位相的グラフ理論

同義語:topological graph theoryグラフの曲面への埋め込み胞体埋め込みcellular embedding交差数(グラフ)crossing number交差数補題crossing lemma

概要

位相的グラフ理論(topological graph theory)とは、グラフを曲面や平面に描くときの位相的な性質、たとえばどの閉曲面に交差なしで描けるか、平面に描くと交差がいくつ必要かを調べるグラフ理論の分野である。中心にあるのは、連結なグラフを閉曲面 $S$ に面がすべて多角形となるように描いたとき、頂点・辺・面の個数が $n-m+f=\chi(S)$ を満たすという曲面上の Euler の公式で、ここから単純グラフの辺の本数の上界 $m\le3(n-\chi(S))$ や、完全グラフ $K_n$ を面がすべて多角形となるように $g$ 個のトーラスの連結和に描くには $g\ge(n-3)(n-4)/12$ が必要であることが出る。平面に描くときの交差の最小個数(交差数)は $m-3n+6$ 以上であり、$m\ge4n$ なら $m^3/(64n^2)$ 以上である(交差数補題)。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 平面グラフ, 閉曲面の分類定理, Euler標数, グラフ

グラフを紙の上に描くと、辺どうしの交差を避けられないことがある。平面グラフ の記事で見たように、$K_5$ と $K_{3,3}$ は平面に交差なしでは描けない。それでは、穴のあいたドーナツ形の曲面(トーラス)の上なら描けるか。どうしても平面に描くなら、交差はいくつ必要か。このように、グラフを曲面や平面に描くときの位相的な性質を調べる分野が 位相的グラフ理論 である。
中心にあるのは、曲面上に描いたグラフの頂点・辺・面の個数の交代和が曲面の Euler 標数に等しいという Euler の公式(thm-topgt-euler)である。平面グラフの Euler の公式 $n-m+f=2$ は、球面の Euler 標数が $2$ であることの表れであり、トーラスでは右辺が $0$ になる。この記事では、この公式とそこから出る辺の本数の上界(cor-topgt-edge-bound)を証明し、完全グラフ $K_7$ がトーラスに描けてしかも三角形の面だけに分かれることを確かめる。後半では、平面に描いたときの交差の最小個数(交差数)について、平面グラフの辺数の上界から出る下界(thm-topgt-cr-lower)と、確率を使って示される交差数補題(thm-topgt-crossing-lemma)を証明する。

定義

この記事のグラフは有限グラフで、特に断らない限りループと多重辺を許す。グラフ $G$ の 幾何的実現 $\lvert G\rvert$ とは、頂点ごとに 1 点をとり、辺ごとに閉区間 $[0,1]$ を 1 本とって、その両端を辺の端点にあたる点に貼り付けて得られる空間である。これは頂点を 0 胞体、辺を 1 胞体とする有限胞体複体である(Euler標数 の定義「有限胞体複体」と例「基本的な空間の Euler 標数」の (3))。
閉曲面 とは、コンパクトかつ連結な 2 次元の位相多様体のことである(閉曲面の分類定理 の定義「閉曲面」)。分類定理により、閉曲面は球面 $S^2$、$g$ 個のトーラスの連結和 $T_g$($g\ge1$)、$k$ 個の射影平面の連結和 $P_k$($k\ge1$)のどれか 1 つと同相である。$T_0:=S^2$ とおく。Euler 標数は
$$ \chi(T_g)=2-2g,\qquad\chi(P_k)=2-k $$
である(Euler標数 の例「基本的な空間の Euler 標数」の (4)、閉曲面の分類定理 の定理「Euler 標数と型による判定」)。$g$ を $T_g$ の種数という。

曲面への埋め込みと面

$G$ をグラフ、$S$ を閉曲面とする。連続な単射 $\iota\colon\lvert G\rvert\to S$ を $G$ の $S$ への 埋め込み(embedding)という。$\lvert G\rvert$ はコンパクト、$S$ は Hausdorff なので、$\iota$ は $\lvert G\rvert$ から像 $\iota(\lvert G\rvert)$ への同相写像である。補集合 $S\setminus\iota(\lvert G\rvert)$ の連結成分を埋め込みの 面(face)という。$G$ が $T_g$ に埋め込めるような $g$ があるとき、その最小値を $G$ の 種数(genus)という。

平面への埋め込み(平面グラフ の定義「平面グラフ・平面埋め込み」)は、立体射影の逆写像 $\mathbb{R}^2\to S^2$ と合成すれば $S^2$ への埋め込みになる。平面グラフは種数 $0$ のグラフである。
面の形が悪いと、頂点・辺・面を数えても曲面のことはわからない(ex-topgt-noncellular)。そこで、面がすべて多角形の内部になっている埋め込みを考える。

胞体埋め込み

$G$ を連結なグラフとする。次のデータを $G$ の 胞体埋め込み(cellular embedding, 2-cell embedding)という。
(i) 有限個の多角形 $P_1,\dots,P_f$。ここで $\ell$ 角形 $P$ とは、閉円板で、その境界の円周を $\ell\ge1$ 個の弧(辺)に分けたものをいう($\ell=1$ なら、円周上の 1 点を端点とする 1 本の弧)。
(ii) 各 $P_i$ の境界を一周する、長さ $\ell_i$ の $G$ の閉歩道 $W_i$。$P_i$ の $j$ 番目の弧を $W_i$ の $j$ 番目の辺に(向きを合わせて)重ねる。これで連続写像 $\varphi_i\colon\partial P_i\to\lvert G\rvert$ が定まる。
(iii) $G$ の各辺は、閉歩道 $W_1,\dots,W_f$ 全体の中でちょうど 2 回通られる(同じ $W_i$ で 2 回でもよい)。
$\lvert G\rvert$ に $P_1,\dots,P_f$ を $\varphi_1,\dots,\varphi_f$ で貼り付けた空間 $X$ が閉曲面 $S$ と同相であるとき、$G$ は $S$ に胞体埋め込みされるという。$P_i$ の内部の像を 面、$W_i$ を面の 境界歩道、$\ell_i$ を面の 長さ という。

$X$ は、Euler標数 の定義「有限胞体複体」の手順で、頂点を 0 胞体、辺を 1 胞体、多角形を 2 胞体として作った有限胞体複体である。$\lvert G\rvert$ は $X$ の部分空間として埋め込まれ、面は開円板と同相で、$X\setminus\lvert G\rvert$ の連結成分はちょうど $f$ 個の面である。(iii) から、各辺はちょうど 2 回数えられるので
$$ \sum_{i=1}^{f}\ell_i=2m\qquad(m\text{ は辺の本数}) $$
である。この形の記述は、曲面を多角形の辺を対にして貼り合わせて作る方法(閉曲面の分類定理 の定義「記号列による貼り合わせ」)を、グラフの側から見たものである。

直感

Euler の公式の中身は、Euler 標数が曲面の分け方によらないことにある。凸多面体の表面では「頂点 $-$ 辺 $+$ 面 $=2$」となり、この $2$ は球面の Euler 標数である。トーラスを格子状に区切ると、頂点 $1$・辺 $2$・面 $1$ の分け方で $\chi=0$ になる。グラフの面がすべて多角形になっている限り、どんな描き方でも頂点・辺・面の交代和は同じ $\chi(S)$ になる。
この等式は辺の本数に上限を与える。単純グラフの面は少なくとも 3 本の辺で囲まれるので面の個数は辺の本数の $2/3$ 以下であり、等式に入れると辺の本数が頂点の個数の 3 倍程度に抑えられる。曲面の Euler 標数が小さいほど(穴が多いほど)上限は緩くなり、たくさんの辺を交差なしに描けるようになる。

曲面上の Euler の公式

曲面上の Euler の公式

頂点が $n$ 個、辺が $m$ 本の連結なグラフ $G$ が閉曲面 $S$ に胞体埋め込みされ、面が $f$ 個あるとする。このとき
$$ n-m+f=\chi(S) $$
が成り立つ。とくに $S=T_g$ なら $n-m+f=2-2g$、$S=P_k$ なら $n-m+f=2-k$ である。

def-topgt-cellular の空間 $X$ は、0 胞体 $n$ 個、1 胞体 $m$ 本、2 胞体 $f$ 個からなる有限胞体複体である。Euler標数 の系「2 つの Euler 標数は一致する」により、胞体の個数の交代和 $n-m+f$ は、ホモロジー群の階数の交代和で定めた $X$ の Euler 標数に等しい。$X$ は $S$ と同相であり、同相な空間のホモロジー群は同型なので、後者は $\chi(S)$ に等しい。最後の主張は $\chi(T_g)=2-2g$、$\chi(P_k)=2-k$ による。$\square$

$S=S^2$ のときの $n-m+f=2$ は、平面グラフ の定理「Eulerの公式」と同じ式である。そちらは平面埋め込みについて、木から始めて辺を 1 本ずつ加える帰納法で証明されている。
辺の本数の上界を出すには、面の長さが小さすぎないことが要る。

単純グラフの面の長さ

頂点が $3$ 個以上の連結な単純グラフ $G$ が閉曲面 $S$ に胞体埋め込みされているとき、どの面の長さも $3$ 以上である。

面 $P$ の長さ $\ell$ が $1$ か $2$ だとして矛盾を導く。$\ell=1$ なら境界歩道はある頂点から自分自身へ戻る 1 本の辺、すなわちループであり、単純グラフにはない。$\ell=2$ なら境界歩道は $v\xrightarrow{e_1}w\xrightarrow{e_2}v$ の形である。$e_1\ne e_2$ なら $v,w$ を結ぶ辺が 2 本あることになり($v=w$ なら $e_1$ がループ)、単純性に反する。よって $e_1=e_2=:e$ で、$P$ の 2 本の弧はどちらも $e$ に、向きを逆にして重ねられる。単純性から $v\neq w$ である。
def-topgt-cellular の (iii) により $e$ を通るのはこの 2 回だけなので、$P$ の像 $Y$ は、$P$ の 2 本の弧を $e$ の同じ点に重なる点どうしで同一視した空間 $P/{\sim}$ と同相であり、$P/{\sim}$ は球面 $S^2$ と同相である(下の詳細)。$X\cong S$ は閉曲面なので、領域不変性 の系「多様体の間の単射」により、連続な単射 $S^2\to S$ の像 $Y$ は $S$ の開集合である。$Y$ はコンパクトなので閉集合でもあり、$S$ は連結なので $Y=S$ となる。ところが $Y$ に含まれる頂点は $v,w$ だけであり(ほかの頂点は 0 胞体として面 $P$ の内部や辺 $e$ の内部と交わらない)、頂点が $3$ 個以上あることに反する。$\square$

詳細($P/{\sim}$ が球面と同相であること)

$P$ を単位閉円板 $\{(x,y)\mid x^2+y^2\le1\}$ とし、角を $(\pm1,0)$、2 本の弧を上半円と下半円にとる。2 本の弧は $e$ に逆向きに重ねるので、同一視は $x^2+y^2=1$ のとき $(x,y)\sim(x,-y)$ である。$r(x):=\sqrt{1-x^2}$ とし、$h\colon P\to S^2\subset\mathbb{R}^3$ を $r(x)>0$ のとき

$$h(x,y):=\Bigl(x,\ r(x)\cos\frac{\pi y}{r(x)},\ r(x)\sin\frac{\pi y}{r(x)}\Bigr),$$

$h(\pm1,0):=(\pm1,0,0)$ で定める。$\lvert y\rvert\le r(x)$ なので角度 $\pi y/r(x)$ は $[-\pi,\pi]$ を動き、各 $x$ について線分 $\{y\mid\lvert y\rvert\le r(x)\}$ は半径 $r(x)$ の円周 $\{x\}\times r(x)S^1$ に、両端 $y=\pm r(x)$ だけが同じ点になるように写る。$\lvert h(x,y)-(x,0,0)\rvert=r(x)\to0$($x\to\pm1$)なので $h$ は連続である。よって $h$ は全射で、$h(p)=h(q)$ となるのは $p=q$ か $p\sim q$ のときに限る。$h$ が誘導する $P/{\sim}\to S^2$ はコンパクト空間から Hausdorff 空間への連続な全単射なので同相写像である。同じ理由で、$P/{\sim}$ から $Y$ への誘導写像も同相写像である。$\square$

胞体埋め込みの辺数の上界

頂点が $n\ge3$ 個、辺が $m$ 本の連結な単純グラフ $G$ が閉曲面 $S$ に胞体埋め込みされるなら
$$ m\le3\bigl(n-\chi(S)\bigr) $$
であり、等号はすべての面の長さが $3$ のときに限り成り立つ。

面の個数を $f$、長さを $\ell_1,\dots,\ell_f$ とする。lem-topgt-face-length により $\ell_i\ge3$ なので $3f\le\sum_i\ell_i=2m$ であり、等号はすべての $\ell_i$ が $3$ のときに限る。thm-topgt-euler から $f=\chi(S)-n+m$ なので $3(\chi(S)-n+m)\le2m$、すなわち $m\le3(n-\chi(S))$ である。$\square$

$S=S^2$ では $m\le3n-6$ となり、平面グラフ の系「単純平面グラフの辺数の上界」と同じ式になる。完全グラフに当てはめると、胞体埋め込みできる曲面の下限が出る。

完全グラフの胞体埋め込みに必要な種数

$n\ge3$ とする。完全グラフ $K_n$ が $T_g$ に胞体埋め込みされるなら $g\ge\dfrac{(n-3)(n-4)}{12}$、$P_k$ に胞体埋め込みされるなら $k\ge\dfrac{(n-3)(n-4)}{6}$ である。

$K_n$ は単純で $m=n(n-1)/2$ である。cor-topgt-edge-bound により $n(n-1)/2\le3(n-\chi)$、すなわち
$$ 2-\chi\ge\frac{n(n-1)}{6}-n+2=\frac{n^2-7n+12}{6}=\frac{(n-3)(n-4)}{6} $$
である。$2-\chi(T_g)=2g$、$2-\chi(P_k)=k$ を代入すればよい。$\square$

$n=5$ では $g\ge\frac{2}{12}$、すなわち $g\ge1$ であり、$K_5$ は球面に胞体埋め込みできない。$K_5$ が平面グラフでないことは 平面グラフ の命題「$K_5$ は平面グラフでない」にあり、この結果と符合する。ただし、ここから非平面性を導くには、連結なグラフの球面へのどの埋め込みも胞体埋め込みのデータを与えることが要り、それはこの記事では扱わない。$n=7$ では $g\ge1$、$n=8$ では $g\ge\frac{20}{12}$ より $g\ge2$ である。次の例は、$n=7$ の下限がトーラスで実際に達成されることを示す。

トーラス上の $K_7$

$\omega:=\frac{-1+\sqrt{3}\,i}{2}$ とし、三角格子 $\Lambda:=\{a+b\omega\mid a,b\in\mathbb{Z}\}\subset\mathbb{C}$ を考える。$U:=\{\pm1,\pm\omega,\pm(1+\omega)\}$ は長さ $1$ の 6 つのベクトルで、$x\in\Lambda$ と $x+u$($u\in U$)を線分で結ぶと、平面は 1 辺の長さ $1$ の正三角形 $\{x,x+1,x+1+\omega\}$、$\{x,x+\omega,x+1+\omega\}$($x\in\Lambda$)で敷き詰められる。
$\alpha:=3+\omega$ とし、$L:=\alpha\Lambda$ とおく。$\omega^2=-1-\omega$ なので $L$ は $\alpha=3+\omega$ と $\alpha\omega=-1+2\omega$ で生成される格子で、$\Lambda$ の部分群である。基底 $1,\omega$ に関する係数の行列式は $3\cdot2-(-1)\cdot1=7$ なので、$\Lambda/L$ は 7 個の元からなる。トーラス $T:=\mathbb{C}/L$ は $\alpha,\alpha\omega$ を標準基底に写す実線形写像で $\mathbb{R}^2/\mathbb{Z}^2=S^1\times S^1$ と同相であり、$T_1$ である。敷き詰めは $L$ の平行移動で保たれるので、$T$ は頂点 $7$ 個、辺 $7\cdot6/2=21$ 本、三角形 $2\cdot7=14$ 枚に分かれる。
この 7 頂点の上のグラフは $K_7$ である。$0$ と $U$ の 6 元は $L$ を法として互いに異なる。実際、$\lambda=a+b\omega\neq0$ なら $\lvert\lambda\rvert^2=a^2-ab+b^2$ は正の整数なので、$L$ の $0$ でない元 $\alpha\lambda$ は $\lvert\alpha\lambda\rvert^2=7\lvert\lambda\rvert^2\ge7$ を満たすが、$\{0\}\cup U$ の 2 元の差の絶対値は $2$ 以下だからである。よって 7 頂点は $0$ と $U$ の類で尽くされ、頂点 $x$ は $x+u$($u\in U$)、すなわちほかの 6 頂点すべてと 1 本ずつの辺で結ばれる。各辺はちょうど 2 枚の三角形の境界にある。
14 枚の三角形を $K_7$ に境界で貼り付けた空間 $X$ が $T$ と同相であることを確かめる。各三角形を平面の正三角形として射影 $\mathbb{C}\to T$ で写すと、貼り付けと両立するので連続写像 $h\colon X\to T$ が定まる。閉正三角形の 2 点の差の絶対値は $1$ 以下で、$L$ の $0$ でない元の絶対値 $\sqrt7$ より小さいので、各閉三角形と各辺は $T$ へ単射に写る。平面の敷き詰めでは、相異なる閉三角形は共有する辺か頂点でしか交わらない。$L$ の平行移動で移り合わない 2 つの三角形の内部の像が $T$ で交わったとすると、一方を $L$ の元で平行移動したものの内部がもう一方の内部と交わり、2 つは同じ三角形の平行移動になってしまう。辺の内部や頂点についても同様である。よって $h$ は単射であり、敷き詰めが平面を覆うので全射でもある。$X$ はコンパクトで $T$ は Hausdorff なので、$h$ は同相写像である。こうして $K_7$ は $T_1$ に胞体埋め込みされ、$7-21+14=0=\chi(T_1)$、$m=21=3(7-0)$ で cor-topgt-edge-bound の等号が成り立つ。$K_7$ がトーラスに埋め込めることは BM76 Exercise 9.1.4(p. 139)にもある。

四面体と球面

$K_4$ を正四面体の頂点と辺に描くと、面は 4 枚の三角形で、正四面体の表面は中心からの放射状の射影で球面と同相である。4 枚の三角形を $K_4$ に境界で貼り付けた空間 $X$ は、各三角形を正四面体の対応する面に写す写像で表面へ連続な全単射に写り、$X$ はコンパクト、表面は Hausdorff なので、$X$ は表面と、したがって球面と同相である。これは $K_4$ の $S^2$ への胞体埋め込みで、$4-6+4=2$、$m=6=3(4-2)$ で cor-topgt-edge-bound の等号が成り立つ。一方、$K_5$ は $S^2$ に埋め込めないが、トーラスには埋め込める(BM76 §9.1 の Figure 9.4 (a)、p. 137)。

反例:胞体埋め込みでない埋め込み

トーラス $T=\mathbb{R}^2/\mathbb{Z}^2$ の、原点の像を中心とする半径 $\frac1{10}$ の閉円板 $D$ の中に、三角形 $K_3$ を、原点を内部に含む小さな正三角形として描く。面は 2 つある。三角形の内部と、残り $R:=T\setminus(\text{三角形とその内部})$ である。$R$ が連結なのは、$T\setminus D$ が弧状連結で、$D$ の中の三角形の外側の点は原点から外向きの線分で $D$ の外までつながるからである。よって
$$ n-m+f=3-3+2=2\neq0=\chi(T) $$
となり、Euler の公式は成り立たない。満たす性質は「$K_3$ の $T$ への埋め込みである」こと、満たさない性質は「胞体埋め込みである」ことで、破れるのは「埋め込みなら $n-m+f=\chi(S)$」という含意である。thm-topgt-euler は、面がすべて多角形の内部として与えられる胞体埋め込みについての定理であり、一般の埋め込みについては成り立たない。

交差数

平面グラフでないグラフを平面に描くと、辺の交差が必ず生じる。その最小個数を測るのが交差数である。この節のグラフは有限単純グラフとする。

良い描画と交差数

グラフ $G=(V,E)$ の平面への 良い描画 $D$ とは、各頂点 $v$ に相異なる点 $p_v\in\mathbb{R}^2$ を、各辺 $uv$ に $p_u$ と $p_v$ を結ぶ単純な弧($[0,1]$ からの連続な単射の像)を対応させ、次を満たすものをいう。
(D1) 辺の弧の内部(両端を除いた部分)は、どの頂点の点も通らない。
(D2) 端点を共有する 2 辺の弧は、共有する端点以外で交わらない。
(D3) 端点を共有しない 2 辺の弧の共有点は有限個である。
辺 $e$ の弧の内部を $e^\circ$ と書き、$\operatorname{cr}(D):=\sum_{\{e,e'\}}\lvert e^\circ\cap e'^\circ\rvert$(和は相異なる 2 辺の組全体)を $D$ の 交差の個数 という。良い描画すべてにわたる $\operatorname{cr}(D)$ の最小値を $G$ の 交差数(crossing number)といい、$\operatorname{cr}(G)$ と書く。

良い描画はいつも存在するので、$\operatorname{cr}(G)$ は定まる。頂点を円周上に置き、辺を線分で描けばよい。どの 3 点も一直線上にないので、2 本の線分は高々 1 点で交わり、端点を共有する 2 本は端点でしか交わらない。交差のない良い描画は平面埋め込みそのものなので、$\operatorname{cr}(G)=0$ は $G$ が平面グラフであることと同値である。交差数の定義には、隣り合う辺の交差を許すものや、交差する辺の組の個数を数えるものなど、いくつかの流儀がある。以下の結果は上の定義についてのものである。

平面グラフの辺数による交差数の下界

頂点が $n\ge3$ 個、辺が $m$ 本の単純グラフ $G$ について
$$ \operatorname{cr}(G)\ge m-3n+6 $$
である。$G$ が二部グラフなら $\operatorname{cr}(G)\ge m-2n+4$ である。

$\operatorname{cr}(D)=c:=\operatorname{cr}(G)$ となる良い描画 $D$ をとる。交差に関わる辺が残っている限り、そのような辺を 1 本選んで描画から除く。残りは $G$ から辺を除いたグラフの良い描画であり、除いた辺が関わっていた交差(1 個以上)がなくなるので、交差の個数は 1 以上減る。よって $k\le c$ 回で交差がなくなる。そのとき残った描画は、頂点 $n$ 個、辺 $m-k$ 本の単純グラフ $G'$ の平面埋め込みであり、$G'$ は平面グラフである。$G$ が二部グラフなら $G'$ も二部グラフである。平面グラフ の系「単純平面グラフの辺数の上界」により $m-k\le3n-6$(二部グラフなら $m-k\le2n-4$)であり、$c\ge k$ から主張が出る。$\square$

$K_5$ と $K_{3,3}$ の交差数

$K_5$ では $m-3n+6=10-15+6=1$、$K_{3,3}$ では二部グラフの評価で $m-2n+4=9-12+4=1$ なので、どちらも交差数は $1$ 以上である。交差が 1 個の良い描画があるので、どちらも交差数はちょうど $1$ である。
$K_5$:頂点を $a=(0,0)$、$b=(4,0)$、$c=(2,4)$、$d=(2,1)$、$e=(2,-2)$ に置き、$ab,bc,ca,ad,bd,cd,ea,eb,ed$ を線分で、$ec$ を折れ線 $(2,-2)\to(-1,-1)\to(-1,5)\to(2,4)$ で描く。交差は線分 $ed$ と $ab$ の $(2,0)$ だけである。
$K_{3,3}$:正六角形の頂点に $a_1,b_1,a_2,b_2,a_3,b_3$ をこの順に置き、六角形の 6 辺と、対角線 $a_1b_2$、$a_3b_1$ を線分で描き、$a_2b_3$ を六角形の外側を回る弧で描く。交差は 2 本の対角線の中心での 1 個だけである。

$K_5$ の描画で交差がほかにないことの確認を開く

三角形 $abc$ の内部の点 $d$ への 3 本の線分 $ad,bd,cd$ は三角形の中にあり、互いに $d$ でしか交わらない。$e$ は三角形の外($y< 0$ の側)にあり、$ea,eb$ は $y\le0$ の範囲で $a,b$ にだけ達する。$ed$ は直線 $x=2$ の上にあり、$ab$($y=0$)と $(2,0)$ で交わり、$cd$ とは $d$ だけを共有する。折れ線 $ec$ の最初の部分は $y< 0$、2 番目は $x=-1$ の上にあり、ほかの辺はすべて $x\ge0$ にある。最後の部分 $(-1,5)\to(2,4)$ の点 $(-1+3t,5-t)$($0\le t< 1$)は $y-2x=7-7t>0$ を満たして直線 $ac$($y=2x$)の上側にあり、$x< 2$ なので $bc$($x\ge2$)とも交わらない。$\square$

thm-topgt-cr-lower の下界は、辺が頂点の個数の 3 倍を少し超える程度のグラフにはよく効くが、辺がもっと多いと弱い。辺が多いグラフでは、次の補題が辺の本数の 3 乗に比例する下界を与える。証明には、頂点をでたらめに選んで小さなグラフに thm-topgt-cr-lower を当てはめる確率の議論を使う。

交差数補題

頂点が $n\ge1$ 個、辺が $m$ 本の単純グラフ $G$ が $m\ge4n$ を満たすなら
$$ \operatorname{cr}(G)\ge\frac{m^3}{64n^2} $$
である。

まず、すべての単純グラフ $H$(頂点 $n_H$ 個、辺 $m_H$ 本)について
$$ \operatorname{cr}(H)\ge m_H-3n_H $$
が成り立つ。$n_H\ge3$ なら thm-topgt-cr-lower から $\operatorname{cr}(H)\ge m_H-3n_H+6$ である。$n_H\le2$ なら $m_H\le1\le3n_H$($n_H=0$ なら $m_H=0$)なので右辺は $0$ 以下である。
$\operatorname{cr}(D)=c:=\operatorname{cr}(G)$ となる良い描画 $D$ をとり、$p:=4n/m$ とおく。仮定から $0< p\le1$ である。各頂点を独立に確率 $p$ で残し、残った頂点の集合を $V'$、$V'$ の 2 頂点を結ぶ $G$ の辺だけからなるグラフを $H$ とする。$D$ から $H$ の頂点と辺だけを残した描画 $D_H$ は $H$ の良い描画である。$n_H$、$m_H$、$X:=\operatorname{cr}(D_H)$ はこの有限確率空間の上の確率変数で、最初に示した不等式により、どの場合にも
$$ X\ge\operatorname{cr}(H)\ge m_H-3n_H $$
である。両辺の期待値をとる。頂点は確率 $p$ で残るので $\mathbb{E}[n_H]=pn$、辺は両端が残るとき残るので $\mathbb{E}[m_H]=p^2m$ である。$D$ の交差 1 個は 2 本の辺の内部の共有点であり、(D2) によりその 2 辺は端点を共有しないので、4 つの相異なる頂点がすべて残るときに限り $D_H$ に残る。その確率は $p^4$ なので $\mathbb{E}[X]=p^4c$ である。期待値の線形性(期待値の線形性と数え上げ の定理「期待値の線形性」)により
$$ p^4c\ge p^2m-3pn,\qquad\text{すなわち}\qquad c\ge\frac{m}{p^2}-\frac{3n}{p^3} $$
である。$p=4n/m$ を代入すると
$$ c\ge\frac{m^3}{16n^2}-\frac{3m^3}{64n^2}=\frac{m^3}{64n^2} $$
を得る。$\square$

完全グラフの交差数の下界

$n\ge9$ なら $\operatorname{cr}(K_n)\ge\dfrac{n(n-1)^3}{512}$ である。

$m=n(n-1)/2$ で、$m\ge4n$ は $n-1\ge8$ と同値である。thm-topgt-crossing-lemma により $\operatorname{cr}(K_n)\ge\frac{n^3(n-1)^3}{8\cdot64n^2}=\frac{n(n-1)^3}{512}$ である。$\square$

thm-topgt-cr-lower から出る $\operatorname{cr}(K_n)\ge\frac{(n-3)(n-4)}{2}$ は $n^2$ の程度でしか増えないが、cor-topgt-complete-crossing の下界は $n^4$ の程度で増え、$n\ge14$ では前者を上回る($n=14$ で $60.0\ldots>55$)。

反例:条件を外すと崩れること

外す条件反例成り立たなくなること
胞体埋め込みであることトーラスの小さな円板の中に描いた三角形(ex-topgt-noncellular)$n-m+f=\chi(S)$
頂点が $3$ 個以上$K_2$ の球面への胞体埋め込み(面は長さ $2$ の 1 枚)$m\le3(n-\chi(S))$
単純グラフであること道 $a\,b\,c$ の各辺を $k$ 本ずつにした多重グラフ交差の個数 $\ge m-3n+6$
$m\ge4n$$K_4$$\operatorname{cr}(G)\ge m^3/(64n^2)$
反例の確認
  1. $K_2$(頂点 $v,w$、辺 $e$)に、長さ $2$ の多角形 1 枚を境界歩道 $v\xrightarrow{e}w\xrightarrow{e}v$ で貼ると、lem-topgt-face-length の証明の詳細の $P/{\sim}$ になり、球面と同相である。これは胞体埋め込みで $2-1+1=2$ だが、$m=1>0=3(2-2)$ である。満たす性質は「単純グラフの胞体埋め込み」、満たさない性質は「$n\ge3$」で、lem-topgt-face-length の結論(面の長さ $3$ 以上)が破れている。
  2. $a=(0,0)$、$b=(1,0)$、$c=(2,0)$ とし、$a,b$ を結ぶ辺を、$a,b$ を通り高さの異なる $k$ 本の円弧($0\le x\le1$ の範囲にある)で描き、$b,c$ も同様に $1\le x\le2$ の範囲の $k$ 本の円弧で描く。$a,b$ を通る相異なる円の弧は $a,b$ 以外で交わらないので、交差のない描画である。$n=3$、$m=2k$ で $m-3n+6=2k-3$ は $k\ge2$ で正だが、交差は $0$ 個である。満たさない性質は「単純グラフ」で、平面グラフ の系「単純平面グラフの辺数の上界」が多重グラフでは成り立たないことが原因である(交差数の定義そのものは単純グラフについてのものなので、ここでは描画の交差の個数で比べている)。
  3. $K_4$ は平面グラフなので $\operatorname{cr}(K_4)=0$ だが、$m=6$、$n=4$ で $m^3/(64n^2)=216/1024>0$ である。$m=6< 16=4n$ なので thm-topgt-crossing-lemma の仮定を満たさない。証明では $p=4n/m\le1$ が確率として意味をもつために $m\ge4n$ を使っている。

補足:曲面上の彩色

曲面に描いたグラフの頂点の彩色にも、Euler の公式が効く。球面(平面)に描けるグラフは 4 色で彩色できる(四色定理)。Euler 標数 $\chi\le1$ の閉曲面 $S$ については、Heawood が 1890 年に、$S$ 上の地図はすべて $\left\lfloor\frac{7+\sqrt{49-24\chi}}{2}\right\rfloor$ 色で塗り分けられることを示した。さらに、Klein の壺($\chi=0$ の向き付け不可能な曲面)を除くすべての $\chi\le1$ の閉曲面で、この色数が実際に必要になる地図がある。これは地図彩色定理(map colour theorem)とよばれる。トーラス($\chi=0$)ではこの値は $7$ である。ex-topgt-k7-torus の $K_7$ はトーラスに描けるグラフで、7 頂点が互いに隣り合うので、頂点の彩色には 7 色が要る。これらの主張はこの記事では証明しない(BM76 付録 III, pp. 243–244)。四色定理 の記事の注意「曲面上の地図の塗り分け」も参照。
平面性の特徴づけとしては、有限グラフが平面グラフであるのは $K_5$ の細分も $K_{3,3}$ の細分も含まないときに限るという Kuratowski の定理がある(平面グラフ の定理「Kuratowskiによる平面性の特徴づけ」)。

関連項目

参考文献

[1]
J. A. Bondy, U. S. R. Murty, Graph Theory with Applications, Macmillan / American Elsevier, 1976, §9.1(pp. 136–137、曲面への埋め込みと Figure 9.4 (a) の K5 のトーラスへの埋め込み)、Exercise 9.1.4(p. 139、K7 のトーラスへの埋め込み)、Appendix III Embeddings (ii)(pp. 243–244、Heawood の評価 (III.2) と地図彩色定理)

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