Duo環(duo ring)とは、全ての左イデアルおよび全ての右イデアルが自動的に両側イデアルになる性質を持つ、可換とは限らない環のクラスである。左イデアルについてのみこれが成り立つものを左Duo環、右イデアルについてのみ成り立つものを右Duo環といい、両方満たす環をDuo環(両側Duo環)という。可換環は自明にDuo環である一方、$n\ge2$ の全行列環 $M_n(k)$ はDuo環でない代表的な非可換環である。局所環でJacobson根基が中心に含まれるものはDuo環になるなど、非可換環の中でも可換環に近い挙動を示すクラスとして研究される。単項イデアルによる特徴付け、局所環に関する十分条件、剰余環への遺伝性を証明とともに述べる。
単位元を持つ環 $R$(可換とは限らない)を考える。$R$ が左Duo環(left duo ring)であるとは、$R$ の任意の左イデアル $I$ が両側イデアルであること、すなわち任意の左イデアル $I\subset R$ に対し
$$
IR\subset I
$$
が成り立つことをいう。同様に $R$ が右Duo環(right duo ring)であるとは、$R$ の任意の右イデアル $J$ が両側イデアルであること、すなわち任意の右イデアル $J\subset R$ に対し $RJ\subset J$ が成り立つことをいう。$R$ が左Duo環かつ右Duo環であるとき、$R$ をDuo環(duo ring)または両側Duo環(two-sided duo ring)という。
用語「duo」は、左右どちらの側から見ても片側イデアルが両側イデアルという「二重の」(duo)役割を演じることに由来し、この用語自体はFeller Fel58 による。
Duo環とは、「片側から見たイデアルの世界」と「両側から見たイデアルの世界」が一致してしまう環である。可換環ではこの一致は自明である(積の順序を区別する必要がないため、左イデアルと右イデアルの区別自体が消える)。一般の非可換環では、ある元 $a$ が生成する左イデアル $Ra$ と右イデアル $aR$ は全く別の集合になり得るが、Duo環ではこの左右の非対称性が実質的に解消され、片側イデアルをそのまま両側イデアルとして扱ってよい。
非可換環が非自明な冪等元 $e$($e^2=e$、$e\neq0,1$)を持つと、$e$ が生成する片側イデアルは典型的には両側イデアルにならない。後述する全行列環 $M_n(k)$($n\ge2$)の反例では、行列単位 $e_{11}$ が生成する左イデアルが両側イデアルでないことを直接示す。局所環(唯一の極大左イデアルを持つ環)は非自明な冪等元を持たない環の代表例であり、局所環にDuo環の例が豊富に見つかる一因はここにある。逆に、$n\ge2$ の全行列環のように非自明な冪等元を多数持つ環は、Duo環から最も遠い部類に属する。
可除環(division ring、乗法逆元が $0$ 以外の全ての元に存在する、可換とは限らない環)$D$ を考える。$D$ の左イデアルは $\{0\}$ と $D$ 自身の $2$ 個しかない($0$ でない元 $a\in D$ を含む左イデアルは $a^{-1}\cdot a=1$ を含むので $D$ に一致する)。この $2$ 個はどちらも自明に両側イデアルなので、$D$ は左Duo環であり、右イデアルについても同様の議論からDuo環である。実数上の四元数体 $\mathbb H$(Hamiltonの四元数)のような非可換な可除環でもこれは成り立つ。可除環は唯一の極大左イデアル $\{0\}$ を持つ(最も単純な)局所環でもある。
$D$ を(可換とは限らない)可除環とし、$x$ を $D$ の全ての元と可換な不定元として、$R:=D[x]/(x^2)$($D$ 上の二重数環)を考える。$R$ の元は $a+bx$($a,b\in D$)の形に一意に書け、積は $(a+bx)(a'+b'x)=aa'+(ab'+ba')x$ で定まる。$D$ が非可換なら $R$ も非可換である($a,a'\in D$ の非可換性がそのまま残る)。$\mathfrak m:=Rx=xR=\{bx : b\in D\}$ は $R$ の唯一の極大左イデアルかつ唯一の極大右イデアルであり($a+bx$ が単元であることと $a\neq0$ は同値であることが $D$ が可除環であることから従う)、$R$ は局所環である。ここで注意が必要なのは、$D$ が非可換なとき $\mathfrak m$ は$R$ の中心には含まれないという点である。実際、$b,c\in D$ に対し $(bx)(c+dx)=(bc)x$、$(c+dx)(bx)=(cb)x$($x^2=0$ と $x$ が $D$ の元と可換であることによる)となるので、$bc\neq cb$ なる $b,c\in D$($D$ が非可換なので存在する)を取れば $bx$ は $R$ の中心に属さない。したがって後述の「中心的な根基を持つ局所環はDuo環である」(prop-duo-local-central-radical)は $D$ が非可換な場合にはそのままでは適用できない。それでも $\mathfrak m$ が両側イデアルであることは直接確認できる:上と同じ計算により、任意の $bx\in\mathfrak m$ と $c+dx\in R$ に対し $(bx)(c+dx)=(bc)x\in\mathfrak m$ かつ $(c+dx)(bx)=(cb)x\in\mathfrak m$ であるから、$\mathfrak m R\subset\mathfrak m$ かつ $R\mathfrak m\subset\mathfrak m$ が成り立つ。$R$ の左(右)イデアルは $\{0\},\mathfrak m,R$ の3つしかない(極大性と局所性より)ので、これで $R$ の任意の左・右イデアルが両側イデアルであることが直接示され、$R$ はDuo環である。$D$ が非可換な可除環(例えば $\mathbb H$)であれば $R$ 自身も非可換なDuo環の例を与える——ただしこの場合の根拠は $\mathfrak m$ の中心性ではなく、上の直接計算である。
$k$ を可換環、$G$ を(乗法で書かれた)可換群とする。群環 $k[G]$ は、基底 $G$ の元同士の積が $G$ の演算でそのまま定まり、$G$ が可換だから $k[G]$ も可換環になる。したがって $k[G]$ はDuo環である。たとえば $k[\mathbb Z/n\mathbb Z]\cong k[x]/(x^n-1)$ はこの意味でDuo環である。一方、$G$ が非可換であれば $k[G]$ は非可換環になるが、一般にはDuo環になるとは限らない(後述の反例を参照)。
$k$ を(可換とは限らない)単位的環、$n\ge2$ とすると、全行列環 $M_n(k)$ は左Duo環でも右Duo環でもない(完全な証明は後述の「行列環はDuo環でない」を参照)。直感的には、行列単位 $e_{11}$($(1,1)$ 成分のみ $1$ の行列)が生成する左イデアル $M_n(k)e_{11}$ は「第 $1$ 列以外が $0$」という条件で決まる集合であり、これに右から $e_{12}$($(1,2)$ 成分のみ $1$ の行列)を掛けると条件が破れて $M_n(k)e_{11}$ からはみ出す。可換環の例・可除環の例・局所環の例(いずれも非自明な冪等元を持たない)と対照的に、全行列環は非自明な冪等元 $e_{11},\ldots,e_{nn}$ を豊富に持つ環の典型であり、これがDuo性を破る。同様の理由で、体上有限次元の半単純環(Wedderburnの構造定理により行列環の直積に同型)は、成分に $2$ 次以上の行列環を含む限りDuo環にならない。たとえば標数 $0$ の体 $k$ 上で対称群 $S_3$(非可換群)の群環 $k[S_3]$ はMaschkeの定理により $k[S_3]\cong k\times k\times M_2(k)$ と分解し、$M_2(k)$ の成分を持つためDuo環でない。
可換環 $R$ は(両側)Duo環である。
$R$ を可換環とし、$I$ を $R$ の任意の左イデアルとする。$a\in I$、$r\in R$ とする。可換性より $ar=ra$ であり、$I$ は左イデアルだから $ra\in I$ である。よって $ar=ra\in I$ となり、$a\in I,r\in R$ の任意性から $IR\subset I$、すなわち $I$ は両側イデアルである。$I$ は任意の左イデアルだったので $R$ は左Duo環である。右イデアルについても同様($a\in J,r\in R$ に対し $ra=ar\in J$)に示され $R$ は右Duo環でもある。ゆえに $R$ はDuo環である。
イデアル全体を調べる代わりに、単一の元が生成する単項イデアルだけを調べればよいことを示す、次の特徴付けが基本的である。
環 $R$ が左Duo環であるための必要十分条件は、任意の $a\in R$ に対し
$$
aR\subset Ra
$$
が成り立つことである。同様に $R$ が右Duo環であるための必要十分条件は、任意の $a\in R$ に対し $Ra\subset aR$ が成り立つことである。
(左Duo環の場合を示す。右Duo環の場合は左右の積の順序を入れ替えれば同様に証明できる。)
必要性。 $R$ を左Duo環とし、$a\in R$ とする。$Ra$ は $R$ の左イデアルなので、仮定より $Ra$ は両側イデアルであり、特に $(Ra)R\subset Ra$ が成り立つ。$a=1\cdot a\in Ra$ であるから、$aR\subset(Ra)R\subset Ra$ を得る。
十分性。 任意の $a\in R$ に対し $aR\subset Ra$ が成り立つと仮定する。$I$ を $R$ の任意の左イデアルとし、$IR\subset I$ を示す。$x\in I$、$r\in R$ を任意に取る。$I$ は左イデアルで $x\in I$ だから $Rx\subset I$ である。一方、仮定を $a=x$ に適用すると $xR\subset Rx$ が成り立つ。したがって
$$
xr\in xR\subset Rx\subset I
$$
となる。$x\in I,r\in R$ は任意だったので $IR\subset I$、すなわち $I$ は両側イデアルである。$I$ は任意の左イデアルだったので $R$ は左Duo環である。
局所環(単位的環であって唯一の極大左イデアルを持ち、それが唯一の極大右イデアルとも一致するもの)は、その唯一の極大左(右)イデアルをJacobson根基と呼び $\mathfrak m$ で表す。局所環においては、$R$ 自身とは異なる任意の左イデアルおよび右イデアルは $\mathfrak m$ に含まれる。
$R$ を局所環とし、そのJacobson根基を $\mathfrak m$ とする。$\mathfrak m$ が $R$ の中心 $Z(R):=\{a\in R : ar=ra\ (\forall r\in R)\}$ に含まれるならば、$R$ はDuo環である。
$I$ を $R$ の任意の左イデアルとする。$I=R$ ならば $I$ は明らかに両側イデアルである。$I\neq R$ とすると、局所環の性質により $I\subset\mathfrak m$ である。
$a\in I$、$r\in R$ とする。$a\in\mathfrak m\subset Z(R)$ より $ar=ra$ である。$I$ は左イデアルで $a\in I$ だから $ra\in I$ である。したがって $ar=ra\in I$ となり、$a\in I,r\in R$ の任意性から $IR\subset I$、すなわち $I$ は両側イデアルである。$I$ は任意の左イデアルだったので $R$ は左Duo環である。
右イデアル $J\ (\neq R)$ についても $J\subset\mathfrak m\subset Z(R)$ であり、$a\in J,r\in R$ に対し $ra=ar\in J$($J$ が右イデアルで $a\in J$ であることから $ar\in J$)となるので $RJ\subset J$、すなわち $J$ は両側イデアルである。ゆえに $R$ は右Duo環でもあり、Duo環である。
上の例「非可換な局所Duo環($D$ 上の二重数環)」のうち $D$ が可換な可除環の場合はこの命題の適用例である($\mathfrak m=Dx$ は $D$ の可換性から中心的)。$D$ が非可換な場合は $\mathfrak m$ が中心的でなくなるためこの命題は適用できず、例の説明文中で直接計算により両側イデアル性を示した。可除環(Jacobson根基が $\{0\}$ で自明に中心的)も同じ命題の退化した場合として回収できる。
$R$ を左Duo環とし、$I\subset R$ を(両側)イデアルとする。このとき剰余環 $R/I$ も左Duo環である。同様に $R$ が右Duo環またはDuo環であれば $R/I$ も同じ性質を持つ。
$\pi\colon R\to R/I$ を自然な全射環準同型とする。$\bar J$ を $R/I$ の任意の左イデアルとし、$J:=\pi^{-1}(\bar J)$ とおく。$\pi$ は環準同型なので $J$ は $R$ の左イデアルであり、$I=\pi^{-1}(0)\subset J$ である。
$R$ は左Duo環なので $J$ は両側イデアル、すなわち $JR\subset J$ である。$\pi$ は全射だから任意の $\bar r\in R/I$ は $\bar r=\pi(r)$($r\in R$)、任意の $\bar x\in\bar J$ は $\bar x=\pi(x)$($x\in J$)と書ける。このとき
$$
\bar x\bar r=\pi(x)\pi(r)=\pi(xr)
$$
であり、$xr\in JR\subset J$ だから $\pi(xr)\in\pi(J)=\bar J$ である。ゆえに $\bar x\bar r\in\bar J$ となり $\bar J(R/I)\subset\bar J$、すなわち $\bar J$ は両側イデアルである。$\bar J$ は任意だったので $R/I$ は左Duo環である。右イデアルについても対称な議論で同様に示され、$R$ がDuo環(両側)なら $R/I$ もDuo環である。
$k$ を(可換とは限らない)単位的環、$n\ge2$ とする。全行列環 $M_n(k)$ は左Duo環でも右Duo環でもない。特にDuo環でない。
$e_{ij}\in M_n(k)$ を $(i,j)$ 成分が $1$、他の成分が $0$ である行列単位とする。行列単位の積は $e_{ij}e_{kl}=\delta_{jk}e_{il}$($\delta_{jk}$ はKroneckerのデルタ)を満たす。
左Duo環でないこと。 $I:=M_n(k)e_{11}$ とおく(これは $M_n(k)$ の左イデアルである)。任意の $A\in M_n(k)$ に対し、$Ae_{11}$ の $(i,j)$ 成分は $j=1$ のとき $A_{i,1}$、$j\neq1$ のとき $0$ である。したがって $I$ は「第 $1$ 列以外の成分がすべて $0$ である行列」全体に一致する。$e_{11}=1\cdot e_{11}\in I$ であり、$e_{11}e_{12}=e_{12}$($\delta_{11}=1$ より)である。ところが $e_{12}$ は第 $2$ 列の $(1,2)$ 成分が $1$ であり $I$ に属さない。よって $e_{11}\cdot e_{12}\in I\cdot M_n(k)\setminus I$ となり $I\cdot M_n(k)\not\subset I$、すなわち $I$ は両側イデアルではない。ゆえに $M_n(k)$ は左Duo環でない。
右Duo環でないこと。 $J:=e_{11}M_n(k)$ とおく(これは $M_n(k)$ の右イデアルである)。同様の成分計算により $J$ は「第 $1$ 行以外の成分がすべて $0$ である行列」全体に一致する。$e_{11}\in J$ であり、$e_{21}e_{11}=e_{21}$($\delta_{11}=1$ より)である。ところが $e_{21}$ は第 $2$ 行の $(2,1)$ 成分が $1$ であり $J$ に属さない。よって $e_{21}\cdot e_{11}\in M_n(k)\cdot J\setminus J$ となり $M_n(k)\cdot J\not\subset J$、すなわち $J$ は両側イデアルではない。ゆえに $M_n(k)$ は右Duo環でない。
以上より $M_n(k)$($n\ge2$)は左Duo環でも右Duo環でもなく、特にDuo環でない。
Duo環は、非可換環論において可換環に類似した挙動を示すクラスとして研究されてきた。半完全なDuo環がいつ完全環(perfect ring、Bassによる特徴づけの対象)になるかという問題や、準Frobenius環(quasi-Frobenius ring)がDuo環の構造とどう関係するかといった主題は、本記事で扱った基本的な性質(可換環・可除環・局所環での実現、単項イデアルによる特徴付け、剰余環への遺伝、行列環での不成立)よりも進んだ内容であり、完全な証明を与えるには追加の予備知識(完全環・準Frobenius環・半完全環)を要するため、本記事の範囲を超える。原論文Feller Fel58 以降の展開は、Lam Lam01 の演習問題およびその周辺文献を参照されたい。
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