Gromovの非圧縮定理

同義語:Gromov's non-squeezing theoremGromov non-squeezing theoremGromov nonsqueezing theoremシンプレクティック非圧縮定理symplectic non-squeezing theorem

概要

Gromovの非圧縮定理(Gromov's non-squeezing theorem)とは、$\mathbb{R}^{2n}$ の標準シンプレクティック形式 $\omega_0=\sum_j dx_j\wedge dy_j$ について、半径 $r$ の開球から半径 $R$ の開円柱 $\{x_1^2+y_1^2 < R^2\}$ へのシンプレクティック埋め込みがあれば $r\le R$ であるという定理である。$n\ge2$ では円柱の体積は無限大で、体積を保つだけの写像なら球をいくらでも細い円柱に入れられる。その意味で、シンプレクティック写像は体積を保つ写像よりはるかに硬い。この定理は、球と円柱で同じ値をとるシンプレクティック容量(Gromov 幅など)が存在することと同値である。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: シンプレクティック幾何学, シンプレクティック多様体, 微分形式

古典力学の相空間の上の時間発展(Hamilton の流れ)は体積を保つ(Liouville の定理)。では、体積を保つことのほかに、相空間の領域の形にどんな制約があるだろうか。Gromov の非圧縮定理(Gromov's non-squeezing theorem)はその最初の答えである。$\mathbb{R}^{2n}$ の球は、どんなシンプレクティック埋め込みによっても、それより細い円柱 $\{x_1^2+y_1^2 < R^2\}$ に入らない。円柱の体積は無限大なので、体積を保つだけの写像なら球をいくらでも細い円柱に押し込めるが、シンプレクティック形式を保つ写像はそれができない。M. Gromov が 1985 年に擬正則曲線を使って証明したこの定理は、シンプレクティック写像が「硬い」ことを示す出発点になり、シンプレクティック容量という不変量の研究を生んだ。
この記事では次のことを扱う。

  1. 主定理の主張と、成り立つ範囲(thm-gn-main)。一般の場合の証明は擬正則曲線や Floer ホモロジーを要するので、この記事では証明しない。
  2. 特別な場合:$2$ 次元では面積から従うこと(prop-gn-dim2)、線形写像の場合(シンプレクティック幾何学 で証明されている)、体積だけでは妨げにならないこと。
  3. シンプレクティック容量と Gromov 幅を定義し、非圧縮定理が「正規化されたシンプレクティック容量が存在すること」と同値であることを証明する(thm-gn-equivalence)。
  4. 帰結として、楕円体と多重円板の容量を決め(prop-gn-ellipsoid)、体積では見えない埋め込みの妨げを例で見る。

設定

$\mathbb{R}^{2n}$ の座標を $(x_1,\dots,x_n,y_1,\dots,y_n)$、$z_j:=x_j+iy_j$ とし、標準シンプレクティック形式を $\omega_0:=\sum_{j=1}^ndx_j\wedge dy_j$ とする(シンプレクティック幾何学 と同じ)。$a>0$ に対し、開球と開円柱を
$$ B(a):=\Bigl\{z\in\mathbb{R}^{2n}\ \Bigm|\ \pi\sum_{j=1}^n\lvert z_j\rvert^2 < a\Bigr\},\qquad Z(a):=\bigl\{z\in\mathbb{R}^{2n}\ \bigm|\ \pi\lvert z_1\rvert^2 < a\bigr\} $$
とおく。$B(a)$ は半径 $\sqrt{a/\pi}$ の球、$Z(a)$ は $(x_1,y_1)$ 平面の半径 $\sqrt{a/\pi}$ の円板の上の円柱であり、$a$ は断面の円板の面積にあたる。$\lambda>0$ 倍の写像 $z\mapsto\lambda z$ で $\lambda B(a)=B(\lambda^2a)$、$\lambda Z(a)=Z(\lambda^2a)$ である。

開集合のシンプレクティック埋め込み

$U,V\subset\mathbb{R}^{2n}$ を開集合とする。滑らかな単射 $\varphi\colon U\to\mathbb{R}^{2n}$ で $\varphi^*\omega_0=\omega_0$ をみたし、$\varphi(U)\subset V$ となるものを、$U$ から $V$ への シンプレクティック埋め込み といい、このようなものがあることを $U\hookrightarrow V$ と書く。

$\varphi^*\omega_0=\omega_0$ なら、$d\varphi_p(v)=0$ のとき $\omega_0(v,\cdot)=0$ となるので $v=0$ であり、$d\varphi_p$ は各点で可逆である。よって $\varphi$ は局所微分同相で、単射なので像の上への微分同相であり、シンプレクティック幾何学 の定義「シンプレクティック多様体とシンプレクティック同相写像」のシンプレクティック埋め込みになる。$\omega_0^n=n!\,dx_1\wedge dy_1\wedge\dots\wedge dx_n\wedge dy_n$ も保たれるので $\det d\varphi=1$ であり、変数変換の公式から $\varphi$ は体積を保つ。平行移動と、座標の組 $(x_j,y_j)$ どうしの並べ替えは、シンプレクティックな線形(アフィン)写像である。

主定理

Gromov の非圧縮定理

$n\ge1$、$a,b>0$ とする。$B(b)\hookrightarrow Z(a)$ ならば $b\le a$ である。半径で言えば、半径 $r$ の開球から半径 $R$ の開円柱 $\{x_1^2+y_1^2 < R^2\}$ へのシンプレクティック埋め込みがあれば $r\le R$ である。

出典と証明の方法

この記事では thm-gn-main を証明しない。Gro85 §0.3 の Theorem 0.3.A の系(p. 310)は、半径 $R$ の開球のシンプレクティック微分同相の像が、$x_i,y_i$($i\le n-1$)で張られる部分空間の $\varepsilon$ 近傍に含まれるなら $R\le\varepsilon$ であることを、擬正則曲線の面積の評価から示している。$\varepsilon$ 近傍は $(x_n,y_n)$ 平面の円板の上の円柱 $\{x_n^2+y_n^2 < \varepsilon^2\}$ なので、座標の組を並べ替えると上の主張になる。AS17 Theorem 5.5(p. 38)は $B(A)$、$Z(a)$ と同じ書き方で述べ、§6.5(pp. 48–49)で Floer ホモロジーによる証明の筋を与えている。

包含 $B(a)\subset Z(a)$ があるので、$b\le a$ という結論はこれ以上よくならない。主定理は「球をシンプレクティックに円柱に入れるには、包含で入れるのが最良である」と言っている。
円柱の向きが大事である。$(x_1,y_1)$ 平面の円板の上の円柱の代わりに、$(x_1,x_2)$ 平面の円板の上の円柱 $\{x_1^2+x_2^2 < R^2\}$ をとると、主張は成り立たない。$(x_j,y_j)\mapsto(\delta x_j,\delta^{-1}y_j)$($0 < \delta < 1$)はシンプレクティックな線形写像で、球を $y$ 座標の張る部分空間のいくらでも近くに押しつぶす(Gro85 p. 310 の注意。シンプレクティック幾何学 の反例の表の (b) の行)。$(x_1,x_2)$ 平面では $\omega_0$ が $0$ になり、$(x_1,y_1)$ 平面では $0$ にならないことがこの違いを生む。

特別な場合

2 次元:面積

2 次元の場合

$n=1$ のとき thm-gn-main は成り立つ。

要点:2 次元ではシンプレクティック埋め込みは面積を保つ埋め込みで、球も円柱も円板である。

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$n=1$ では $B(a)=Z(a)$ は面積 $a$ の開円板である。$\varphi\colon B(b)\to Z(a)$ をシンプレクティック埋め込みとすると、def-gn-embedding の後の注意により $\varphi$ は面積を保つ単射なので、$b=\operatorname{area}B(b)=\operatorname{area}\varphi(B(b))\le\operatorname{area}Z(a)=a$ である。$\square$

$n\ge2$ では $Z(a)$ の体積は無限大なので、体積は妨げにならない。実際、$A(x_1,x_2,y_1,y_2):=(\varepsilon x_1,\varepsilon^{-1}x_2,\varepsilon y_1,\varepsilon^{-1}y_2)$($0 < \varepsilon < 1$)は行列式 $1$ の線形写像で、$A(B(b))\subset Z(\varepsilon^2b)$ である(シンプレクティック幾何学 の例「円柱に入る体積保存の行列」)。$A$ による $\omega_0$ の引き戻しは $\varepsilon^2dx_1\wedge dy_1+\varepsilon^{-2}dx_2\wedge dy_2\ne\omega_0$ なので、$A$ はシンプレクティックでない。非圧縮定理は $n\ge2$ で初めて体積を超えた内容をもつ。

線形の場合

アフィン写像 $\Phi(z)=\Psi z+c$($\Psi$ はシンプレクティック行列)については、シンプレクティック幾何学 の定理「線形の非圧縮定理」が、閉球 $\{\lvert z\rvert\le r\}$ の像が閉円柱 $\{x_1^2+y_1^2\le R^2\}$ に入るなら $r\le R$ であることを、線形代数だけで証明している。開集合の形もそこから出る。$\Phi(B(b))\subset Z(a)$ で $b>a$ なら、$a < b' < b$ をとると半径 $\sqrt{b'/\pi}$ の閉球は $B(b)$ に含まれ、その像は閉円柱 $\{\pi\lvert z_1\rvert^2\le a\}$ に入るので、$b'\le a$ となって矛盾する。
線形の場合の鍵は、$\Phi$ を $(x_1,y_1)$ 平面に射影した写像が、$\omega_0$ についての条件 $\omega_0(u,v)=1$ のために、ある方向を縮めないことである。一般のシンプレクティック埋め込みは場所ごとに違う線形写像で近似されるので、この議論は大域的には使えない。Gromov は代わりに、円柱の側の性質から、球の中心を通り面積が $a$ 以下の擬正則曲線が(球の標準的な複素構造についても)あることを導き、球の中心を通る正則曲線の面積が $b$ 以上であることと比べた(Gro85 p. 310)。

シンプレクティック容量

非圧縮定理が測っているのは、領域の「$\omega_0$ が $0$ にならない 2 次元の方向の太さ」である。これを一般の開集合の不変量にしたのがシンプレクティック容量である。

正規化されたシンプレクティック容量

$\mathbb{R}^{2n}$ の各開集合 $U$ に値 $c(U)\in[0,\infty]$ を対応させる規則 $c$ が、次の 3 条件をみたすとき、$c$ を 正規化されたシンプレクティック容量 という。

  1. (単調性)$U\hookrightarrow V$ なら $c(U)\le c(V)$。
  2. (共形性)$\lambda>0$ について $c(\lambda U)=\lambda^2c(U)$。
  3. (正規化)$c(B(1))=c(Z(1))=1$。

単調性から、$U$ と $V$ がシンプレクティック同相なら $c(U)=c(V)$ である。共形性と正規化から $c(B(a))=c(\sqrt aB(1))=a$、$c(Z(a))=a$ である。CHLS05 §2.1(pp. 4–5)は、より一般にシンプレクティック多様体の圏の上の容量を、単調性・共形性と、球で正・円柱で有限という条件で定義し、半径 $1$ の球 $B$ で $c(B)=1$ のとき正規化されているという。この記事の $B(a)$ は断面の円板の面積 $a$ で測るので、半径 $1$ の球は $B(\pi)$ であり、上の定義の容量はそこで値 $\pi$ をとる。文献によって正規化の定数はこのように違う。上の定義の要点は、球と円柱で同じ値をとることを課したところにあり、これが非圧縮定理と結びつく。

Gromov 幅

開集合 $U\subset\mathbb{R}^{2n}$ に対し
$$ w(U):=\sup\{a>0\mid B(a)\hookrightarrow U\} $$
とおき($U=\emptyset$ なら $w(U)=0$)、$U$ の Gromov 幅(Gromov width)という。

空でない開集合は小さな球の平行移動を含むので $w(U)>0$ である。CHLS05 §2.2(p. 5)は、半径 $r$ の球を $B^{2n}(r^2)$ と書く記法で同じ形の量を定め、Gromov 半径(Gromov radius)とよんでいる。その値はこの記事の $w$ の $1/\pi$ 倍である。

Gromov 幅の基本性質

$w$ は単調性と共形性をみたし、$w(B(a))=a$、$w(Z(a))\ge a$ である。

要点:埋め込みの合成と、拡大で共役をとることによる。球の値は体積の比較で決まる。

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単調性:$U\hookrightarrow V$ を与える埋め込みを $\psi$ とすると、$B(a)\hookrightarrow U$ を与える埋め込み $\varphi$ との合成 $\psi\circ\varphi$ はシンプレクティック埋め込みで、$B(a)\hookrightarrow V$ を与える。よって $w(U)\le w(V)$ である。

共形性:$\delta_\lambda(z):=\lambda z$ とおくと $\delta_\lambda^*\omega_0=\lambda^2\omega_0$ である。$\varphi\colon B(a)\to U$ がシンプレクティック埋め込みなら、$\psi:=\delta_\lambda\circ\varphi\circ\delta_\lambda^{-1}\colon B(\lambda^2a)\to\lambda U$ について $\psi^*\omega_0=(\delta_\lambda^{-1})^*\varphi^*(\lambda^2\omega_0)=\lambda^2(\delta_{1/\lambda})^*\omega_0=\omega_0$ なので、$B(\lambda^2a)\hookrightarrow\lambda U$ である。よって $w(\lambda U)\ge\lambda^2w(U)$ であり、$\lambda$ を $1/\lambda$、$U$ を $\lambda U$ に替えると逆の不等式も出る。

球と円柱:包含写像はシンプレクティック埋め込みなので $w(B(a))\ge a$、$w(Z(a))\ge a$ である。$B(b)\hookrightarrow B(a)$ なら、シンプレクティック埋め込みは体積を保つので $\operatorname{vol}B(b)\le\operatorname{vol}B(a)$ である。$B(b)=\sqrt{b/a}\,B(a)$ なので $\operatorname{vol}B(b)=(b/a)^n\operatorname{vol}B(a)$ であり、$0 < \operatorname{vol}B(a) < \infty$ から $b\le a$ を得る。よって $w(B(a))=a$ である。$\square$

非圧縮定理と容量の存在

$n\ge1$ とする。次は同値である。

  1. thm-gn-main が成り立つ(すべての $a,b>0$ について、$B(b)\hookrightarrow Z(a)$ なら $b\le a$)。
  2. $w(Z(1))=1$。とくに Gromov 幅 $w$ は正規化されたシンプレクティック容量である。
  3. 正規化されたシンプレクティック容量が少なくとも 1 つある。

要点:1 は円柱の Gromov 幅が断面の面積を超えないことそのものであり、逆に容量があれば単調性から非圧縮が出る。

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1 ⇒ 2:$B(b)\hookrightarrow Z(1)$ なら 1 により $b\le1$ なので $w(Z(1))\le1$ であり、prop-gn-width から $w(Z(1))=1$ である。同じ命題から $w$ は単調性・共形性と $w(B(1))=1$ をみたすので、正規化されたシンプレクティック容量である。

2 ⇒ 3:$w$ がその例である。

3 ⇒ 1:$c$ を正規化されたシンプレクティック容量とし、$B(b)\hookrightarrow Z(a)$ とする。単調性から $c(B(b))\le c(Z(a))$ であり、def-gn-capacity の後の注意により $c(B(b))=b$、$c(Z(a))=a$ なので $b\le a$ である。$\square$

非圧縮定理の別証明の多くは、3 の形で、正規化された容量を別の方法で作ることによる。Ekeland–Hofer の容量と Hofer–Zehnder の容量は Hamilton 系の周期軌道と作用汎関数から作られ、第 1 の Ekeland–Hofer 容量と Hofer–Zehnder の容量は、どちらも半径 $1$ の球と円柱で同じ値 $\pi$ をとる(CHLS05 §2.3、pp. 7–8)。AS17 §6.5(p. 49)は、Floer ホモロジーから単調な不変量を作り、楕円体での値を計算して非圧縮定理を導いている。$n=1$ では、連結な開集合の Gromov 幅は面積に等しい(CHLS05 p. 5)。

楕円体と多重円板

$0 < a_1,\dots,a_n\le\infty$ に対し($1/\infty:=0$ と約束する)、楕円体と多重円板を
$$ E(a_1,\dots,a_n):=\Bigl\{z\ \Bigm|\ \sum_{j=1}^n\frac{\pi\lvert z_j\rvert^2}{a_j} < 1\Bigr\},\qquad P(a_1,\dots,a_n):=\bigl\{z\ \bigm|\ \pi\lvert z_j\rvert^2 < a_j\ (j=1,\dots,n)\bigr\} $$
とおく(CHLS05 §3、pp. 10–11 は $\pi$ を付けない同じ形の記号を使う)。$B(a)=E(a,\dots,a)$、$Z(a)=E(a,\infty,\dots,\infty)=P(a,\infty,\dots,\infty)$ である。

楕円体と多重円板の容量

$c$ を正規化されたシンプレクティック容量とし、$a_1,\dots,a_n$ の少なくとも 1 つは有限とする。このとき
$$ c(E(a_1,\dots,a_n))=c(P(a_1,\dots,a_n))=\min_ja_j $$
である。

要点:最小の $a_j$ の球と円柱で挟む。

詳しい証明を開く

座標の組 $(x_j,y_j)$ の並べ替えはシンプレクティックな線形同型で、$E(a_1,\dots,a_n)$ を添字を並べ替えた楕円体に写すので、単調性を両方向に使うと容量は変わらない。$P$ も同じである。そこで $a_1=\min_ja_j$(有限)としてよい。

$z\in B(a_1)$ なら $\sum_j\pi\lvert z_j\rvert^2/a_j\le\sum_j\pi\lvert z_j\rvert^2/a_1 < 1$ なので $z\in E(a)$ であり、$\pi\lvert z_j\rvert^2\le\pi\lvert z\rvert^2 < a_1\le a_j$ なので $z\in P(a)$ である。また $z\in E(a)$ なら $\pi\lvert z_1\rvert^2/a_1 < 1$、$z\in P(a)$ なら $\pi\lvert z_1\rvert^2 < a_1$ なので、どちらも $Z(a_1)$ に含まれる。包含はシンプレクティック埋め込みなので、単調性から $a_1=c(B(a_1))\le c(E(a))\le c(Z(a_1))=a_1$ であり、$P(a)$ も同じである。$\square$

thm-gn-main と thm-gn-equivalence により正規化された容量があるので、次がわかる:$E(a)\hookrightarrow E(b)$ なら $\min_ja_j\le\min_jb_j$ であり、$P$ についても、$E$ と $P$ を混ぜても同じである。Gromov 幅については $w(E(a))=\min_ja_j$ である(CHLS05 §4.1.1、p. 23)。次の 2 つはこの記事では証明しない。線形のシンプレクティック埋め込みに限ると、$E(a_1,\dots,a_n)$($a_1\le\dots\le a_n$)が $E(b_1,\dots,b_n)$($b_1\le\dots\le b_n$)に入るのはすべての $i$ で $a_i\le b_i$ のときに限られる。非線形の埋め込みでは「折りたたみ」とよばれる構成で線形の場合より多くの埋め込みが作れ、その分だけ容量の値にも強い制約がかかる(CHLS05 p. 27)。

容量と体積は別の情報

$n=2$ とする。拡大 $z_j\mapsto\sqrt{a_j}\,z_j$ は $E(1,1)=B(1)$ を $E(a_1,a_2)$ に写し、行列式は $a_1a_2$ なので $\operatorname{vol}E(a_1,a_2)=a_1a_2\operatorname{vol}B(1)$ である。

  • $N>1$ とし、$B(b)\hookrightarrow E(1,N)$ を考える。体積からは $b^2\le N$ しか出ないが、容量からは $b\le1$ が出る。$1 < b\le\sqrt N$ の球は体積が足りても入らない。
  • $P(1,1)\hookrightarrow B(b)$ を考える。容量からは $b\ge1$ が出る。体積は $\operatorname{vol}P(1,1)=1$(面積 $1$ の円板 2 枚の積)、$\operatorname{vol}B(b)=b^2/2$(半径 $\rho$ の 4 次元球の体積 $\pi^2\rho^4/2$ で $\rho^2=b/\pi$)なので、体積からは $b\ge\sqrt2$ が出て、こちらの方が強い。
    容量は 2 次元の方向の太さを、体積は全体の大きさを測り、どちらか一方が他方の情報を含むわけではない。

仮定を外すと崩れる例

外す条件反例成り立たなくなること
埋め込みがシンプレクティック(体積を保つだけにする)$A(x_1,x_2,y_1,y_2)=(\varepsilon x_1,\varepsilon^{-1}x_2,\varepsilon y_1,\varepsilon^{-1}y_2)$$A(B(b))\subset Z(\varepsilon^2b)$ で、$b>\varepsilon^2b$
円柱の底が $\omega_0$ の $0$ にならない平面($(x_1,x_2)$ 平面にする)$\Psi(x_1,x_2,y_1,y_2)=(\varepsilon x_1,\varepsilon x_2,\varepsilon^{-1}y_1,\varepsilon^{-1}y_2)$$\Psi(B(b))\subset\{\pi(x_1^2+x_2^2) < \varepsilon^2b\}$
容量の正規化 $c(Z(1))=1$($n\ge2$)$c_{\mathrm{vol}}(U):=(\operatorname{vol}U/\operatorname{vol}B(1))^{1/n}$単調性・共形性・$c(B(1))=1$ をみたすが $c_{\mathrm{vol}}(Z(1))=\infty$
反例:表の各行の確かめ
各行の確かめを開く

以下 $0 < \varepsilon < 1$ とする。1 行目:$A$ は行列式 $1$ なので体積を保つが、引き戻しは $\varepsilon^2dx_1\wedge dy_1+\varepsilon^{-2}dx_2\wedge dy_2$ でシンプレクティックでない。$z\in B(b)$ なら $\pi\lvert(Az)_1\rvert^2=\varepsilon^2\pi\lvert z_1\rvert^2\le\varepsilon^2\pi\lvert z\rvert^2 < \varepsilon^2b$ である。

2 行目:$\Psi$ による引き戻しは $\sum_j(\varepsilon dx_j)\wedge(\varepsilon^{-1}dy_j)=\omega_0$ なので、$\Psi$ はシンプレクティックである。$z\in B(b)$ なら $\pi(x_1(\Psi z)^2+x_2(\Psi z)^2)=\varepsilon^2\pi(x_1^2+x_2^2)\le\varepsilon^2\pi\lvert z\rvert^2 < \varepsilon^2b$ である。$(x_1,x_2)$ 平面のベクトルはどれも $y$ 座標が $0$ なので、この平面の上で $\omega_0$ は $0$ になる。

3 行目:$U\hookrightarrow V$ を与える埋め込みは体積を保つので $\operatorname{vol}U=\operatorname{vol}\varphi(U)\le\operatorname{vol}V$ であり、$c_{\mathrm{vol}}$ は単調である。$\operatorname{vol}(\lambda U)=\lambda^{2n}\operatorname{vol}U$ なので共形性もみたし、$c_{\mathrm{vol}}(B(1))=1$ である。$n\ge2$ では $Z(1)$ は体積無限大なので $c_{\mathrm{vol}}(Z(1))=\infty$ である。$n=1$ では $Z(1)=B(1)$ で、$c_{\mathrm{vol}}$ は面積そのものになり、正規化された容量である。

補足

歴史と帰結

Gromov は 1985 年の論文で擬正則曲線を導入し、その応用として非圧縮定理を証明した(Gro85 §0.3、p. 310)。シンプレクティック容量の公理は 1990 年ごろ Ekeland と Hofer が導入したが、最初の容量は Gromov 幅である(CHLS05 p. 1)。容量が 1 つあると、シンプレクティック同相写像の群が、微分同相写像の群の中でコンパクト開位相($C^0$ 位相)について閉じていることも導かれる。これは Eliashberg と Gromov が別々の方法で示した定理である(CHLS05 §2.2、p. 6)。この記事ではこれらを証明しない。

関連項目

参考文献

[2]
K. Cieliebak, H. Hofer, J. Latschev, F. Schlenk, Quantitative symplectic geometry, arXiv:math/0506191v1 (2005)。Dynamics, Ergodic Theory, and Geometry, MSRI Publications 54 (2007) 所収, 2005, 序文(容量の導入の歴史、p. 1)、§2.1(容量の定義、pp. 4–5)、§2.2(Gromov 半径、非圧縮定理、2 次元の場合、p. 5。Eliashberg–Gromov の定理、p. 6)、§2.3(Ekeland–Hofer 容量・Hofer–Zehnder 容量、pp. 7–8)、§3(楕円体と多重円板の記号、pp. 10–11)、§4.1.1(楕円体の Gromov 半径、p. 23)、§4.1.2(線形の埋め込みと折りたたみ、p. 27)
[3]
Alberto Abbondandolo, Felix Schlenk, Floer homologies, with applications, arXiv:1709.00297, arXiv 版 v1(2017)。Theorem 5.5(非圧縮定理、p. 38)、§6.5(Floer ホモロジーによる証明、pp. 48–49)

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