モニック多項式

同義語:首一多項式monic polynomial

概要

モニック多項式(monic polynomial、首一多項式)とは、最高次係数が $1$ の非零多項式である。可換環 $R$ 上でも、次数 $n$ のモニック多項式 $f$ による除法は商と余りが一意に定まり、$R[T]/(f)$ は階数 $n$ の自由加群になる。元が整であることはモニックな方程式を満たすことで定義され、有限生成加群の条件と結びつく。モニック性と既約性は別の条件で、体 $K$ 上で $f$ がさらに既約なら $K[T]/(f)$ は体になる。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 多項式, 環

最高次係数を一つにそろえる

多項式の最も高い次数の項の係数を $1$ にしたものをモニック多項式(monic polynomial、首一多項式)という。たとえば $T^3+2T+5$ は整数係数でもモニックだが、$2T^3+T+1$ はモニックでない。この一見小さな条件により、係数が体でなく一般の可換環でも、多項式の割り算ができる。最高次係数で割る必要がなくなるためである。
モニックという形は、割り算の計算法だけでなく、商環 $R[T]/(f)$ の有限な基底、代数的な元の最小多項式、環の整性の定義にも現れる。各場面で「最高次係数が $1$」がどの役割を果たすかを、具体例と証明で確かめる。

定義と係数環の違い

モニック多項式

$R$ を零環でない可換な単位元付き環とし、$f(T)=a_0+a_1T+\cdots+a_dT^d\in R[T]$、$a_d\ne0$、$d\ge0$ とする。最高次係数 $a_d$ が $1_R$ のとき、$f$ をモニック多項式という。零多項式はモニックとは呼ばない。

次数 0 のモニック多項式は定数多項式 $1$ だけである。零環を除いたのは $1_R=0$ となる退化を避けるためである。以下で有限自由加群の基底を述べるときは、特に次数 $d\ge1$ の場合を扱う。$R$ に零因子があっても定義できる。たとえば $R=\mathbb Z/6\mathbb Z$ では $T^2+3T+2$ はモニックだが、$2T^2+T+1$ はモニックでない。
体 $K$ 上なら、任意の非零多項式 $g$ は最高次係数 $a\in K^\times$ で割って $a^{-1}g$ に直せる。これは $g$ と同じ根を持ち、同じ主イデアルを生成する唯一のモニックな定数倍である。一般の環 $R$ では最高次係数が単元でないことがあるので、この正規化は常に可能とは限らない。整数係数の $2T+1$ に整数の定数を掛けて最高次係数を $1$ にすることはできない。

モニック多項式の積

$f,g\in R[T]$ がそれぞれ次数 $m,n$ のモニック多項式なら、$fg$ は次数 $m+n$ のモニック多項式である。

最高次項の係数

$f$ の最高次項は $T^m$、$g$ の最高次項は $T^n$ である。積の $T^{m+n}$ の係数は $1_R\cdot1_R=1_R$ で零でない。それより高い次数の項は現れないので、$fg$ の次数は $m+n$、最高次係数は $1_R$ である。$\square$

一般の非零多項式では、係数環に零因子があると $\deg(fg)=\deg f+\deg g$ が失敗する。たとえば $(2T+1)(3T+1)$ を $(\mathbb Z/6\mathbb Z)[T]$ で計算すると、$T^2$ の係数は $2\cdot3=0$ になり、積の次数は 1 に下がる。モニック同士なら最高次係数の積が常に $1$ なので、この失敗は起きない。

モニックな式による割り算

体上の多項式の除法では、割る式の最高次係数の逆元を使う。モニックな式ならその係数は $1$ であり、どの可換環でも逆元を取る操作が不要になる。

モニック多項式による除法

$R$ を可換な単位元付き環、$f\in R[T]$ を次数 $d\ge1$ のモニック多項式とする。任意の $h\in R[T]$ に対し、ただ一組の $q,r\in R[T]$ が存在して
$$ h=qf+r,\qquad r=0\ \text{または}\ \deg r< d $$
を満たす。

最高次項を一つずつ消す

$\deg h< d$ または $h=0$ なら $q=0,r=h$ とすればよい。$h$ の次数が $e\ge d$、最高次係数が $b$ なら、$h-bT^{e-d}f$ の $T^e$ の係数は $b-b\cdot1_R=0$ になり、次数が下がる。これを繰り返すと有限回で次数 $d$ 未満の余りに到達し、存在が従う。
二組 $h=qf+r=q'f+r'$ があるとすると、$(q-q')f=r'-r$ である。$q-q'\ne0$ なら、$f$ がモニックであるため積の最高次係数は $q-q'$ の最高次係数に等しく零でなく、左辺の次数は $\deg(q-q')+d\ge d$ となる。一方、右辺は零か次数 $d$ 未満である。矛盾するので $q=q'$、続いて $r=r'$ となる。$\square$

この証明は係数環が整域であることを使っていない。$q-q'$ の最高次係数に掛けるのが $1$ だから、零因子があっても次数が落ちない。最高次係数が $1$ でなくても単元なら同じ議論は成立する。たとえば $-T^2+3$ は $\mathbb Z[T]$ でモニックではないが、最高次係数 $-1$ が単元なので除法ができる。ただし標準形を一意に選ぶためには、単元倍でモニックにするのが便利である。

整数係数での除法

$R=\mathbb Z$、$f=T^2-2$、$h=T^3+T+1$ とする。このとき
$$ h=T(T^2-2)+(3T+1) $$
で、余り $3T+1$ の次数は $1<2$ である。$T^2=2$ という関係を使って $T^3+T+1$ を $3T+1$ に簡約した計算と同じである。

対照的に、$h=T$ を $f=2T+1$ で $\mathbb Z[T]$ 上割ろうとしても、$h=qf+r$、$\deg r<1$ は実現できない。$q$ が非零なら $qf$ の最高次係数は偶数なので、$T$ の係数 $1$ を消せない。$q=0$ なら余り $T$ の次数が条件を満たさない。係数を $\mathbb Q$ に広げれば $T=\frac12(2T+1)-\frac12$ と割れる。この差は、係数環で $2$ を逆にできるかどうかである。

商環の有限自由基底

$f$ を次数 $d\ge1$ のモニック多項式とすると、除法の余りは $R[T]/(f)$ の各元の代表元を一意に与える。余りを $a_0+a_1T+\cdots+a_{d-1}T^{d-1}$ と書けば、商環の元が $R$ の $d$ 個の係数で表せる。

モニック多項式の商環の基底

$f\in R[T]$ を次数 $d\ge1$ のモニック多項式とする。$\alpha=T+(f)\in R[T]/(f)$ とおけば、$R[T]/(f)$ は $R$ 加群として自由で、
$$ 1,\alpha,\ldots,\alpha^{d-1} $$
を基底に持つ。特に階数は $d$ である。

余りの一意性を基底に読む

除法により、任意の剰余類は $d$ 個の元の $R$ 線形結合で表せるので、これらは商環を張る。もし次数 $d$ 未満の非零多項式 $r$ が $(f)$ に入るなら、$r=qf$ と書ける。$q\ne0$ ならモニック性から $\deg(qf)=\deg q+d\ge d$ となって矛盾する。従って $q=0$、$r=0$ であり、$d$ 個は線形独立である。$\square$

たとえば $R=\mathbb Z$、$f=T^2-2$ なら $\mathbb Z[T]/(T^2-2)$ は $\mathbb Z$ 上階数 2 の自由加群で、基底は $1,\alpha$ である。関係 $\alpha^2=2$ によって乗法も計算できる。これは $\mathbb Z[\sqrt2]$ の標準的な表示である。ただし一般に $R[T]/(f)$ が体であるとは限らない。$\mathbb Z[T]/(T^2-2)$ は $2$ の逆元を持たないので体ではない。有限自由加群であることと、体であることは別の性質である。
体 $K$ 上では、$f$ がさらに既約なら $(f)$ は極大イデアルとなり、$K[T]/(f)$ は体になる。上の基底はそのまま $K$ 上のベクトル空間の基底であり、有限次拡大の次数 $d$ を与える(StacksFinite Example 9.7.6)。モニック性は基底による簡約を保証し、既約性は商環が体になることを保証する。二つの条件を混同しない。

整性を表すモニックな方程式

環準同型 $R\to S$ と $s\in S$ を考える。$s$ が $R$ 係数のあるモニック多項式の根であるとき、$s$ は $R$ 上整である(StacksIntegral Definition 10.36.1)。つまり
$$ s^d+a_{d-1}s^{d-1}+\cdots+a_0=0\qquad(a_i\in R) $$
という形の方程式が成り立つ。最高次係数が $1$ なので、$s^d$ 以上の冪を $1,s,\ldots,s^{d-1}$ の $R$ 線形結合へ繰り返し書き換えられる。この有限性が「整」という語の背後にある。

モニックな関係から有限生成加群へ

$s\in S$ が次数 $d\ge1$ のモニックな $R$ 係数多項式を満たすなら、$R[s]\subseteq S$ は $R$ 加群として $1,s,\ldots,s^{d-1}$ で生成される。

冪を低い次数へ下げる

$s^d=-a_{d-1}s^{d-1}-\cdots-a_0$ と書ける。両辺に $s$ を掛ければ $s^{d+1}$ も $1,s,\ldots,s^d$ の線形結合になり、先ほどの式で $s^d$ を消せる。同じ操作を帰納的に続ければ、すべての非負整数 $n$ について $s^n$ が $1,s,\ldots,s^{d-1}$ の $R$ 線形結合になる。$R[s]$ の元はこれらの冪の有限線形結合なので結論が従う。$\square$

この命題は「生成される」とだけ述べ、「自由」とは述べていない。$s$ が選んだ多項式より低い次数のモニックな関係も満たすなら、列 $1,s,\ldots,s^{d-1}$ には関係ができる。たとえば $s=0$ は $T^2$ の根でもあるが、$R[0]=R$ の基底に $1,0$ を並べることはできない。商環 $R[T]/(f)$ では除法の余りの一意性が自由性を与えたが、その商環から $R[s]$ へさらに写すときは核が大きくなる可能性がある。
逆に、有限生成 $R$ 加群 $M$ 上の自己準同型は、Cayley–Hamilton の考え方によりあるモニックな多項式を満たす。これを乗法写像 $m_s:x\mapsto sx$ に適用すると、「$R[s]$ が $R$ 加群として有限生成なら $s$ は $R$ 上整」という逆向きも得られる(StacksFiniteIntegral Lemma 10.36.2)。有限次元の線形代数で特性多項式がモニックになることと、一般の環上で整性が有限性を表すことがここでつながる。

整数上で整でない有理数

有理数 $1/2$ は $\mathbb Z$ 上整でない。もし整数係数のモニックな式
$$ (1/2)^d+a_{d-1}(1/2)^{d-1}+\cdots+a_0=0 $$
を満たせば、両辺に $2^d$ を掛けて $1+2a_{d-1}+\cdots+2^da_0=0$ を得る。左辺は奇数なので矛盾する。

この反例はモニック性が本質的であることを示す。$1/2$ は整数係数の非モニックな多項式 $2T-1$ の根にはなる。もし「整数係数多項式の根である」というだけで整性を定義すれば、$1/2$ まで含めてしまう。最高次係数が $1$ なら冪を低い次数へ戻せるのに対し、$2T-1$ から $T=1/2$ を得るには整数環で逆にできない $2$ を割る必要がある。

乗法行列と係数の関係

$A=R[T]/(f)$、$f=T^d+a_{d-1}T^{d-1}+\cdots+a_0$ を次数 $d\ge1$ のモニック多項式とし、$\alpha=T+(f)$ とする。基底 $1,\alpha,\ldots,\alpha^{d-1}$ に関して、$\alpha$ を掛ける $R$ 線形写像 $m_\alpha:A\to A$ を行列で表せる。$\alpha\cdot\alpha^j=\alpha^{j+1}$ は $j< d-1$ で次の基底元そのものであり、最後だけ
$$ \alpha^d=-a_{d-1}\alpha^{d-1}-\cdots-a_0 $$
を使う。こうして得られる行列は $f$ のコンパニオン行列である。

モニック多項式とコンパニオン行列

$d\ge2$ とする。上の基底で $m_\alpha$ を表す行列 $C_f$ は、第 $j$ 列($1\le j< d$)の第 $j+1$ 行に $1$ があり、最終列が $(-a_0,-a_1,\ldots,-a_{d-1})^{\mathsf T}$ で、ほかの成分は零である。特に $f(C_f)=0$ である。

基底への作用を列に書く

第 $j$ 列は $m_\alpha(\alpha^{j-1})$ の基底表示である。$j< d$ ではこれが $\alpha^j$ なので第 $j+1$ 行だけが $1$ となる。最後は $\alpha^d=-a_0-a_1\alpha-\cdots-a_{d-1}\alpha^{d-1}$ という商環の関係で決まる。また $f(\alpha)=0$ だから、$A$ の任意の元 $x$ に対し $f(m_\alpha)(x)=f(\alpha)x=0$。ゆえに $f(C_f)$ は零行列である。$\square$

たとえば $f=T^2-2$ のとき、基底 $1,\alpha$ について $C_f=\begin{pmatrix}0&2\\1&0\end{pmatrix}$ であり、$C_f^2=2I$ が成り立つ。$R$ が体で $f$ が既約なら、これは拡大体 $R(\alpha)$ の元 $\alpha$ による乗法を表す。この行列のトレースと行列式から拡大体のトレースとノルムを計算する道も開ける。つまりモニックな方程式は、商環での元の計算を有限行列の計算へ変換する。

係数環を替えても残る基底

零環でない可換環への準同型 $R\to S$ によって $f\in R[T]$ の係数を $S$ に移すと、像 $f_S\in S[T]$ も最高次係数が $1_S$ なのでモニックである。したがって $S[T]/(f_S)$ も $S$ 上で $1,\bar T,\ldots,\bar T^{d-1}$ を基底に持つ。たとえば $\mathbb Z[T]/(T^2+1)$ の係数を $\mathbb F_2$ に移せば $\mathbb F_2[T]/(T^2+1)$ となり、後者は $\mathbb F_2$ 上 2 次元である。
ただし基底が残ることと既約性が残ることは異なる。$T^2+1$ は $\mathbb Q$ 上既約だが、$\mathbb F_2$ では $(T+1)^2$ に分解する。従って $\mathbb Q[T]/(T^2+1)$ は体であり、$\mathbb F_2[T]/(T^2+1)$ は零でない冪零元 $\bar T+1$ を持つ環で、体でない。それでも後者の基底 $1,\bar T$ は保たれる。モニック性が保証する加群としての有限自由性は、係数を替えた後も安定している。

モニック商環の係数変更

$R\to S$ を零環でない可換な単位元付き環の準同型、$f\in R[T]$ を次数 $d\ge1$ のモニック多項式とする。係数を移した多項式を $f_S\in S[T]$ と書くと、自然な $S$ 代数同型
$$ S\otimes_R R[T]/(f)\simeq S[T]/(f_S) $$
がある。両辺は $S$ 加群として階数 $d$ の自由加群である。

余りの基底を対応させる

左辺は $1\otimes1,1\otimes\alpha,\ldots,1\otimes\alpha^{d-1}$、右辺は $1,\bar T,\ldots,\bar T^{d-1}$ をそれぞれ $S$ 上の基底に持つ。写像 $s\otimes[g(T)]\mapsto[s\,g(T)]$ は $R$ に関する釣合い条件を満たし、$1\otimes\alpha^j$ を $\bar T^j$ に送るので、$S$ 加群として同型である。さらに積と単位元も保つから $S$ 代数同型となる。$\square$

使い分けと関連項目

モニック多項式は「係数が全部 $1$」でも「定数項が $1$」でもなく、最高次係数だけが $1$ という条件である。$T^4-7T+3$ はモニックで、$3T^4-T+1$ はそうでない。係数環が体なら非零多項式を一意にモニック化できる。一般の環ではそれができないことがあり、その代わり最初からモニックな式を選ぶと除法と有限自由基底が使える。
モニック性と既約性も別の条件である。$T^2-1=(T-1)(T+1)$ は $\mathbb Q[T]$ でモニックだが可約である。一方、$2T+1$ は $\mathbb Q[T]$ で既約だがモニックでない。多項式の根、商環、拡大体を論じるときには、この二つの条件をそれぞれどこで使うか確認する。

関連項目

参考文献

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