三角形の垂心(orthocenter of a triangle)とは、三角形の各頂点から対辺を含む直線に引いた 3 本の垂線が交わる 1 点である。3 本が 1 点で交わることは、垂線の方程式 $(\vec x-\vec a)\cdot(\vec b-\vec c)=0$ の 3 式の左辺の和が恒等的に $0$ になることから示せ、各頂点を通り対辺に平行な直線で作る大きな三角形の外心としても得られる。外心を原点にとると、垂心の位置ベクトルは $\vec a+\vec b+\vec c$ である。垂心は鋭角三角形では内部、直角三角形では直角の頂点、鈍角三角形では外部にある。3 本の垂線の共点は空間ベクトルの外積の Jacobi 恒等式と同じ仕組みであり、球面三角形でも、どの頂点も対辺の大円の極でなければ成り立つ。
前提知識: ベクトルの内積(高校数学), 位置ベクトルと内分点, 三角形の外心
三角形 $ABC$ の各頂点から、向かい合う辺(対辺)に垂線を引く。教科書では「3 本の垂線は 1 点で交わり、その点を 垂心 という」と習う。まず座標で、本当に 1 点で交わるかを確かめてみる。
この記事では、点 $A,B,C,\dots$ の位置ベクトルを $\vec a,\vec b,\vec c,\dots$ と書き、平面の点を座標 $(x,y)$ で表すときは位置ベクトルも同じ成分で書く。2 つのベクトルが垂直であることは、内積が $0$ であることで判定する(ベクトルの内積(高校数学))。
$A(0,0)$、$B(4,0)$、$C(1,3)$ とする。
$A(0,0)$、$B(4,0)$、$C(0,3)$ とする。$\angle A=90^\circ$ である。
$A(0,0)$、$B(4,0)$、$C(5,2)$ とする。$\overrightarrow{BA}\cdot\overrightarrow{BC}=(-4,0)\cdot(1,2)=-4<0$ なので $\angle B$ は鈍角である。
図1:鋭角・直角・鈍角の三角形で 3 本の垂線(破線)を引いたもの。垂心 $H$ は、鋭角三角形では内部、直角三角形では直角の頂点、鈍角三角形では外部にあることを見る図。
3 つの例のどれでも、3 本の垂線は 1 点で交わった。次の問いが出てくる。
| 高校の計算 | この記事での見方 | ボックス |
|---|---|---|
| 垂線の方程式 $(\vec x-\vec a)\cdot(\vec b-\vec c)=0$ | 3 式の左辺の和はいつも $0$ | lem-orh-identity |
| 平行線を引いて大きな三角形を作る | 垂線は大きな三角形の垂直二等分線 | prf-thm-orh-concurrent-big |
| 外心を原点にとる | $\vec h=\vec a+\vec b+\vec c$ | thm-orh-sum |
| 3 本の垂線が 1 点で交わる | 外積の Jacobi 恒等式 | thm-orh-jacobi、thm-orh-sphere |
一直線上にない 3 点 $A,B,C$ を頂点とする三角形 $ABC$ を考える。頂点 $A$ を通り、直線 $BC$ に垂直な直線を、$A$ から対辺 $BC$ への 垂線 という。$B$、$C$ からの垂線も同じように定める。垂線と直線 $BC$ の交点を 垂線の足 という。
位置ベクトルで書くと、$A$ からの垂線は、点 $X$ のうち
$$
(\vec x-\vec a)\cdot(\vec b-\vec c)=0
$$
を満たすものの全体である。
最後の式の理由を述べる。$X\ne A$ のとき、$X$ が垂線上にあることは $\overrightarrow{AX}=\vec x-\vec a$ が $\overrightarrow{CB}=\vec b-\vec c$ に垂直であること、つまり内積が $0$ であることと同じである。$X=A$ のときは $\vec x-\vec a=\vec0$ で内積は $0$ になり、$A$ は垂線上の点である。
この記事の垂線は 直線全体 である。頂点から足までの線分だけを考えると、鈍角三角形では 3 本が交わらない(ex-orh-segments)。
ex-orh-acute の三角形 $A(0,0)$、$B(4,0)$、$C(1,3)$ で、$X(x,y)$ とする。
ex-orh-altitude-eq で、3 本の垂線の方程式の左辺を足すと恒等的に $0$ になった。これはたまたまではない。
平面のどんなベクトル $\vec a,\vec b,\vec c,\vec x$ についても
$$
(\vec x-\vec a)\cdot(\vec b-\vec c)+(\vec x-\vec b)\cdot(\vec c-\vec a)+(\vec x-\vec c)\cdot(\vec a-\vec b)=0
$$
が成り立つ。
方針:内積の分配法則で展開し、$\vec x$ を含む項と含まない項に分ける。
段 1($\vec x$ を含む項)。分配法則により、$\vec x$ を含む項は
$$
\vec x\cdot(\vec b-\vec c)+\vec x\cdot(\vec c-\vec a)+\vec x\cdot(\vec a-\vec b)=\vec x\cdot\bigl((\vec b-\vec c)+(\vec c-\vec a)+(\vec a-\vec b)\bigr)=\vec x\cdot\vec0=0
$$
である。
段 2($\vec x$ を含まない項)。残りは
$$
-\vec a\cdot(\vec b-\vec c)-\vec b\cdot(\vec c-\vec a)-\vec c\cdot(\vec a-\vec b)
=-\vec a\cdot\vec b+\vec a\cdot\vec c-\vec b\cdot\vec c+\vec b\cdot\vec a-\vec c\cdot\vec a+\vec c\cdot\vec b
$$
である。内積は交換できる($\vec a\cdot\vec b=\vec b\cdot\vec a$ など)ので、$-\vec a\cdot\vec b$ と $\vec b\cdot\vec a$、$\vec a\cdot\vec c$ と $-\vec c\cdot\vec a$、$-\vec b\cdot\vec c$ と $\vec c\cdot\vec b$ がそれぞれ打ち消し合い、$0$ になる。
段 1 と段 2 を合わせて、左辺は $0$ である。$\square$
$\vec a=(0,0)$、$\vec b=(4,0)$、$\vec c=(1,3)$(ex-orh-acute の三角形)、$\vec x=(2,5)$ とする。
もう 1 つの証明のために、垂直二等分線の性質を用意する。
異なる 2 点 $P,Q$ について、点 $X$ が線分 $PQ$ の垂直二等分線上にあることと、$XP=XQ$ であることは同値である。
方針:$XP^2-XQ^2$ を、中点 $M$ と $\overrightarrow{PQ}$ の内積で表す。
段 1(垂直二等分線の式)。$PQ$ の中点を $M$ とすると $\vec m=\frac{\vec p+\vec q}2$ である。垂直二等分線は $M$ を通り $PQ$ に垂直な直線なので、def-orh-altitude の後で述べたのと同じ理由で、その式は $(\vec x-\vec m)\cdot(\vec q-\vec p)=0$ である。
段 2(距離の 2 乗の差)。$|\vec u|^2-|\vec v|^2=(\vec u-\vec v)\cdot(\vec u+\vec v)$ を $\vec u=\vec x-\vec p$、$\vec v=\vec x-\vec q$ で使うと、$\vec u-\vec v=\vec q-\vec p$、$\vec u+\vec v=2\vec x-\vec p-\vec q=2(\vec x-\vec m)$ なので
$$
XP^2-XQ^2=2(\vec x-\vec m)\cdot(\vec q-\vec p)
$$
となる。
段 3(結論)。距離は $0$ 以上なので、$XP=XQ$ と $XP^2=XQ^2$ は同値である。段 2 から、これは $(\vec x-\vec m)\cdot(\vec q-\vec p)=0$、つまり段 1 の式と同値である。$\square$
三角形 $PQR$ の 3 辺の垂直二等分線は 1 点 $O$ で交わる。$O$ は $OP=OQ=OR$ を満たす。
方針:2 本の垂直二等分線の交点が 3 点から等距離であることを示し、lem-orh-bisector で 3 本目に乗せる。
段 1(2 本は交わる)。辺 $PQ$ と辺 $QR$ の垂直二等分線は、それぞれ $\overrightarrow{PQ}$、$\overrightarrow{QR}$ に垂直である。もし 2 本が平行なら、$\overrightarrow{PQ}$ と $\overrightarrow{QR}$ も平行になり、$P,Q,R$ は一直線上にある。これは三角形であることに反する。よって 2 本は 1 点で交わる。その点を $O$ とする。
段 2(3 点から等距離)。$O$ は $PQ$ の垂直二等分線上にあるので、lem-orh-bisector から $OP=OQ$ である。同じく $QR$ の垂直二等分線上にあるので $OQ=OR$ である。よって $OP=OR$ である。
段 3(3 本目)。$OP=OR$ なので、lem-orh-bisector から $O$ は $RP$ の垂直二等分線上にある。$\square$
この点 $O$ が三角形 $PQR$ の 外心(外接円の中心)である。外心については 三角形の外心 で詳しく扱う。
三角形 $ABC$ の 3 本の垂線は 1 点で交わる。この点を三角形 $ABC$ の 垂心 といい、ふつう $H$ と書く。
方針:2 本の垂線の交点 $H$ をとり、lem-orh-identity で 3 本目の方程式も満たすことを示す。
段 1(2 本の垂線は交わる)。$A$ からの垂線は $\vec b-\vec c$ に垂直な直線、$B$ からの垂線は $\vec c-\vec a$ に垂直な直線である。2 本が平行なら、$\vec b-\vec c$ と $\vec c-\vec a$ も平行で、$A,B,C$ は一直線上にある。これは三角形であることに反するので、2 本は 1 点で交わる。その点を $H$ とする。
段 2(2 つの式が $0$)。$H$ は $A$ からの垂線上にあるので $(\vec h-\vec a)\cdot(\vec b-\vec c)=0$、$B$ からの垂線上にあるので $(\vec h-\vec b)\cdot(\vec c-\vec a)=0$ である。
段 3(3 つ目の式)。lem-orh-identity を $\vec x=\vec h$ として使うと、3 つの項の和は $0$ である。段 2 から最初の 2 項は $0$ なので、$(\vec h-\vec c)\cdot(\vec a-\vec b)=0$ である。これは $H$ が $C$ からの垂線上にあることを表す(def-orh-altitude)。$\square$
方針:各頂点を通り対辺に平行な直線で大きな三角形 $A'B'C'$ を作り、$ABC$ の垂線が $A'B'C'$ の辺の垂直二等分線になることを示す。あとは prop-orh-circumcenter を使う。
段 1(大きな三角形の頂点)。
$$
\vec{a'}=\vec b+\vec c-\vec a,\qquad \vec{b'}=\vec c+\vec a-\vec b,\qquad \vec{c'}=\vec a+\vec b-\vec c
$$
とおく。$\vec{b'}-\vec a=\vec c-\vec b$ なので、$B'$ は $A$ を通り $BC$ に平行な直線の上にある。$\vec{b'}-\vec c=\vec a-\vec b$ なので、$B'$ は $C$ を通り $AB$ に平行な直線の上にもある。$A'$、$C'$ についても同じように確かめられる。
段 2($A$ は $B'C'$ の中点)。$\frac{\vec{b'}+\vec{c'}}2=\frac{(\vec c+\vec a-\vec b)+(\vec a+\vec b-\vec c)}2=\vec a$ である。また $\vec{c'}-\vec{b'}=2(\vec b-\vec c)$ なので、辺 $B'C'$ は $BC$ に平行である。
段 3(垂線は垂直二等分線)。$A$ からの垂線は、$A$ を通り $BC$ に垂直な直線である。段 2 から、これは辺 $B'C'$ の中点 $A$ を通り $B'C'$ に垂直な直線、つまり $B'C'$ の垂直二等分線である。同じく、$B$ からの垂線は $C'A'$ の、$C$ からの垂線は $A'B'$ の垂直二等分線である。
段 4(結論)。$\vec{b'}-\vec{a'}=2(\vec a-\vec b)$、$\vec{c'}-\vec{a'}=2(\vec a-\vec c)$ は平行でないので、$A',B',C'$ は一直線上にない。prop-orh-circumcenter により、三角形 $A'B'C'$ の 3 辺の垂直二等分線は 1 点で交わる。段 3 から、これは $ABC$ の 3 本の垂線が 1 点で交わることである。$\square$
図2:本文の例の三角形 $ABC$ と、各頂点を通り対辺に平行な直線で作った大きな三角形 $A'B'C'$。$ABC$ の垂線(破線)が $A'B'C'$ の辺の垂直二等分線になり、垂心 $H$ が $A'B'C'$ の外心になることを見る図。
ex-orh-acute の $A(0,0)$、$B(4,0)$、$C(1,3)$ で、prf-thm-orh-concurrent-big の段 1 の式から
$$
A'(5,3),\qquad B'(-3,3),\qquad C'(3,-3)
$$
である。$B'C'$ の中点は $\bigl(\frac{-3+3}2,\frac{3-3}2\bigr)=(0,0)=A$ である。垂心 $H(1,1)$ から 3 頂点までの距離の 2 乗は
$$
HA'^2=4^2+2^2=20,\qquad HB'^2=4^2+2^2=20,\qquad HC'^2=2^2+4^2=20
$$
で等しく、$H$ は $A'B'C'$ の外心である(図2 の円)。
2 つの証明は見かけが違うが、どちらも「3 本の直線の条件のうち 2 つから 3 つ目が出る」という形をしている。1 つ目の証明ではそれが恒等式 lem-orh-identity であり、2 つ目の証明では「$OP=OQ$ と $OQ=OR$ から $OP=OR$」という等号の推移である。後の節で、lem-orh-identity が外積の Jacobi 恒等式の一つの形であることを見る(rem-orh-plane-lift)。
垂心の位置ベクトルは、原点を外心にとると驚くほど簡単な形になる。
三角形 $ABC$ の外心 $O$ を原点にとり、頂点の位置ベクトルを $\vec a,\vec b,\vec c$ とする。このとき
$$
\vec h=\vec a+\vec b+\vec c
$$
で定まる点 $H$ が、三角形 $ABC$ の垂心である。
方針:$\vec h=\vec a+\vec b+\vec c$ とおき、$H$ が $A$ からの垂線と $B$ からの垂線の上にあることを示す。そうすれば $H$ は 2 本の垂線の交点で、thm-orh-concurrent の垂心である。
段 1(外心が原点であること)。$O$ は外心なので、prop-orh-circumcenter により $OA=OB=OC$ である。その共通の値を $R$ とすると $|\vec a|=|\vec b|=|\vec c|=R$ である。
段 2($A$ からの垂線)。$\vec h-\vec a=\vec b+\vec c$ なので
$$
(\vec h-\vec a)\cdot(\vec b-\vec c)=(\vec b+\vec c)\cdot(\vec b-\vec c)=|\vec b|^2-|\vec c|^2=R^2-R^2=0
$$
である。2 つ目の等号は、展開して $\vec b\cdot\vec c$ と $-\vec c\cdot\vec b$ が打ち消し合うことを使った。よって $H$ は $A$ からの垂線上にある(def-orh-altitude)。
段 3($B$ からの垂線)。同じく $\vec h-\vec b=\vec c+\vec a$ なので、$(\vec h-\vec b)\cdot(\vec c-\vec a)=|\vec c|^2-|\vec a|^2=0$ である。
段 4(結論)。$H$ は 2 本の垂線の交点である。thm-orh-concurrent の証明の段 1 で見たとおり 2 本の交点はただ 1 つで、それが垂心である。$\square$
原点を中心とする半径 $5$ の円の上に $A(3,4)$、$B(-5,0)$、$C(4,-3)$ をとる($3^2+4^2=5^2+0^2=4^2+(-3)^2=25$)。外心は原点なので、thm-orh-sum により
$$
\vec h=(3-5+4,\ 4+0-3)=(2,1)
$$
である。確かめる。
ex-orh-acute の $A(0,0)$、$B(4,0)$、$C(1,3)$ で考える。外心を $O(p,q)$ とすると、$OA^2=OB^2$ から $p^2+q^2=(p-4)^2+q^2$、つまり $p=2$ である。$OA^2=OC^2$ から $4+q^2=1+(q-3)^2$、つまり $4+q^2=q^2-6q+10$ で、$q=1$ である。外心は $O(2,1)$ である。
$O$ を原点とする位置ベクトルは $\overrightarrow{OA}=(-2,-1)$、$\overrightarrow{OB}=(2,-1)$、$\overrightarrow{OC}=(-1,2)$ で、thm-orh-sum により $\overrightarrow{OH}=(-2+2-1,\ -1-1+2)=(-1,0)$ である。もとの座標に戻すと $H=(2-1,\ 1+0)=(1,1)$ で、ex-orh-acute の答えと一致する。
原点を外心にとらないと、$\vec a+\vec b+\vec c=(5,3)$ となり、垂心ではない。thm-orh-sum は「外心を原点にとる」という仮定のもとでだけ成り立つ。
重心 $G$ の位置ベクトルは $\vec g=\frac{\vec a+\vec b+\vec c}3$ である(位置ベクトルと内分点)。外心を原点にとると thm-orh-sum から $\vec h=3\vec g$ なので、外心 $O$・重心 $G$・垂心 $H$ は一直線上にあり、$OG:GH=1:2$ である($O\ne H$ のとき)。この直線を Euler 線 という。詳しくは Euler線 で扱う。
垂心 $H$ は 3 頂点と対等な立場にある。
三角形 $ABC$ の垂心 $H$ が $A,B,C$ のどれとも異なるとする。このとき $H,B,C$ は三角形をなし、その垂心は $A$ である。同じく、三角形 $HCA$ の垂心は $B$、三角形 $HAB$ の垂心は $C$ である。
方針:$ABC$ の垂心の条件 3 つは、どれも「2 点を結ぶ直線が別の 2 点を結ぶ直線に垂直」という形をしている。これを三角形 $HBC$ の垂線の条件として読みかえる。
段 1(使う 3 つの式)。$H$ は $ABC$ の垂心なので
$$
(\vec h-\vec a)\cdot(\vec b-\vec c)=0,\qquad(\vec h-\vec b)\cdot(\vec c-\vec a)=0,\qquad(\vec h-\vec c)\cdot(\vec a-\vec b)=0
$$
である。
段 2($H,B,C$ は一直線上にない)。一直線上にあるとすると、$H\ne B$ なので $\vec h-\vec b$ は $\vec c-\vec b$ の実数倍で、$\vec h-\vec b=t(\vec c-\vec b)$ と書ける。$H\ne B$ から $t\ne0$ である。段 1 の 2 つ目の式から $t(\vec c-\vec b)\cdot(\vec c-\vec a)=0$、つまり $(\vec c-\vec b)\cdot(\vec c-\vec a)=0$ で、$\angle C=90^\circ$ である。このとき $CA\perp CB$ なので、$A$ から $BC$ への垂線は直線 $CA$、$B$ から $CA$ への垂線は直線 $CB$ であり、2 本の交点は $C$ である。ex-orh-right と同じく垂心は $C$ になり、$H\ne C$ に反する。
段 3($A$ は三角形 $HBC$ の 3 本の垂線の上にある)。三角形 $HBC$ で、
ex-orh-acute の $A(0,0)$、$B(4,0)$、$C(1,3)$、$H(1,1)$ で、三角形 $HBC$ の垂心が $A$ であることを確かめる。
4 点 $A,B,C,H$ のどれも、残りの 3 点の三角形の垂心になっている。このような 4 点の組を 垂心系 という(CG67 Chapter 1)。垂心系では、4 点のうちの 2 点を結ぶ直線と、残りの 2 点を結ぶ直線が必ず垂直である(段 1 の 3 つの式がそれを言っている)。
thm-orh-concurrent の仮定や、垂線の意味を変えると、結論が崩れる。
| 外した仮定・変えたこと | 崩れる主張 | ボックス |
|---|---|---|
| 垂線を直線全体でなく、頂点から足までの線分とする | 3 本が 1 点で交わる | ex-orh-segments |
| 3 点が一直線上にない(三角形である) | 垂線どうしが交わる | ex-orh-collinear |
| 平面の三角形(空間の四面体に上げる) | 頂点からの垂線がすべて 1 点で交わる | ex-orh-tetrahedron |
| 外心を原点にとる | $\vec h=\vec a+\vec b+\vec c$ | ex-orh-sum-shift |
| 球面で、頂点が対辺の大円の極でない | 垂線がただ 1 つに決まる | ex-orh-pole |
ex-orh-obtuse の $A(0,0)$、$B(4,0)$、$C(5,2)$ で、垂心は $H\bigl(5,-\frac52\bigr)$ であった。$C$ から直線 $AB$ への垂線の足は $(5,0)$ で、線分 $AB$($0\le x\le4$)の外にある。
頂点 $C$ から足 $(5,0)$ までの線分の点は $y$ 座標が $0$ 以上 $2$ 以下である。$H$ の $y$ 座標は $-\frac52$ なので、$H$ はこの線分の上にない。3 本の線分は 1 点で交わらない。
満たす性質:3 点は三角形をなす。変えたこと:垂線を直線から線分に縮めた。崩れる主張:3 本が 1 点で交わること。鈍角三角形では、垂線を直線に延ばして初めて交点が現れる。
$A(0,0)$、$B(1,0)$、$C(3,0)$ はすべて $x$ 軸上にある。def-orh-altitude の式で「垂線」を作ると、$A$ からは $(\vec x-\vec a)\cdot(\vec b-\vec c)=-2x=0$ で $x=0$、$B$ からは $x=1$、$C$ からは $x=3$ である。3 本は互いに平行で、どの 2 本も交わらない。
満たさない仮定:3 点が一直線上にないこと。崩れる主張:thm-orh-concurrent の証明の段 1「2 本の垂線は交わる」。ただし lem-orh-identity はこの場合も成り立っている($-2x+3(x-1)-(x-3)=0$)。恒等式だけでは交点の存在は出ず、「2 本が交わる」ことを別に示す必要があった。
空間の 4 点 $O(0,0,0)$、$A(1,0,0)$、$B(0,1,0)$、$C(1,1,1)$ を頂点とする四面体を考える。各頂点から、向かい合う面を含む平面に垂直な直線を引く。
lem-orh-identity は「3 つの式の和が $0$ だから、2 つが $0$ なら 3 つ目も $0$」という形で垂線の共点を導いた。Arnold は、これが空間ベクトルの外積の Jacobi 恒等式 と同じ仕組みであることを指摘した(Arn05)。この節では、まず Jacobi 恒等式を証明し、それを使って球面の上の三角形でも垂線が 1 点で交わることを示す。最後に、平面の場合の lem-orh-identity がその一つの形であることを見る。
空間のベクトル $\vec a=(a_1,a_2,a_3)$、$\vec b=(b_1,b_2,b_3)$ の 外積 を
$$
\vec a\times\vec b:=(a_2b_3-a_3b_2,\ a_3b_1-a_1b_3,\ a_1b_2-a_2b_1)
$$
で定める。
外積 $\vec a\times\vec b$ は $\vec a$ とも $\vec b$ とも垂直で、$\vec a\times\vec b=\vec0$ となるのは $\vec a,\vec b$ の一方が他方の実数倍(平行)のときに限る。また $\vec a,\vec b$ が平行でないとき、$\vec a$ とも $\vec b$ とも垂直なベクトルは $\vec a\times\vec b$ の実数倍に限る。これらの性質と証明は 空間の平面と法線ベクトル の「外積の性質」にある。以下ではこの 3 つを使う。
空間のベクトル $\vec a,\vec b,\vec c$ について
$$
\vec a\times(\vec b\times\vec c)=(\vec a\cdot\vec c)\,\vec b-(\vec a\cdot\vec b)\,\vec c
$$
が成り立つ。
同じ内容の式は 空間の平面と法線ベクトル の「外積の性質」の 5 に $(\vec a\times\vec b)\times\vec c=(\vec a\cdot\vec c)\vec b-(\vec b\cdot\vec c)\vec a$ の形である($\vec a\times(\vec b\times\vec c)=-(\vec b\times\vec c)\times\vec a$ としてこれを使えば上の式になる)。ここでは成分で確かめておく。
方針:両辺の第 1 成分が等しいことを成分の計算で示す。第 2・第 3 成分は、番号を $1\to2\to3\to1$ と回せば同じ計算になる。
段 1($\vec b\times\vec c$)。$\vec m:=\vec b\times\vec c$ とおくと、定義から
$$
m_1=b_2c_3-b_3c_2,\qquad m_2=b_3c_1-b_1c_3,\qquad m_3=b_1c_2-b_2c_1
$$
である。
段 2(左辺の第 1 成分)。定義から $\vec a\times\vec m$ の第 1 成分は $a_2m_3-a_3m_2$ なので
$$
a_2(b_1c_2-b_2c_1)-a_3(b_3c_1-b_1c_3)=b_1(a_2c_2+a_3c_3)-c_1(a_2b_2+a_3b_3)
$$
である。右辺は、左辺を展開して $b_1$ を含む項と $c_1$ を含む項に分けたものである。
段 3($a_1b_1c_1$ を足して引く)。段 2 の式に $b_1\cdot a_1c_1-c_1\cdot a_1b_1\ (=0)$ を加えると
$$
b_1(a_1c_1+a_2c_2+a_3c_3)-c_1(a_1b_1+a_2b_2+a_3b_3)=(\vec a\cdot\vec c)\,b_1-(\vec a\cdot\vec b)\,c_1
$$
となる。これは右辺の第 1 成分である。
段 4(残りの成分)。def-orh-cross の式で番号を $1\to2$、$2\to3$、$3\to1$ と書きかえると、第 1 成分の式 $a_2b_3-a_3b_2$ は第 2 成分の式 $a_3b_1-a_1b_3$ に、第 2 成分の式は第 3 成分の式に、第 3 成分の式は第 1 成分の式に移る。内積 $a_1c_1+a_2c_2+a_3c_3$ などは書きかえても変わらない。よって段 1〜3 の計算で番号を書きかえたものが、第 2 成分(さらにもう一度書きかえれば第 3 成分)の等式の証明になる。$\square$
空間のベクトル $\vec a,\vec b,\vec c$ について
$$
\vec a\times(\vec b\times\vec c)+\vec b\times(\vec c\times\vec a)+\vec c\times(\vec a\times\vec b)=\vec0
$$
が成り立つ。
方針:lem-orh-bac で 3 つの項を内積の式に直し、打ち消し合いを見る。
段 1。lem-orh-bac をそのまま、また文字を $(\vec a,\vec b,\vec c)\to(\vec b,\vec c,\vec a)\to(\vec c,\vec a,\vec b)$ と回して使うと
$$
\begin{aligned}
\vec a\times(\vec b\times\vec c)&=(\vec a\cdot\vec c)\,\vec b-(\vec a\cdot\vec b)\,\vec c,\\
\vec b\times(\vec c\times\vec a)&=(\vec b\cdot\vec a)\,\vec c-(\vec b\cdot\vec c)\,\vec a,\\
\vec c\times(\vec a\times\vec b)&=(\vec c\cdot\vec b)\,\vec a-(\vec c\cdot\vec a)\,\vec b
\end{aligned}
$$
である。
段 2。3 式を足す。内積は交換できるので、$\vec b$ の係数は $(\vec a\cdot\vec c)-(\vec c\cdot\vec a)=0$、$\vec c$ の係数は $-(\vec a\cdot\vec b)+(\vec b\cdot\vec a)=0$、$\vec a$ の係数は $-(\vec b\cdot\vec c)+(\vec c\cdot\vec b)=0$ である。よって和は $\vec0$ である。$\square$
$\vec a=(1,0,0)$、$\vec b=(1,1,0)$、$\vec c=(0,1,2)$ とする。
地球儀の上の三角形を考える。球面の上では、2 点を結ぶ「まっすぐな線」は 大円(球の中心を通る平面で球面を切った円)の弧である。
原点を中心とする半径 $1$ の球面を $S$ とし、$S$ の点を位置ベクトル(長さ $1$)で表す。
2 つの大円が交わる点では、平面どうしのなす角が、球面の上で見た 2 つの円の交わる角になる。3 は、平面の三角形の「3 点が一直線上にない」に当たる条件である。
球面三角形 $ABC$ で、$\vec a$ が $\vec b\times\vec c$ と平行でないとする。このとき $A$ からの垂線はただ 1 つあり、それは法線 $\vec a\times(\vec b\times\vec c)$ の大円である。
方針:垂線の法線 $\vec n$ が満たすべき 2 つの条件を書き、それを満たすベクトルが $\vec a\times(\vec b\times\vec c)$ の実数倍に限ることを示す。
段 1(条件)。$\vec m:=\vec b\times\vec c$ とおく。法線 $\vec n$ の大円が $A$ からの垂線であるための条件は、$A$ を通ること($\vec n\cdot\vec a=0$)と、$B,C$ を通る大円に垂直であること($\vec n\cdot\vec m=0$)である。
段 2(存在)。$\vec n_A:=\vec a\times\vec m$ とおく。仮定から $\vec a$ と $\vec m$ は平行でないので $\vec n_A\ne\vec0$ であり、外積の性質から $\vec n_A$ は $\vec a$ とも $\vec m$ とも垂直である。よって法線 $\vec n_A$ の大円は段 1 の 2 条件を満たす。
段 3(ただ 1 つ)。段 1 の 2 条件を満たす $\vec n\ne\vec0$ は、平行でない $\vec a$ と $\vec m$ の両方に垂直なので、外積の性質から $\vec n_A$ の実数倍である。したがって大円は法線 $\vec n_A$ のものと同じである。$\square$
球面三角形 $ABC$ で、$\vec a$ は $\vec b\times\vec c$ と、$\vec b$ は $\vec c\times\vec a$ と、$\vec c$ は $\vec a\times\vec b$ と平行でないとする。このとき 3 本の垂線は共通の点をもつ。正確には、3 本の垂線はちょうど向かい合う 2 点 $\pm\vec u$ で交わる。
方針:lem-orh-sphere-normal で 3 本の垂線の法線を書くと、thm-orh-jacobi によりその和は $\vec0$ である。あとは平面の場合の lem-orh-identity と同じく「2 つが $0$ なら 3 つ目も $0$」を使う。
段 1(法線)。lem-orh-sphere-normal により、3 本の垂線は法線
$$
\vec n_A=\vec a\times(\vec b\times\vec c),\qquad \vec n_B=\vec b\times(\vec c\times\vec a),\qquad \vec n_C=\vec c\times(\vec a\times\vec b)
$$
の大円で、どれも $\vec0$ でない。thm-orh-jacobi により $\vec n_A+\vec n_B+\vec n_C=\vec0$ である。
段 2($\vec n_A,\vec n_B$ は平行でない)。平行だとして矛盾を導く。$\vec n_A=(\vec a\cdot\vec c)\vec b-(\vec a\cdot\vec b)\vec c$(lem-orh-bac)は $\vec b,\vec c$ の実数倍の和で書け、同じく $\vec n_B=(\vec b\cdot\vec a)\vec c-(\vec b\cdot\vec c)\vec a$ は $\vec c,\vec a$ の実数倍の和で書ける。$\vec n_B=k\vec n_A$($k$ は実数)とすると
$$
(\vec b\cdot\vec a)\vec c-(\vec b\cdot\vec c)\vec a=k(\vec a\cdot\vec c)\vec b-k(\vec a\cdot\vec b)\vec c
$$
である。ここで $\vec a,\vec b,\vec c$ は 1 次独立($\alpha\vec a+\beta\vec b+\gamma\vec c=\vec0$ なら $\alpha=\beta=\gamma=0$)である。実際、$\vec b\times\vec c$ との内積をとると、$\vec b\times\vec c$ は $\vec b,\vec c$ と垂直なので $\alpha\,\vec a\cdot(\vec b\times\vec c)=0$ で、$\vec a\cdot(\vec b\times\vec c)\ne0$ から $\alpha=0$ である。すると $\beta\vec b+\gamma\vec c=\vec0$ で、$\vec b\times\vec c\ne\vec0$ より $\vec b,\vec c$ は平行でないので $\beta=\gamma=0$ である。したがって、上の式の両辺で $\vec a,\vec b,\vec c$ の係数はそれぞれ等しい。$\vec a$ の係数から $\vec b\cdot\vec c=0$、$\vec b$ の係数から $k(\vec a\cdot\vec c)=0$ である。$k=0$ なら $\vec n_B=\vec0$ となり段 1 に反するので $\vec a\cdot\vec c=0$ である。すると $\vec n_C=(\vec c\cdot\vec b)\vec a-(\vec c\cdot\vec a)\vec b=\vec0$ となり、やはり段 1 に反する。よって $\vec n_A,\vec n_B$ は平行でない。
段 3(共通の点)。$\vec d:=\vec n_A\times\vec n_B$ は $\vec0$ でなく、$\vec n_A$ とも $\vec n_B$ とも垂直である。さらに
$$
\vec n_C\cdot\vec d=-(\vec n_A+\vec n_B)\cdot\vec d=-\vec n_A\cdot\vec d-\vec n_B\cdot\vec d=0
$$
である。$\vec u:=\frac{\vec d}{|\vec d|}$ とおくと、$\vec u$ は $S$ の点で、3 つの法線のどれとも内積が $0$ なので、3 本の垂線すべての上にある。$-\vec u$ も同じである。
段 4(ちょうど 2 点)。$A$ からの垂線と $B$ からの垂線の両方の上にある $S$ の点 $\vec x$ は、平行でない $\vec n_A$ と $\vec n_B$ の両方に垂直なので、外積の性質から $\vec d$ の実数倍である。長さが $1$ なので $\vec x=\pm\vec u$ に限る。$\square$
図3:単位球面の上の球面三角形 $ABC$(太線)と、3 本の垂線(破線の大円)。3 本が 1 点 $H$ で交わることを見る図。$\vec a=(0,0,1)$、$\vec b=(1,2,1)$、$\vec c=(1,-1,1)$ の向きの点をとった。
$\vec a=(0,0,1)$、$\vec b=(1,2,1)$、$\vec c=(1,-1,1)$ とする。$\vec b,\vec c$ は長さが $1$ でないが、同じ向きの長さ $1$ のベクトルに直しても、外積と法線は正の実数倍になるだけなので、大円は変わらない。そこでこのまま計算する。
$\vec a=(0,0,1)$(北極)、$\vec b=(1,0,0)$、$\vec c=(0,1,0)$(赤道上の 2 点)とする。$\vec b\times\vec c=(0,0,1)=\vec a$ で、$\vec a$ は $\vec b\times\vec c$ と平行である。このとき $\vec n_A=\vec a\times\vec a=\vec0$ となり、lem-orh-sphere-normal の式は大円を与えない。
実際、北極を通る大円(経線)はどれも、法線が $(0,0,1)$ と垂直なので赤道に垂直である。$A$ からの垂線は無数にあり、ただ 1 つに決まらない。この三角形は 3 つの角がすべて直角で、$\vec b\times(\vec c\times\vec a)=\vec b\times\vec b=\vec0$ などとなり、どの頂点も同じ状況にある。
満たさない仮定:thm-orh-sphere の「$\vec a$ は $\vec b\times\vec c$ と平行でない」。崩れる主張:垂線がただ 1 つに決まること(lem-orh-sphere-normal)。平面の三角形では起こらない現象である。
平面の点 $X(x,y)$ を空間のベクトル $\tilde x:=(x,y,1)$ で表し、$G(p,q,r):=(p,q,0)$(第 3 成分を $0$ にする操作)とおく。三角形 $ABC$ について
$$
\vec N_A:=\tilde a\times G(\tilde b\times\tilde c)
$$
を計算する。$\tilde b\times\tilde c=(b_2-c_2,\ c_1-b_1,\ b_1c_2-b_2c_1)$ なので $G(\tilde b\times\tilde c)=(b_2-c_2,\ c_1-b_1,\ 0)$ であり、
$$
\vec N_A=\bigl(a_2\cdot0-1\cdot(c_1-b_1),\ 1\cdot(b_2-c_2)-a_1\cdot0,\ a_1(c_1-b_1)-a_2(b_2-c_2)\bigr)
$$
となる。これと $\tilde x=(x,y,1)$ の内積は
$$
\vec N_A\cdot\tilde x=(b_1-c_1)(x-a_1)+(b_2-c_2)(y-a_2)=(\vec x-\vec a)\cdot(\vec b-\vec c)
$$
で、$A$ からの垂線の方程式の左辺そのものである。$\vec N_B$、$\vec N_C$ も同様なので、lem-orh-identity は、すべての $x,y$ について $(\vec N_A+\vec N_B+\vec N_C)\cdot(x,y,1)=0$ であることと同じである。$(x,y)=(0,0),(1,0),(0,1)$ とすると、$\vec N_A+\vec N_B+\vec N_C$ は $(0,0,1)$、$(1,0,1)$、$(0,1,1)$ のどれとも内積が $0$ で、差をとると $(1,0,0)$、$(0,1,0)$ とも内積が $0$ になる。$(1,0,0)$、$(0,1,0)$、$(0,0,1)$ との内積はそれぞれ第 1・第 2・第 3 成分なので、$\vec N_A+\vec N_B+\vec N_C=\vec0$ である。つまり平面の lem-orh-identity は
$$
\tilde a\times G(\tilde b\times\tilde c)+\tilde b\times G(\tilde c\times\tilde a)+\tilde c\times G(\tilde a\times\tilde b)=\vec0
$$
という、Jacobi 恒等式に $G$ を差し込んだ形の等式である。球面の thm-orh-jacobi は $G$ が何もしない操作(単位行列)の場合に当たる。
一般に、$G$ が対称行列($3\times3$ で、転置しても変わらない行列)のとき、この形の等式はすべてのベクトルについて成り立つ(成分を展開すれば確かめられる。本記事では計算を省く)。Arnold は、双曲幾何(Lobachevsky の幾何)の三角形の垂線の定理を、2 変数の 2 次形式のつくる Lie 環の Jacobi 恒等式として示した(Arn05。本記事では証明しない)。これを本記事の記号で書きかえると、$G$ を $\mathrm{diag}(1,1,-1)$(対角成分が $1,1,-1$ の行列)にとる場合に当たる。$G$ を使ったこの書き方は本記事によるもので、Arnold の論文の述べ方ではない。
実数の上のベクトル空間 $V$ に、2 つのベクトルから 1 つのベクトルを作る演算 $[\ ,\ ]$ があって、(1) どちらの変数についても線形、(2) $[X,Y]=-[Y,X]$、(3) $[X,[Y,Z]\!]+[Y,[Z,X]\!]+[Z,[X,Y]\!]=0$(Jacobi 恒等式)を満たすとき、$V$ を Lie 環 という(Lie環)。外積 $[\vec a,\vec b]:=\vec a\times\vec b$ は (1)(2) を満たし(空間の平面と法線ベクトル)、(3) は thm-orh-jacobi である。したがって空間 $\mathbb{R}^3$ は外積によって Lie 環になる。
この Lie 環は回転と結びついている。$\vec a$ に対し、$\vec v\mapsto\vec a\times\vec v$ を表す行列を
$$
K(\vec a):=\begin{pmatrix}0&-a_3&a_2\\ a_3&0&-a_1\\ -a_2&a_1&0\end{pmatrix}
$$
とする。$K(\vec a)$ は回転の速度を表す。単位ベクトル $\vec e$ を軸とする角 $t$ の回転(右ねじの向き)を $R_t$ とすると
$$
\frac{d}{dt}R_t\vec v\Big|_{t=0}=\vec e\times\vec v=K(\vec e)\,\vec v
$$
となる(本記事では証明しない)。つまり $K(\vec e)$ は、軸 $\vec e$ のまわりを角速度 $1$ で回るとき、各点が動き出す速度を与える行列である。そして
$$
K(\vec a\times\vec b)=K(\vec a)K(\vec b)-K(\vec b)K(\vec a)
$$
が成り立つ。実際、ベクトル $\vec v$ に右辺を掛けると、lem-orh-bac を 2 回使って
$$
\vec a\times(\vec b\times\vec v)-\vec b\times(\vec a\times\vec v)=(\vec a\cdot\vec v)\vec b-(\vec a\cdot\vec b)\vec v-(\vec b\cdot\vec v)\vec a+(\vec b\cdot\vec a)\vec v=(\vec a\cdot\vec v)\vec b-(\vec b\cdot\vec v)\vec a
$$
となり、左辺を掛けた $(\vec a\times\vec b)\times\vec v=-\vec v\times(\vec a\times\vec b)=-(\vec v\cdot\vec b)\vec a+(\vec v\cdot\vec a)\vec b$ と一致する。行列の積は結合法則を満たすので、$K(X)K(Y)-K(Y)K(X)$ は展開するだけで Jacobi 恒等式を満たす。外積の Jacobi 恒等式は、この「回転の速度の行列」の世界の結合法則の影である。
$K(\vec e_1)=\begin{pmatrix}0&0&0\\ 0&0&-1\\ 0&1&0\end{pmatrix}$、$K(\vec e_2)=\begin{pmatrix}0&0&1\\ 0&0&0\\ -1&0&0\end{pmatrix}$ である。積を計算すると
$$
K(\vec e_1)K(\vec e_2)=\begin{pmatrix}0&0&0\\ 1&0&0\\ 0&0&0\end{pmatrix},\qquad K(\vec e_2)K(\vec e_1)=\begin{pmatrix}0&1&0\\ 0&0&0\\ 0&0&0\end{pmatrix}
$$
で、差は $\begin{pmatrix}0&-1&0\\ 1&0&0\\ 0&0&0\end{pmatrix}=K(\vec e_3)$ である。$\vec e_1\times\vec e_2=\vec e_3$(ex-orh-cross の 1)と一致する。
垂心 $H$ を通る円を 3 つ作り、辺との交点 6 個が同じ円の上にあることを示す問題である。thm-orh-sum の $\vec h=\vec a+\vec b+\vec c$ を使うと、6 点までの外心からの距離が同じ式になる。
鋭角三角形 $ABC$ の垂心を $H$ とする。辺 $BC$ の中点を中心とし $H$ を通る円が、直線 $BC$ と交わる 2 点を $A_1,A_2$ とする。同じように、辺 $CA$ の中点を中心とし $H$ を通る円が直線 $CA$ と交わる 2 点を $B_1,B_2$、辺 $AB$ の中点を中心とし $H$ を通る円が直線 $AB$ と交わる 2 点を $C_1,C_2$ とする。6 点 $A_1,A_2,B_1,B_2,C_1,C_2$ が 1 つの円の上にあることを示せ。
出典:国際数学オリンピック(2008 年)第 1 問(Oly08)。和訳は本記事による。
方針:外心 $O$ を原点にとり、6 点それぞれの $O$ からの距離の 2 乗を計算して、どれも同じ値になることを示す。
段 1(準備)。外心 $O$ を原点とし、外接円の半径を $R$ とする。$|\vec a|=|\vec b|=|\vec c|=R$ で、thm-orh-sum により $\vec h=\vec a+\vec b+\vec c$ である。辺 $BC$ の中点を $M$ とすると $\vec m=\frac{\vec b+\vec c}2$ である。
段 2($OM\perp BC$)。
$$
\vec m\cdot(\vec c-\vec b)=\frac{(\vec c+\vec b)\cdot(\vec c-\vec b)}2=\frac{|\vec c|^2-|\vec b|^2}2=0
$$
である。
段 3($OA_1^2$ を 2 つの 2 乗の和に分ける)。$A_1$ は直線 $BC$ の上にあるので、$\vec a_1-\vec m$ は $\vec c-\vec b$ の実数倍であり、段 2 から $\vec m\cdot(\vec a_1-\vec m)=0$ である。また $A_1$ は $M$ を中心とし $H$ を通る円の上にあるので $|\vec a_1-\vec m|=|\vec h-\vec m|$ である。よって
$$
OA_1^2=|\vec m+(\vec a_1-\vec m)|^2=|\vec m|^2+2\,\vec m\cdot(\vec a_1-\vec m)+|\vec a_1-\vec m|^2=|\vec m|^2+|\vec h-\vec m|^2
$$
である。$A_2$ についても同じ式が成り立つ。
段 4(計算)。$|\vec m|^2=\frac{|\vec b|^2+2\vec b\cdot\vec c+|\vec c|^2}4=\frac{R^2+\vec b\cdot\vec c}2$ である。$\vec h-\vec m=\vec a+\vec m$ なので
$$
|\vec h-\vec m|^2=|\vec a|^2+2\,\vec a\cdot\vec m+|\vec m|^2=R^2+\vec a\cdot\vec b+\vec a\cdot\vec c+\frac{R^2+\vec b\cdot\vec c}2
$$
である。段 3 に代入すると
$$
OA_1^2=OA_2^2=2R^2+\vec a\cdot\vec b+\vec b\cdot\vec c+\vec c\cdot\vec a
$$
となる。
段 5(6 点)。段 4 の右辺は $\vec a,\vec b,\vec c$ をどう入れかえても変わらない。辺 $CA$、辺 $AB$ について段 1〜4 を文字を入れかえてくり返すと、$OB_1^2=OB_2^2=OC_1^2=OC_2^2$ も同じ値になる。この値は段 3 から $|\vec h-\vec m|^2$ 以上である。
段 6(値は正)。$H\ne M$、つまり $|\vec h-\vec m|>0$ を示す。$\vec h=\vec m$ とすると、$\vec b+\vec c=2\vec m$ なので $\vec a=\vec h-\vec b-\vec c=\vec m-2\vec m=-\vec m$ となり、$|\vec m|=|\vec a|=R$ でなければならない。一方、$B\ne C$ なので $|\vec b-\vec c|^2=2R^2-2\,\vec b\cdot\vec c>0$、つまり $\vec b\cdot\vec c< R^2$ であり、段 4 から $|\vec m|^2=\frac{R^2+\vec b\cdot\vec c}2< R^2$ である。これは $|\vec m|=R$ に反する。よって $|\vec h-\vec m|>0$ で、段 5 の値は正である。辺 $CA$、$AB$ の中点についても同じである。
以上から、6 点は $O$ を中心とする 1 つの円の上にある。$\square$
図4:外接円(灰色)が原点中心・半径 $5$ の三角形 $A(3,4)$、$B(-5,0)$、$C(4,-3)$ で、辺の中点を中心とし垂心 $H(2,1)$ を通る 3 つの円(破線)と辺の直線の交点 6 個(四角)が、$O$ を中心とする半径 $\sqrt{15}$ の円(赤)の上にあることを見る図。
ex-orh-sum-circle の $A(3,4)$、$B(-5,0)$、$C(4,-3)$($R=5$、$H(2,1)$)で確かめる。この三角形は鋭角三角形である($\overrightarrow{AB}\cdot\overrightarrow{AC}=(-8,-4)\cdot(1,-7)=20>0$、$\overrightarrow{BA}\cdot\overrightarrow{BC}=(8,4)\cdot(9,-3)=60>0$、$\overrightarrow{CA}\cdot\overrightarrow{CB}=(-1,7)\cdot(-9,3)=30>0$)。
| 辺 | 中点 $M$ | $\lvert\vec m\rvert^2$ | $\lvert\vec h-\vec m\rvert^2$ | 和 |
|---|---|---|---|---|
| $BC$ | $\bigl(-\frac12,-\frac32\bigr)$ | $\frac14+\frac94=\frac52$ | $\bigl(\frac52\bigr)^2+\bigl(\frac52\bigr)^2=\frac{25}2$ | $15$ |
| $CA$ | $\bigl(\frac72,\frac12\bigr)$ | $\frac{49}4+\frac14=\frac{25}2$ | $\bigl(-\frac32\bigr)^2+\bigl(\frac12\bigr)^2=\frac52$ | $15$ |
| $AB$ | $(-1,2)$ | $1+4=5$ | $3^2+(-1)^2=10$ | $15$ |
段 4 の式でも、$\vec a\cdot\vec b=-15$、$\vec b\cdot\vec c=-20$、$\vec c\cdot\vec a=12-12=0$ から $2\cdot25-15-20+0=15$ である。6 点は $O$ を中心とする半径 $\sqrt{15}$ の円の上にある(図4)。
段 4 で得た値 $2R^2+\vec a\cdot\vec b+\vec b\cdot\vec c+\vec c\cdot\vec a$ は、3 頂点を入れかえても変わらない 対称式 である。3 頂点の入れかえ全体は 6 個の元からなる群(3 次の対称群)をなし、問題の図形はこの群で自分自身に移る。辺 $BC$ についての計算を 1 回すれば、残りの 2 辺は群の作用で同じ答えになる、というのが段 5 の中身である。「対称性で計算を 1 回に減らす」考え方は 対称式の基本定理(高校数学) でも使う。
さらに $|\vec h|^2=|\vec a+\vec b+\vec c|^2=3R^2+2(\vec a\cdot\vec b+\vec b\cdot\vec c+\vec c\cdot\vec a)$ を使うと、6 点の円の半径 $\rho$ は
$$
\rho^2=\frac{R^2+OH^2}2
$$
と、外接円の半径と $OH$ だけで書ける。ex-orh-oly08-check では $\frac{25+5}2=15$ である。
証明は「鋭角」をどこにも使っていない。段 6 で示した $H\ne M$ はどの三角形でも成り立つので、鋭角の仮定は要らず、主張は鈍角三角形・直角三角形でも成り立つ。
高校の図形の性質だけで解くなら、根軸の考え方を使う方法もある。辺 $AB$、$AC$ の中点をそれぞれ中心とし $H$ を通る 2 つの円を考える。2 つの円に対する方べきが等しい点の全体(根軸)は、2 つの中心を結ぶ直線に垂直な直線である(方べきの定理(高校数学))。中心を結ぶ直線は中点連結定理により $BC$ に平行で、根軸は 2 つの円の共通の点 $H$ を通るので、根軸は $H$ を通り $BC$ に垂直な直線、つまり $A$ からの垂線である。$A$ は根軸の上にあるので、2 つの円に対する $A$ の方べきは等しく、$AB_1\cdot AB_2=AC_1\cdot AC_2$ となる。方べきの定理の逆から $B_1,B_2,C_1,C_2$ は 1 つの円の上にある。$C_1C_2$ の中点は $AB$ の中点(円の中心)なので、この円の中心は $AB$ の垂直二等分線の上にあり、同じく $AC$ の垂直二等分線の上にもある。よって中心は外心 $O$ である。頂点 $B$ で同じことをすると $A_1,A_2,C_1,C_2$ も $O$ を中心とする円の上にあり、この円は $C_1$ を通るので前の円と同じである。こうして 6 点が 1 つの円の上にある。ここで使う「中点を結ぶ直線 $\parallel$ 辺」と「垂線」の組み合わせは、prf-thm-orh-concurrent-big の大きな三角形と同じ種類の補助線である。
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