ベクトル場(vector field)とは、滑らかな多様体 $M$ の各点 $p$ に接ベクトル $X_p\in T_pM$ を滑らかに対応させたもの、すなわち接束 $TM\to M$ の滑らかな切断である。局所座標では $X=\sum_i X^i\,\partial/\partial x^i$ と表され、滑らかさは成分関数 $X^i$ の滑らかさとも、任意の滑らかな関数 $f$ に対する $Xf$ の滑らかさとも同値である。これは $C^\infty(M)$ の導分と一対一に対応し、交換子 $[X,Y]f=X(Yf)-Y(Xf)$(Lie 括弧)は再びベクトル場になり、各点をその向きに動かし積分曲線と流れが得られる。$\mathbb{R}^n$ の座標ベクトル場や $S^1$ の $\partial_\theta$ が基本例で、$S^2$ 上に至る所非零なベクトル場はない(毛玉の定理)。
以下、$M$ を $n$ 次元の滑らかな多様体(可微分多様体。Hausdorff(Hausdorff空間)かつ第 2 可算な位相多様体(位相多様体)に $C^\infty$ 級の微分構造を指定したもの)とし、$C^\infty(M)$ を $M$ 上の滑らかな実数値関数(可微分写像)の全体とする。$C^\infty(M)$ は各点ごとの和と積により実数体 $\mathbb{R}$ 上の可換な多元環(多元環)である。$M$ の開集合(開集合)$U$ は $M$ の開部分多様体(可微分多様体の記事の命題(開部分多様体))であり、$C^\infty(U)$ も同様に定める。滑らかな座標近傍(局所座標)$(U,\varphi)$ の座標関数を $\varphi=(x^1,\dots,x^n)$ と書く。
記事を単独で読めるように、接ベクトル(接空間)の定義をここに述べる。点 $p\in M$ における接ベクトルとは、$\mathbb{R}$ 線形写像(線形写像)$v\colon C^\infty(M)\to\mathbb{R}$ であって、任意の $f,g\in C^\infty(M)$ について Leibniz 則(Leibniz則)
$$
v(fg)=f(p)\,v(g)+g(p)\,v(f)
$$
を満たすもの($p$ における導分)のことである。$p$ における接ベクトルの全体を $T_pM$ と書き、$p$ における接空間という。$T_pM$ は写像の和とスカラー倍により実ベクトル空間(ベクトル空間)になる。$p$ を含む滑らかな座標近傍 $(U,\varphi)$ と $i=1,\dots,n$ に対し、
$$
\frac{\partial}{\partial x^i}\Big|_p\colon C^\infty(M)\to\mathbb{R},\qquad \frac{\partial}{\partial x^i}\Big|_p(f):=\frac{\partial(f\circ\varphi^{-1})}{\partial x^i}(\varphi(p))
$$
(右辺は $\mathbb{R}^n$ の開集合 $\varphi(U)$ 上の滑らかな関数 $f|_U\circ\varphi^{-1}$ の第 $i$ 変数についての偏微分(偏微分)の $\varphi(p)$ での値)は、偏微分の線形性と積の微分法により $p$ における接ベクトルである。これを座標近傍 $(U,\varphi)$ に関する $p$ での座標ベクトルといい、$\partial_i|_p$ とも書く。$n$ 個の座標ベクトル $\partial_1|_p,\dots,\partial_n|_p$ が $T_pM$ の基底(基底)をなすことは thm-vector-field-tangent-basis で示す。したがって $\dim T_pM=n$ であり、任意の $v\in T_pM$ は $v=\sum_{i=1}^n v^i\,\partial_i|_p$($v^i\in\mathbb{R}$)と一意に書ける。
接空間を全部集めた集合 $TM:=\bigsqcup_{p\in M}T_pM$(非交和。対 $(p,v)$、$v\in T_pM$ の全体)を $M$ の接束(接束)といい、$\pi\colon TM\to M$、$\pi(v):=p$($v\in T_pM$)を射影という。滑らかな座標近傍 $(U,\varphi)$ ごとに
$$
\tilde\varphi\colon\pi^{-1}(U)\to\varphi(U)\times\mathbb{R}^n\subset\mathbb{R}^{2n},\qquad \sum_{i}v^i\,\partial_i|_p\longmapsto\bigl(x^1(p),\dots,x^n(p),\,v^1,\dots,v^n\bigr)
$$
は全単射(全単射)であり(thm-vector-field-tangent-basis)、二つの座標近傍 $(U,\varphi)$、$(V,\psi)$、$\psi=(\tilde x^1,\dots,\tilde x^n)$ に対する座標変換は、prop-vector-field-coordinate-change により
$$
\tilde\psi\circ\tilde\varphi^{-1}(x,v)=\Bigl(\psi\circ\varphi^{-1}(x),\ \sum_i v^i\frac{\partial\tilde x^1}{\partial x^i}(x),\dots,\sum_i v^i\frac{\partial\tilde x^n}{\partial x^i}(x)\Bigr)
$$
という滑らかな写像である。これらの $(\pi^{-1}(U),\tilde\varphi)$ を滑らかな座標近傍とする $2n$ 次元の滑らかな多様体の構造が $TM$ にただ一つ定まり、$\pi$ は滑らかな写像になる(Hausdorff 性と第 2 可算性を含む検証は 接束 の記事に譲る。Lee12 Ch. 3 Proposition 3.18)。
$M$ を滑らかな多様体とする。$M$ 上のベクトル場(vector field、接ベクトル場)とは、各点 $p\in M$ に $p$ における接ベクトル $X_p\in T_pM$ を対応させる対応 $X\colon p\mapsto X_p$、すなわち $\pi\circ X=\mathrm{id}_M$ を満たす写像 $X\colon M\to TM$ のことである。ベクトル場 $X$ が滑らか(smooth、$C^\infty$ 級)であるとは、$X$ が滑らかな多様体の間の写像 $M\to TM$ として滑らかであることをいう。滑らかなベクトル場の全体を $\mathfrak{X}(M)$ と書く。
滑らかな座標近傍 $(U,\varphi)$、$\varphi=(x^1,\dots,x^n)$ の上では、各点 $p\in U$ で $X_p$ を座標ベクトルの一次結合(線形結合)に展開して
$$
X_p=\sum_{i=1}^n X^i(p)\,\frac{\partial}{\partial x^i}\Big|_p\qquad(p\in U)
$$
と書ける。$U$ 上の実数値関数 $X^1,\dots,X^n$ を $(U,\varphi)$ に関する $X$ の成分関数といい、この表示を $X$ の局所座標表示という。座標変換に関する成分関数の変換則は prop-vector-field-coordinate-change で、$X$ が滑らかであることと各座標近傍で成分関数が滑らかであることの同値は prop-vector-field-smoothness で示す。
ベクトル場 $X$ と関数 $f\in C^\infty(M)$ に対し、$M$ 上の実数値関数 $Xf$ を
$$
(Xf)(p):=X_p(f)\qquad(p\in M)
$$
で定める。$Xf$ を $f$ の $X$ 方向の微分(方向微分)という。$X$ が滑らかなら $Xf$ は滑らかである(prop-vector-field-smoothness)。
局所座標表示の成分関数は「$X^i(p)=X_p(x^i)$」と書きたくなるが、座標関数 $x^i$ は $U$ 上でしか定義されておらず $C^\infty(M)$ の元ではないので、この式は文字どおりには意味をもたない。成分関数は座標ベクトルへの展開係数として上の式で定義したのである。ただし、$p$ の近傍で $x^i$ と一致する $C^\infty(M)$ の元 $\hat x^i$ をとれば、その近傍で $X_q(\hat x^i)=X^i(q)$ が成り立つ(thm-vector-field-tangent-basis の証明)。
$X,Y\in\mathfrak{X}(M)$ とする。$X$ と $Y$ の Lie 括弧(Lie括弧、Lie bracket、括弧積、交換子)$[X,Y]$ とは、任意の $f\in C^\infty(M)$ に対して
$$
[X,Y]f=X(Yf)-Y(Xf)
$$
を満たす $M$ 上の滑らかなベクトル場のことである。このようなベクトル場がただ一つ存在することは prop-vector-field-lie-bracket で示す。
$X$ を $M$ 上の滑らかなベクトル場とする。開区間(区間)$J\subset\mathbb{R}$ 上の滑らかな曲線 $\gamma\colon J\to M$ の $t\in J$ における速度ベクトル(速度ベクトル) $\gamma'(t)\in T_{\gamma(t)}M$ を
$$
\gamma'(t)(f):=\frac{d}{dt}\bigl(f\circ\gamma\bigr)(t)\qquad(f\in C^\infty(M))
$$
で定める($f\circ\gamma$ は $J$ 上の滑らかな関数であり、$\gamma'(t)$ が $\gamma(t)$ における接ベクトルであることは、1 変数の微分の線形性と積の微分法から従う)。$\gamma$ が $X$ の積分曲線(積分曲線)であるとは、すべての $t\in J$ で
$$
\gamma'(t)=X_{\gamma(t)}
$$
が成り立つことをいう。$0\in J$ のとき $\gamma(0)$ を $\gamma$ の始点という。$X$ の流れ(ベクトル場の流れ、flow)とは、$\{0\}\times M$ を含む開集合 $\mathcal{D}\subset\mathbb{R}\times M$ 上の滑らかな写像 $\theta\colon\mathcal{D}\to M$ であって、各 $p\in M$ について $\mathcal{D}^{(p)}:=\{t\mid(t,p)\in\mathcal{D}\}$ が $0$ を含む開区間であり、$t\mapsto\theta(t,p)$ が $p$ を始点とする $X$ の積分曲線であり、かつ $\theta_t:=\theta(t,\cdot)$ について $\theta_0=\mathrm{id}_M$ であり、$t\in\mathcal{D}^{(p)}$ かつ $s\in\mathcal{D}^{(\theta_t(p))}$ ならば $s+t\in\mathcal{D}^{(p)}$ かつ $\theta_s(\theta_t(p))=\theta_{s+t}(p)$ が成り立つもののことをいう。$\mathcal{D}=\mathbb{R}\times M$ にとれるとき $X$ は完備(完備ベクトル場、complete)であるという。
ベクトル場とは、空間の各点に「その点から出る矢印」を一本ずつ、点の動きに応じて滑らかに変わるように貼りつけたものである。流体の各点での速度、平面の各点での風向と風速、力の場などがその原型である。多様体には $\mathbb{R}^n$ のような大域的な矢印の空間がないので、点 $p$ での矢印を「$p$ における接ベクトル」、すなわち関数を $p$ で方向微分する操作として定式化する。すると、ベクトル場 $X$ は関数 $f$ を関数 $Xf$(各点で $X$ の矢印の向きに $f$ を微分したもの)に送る作用素になる。この見方を徹底したのが thm-vector-field-derivation であり、滑らかなベクトル場は $C^\infty(M)$ の導分と同じものである。ベクトル場を作用素とみなすと、二つのベクトル場を合成できるが、合成 $X\circ Y$ は 2 階の微分作用素であってベクトル場ではない(rem-vector-field-counterexample-composition)。合成の順序を入れ替えた差 $XY-YX$ をとると 2 階の項が打ち消し合い、再びベクトル場になる。これが Lie 括弧であり、$X$ と $Y$ が「どれだけ可換でないか」を測る。もう一つの見方は、ベクトル場を「速度場」とみて、各点をその速度で動かすことである。こうして得られる点の軌跡が積分曲線、時刻 $t$ だけ動かす変換の族が流れである。
Euclid空間 $\mathbb{R}^n$ に恒等写像を座標とする標準的な微分構造を入れる。座標近傍 $(\mathbb{R}^n,\mathrm{id})$ に関する座標ベクトル $\partial_i|_p$ を各点 $p$ に対応させる対応 $\partial_i\colon p\mapsto\partial_i|_p$ を座標ベクトル場(座標ベクトル場、第 $i$ 座標ベクトル場)という。その成分関数は $(0,\dots,1,\dots,0)$(第 $i$ 成分が $1$)で定数だから、$\partial_i$ は滑らかなベクトル場である(prop-vector-field-smoothness)。$\partial_i f=\partial f/\partial x^i$ は通常の偏導関数である。一般に $\mathbb{R}^n$ 上の滑らかなベクトル場は、滑らかな関数 $X^1,\dots,X^n\in C^\infty(\mathbb{R}^n)$ を用いて $X=\sum_iX^i\partial_i$ とただ一通りに書け、
$$
Xf=\sum_{i=1}^nX^i\frac{\partial f}{\partial x^i}
$$
は各点 $p$ でのベクトル $(X^1(p),\dots,X^n(p))$ 方向の方向微分である。すなわち $\mathfrak{X}(\mathbb{R}^n)$ は $n$ 個の滑らかな関数の組 $C^\infty(\mathbb{R}^n)^n$ と同一視される。
具体例として、$E:=\sum_ix^i\partial_i$(Euler ベクトル場、動径ベクトル場)は原点から放射状に出る矢印の場であり、$\mathbb{R}^2$ 上の $R:=-y\,\partial_x+x\,\partial_y$ は原点のまわりを反時計回りに回る矢印の場である。$f$ が $k$ 次斉次、すなわちすべての $t>0$ と $x$ について $f(tx)=t^kf(x)$ を満たす滑らかな関数なら、両辺を $t$ で微分して $t=1$ とおくことにより $Ef=kf$(Euler の斉次関数定理)が成り立つ。$R(x^2+y^2)=-y\cdot2x+x\cdot2y=0$ であり、$R$ は原点を中心とする円に沿う。
円周(円周、n次元球面)$S^1=\{(\cos\theta,\sin\theta)\mid\theta\in\mathbb{R}\}\subset\mathbb{R}^2$ に、二つの角度座標
$$
\theta_1\colon U_1:=S^1\setminus\{(1,0)\}\to(0,2\pi),\qquad \theta_2\colon U_2:=S^1\setminus\{(-1,0)\}\to(-\pi,\pi)
$$
(それぞれ $(\cos\theta,\sin\theta)\mapsto\theta$)を入れる。$U_1\cap U_2$ は上半円と下半円の二つの連結成分(連結成分)からなり、上半円では $\theta_2=\theta_1$、下半円では $\theta_2=\theta_1-2\pi$ なので、座標変換は局所的に定数の平行移動であり滑らかである。したがって $\{(U_1,\theta_1),(U_2,\theta_2)\}$ は $S^1$ の $C^\infty$ 級アトラスである。これは立体射影(立体射影)による標準的な微分構造(可微分多様体の記事の例(球面))と両立する。実際、北極 $(0,1)$ からの立体射影 $u=x/(1-y)$ は $\theta_2\ne\pi/2$ の範囲で $u=\tan(\pi/4+\theta_2/2)$ と書け、$\pi/4+\theta_2/2\in(-\pi/4,\pi/2)\cup(\pi/2,3\pi/4)$ の各区間で $\tan$ は滑らかな逆写像をもつからである。南極 $(0,-1)$ からの立体射影 $v=x/(1+y)$ は $\theta_2\ne-\pi/2$ の範囲で $v=\tan(\pi/4-\theta_2/2)$ と書け、同様に $\tan$ は滑らかな逆写像をもつ($N=(0,1)\in U_2$ での両立は $\varphi_N$ ではなく $\varphi_S$ で確かめられる)。$\theta_1$ についても同様である。
$U_1$ 上で $X:=\partial/\partial\theta_1$、$U_2$ 上で $X:=\partial/\partial\theta_2$ と定める。$U_1\cap U_2$ 上では $d\theta_2/d\theta_1=1$ なので、prop-vector-field-coordinate-change により $\partial/\partial\theta_1=\partial/\partial\theta_2$ であり、$X$ は $S^1$ 全体で矛盾なく定義される。各座標近傍での成分関数は定数 $1$ なので $X$ は滑らかである(prop-vector-field-smoothness)。この $X$ を $S^1$ の角度ベクトル場といい、$\partial_\theta$ と書く。$\partial_\theta$ はどの点でも $0$ でない(成分が $1$ である)。関数 $f\in C^\infty(S^1)$ に対し $\partial_\theta f$ は $\theta\mapsto f(\cos\theta,\sin\theta)$ の導関数であり、たとえば $f(x,y)=x$ なら $\partial_\theta f=-\sin\theta=-y$、$f(x,y)=y$ なら $\partial_\theta f=\cos\theta=x$ である。点 $(\cos\theta,\sin\theta)$ での $\partial_\theta$ を $S^1\subset\mathbb{R}^2$ の接線方向のベクトルとみなせば $(-\sin\theta,\cos\theta)$、すなわち ex-vector-field-euclidean の回転ベクトル場 $R$ の値である($S^1$ を $\mathbb{R}^2$ の部分多様体(部分多様体)とみたときの接空間の同一視は Lee12 Ch. 5 に譲る)。
$X\in\mathfrak{X}(M)$ と開集合 $U\subset M$ に対し、制限 $X|_U\colon p\mapsto X_p$($p\in U$)は開部分多様体 $U$ 上のベクトル場を定める。ただし $p\in U$ における $U$ の接ベクトルは $C^\infty(U)$ 上の導分であり、$C^\infty(M)$ 上の導分 $X_p$ とは定義域が異なるので、$X_p$ を $C^\infty(U)$ 上の導分とみなす同一視 $T_pM\cong T_pU$(Lee12 Ch. 3 Proposition 3.9)を用いている。成分関数は変わらないので $X|_U$ は滑らかである。逆に、滑らかなベクトル場 $X\in\mathfrak{X}(M)$ と $f\in C^\infty(M)$ に対し、$(fX)_p:=f(p)X_p$ で定まるベクトル場 $fX$ は、成分関数が $fX^i$ なので滑らかである。和 $X+Y$ も同様に滑らかであり、$\mathfrak{X}(M)$ は $C^\infty(M)$ 上の加群(加群)である。$\mathbb{R}^n$ ではこの加群は座標ベクトル場 $\partial_1,\dots,\partial_n$ を基底とする階数(階数) $n$ の自由加群(自由加群)$C^\infty(\mathbb{R}^n)^n$ だが、一般の多様体では各点で接空間の基底をなすベクトル場の組(大域的な枠)が存在するとは限らない(rem-vector-field-counterexample-hairy-ball)。
$M=\mathbb{R}$ とし、各点 $t$ に $X_t:=|t|\,\partial_t|_t$ を対応させる。$X$ は $\mathbb{R}$ 上のベクトル場であり、成分関数 $t\mapsto|t|$ は連続(連続写像)なので $X$ は写像 $\mathbb{R}\to T\mathbb{R}\cong\mathbb{R}^2$、$t\mapsto(t,|t|)$ として連続である。しかし $|t|$ は $t=0$ で微分可能でないので、prop-vector-field-smoothness により $X$ は滑らかでない。実際、恒等関数 $f(t)=t$ に対し $Xf=|t|$ は $C^\infty(\mathbb{R})$ の元でない。満たす性質は「各点に接ベクトルを対応させ、その対応が連続である」ことであり、満たさない性質は「滑らかである」ことである。破れる含意は「連続なベクトル場は滑らかである」であり、$\mathfrak{X}(M)$ の定義で滑らかさを要求することが実質的な制限であることを示す。同様に、$t\ge0$ で $\partial_t$、$t<0$ で $0$ とおいたベクトル場は連続ですらない。
座標ベクトル $\partial/\partial x^i|_p$ は、記号の上では座標関数 $x^i$ だけで決まるように見えるが、実際には座標近傍 $(U,\varphi)$ の全体、すなわち他の座標関数 $x^j$($j\ne i$)を何にとるかにも依存する。$\mathbb{R}^2$ に二つの座標系 $(x,y)$ と $(\tilde x,\tilde y):=(x,\,y-x)$ を入れる。第 1 座標関数は $\tilde x=x$ で同じである。しかし関数 $y=\tilde y+\tilde x$ に対し
$$
\frac{\partial}{\partial x}(y)=0,\qquad \frac{\partial}{\partial\tilde x}(y)=\frac{\partial(\tilde y+\tilde x)}{\partial\tilde x}=1
$$
なので $\partial/\partial x\ne\partial/\partial\tilde x$ である。「$x$ を動かし他の座標を固定する」という操作の結果は、何を固定するかで変わるからである。prop-vector-field-coordinate-change の変換則で言えば、$\partial/\partial\tilde x=\partial/\partial x+\partial/\partial y$ である。
$M=\mathbb{R}$、$X=Y=\partial_t$ とし、作用素 $D:=X\circ Y\colon C^\infty(\mathbb{R})\to C^\infty(\mathbb{R})$、$Df=f''$ を考える。$D$ は $\mathbb{R}$ 線形だが Leibniz 則を満たさない。実際 $f=g=t$ とすると $D(fg)=(t^2)''=2$ であるのに対し、$f\,Dg+g\,Df=t\cdot0+t\cdot0=0$ である。したがって thm-vector-field-derivation により、$D$ はどのベクトル場の作用とも一致しない。満たす性質は「$\mathbb{R}$ 線形であり、滑らかな関数を滑らかな関数に送る」ことであり、満たさない性質は「Leibniz 則(導分であること)」である。破れる含意は「ベクトル場の合成はベクトル場である」であり、Lie 括弧が合成そのものでなく交換子として定義される理由を示す。同じ $X,Y$ の Lie 括弧 $[X,Y]=\partial_t\partial_t-\partial_t\partial_t=0$ はベクトル場である。
2 次元球面 $S^2$ 上には、至る所 $0$ でない(すべての点 $p$ で $X_p\ne0$ となる)連続なベクトル場は存在しない。すなわち $S^2$ 上の任意の連続なベクトル場は少なくとも一つの零点をもつ。これは毛玉の定理(毛玉の定理、hairy ball theorem)と呼ばれ、より一般に、$n$ 次元球面 $S^n$ が至る所非零な連続ベクトル場をもつことと $n$ が奇数であることは同値である(Hat02 Theorem 2.28、Mil78)。ここで $S^n\subset\mathbb{R}^{n+1}$ の点 $x$ における接空間は $x$ に直交するベクトルの全体 $x^\perp\subset\mathbb{R}^{n+1}$ と同一視されている(Lee12 Ch. 5)。証明は代数的位相幾何学(写像度(写像度)、あるいは Euler 標数(Euler標数)と Poincaré–Hopf の定理(Poincaré–Hopfの定理))を要するので本記事では扱わない。Mil78 は解析的な短い証明を与えている。
奇数次元では至る所非零なベクトル場が存在する。$n=2m-1$ のとき、$x=(x^1,\dots,x^{2m})\in S^n$ に
$$
X_x:=(-x^2,\,x^1,\,-x^4,\,x^3,\,\dots,\,-x^{2m},\,x^{2m-1})
$$
を対応させると、$\langle x,X_x\rangle=0$ なので $X_x\in x^\perp$ であり、$\|X_x\|=\|x\|=1\ne0$ である。$n=1$ のときこれは ex-vector-field-circle の $\partial_\theta$ に一致する。
満たす性質は「$S^2$ はコンパクト(コンパクト空間)な滑らかな多様体であり、同じくコンパクトな $S^1$・$S^3$ には至る所非零なベクトル場がある(上の式)」ことであり、満たさない性質は「$S^2$ に至る所非零なベクトル場がある」ことである。破れる含意は「任意の(コンパクトな)滑らかな多様体は至る所非零なベクトル場をもつ」である。さらに、この事実は $S^2$ 上に各点で $T_pS^2$ の基底をなす 2 本の連続なベクトル場 $X_1,X_2$(大域的な枠)が存在しないことも意味する。$X_1,X_2$ が各点で基底をなすなら $X_1$ は至る所非零だからである。
$M$ を滑らかな多様体、$p\in M$、$U$ を $p$ を含む開集合とする。
まず 1 変数の関数 $h\colon\mathbb{R}\to\mathbb{R}$ を、$t>0$ のとき $h(t):=e^{-1/t}$(指数関数)、$t\le0$ のとき $h(t):=0$ で定め、$h$ が $C^\infty$ 級であることを示す。$t>0$ では、$k$ に関する帰納法により $h^{(k)}(t)=p_k(1/t)\,e^{-1/t}$ の形である。ここで $p_k$ は多項式(多項式)で、$p_0=1$、$p_{k+1}(s)=s^2\bigl(p_k(s)-p_k'(s)\bigr)$ である。任意の $m\ge0$ について、$s>0$ のとき $e^{s}\ge s^{m+1}/(m+1)!$ なので $s^me^{-s}\le(m+1)!/s$ であり、$s=1/t\to\infty$ とすれば $\lim_{t\to0+}t^{-m}e^{-1/t}=0$ を得る。したがって $\lim_{t\to0+}h^{(k)}(t)=0$ である。$k$ に関する帰納法で「$h^{(k)}$ は $\mathbb{R}$ 全体で存在し、$t\le0$ で $0$ であり、連続である」ことを示す。$k=0$ は $h$ の定義と上の極限から従う。$k$ で正しいとすると、$0$ における差分商は $t<0$ で $0$、$t>0$ で $h^{(k)}(t)/t=t^{-1}p_k(1/t)e^{-1/t}\to0$($t\to0+$)なので $h^{(k+1)}(0)=0$ が存在し、$t\ne0$ での $h^{(k+1)}$ の値と合わせて $h^{(k+1)}$ は $0$ で連続である。よって $h\in C^\infty(\mathbb{R})$ である。
次に $g(t):=h(t)/\bigl(h(t)+h(1-t)\bigr)$ とおく。$t\le0$ なら $h(1-t)>0$、$t>0$ なら $h(t)>0$ なので分母はつねに正であり、$g\in C^\infty(\mathbb{R})$、$0\le g\le1$、$t\le0$ で $g=0$、$t\ge1$ で $g=1$ である。$0< r_1< r_2$ に対し、$\mathbb{R}^n$ 上の関数
$$
\rho_0(x):=1-g\Bigl(\frac{\|x\|^2-r_1^2}{r_2^2-r_1^2}\Bigr)
$$
は滑らかで、$0\le\rho_0\le1$、$\|x\|\le r_1$ で $\rho_0=1$、$\|x\|\ge r_2$ で $\rho_0=0$ である。
1:$p$ を含む滑らかな座標近傍 $(V,\varphi)$ で $V\subset U$ となるものをとる($p$ を含む任意の座標近傍を $U$ との共通部分に制限すればよい。座標近傍の開集合への制限は再び滑らかな座標近傍である)。$a:=\varphi(p)$ とおき、閉球 $\overline{B}(a,r_2)$ が開集合 $\varphi(V)$ に含まれるように $r_2>0$ をとり、$r_1:=r_2/2$ とする。$q\in V$ に対し $\rho(q):=\rho_0(\varphi(q)-a)$、$q\notin V$ に対し $\rho(q):=0$ と定める。$K:=\varphi^{-1}(\overline{B}(a,r_2))$ はコンパクト集合の連続写像 $\varphi^{-1}$ による像なのでコンパクトであり、$M$ は Hausdorff なので $K$ は $M$ の閉集合(閉集合)である。開集合 $M\setminus K$ 上で $\rho\equiv0$ であり($q\in V\setminus K$ なら $\|\varphi(q)-a\|>r_2$)、開集合 $V$ 上で $\rho=\rho_0\circ(\varphi-a)$ は滑らかである。$K\subset V$ なので $V\cup(M\setminus K)=M$ であり、滑らかさは局所的な性質だから $\rho\in C^\infty(M)$ である。$\rho$ は $p$ の開近傍 $\varphi^{-1}(B(a,r_1))$ 上で $1$ であり、$\{\rho\ne0\}\subset\varphi^{-1}(B(a,r_2))\subset K$ なので $\operatorname{supp}\rho\subset K\subset V\subset U$ であり、閉集合 $\operatorname{supp}\rho$ はコンパクト集合 $K$ の部分集合としてコンパクトである。
2:延長した関数を $\tilde f$ と書く。開集合 $U$ 上で $\tilde f=\rho f$ は滑らかであり、開集合 $M\setminus\operatorname{supp}\rho$ 上で $\tilde f\equiv0$ である。$\operatorname{supp}\rho\subset U$ なので $U\cup(M\setminus\operatorname{supp}\rho)=M$ であり、$\tilde f\in C^\infty(M)$ である。$\square$
$v\in T_pM$ とする。
1:Leibniz 則により $v(1)=v(1\cdot1)=1\cdot v(1)+1\cdot v(1)=2v(1)$ なので $v(1)=0$ であり、線形性により $v(c)=c\,v(1)=0$ である。
2:$h:=f-g$ は $V$ 上で $0$ である。lem-vector-field-bump により $p$ における隆起関数 $\rho$ で $\operatorname{supp}\rho\subset V$ なるものをとる。$V$ 上では $h=0$、$M\setminus\operatorname{supp}\rho$ 上では $\rho=0$ なので、$\rho h$ は $M$ 全体で $0$ である。よって Leibniz 則により
$$
0=v(\rho h)=\rho(p)\,v(h)+h(p)\,v(\rho)=v(h)
$$
($\rho(p)=1$、$h(p)=0$)であり、線形性から $v(f)=v(g)$ である。$\square$
$W\subset\mathbb{R}^n$ を凸(凸集合)な開集合、$a\in W$、$f\in C^\infty(W)$ とする。このとき $g_1,\dots,g_n\in C^\infty(W)$ で、すべての $x\in W$ について
$$
f(x)=f(a)+\sum_{i=1}^n(x^i-a^i)\,g_i(x),\qquad g_i(a)=\frac{\partial f}{\partial x^i}(a)
$$
を満たすものが存在する。
$x\in W$ を固定すると、$W$ は凸なので $0\le t\le1$ に対し $a+t(x-a)\in W$ である。$u(t):=f(a+t(x-a))$ は $[0,1]$ を含む開区間上の $C^\infty$ 級関数であり、連鎖律(連鎖律)により $u'(t)=\sum_i(x^i-a^i)\,\partial_if(a+t(x-a))$ である。微分積分学の基本定理(微分積分学の基本定理)により
$$
f(x)-f(a)=u(1)-u(0)=\int_0^1u'(t)\,dt=\sum_{i=1}^n(x^i-a^i)\int_0^1\partial_if(a+t(x-a))\,dt
$$
である。そこで $g_i(x):=\int_0^1\partial_if(a+t(x-a))\,dt$ とおけば求める等式が成り立ち、$g_i(a)=\int_0^1\partial_if(a)\,dt=\partial_if(a)$ である。$g_i$ が滑らかであること:被積分関数 $G_i(t,x):=\partial_if(a+t(x-a))$ は $[0,1]\times W$ を含む開集合上で $C^\infty$ 級なので、$x$ の各変数についての任意階の偏導関数が $[0,1]\times W$ 上で連続である。したがって積分記号下の微分(Rud76 Theorem 9.42)を各変数について繰り返し適用でき、$g_i$ の任意階の偏導関数 $\int_0^1\partial^\alpha_xG_i(t,x)\,dt$ が存在する。被積分関数 $\partial_x^\alpha G_i(t,x)$ が $[0,1]\times K$($K$ は $x$ のコンパクト近傍)上で一様連続なので、この積分は $x$ について連続である。よって $g_i\in C^\infty(W)$ である。$\square$
$(U,\varphi)$、$\varphi=(x^1,\dots,x^n)$ を $p\in M$ を含む滑らかな座標近傍とする。座標ベクトル $\partial_1|_p,\dots,\partial_n|_p$ は $T_pM$ の基底をなす。とくに $\dim T_pM=n$ である。さらに、$p$ における隆起関数 $\rho$ で $\operatorname{supp}\rho\subset U$ なるものをとり、$\hat x^i:=\rho x^i\in C^\infty(M)$(lem-vector-field-bump の 2 による延長)とおくと、$\rho\equiv1$ となる $p$ の開近傍 $W$ の各点 $q$ において、任意の $v\in T_qM$ は
$$
v=\sum_{i=1}^nv(\hat x^i)\,\frac{\partial}{\partial x^i}\Big|_q
$$
と展開される。
$q\in W$ とし、$b:=\varphi(q)$ とおく。$\varphi(W)$ 上で $\hat x^j\circ\varphi^{-1}$ は第 $j$ 座標関数 $x\mapsto x^j$ に一致するので、
$$
\frac{\partial}{\partial x^i}\Big|_q(\hat x^j)=\frac{\partial(\hat x^j\circ\varphi^{-1})}{\partial x^i}(b)=\delta_{ij}
$$
である($\delta_{ij}$ は Kronecker のデルタ(Kroneckerのデルタ))。
一次独立性(線形独立):$\sum_ic^i\,\partial_i|_q=0$($c^i\in\mathbb{R}$)とすると、両辺を $\hat x^j$ に作用させて $c^j=0$ を得る。
生成:$v\in T_qM$、$f\in C^\infty(M)$ とする。$b\in\varphi(U)$ を中心とする開球(開球)$B:=B(b,r)\subset\varphi(U)$ をとり、lem-vector-field-bump により $q$ における隆起関数 $\sigma$ で $\operatorname{supp}\sigma\subset\varphi^{-1}(B)\cap W$ なるものと、$\sigma\equiv1$ となる $q$ の開近傍 $W'\subset\varphi^{-1}(B)\cap W$ をとる。開球 $B$ は凸なので、lem-vector-field-hadamard を $f\circ\varphi^{-1}|_B$ と点 $b$ に適用して、$g_1,\dots,g_n\in C^\infty(B)$ で
$$
f\circ\varphi^{-1}(x)=f(q)+\sum_i(x^i-b^i)\,g_i(x)\quad(x\in B),\qquad g_i(b)=\frac{\partial(f\circ\varphi^{-1})}{\partial x^i}(b)=\frac{\partial}{\partial x^i}\Big|_q(f)
$$
を満たすものをとる。lem-vector-field-bump の 2 により $\hat g_i:=\sigma\cdot(g_i\circ\varphi)$($\varphi^{-1}(B)$ の外では $0$)は $C^\infty(M)$ の元である。$C^\infty(M)$ の元
$$
h:=f(q)+\sum_i(\hat x^i-b^i)\,\hat g_i
$$
を考える。$W'$ 上では $\rho=\sigma=1$ なので $\hat x^i=x^i$、$\hat g_i=g_i\circ\varphi$ であり、したがって $W'$ 上で $h=f(q)+\sum_i(x^i-b^i)(g_i\circ\varphi)=f$ である。lem-vector-field-locality の 2 により $v(f)=v(h)$ であり、同じ補題の 1 と Leibniz 則により
$$
v(h)=\sum_i\Bigl((\hat x^i(q)-b^i)\,v(\hat g_i)+\hat g_i(q)\,v(\hat x^i)\Bigr)=\sum_ig_i(b)\,v(\hat x^i)=\sum_iv(\hat x^i)\,\frac{\partial}{\partial x^i}\Big|_q(f)
$$
である($\hat x^i(q)=x^i(q)=b^i$、$\hat g_i(q)=g_i(b)$)。$f$ は任意なので $v=\sum_iv(\hat x^i)\,\partial_i|_q$ である。とくに座標ベクトルは $T_qM$ を生成し、$q=p$ として基底性を得る。$\square$
この定理により、ベクトル場 $X$ の座標近傍 $(U,\varphi)$ に関する成分関数は、$U$ の各点 $p$ の近傍 $W$ 上で $X^i(q)=X_q(\hat x^i)$($q\in W$)と表される。
$(U,\varphi)$、$\varphi=(x^1,\dots,x^n)$ と $(V,\psi)$、$\psi=(\tilde x^1,\dots,\tilde x^n)$ を滑らかな座標近傍とし、$p\in U\cap V$ とする。座標変換 $\psi\circ\varphi^{-1}$ の Jacobi 行列(Jacobi行列)の成分を
$$
\frac{\partial\tilde x^j}{\partial x^i}(p):=\frac{\partial(\tilde x^j\circ\varphi^{-1})}{\partial x^i}(\varphi(p))
$$
と書く。このとき
$$
\frac{\partial}{\partial x^i}\Big|_p=\sum_{j=1}^n\frac{\partial\tilde x^j}{\partial x^i}(p)\,\frac{\partial}{\partial\tilde x^j}\Big|_p\qquad(i=1,\dots,n)
$$
である。したがって、ベクトル場 $X$ の $(U,\varphi)$ に関する成分関数 $X^i$ と $(V,\psi)$ に関する成分関数 $\tilde X^j$ は、$U\cap V$ 上で
$$
\tilde X^j=\sum_{i=1}^nX^i\,\frac{\partial\tilde x^j}{\partial x^i}
$$
を満たす。
$f\in C^\infty(M)$ とする。$\varphi(U\cap V)$ 上で $f\circ\varphi^{-1}=(f\circ\psi^{-1})\circ(\psi\circ\varphi^{-1})$ であり、$\psi\circ\varphi^{-1}$ の第 $j$ 成分は $\tilde x^j\circ\varphi^{-1}$ なので、連鎖律により
$$
\frac{\partial(f\circ\varphi^{-1})}{\partial x^i}(\varphi(p))=\sum_j\frac{\partial(f\circ\psi^{-1})}{\partial\tilde x^j}(\psi(p))\cdot\frac{\partial(\tilde x^j\circ\varphi^{-1})}{\partial x^i}(\varphi(p))
$$
である。左辺は $\partial_i|_p(f)$、右辺は $\sum_j\frac{\partial\tilde x^j}{\partial x^i}(p)\,\tilde\partial_j|_p(f)$ であり、$f$ は任意なので接ベクトルとしての等式を得る。後半は、$X_p=\sum_iX^i(p)\,\partial_i|_p=\sum_j\bigl(\sum_iX^i(p)\frac{\partial\tilde x^j}{\partial x^i}(p)\bigr)\tilde\partial_j|_p$ と、thm-vector-field-tangent-basis による展開の一意性から従う。$\square$
定義の節で述べた接束の座標変換 $\tilde\psi\circ\tilde\varphi^{-1}(x,v)=\bigl(\psi\circ\varphi^{-1}(x),\ \sum_iv^i\,\partial_i(\psi\circ\varphi^{-1})(x)\bigr)$ は、この変換則を各点で書いたものである。
$X$ を $M$ 上のベクトル場(各点 $p$ に $X_p\in T_pM$ を対応させる対応)とする。次は同値である。
滑らかな座標近傍 $(U,\varphi)$ に対し、$\pi\circ X=\mathrm{id}_M$ から $X(U)\subset\pi^{-1}(U)$ であり、$TM$ の座標近傍 $(\pi^{-1}(U),\tilde\varphi)$ に関する $X|_U$ の局所表示は
$$
\tilde\varphi\circ X\circ\varphi^{-1}(x)=\bigl(x,\ X^1(\varphi^{-1}(x)),\dots,X^n(\varphi^{-1}(x))\bigr)\qquad(x\in\varphi(U))
$$
である。
1 ⇒ 2:$X$ が滑らかなら、滑らかな写像の定義(可微分多様体の記事の定義(可微分写像と微分同相写像))により上の局所表示は $\varphi(U)$ 上で滑らかであり、とくにその第 $n+i$ 成分 $X^i\circ\varphi^{-1}$ が滑らかである。これは $X^i$ が $U$ 上で滑らかであることを意味する。
2 ⇒ 3:明らかである。
3 ⇒ 1:族に属する座標近傍 $(U,\varphi)$ ごとに、上の局所表示は $x\mapsto(x,X^i\circ\varphi^{-1}(x))$ という滑らかな写像である。とくに $X|_U=\tilde\varphi^{-1}\circ(\text{滑らかな写像})\circ\varphi$ は連続(連続写像)であり、族が $M$ を覆うので $X$ は連続である。各点 $p$ について、$p$ を含む族の座標近傍 $(U,\varphi)$ と $X_p$ を含む座標近傍 $(\pi^{-1}(U),\tilde\varphi)$ の一組で局所表示が滑らかなので、可微分多様体の記事の命題(可微分性は座標の取り方によらない)により $X$ は滑らかである。
2 ⇒ 4:$f\in C^\infty(M)$、$p\in M$ とし、$p$ を含む滑らかな座標近傍 $(U,\varphi)$ をとる。$q\in U$ に対し
$$
(Xf)(q)=X_q(f)=\sum_iX^i(q)\,\frac{\partial(f\circ\varphi^{-1})}{\partial x^i}(\varphi(q)),\qquad\text{すなわち}\qquad (Xf)\circ\varphi^{-1}=\sum_i(X^i\circ\varphi^{-1})\,\frac{\partial(f\circ\varphi^{-1})}{\partial x^i}
$$
であり、右辺は $\varphi(U)$ 上の滑らかな関数の積和なので $Xf$ は $U$ 上で滑らかである。$p$ は任意だから $Xf\in C^\infty(M)$ である。
4 ⇒ 2:$(U,\varphi)$ を滑らかな座標近傍、$p\in U$ とする。lem-vector-field-bump により $p$ における隆起関数 $\rho$ で $\operatorname{supp}\rho\subset U$ なるものをとり、$\rho\equiv1$ となる $p$ の開近傍 $W\subset U$ と $\hat x^i:=\rho x^i\in C^\infty(M)$ をとる。thm-vector-field-tangent-basis により $W$ 上で $X^i(q)=X_q(\hat x^i)=(X\hat x^i)(q)$ であり、仮定 4 により $X\hat x^i\in C^\infty(M)$ だから、$X^i$ は $p$ の近傍 $W$ で滑らかである。$p\in U$ は任意なので $X^i$ は $U$ 上で滑らかである。$\square$
$C^\infty(M)$ の導分(導分)とは、$\mathbb{R}$ 線形写像 $D\colon C^\infty(M)\to C^\infty(M)$ であって、任意の $f,g\in C^\infty(M)$ について Leibniz 則 $D(fg)=f\,D(g)+g\,D(f)$ を満たすもののことである($\mathbb{R}$ 上の可換多元環 $C^\infty(M)$ の $\mathbb{R}$-導分)。その全体を $\operatorname{Der}(C^\infty(M))$ と書く。
$M$ を滑らかな多様体とする。
1:$X$ が滑らかなので、prop-vector-field-smoothness の 4 により $Xf\in C^\infty(M)$ である。$f,g\in C^\infty(M)$、$a,b\in\mathbb{R}$、$p\in M$ に対し、$X_p$ が線形写像であることから $(X(af+bg))(p)=X_p(af+bg)=a\,X_p(f)+b\,X_p(g)=(a\,Xf+b\,Xg)(p)$ であり、$X_p$ の Leibniz 則から
$$
(X(fg))(p)=X_p(fg)=f(p)\,X_p(g)+g(p)\,X_p(f)=\bigl(f\,Xg+g\,Xf\bigr)(p)
$$
である。よって $D_X$ は導分である。
2:単射性。$D_X=D_Y$ とすると、任意の $f\in C^\infty(M)$ と $p\in M$ について $X_p(f)=(Xf)(p)=(Yf)(p)=Y_p(f)$ である。接ベクトルは $C^\infty(M)$ 上の写像として定義されているので $X_p=Y_p$ であり、$p$ は任意なので $X=Y$ である。
全射性。$D$ を $C^\infty(M)$ の導分とする。各 $p\in M$ に対し、写像 $X_p\colon C^\infty(M)\to\mathbb{R}$ を $X_p(f):=(Df)(p)$ で定める。$D$ が $\mathbb{R}$ 線形なので $X_p$ は $\mathbb{R}$ 線形であり、$D$ の Leibniz 則を点 $p$ で評価すると
$$
X_p(fg)=(D(fg))(p)=f(p)\,(Dg)(p)+g(p)\,(Df)(p)=f(p)\,X_p(g)+g(p)\,X_p(f)
$$
なので $X_p\in T_pM$ である。こうして得られるベクトル場 $X\colon p\mapsto X_p$ は、定義から任意の $f\in C^\infty(M)$ について $Xf=Df\in C^\infty(M)$ を満たす。したがって prop-vector-field-smoothness の 4 ⇒ 1 により $X$ は滑らかであり、$D_X=D$ である。
3:$p\in M$ で評価すれば $(D_{X+Y}f)(p)=(X+Y)_p(f)=X_p(f)+Y_p(f)$、$(D_{fX}g)(p)=f(p)\,X_p(g)=(f\,D_Xg)(p)$ である。ここで $X+Y$ と $fX$ が滑らかであることは ex-vector-field-restriction で確かめた。$\square$
この定理により、滑らかなベクトル場を $C^\infty(M)$ の導分として定義する流儀もある(Lee12 Ch. 8 Proposition 8.15、War83 Ch. 1)。この流儀では、点ごとの接ベクトルという幾何学的な描像は隠れるが、Lie 括弧の定義(def-vector-field-lie-bracket)や Lie微分の代数的な取り扱いが簡潔になる。
$X,Y\in\mathfrak{X}(M)$ とする。任意の $f\in C^\infty(M)$ に対して $Zf=X(Yf)-Y(Xf)$ を満たす滑らかなベクトル場 $Z$ がただ一つ存在する。これが def-vector-field-lie-bracket の Lie 括弧 $[X,Y]$ であり、対応 $(X,Y)\mapsto[X,Y]$ は $\mathbb{R}$ 双線形である。
$D:=D_X\circ D_Y-D_Y\circ D_X\colon C^\infty(M)\to C^\infty(M)$、すなわち $Df=X(Yf)-Y(Xf)$ とおく。thm-vector-field-derivation の 1 により $D_X$、$D_Y$ は $C^\infty(M)$ から $C^\infty(M)$ への $\mathbb{R}$ 線形写像なので、$D$ も $\mathbb{R}$ 線形である。$D$ が Leibniz 則を満たすことを示す。$f,g\in C^\infty(M)$ に対し、$Y$ の Leibniz 則、$X$ の線形性、$X$ の Leibniz 則を順に用いると
$$
X(Y(fg))=X\bigl(f\,Yg+g\,Yf\bigr)=Xf\cdot Yg+f\,X(Yg)+Xg\cdot Yf+g\,X(Yf)
$$
であり、$X$ と $Y$ を入れ替えて
$$
Y(X(fg))=Yf\cdot Xg+f\,Y(Xg)+Yg\cdot Xf+g\,Y(Xf)
$$
である。辺々引くと、関数の積は可換なので $Xf\cdot Yg$ と $Yg\cdot Xf$、$Xg\cdot Yf$ と $Yf\cdot Xg$ がそれぞれ打ち消し合い、
$$
D(fg)=f\bigl(X(Yg)-Y(Xg)\bigr)+g\bigl(X(Yf)-Y(Xf)\bigr)=f\,Dg+g\,Df
$$
を得る。よって $D$ は $C^\infty(M)$ の導分であり、thm-vector-field-derivation の 2 により $D_Z=D$ を満たす滑らかなベクトル場 $Z$ がただ一つ存在する。双線形性は、$D_{aX+bX'}=a\,D_X+b\,D_{X'}$(thm-vector-field-derivation の 3)から $D_{[aX+bX',Y]}=a\,D_{[X,Y]}+b\,D_{[X',Y]}$ が従い、対応 $Z\mapsto D_Z$ が単射であることによる。$Y$ についても同様である。$\square$
$X,Y,Z\in\mathfrak{X}(M)$、$f,g\in C^\infty(M)$ とする。定義から直ちに $[X,Y]=-[Y,X]$、とくに $[X,X]=0$ である。滑らかな座標近傍 $(U,\varphi)$ で $X=\sum_iX^i\partial_i$、$Y=\sum_jY^j\partial_j$ と表すと、
$$
[X,Y]=\sum_{j=1}^n\Bigl(\sum_{i=1}^n X^i\,\frac{\partial Y^j}{\partial x^i}-Y^i\,\frac{\partial X^j}{\partial x^i}\Bigr)\frac{\partial}{\partial x^j}
$$
である(ここで $\partial Y^j/\partial x^i$ は $\partial_i(Y^j\circ\varphi^{-1})\circ\varphi$ を表す)。とくに座標ベクトル場どうしの Lie 括弧は $[\partial_i,\partial_j]=0$ である(偏微分の順序交換)。また $[fX,gY]=fg[X,Y]+f(Xg)\,Y-g(Yf)\,X$ が成り立ち、Jacobi 恒等式(Jacobi恒等式)
$$
[X,[Y,Z]\!]+[Y,[Z,X]\!]+[Z,[X,Y]\!]=0
$$
が成り立つ。したがって $\mathfrak{X}(M)$ は Lie 括弧により(一般には無限次元の)実 Lie 環(Lie環)になる。Jacobi 恒等式と Lie 環の構造は、$\mathfrak{X}(M)\cong\operatorname{Der}(C^\infty(M))$(thm-vector-field-derivation)のもとで、導分の交換子が Lie 環をなすという一般論(導分の記事の命題(導分の交換子とLie環の構造))そのものである。成分表示は Lie微分の記事の系(Lie 括弧の成分表示と基本性質)による。$[fX,gY]$ の公式は同系の 2 式($\mathcal{L}_X(fY)=X(f)Y+f[X,Y]$、$\mathcal{L}_{fX}Y=f[X,Y]-Y(f)X$)から従う。同記事では $[X,Y]$ が $Y$ の $X$ による Lie 微分 $\mathcal{L}_XY$ に一致することも示されている。
積分曲線の条件を局所座標で書き下す。$\gamma\colon J\to M$ を滑らかな曲線、$(U,\varphi)$ を滑らかな座標近傍、$\gamma(t)\in U$ とし、$\gamma^i:=x^i\circ\gamma$($\gamma^{-1}(U)$ 上の滑らかな関数)とおく。$f\in C^\infty(M)$ に対し $f\circ\gamma=(f\circ\varphi^{-1})\circ(\gamma^1,\dots,\gamma^n)$ なので、連鎖律により
$$
\gamma'(t)(f)=\sum_{i=1}^n\frac{d\gamma^i}{dt}(t)\,\frac{\partial(f\circ\varphi^{-1})}{\partial x^i}(\varphi(\gamma(t))),\qquad\text{すなわち}\qquad \gamma'(t)=\sum_{i=1}^n\frac{d\gamma^i}{dt}(t)\,\frac{\partial}{\partial x^i}\Big|_{\gamma(t)}
$$
である。したがって、$X=\sum_iX^i\partial_i$ に対し $\gamma$ が $X$ の積分曲線であることは、$\gamma$ が $U$ にとどまる範囲で、$n$ 個の未知関数 $\gamma^1,\dots,\gamma^n$ についての 1 階常微分方程式系(常微分方程式)
$$
\frac{d\gamma^i}{dt}(t)=X^i\bigl(\varphi^{-1}(\gamma^1(t),\dots,\gamma^n(t))\bigr)\qquad(i=1,\dots,n)
$$
を満たすことと同値である。積分曲線の存在・一意性・初期値への滑らかな依存は、この常微分方程式系についての基本定理から従う。
$X$ を滑らかな多様体 $M$ 上の滑らかなベクトル場とする。
証明は本記事では割愛する。1・2・3 は Lee12 Ch. 9 Theorem 9.12(fundamental theorem on flows)、4 は同書 Theorem 9.16 である。War83 Ch. 1、Mat88 第 6 章も参照。証明の骨子は、局所座標では上の常微分方程式系の解の存在と一意性、および初期値に関する滑らかな依存性(常微分方程式)そのものであり、それらを座標近傍の間で貼り合わせて極大な積分曲線を作る。Hausdorff 性は極大積分曲線の一意性に用いられる(Hausdorff でない多様体では、同じ始点をもつ二つの積分曲線が分岐しうる)。流れの一般論と完備性については ベクトル場の流れ を参照。
$M=\mathbb{R}$ 上の滑らかなベクトル場 $X:=t^2\,\partial_t$ を考える。始点 $x_0>0$ の積分曲線は、常微分方程式 $\dot\gamma=\gamma^2$ の解
$$
\gamma(t)=\frac{x_0}{1-x_0t}\qquad\Bigl(t<\frac{1}{x_0}\Bigr)
$$
である($\dot\gamma=x_0^2/(1-x_0t)^2=\gamma^2$)。$t\to1/x_0$ のとき $\gamma(t)\to\infty$ なので、この積分曲線は $t=1/x_0$ を越えて延長できない。実際、thm-vector-field-flow の 1 により $x_0$ を始点とする極大積分曲線 $\gamma_{x_0}$ は $(-\infty,1/x_0)$ 上で $\gamma$ に一致し、もし $1/x_0\in J_{x_0}$ なら $\gamma_{x_0}$ は $1/x_0$ で連続でなければならないが、$\gamma(t)\to\infty$ に反する。よって $J_{x_0}=(-\infty,1/x_0)\ne\mathbb{R}$ であり、$X$ は完備でない。満たす性質は「$\mathbb{R}$ 上の滑らかな(さらに多項式係数の)ベクトル場である」ことであり、満たさない性質は「完備である」ことである。破れる含意は「滑らかなベクトル場は完備である」であり、thm-vector-field-flow の 4 におけるコンパクト台の仮定が落とせないことを示す($X$ の台は $\mathbb{R}$ 全体で、コンパクトでない)。
ベクトル場は接束 $TM\to M$ の滑らかな切断(切断)にほかならず、一般のベクトル束(ベクトル束)$E\to M$ の滑らかな切断はベクトル場の直接の一般化である。余接束(余接束) $T^\ast M$(各点の余接空間(余接空間)$T_p^\ast M=(T_pM)^\ast$(双対空間)を集めたもの)の切断が 1 次微分形式(微分形式)であり、より高い階数のテンソル束(テンソル束)の切断がテンソル場(テンソル場)である。ベクトル場 $X$ に沿ってこれらの場を微分する操作が Lie 微分(Lie微分)であり、ベクトル場に対しては $\mathcal{L}_XY=[X,Y]$ である。
Lie 群(Lie群)$G$ の上では、左移動で不変なベクトル場の全体が Lie 括弧について閉じた有限次元の部分 Lie 環をなし、これが $G$ の Lie 環 $\mathfrak{g}$ である。左不変ベクトル場(左不変ベクトル場)はつねに完備であり、その流れから指数写像(指数写像) $\exp\colon\mathfrak{g}\to G$ が定まる(Lee12 Ch. 8・Ch. 20)。ベクトル場の族が各点で張る部分空間の族(分布)が積分多様体(積分多様体)をもつための条件が Lie 括弧で閉じていることであるというのが Frobenius の定理(Frobeniusの定理)であり、Lie 括弧の幾何学的意味を与える。コンパクトな多様体上のベクトル場の零点の指数の和が Euler 標数(Euler標数)に等しいという Poincaré–Hopf の定理(Poincaré–Hopfの定理)は、rem-vector-field-counterexample-hairy-ball の毛玉の定理を含む。Riemann 計量(Riemann計量)を保つ流れをもつベクトル場が Killing ベクトル場(Killingベクトル場)である。
本記事の記述はおおむね Lee12 Ch. 3・Ch. 8・Ch. 9、Mat88 第 4 章・第 6 章、War83 Ch. 1 に従う。
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