非輪状空間

同義語:acyclic space

概要

非輪状空間(acyclic space)とは、空でない位相空間で、整数係数の被約ホモロジー群がすべて $0$ であるもの、すなわちホモロジーでは一点と区別できない空間である。非輪状であることは、任意の係数の被約ホモロジーや被約コホモロジーがすべて消えることと同値で、その基本群は完全群になる。非輪状な CW 複体が可縮であるための必要十分条件は単連結であることであり、2 つの円周に 2 つの 2 胞体を貼った Hatcher の複体や、Poincaré ホモロジー球面から開球体を除いた多様体は、非輪状だが可縮でない例である。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 特異ホモロジー, 胞体ホモロジー, 基本群, Hurewiczの定理, Whiteheadの定理

非輪状空間(acyclic space)とは、空でない位相空間で、整数係数の被約ホモロジー群がすべて $0$ であるもの、すなわちホモロジーでは一点と区別できない空間である。可縮な空間は非輪状だが、逆は成り立たない。
非輪状な CW 複体が可縮であるための必要十分条件は、単連結であることである。したがって、可縮でない非輪状な CW 複体では、ずれはすべて基本群に現れ、その基本群は自明でない完全群(アーベル化が自明な群)になる。この記事では、非輪状性の言い換えとこの判定を証明し、Hatcher が挙げた 2 次元の CW 複体が非輪状で可縮でないこと、Poincaré ホモロジー球面から開球体を除いた多様体が同じ性質をもつことを示す。

定義

ホモロジーは特異ホモロジーで、係数を書かないときは整数係数である。

非輪状空間

空でない位相空間 $X$ が、すべての $n$ について $\tilde H_n(X;\mathbb Z)=0$ を満たすとき、$X$ を非輪状空間という。

$\tilde H_0(X)=0$ なので、非輪状空間は弧状連結である。一点への写像 $X\to\mathrm{pt}$ は、非輪状性のもとですべての次数のホモロジーに同型を誘導する。

係数を変えた言い換え

空でない位相空間 $X$ について、次は同値である。

  1. $X$ は非輪状である。
  2. すべてのアーベル群 $G$ とすべての $n$ について $\tilde H_n(X;G)=0$ である。
  3. すべてのアーベル群 $G$ とすべての $n$ について $\tilde H^n(X;G)=0$ である。

点 $x_0\in X$ を選ぶと、対 $(X,x_0)$ の長完全列は一点への写像で分裂するので、任意の係数で $\tilde H_n(X;G)\cong H_n(X,x_0;G)$、$\tilde H^n(X;G)\cong H^n(X,x_0;G)$ である。普遍係数定理 の定理「特異コホモロジーの普遍係数定理」の 2 つの短完全列を対 $(X,x_0)$ に当てる。1 なら、整数係数の群 $H_k(X,x_0)$ がすべて $0$ なので、$\otimes G$・$\operatorname{Tor}$・$\operatorname{Hom}$・$\operatorname{Ext}$ の項がすべて $0$ になり、2 と 3 が従う。2 から 1 は $G=\mathbb Z$ とすればよい。3 なら、短完全列から $\operatorname{Hom}(H_n(X,x_0),G)=0$ がすべての $G$ で成り立つ。$G=H_n(X,x_0)$ とすると恒等写像が $0$ なので $H_n(X,x_0)=0$ であり、1 が従う。$\square$

基本群は完全群

非輪状空間 $X$ の基本群 $\pi_1(X,x_0)$ は完全群である。

$X$ は弧状連結なので、Hurewiczの定理 の定理「1 次元の Hurewicz の定理」により $\pi_1(X,x_0)^{\mathrm{ab}}\cong H_1(X)=0$ である。アーベル化が自明であることは、交換子群が全体に等しいこと、すなわち完全群であることにほかならない(完全群 の定義「完全群」)。$\square$

単連結性による判定

非輪状な CW 複体の可縮性

空でない CW 複体 $X$ について、次は同値である。

  1. $X$ は可縮である。
  2. $X$ は非輪状で、単連結である。

1 ⇒ 2:可縮な空間は一点とホモトピー同値なので、ホモロジーと基本群は一点のものと同型であり、非輪状で単連結である。
2 ⇒ 1:$X$ の $0$ 胞体 $x_0$ を選び、包含 $i\colon\{x_0\}\to X$ を考える。$\{x_0\}$ と $X$ はどちらも単連結な CW 複体である。$X$ が非輪状なので、$i$ はすべての次数のホモロジーに同型を誘導する($n\ge1$ では両辺とも $0$、$n=0$ では $X$ が弧状連結なので $\mathbb Z\to\mathbb Z$ の同型)。Hurewiczの定理 の系「ホモロジーによる Whitehead の定理」により $i$ はホモトピー同値であり、$X$ は可縮である。$\square$

単連結性は「ホモロジーで見えない部分は基本群にしかない」ことを保証する条件である。単連結な CW 複体では、最初の $0$ でないホモトピー群がホモロジーに現れるので(Hurewiczの定理 の定理「Hurewicz の定理」)、ホモロジーがすべて消えればホモトピー群もすべて消える。

懸垂は可縮

$X$ を非輪状な CW 複体とすると、懸垂 $SX$ は可縮である。

$SX$ は $X\times[0,1]$ の積の CW 構造から CW 複体になる(Hat02 Chapter 0、p. 9)。$X$ は弧状連結なので、懸垂 の定理「懸垂の単連結性」により $SX$ は単連結である。同記事の定理「懸垂同型」により $\tilde H_{k+1}(SX)\cong\tilde H_k(X)=0$($k\ge0$)かつ $\tilde H_0(SX)=0$ なので、$SX$ は非輪状である。acy-thm-contractible により $SX$ は可縮である。$\square$

可縮でない非輪状空間 $X$ では、包含 $X\to CX$(錐)や $X\to\mathrm{pt}$ はホモロジーの同型だがホモトピー同値でなく、$X$ が CW 複体なら懸垂すると差が消える(acy-cor-suspension)。写像錐(位相) の反例の表は、この現象を使って単連結性の仮定が要ることを示している。

例

群の表示 $\langle x_1,\dots,x_n\mid r_1,\dots,r_m\rangle$ に対し、$n$ 個の円周のウェッジ和に語 $r_1,\dots,r_m$ に沿って $2$ 胞体を貼った CW 複体を表示複体という。その基本群は表示された群である(Hat02 Proposition 1.26、p. 50)。

生成元と関係子が同数の表示

$n=m$ のとき、表示複体 $K$ が非輪状であるための必要十分条件は、表示された群 $\Gamma$ が完全群であることである。

$K$ の胞体鎖複体は $0\to\mathbb Z^n\xrightarrow{d_2}\mathbb Z^n\xrightarrow{d_1}\mathbb Z\to0$ で、$0$ 胞体が 1 つなので $d_1=0$ である(胞体ホモロジー の定理「胞体境界公式」)。よって $H_1(K)=\operatorname{coker}d_2$、$H_2(K)=\ker d_2$ であり、3 次以上は $0$ である。$K$ は弧状連結なので、Hurewiczの定理 の定理「1 次元の Hurewicz の定理」により $H_1(K)\cong\Gamma^{\mathrm{ab}}$ である。非輪状なら $\Gamma^{\mathrm{ab}}=0$ で、$\Gamma$ は完全群である。逆に $\Gamma$ が完全群なら $d_2\colon\mathbb Z^n\to\mathbb Z^n$ は全射である。像が自由なので $\mathbb Z^n\cong\ker d_2\oplus\mathbb Z^n$ と分裂し、階数を比べると $\ker d_2$ は階数 $0$ の自由アーベル群(自由アーベル群の部分群は自由)、すなわち $0$ である。よって $H_2(K)=0$ でもあり、$K$ は非輪状である。$\square$

関係子が生成元より多いと、群が完全でも $H_2$ が残りうる($\langle x\mid x,x\rangle$ では群は自明だが、$d_2=(1\ 1)\colon\mathbb Z^2\to\mathbb Z$ の核として $H_2(K)\cong\mathbb Z$ である)。生成元と関係子が同数で自明でない完全群を与える表示があれば、acy-prop-balanced と acy-thm-contractible により、可縮でない非輪状な $2$ 次元複体が得られる。次の例はその具体例である。

Hatcher の非輪状 2 次元複体

2 つの円周のウェッジ和 $S^1\vee S^1$($1$ 胞体を $a,b$ とする)に、語 $a^5b^{-3}$ と $b^3(ab)^{-2}$ に沿って $2$ 胞体を 2 つ貼った CW 複体を $X$ とする。

  1. $X$ は非輪状である。
  2. 基本群 $\pi_1(X)\cong\langle a,b\mid a^5b^{-3},\ b^3(ab)^{-2}\rangle$ から交代群 $A_5$ への全射準同型がある。とくに $\pi_1(X)$ は自明でなく、$X$ は可縮でない。

1. 胞体鎖複体は $0\to\mathbb Z^2\xrightarrow{d_2}\mathbb Z^2\xrightarrow{d_1}\mathbb Z\to0$ である。$0$ 胞体は 1 つなので、胞体ホモロジー の定理「胞体境界公式」により $d_1=0$ である。同定理の $d_2$ の係数は、接着写像の語を一方の円周につぶしたループの写像度であり、$\pi_1(S^1)\cong\mathbb Z$ の中ではその文字の指数の和である。$a^5b^{-3}$ は $(5,-3)$、$b^3(ab)^{-2}=b^3b^{-1}a^{-1}b^{-1}a^{-1}$ は $(-2,1)$ を与えるので、
$$ d_2=\begin{pmatrix}5&-2\\-3&1\end{pmatrix},\qquad\det d_2=5-6=-1 $$
であり(Hat02 Example 2.38、p. 142)、$d_2$ は $\mathbb Z^2$ の自己同型である。よって $H_2(X)=\ker d_2=0$、$H_1(X)=\mathbb Z^2/\operatorname{im}d_2=0$、$H_0(X)=\mathbb Z$ であり、3 次以上の胞体はないので $X$ は非輪状である。
2. $2$ 胞体の貼り付けは、$\pi_1(S^1\vee S^1)$ を接着写像の語が生成する正規部分群で割る(Hat02 Proposition 1.26、p. 50)ので、表示が得られる。置換の積を写像の合成(右から先に作用)とし、$\sigma:=(1\,2\,3\,4\,5)$、$\tau:=(2\,5\,3)$ とおくと、
$$ \sigma\tau=(1\,2)(4\,5),\qquad\sigma^5=\tau^3=(\sigma\tau)^2=1 $$
である($\sigma\tau$ は $1\mapsto2\mapsto1$、$3\mapsto3$、$4\mapsto5\mapsto4$)。よって $a\mapsto\sigma$、$b\mapsto\tau$ は 2 つの関係子を恒等置換に写し、準同型 $\rho\colon\pi_1(X)\to S_5$ を定める(群の表示 の命題「表示からの準同型」)。$\sigma,\tau$ は偶置換なので像 $H$ は $A_5$ に入り、位数 $5$ と $3$ の元を含むので、$|H|$ は $15$ の倍数で $60$ の約数、すなわち $15,30,60$ のいずれかである。$|H|=15$ または $30$ なら、指数 $k=4$ または $2$ であり、$A_5$ の剰余類 $A_5/H$ への左からの作用は準同型 $A_5\to S_k$ を与える。その核は $H$ に含まれる正規部分群なので、交代群 の定理「交代群の単純性」により自明であり、$A_5$ が $S_k$(位数 $24$ または $2$)に埋め込まれることになって矛盾する。よって $H=A_5$ で、$\rho$ は $A_5$ への全射である。可縮な空間の基本群は自明なので、$X$ は可縮でない。$\square$

Hat02 Example 2.38(p. 142)は、$\rho$ を正十二面体の回転群($A_5$ と同型。交代群 の定理「正二十面体の回転群との同型」)への写像として与え、さらに $\rho$ の核が中心の位数 $2$ の部分群で $\pi_1(X)$ の位数が $120$ であることを述べている。この記事ではこの核の計算は証明しない。$X$ は acy-thm-contractible で単連結性を外せないことを示す例であり、同書 p. 368 はこれをおそらく最も簡単な、可縮でない非輪状空間として挙げている。
閉多様体からも非輪状空間が得られる。

Poincaré ホモロジー球面から球体を除いた多様体

$P$ を Poincaré ホモロジー球面(Poincaréホモロジー球面)、$B\subset P$ を座標近傍の中の閉球体とし、$M:=P\setminus\operatorname{int}B$ とおく。$M$ は境界 $S^2$ をもつコンパクトな $3$ 次元多様体で、非輪状であり、$\pi_1(M)\cong\pi_1(P)$ は位数 $120$ の群なので、可縮でない。

$x$ を $B$ の中心とする。$P\setminus\{x\}$ は $B\setminus\{x\}$ を半径方向に押し出して $M$ に変位レトラクトするので、包含 $(P,M)\to(P,P\setminus\{x\})$ は 5 項補題によりホモロジーの同型を誘導する。閉集合 $P\setminus\operatorname{int}B$ を切除すると $H_k(P,P\setminus\{x\})\cong H_k(\operatorname{int}B,\operatorname{int}B\setminus\{x\})\cong\tilde H_{k-1}(S^2)$ であり($\operatorname{int}B$ は可縮で、$\operatorname{int}B\setminus\{x\}$ は $S^2$ とホモトピー同値)、これは $k=3$ で $\mathbb Z$、ほかで $0$ である。$P$ は連結な閉 $3$ 次元多様体で $H_3(P)\cong\mathbb Z$ なので、Hat02 Theorem 3.26(p. 236)により $\mathbb Z$ 向き付け可能で、$H_3(P)\to H_3(P,P\setminus\{x\})$ は同型である(向き付け不可能なら $H_3(P)=0$ になる)。
対 $(P,M)$ の長完全列
$$ H_4(P,M)=0\to H_3(M)\to H_3(P)\xrightarrow{\cong}H_3(P,M)\to H_2(M)\to H_2(P)=0 $$
から $H_3(M)=0$、$H_2(M)=0$ であり、$H_2(P,M)=H_1(P,M)=0$ と $H_1(P)=0$ から $H_1(M)=0$、同様に $\tilde H_0(M)=0$ である。$4$ 次以上は $P$ と $(P,M)$ の両方で $0$ なので $M$ でも $0$ である。
基本群:$U:=P\setminus\{x\}$($M$ とホモトピー同値)と $V:=\operatorname{int}B$ に Seifert–van Kampen の定理を当てると、$U\cap V\cong S^2\times(0,1)$ は単連結なので、$\pi_1(P)\cong\pi_1(U)\ast\pi_1(V)=\pi_1(M)$ である(van Kampenの定理 の系「群の表示による記述」)。$\pi_1(P)$ は位数 $120$ の二項 $20$ 面体群である(Poincaréホモロジー球面 の定理「Poincaré ホモロジー球面の基本性質」)。$\square$

$\pi_1(M)$ は完全群であり、これは acy-prop-perfect とも、Poincaréホモロジー球面 の定理「Poincaré ホモロジー球面の基本性質」の 2 とも合っている。

条件を外した反例

acy-thm-contractible の 2 ⇒ 1 について、仮定を 1 つずつ外す。

外す条件反例成り立たなくなること
単連結acy-prop-hatcher の 2 次元複体 $X$非輪状なら可縮
CW 複体であるワルシャワ円 $W$非輪状で単連結なら可縮
反例の確かめ

1 行目の $X$ は CW 複体で非輪状だが、基本群が自明でないので単連結でなく、可縮でもない(acy-prop-hatcher)。2 行目の $W$ は非輪状で単連結だが可縮でない。

確かめを開く

ワルシャワ円 $W$ は弧状連結で、すべての点ですべてのホモトピー群 $\pi_n$($n\ge1$)が自明であり、可縮でない(位相幾何学者の正弦曲線 の命題「ワルシャワ円のホモトピー群と可縮性」)。とくに単連結である。$W$ から一点への写像は弱ホモトピー同値なので(弱ホモトピー同値 の例「ワルシャワ円」)、特異ホモロジーの同型を誘導し(CW近似 の注意「特異ホモロジーと直積」)、$W$ は非輪状である。$W$ は CW 複体のホモトピー型をもたない(もてば acy-thm-contractible により可縮になる)。

補足

  • ほかの「非輪状」:鎖複体が完全であること(ホモロジーが $0$)も非輪状とよばれ、層のコホモロジーで高次のコホモロジーが消える開被覆は非輪状被覆とよばれる(Lerayの定理(非輪状被覆))。グラフ理論の非輪状グラフ(閉路のないグラフ)は別の概念である。
  • 体係数の場合:ある体の係数でだけ被約ホモロジーが消える空間もある。たとえば $\mathbb{RP}^2$ は標数が $2$ でない体の係数では一点と同じホモロジーをもつ(位相空間のPoincaré級数)が、整数係数では $H_1=\mathbb Z/2$ なので非輪状でない。
  • ホモロジー球面:連結な閉 $n$ 次元多様体 $\Sigma$ が $S^n$ と同じ整数係数ホモロジーをもつとき、acy-ex-poincare と同じ議論で $\Sigma$ から開球体を除いた多様体は非輪状になる。

関連項目

参考文献

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