密着位相(indiscrete topology)とは、集合 $X$ 上で空集合と $X$ 自身だけを開集合とする位相のことであり、$X$ 上で最も粗い位相である。密着位相を入れた空間では相異なる点を開集合で区別できず、点列はすべての点に収束し、2 点以上なら Hausdorff 空間でない。その代わり、任意の位相空間から密着空間への写像はすべて連続になり、密着位相を入れる操作は台集合をとる関手の右随伴になる。密着空間はつねに連結かつコンパクトであり、最も細かい離散位相と対をなす基本的な例・反例として使われる。
集合 $X$ 上の位相とは、$X$ の部分集合の族 $\mathcal O$ で、$\emptyset,X\in\mathcal O$ を満たし、任意個の和集合と有限個の共通部分で閉じているものである(位相空間 の記事の定義「開集合系による位相空間」)。密着位相は、この公理が要求する最小限の開集合だけをもつ位相である(Mun00 §12、SS95 Part II)。
集合 $X$ に対し、部分集合族
$$
\mathcal O_{\mathrm i}:=\{\emptyset,X\}
$$
を $X$ 上の 密着位相(indiscrete topology)という。自明な位相(trivial topology)ともいう。密着位相を入れた位相空間を 密着空間(indiscrete space)という。
$\mathcal O_{\mathrm i}$ が位相であることは直接確かめられる。$\emptyset$ と $X$ を含み、$\mathcal O_{\mathrm i}$ の元の族の和集合は(族に $X$ が含まれるかどうかで)$X$ か $\emptyset$ であり、有限個の共通部分は(族に $\emptyset$ が含まれるかどうかで)$\emptyset$ か $X$ である(空な族の共通部分は $X$ と約束する)。閉集合もまた $\emptyset$ と $X$ だけである。
以下、集合 $X$ に密着位相を入れた空間を $X_{\mathrm i}$、すべての部分集合を開集合とする離散位相を入れた空間を $X_{\mathrm d}$ と書く(Hausdorff空間 の記事と同じ記法)。
境界の場合として、$X=\emptyset$ なら $\mathcal O_{\mathrm i}=\{\emptyset\}$、$X$ が 1 点 $\{x\}$ なら $\mathcal O_{\mathrm i}=\{\emptyset,\{x\}\}$ であり、どちらも $X$ の部分集合全体、すなわち離散位相に一致する。$X$ が $2$ 点以上をもつなら、$1$ 点集合は離散位相では開集合だが密着位相では開集合でないので、両者は異なる。したがって、密着位相と離散位相が一致することと $X$ が高々 $1$ 点であることは同値である。
2 つの位相 $\mathcal O\subset\mathcal O'$ について、$\mathcal O'$ は $\mathcal O$ より細かい、$\mathcal O$ は $\mathcal O'$ より粗いという(位相空間 の記事の命題「位相の細粗」)。
$X$ 上の任意の位相 $\mathcal O$ について $\mathcal O_{\mathrm i}\subset\mathcal O$ である。すなわち密着位相は $X$ 上で最も粗い位相であり、$X$ 上のすべての位相に含まれる位相は密着位相だけである。
位相の公理により $\emptyset,X\in\mathcal O$ なので $\mathcal O_{\mathrm i}\subset\mathcal O$ である。$\mathcal O'$ が $X$ 上のすべての位相に含まれる位相なら、とくに $\mathcal O'\subset\mathcal O_{\mathrm i}$ であり、前半により $\mathcal O_{\mathrm i}\subset\mathcal O'$ なので $\mathcal O'=\mathcal O_{\mathrm i}$ である。$\square$
対極にある離散位相は最も細かい位相であり、任意の位相 $\mathcal O$ について $\mathcal O_{\mathrm i}\subset\mathcal O\subset\mathcal P(X)$ が成り立つ(位相空間 の記事の例「離散位相と密着位相」)。
位相の開集合は「点を観測して区別する手段」と考えられる。密着空間では、空でない開集合が全体 $X$ だけなので、どの観測も「すべての点が入る」か「どの点も入らない」かのどちらかしか返さない。したがって密着空間では相異なる点を開集合で区別できず、点列はどの点にも収束し、閉包をとると空でない集合はすべて全体に広がる。
その代わり、密着空間に入る写像には連続性の制約がまったくない。連続性は終域の開集合の逆像が開であることを要求するが、終域の開集合が $\emptyset$ と全体しかないので、この要求は自動的に満たされる。離散空間が「どこから出る写像も連続になる」空間であるのと対になって、密着空間は「どこから入る写像も連続になる」空間である。
$X=\{0,1\}$ に密着位相 $\{\emptyset,X\}$ を入れる。$0$ だけを含む開集合も $1$ だけを含む開集合もないので、$0$ と $1$ は開集合で区別できない。すべての項が $0$ である点列 $(0,0,0,\dots)$ は、$0$ の開近傍 $X$ にも $1$ の開近傍 $X$ にもすべての項が属するので、$0$ にも $1$ にも収束する。この空間は、$\mathbf{Top}$(位相空間と連続写像の圏)のエピ射が全射であることを示すときの試験対象として使われる(prop-indiscrete-topology-maps の後の段落、エピ射 の記事の例「全射と一致する圏」の 3)。
集合 $X$ 上で $d(x,y):=0$(すべての $x,y\in X$)と定めると、$d$ は擬距離空間の擬距離(距離の公理のうち「$d(x,y)=0\Rightarrow x=y$」だけを除いたもの)である。任意の $x\in X$ と $r>0$ について開球は $B(x,r)=\{y\mid d(x,y)< r\}=X$ なので、$d$ から定まる開集合(各点のまわりに開球を含む集合)は $\emptyset$ と $X$ だけであり、$d$ が定める位相は密着位相である。$X$ が $2$ 点以上をもつとき、$d$ は距離でない。
実数全体 $\mathbb{R}$(通常の位相)上の同値関係 $x\sim y\iff x-y\in\mathbb{Q}$ による商集合 $\mathbb{R}/\mathbb{Q}$ に商位相を入れると、密着空間になる。
実際、$\pi\colon\mathbb{R}\to\mathbb{R}/\mathbb{Q}$ を商写像とし、$U\subset\mathbb{R}/\mathbb{Q}$ を空でない開集合とする。$V:=\pi^{-1}(U)$ は $\mathbb{R}$ の空でない開集合で、$V+q=V$ がすべての $q\in\mathbb{Q}$ で成り立つ($x\in V$ なら $\pi(x+q)=\pi(x)\in U$)。$V$ は空でない開集合なので開区間 $(a,b)$($a< b$)を含む。任意の $x\in\mathbb{R}$ について、有理数は稠密なので $x-b< q< x-a$ となる $q\in\mathbb{Q}$ がとれ、$x-q\in(a,b)\subset V$ だから $x=(x-q)+q\in V$ である。よって $V=\mathbb{R}$ であり、$\pi$ は全射なので $U=\pi(V)=\mathbb{R}/\mathbb{Q}$ である。したがって $\mathbb{R}/\mathbb{Q}$ の開集合は $\emptyset$ と全体だけである。
この例のように、稠密な軌道で割った商では、商位相が密着位相まで潰れることがある。
$X=\{0,1\}$ 上の位相 $\{\emptyset,\{1\},X\}$ をもつ空間はSierpinski空間である(位相空間 の記事の例「Sierpiński空間の例」)。$\{1\}$ が開集合なので密着位相でなく、$\{0\}$ が開集合でないので離散位相でもない。この例は「$2$ 点集合上の位相である」を満たすが「密着位相または離散位相である」を満たさず、含意「$2$ 点集合上の位相は密着位相か離散位相である」を破る。$2$ 点集合上の位相は、密着位相、離散位相、どちらか一方の点だけを開集合とする Sierpinski 型の位相 $2$ つの、あわせて $4$ つである。
無限集合 $X$ に、$\emptyset$ と補集合が有限な集合を開集合とする補有限位相を入れる。$x\in X$ について $X\setminus\{x\}$ は $\emptyset$ でも $X$ でもない開集合なので、これは密着位相でない。一方この空間は、密着空間と同じく Hausdorff でなく(空でない 2 つの開集合は補集合が有限なので必ず交わる)、コンパクト空間であり(Hausdorff空間 の記事の注意「コンパクト集合の閉性に関する注意」。同記事では余有限位相と呼んでいる)、連結でもある(空でない 2 つの開集合が交わるので、互いに素な空でない開集合 2 つに分けられない)。この例は「Hausdorff でない・コンパクト・連結」を満たすが「密着位相である」を満たさず、これらの性質が密着位相を特徴づけないことを示す。
$X$ を $2$ 点以上をもつ集合とする。恒等写像 $\mathrm{id}\colon X_{\mathrm d}\to X_{\mathrm i}$ は連続な全単射であるが、逆写像 $X_{\mathrm i}\to X_{\mathrm d}$ は連続でない($1$ 点集合 $\{x\}$ は $X_{\mathrm d}$ の開集合だが、その逆像 $\{x\}$ は $X_{\mathrm i}$ の開集合でない)。したがって $\mathrm{id}$ は同相写像でない(同型 の記事の例「反例:連続な全単射は同型射とは限らない」)。$\mathbf{Top}$ ではこの写像はモノ射かつエピ射だが同型射でない(モノ射 の記事の例「反例:正則でないモノ射」)。また $X_{\mathrm d}$ は Hausdorff だが連続な全射による像 $X_{\mathrm i}$ は Hausdorff でなく、含意「Hausdorff 空間の連続な全射による像は Hausdorff である」を破る(Hausdorff空間 の記事の例「反例:離散空間から密着空間への恒等写像」)。
$X$ を集合、$Y$ を位相空間とする。
1:$X_{\mathrm i}$ の開集合は $\emptyset$ と $X$ だけで、その逆像 $f^{-1}(\emptyset)=\emptyset$、$f^{-1}(X)=Y$ はどちらも $Y$ の開集合である。
2:$g$ が連続であることは、$Y$ の開集合 $V$ の逆像 $g^{-1}(V)$ がすべて $\emptyset$ か $X$ であることと同値である。$g^{-1}(V)=X$ は $g(X)\subset V$ と、$g^{-1}(V)=\emptyset$ は $g(X)\cap V=\emptyset$ と同値である。
3:$g$ を連続とし、$x,x'\in X$ について $g(x)\neq g(x')$ と仮定する。$Y$ は $T_0$ 空間なので、$g(x)$ と $g(x')$ の一方だけを含む開集合 $V$ がある。すると $V$ は $g(X)$ の点を含むが $g(X)$ を含まないので、2 の条件に反する。よって $g$ は定値である。Hausdorff 空間では相異なる 2 点を交わらない開集合で分離できるので、とくに $T_0$ 空間である。$\square$
1 は $\mathbf{Top}$ のエピ射が全射であることの証明に使われる。連続写像 $f\colon A\to B$ が全射でなく $b\notin f(A)$ とすると、$2$ 点密着空間 $\{0,1\}_{\mathrm i}$ への写像 $u\equiv0$ と、$b$ だけを $1$ に送り他を $0$ に送る $v$ は、1 によりどちらも連続で、$u\circ f=v\circ f$ だが $u\neq v$ なので、$f$ はエピ射でない(エピ射 の記事の例「全射と一致する圏」の 3)。同じく 1 から、$\mathbb{Q}\hookrightarrow\mathbb{R}$ のような全射でない包含は $\mathbf{Top}$ でエピ射にならない。
1 は、集合 $X$ に密着位相を入れる操作が忘却関手 $U\colon\mathbf{Top}\to\mathbf{Set}$(位相空間をその台集合に送る関手)の右随伴であることも意味する。実際、1 により、位相空間 $Y$ と集合 $X$ について、連続写像 $Y\to X_{\mathrm i}$ の全体と写像 $U(Y)\to X$ の全体は同じ集合であり、この一致は写像の合成と両立する(随伴関手)。同様に、離散空間から出る写像はすべて連続なので、離散位相を入れる操作は $U$ の左随伴である。
1:$x\in X$ の開近傍は $X$ だけであり、点列やネットのすべての項は $X$ に属するので、どの点列・ネットも $x$ に収束する。
2:(a) ⇒ (b) ⇒ (c) は一般に成り立つ。Hausdorff 空間では相異なる $x,y$ を交わらない開集合 $U\ni x$、$V\ni y$ で分離でき、$U$ は $x$ を含み $y$ を含まないので $T_1$ の条件(相異なる $x,y$ について、$x$ を含み $y$ を含まない開集合がある)が成り立ち、$T_1$ の条件から $T_0$ の条件は明らかに従う。(c) ⇒ (d):相異なる 2 点 $x,y$ があれば、そのどちらかを含む開集合は $X$ だけであり、それは両方を含むので、一方だけを含む開集合がない。よって $T_0$ でない。(d) ⇒ (a):$X$ が高々 $1$ 点なら、相異なる 2 点がないので Hausdorff 空間の条件は自動的に満たされる。
3:距離空間は Hausdorff 空間である(Hausdorff空間 の記事の例「距離空間の Hausdorff 性」)ので、距離化可能なら 2 により $X$ は高々 $1$ 点である。逆に高々 $1$ 点の集合 $X$ 上の密着位相は離散位相であり、$d(x,x)=0$ で定まる距離($X=\emptyset$ なら空な距離)がそれを定める。$\square$
1 により、$2$ 点以上の密着空間では点列の極限が一意でない。これは Hausdorff空間 の記事の例「反例:密着位相」と同じ現象であり、極限の一意性に Hausdorff 性が必要であることを示す。
閉包は $A$ を含む閉集合の共通部分であり、閉集合は $\emptyset$ と $X$ だけなので、$A\neq\emptyset$ なら $A$ を含む閉集合は $X$ だけで $\overline A=X$、$A=\emptyset$ なら $\overline A=\emptyset$ である。内部は $A$ に含まれる開集合の和集合であり、$A\neq X$ なら $A$ に含まれる開集合は $\emptyset$ だけで $A^\circ=\emptyset$、$A=X$ なら $A^\circ=X$ である。$\square$
連結性:$X_{\mathrm i}$ を互いに素な空でない 2 つの開集合 $A,B$ の和に分けることはできない。空でない開集合は $X$ だけなので $A=B=X$ となり、$A\cap B=X\neq\emptyset$ となるからである(連結空間 の記事の定義「連結空間の定義」)。
コンパクト性:$X_{\mathrm i}$ の開被覆 $\mathcal U$ をとる。$X=\emptyset$ なら空な部分族が被覆である。$X\neq\emptyset$ なら、$\mathcal U$ の元の和集合が $X$ なので $\mathcal U$ は空でない開集合を含み、それは $X$ であるから、その 1 つだけで有限部分被覆になる(コンパクト空間 の記事の定義「有限部分被覆による定義」)。
弧状連結性:$x,y\in X$ に対し、$\gamma(0)=x$、$\gamma(t)=y$($0< t\le1$)で定まる写像 $\gamma\colon[0,1]\to X_{\mathrm i}$ は prop-indiscrete-topology-maps の 1 により連続であり、$x$ と $y$ を結ぶ道である。$\square$
弧状連結性の証明の道 $\gamma$ は $t=0$ で値が跳ぶが、終域が密着空間なので連続になる。同じ理由で、$X\neq\emptyset$ と $x_0\in X$ について $H(x,0)=x$、$H(x,t)=x_0$($t>0$)で定まる写像 $H\colon X_{\mathrm i}\times[0,1]\to X_{\mathrm i}$ も連続であり、恒等写像は定値写像にホモトピーである。すなわち空でない密着空間は可縮空間である。
1:$A\subset X$ の相対位相の開集合は $A\cap\emptyset=\emptyset$ と $A\cap X=A$ だけである。
2:直積 $\prod_\lambda X_\lambda$ の直積位相は、有限個の $\lambda$ を除いて $U_\lambda=X_\lambda$ であるような $\prod_\lambda U_\lambda$($U_\lambda$ は $X_\lambda$ の開集合)の形の集合を開基とする。各 $U_\lambda$ は $\emptyset$ か $X_\lambda$ なので、この形の集合は $\emptyset$ か直積全体である。開集合はこれらの和集合なので、$\emptyset$ か直積全体に限られる。
3:$V\subset Y$ が商位相で開であることは $q^{-1}(V)$ が $X_{\mathrm i}$ で開、すなわち $\emptyset$ か $X$ であることである。$q$ は全射なので、$q^{-1}(V)=\emptyset$ なら $V=\emptyset$、$q^{-1}(V)=X$ なら $V=Y$ である。
最後の主張:空でない密着空間 $X_1,X_2,\dots$ の直和では、各成分 $X_1$ が開集合であり、他の成分が空でないので $X_1$ は $\emptyset$ でも全体でもない。$\square$
2 は、密着位相を入れる関手が右随伴であるので直積(極限)を保つことからも従う(prop-indiscrete-topology-maps の後の段落)。直和では各成分が開集合になるので、この性質は直和に対しては成り立たない。対照的に、離散空間の直和は離散空間であるが、無限個の $2$ 点離散空間の直積は離散空間でない。
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