完備多様体(代数幾何学)(complete variety)とは、体 $k$ 上の代数多様体 $X$ で、構造射 $X\to\operatorname{Spec}k$ が固有射であるものをいう。射影多様体とその閉部分多様体は完備であり、完備多様体から分離的なスキームへの射の像は閉集合である。アフィン多様体の間の固有射は有限射であり、とくに完備なアフィン多様体は 1 点からなる。$k$ が代数閉体なら、完備多様体の大域関数は定数に限り、アフィンスキームへの射は 1 点に値をとるが、完備多様体は射影的とは限らない。
複素数体上の多様体は、複素点の集合が古典位相でコンパクトなとき「閉じた」図形とみなせる。射影空間やその中の閉部分多様体はこの意味で閉じており、アフィン空間は閉じていない。任意の体の上で、Zariski 位相のもとでもこの「閉じている」性質を正しく捉えるのが完備多様体(complete variety)である。完備性は構造射が固有射であることとして定義され、射影多様体は完備である。
完備性の強さは、アフィン多様体との対比によく表れる。この記事の主定理は、アフィン多様体の間の固有射が有限射であることで、その帰結として、完備なアフィン多様体は 1 点しかない。代数閉体上では、完備多様体の大域関数は定数だけで、完備多様体からアフィン多様体への射は定数写像である。一方、完備だが射影的でない多様体も存在する。
以下、$k$ を体とし、多様体は 代数多様体 の定義どおり、$k$ 上の整(空でなく、空でない開集合上の環がすべて整域)、分離的、有限型のスキームとする。
$k$ 上の多様体 $X$ が完備(complete)であるとは、構造射 $X\to\operatorname{Spec}k$ が固有射であることをいう。完備な多様体を完備多様体、または完備代数多様体という。
多様体はもともと分離的・有限型なので、完備性は構造射が普遍閉であること、すなわち任意の $k$ スキーム $T$ について射影 $X\times_kT\to T$ が閉写像であることと同じである。Har77 II.4(p. 105)では $k$ を代数閉体とし、この意味の完備性を抽象多様体に対して定義している。なお Riemann 幾何学でいう完備な Riemann 多様体(測地線が無限に延びる多様体)とは別の概念である。
$k$ を体とする。
1 は 固有射 の定理「射影射の固有性」による。2 は閉埋め込みと固有射の合成が固有であること(固有射 の系「固有射の像と閉部分スキーム」)による。3 は、固有射の積が固有であること(固有射 の定理「合成・底変換・積で閉じること」の 3)を $X\to\operatorname{Spec}k$ と $X'\to\operatorname{Spec}k$ に当て、$\operatorname{Spec}k\times_k\operatorname{Spec}k=\operatorname{Spec}k$ を使えばよい。4:$X\to Y\to\operatorname{Spec}k$ の合成は固有で $Y\to\operatorname{Spec}k$ は分離的なので、同じ定理の 4 により $f$ は固有であり、固有射は閉写像だから $f(X)$ は閉である。5 は 付値の中心 の定理「中心による分離性と固有性の判定」の 2 である。$\square$
5 の条件を完備多様体の定義に採る流儀もある(Har77 II 演習 4.5 の注、p. 106)。
$k$ を体、$X=\operatorname{Spec}B$ と $Y=\operatorname{Spec}A$ を $k$ 上のアフィン多様体($A,B$ は有限生成 $k$ 代数である整域)、$f\colon X\to Y$ を $k$ 上の射とする。$f$ が固有ならば、$f$ は有限射である。すなわち $f$ に対応する $k$ 準同型 $\varphi\colon A\to B$ により、$B$ は有限生成 $A$ 加群である。
$C=\varphi(A)\subset B$ とおき、$L=\operatorname{Frac}B$ とする($\varphi$ が単射とは限らないので、$A$ の代わりに像 $C$ を使う)。
段 1:$C$ を含む $L$ の付値環は $B$ を含む。 $R$ を $C\subset R$ をみたす $L$ の付値環とし、$T=\operatorname{Spec}R$、$U=\operatorname{Spec}L$ とする。$u\colon U\to X$ を包含 $B\subset L$ で、$s\colon T\to Y$ を $A\xrightarrow{\varphi}C\subset R$ で定めると、どちらの合成 $A\to L$ も $\varphi$ と包含の合成なので $f\circ u=s\circ i$ であり、$(u,s)$ は $f$ に対する付値環の図式である。$X$ は Noether で $f$ は有限型かつ固有なので、付値判定法 の定理「固有性の付値判定法」により持ち上げ $t\colon T\to X$ がある。$X$ はアフィンなので、$t$ は環準同型 $\psi\colon B\to R$ で与えられ(スキーム の命題「アフィンスキームへの射と大域切断」)、$t\circ i=u$ は $B\xrightarrow{\psi}R\subset L$ が包含 $B\subset L$ に等しいことを意味する。$R\to L$ は単射だから $\psi$ は包含で、$B\subset R$ である。
段 2:$B$ は $C$ 上整である。 $b\in B$ が $C$ 上整でないとする。$b\ne0$ であり、$D=C[b^{-1}]\subset L$ とおく。$b^{-1}$ は $D$ の単元でない。実際、$1=b^{-1}(c_0+c_1b^{-1}+\cdots+c_nb^{-n})$($c_j\in C$)と書けたとすると、$b^{n+1}$ を掛けて $b^{n+1}-c_0b^n-c_1b^{n-1}-\cdots-c_n=0$ となり、$b$ が $C$ 上整になってしまう。そこで $b^{-1}$ を含む $D$ の極大イデアル $\mathfrak{p}$ をとり、局所環 $D_{\mathfrak{p}}\subset L$ を支配する $L$ の付値環 $R$ をとる(付値環 の定理「支配付値環の存在」)。$C\subset D\subset R$ であり、$b^{-1}\in\mathfrak{p}D_{\mathfrak{p}}\subset\mathfrak{m}_R$ である。段 1 により $b\in R$ なので $1=b\cdot b^{-1}\in\mathfrak{m}_R$ となり矛盾する。
段 3:有限性。 $B$ の元は $C$ 上のモニック多項式の根であり、係数を $A$ へ持ち上げれば $A$ 上整である。$B$ は $k$ 代数として有限生成で、$k\to B$ は $\varphi$ を経由するから、$A$ 代数としても有限生成である。有限射 の命題「有限加群と整な有限型代数」により、$B$ は有限生成 $A$ 加群であり、$f$ は有限射である。$\square$
段 2 は「$C$ 上の整閉包は $C$ を含む付値環すべての共通部分である」という事実(付値環 の定理「整閉包の付値環交叉表示」の $L$ の部分環への形)の、必要な半分を直接示したものである。
$X=\operatorname{Spec}B$ が $k$ 上の完備なアフィン多様体なら、$B$ は $k$ の有限次拡大体であり、$X$ は 1 点からなる。とくに $k$ が代数閉体なら $X\cong\operatorname{Spec}k$ である。したがって、次元が $1$ 以上の完備多様体はアフィンでない。
thm-complete-variety-affine-finite を $Y=\operatorname{Spec}k$ に当てると、$B$ は有限次元 $k$ 線形空間である。$0\ne b\in B$ に対し $b$ 倍写像 $B\to B$ は単射な線形写像なので全射であり、$b$ は可逆である。よって $B$ は $k$ の有限次拡大体で、$\operatorname{Spec}B$ は 1 点である。$k$ が代数閉体なら $B=k$ である。$\square$
$k$ を代数閉体、$X$ を完備多様体とする。
1 は 付値の中心 の系「固有な整スキームの大域関数」(固有射 の系「完備整スキームの大域切断」も同じ主張)である。2:スキーム の命題「アフィンスキームへの射と大域切断」により、$k$ 上の射 $X\to Y$ は $k$ 代数の準同型 $A\to\Gamma(X,\mathcal{O}_X)=k$ と 1 対 1 に対応し、$k$ 上の射 $\operatorname{Spec}k\to Y$ も同じ準同型と 1 対 1 に対応する。この対応は $X\to\operatorname{Spec}k$ との合成と両立するので、$f$ は $f$ に対応する $k$ 有理点 $\operatorname{Spec}k\to Y$ と構造射の合成に等しい。$\square$
$X$ を完備多様体、$Y$ を $k$ 上の多様体、$f\colon X\to Y$ を支配的な射(像が稠密な $k$ 上の射)とする。このとき $f$ は全射であり、$Y$ も完備である。
$f(X)$ は thm-complete-variety-basic の 4 により閉で、稠密なので $Y$ に等しい。$f$ は $X$ の生成点を $Y$ の生成点に送るので、関数体の埋め込み $K(Y)\subset K(X)$ が定まり、各 $x\in X$ について $f$ が誘導する局所準同型 $\mathcal{O}_{Y,f(x)}\to\mathcal{O}_{X,x}$ は、両辺を関数体の部分環とみるとこの埋め込みの制限である(生成点への局所化と両立するため)。
$Y$ が完備であることを thm-complete-variety-basic の 5 で示す。$R$ を $K(Y)/k$ の付値環とし、$R$ を支配する $K(X)$ の付値環 $\tilde R$ をとる(付値環 の定理「支配付値環の存在」)。$\tilde R\cap K(Y)=R$ である。実際、$b\in(\tilde R\cap K(Y))\setminus R$ があれば $b^{-1}\in\mathfrak{m}_R\subset\mathfrak{m}_{\tilde R}$ となり、$1=bb^{-1}\in\mathfrak{m}_{\tilde R}$ で矛盾する。$k\subset R\subset\tilde R$ なので $\tilde R$ は $K(X)/k$ の付値環で、$X$ が完備だから中心 $x$ をもつ。すると $\mathcal{O}_{Y,f(x)}\subset\mathcal{O}_{X,x}\cap K(Y)\subset\tilde R\cap K(Y)=R$ であり、$\mathfrak{m}_{f(x)}\subset\mathfrak{m}_x\cap K(Y)\subset\mathfrak{m}_{\tilde R}\cap R=\mathfrak{m}_R$ だから、$R$ は $\mathcal{O}_{Y,f(x)}$ を支配し、$f(x)$ は $R$ の中心である。$Y$ は分離的なので中心はただ 1 つで(付値の中心 の定理「中心による分離性と固有性の判定」の 1)、5 により $Y$ は完備である。$\square$
$\mathbb{P}^n_k$、平面の既約な射影曲線、Grassmann多様体はいずれも射影多様体なので完備である(thm-complete-variety-basic の 1)。完備多様体 $X$ から $\mathbb{A}^1_k\subset\mathbb{P}^1_k$ への射の像は、thm-complete-variety-basic の 4 により $\mathbb{P}^1_k$ の閉集合で $\infty$ を含まないから、$X$ が既約なら 1 点である。これは cor-complete-variety-constant の 2 の別の見方である。
thm-complete-variety-basic の 5 を使うと、$\mathbb{P}^n_k$ が完備であることを付値環だけで確かめられる。$X=\mathbb{P}^n_k$ の関数体は $K=k(s_1,\dots,s_n)$($s_i=x_i/x_0$)で、標準アフィン開集合は $U_j=\operatorname{Spec}k[x_0/x_j,\dots,x_n/x_j]$ である。$R$ を $K/k$ の付値環、$v$ をその付値とし、$a_0=1$、$a_i=s_i$ とおく。$a_i$ はどれも $0$ でないので、$v(a_j)$ が最小になる $j$ を選べば、各 $i$ について $v(a_i/a_j)\ge0$、すなわち $x_i/x_j=a_i/a_j\in R$ である。よって $k[x_0/x_j,\dots,x_n/x_j]\subset R$ で、付値の中心 の補題「アフィン開集合での中心」により $R$ は $U_j$ の中に中心をもつ。$X$ は分離的なので中心はただ 1 つであり(付値の中心 の定理「中心による分離性と固有性の判定」の 1)、5 により $X$ は完備である。$n=1$ では、$R$ が $s_1$ を含めば $U_0=\mathbb{A}^1_k$ に、含まなければ $s_1^{-1}\in R$ なので $U_1$ に中心がある。$\mathbb{A}^1_k$ だけでは、$s_1\notin R$ となる付値環(無限遠点の付値環)が中心をもたない。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| $f$ が固有(thm-complete-variety-affine-finite) | 開埋め込み $\operatorname{Spec}k[x,x^{-1}]\to\operatorname{Spec}k[x]$ | $f$ が有限:$k[x,x^{-1}]$ は有限生成 $k[x]$ 加群でない |
| $X$ がアフィン(thm-complete-variety-affine-finite) | 構造射 $\mathbb{P}^1_k\to\operatorname{Spec}k$ | $f$ が有限:固有だが有限射でない |
| $k$ が代数閉体(cor-complete-variety-constant) | $k=\mathbb{R}$、$X=\operatorname{Spec}\mathbb{C}$ | $\Gamma(X,\mathcal{O}_X)=k$:$\Gamma=\mathbb{C}\ne\mathbb{R}$ |
1 行目:$x^{-1}$ は $k[x]$ 上整でない(モニックな関係 $x^{-n}+a_1x^{-n+1}+\cdots+a_n=0$ に $x^n$ を掛けると $1\in xk[x]$ となる)ので、$k[x,x^{-1}]$ は有限生成 $k[x]$ 加群でない(有限射 の命題「有限加群と整な有限型代数」)。開埋め込みは閉写像でないので固有でもない。
2 行目:$\mathbb{P}^1_k$ は射影多様体なので構造射は固有である。有限射のファイバーは有限集合だが(有限射 の命題「ファイバーの点数は有限」)、$\mathbb{P}^1_k$ は無限個の点をもつので、構造射は有限射でない。
3 行目:$\mathbb{C}$ は $\mathbb{R}$ 上有限生成な体なので $X=\operatorname{Spec}\mathbb{C}$ は $\mathbb{R}$ 上の多様体であり、構造射 $\operatorname{Spec}\mathbb{C}\to\operatorname{Spec}\mathbb{R}$ は有限射なので固有で(固有射 の命題「有限射の固有性」)、$X$ は完備である。しかし $\Gamma(X,\mathcal{O}_X)=\mathbb{C}$ は $\mathbb{R}$ と異なる。cor-complete-variety-affine のとおり、$X$ は 1 点だが $\mathbb{R}$ 有理点ではない。
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