Hippocratesの月形

同義語:ヒポクラテスの月形Hippocratesの三日月lunes of Hippocrates

概要

Hippocratesの月形(lunes of Hippocrates)とは、2 つの円の弧で囲まれた平面の月形のうち、面積が三角形に等しくなるものである。直角二等辺三角形 $OAB$($\angle O=90^\circ$、$OA=OB=r$)で、$O$ を中心とする中心角 $90^\circ$ の弧 $AB$ と、$AB$ を直径とし $O$ と反対側に描いた半円とで囲まれた月形の面積は、三角形 $OAB$ の面積 $\frac{r^2}{2}$ に等しい。中心角の等しい弓形の面積は弦の 2 乗に比例することから、$\pi$ を使わずに示せる。また $\angle C=90^\circ$ の直角三角形 $ABC$ で、$CA$、$CB$ を直径とし三角形と反対側に描いた半円が $AB$ を直径とする円からはみ出す 2 つの月形の面積の和は、三角形の面積に等しい。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 三平方の定理(高校数学), 直径に対する円周角, 一般角と弧度法

高校での出発点:円の面積は直径の 2 乗に比例する

半径 $r$ の円の面積は $\pi r^2$ である。直径 $d=2r$ で書くと $\dfrac\pi4d^2$ なので、2 つの円の面積の比は直径の 2 乗の比に等しい。この事実は古代ギリシャでも知られていて、Euclid『原論』第 XII 巻の命題 2 は「円どうしの比は、直径の上の正方形どうしの比に等しい」である(Euc08)。半円の面積も、直径 $d$ の 2 乗に比例して $\dfrac\pi8d^2$ である。

3 辺の上の半円

3 辺が $3$、$4$、$5$ の直角三角形の各辺を直径とする半円を描く。面積は $\dfrac\pi8d^2$ なので
$$ \frac\pi8\cdot3^2=\frac{9\pi}8,\qquad\frac\pi8\cdot4^2=\frac{16\pi}8=2\pi,\qquad\frac\pi8\cdot5^2=\frac{25\pi}8 $$
である。$\dfrac{9\pi}8+\dfrac{16\pi}8=\dfrac{25\pi}8$ で、直角をはさむ 2 辺の上の半円の面積の和は、斜辺の上の半円の面積に等しい。三平方の定理 $3^2+4^2=5^2$ の両辺に $\dfrac\pi8$ を掛けたものだからである(三平方の定理(高校数学))。

円の面積の比

直径 $2$ の円の面積は $\pi$、直径 $4$ の円の面積は $4\pi$ で、比は $1:4=2^2:4^2$ である。直径 $\sqrt2$ の円の面積は $\dfrac\pi4\cdot2=\dfrac\pi2$ で、直径 $1$ の円の面積 $\dfrac\pi4$ のちょうど $2$ 倍である。直径の 2 乗が $2$ 倍なら、面積も $2$ 倍になる。

円や半円の面積には、いつも $\pi$ が入る。$\pi$ は定規とコンパスで作図できない長さなので、円と同じ面積の正方形は作図できない(円積問題。3大作図問題の不可能性)。ところが紀元前 5 世紀に、Chios の Hippocrates は、2 つの円弧で囲まれた図形で、面積が三角形にちょうど等しくなるものを見つけた(Wei26)。円弧で囲まれているのに、面積に $\pi$ が現れないのである。
この記事で答える問いは次の 3 つである。

  1. 2 つの円弧で囲まれた図形の面積は、どう計算するか。→ lem-hip-segment、lem-hip-similar
  2. 面積が三角形に等しくなる月形はあるか。→ thm-hip-main、thm-hip-right
  3. どんな月形でもそうなるか。→ ex-hip-cx-pi、ex-hip-cx-acute
    高校の計算この記事の言葉大学の言葉
    扇形の面積 $\dfrac12r^2\theta$弓形の面積(lem-hip-segment)面積の積分
    円の面積は直径の 2 乗に比例相似な弓形の面積は弦の 2 乗に比例(lem-hip-similar)相似変換と面積の拡大率
    三平方の定理月形の面積 = 三角形の面積(thm-hip-right)面積の加法性
    円積問題は作図できない作図で正方形にできる月形(rem-hip-square)体の拡大、$\pi$ の超越性
    「月形」という語は、球面の上で 2 本の大円に挟まれた図形(二角形)にも使う(球面三角形の面積)。この記事の月形は平面の図形で、2 つの円の弧で囲まれたものである。違いは後の比較の表にまとめる。

言葉の準備:弓形と月形

弓形の面積

弓形

円の弦 $PQ$ と、$P$ と $Q$ を結ぶ円弧の一方とで囲まれた図形を 弓形 といい、弦 $PQ$ を弓形の 弦 という。弧の中心角(弧の両端と円の中心を結ぶ 2 本の半径のなす角で、弧の側に測るもの)を $\theta$ とする($0<\theta<2\pi$)。$\theta=\pi$ のときの弓形は半円である。

弓形の面積

半径 $r$ の円で、中心角 $\theta$($0<\theta<2\pi$)の弓形の面積は
$$ \frac{r^2}2(\theta-\sin\theta) $$
である。

扇形と三角形の差または和

円の中心を $O$ とする。中心角 $\theta$ の扇形 $OPQ$ の面積は $\dfrac12r^2\theta$ である(一般角と弧度法)。
段 1($0<\theta<\pi$ のとき)。弓形は、扇形 $OPQ$ から三角形 $OPQ$ を除いた部分である。三角形 $OPQ$ の面積は $\dfrac12\cdot r\cdot r\sin\theta$ なので、弓形の面積は
$$ \frac12r^2\theta-\frac12r^2\sin\theta=\frac{r^2}2(\theta-\sin\theta) $$
である。$\theta=\pi$(半円)と $\pi<\theta<2\pi$(扇形に三角形を加える)でも同じ式になる。

$\theta\ge\pi$ の場合を開く

段 2($\theta=\pi$ のとき)。弓形は半円で、面積は $\dfrac12\pi r^2$ である。$\sin\pi=0$ なので、式の値 $\dfrac{r^2}2(\pi-0)$ と一致する。

段 3($\pi<\theta<2\pi$ のとき)。弓形は、扇形 $OPQ$ に三角形 $OPQ$ を加えた部分である。三角形 $OPQ$ の $O$ での角は $2\pi-\theta$ なので、面積は $\dfrac12r^2\sin(2\pi-\theta)=-\dfrac12r^2\sin\theta$ である。よって弓形の面積は $\dfrac12r^2\theta-\dfrac12r^2\sin\theta$ で、同じ式になる。$\square$

弓形の面積の計算
  1. 半径 $2$、中心角 $\dfrac\pi2$ の弓形:$\dfrac{2^2}2\left(\dfrac\pi2-1\right)=\pi-2\approx1.142$ である。扇形 $\pi$ から直角二等辺三角形 $\dfrac12\cdot2\cdot2=2$ を除いた値である。
  2. 半径 $1$、中心角 $\dfrac{2\pi}3$ の弓形:$\dfrac12\left(\dfrac{2\pi}3-\dfrac{\sqrt3}2\right)=\dfrac\pi3-\dfrac{\sqrt3}4\approx0.614$ である。
  3. 半径 $1$、中心角 $\dfrac{4\pi}3$ の弓形:$\dfrac12\left(\dfrac{4\pi}3+\dfrac{\sqrt3}2\right)=\dfrac{2\pi}3+\dfrac{\sqrt3}4\approx2.527$ である。(2) と (3) は同じ弦で円を 2 つに分けた両側で、和は円の面積 $\pi$ になる。

弓形の面積には $\pi$ や $\theta$ が入る。しかし、同じ形の弓形どうしの比には、それらが現れない。Hippocrates が使ったのはこの事実である(Euc08 の第 XII 巻の歴史の注によれば、Hippocrates は相似な弓形の比が弦の上の正方形の比に等しいことを、円の比が直径の上の正方形の比に等しいことから示した)。

相似な弓形

中心角が等しい 2 つの弓形の面積の比は、弦の長さの 2 乗の比に等しい。具体的には、中心角 $\theta$、弦の長さ $\ell$ の弓形の面積は
$$ \ell^2\cdot\underbrace{\frac{\theta-\sin\theta}{8\sin^2\frac\theta2}}_{\theta\text{ だけで決まる数}} $$
である。

半径 $r$ の円で中心角 $\theta$ の弓形の弦 $PQ$ を考える。中心 $O$ から弦に垂線を下ろすと、二等辺三角形 $OPQ$ が 2 つの合同な直角三角形に分かれ、$O$ での角は $\dfrac\theta2$ ずつになる($\theta>\pi$ のときは三角形 $OPQ$ の $O$ での角 $2\pi-\theta$ を二等分し、$\sin\left(\pi-\dfrac\theta2\right)=\sin\dfrac\theta2$ を使う)。よって $\dfrac\ell2=r\sin\dfrac\theta2$、つまり $r^2=\dfrac{\ell^2}{4\sin^2\frac\theta2}$ である。これを lem-hip-segment の式に代入すると
$$ \frac{r^2}2(\theta-\sin\theta)=\frac{\ell^2}{8\sin^2\frac\theta2}(\theta-\sin\theta) $$
となる。中心角が等しければ $\dfrac{\theta-\sin\theta}{8\sin^2\frac\theta2}$ は共通なので、面積の比は $\ell^2$ の比である。$\square$

相似な弓形の比
  1. 中心角 $\dfrac\pi2$ の弓形で、弦 $\ell=2\sqrt2$(半径 $2$)の面積は ex-hip-segment (1) の $\pi-2$ である。弦 $\ell=2$(半径 $\sqrt2$)の面積は $\dfrac{(\sqrt2)^2}2\left(\dfrac\pi2-1\right)=\dfrac\pi2-1$ である。弦の 2 乗の比は $8:4=2:1$ で、面積の比 $(\pi-2):\left(\dfrac\pi2-1\right)=2:1$ と一致する。
  2. 半円(中心角 $\pi$)では、lem-hip-similar の数は $\dfrac{\pi-0}{8\cdot1}=\dfrac\pi8$ で、面積 $\dfrac\pi8\ell^2$ は ex-hip-start の半円の式と同じである。

中心角が等しい 2 つの弓形。弦の長さが 2 の平方根倍なら、面積はちょうど 2 倍になる 中心角が等しい 2 つの弓形。弦の長さが 2 の平方根倍なら、面積はちょうど 2 倍になる

月形

月形

同じ弦 $PQ$ の上に、直線 $PQ$ の同じ側にある 2 つの弓形 $G_{\text{外}}$、$G_{\text{内}}$ があって、$G_{\text{内}}$ が $G_{\text{外}}$ に含まれ、2 つの弧が $P$、$Q$ 以外で交わらないとする。$G_{\text{外}}$ から $G_{\text{内}}$ の弦以外の部分を除いた図形を 月形 という。$G_{\text{外}}$ の弧を月形の 外側の弧、$G_{\text{内}}$ の弧を 内側の弧 という。

弦 $PQ$ はどちらの弓形にも共通なので、月形は外側の弧と内側の弧の 2 本だけで囲まれている。弓形 $G_{\text{外}}$ は月形と $G_{\text{内}}$ に分かれ、2 つが重なるのは内側の弧の上だけなので、面積について次が成り立つ。
$$ \text{(月形の面積)}=\text{(}G_{\text{外}}\text{ の面積)}-\text{(}G_{\text{内}}\text{ の面積)} $$

2 つの単位円が作る月形

中心 $(0,0)$ と $(1,0)$、半径 $1$ の 2 つの円は、2 点 $P\left(\dfrac12,\dfrac{\sqrt3}2\right)$、$Q\left(\dfrac12,-\dfrac{\sqrt3}2\right)$ で交わる。第 1 の円の内部で第 2 の円の外部にある部分は、弦 $PQ$ の左側にある 2 つの弓形の差である。
(1) 外側の弓形は、第 1 の円の弦 $PQ$ の左側で、中心角は $\dfrac{4\pi}3$ である($\angle POQ=\dfrac{2\pi}3$ の反対側)。面積は ex-hip-segment (3) の $\dfrac{2\pi}3+\dfrac{\sqrt3}4$ である。
(2) 内側の弓形は、第 2 の円の弦 $PQ$ の左側で、中心角は $\dfrac{2\pi}3$ である。面積は ex-hip-segment (2) の $\dfrac\pi3-\dfrac{\sqrt3}4$ である。
(3) 月形の面積は
$$ \left(\frac{2\pi}3+\frac{\sqrt3}4\right)-\left(\frac\pi3-\frac{\sqrt3}4\right)=\boxed{\frac\pi3+\frac{\sqrt3}2}\approx1.913 $$
である。この月形の面積には $\pi$ が残る。

月形は「2 つの円弧で囲まれた図形」だから、面積にはふつう $\pi$ が残る。次の節で、$\pi$ が打ち消し合って消える月形を作る。

主定理 1:Hippocrates の月形

Hippocrates の月形

$OA=OB=r$、$\angle AOB=90^\circ$ の直角二等辺三角形 $OAB$ をとる。$O$ を中心とする半径 $r$ の円の弧 $AB$(中心角 $90^\circ$ の方)を内側の弧とし、$AB$ を直径とする半円で直線 $AB$ について $O$ と反対側にあるものの弧を外側の弧とする。この 2 つの弧で囲まれた月形の面積は、三角形 $OAB$ の面積 $\dfrac{r^2}2$ に等しい。

O を中心とする 4 分の 1 の円弧と、AB を直径とする半円で囲まれた月形。点線で半円を三角形 ACB と 2 つの弓形に分ける O を中心とする 4 分の 1 の円弧と、AB を直径とする半円で囲まれた月形。点線で半円を三角形 ACB と 2 つの弓形に分ける

相似な弓形を比べる

方針:外側の半円を、三角形と 2 つの小さな弓形に分ける。小さな弓形 2 つの和が内側の弓形と等しいことを、lem-hip-similar で示す。$\pi$ は一度も計算に出てこない。
段 1(月形になっていること)。内側の弓形 $G_{\text{内}}$(弦 $AB$、中心 $O$、中心角 $90^\circ$)の弧の上の点 $X$($A$、$B$ 以外)では、円周角の定理により $\angle AXB=180^\circ-\dfrac12\cdot90^\circ=135^\circ$ である。$90^\circ$ より大きいので、$X$ は $AB$ を直径とする円の内部にある(直径に対する円周角)。$X$ は直線 $AB$ について $O$ と反対側にあるので、外側の弓形 $G_{\text{外}}$(半円)の内部にある。半円は凸なので、弦 $AB$ と内側の弧で囲まれた $G_{\text{内}}$ 全体も $G_{\text{外}}$ に含まれ、2 つの弧は $A$、$B$ でしか交わらない。よって def-hip-lune の月形である。
段 2(外側の半円を分ける)。半円の弧の真ん中の点を $C$ とする。$AB$ の中点を $M$ とすると $\angle AMC=\angle CMB=90^\circ$ で、$CA=CB$ である。直径に対する円周角により $\angle ACB=90^\circ$ なので、三平方の定理から $CA^2+CB^2=AB^2=OA^2+OB^2=2r^2$、つまり $CA=CB=r$ である。弦 $CA$、$CB$ で半円を切ると、三角形 $ACB$ と、2 つの弓形 $G_1$(弦 $CA$)、$G_2$(弦 $CB$)に分かれる。$G_1$、$G_2$ は半径 $\dfrac r{\sqrt2}$ の円で中心角 $\angle AMC=\angle CMB=90^\circ$ の弓形である。よって
$$ \text{(}G_{\text{外}}\text{)}=\text{(三角形 }ACB\text{)}+\text{(}G_1\text{)}+\text{(}G_2\text{)} $$
である(括弧は面積を表す)。
段 3(相似な弓形)。$G_{\text{内}}$、$G_1$、$G_2$ はどれも中心角 $90^\circ$ の弓形で、弦の長さはそれぞれ $AB=\sqrt2\,r$、$CA=r$、$CB=r$ である。lem-hip-similar により面積は弦の 2 乗に比例するので
$$ \text{(}G_{\text{内}}\text{)}=\frac{AB^2}{CA^2}\text{(}G_1\text{)}=\frac{2r^2}{r^2}\text{(}G_1\text{)}=2\,\text{(}G_1\text{)}=\text{(}G_1\text{)}+\text{(}G_2\text{)} $$
である。
段 4(引き算)。月形の面積は
$$ \text{(}G_{\text{外}}\text{)}-\text{(}G_{\text{内}}\text{)}=\text{(三角形 }ACB\text{)}+\cancel{\text{(}G_1\text{)}+\text{(}G_2\text{)}}-\cancel{\text{(}G_1\text{)}+\text{(}G_2\text{)}}=\text{(三角形 }ACB\text{)} $$
である。三角形 $ACB$ は $\angle C=90^\circ$、$CA=CB=r$ の直角二等辺三角形で、面積は $\dfrac{r^2}2$ である。これは三角形 $OAB$ の面積に等しい。$\square$

実は 4 点 $O$、$A$、$C$、$B$ は正方形の 4 つの頂点である(4 辺がどれも $r$ で、$\angle AOB=\angle ACB=90^\circ$)。月形の面積は、この正方形のちょうど半分である。

$r=2$ で $\pi$ を使って確かめる

$O(0,0)$、$A(2,0)$、$B(0,2)$ とする。$C=(2,2)$、$M=(1,1)$ である。
(1) 外側の半円は直径 $AB=2\sqrt2$ なので、面積は $\dfrac\pi8(2\sqrt2)^2=\pi$ である。
(2) 内側の弓形は半径 $2$、中心角 $\dfrac\pi2$ で、ex-hip-segment (1) より面積は $\pi-2$ である。
(3) 月形の面積は $\pi-(\pi-2)=2$ で、三角形 $OAB$ の面積 $\dfrac12\cdot2\cdot2=2$ に等しい。$\pi$ は引き算で消える。外側の半円の面積 $\pi$ と、半径 $2$ の 4 分の 1 円の面積 $\dfrac14\cdot\pi\cdot2^2=\pi$ が等しいことが鍵である。半円は直径 $2\sqrt2$ の円の $\dfrac12$、4 分の 1 円は直径 $4$ の円の $\dfrac14$ で、直径の 2 乗の比 $8:16=1:2$ と、$\dfrac12:\dfrac14=2:1$ が打ち消し合う。

月形を正方形にする作図

thm-hip-main の月形と同じ面積 $\dfrac{r^2}2$ の正方形は、1 辺 $\dfrac r{\sqrt2}=MA$ の正方形である。線分 $MA$ は、線分 $AB$ の中点をとるだけで作図できる。したがって、Hippocrates の月形は、定規とコンパスで同じ面積の正方形を作図できる。円ではこれができない(3大作図問題の不可能性)。月形は多角形の片に切り分けられない(Bolyai–Gerwienの定理 の円板の例と同じ理由)ので、切り貼りで正方形にすることはできないが、面積だけなら正方形と等しくできるのである。

主定理 2:直角三角形の 2 つの月形

thm-hip-main では直角二等辺三角形を使った。一般の直角三角形でも、2 つの月形を合わせると三角形と面積が等しくなる。

直角三角形の 2 つの月形

$\angle C=90^\circ$ の直角三角形 $ABC$ で、$a=BC$、$b=CA$、$c=AB$ とする。$AB$ を直径とする円を $\Gamma$ とすると、$\Gamma$ は $C$ を通る。辺 $CA$、$CB$ を直径とする半円を、それぞれ三角形と反対側に描く。半円のうち $\Gamma$ の外にある部分を $L_b$(辺 $CA$ の側)、$L_a$(辺 $CB$ の側)とすると、$L_a$、$L_b$ は月形で、
$$ \text{(}L_a\text{ の面積)}+\text{(}L_b\text{ の面積)}=\frac12ab=\text{(三角形 }ABC\text{ の面積)} $$
である。

半円の和と三平方の定理

方針:月形は「辺の上の半円」から「$\Gamma$ の弓形」を引いたものである。半円の面積の和は三平方の定理で斜辺の半円になり、弓形の和は斜辺の半円から三角形を引いたものになる。
段 1($\Gamma$ は $C$ を通る)。$\angle ACB=90^\circ$ なので、直径に対する円周角の定理の逆により、$C$ は $AB$ を直径とする円 $\Gamma$ の上にある(直径に対する円周角)。
段 2(月形になっていること)。$\Gamma$ の弦 $CA$ で切った弓形のうち、三角形と反対側のものを $G_b$ とする。$G_b$ の弧の上の点 $X$($C$、$A$ 以外)では、四角形 $XCBA$ が $\Gamma$ に内接するので $\angle CXA=180^\circ-\angle CBA$ であり、$\angle CBA<90^\circ$ から $\angle CXA>90^\circ$ である。よって $X$ は $CA$ を直径とする円の内部にある(直径に対する円周角)。thm-hip-main の段 1 と同じく、$G_b$ は辺 $CA$ の上の半円に含まれ、2 つの弧は $C$、$A$ でしか交わらない。したがって $L_b$ は、外側の弓形を半円、内側の弓形を $G_b$ とする月形で、
$$ \text{(}L_b\text{)}=\frac\pi8b^2-\text{(}G_b\text{)} $$
である(括弧は面積)。弦 $CB$ についても同じく、$\Gamma$ の弓形 $G_a$ をとると $\text{(}L_a\text{)}=\dfrac\pi8a^2-\text{(}G_a\text{)}$ である。
段 3($\Gamma$ の半円を分ける)。$\Gamma$ を直径 $AB$ で半分にしたうちの $C$ の側(半円)は、弦 $CA$、$CB$ で切ると、三角形 $ABC$ と弓形 $G_b$、$G_a$ に分かれる。よって
$$ \frac\pi8c^2=\frac12ab+\text{(}G_a\text{)}+\text{(}G_b\text{)} $$
である。
段 4(足し合わせる)。段 2 の 2 式を足し、三平方の定理 $a^2+b^2=c^2$ と段 3 を使うと
$$ \text{(}L_a\text{)}+\text{(}L_b\text{)}=\frac\pi8(a^2+b^2)-\bigl(\text{(}G_a\text{)}+\text{(}G_b\text{)}\bigr)=\frac\pi8c^2-\left(\frac\pi8c^2-\frac12ab\right)=\frac12ab $$
である。$\square$

3 辺が 3、4、5 の直角三角形で、直角をはさむ 2 辺の半円が斜辺を直径とする円からはみ出す 2 つの月形 3 辺が 3、4、5 の直角三角形で、直角をはさむ 2 辺の半円が斜辺を直径とする円からはみ出す 2 つの月形
直角二等辺三角形の場合。2 つの月形は合同で、それぞれ三角形の面積の半分になる 直角二等辺三角形の場合。2 つの月形は合同で、それぞれ三角形の面積の半分になる
3, 4, 5 の直角三角形

$a=4$、$b=3$、$c=5$ とする。三角形の面積は $\dfrac12\cdot4\cdot3=6$ である。
(1) 半円の面積は ex-hip-start から $\dfrac{16\pi}8=2\pi$、$\dfrac{9\pi}8$、$\dfrac{25\pi}8$ である。
(2) $\Gamma$ の半径は $\dfrac52$ である。弦 $CA=3$ の弓形 $G_b$ の中心角を $\theta_b$ とすると、$\sin\dfrac{\theta_b}2=\dfrac{3/2}{5/2}=\dfrac35$、$\cos\dfrac{\theta_b}2=\dfrac45$ で、$\sin\theta_b=2\cdot\dfrac35\cdot\dfrac45=\dfrac{24}{25}$ である。lem-hip-segment より
$$ \text{(}G_b\text{)}=\frac{25}8\left(\theta_b-\frac{24}{25}\right)=\frac{25}8\theta_b-3 $$
である。同じく弦 $CB=4$ では $\sin\dfrac{\theta_a}2=\dfrac45$、$\sin\theta_a=\dfrac{24}{25}$ で、$\text{(}G_a\text{)}=\dfrac{25}8\theta_a-3$ である。
(3) 2 つの月形の面積はそれぞれ
$$ \text{(}L_b\text{)}=\frac{9\pi}8+3-\frac{25}8\theta_b\approx2.512,\qquad\text{(}L_a\text{)}=2\pi+3-\frac{25}8\theta_a\approx3.488 $$
である($\theta_b=2\arcsin\dfrac35\approx1.287$、$\theta_a=2\arcsin\dfrac45\approx1.855$)。1 つずつでは $\pi$ や $\theta$ が残る。
(4) 和は $\dfrac{25\pi}8+6-\dfrac{25}8(\theta_a+\theta_b)$ である。$\theta_a+\theta_b$ は $\Gamma$ の半円の弧全体の中心角で $\pi$ に等しいので、和は $\dfrac{25\pi}8+6-\dfrac{25\pi}8=\boxed{6}$ となり、三角形の面積に一致する。

直角二等辺三角形では、2 つの月形は合同なので、それぞれが三角形の面積の半分になる。これは thm-hip-main を 2 回使ったものでもある。

直角二等辺三角形の月形

$\angle C=90^\circ$、$CA=CB$ の直角二等辺三角形 $ABC$ で、thm-hip-right の 2 つの月形は合同で、それぞれの面積は三角形 $ABC$ の面積の半分である。各月形は、$AB$ の中点を $O$ とする直角二等辺三角形 $OCA$、$OCB$ についての thm-hip-main の月形である。

$AB$ の中点を $O$ とすると、$O$ は $\Gamma$ の中心で、$CA=CB$ から $OC\perp AB$、$\angle AOC=90^\circ$、$OA=OC$ である。$\Gamma$ の弧 $CA$ は、$O$ を中心とする中心角 $90^\circ$ の弧で、$CA$ を直径とする半円は直線 $CA$ について $O$ と反対側(三角形と反対側)にある。よって $L_b$ は直角二等辺三角形 $OCA$ についての thm-hip-main の月形で、面積は三角形 $OCA$ の面積、つまり三角形 $ABC$ の面積の半分である。$L_a$ も同じである。$\square$

直角をはさむ辺が $2$ の場合

$CA=CB=2$ のとき、三角形 $ABC$ の面積は $2$ である。$AB=2\sqrt2$、$\Gamma$ の半径は $\sqrt2$ で、弦 $CA$ の弓形は中心角 $\dfrac\pi2$、面積は $\dfrac{(\sqrt2)^2}2\left(\dfrac\pi2-1\right)=\dfrac\pi2-1$ である。辺 $CA$ の上の半円の面積は $\dfrac\pi8\cdot4=\dfrac\pi2$ なので、月形 $L_b$ の面積は $\dfrac\pi2-\left(\dfrac\pi2-1\right)=1$ で、三角形の面積の半分である。

平面の月形と球面の月形

同じ「月形」という名前で、平面と球面では違う図形を指す。

平面の月形(この記事)球面の月形(球面三角形の面積)
囲む線2 つの円の弧2 本の大円の半分ずつ
2 つの頂点2 つの円の交点球面の向かい合う 2 点
面積外側の弓形 $-$ 内側の弓形角 $\theta$、半径 $R$ で $2\theta R^2$
面積が $\pi$ を含まない例thm-hip-main の月形角 $\theta$ が $\pi$ を含まない数のとき

例と反例

thm-hip-main と thm-hip-right の条件を外すと、月形の面積と三角形の面積の関係は崩れる。

外す条件反例成り立たなくなること
$\angle C=90^\circ$1 辺 $2$ の正三角形(外接円と 2 辺の上の半円)2 つの月形の面積の和が三角形の面積に等しい
内側の弧の中心角 $90^\circ$、外側の弧が半円中心間の距離 $1$ の 2 つの単位円の月形(ex-hip-lune-pi)面積が $\pi$ を含まず、正方形を作図できる
2 つの月形を合わせる3, 4, 5 の直角三角形の月形 $L_b$ だけ面積が三角形の面積の決まった割合になる
反例:正三角形では和が合わない

1 辺 $2$ の正三角形 $ABC$ で、thm-hip-right と同じ作り方をする。$AB$ は外接円 $\Gamma$ の直径ではないので、$\Gamma$ として外接円を使う。外接円の半径は $R=\dfrac2{\sqrt3}$ で、弦 $CA$ に対する中心角は $\dfrac{2\pi}3$ である。
(1) 弦 $CA$ の弓形(三角形と反対側)の面積は、lem-hip-segment より
$$ \frac{R^2}2\left(\frac{2\pi}3-\frac{\sqrt3}2\right)=\frac23\left(\frac{2\pi}3-\frac{\sqrt3}2\right)=\frac{4\pi}9-\frac{\sqrt3}3 $$
である。この弓形の弧の上の点 $X$ では $\angle CXA=180^\circ-60^\circ=120^\circ>90^\circ$ なので、弓形は辺 $CA$ の上の半円に含まれ、月形ができる。
(2) 辺 $CA$ の上の半円の面積は $\dfrac\pi8\cdot4=\dfrac\pi2$ なので、月形の面積は $\dfrac\pi2-\dfrac{4\pi}9+\dfrac{\sqrt3}3=\dfrac\pi{18}+\dfrac{\sqrt3}3$ である。
(3) 辺 $CB$ の側も同じなので、2 つの月形の和は
$$ \frac\pi9+\frac{2\sqrt3}3\approx1.504 $$
である。三角形の面積は $\sqrt3\approx1.732$ で、一致しない。逆に、$\angle C=120^\circ$ の二等辺三角形 $A(0,0)$、$B(2,0)$、$C\left(1,\dfrac1{\sqrt3}\right)$ で同じ作り方をすると、月形の和は約 $0.806$ で、三角形の面積 $\dfrac1{\sqrt3}\approx0.577$ より大きくなる(数値で求めた値)。直角でないと、prf-hip-right の段 3(外接円の半分を三角形と 2 つの弓形に分けること)と、三平方の定理の両方が使えなくなる。

反例:$\pi$ が残る月形は正方形を作図できない

ex-hip-lune-pi の月形の面積は $\dfrac\pi3+\dfrac{\sqrt3}2$ である。同じ面積の正方形の 1 辺 $s$ が定規とコンパスで作図できたとすると、$s^2=\dfrac\pi3+\dfrac{\sqrt3}2$ も作図でき(長さの積は作図できる)、$\sqrt3$ も作図できるので、$\pi=3\left(s^2-\dfrac{\sqrt3}2\right)$ も作図できることになる。しかし $\pi$ は作図できない(3大作図問題の不可能性。$\pi$ が超越数であることによる。この記事では証明しない)。よって、この月形と同じ面積の正方形は作図できない。月形ならいつも $\pi$ が消えるわけではない。

反例:月形 1 つだけでは割合が決まらない

ex-hip-345 の月形 $L_b$ の面積は $\dfrac{9\pi}8+3-\dfrac{25}4\arcsin\dfrac35\approx2.512$ で、三角形の面積 $6$ との比は約 $0.419$ である。直角二等辺三角形なら cor-hip-isosceles により比はちょうど $\dfrac12$ だったが、一般の直角三角形では 1 つずつの月形は三角形の面積の半分にならない。ex-hip-345 で $\pi$ が消えたのは、2 つを合わせると $\theta_a+\theta_b=\pi$ となるからである。

1 辺 2 の正三角形では、2 辺の上の半円が外接円からはみ出す 2 つの月形の面積の和は、三角形の面積より小さい 1 辺 2 の正三角形では、2 辺の上の半円が外接円からはみ出す 2 つの月形の面積の和は、三角形の面積より小さい

大学数学で見る:作図で正方形にできる月形

thm-hip-main の月形は、内側の弧の中心角 $90^\circ$ と外側の弧の中心角 $180^\circ$ の比が $1:2$ である。Hippocrates はほかに 2 種類、面積が作図で正方形にできる月形を見つけていた。その後 18〜19 世紀に Euler や Clausen がさらに 2 種類を見つけ、20 世紀に Chebotarev と Dorodnov が、内側と外側の弧の中心角の比が整数の比になる月形のうちで、定規とコンパスで作図できて同じ面積の正方形も作図できるものは、この 5 種類に限ることを示した(Wei26。この記事では証明しない)。

なぜ中心角の比が問題になるかを開く

月形の面積は、外側と内側の弓形の差で、lem-hip-segment より $\dfrac{R^2}2(\Theta-\sin\Theta)-\dfrac{r^2}2(\theta-\sin\theta)$(外側の半径 $R$・中心角 $\Theta$、内側の半径 $r$・中心角 $\theta$)である。扇形から来る部分 $\dfrac{R^2\Theta-r^2\theta}2$ が $0$ になるように選べば、面積は三角関数の値 $\sin\Theta$、$\sin\theta$ だけで書け、$\pi$ は現れない。2 つの弓形は同じ弦 $\ell$ をもつので $R\sin\dfrac\Theta2=r\sin\dfrac\theta2=\dfrac\ell2$ でもある。中心角の比を $\theta:\Theta=m:n$ と決めると、この 2 つの条件から $\sin$ の値についての方程式が出てくる。その解が定規とコンパスで作図できる数になるか(体の拡大の次数が 2 のべきになるか)を調べるのが、分類の問題である。thm-hip-main では $\Theta=\pi$、$\theta=\dfrac\pi2$、$R^2=\dfrac{r^2}2$ で $R^2\Theta=r^2\theta$ が成り立っている。

さらに先へ

  • 円の面積の $\pi$ は、定規とコンパスでは作図できない。このことは $\pi$ が超越数であること(Lindemann、1882 年)から従う(3大作図問題の不可能性、超越数)。Hippocrates の月形は、円弧で囲まれていても、この壁に当たらない図形の例である。
  • 次の記事 定幅図形 では、円弧で囲まれた図形の周の長さを扱う。面積と違い、Reuleaux の三角形の周の長さは円と同じく $\pi$ を含む。
  • 扇形の面積 $\dfrac12r^2\theta$ と弧の長さ $r\theta$ は 一般角と弧度法 で扱う。

関連項目

参考文献

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