くし空間

同義語:櫛空間Comb space

概要

くし空間(comb space)とは、平面 $\mathbb{R}^2$ の部分集合 $([0,1]\times\{0\})\cup(\{0\}\times[0,1])\cup(\{1/n \mid n\ge 1\}\times[0,1])$ に相対位相を入れた空間である。弧状連結で可縮であり、原点は全時刻動かさずに全体を縮める中心にできるが、点 $(0,1)$ をそのように固定することはできない。極限の歯の上の原点以外の各点では局所連結でも局所可縮でもなく、大域的な良さと局所的な良さが独立であることを示す標準的な反例になっている。極限の歯をほぼ取り去った削除くし空間と、原点だけを取り去った原点抜きくし空間は、いずれも連結だが弧状連結でない別の空間である。

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前提知識: 位相空間, 相対位相, 連結空間, 弧状連結空間

定義

くし空間は、平面 $\mathbb{R}^2$ の中に具体的に書き下せる図形に相対位相を入れた空間である。以下、$\mathbb{N}$ は $0$ を含むものとし、歯の位置を表す集合を
$$T:=\left\{\frac{1}{n} \;\middle|\; n\in\mathbb{N},\ n\ge 1\right\}=\left\{1,\frac{1}{2},\frac{1}{3},\dots\right\}$$
と書く。

くし空間の定義

$\mathbb{R}^2$ の部分集合
$$C:=\bigl([0,1]\times\{0\}\bigr)\cup\bigl(\{0\}\times[0,1]\bigr)\cup\bigl(T\times[0,1]\bigr)$$
に $\mathbb{R}^2$ からの相対位相を入れた位相空間 $C$ をくし空間(comb space、櫛空間)という。三つの部分をそれぞれ次のように呼ぶ。

  1. 背骨:$x$ 軸上の区間 $[0,1]\times\{0\}$。
  2. 歯:$x=1/n$($n\ge1$)の上に立つ縦線分 $\{1/n\}\times[0,1]$。
  3. 極限の歯:$y$ 軸上の線分 $\{0\}\times[0,1]$。歯の位置 $1/n$ が $0$ に集積する先に立っている。

くし空間から一部を取り除いた二つの部分空間が、それぞれ別の標準的な反例として使われる。名前も図形も似ているが同じ空間ではなく、成り立つ性質も異なるので、本記事では最後まで区別して扱う。

削除くし空間の定義

くし空間 $C$ から、極限の歯のうち両端 $(0,0)$ と $(0,1)$ を除いた部分を取り去った空間
$$D:=C\setminus\bigl(\{0\}\times(0,1)\bigr)=\bigl([0,1]\times\{0\}\bigr)\cup\bigl(T\times[0,1]\bigr)\cup\{(0,1)\}$$
を削除くし空間(deleted comb space)という。点 $(0,0)$ は背骨の左端として $D$ に残り、点 $(0,1)$ は極限の歯の上で原点以外にただ一つ残った点として $D$ に属する。この $(0,1)$ は $D$ の孤立点ではない(歯の先端 $(1/n,1)$ がいくらでも近づくので、$\{(0,1)\}$ は $D$ の開集合ではない)。

原点抜きくし空間の定義

くし空間 $C$ から原点だけを取り去った空間
$$C':=C\setminus\{(0,0)\}$$
を原点抜きくし空間という。英語名の定着状況は未確認であり、「原点抜きくし空間」は本記事内の呼称として用いる。原点は背骨と極限の歯の接合点なので、$C'$ では極限の歯の残り $\{0\}\times(0,1]$ が背骨から切り離される。

直感

くし空間の形は次のとおりである。$x$ 軸上に長さ $1$ の背骨を横たえ、そこから真上に、$x=1,\ 1/2,\ 1/3,\dots$ の位置に高さ $1$ の歯を立てる。歯は右から左へ向かうにつれて間隔が縮み、$x=0$ に集積する。その集積先の位置にも、同じ高さ $1$ の線分(極限の歯)が立っている。歯と歯のあいだ、および歯と極限の歯のあいだには、背骨より上には何も無い。
この図形の性質はすべて、次の一点から出る。歯の先端 $(1/n,1)$ は $n\to\infty$ で極限の歯の先端 $(0,1)$ に収束するが、$(1/n,1)$ から $(0,1)$ へ図形の中を移動するには、いったん歯を根元 $(1/n,0)$ まで下り、背骨を左端まで進み、極限の歯を上まで登るしかない。つまり「近くにある」ことと「近くを通って行ける」ことが食い違う。大域的には背骨を経由して自由に行き来できるので図形はひと塊であり、しかも一点に潰せる。それでいて、極限の歯の上の点のまわりだけを小さく切り取ると、その切り取った部分は極限の歯のかけらと無数の歯のかけらとにばらばらに分かれてしまう。
削除くし空間は、この極限の歯の原点 $(0,0)$ と先端 $(0,1)$ を残して、その間を取り去った形である。取り去った結果、$(0,1)$ は他のどの点とも道で結べない点になるが、歯の先端がいくらでも近づくので、空間から切り離されて(非連結になって)はいない。位相的に孤立しているのではなく、道でだけ届かないのである。原点抜きくし空間は、背骨と極限の歯の接合点だけを取り去った形で、極限の歯のうち原点以外の部分が残るが、そこへ至る唯一の通路が断たれる。

例と反例

まず、くし空間が局所的にきれいに見える点の例を三つ挙げる。いずれも下の命題の証明の中で使う。

原点のまわりの近傍

原点 $(0,0)$ と $\varepsilon>0$ に対し $U_\varepsilon:=\{z\in C \mid \|z\|<\varepsilon\}$ とおく。$U_\varepsilon$ は弧状連結である。$U_\varepsilon$ の点 $(x,y)$ から原点へは、歯(または極限の歯)を根元まで下り、次に背骨を左へ進めばよく、この道の上では原点からの距離が単調に減るので道は $U_\varepsilon$ からはみ出さない。$\varepsilon$ を小さくすればこれらは原点の基本近傍系をなす。

背骨の上の点のまわりの近傍

$x_0\in(0,1]$ と $0<\varepsilon< x_0$ に対し $U:=\{z\in C \mid \|z-(x_0,0)\|<\varepsilon\}$ とおく。$\varepsilon< x_0$ なので $U$ は極限の歯と交わらない。$U$ は背骨の区間 $\bigl((x_0-\varepsilon,x_0+\varepsilon)\cap[0,1]\bigr)\times\{0\}$ と、$|1/n-x_0|<\varepsilon$ を満たす各 $n$ についての歯のかけら $\{1/n\}\times[0,h_n)$($h_n:=\sqrt{\varepsilon^2-(1/n-x_0)^2}$)との和であり、各かけらは根元 $(1/n,0)$ を含み、その根元は背骨の区間に属する。各歯のかけらは根元で背骨の区間と交わるので、任意の点から根元を経て $(x_0,0)$ へ $U$ 内の道が取れ、$U$ は弧状連結である。$\varepsilon$ を小さくすればこれらは $(x_0,0)$ の基本近傍系をなす。

歯の上の点のまわりの近傍

$m\ge1$ と $y_0\in(0,1]$ に対し $p:=(1/m,y_0)$ とし、$0<\varepsilon<\min\{y_0,\ \tfrac{1}{m}-\tfrac{1}{m+1}\}$ とおく。このとき $\{z\in C \mid \|z-p\|<\varepsilon\}$ は歯 $\{1/m\}\times[0,1]$ の中の区間に一致し、弧状連結である。実際、この集合の点 $(x,y)$ は $|y-y_0|<\varepsilon< y_0$ より $y>0$ を満たすので $x\in\{0\}\cup T$ であり、$\{0\}\cup T$ の中で $1/m$ 以外の点は $1/m$ から $\tfrac{1}{m}-\tfrac{1}{m+1}$ 以上離れているから、$x=1/m$ しかありえない。$\varepsilon$ を小さくすればこれらは $p$ の基本近傍系をなす。

次に、くし空間とその二つの変種が破る含意を挙げる。

反例:弧状連結でも局所連結とは限らない

満たす性質 $P$:くし空間 $C$ は弧状連結(さらに可縮)である。満たさない性質 $Q$:$C$ は局所連結である。破れる含意は「弧状連結 $\Rightarrow$ 局所連結」、および同じ反例による「弧状連結 $\Rightarrow$ 局所弧状連結」である。破る条件は極限の歯の上の原点以外の点 $(0,y_0)$($0< y_0\le1$)で、そこでの局所連結性が成り立たない(下の命題)。原点や背骨の上の点、歯の上の点では局所弧状連結なので、反例をつくっているのは極限の歯の上の原点以外の点だけである。これは一点ではなく、半開区間 $\{0\}\times(0,1]$ の分だけある。

反例:可縮でも局所可縮とは限らない

満たす性質 $P$:$C$ は可縮である。満たさない性質 $Q$:$C$ は局所可縮である。破れる含意は「可縮 $\Rightarrow$ 局所可縮」である。破る条件は前の反例と同じ点 $(0,y_0)$($0< y_0\le1$)だが、含意としては別に確かめる必要がある。局所可縮性を「いくらでも小さい可縮な近傍が取れる」と定める流儀なら、可縮な集合は弧状連結なので局所可縮から局所連結が従い、前の反例からただちに出る。しかし「包含写像が定値写像とホモトピックになる近傍が取れる」と定める弱い流儀では、その近傍が連結とは限らないのでこの導出は使えない。下の命題は弱い流儀のまま独立に証明してあり、したがってどちらの流儀でも反例になる。

反例:可縮でもどの一点も強変位レトラクトになるとは限らない

満たす性質 $P$:$C$ は可縮であり、したがって任意の一点 $\{q\}$ は $C$ の変位レトラクトである。満たさない性質 $Q$:$\{q\}$ は $C$ の強変位レトラクトである。破れる含意は「$\{q\}$ が変位レトラクト $\Rightarrow$ $\{q\}$ が強変位レトラクト」である。破る条件は $q=(0,1)$ と取ることで、原点 $q=(0,0)$ に取れば強変位レトラクトになるから、同じ空間でも点の取り方で結論が変わる(下の定理と命題)。

反例:連結でも弧状連結とは限らない

満たす性質 $P$:削除くし空間 $D$、および原点抜きくし空間 $C'$ は連結である。満たさない性質 $Q$:それらは弧状連結である。破れる含意は「連結 $\Rightarrow$ 弧状連結」である。破る条件は、$D$ では極限の歯の原点と先端を残して、その間を取り去ること、$C'$ では極限の歯と背骨の接合点を取り去ることで、いずれも「歯の先端から極限の歯へ渡るには根元を通るしかない」という通路を断つ操作である。くし空間 $C$ 自身はこの反例にはならない。$C$ は弧状連結だからである。

性質

以下で局所連結性や道の存在を否定する証明は、次の補題を用いる。この補題は $C$ の部分空間すべてに使えるので、$C$・$D$・$C'$ の三つを同じ道具で扱える。

極限の歯のまわりの局所分離

$y_0\in(0,1]$ とし $p:=(0,y_0)$、$0<\varepsilon\le y_0$ とする。$Y$ を $p$ を含む $C$ の任意の部分空間とし
$$W:=\{z\in Y \mid \|z-p\|<\varepsilon\}$$
とおく。このとき $W$ の $p$ を含む連結成分は $\{0\}\times[0,1]$ に含まれる。とくに $W$ が極限の歯の外の点をもてば、$W$ は連結でない。

第一座標の像が一点に潰れること

$A:=\{0\}\cup T$ とおく。$z=(x,y)\in W$ とすると $|y-y_0|\le\|z-p\|<\varepsilon\le y_0$ だから $y>0$ である。$C$ の点で第二座標が正のものは極限の歯か歯の上にあるので、$x\in A$ となる。したがって第一座標をとる写像 $\pi\colon W\to A$ が定義でき、これは $\mathbb{R}^2$ の射影の制限だから連続である。
$A$ の連結部分集合は高々一点である。実際 $a< b$ を $A$ の二点とすると、$a< c< b$ かつ $c\notin A$ となる実数 $c$ が取れる。$b=1/m$ と書くとき、$1/(m+1)< c<1/m$ を満たす $c$ を取れば $c\notin A$ であり、$a\in A$ かつ $a< b=1/m$ から $a\le 1/(m+1)< c$ が従う($a=0$ の場合も含む)。すると $A\cap(-\infty,c)$ と $A\cap(c,\infty)$ は $A$ の開集合で、交わらず、和が $A$ であり、それぞれ $a$ と $b$ を含む。$a,b$ をともに含む部分集合にこの分割を制限すれば、その部分集合の非空な開分割が得られるので、二点以上をもつ連結部分集合は存在しない。
$W$ の $p$ を含む連結成分を $K$ とすると、$\pi(K)$ は連結集合の連続像なので連結であり(連結空間 の連続像についての定理)、$\pi(p)=0$ を含む。よって $\pi(K)=\{0\}$、すなわち $K\subset\{0\}\times[0,1]$ である。

くし空間そのものの性質

くし空間は弧状連結である

くし空間 $C$ は弧状連結である。したがって連結でもある。

根元へ下りて背骨を進む道

$z=(x,y)\in C$ に対し $\gamma_z\colon[0,1]\to\mathbb{R}^2$ を
$$\gamma_z(t):=\begin{cases}(x,(1-2t)y) & 0\le t\le \tfrac12,\\ ((2-2t)x,0) & \tfrac12\le t\le 1\end{cases}$$
と定める。$t=\tfrac12$ ではどちらの式も $(x,0)$ を与えるので矛盾なく定まり、二つの閉区間の上でそれぞれ連続だから $\gamma_z$ は連続である。値が $C$ に入ることを見る。$y=0$ のときは前半は $(x,0)$ で背骨に属する。$y>0$ のときは $z\in C$ より $x\in\{0\}\cup T$ で、このとき $\{x\}\times[0,1]\subset C$ だから前半の値は $C$ に属する。後半は $(2-2t)x\in[0,1]$($x\in[0,1]$ より)なので背骨に属する。$\gamma_z(0)=z$、$\gamma_z(1)=(0,0)$ である。
よって $C$ の任意の点は原点と道で結べる。二点 $z_1,z_2$ に対しては $\gamma_{z_1}$ と $\gamma_{z_2}$ の逆向きをつなげばよい。弧状連結ならば連結であることは 連結空間 が証明つきで所有している。

原点は強変位レトラクトである

一点集合 $\{(0,0)\}$ は $C$ の強変位レトラクトである。すなわち、原点を全時刻動かさずに $C$ 全体を原点へ縮めるホモトピーが存在する。

全点で同時に根元へ下りて背骨を縮める

$H\colon C\times[0,1]\to C$ を $H(z,t):=\gamma_z(t)$、すなわち
$$H\bigl((x,y),t\bigr):=\begin{cases}(x,(1-2t)y) & 0\le t\le \tfrac12,\\ ((2-2t)x,0) & \tfrac12\le t\le 1\end{cases}$$
で定める。値が $C$ に入ることは前の証明で見た。$C\times[0,1]$ を二つの閉集合 $C\times[0,\tfrac12]$ と $C\times[\tfrac12,1]$ に分けると、各式は座標の連続関数なので $H$ はそれぞれの上で連続であり、境界で一致するので $H$ は連続である。
$H(z,0)=z$、$H(z,1)=(0,0)$、そして $H\bigl((0,0),t\bigr)=(0,0)$ がすべての $t$ で成り立つ。定値写像 $r\colon C\to\{(0,0)\}$ は $\{(0,0)\}$ の上で恒等写像だからレトラクションであり、$H$ は恒等写像から包含と $r$ の合成へ向かう、$\{(0,0)\}$ の点を動かさないホモトピーである。変位レトラクトと強変位レトラクトの定義は 変位レトラクト が所有している。

くし空間は可縮である

くし空間 $C$ は可縮である。すなわち恒等写像が定値写像とホモトピックである。

強変位レトラクションをそのまま可縮性の証拠にする

上の $H$ が $H(\cdot,0)=\mathrm{id}_C$、$H(\cdot,1)=$ 定値写像 $(0,0)$ を満たすので、これがそのまま可縮性の定義を満たすホモトピーである。可縮性の定義は 可縮空間 が所有している。

点 $(0,1)$ は変位レトラクトだが強変位レトラクトではない

$q:=(0,1)$ とおく。一点集合 $\{q\}$ は $C$ の変位レトラクトであるが、強変位レトラクトではない。

前半は道でつなぎ、後半は筒状の近傍を取って矛盾を出す

前半。$\sigma(s):=(0,s)$ は極限の歯に沿う $C$ の中の道で $\sigma(0)=(0,0)$、$\sigma(1)=q$ である。
$$G(z,t):=\begin{cases}H(z,2t) & 0\le t\le\tfrac12,\\ \sigma(2t-1) & \tfrac12\le t\le 1\end{cases}$$
と定めると、$t=\tfrac12$ でどちらも $(0,0)$ なので連続に貼り合い、$G(z,0)=z$、$G(z,1)=q$ である。定値写像 $r_q\colon C\to\{q\}$ は $\{q\}$ の上で恒等だからレトラクションで、$G$ は恒等写像から包含と $r_q$ の合成へのホモトピーを与える。よって $\{q\}$ は変位レトラクトである。なお $G$ は $q$ を途中で動かす。
後半。$\{q\}$ が強変位レトラクトだとして矛盾を導く。すなわち連続写像 $F\colon C\times[0,1]\to C$ で
$$F(z,0)=z,\qquad F(z,1)=q,\qquad F(q,t)=q\ (\forall t)$$
を満たすものがあるとする。$U:=\{z\in C\mid \|z-q\|<1\}$ とおくと $U$ は $C$ の開集合で $q\in U$ である。$N:=F^{-1}(U)$ は $C\times[0,1]$ の開集合で、三番目の条件より $\{q\}\times[0,1]\subset N$ である。
各 $t\in[0,1]$ に対し
$$\rho(t):=\sup\Bigl\{r\in(0,1]\ \Bigm|\ \{z\in C\mid\|z-q\|< r\}\times\bigl((t-r,t+r)\cap[0,1]\bigr)\subset N\Bigr\}$$
とおく。$N$ は $(q,t)$ の近傍だから右辺の集合は空でなく、$\rho(t)>0$ である。またこの集合は $r$ について下に閉じているので、$0< r<\rho(t)$ ならば上の包含が成り立つ。$\rho$ は各 $t$ ごとに上限で定めており、添字ごとに一つずつ選んでいるわけではないので、ここで選択公理は使っていない。
$r(t):=\rho(t)/2$ とおくと開区間の族 $\{(t-r(t),t+r(t))\}_{t\in[0,1]}$ は $[0,1]$ を覆う。$[0,1]$ はコンパクトだから有限個の $t_1,\dots,t_k$ で覆える。$\delta:=\min_{1\le i\le k} r(t_i)>0$ とおき $V:=\{z\in C\mid\|z-q\|<\delta\}$ とする。任意の $t\in[0,1]$ はある $(t_i-r(t_i),t_i+r(t_i))$ に属し、$\delta\le r(t_i)<\rho(t_i)$ だから $V\times\{t\}\subset N$ である。したがって $F(V\times[0,1])\subset U$ となる。
$1/n<\delta$ を満たす $n$ を取り $z_n:=(1/n,1)\in C$ とおくと $\|z_n-q\|=1/n<\delta$ なので $z_n\in V$ である。すると $t\mapsto F(z_n,t)$ は $U$ の中の道で、$z_n$ と $q$ を結ぶ。その像は連結で $q$ を含むから、$U$ の $q$ を含む連結成分に含まれる。ところが補題を $Y=C$、$p=q$、$y_0=1$、$\varepsilon=1$ に当てると(このとき $W=U$)、その連結成分は $\{0\}\times[0,1]$ に含まれる。$z_n=(1/n,1)$ は第一座標が $0$ でないのでこれに属さず、矛盾である。

くし空間は極限の歯の上の各点で局所連結でない

$y_0\in(0,1]$ とし $p:=(0,y_0)$ とする。くし空間 $C$ は $p$ において局所連結でなく、したがって局所弧状連結でもない。一方、$C$ はそれ以外のすべての点、すなわち原点・背骨の上の点・歯の上の点において局所弧状連結である。とくに空間 $C$ 全体としては、局所連結でも局所弧状連結でもない。

近傍がつねに歯のかけらを含むこと

成り立たない側。$W:=\{z\in C\mid\|z-p\|< y_0\}$ とおくと $W$ は $p$ の開近傍である。$V$ を $V\subset W$ を満たす $p$ の任意の近傍とする。$V$ は $p$ の近傍だから、ある $\delta\in(0,y_0]$ について $\{z\in C\mid\|z-p\|<\delta\}\subset V$ となる。$1/n<\delta$ を満たす $n$ を取ると、$y_0\in[0,1]$ より $(1/n,y_0)\in C$ であり、$\|(1/n,y_0)-p\|=1/n<\delta$ だから $(1/n,y_0)\in V$ である。
一方、補題を $Y=V$、$\varepsilon=y_0$ に当てる。$V\subset W$ だから $\{z\in V\mid\|z-p\|< y_0\}=V$ であり、$V$ の $p$ を含む連結成分は $\{0\}\times[0,1]$ に含まれる。$(1/n,y_0)$ はそこに属さないから、$V$ は連結でない。よって $W$ の中には $p$ の連結な近傍が一つも無く、$C$ は $p$ で局所連結でない。弧状連結な集合は連結だから(連結空間)、$p$ で局所弧状連結でもない。
成り立つ側。$C$ の点は、原点・背骨の上の原点以外の点・歯の上の高さが正の点・極限の歯の上の高さが正の点のいずれかである。最初の三つについては、それぞれ上の三つの例で弧状連結な開近傍からなる基本近傍系を具体的に与えた。したがってそれらの点では局所弧状連結であり、弧状連結ならば連結なので局所連結でもある。
局所連結性・局所弧状連結性はすべての点で成り立つことを要求する性質なので、破れる点が一つでもあれば空間としては成り立たない。局所連結性の定義は 局所連結空間 が所有している。連結性との独立性については同記事を参照できる。局所弧状連結性の定義は 弧状連結空間 が所有している。

くし空間は極限の歯の上の各点で局所可縮でない

$y_0\in(0,1]$ とし $p:=(0,y_0)$ とする。くし空間 $C$ は $p$ において局所可縮でない。ここで $X$ が点 $p$ で局所可縮であるとは、$p$ の任意の開近傍 $U$ に対して、$p$ の近傍 $V\subset U$ で包含写像 $V\hookrightarrow U$ が定値写像とホモトピックになるものが取れることをいう。$V$ 自身が可縮ならこの条件は満たされるので、「いくらでも小さい可縮な近傍が取れる」という流儀はここでの条件より強い。以下は弱いほうの条件が破れることを示すので、どちらの流儀でも局所可縮でないことが従う。

定値写像へのホモトピーは近傍を一つの弧状連結成分に閉じ込める

$U:=\{z\in C\mid\|z-p\|< y_0\}$ とおく。$V\subset U$ を $p$ の任意の近傍とし、包含写像 $\iota\colon V\to U$ が値 $c_0\in U$ の定値写像とホモトピックだったとする。そのホモトピー $F\colon V\times[0,1]\to U$ は、各 $v\in V$ に対して $U$ の中の道 $t\mapsto F(v,t)$ を与え、$v$ と $c_0$ を結ぶ。したがって $V$ のすべての点は $U$ の中で互いに道で結ばれ、$V$ は $U$ の一つの弧状連結成分に含まれる。弧状連結な集合は連結だから、その弧状連結成分は $U$ の一つの連結成分に含まれ、$p\in V$ よりそれは $p$ を含む連結成分である。補題($Y=C$、$\varepsilon=y_0$、このとき $W=U$)により、その成分は $\{0\}\times[0,1]$ に含まれる。
ところが $V$ は $p$ の近傍だから、前の証明と同じく十分大きい $n$ について $(1/n,y_0)\in V$ となる。これは $\{0\}\times[0,1]$ に属さないので矛盾である。よってそのような $V$ は存在せず、$C$ は $p$ で局所可縮でない。

削除くし空間の性質

削除くし空間は連結である

削除くし空間 $D$ は連結である。

稠密な弧状連結部分の閉包に挟まれること

$D_0:=D\setminus\{(0,1)\}=\bigl([0,1]\times\{0\}\bigr)\cup\bigl(T\times[0,1]\bigr)$ とおく。$D_0$ の各点 $z$ に対し、$C$ の弧状連結性の証明で作った道 $\gamma_z$(歯を根元まで下り、背骨を左へ進む)は極限の歯を通らないので $D_0$ の中に留まる。よって $D_0$ は弧状連結で、したがって連結である。
$(1/n,1)\in D_0$ は $n\to\infty$ で $(0,1)$ に収束するから $(0,1)$ は $D_0$ の閉包に属し、$D_0\subset D\subset\overline{D_0}$ が成り立つ。連結集合 $A$ に対して $A\subset B\subset\overline{A}$ を満たす $B$ が連結であることは 連結空間 が証明つきで所有している。よって $D$ は連結である。

削除くし空間は弧状連結でない

削除くし空間 $D$ において、点 $q:=(0,1)$ の弧状連結成分は $\{q\}$ である。$D$ は二点以上をもつので、$D$ は弧状連結でない。

道の逆像が開かつ閉になること

$\gamma\colon[0,1]\to D$ を $\gamma(0)=q$ を満たす道とし、$S:=\gamma^{-1}(\{q\})$ とおく。$\mathbb{R}^2$ は Hausdorff なので $\{q\}$ は $D$ の閉集合であり、$S$ は $[0,1]$ の閉集合である。
$S$ が開であることを見る。$t\in S$ とする。$W:=\{z\in D\mid\|z-q\|<1\}$ は $q$ の $D$ における開近傍である。補題を $Y=D$、$p=q$、$y_0=1$、$\varepsilon=1$ に当てると、$W$ の $q$ を含む連結成分は $\{0\}\times[0,1]$ に含まれる。ところが $D\cap(\{0\}\times[0,1])=\{(0,0),(0,1)\}$ であり、$\|(0,0)-q\|=1$ は $1$ より小さくないので $(0,0)\notin W$ である。よって $W\cap(\{0\}\times[0,1])=\{q\}$ となり、$W$ の $q$ を含む連結成分は $\{q\}$ である。$\gamma$ の連続性より、$t$ を含む $[0,1]$ の相対開区間 $I$ で $\gamma(I)\subset W$ となるものが取れる。$\gamma(I)$ は区間の連続像なので連結で、$q$ を含むから $\{q\}$ に含まれる。よって $I\subset S$ であり、$S$ は開である。
$[0,1]$ は連結で $S$ は空でない開かつ閉集合だから $S=[0,1]$、すなわち $\gamma$ は定値写像である。よって $q$ を他の点と結ぶ道は存在しない。

原点抜きくし空間の性質

原点抜きくし空間は連結だが弧状連結でない

原点抜きくし空間 $C'$ は連結であるが、弧状連結でない。より詳しく、$C'$ の弧状連結成分はちょうど二つあり、極限の歯の残り $L:=\{0\}\times(0,1]$ と、その補集合 $A':=\bigl((0,1]\times\{0\}\bigr)\cup\bigl(T\times[0,1]\bigr)$ である。

極限の歯へ入った道はそこから出られないこと

連結性。$A'$ の各点から $(1,0)$ へは、歯を根元まで下り、背骨を右へ進む道が取れる。この道は原点を通らず $A'$ の中に留まるので $A'$ は弧状連結、したがって連結である。$0< y\le1$ に対し $(1/n,y)\in A'$ は $(0,y)$ に収束するから $L\subset\overline{A'}$ であり、$A'\subset C'\subset\overline{A'}$ が成り立つ。よって 連結空間 の閉包についての命題により $C'$ は連結である。
弧状連結でないこと。$\gamma\colon[0,1]\to C'$ を道とし $S:=\gamma^{-1}(L)$ とおく。$\{0\}\times[0,1]$ は $\mathbb{R}^2$ の閉集合で $L=C'\cap(\{0\}\times[0,1])$ だから $L$ は $C'$ の閉集合であり、$S$ は閉である。
$S$ が開であることを見る。$t\in S$ とし $\gamma(t)=(0,y)$ とおく($y>0$)。補題を $Y=C'$、$p=(0,y)$、$\varepsilon=y$ に当てると、$W:=\{z\in C'\mid\|z-(0,y)\|< y\}$ の $(0,y)$ を含む連結成分は $\{0\}\times[0,1]$、したがって $L$ に含まれる。連続性より、$t$ を含む相対開区間 $I$ で $\gamma(I)\subset W$ となるものが取れ、$\gamma(I)$ は連結で $(0,y)$ を含むからその成分に含まれ、ゆえに $L$ に含まれる。よって $I\subset S$ であり $S$ は開である。
$[0,1]$ は連結なので $S$ は $\emptyset$ か $[0,1]$ である。すなわち道は最初から最後まで $L$ の中にあるか、$L$ とまったく交わらないかのどちらかである。$L$ は線分なので弧状連結、$A'$ は上で見たとおり弧状連結だから、弧状連結成分はちょうど $L$ と $A'$ の二つである。とくに $(0,1)\in L$ と $(1,0)\in A'$ を結ぶ道は存在せず、$C'$ は弧状連結でない。

三つの空間の比較

削除くし空間と原点抜きくし空間は同相でない

削除くし空間 $D$ と原点抜きくし空間 $C'$ は、どちらも連結だが弧状連結でなく、弧状連結成分をちょうど二つもつ。$D$ については、$D$ から $(0,1)$ を除いた部分が弧状連結であることを上の連結性の証明で見ており、$\{(0,1)\}$ が一つの成分であることを上の命題で見たので、成分はこの二つである。$C'$ については上の命題がそのまま述べている。それでも両者は同相ではない。$D$ の弧状連結成分の一つは一点集合 $\{(0,1)\}$ であるのに対し、$C'$ の弧状連結成分 $L$ と $A'$ はいずれも無限集合だからである。同相写像は弧状連結成分を弧状連結成分へ全単射に写すので、片方だけが一点の成分をもつことは同相であることと両立しない。「くし空間から一部を削った空間」という言い方だけでは、どちらの空間かは決まらない。

三つの空間で何が成り立ち何が成り立たないかを一覧にする。表の値はすべて上で証明したものである。

性質くし空間 $C$削除くし空間 $D$原点抜きくし空間 $C'$
連結成り立つ成り立つ成り立つ
弧状連結成り立つ成り立たない成り立たない
可縮成り立つ成り立たない成り立たない
局所連結成り立たない成り立たない成り立たない
局所弧状連結成り立たない成り立たない成り立たない
局所連結性が破れる点$(0,y)$、$0< y\le1$$(0,1)$ のみ$(0,y)$、$0< y\le1$

$D$ と $C'$ が可縮でないのは、可縮な空間が弧状連結だからである。実際、恒等写像から定値写像 $x_0$ へのホモトピー $H$ があれば、各点 $z$ に対し $t\mapsto H(z,t)$ が $z$ と $x_0$ を結ぶ道になる。削除くし空間 $D$ の点 $q=(0,1)$ における局所連結性の否定も、補題から直接示せる。$W:=\{z\in D\mid\|z-q\|<1\}$ とおくと、原点は $q$ からの距離が $1$ なので $W$ に入らず、$W$ と極限の歯の共通部分は $\{q\}$ である。$V\subset W$ を $D$ における $q$ の任意の近傍とすると、十分大きい $n$ について $(1/n,1)\in V$ となる。補題を $Y=V$、$p=q$、$y_0=\varepsilon=1$ に適用すると、$V$ の $q$ を含む連結成分は $\{q\}$ に限られるので、$(1/n,1)$ も含む $V$ は連結でない。したがって $W$ の中に $q$ の連結な近傍はなく、$D$ は $q$ で局所連結でない。
$D$ が $(0,1)$ 以外の点で局所連結であることは、次のようにして分かる。$w$ を $D$ の点で $w\ne(0,1)$ とすると、$w$ は原点か背骨の上の点か歯の上の点である。$\varepsilon$ を、$w$ について上の三つの例が課す条件を満たし、かつ $\varepsilon<\|w-(0,1)\|$ となるように小さく取り、$U:=\{z\in D\mid\|z-w\|<\varepsilon\}$ とおく。$\varepsilon<\|w-(0,1)\|$ より $(0,1)\notin U$ であり、$D$ は極限の歯の内部を含まないから $U=\{z\in C\mid\|z-w\|<\varepsilon\}\cap D_0$ となる($D_0:=([0,1]\times\{0\})\cup(T\times[0,1])$)。上の例で作った道(歯を根元まで下り、背骨を進む)は極限の歯を通らないので $U$ の中に留まり、$U$ は弧状連結である。$\varepsilon$ をさらに小さくすればこれらは $w$ の基本近傍系をなす。$C'$ については、原点が取り除かれているので残る点は背骨の上の原点以外の点・歯の上の点・極限の歯の上の高さが正の点であり、最初の二つでは上の例がそのまま使え、最後の一つで局所連結性が破れる。

補足・応用

くし空間が反例として使われる場面は、いずれも「大域的な良さ」と「局所的な良さ」を切り離すところにある。
一つ目は、ホモトピー論で「一点へ縮められること」を使うときの落とし穴である。可縮性は縮めるホモトピーが存在するという主張にすぎず、縮める過程がどれだけ素直かは何も言っていない。基点を止めたまま縮める操作(強変位レトラクション)が要る議論では、可縮性だけからそれを取り出すことはできない。取り出せるための十分条件(包含 $\{q\}\hookrightarrow X$ がホモトピー拡張性質をもつこと、および可縮なCW複体の $0$ 胞体がそれを満たすこと)は 変位レトラクト が述べている。くし空間の $q=(0,1)$ は、その十分条件が実際に効いていることを示す反対側の例になっている。
二つ目は、連結性から弧状連結性を復元する定理の仮定の必要性である。

局所弧状連結性からの復元との関係

「空でない空間が連結かつ局所弧状連結ならば弧状連結」という定理は 弧状連結空間 に言明されているが、同記事に証明は付いていないため、ここでは未証明の引用として採用する。この定理の対偶により、空でない連結空間が弧状連結でなければ局所弧状連結でない。削除くし空間と原点抜きくし空間はこの型の実例である。ただし本記事はこの経路を使っていない。上の証明は、局所連結性が破れる点を直接に指定し、そこでの近傍が連結でないことを補題から示している。直接の証明のほうが結論が強い——局所弧状連結性だけでなく局所連結性まで破れること、および破れる点がどこかまで分かるからである。

三つ目は、局所連結性が連結性から独立であることを示す標準例としての役割である。同じ役割をもつ空間に位相幾何学者の正弦曲線がある。両者は「連結だが局所連結でない」という点で共通するが、くし空間 $C$ は弧状連結で可縮であるのに対し、位相幾何学者の正弦曲線は弧状連結でない。乖離の起こり方が違うので、どちらを使うかは示したい含意によって決める。連結性の一般論は 連結空間 を参照されたい。局所連結性の一般論は 局所連結空間 を参照されたい。

関連項目

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