端の $\dfrac{123.690^\circ}{2^n}$ 以下である。三角形はどんどん細長くなり、2 つの角が $0^\circ$ に近づく一方で、残りの 1 つの角が $180^\circ$ に近づく。
三角形 A(0,0)、B(4,0)、C(1,3) から作図を 3 回くり返した三角形。どれも頂点 C を共有し、内角の和は同じまま、弧で示した角(次の回で分ける角)が 71.57°、30.96°、12.53°、4.76° と前の半分以下になっていく
図 2 は ex-sl-start の三角形から 3 回くり返したものである。どの三角形も頂点 $C$ を共有している。lem-sl-halving の作図で $C$ は動かないからである。
中立幾何で、どの三角形の内角の和も $180^\circ$ 以下である。つまり、どの三角形 $T$ でも欠損は $\delta(T)\ge0^\circ$ である。
方針:内角の和が $180^\circ$ を超える三角形があったとして、lem-sl-halving をくり返し、和を保ったまま 1 つの角を小さくする。残りの 2 つの角の和が $180^\circ$ を超えて、rem-sl-neutral (2) に反する(背理法)。
段 1(仮定)。三角形 $T_0$ で $\sigma(T_0)>180^\circ$ であったとする。$\sigma(T_0)=180^\circ+d$($d>0$)とおく。$T_0$ の 1 つの頂点の角を $a_0$ とする。
段 2(くり返す)。$T_0$ にその頂点を $A$ として lem-sl-halving を使うと、$\sigma(T_1)=\sigma(T_0)$ で、角の 1 つ $a_1$ が $a_1\le\dfrac{a_0}2$ である三角形 $T_1$ ができる。$T_1$ に角 $a_1$ の頂点を $A$ として lem-sl-halving を使うと、$\sigma(T_2)=\sigma(T_0)$ で、角の 1 つ $a_2$ が $a_2\le\dfrac{a_1}2\le\dfrac{a_0}{4}$ である三角形 $T_2$ ができる。これをくり返すと、どの自然数 $n$ についても、
$$
\sigma(T_n)=180^\circ+d,\qquad T_n\text{ の角の 1 つ }a_n\text{ は }a_n\le\frac{a_0}{2^n}
$$
である三角形 $T_n$ がある($n$ についての数学的帰納法)。
段 3($n$ を選ぶ)。$\dfrac{a_0}{2^n}< d$ となる $n$ を選べる。実際、$2^n=(1+1)^n\ge1+n$(二項定理で展開して最初の 2 項だけを残す)なので、$n>\dfrac{a_0}d$ となる自然数 $n$ をとると $2^n>n>\dfrac{a_0}d$、つまり $\dfrac{a_0}{2^n}< d$ である。
段 4(矛盾)。段 3 の $n$ について、$T_n$ の角 $a_n$ 以外の 2 つの角の和は
$$
\sigma(T_n)-a_n=180^\circ+d-a_n\ge180^\circ+d-\frac{a_0}{2^n}>180^\circ
$$
である。これは「三角形のどの 2 つの角の和も $180^\circ$ より小さい」(rem-sl-neutral (2))に反する。よって $\sigma(T_0)\le180^\circ$ である。$\square$
上の証明は、Euclid 第 I 巻 命題 16 と同じ作図をくり返す Legendre の証明である(Hea56 p. 213)。
Heath の紹介によると、Saccheri は著書(1733 年)で、ある四角形の 2 つの角について「直角・鈍角・鋭角」の 3 つの仮説を立て、鈍角の仮説(内角の和が $180^\circ$ を超える場合にあたる)を退けた。Legendre は『幾何学原論』の第 3 版(1800 年)で「三角形の内角の和は 2 直角を超えない」を示し、その証明はのちに、Euclid 第 I 巻 命題 16 と同じ作図をくり返す、よく知られた証明に置き換えられた(Hea56 pp. 211–213)。
段 3 では「どんな正の数 $d$ に対しても、$\dfrac{a_0}{2^n}< d$ となる $n$ がある」ことを使った。これは、どんな正の数も何倍かすれば別の与えられた数を超えるという実数の性質(Archimedes の性質)の 1 つの形である。この記事では角の大きさを実数で測っているので、この性質は角の測り方の約束に入っている。平行線公準(高校数学) の Legendre の作図(直線に対して寝た直線を作る補題)でも、同じ性質を同じ形で使った。
2 つの作図は似ているので、並べて違いを確かめておく。
| この記事の作図(lem-sl-halving) | 平行線公準(高校数学) の作図(角を半分ずつにする補題) | |
|---|---|---|
| 示すこと | 内角の和は $180^\circ$ 以下 | 内角の和が $180^\circ$ なら平行線公準が成り立つ |
| 仮定 | 中立幾何の事実だけ | どの三角形でも内角の和が $180^\circ$ |
| 作る図形 | 中点で延ばした三角形を次々に | 直線の上に二等辺三角形を継ぎ足す |
| 半分になる角 | 三角形の 1 つの角(内角の和は保つ) | 直線 $r$ と斜めの線分 $PR_n$ のなす角 |
| Archimedes の性質 | 使う | 使う |
欠損には、面積と同じように「分けると足し算になる」性質がある。
三角形 $ABC$ の辺 $BC$ の上に、頂点と異なる点 $D$ をとる。このとき
$$
\delta(ABC)=\delta(ABD)+\delta(ADC)
$$
である。特に、thm-sl-main により $\delta(ABD)\le\delta(ABC)$、$\delta(ADC)\le\delta(ABC)$ で、$\delta(ABC)=0^\circ$ なら $\delta(ABD)=\delta(ADC)=0^\circ$ である。
$D$ は線分 $BC$ の途中の点なので、$\angle BAD+\angle DAC=\angle A$ である(中立幾何の事実 (iii))。$\angle ADB$ と $\angle ADC$ は一直線をなすので、$\angle ADB+\angle ADC=180^\circ$ である(中立幾何の事実 (ii))。三角形 $ABD$ の角は $\angle BAD$、$\angle B$、$\angle ADB$、三角形 $ADC$ の角は $\angle DAC$、$\angle C$、$\angle ADC$ なので
$$
\sigma(ABD)+\sigma(ADC)=(\angle BAD+\angle DAC)+\angle B+\angle C+(\angle ADB+\angle ADC)=\sigma(ABC)+180^\circ
$$
である。よって
$$
\delta(ABD)+\delta(ADC)=360^\circ-\bigl(\sigma(ABD)+\sigma(ADC)\bigr)=180^\circ-\sigma(ABC)=\delta(ABC)
$$
である。後半は、thm-sl-main から $\delta(ABD)\ge0^\circ$、$\delta(ADC)\ge0^\circ$ であることによる。$\square$
ex-sl-defect (3) の上半平面の三角形を、頂点の名前を付け替えて $P(0,1)$、$Q(1,1)$、$R(0,2)$ とする。辺 $PR$ は $y$ 軸の上にある。辺 $PR$ の上の点 $S(0,1.5)$ と $Q$ を結んで 2 つの三角形に分け、双曲幾何の三角形 の角の測り方で角を計算すると、次のようになる。
| 三角形 | 3 つの角 | 内角の和 | 欠損 |
|---|---|---|---|
| $PQR$ | $63.435^\circ$、$36.870^\circ$、$63.435^\circ$ | $163.740^\circ$ | $16.260^\circ$ |
| $PQS$ | $63.435^\circ$、$21.801^\circ$、$85.236^\circ$ | $170.473^\circ$ | $9.527^\circ$ |
| $SQR$ | $94.764^\circ$、$15.068^\circ$、$63.435^\circ$ | $173.267^\circ$ | $6.733^\circ$ |
$S$ での 2 つの角の和は $85.236^\circ+94.764^\circ=180^\circ$、$Q$ での角は $21.801^\circ+15.068^\circ\approx36.870^\circ$ で、欠損は $9.527^\circ+6.733^\circ=16.260^\circ$ と足し算になっている。
四角形でも同じように、対角線で 2 つの三角形に分けて考えられる。
対角線 $AC$ が四角形 $ABCD$ の内部を通る($C$ が角 $\angle BAD$ の内側に、$A$ が角 $\angle BCD$ の内側にある)とき、四角形 $ABCD$ の内角の和は $360^\circ$ 以下である。
仮定から $\angle BAD=\angle BAC+\angle CAD$、$\angle BCD=\angle BCA+\angle ACD$ である。よって四角形の内角の和は
$$
\angle BAD+\angle B+\angle BCD+\angle D=\sigma(ABC)+\sigma(ACD)\le180^\circ+180^\circ=360^\circ
$$
である(不等号は thm-sl-main)。$\square$
特に、中立幾何では「4 つの角がどれも直角より大きい四角形」はない。Hitchman は、双曲平面では 4 つの角がどれも直角の四角形もないことを、対角線で 2 つの三角形に分ける同じ議論で説明している(Hit18 Example 5.4.17、p. 106)。
Saccheri は、次の形の四角形を使って平行線の問題を調べた(Hea56 p. 211)。
線分 $AB$ の両端で $AB$ に垂直に、$AB$ の同じ側へ等しい長さの線分 $AC$、$BD$ を立てる($AC=BD$、$\angle CAB=\angle DBA=90^\circ$)。このとき、四角形 $ABDC$ の $C$ と $D$ の角について
$$
\angle ACD=\angle BDC\le90^\circ
$$
である。
段 1(2 つの角は等しい)。三角形 $CAB$ と $DBA$ で、$CA=DB$、$AB$ は共通、$\angle CAB=\angle DBA=90^\circ$ なので、2 辺とその間の角が等しく合同である。よって $CB=DA$ である。次に三角形 $ACD$ と $BDC$ で、$AC=BD$、$CD$ は共通、$AD=BC$ なので、3 辺が等しく合同である。よって $\angle ACD=\angle BDC$ である。
段 2(直角以下)。この四角形の対角線 $AD$、$BC$ は四角形の内部で交わり、cor-sl-quad の仮定を満たす(中立幾何で示せるが、この記事では証明しない)。cor-sl-quad から
$$
90^\circ+90^\circ+\angle BDC+\angle ACD\le360^\circ
$$
なので $\angle ACD+\angle BDC\le180^\circ$ である。段 1 で 2 つは等しいので、どちらも $90^\circ$ 以下である。$\square$
Saccheri は、この 2 つの等しい角が直角・鈍角・鋭角である場合を、それぞれ「直角の仮説」「鈍角の仮説」「鋭角の仮説」と呼んだ(Hea56 p. 211)。prop-sl-saccheri は、中立幾何では鈍角の仮説が成り立たないことを表している。座標平面では 2 つの角は直角で四角形は長方形になり(図 3)、双曲平面では鋭角になる(図 4、ex-sl-saccheri-disk)。
座標平面の Saccheri の四角形。底辺 AB の両端に等しい長さの垂線 AC、BD を立てると、C と D の角も直角で長方形になる
Poincaré 円板の Saccheri の四角形。4 辺は円板の直線で、C と D の角はどちらも約 22 度の鋭角になる。破線は普通の線分 CD
平行線公準(高校数学) の Poincaré 円板で、$A\left(-\dfrac12,0\right)$、$B\left(\dfrac12,0\right)$ とする。$B$ で $x$ 軸に垂直な「直線」は、中心 $\left(\dfrac54,0\right)$、半径 $\dfrac34$ の円の弧である($\left(\dfrac54\right)^2=1+\left(\dfrac34\right)^2$ なので単位円と直交し、中心が $x$ 軸の上にあるので $x$ 軸と垂直に交わる)。この弧の上に $D\approx(0.6755,\ 0.4821)$ をとり、$D$ を $y$ 軸に関して折り返した点を $C$ とする。左右対称なので $AC=BD$ である。
$C$ と $D$ を結ぶ「直線」(中心 $(0,\ 1.7514)$、半径 $1.4378$ の円の弧)を引いて角を計算すると、$\angle ACD=\angle BDC\approx21.980^\circ$ で、内角の和は約 $223.96^\circ$ である。頂角は鋭角で、prop-sl-saccheri のとおり直角以下である。
$D$ は中心 $\left(\dfrac54,0\right)$ から見て $x$ 軸の正の向きから $140^\circ$ の向きにある弧の上の点で、$D=\left(\dfrac54+\dfrac34\cos140^\circ,\ \dfrac34\sin140^\circ\right)\approx(0.67547,\ 0.48209)$ である。$C(-x_D,y_D)$ と $D(x_D,y_D)$ を通り単位円と直交する円の中心を $(0,k)$、半径を $r$ とすると、$k^2=1+r^2$ と $x_D^2+(y_D-k)^2=r^2$ から $x_D^2+y_D^2-2ky_D=-1$、$k=\dfrac{x_D^2+y_D^2+1}{2y_D}\approx1.75140$、$r=\sqrt{k^2-1}\approx1.43785$ である。$D$ での角は、弧 $DB$ の接線(中心 $\left(\dfrac54,0\right)$ への向きに垂直)と弧 $DC$ の接線(中心 $(0,k)$ への向きに垂直)のなす角として計算した。
内角の和が $180^\circ$ の三角形が 1 つでもあれば、すべての三角形で内角の和は $180^\circ$ である(この記事では証明しない)。
Heath によると、Saccheri は「3 つの仮説のどれかが 1 つの場合に成り立てば、ほかのすべての場合に成り立つ」ことと、「直角・鈍角・鋭角の仮説に応じて、三角形の内角の和は $180^\circ$ に等しい・より大きい・より小さい」ことを示した。Legendre は約 1 世紀後に、「1 つの三角形で成り立てばすべての三角形で成り立つ」ことを、和が $180^\circ$ に等しい場合と小さい場合について示した(Hea56 pp. 211–212)。
主定理は「中立幾何の事実を満たす平面」ならどこでも成り立つ。高校数学で出会う 3 つの「平面」で確かめる。
| 座標平面 | 球面(大円を直線とする) | 双曲平面(Poincaré 円板・上半平面) | |
|---|---|---|---|
| 2 点を通る直線がただ 1 本 | 成り立つ | 向かい合う 2 点では成り立たない | 成り立つ |
| 線分をいくらでも延ばせる | 延ばせる | 1 周で元に戻る | 延ばせる |
| 平行線公準 | 成り立つ | 平行線がない | 成り立たない |
| 内角の和 | $=180^\circ$ | $>180^\circ$ | $<180^\circ$ |
| 主定理 | 等号で成り立つ | 当てはまらない | 不等号で成り立つ |
双曲平面が中立幾何の事実をすべて満たすことは、この記事では確かめない(平行線公準(高校数学) の注意「平行線公準の独立性」)。球面では内角の和が $180^\circ$ を超える(球面三角形の面積)が、これは主定理に反しない。球面は中立幾何の事実を満たしていないからである。主定理の証明のどこが球面で崩れるかを、次の節で見る。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| 中立幾何の事実(2 点を通る直線はただ 1 本、線分を延ばしても元に戻らない) | 球面を 8 等分した三角形 | 内角の和が $180^\circ$ 以下(thm-sl-main) |
| 作図で延ばす長さを $ME=AM$ にする | 座標平面で $ME=2AM$ にした作図 | $\angle CAE+\angle AEC=\angle A$(lem-sl-halving (1)) |
| 平行線公準(等号を言うには要る) | 上半平面の三角形 | 内角の和がちょうど $180^\circ$ |
半径 $1$ の球面の上に $A(0,0,1)$、$B(1,0,0)$、$C(0,1,0)$ をとる。3 本の大円の弧で囲まれた三角形は球面を 8 等分した 1 つで、3 つの角はどれも $90^\circ$、内角の和は $270^\circ$ である(球面三角形の面積)。主定理の結論は成り立たない。
lem-sl-halving の作図を行ってみる(図 5)。弧 $BC$ の中点は $M\left(\dfrac1{\sqrt2},\dfrac1{\sqrt2},0\right)$ である。弧 $AM$ は北極から赤道までの経線で、長さは円周の $\dfrac14$、つまり $\dfrac\pi2$ である。これを $M$ の先へ同じ長さ $\dfrac\pi2$ だけ延ばすと、南極 $E(0,0,-1)$ に着く。
球面を 8 等分した三角形 ABC で作図を行う。青い弧 AM を同じ長さだけ延ばすと南極 E に着き、A、C、E は 1 本の大円(赤い弧 CE と経線 CA)の上に並ぶ
ex-sl-start の三角形 $A(0,0)$、$B(4,0)$、$C(1,3)$、$M\left(\dfrac52,\dfrac32\right)$ で、$AM$ を $M$ の先へ $2AM$ だけ延ばした点 $E'=M+2(M-A)=\left(\dfrac{15}2,\dfrac92\right)$ をとる。ex-sl-start と同じく直線の傾きから角を求めると $\angle AE'C\approx17.969^\circ$ で、$\angle CAE'=\angle CAE\approx40.601^\circ$ は変わらないので、
$$
\angle CAE'+\angle AE'C\approx58.570^\circ\ne71.565^\circ=\angle A
$$
である。
直線 $E'C$ の傾きは $\dfrac{9/2-3}{15/2-1}=\dfrac3{13}$、直線 $E'A$ の傾きは $\dfrac35$ なので、正接の加法定理から
$$\tan\angle AE'C=\frac{\frac35-\frac3{13}}{1+\frac35\cdot\frac3{13}}=\frac{24/65}{74/65}=\frac{12}{37}$$
で、$\angle AE'C\approx17.969^\circ$ である。
主定理は「$180^\circ$ 以下」であって、「$180^\circ$ に等しい」ではない。ex-sl-defect (3) の上半平面の三角形は内角の和が約 $163.74^\circ$ で、$180^\circ$ より小さい。上半平面は平行線公準を満たさない(双曲幾何の三角形)。平行線公準(高校数学) の主定理 2 のとおり、「すべての三角形で等号」は平行線公準と同じ強さの主張で、中立幾何の事実だけからは出ない。
平面幾何を公理から厳密に組み立てるときは、Hilbert の公理系(Hilbertの公理系)のように、点・直線・「間にある」・合同を無定義の言葉とし、それらの性質を公理として並べる。中立幾何は、そこから平行線公準を除いたものである。この記事の証明は、角を実数で測ることと、そこから出る Archimedes の性質(rem-sl-archimedes)を使った。角や長さの測り方に Archimedes の性質を仮定しない公理系では、この証明はそのままでは使えない。そのような公理系で何が起こるかは、この記事では扱わない。
cor-sl-additive は、欠損が面積と同じく「分けると足し算になる」量であることを示している。Heath は、Lambert が鋭角の仮説のもとで「三角形の面積は $180^\circ$ から内角の和を引いたものに比例する」ことを導いたと紹介している(Hea56 pp. 212–213)。上半平面で面積を積分で定めると、面積は欠損(ラジアンで測ったもの)にちょうど等しくなる。これは次の記事 双曲幾何の三角形 の主定理である。
Legendre は「内角の和は $180^\circ$ より小さくない」も示そうとした。欠損が面積のように足し算になるので、与えられた三角形を 2 つ以上含む大きな三角形を作れれば、欠損が 2 倍、4 倍、…と増えて $180^\circ$ を超え、矛盾するという筋である。しかし、そのような大きな三角形を作るには「直角の $\frac23$ より小さい角の内部のどの点を通っても、角の両辺と交わる直線が引ける」ことを仮定する必要があり、Heath によるとこの仮定は Euclid の平行線公準と同値である(Hea56 p. 214)。
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