レベル2多重ゼータ値(multiple zeta values of level two)とは、多重ゼータ級数の和を分母の偶奇によって細分して得られる値である。代表例は、すべての分母を奇数に制限する多重 t 値と、奇数・偶数を交互に指定する多重 T 値である。本記事では収束、深さ1の評価、t 値の調和積、交代多重ゼータ値への展開を証明し、二つの積構造の違いを説明する。
レベル2多重ゼータ値では、多重ゼータ値の和に現れる整数を偶数と奇数に分ける。とくに重要なのが、すべての分母を奇数に制限する多重 $t$ 値と、奇数・偶数を交互に指定する多重 $T$ 値である。
正整数の列 $\boldsymbol{k}=(k_1,\ldots,k_r)$ をインデックスといい、$r$ を深さ、$k_1+\cdots+k_r$ を重さという。本記事では添字を
$$
0< n_1<\cdots< n_r
$$
の順に並べるので、級数の収束を保証する条件は $k_r\ge 2$ である。この条件を満たすインデックスを許容インデックスという。
許容インデックス $\boldsymbol{k}=(k_1,\ldots,k_r)$ に対し、多重 $t$ 値(multiple $t$-value)を
$$
t(\boldsymbol{k})
:=\sum_{0< n_1<\cdots< n_r}
\frac{1}{(2n_1-1)^{k_1}\cdots(2n_r-1)^{k_r}}
$$
で定める。また $t(\emptyset):=1$ とする。
これは通常の多重ゼータ級数から、分母がすべて奇数である項だけを抜き出したものである。
許容インデックス $\boldsymbol{k}=(k_1,\ldots,k_r)$ に対し、多重 $T$ 値(multiple $T$-value)を
$$
T(\boldsymbol{k})
:=2^r\sum_{\substack{0< n_1<\cdots< n_r\\ n_i\equiv i\pmod 2}}
\frac{1}{n_1^{k_1}\cdots n_r^{k_r}}
$$
で定める。また $T(\emptyset):=1$ とする。
多重 $T$ 値では、$n_1$ は奇数、$n_2$ は偶数、$n_3$ は奇数、というように分母の偶奇が交互に指定される。多重 $t$ 値は調和積と、多重 $T$ 値は反復積分から来るシャッフル積と特に相性がよい。この二つは同じ対象の別表記ではない。
$k_1,\ldots,k_{r-1}\ge 1$ かつ $k_r\ge 2$ ならば、$t(\boldsymbol{k})$ と $T(\boldsymbol{k})$ を定める級数は絶対収束する。
すべての項が非負なので、絶対収束は通常の収束と同じである。$2n_i-1\ge n_i$ より
$$
0\le t(\boldsymbol{k})
\le \sum_{0< n_1<\cdots< n_r}\frac{1}{n_1^{k_1}\cdots n_r^{k_r}},
$$
また合同条件を外せば
$$
0\le T(\boldsymbol{k})
\le 2^r\sum_{0< n_1<\cdots< n_r}\frac{1}{n_1^{k_1}\cdots n_r^{k_r}}.
$$
右辺の共通の級数を調べる。$n_r=N$ を固定すると、$k_i\ge1$ だから内側の和は
$$
\sum_{0< n_1<\cdots< n_{r-1}< N}\frac{1}{n_1^{k_1}\cdots n_{r-1}^{k_{r-1}}}
\le \frac{1}{(r-1)!}\left(\sum_{n=1}^{N-1}\frac1n\right)^{r-1}.
$$
調和和は $1+\log N$ 以下なので、全体は
$$
\frac{1}{(r-1)!}\sum_{N=1}^{\infty}\frac{(1+\log N)^{r-1}}{N^{k_r}}
$$
で抑えられる。$k_r\ge2$ のときこの級数は積分判定法で収束する。比較判定法により二つの級数も収束する。$\square$
許容条件を外すと常に同じ式が収束するわけではない。深さ1では
$$
t(1)=\sum_{n=1}^{\infty}\frac{1}{2n-1}
$$
が発散する。また $T(1)=2t(1)$ も発散する。したがって、少なくとも深さ1では $k_r\ge2$ を落とせない。
深さ1では二つの変種はRiemannゼータ値へ直ちに帰着する。
整数 $k\ge2$ に対して
$$
t(k)=(1-2^{-k})\zeta(k),\qquad
T(k)=2(1-2^{-k})\zeta(k)
$$
が成り立つ。
正整数を奇数と偶数に分けると
$$
\zeta(k)=\sum_{n=1}^{\infty}\frac1{n^k}
=\sum_{n=1}^{\infty}\frac1{(2n-1)^k}
+\sum_{n=1}^{\infty}\frac1{(2n)^k}
=t(k)+2^{-k}\zeta(k).
$$
よって $t(k)=(1-2^{-k})\zeta(k)$ である。深さ1の合同条件は $n_1\equiv1\pmod2$ だから、定義より $T(k)=2t(k)$ であり、第2式も従う。$\square$
$\zeta(2)=\pi^2/6$ と $\zeta(4)=\pi^4/90$ から
$$
t(2)=\frac{\pi^2}{8},\qquad T(2)=\frac{\pi^2}{4},\qquad
t(4)=\frac{\pi^4}{96}
$$
を得る。
多重 $t$ 値では分母がすべて同じ奇数集合を走るため、通常の多重ゼータ値と同じ「領域分割」によって積を計算できる。一般の調和積については Hof19 を参照されたい。ここでは最も基本的な深さ1どうしの場合を完全に示す。
整数 $a,b\ge2$ に対して
$$
t(a)t(b)=t(a,b)+t(b,a)+t(a+b)
$$
が成り立つ。
絶対収束するので二重級数の項を並べ替えられる。したがって
$$
t(a)t(b)=\sum_{m,n\ge1}\frac{1}{(2m-1)^a(2n-1)^b}
$$
の和の領域を $m< n$、$n< m$、$m=n$ の三つに分割できる。最初の領域の和は $t(a,b)$、二つ目は添字を交換して $t(b,a)$、対角部分は
$$
\sum_{n=1}^{\infty}\frac{1}{(2n-1)^{a+b}}=t(a+b)
$$
である。三つを足せば主張を得る。$\square$
$a=b=2$ とすると
$$
t(2)^2=2t(2,2)+t(4)
$$
である。したがって
$$
t(2,2)=\frac12\left(\frac{\pi^4}{64}-\frac{\pi^4}{96}\right)
=\frac{\pi^4}{384}
$$
となる。
上の証明は「各添字が常に奇数を走る」ことを使っている。多重 $T$ 値では位置によって奇数・偶数の条件が変わるため、積の領域を分けたときに同じ偶奇パターンが保たれない。したがって $t$ 値の調和積公式で記号 $t$ を単に $T$ に置き換えることはできない。多重 $T$ 値の自然な積構造は反復積分に由来するシャッフル積である KT20。
$\boldsymbol{\varepsilon}=(\varepsilon_1,\ldots,\varepsilon_r)\in\{0,1\}^r$ に対し
$$
\zeta_2(\boldsymbol{k};\boldsymbol{\varepsilon})
:=\sum_{\substack{0< n_1<\cdots< n_r\\ n_i\equiv\varepsilon_i\pmod2}}
\frac{1}{n_1^{k_1}\cdots n_r^{k_r}}
$$
とおく。すると
$$
t(\boldsymbol{k})=\zeta_2(\boldsymbol{k};1,\ldots,1),
$$
$$
T(\boldsymbol{k})=2^r\zeta_2(\boldsymbol{k};1,0,1,0,\ldots)
$$
である。後式の色は第 $i$ 成分が $i$ の $2$ を法とする剰余になっている。
許容インデックス $\boldsymbol{k}$ と $\boldsymbol{\varepsilon}\in\{0,1\}^r$ に対し、$\zeta_2(\boldsymbol{k};\boldsymbol{\varepsilon})$ は符号因子
$(-1)^{\delta_1n_1+\cdots+\delta_rn_r}$ をもつ多重級数の有理数係数線形結合として書ける。したがって多重 $t$ 値と多重 $T$ 値は交代多重ゼータ値の空間に属する。
整数 $n$ と $\varepsilon\in\{0,1\}$ に対し、合同条件の指示関数は
$$
\boldsymbol{1}_{n\equiv\varepsilon\ (\mathrm{mod}\ 2)}
=\frac12\left(1+(-1)^{n-\varepsilon}\right)
=\frac12\sum_{\delta\in\{0,1\}}(-1)^{\delta(n-\varepsilon)}
$$
である。各 $i$ についてこの式を掛け、絶対収束する級数へ代入すると
$$
\zeta_2(\boldsymbol{k};\boldsymbol{\varepsilon})
=2^{-r}\sum_{\boldsymbol{\delta}\in\{0,1\}^r}
(-1)^{\delta_1\varepsilon_1+\cdots+\delta_r\varepsilon_r}
\sum_{0< n_1<\cdots< n_r}
\frac{(-1)^{\delta_1n_1+\cdots+\delta_rn_r}}
{n_1^{k_1}\cdots n_r^{k_r}}.
$$
ここで $-\delta_i\varepsilon_i$ と $\delta_i\varepsilon_i$ は $2$ を法として同じなので、表示した符号でよい。右辺の内側が交代多重ゼータ値であり、主張が従う。$\square$
Hoffman は多重 $t$ 値を体系的に研究し、その調和積、反復引数の公式、低い重さの関係式を与えた Hof19。Kaneko–Tsumura は多重 $T$ 値を多重 $t$ 値の「シャッフル側の対応物」として導入し、反復積分表示、シャッフル関係式、双対性、和公式を示した KT20。
この違いは次のように整理できる。
| 対象 | 和に課す条件 | 直接見える積構造 |
|---|---|---|
| 多重 $t$ 値 | すべての分母が奇数 | 級数の領域分割による調和積 |
| 多重 $T$ 値 | 奇数・偶数を位置ごとに交互指定 | 反復積分によるシャッフル積 |
通常の多重ゼータ値、$t$ 値、$T$ 値の張る空間の相互関係や、重さごとの次元には未解決の問題が残る。低い重さの数値計算から得られた次元表を一般定理と混同してはならない。とくに KT20 §5 の包含関係の一部は予想として提示されている。
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