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定義
位相空間としてのくし空間 $C$ は、ユークリッド平面 $\mathbb{R}^2$ の部分集合として以下のように定義される。
くし空間 (Comb space)
$$C \colon= \left( \{0\}\times[0,1] \right) \cup \left( [0,1]\times \{0\} \right) \cup \left( \left\{\frac{1}{n}\;\middle|\; n \in \mathbb{N} \right\}\times [0,1] \right)$$
この集合に $\mathbb{R}^2$ からの相対位相を入れたものをくし空間と呼ぶ。
この図形は以下の3つのパーツから構成されていると解釈できる。
- 極限の歯 (The limit spike): $y$ 軸上の線分 $\{0\}\times[0,1]$。
- 背骨 (The base): $x$ 軸上の区間 $[0,1]\times \{0\}$。
- 歯 (The teeth): $x = 1/n$ に立つ無数の線分。右から左へと密集していく。
重要な位相的性質
くし空間は、「大域的には単純だが、局所的には複雑」という特徴を持つ。
1. 可縮性と局所可縮性
くし空間全体は、連続的に1点に変形可能であるが、各点の近傍が同様の性質を持つとは限らない。
可縮だが局所可縮ではない
- 可縮性:
くし空間 $C$ は可縮(Contractible)である。
すなわち、$C$ 上の恒等写像は、ある1点(例えば原点 $(0,0)$)への定値写像とホモトピー同値である。
(証明の直観:すべての歯を一度背骨 $y=0$ まで押し下げ、その後背骨を原点 $x=0$ に向かって縮めればよい) - 非局所可縮性:
くし空間 $C$ は点 $p=(0,1)$ において**局所可縮ではない**。
点 $p$ のどんなに小さな近傍 $U$ をとっても、その中には $p$ 自身とは繋がっていない($U$ の内部だけでは連続的に $p$ に縮められない)無数の歯の先端が含まれてしまうためである。
2. 変形レトラクトと強変形レトラクト
「点 $x_0$ を動かさずに全体を $x_0$ に縮められるか(強変形レトラクト)」という観点では、選ぶ点によって性質が劇的に異なる。
レトラクトの性質
- 原点 $(0,0)$:
くし空間 $C$ は、原点 $\{(0,0)\}$ を強変形レトラクト(Strong deformation retract)として持つ。
(原点を一切動かさずに、全体を原点に縮めるホモトピーが存在する) - 点 $(0,1)$:
点 $q = (0,1)$ は $C$ の変形レトラクトではある($C$ が可縮なので)が、強変形レトラクトではない。
($q$ を固定したまま全体を $q$ に縮めようとすると、近傍の歯を $q$ に持ってくる過程で連続性が保てない、あるいは $q$ 自身を一度動かす必要が生じる)
3. 原点抜きくし空間の連結性
くし空間から原点(背骨と極限の歯の結合点)を取り除いた空間 $C' = C \setminus \{(0,0)\}$ は、連結性と弧状連結性の乖離を示す好例となる。
連結だが弧状連結ではない
原点を除いた空間 $C'$ について:
- 連結である:
背骨の残りの部分と歯の和集合 $A$ は連結であり、極限の歯(の残り) $B = \{0\}\times(0,1]$ は $A$ の閉包に含まれる($B \subset \overline{A}$)。したがってその和集合 $C'$ も連結である。 - 弧状連結ではない:
極限の歯にある点(例: $(0,1)$)と、その他の点(例: $(1,1)$)を結ぶ道(連続曲線)は存在しない。
(任意の道は、密集する歯を渡って極限の歯に到達するために、削除された原点 $(0,0)$ を通過しなければならないため)
この性質から、以下の論理的帰結が得られる。
局所弧状連結性の破れ
一般に「連結 かつ 局所弧状連結 $\implies$ 弧状連結」という定理が知られている。原点抜きくし空間 $C'$ は「連結」だが「弧状連結」ではないため、対偶により局所弧状連結ではないことがわかる。(実際には、くし空間 $C$ 自体が $(0,1)$ 付近で局所連結ですらない)
関連項目