Jacobi行列(Jacobian matrix)とは、開集合上の写像 $f=(f_1,\dots,f_m)$ の各成分の各変数についての偏微分係数 $\frac{\partial f_i}{\partial x_j}(p)$ を並べた $m\times n$ 行列である。写像が全微分可能なら、これは点 $p$ の近くで写像を 1 次式で近似したときの係数行列であり、全微分可能な写像の合成の Jacobi 行列は Jacobi 行列の積になる。正方行列の場合の行列式(Jacobi 行列式)は小さな図形の面積や体積の拡大率を表し、極座標の写像 $(r,\theta)\mapsto(r\cos\theta,r\sin\theta)$ では $r$ である。$C^1$ 級の写像で Jacobi 行列式がどこでも $0$ でなくても単射とは限らず、保証されるのは各点の近くでの逆写像の存在である。
平面の点を原点からの距離 $r$ と偏角 $\theta$ で表す極座標の写像 $F(r,\theta)=(r\cos\theta,\,r\sin\theta)$ を考える。$r$ を少し増やすと点は $(\cos\theta,\sin\theta)$ の向きに速さ $1$ で動き、$\theta$ を少し増やすと点は半径 $r$ の円に沿って $(-r\sin\theta,\,r\cos\theta)$ の向きに速さ $r$ で動く。この 2 つの速度ベクトルを列として並べた行列
$$
\begin{pmatrix}\cos\theta&-r\sin\theta\\ \sin\theta&r\cos\theta\end{pmatrix}
$$
が $F$ の Jacobi 行列(Jacobian matrix)であり、その行列式は $r\cos^2\theta+r\sin^2\theta=r$ である。この値 $r$ は、$(r,\theta)$ の平面の小さな長方形が $F$ で写った先の面積が約 $r$ 倍になることを表している。原点から遠いほど、同じ角度の幅でも扇形の面積が大きくなるからである。もう 1 つ例を挙げると、$f(x,y)=(x^2-y^2,\,2xy)$ の点 $(1,2)$ での Jacobi 行列は $\begin{pmatrix}2&-4\\4&2\end{pmatrix}$ で、行列式は $20$ である。
以下、$\mathbb{R}^n$ の元を列ベクトルとみなし、$\|x\|$ を Euclid のノルムとする。
$U\subset\mathbb{R}^n$ を開集合、$f=(f_1,\dots,f_m)\colon U\to\mathbb{R}^m$ を写像、$p\in U$ とし、各成分 $f_i$ の各変数 $x_j$ についての偏微分係数 $\frac{\partial f_i}{\partial x_j}(p)$(偏微分)がすべて存在するとする。$m\times n$ 行列
$$
J_f(p):=\left(\frac{\partial f_i}{\partial x_j}(p)\right)_{1\leq i\leq m,\ 1\leq j\leq n}=\begin{pmatrix}\frac{\partial f_1}{\partial x_1}(p)&\cdots&\frac{\partial f_1}{\partial x_n}(p)\\ \vdots&\ddots&\vdots\\ \frac{\partial f_m}{\partial x_1}(p)&\cdots&\frac{\partial f_m}{\partial x_n}(p)\end{pmatrix}
$$
を $f$ の $p$ での Jacobi 行列という。$\frac{\partial(f_1,\dots,f_m)}{\partial(x_1,\dots,x_n)}(p)$ とも書く。第 $i$ 行は成分 $f_i$ の勾配 $\nabla f_i(p)$ であり、第 $j$ 列は $f$ を $x_j$ で偏微分したベクトル $\frac{\partial f}{\partial x_j}(p)$ である。
def-jm で $m=n$ のとき、行列式 $\det J_f(p)$ を $f$ の $p$ での Jacobi 行列式(Jacobian determinant、Jacobian)といい、$\frac{\partial(f_1,\dots,f_n)}{\partial(x_1,\dots,x_n)}(p)$ と書くこともある。
「ヤコビアン」(Jacobian)という語は、本によって Jacobi 行列を指すことも Jacobi 行列式を指すこともあるので、文脈で確かめる必要がある(Leb2 §8.3.4、p. 42 の脚注も同じ注意をしている)。Jacobi 行列式は $n=1$ では微分係数そのものである。Jacobi 行列は各点の偏微分係数から形式的に作れるが、写像の 1 次近似を表すのは写像が全微分可能(全微分)なときである(prop-jm-derivative)。直交多項式や数値線形代数で「Jacobi 行列」と呼ばれる 3 重対角行列は、本記事の Jacobi 行列とは別のものである。
写像 $f$ を点 $p$ の近くで見ると、$f(p+h)\approx f(p)+J_f(p)h$ と 1 次式で近似できることが多い。Jacobi 行列はこの近似の係数行列であり、「$p$ の近くで $f$ がどう引き伸ばし、ねじり、裏返すか」を 1 枚の行列に記録したものである。第 $j$ 列は、$x_j$ 座標だけを動かしたときに像の点が動く速度ベクトルである。正方行列の場合、行列式の絶対値は小さな図形の面積(体積)が何倍になるかを、符号は向きが保たれるか裏返るかを表す。合成写像の近似は近似の合成なので、Jacobi 行列は合成で掛け算される。
$A$ を $m\times n$ 行列、$b\in\mathbb{R}^m$ とし、$f(x):=Ax+b$ とする。$f$ の第 $i$ 成分は $f_i(x)=\sum_ka_{ik}x_k+b_i$ なので $\frac{\partial f_i}{\partial x_j}=a_{ij}$ であり、すべての点で $J_f(x)=A$ である。とくに $m=n$ なら Jacobi 行列式は定数 $\det A$ である。たとえば $A=\begin{pmatrix}2&1\\1&3\end{pmatrix}$ なら $\det A=5$ であり、$f$ は単位正方形を、$Ae_1=(2,1)$ と $Ae_2=(1,3)$ が張る面積 $5$ の平行四辺形(を平行移動したもの)に写す(行列式の記事の例「面積としての行列式」)。
$F(r,\theta):=(r\cos\theta,\,r\sin\theta)$ について、$\frac{\partial}{\partial r}(r\cos\theta)=\cos\theta$、$\frac{\partial}{\partial\theta}(r\cos\theta)=-r\sin\theta$、$\frac{\partial}{\partial r}(r\sin\theta)=\sin\theta$、$\frac{\partial}{\partial\theta}(r\sin\theta)=r\cos\theta$ であり(三角関数の導関数)、
$$
J_F(r,\theta)=\begin{pmatrix}\cos\theta&-r\sin\theta\\ \sin\theta&r\cos\theta\end{pmatrix},\qquad\det J_F(r,\theta)=r
$$
である。$r=0$ では Jacobi 行列式が $0$ になり、実際 $F(0,\theta)=(0,0)$ は $\theta$ によらない。
$S(\rho,\varphi,\theta):=(\rho\sin\varphi\cos\theta,\ \rho\sin\varphi\sin\theta,\ \rho\cos\varphi)$ の Jacobi 行列は
$$
J_S=\begin{pmatrix}\sin\varphi\cos\theta&\rho\cos\varphi\cos\theta&-\rho\sin\varphi\sin\theta\\ \sin\varphi\sin\theta&\rho\cos\varphi\sin\theta&\rho\sin\varphi\cos\theta\\ \cos\varphi&-\rho\sin\varphi&0\end{pmatrix}
$$
である。第 3 行で余因子展開すると
$$
\det J_S=\cos\varphi\cdot\rho^2\sin\varphi\cos\varphi\,(\cos^2\theta+\sin^2\theta)+\rho\sin\varphi\cdot\rho\sin^2\varphi\,(\cos^2\theta+\sin^2\theta)=\rho^2\sin\varphi
$$
となる(第 1 項は $(3,1)$ 成分 $\cos\varphi$ とその余因子 $\rho^2\sin\varphi\cos\varphi\cos^2\theta+\rho^2\sin\varphi\cos\varphi\sin^2\theta$、第 2 項は $(3,2)$ 成分 $-\rho\sin\varphi$ とその余因子 $-(\rho\sin^2\varphi\cos^2\theta+\rho\sin^2\varphi\sin^2\theta)$ の積)。$\rho=0$ または $\sin\varphi=0$($z$ 軸の上)で $0$ になる。
$f(x,y):=(x^2-y^2,\,2xy)$ は、複素数 $z=x+iy$ を $z^2$ に写す写像を実部と虚部で書いたものである。
$$
J_f(x,y)=\begin{pmatrix}2x&-2y\\2y&2x\end{pmatrix},\qquad\det J_f(x,y)=4(x^2+y^2)
$$
であり、点 $(1,2)$ では $\begin{pmatrix}2&-4\\4&2\end{pmatrix}$、行列式 $20$ である。Jacobi 行列は $\begin{pmatrix}a&-b\\b&a\end{pmatrix}$ の形、すなわち複素数 $a+ib=2z$ を掛ける写像の行列になっていて、行列式は $|2z|^2=4|z|^2$ である。一般に、複素微分可能な関数を $u+iv$($u,v$ は実数値)と書くと、正則関数の記事の定理「Cauchy–Riemann の方程式」により $u_y=-v_x$、$v_y=u_x$ なので、Jacobi 行列は $\begin{pmatrix}u_x&-v_x\\v_x&u_x\end{pmatrix}$ の形になり、行列式は $u_x^2+v_x^2$、すなわち複素微分係数の絶対値の 2 乗になる。
ex-jm-polar の $F$ を開集合 $U:=(0,\infty)\times\mathbb{R}$ に制限すると、$U$ のすべての点で $\det J_F=r>0$ である。しかし $F(r,\theta+2\pi)=F(r,\theta)$ なので $F$ は $U$ 上で単射でない。
1 変数では、区間 $I$ 上の微分可能な関数 $g$ の微分係数がどこでも $0$ でなければ $g$ は単射である。実際、$a< b$ で $g(a)=g(b)$ なら、Rolleの定理により $g'(c)=0$ となる $c\in(a,b)$ があるからである。$F$ は「$U$ 上で $C^1$ 級で Jacobi 行列式がどこでも $0$ でない」を満たすが「$U$ 上で単射」を満たさず、この 1 変数の含意の多変数版は成り立たない。Jacobi 行列式が $0$ でないことから言えるのは、各点の近くでの単射性(逆関数定理)だけである。
条件を 1 つ外した反例を表にまとめる。1 行目の確認は prop-jm-derivative の後の段落に、2 行目は cor-jm-inverse の証明の後に、3 行目は上の反例の箱にある。4 行目は表の中の計算で確かめられる($S$ の上で $F$ は円環を 2 周する)。
| 外す条件 | 反例 | 成り立たなくなること |
|---|---|---|
| 全微分可能(prop-jm-derivative の 1) | 原点で $0$ とした $\frac{xy}{x^2+y^2}$ | Jacobi 行列による 1 次近似(原点で Jacobi 行列はあるが、関数は原点で連続でさえない) |
| 逆写像の微分可能性(cor-jm-inverse) | $f(x)=x^3$ | $J_f(p)$ が正則であること($f'(0)=0$) |
| 1 変数(区間上)であること | $(0,\infty)\times\mathbb{R}$ 上の極座標の写像 $F$(ex-jm-not-injective) | Jacobi 行列式がどこでも $0$ でなければ単射であること |
| $g$ が単射(thm-jm-change-of-variables) | $S=[1,2]\times[0,4\pi]$ 上の極座標の写像 $F$($\det J_F=r\geq1$) | 変数変換公式(左辺は $\int_S r\,dr\,d\theta=6\pi$、右辺は円環 $1\le x^2+y^2\le4$ の面積 $3\pi$) |
写像 $f\colon U\to\mathbb{R}^m$ が点 $p\in U$ で(全)微分可能であるとは、$m\times n$ 行列 $A$ で
$$
\lim_{h\to0}\frac{\|f(p+h)-f(p)-Ah\|}{\|h\|}=0
$$
を満たすものが存在することであり、この $A$ を $Df(p)$ と書く(連鎖律の記事の定義「全微分可能性」)。$m=1$ の場合は 偏微分 の記事の定義「実数値関数の全微分可能性」で、$A$ は行ベクトルである。
$U\subset\mathbb{R}^n$ を開集合、$f=(f_1,\dots,f_m)\colon U\to\mathbb{R}^m$、$p\in U$ とし、$A$ を $m\times n$ 行列、$a_i$ をその第 $i$ 行とする。$f$ が $p$ で全微分可能で $Df(p)=A$ であることと、各 $i$ について $f_i$ が $p$ で全微分可能で $\lim_{h\to0}|f_i(p+h)-f_i(p)-a_i\cdot h|/\|h\|=0$ であることは同値である。
$r(h):=f(p+h)-f(p)-Ah$ とおくと、その第 $i$ 成分は $r_i(h)=f_i(p+h)-f_i(p)-a_i\cdot h$ である。ベクトル $w\in\mathbb{R}^m$ について $|w_i|\leq\|w\|\leq|w_1|+\cdots+|w_m|$ が成り立つ(前半は $\|w\|^2=\sum_kw_k^2\geq w_i^2$、後半は $\|w\|^2\leq\bigl(\sum_k|w_k|\bigr)^2$ から)。したがって $h\ne0$ について
$$
\frac{|r_i(h)|}{\|h\|}\leq\frac{\|r(h)\|}{\|h\|}\leq\sum_{k=1}^{m}\frac{|r_k(h)|}{\|h\|}
$$
であり、$\|r(h)\|/\|h\|\to0$ とすべての $i$ で $|r_i(h)|/\|h\|\to0$ とは同値である。
$U\subset\mathbb{R}^n$ を開集合、$f=(f_1,\dots,f_m)\colon U\to\mathbb{R}^m$、$p\in U$ とする。
1:連鎖律 の記事の命題「微分の行列成分と偏微分係数」により、すべての偏微分係数が存在して $Df(p)$ の $(i,j)$ 成分は $\frac{\partial f_i}{\partial x_j}(p)$ に等しい。すなわち $Df(p)=J_f(p)$ である。
2:各 $f_i$ に偏微分の記事の定理「偏導関数が連続なら全微分可能」を使うと、$f_i$ は $p$ で全微分可能で、1 次の項の係数ベクトルは $\nabla f_i(p)$、すなわち $J_f(p)$ の第 $i$ 行である。prop-jm-componentwise により $f$ は $p$ で全微分可能で $Df(p)=J_f(p)$ である。
1 は Leb2 Proposition 8.3.9(pp. 39–40)にもある。2 の後半($C^1$ 級なら各点で全微分可能)は Leb2 Proposition 8.4.6(pp. 48–49)にある。1 により、全微分可能な写像では
$$
f(p+h)=f(p)+J_f(p)\,h+r(h),\qquad\frac{\|r(h)\|}{\|h\|}\to0\quad(h\to0)
$$
であり、Jacobi 行列は写像を 1 次式で近似したときの係数行列になる。ただし、Jacobi 行列が存在するだけでは全微分可能とは限らない。偏微分の記事の例「反例:偏微分係数があっても連続でない関数」の $\frac{xy}{x^2+y^2}$ は原点で Jacobi 行列(零行列の $1\times2$ 行列)をもつが、原点で連続でさえない。
$U\subset\mathbb{R}^n$、$V\subset\mathbb{R}^m$ を開集合とし、$f\colon U\to\mathbb{R}^m$ は $f(U)\subset V$ を満たし $p\in U$ で全微分可能、$g\colon V\to\mathbb{R}^\ell$ は $f(p)$ で全微分可能とする。このとき
$$
J_{g\circ f}(p)=J_g\bigl(f(p)\bigr)\,J_f(p)
$$
($\ell\times m$ 行列と $m\times n$ 行列の積)が成り立つ。$n=m=\ell$ なら $\det J_{g\circ f}(p)=\det J_g\bigl(f(p)\bigr)\,\det J_f(p)$ である。
連鎖律の記事の定理「多変数の連鎖律」により $g\circ f$ は $p$ で全微分可能で $D(g\circ f)(p)=Dg(f(p))\,Df(p)$ である。3 つの全微分の行列を prop-jm-derivative の 1 で Jacobi 行列に置き換えればよい。行列式の等式は、行列式の記事の定理「積の行列式」による。
成分で書けば $\frac{\partial(g\circ f)_i}{\partial x_j}=\sum_k\frac{\partial g_i}{\partial y_k}\frac{\partial f_k}{\partial x_j}$ である(連鎖律の記事の系「成分による表示と曲線に沿った微分」)。行列式についての等式は Leb2 §8.3.4(p. 42)にも述べられている。
ex-jm-polar の $F$ と ex-jm-complex-square の $f$ を合成すると $f\bigl(F(r,\theta)\bigr)=(r^2\cos2\theta,\ r^2\sin2\theta)$ となる。直接偏微分すると
$$
J_{f\circ F}(r,\theta)=\begin{pmatrix}2r\cos2\theta&-2r^2\sin2\theta\\2r\sin2\theta&2r^2\cos2\theta\end{pmatrix},\qquad\det J_{f\circ F}=4r^3
$$
であり、確かに $\det J_f(F(r,\theta))\cdot\det J_F(r,\theta)=4r^2\cdot r$ に等しい。点 $(r,\theta)=(2,\pi/6)$ では $F(2,\pi/6)=(\sqrt3,1)$ であり、
$$
J_f(\sqrt3,1)\,J_F(2,\tfrac\pi6)=\begin{pmatrix}2\sqrt3&-2\\2&2\sqrt3\end{pmatrix}\begin{pmatrix}\frac{\sqrt3}{2}&-1\\ \frac12&\sqrt3\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}2&-4\sqrt3\\2\sqrt3&4\end{pmatrix}
$$
は直接計算した $J_{f\circ F}(2,\pi/6)$ に一致する。
$U,W\subset\mathbb{R}^n$ を開集合、$f\colon U\to W$ を全単射とし、$g:=f^{-1}\colon W\to U$ とする。$f$ が $p\in U$ で全微分可能で、$g$ が $f(p)$ で全微分可能ならば、$J_f(p)$ は正則行列であり(したがって $\det J_f(p)\ne0$)、
$$
J_g\bigl(f(p)\bigr)=J_f(p)^{-1}
$$
が成り立つ。
$g\circ f$ は $U$ 上の恒等写像 $x\mapsto x$ であり、ex-jm-linear($A$ を単位行列 $I$、$b=0$ とする)によりその Jacobi 行列はいたるところ $I$ である。cor-jm-chain により $J_g(f(p))\,J_f(p)=I$ となる。正方行列は片側の逆行列をもてば正則である(正則行列の記事の定理「片側の逆行列で十分であること」)から、$J_f(p)$ は正則で $J_f(p)^{-1}=J_g(f(p))$ である。行列式をとると $\det J_g(f(p))\det J_f(p)=1$ なので $\det J_f(p)\ne0$ である。
$g$ の微分可能性の仮定は外せない。$f(x)=x^3$ は $\mathbb{R}$ から $\mathbb{R}$ への全単射で微分可能だが $f'(0)=0$ であり、逆関数 $\sqrt[3]{y}$ は $0$ で微分可能でない。逆向きには、Jacobi 行列式が $0$ でなければ局所的に微分可能な逆写像が存在する。
$U\subset\mathbb{R}^n$ を開集合、$f\colon U\to\mathbb{R}^n$ を $C^1$ 級とし、$p\in U$ で $\det J_f(p)\ne0$ とする。このとき $p$ を含む開集合 $V\subset U$ で、$f(V)$ が開集合、$f|_V\colon V\to f(V)$ が全単射で、その逆写像 $g$ が $C^1$ 級となるものが存在し、すべての $x\in V$ で $J_g\bigl(f(x)\bigr)=J_f(x)^{-1}$ が成り立つ。
証明は 逆関数定理 の記事の定理「逆関数定理」(縮小写像の原理による)にあり、Leb2 Theorem 8.5.1(p. 51)も同じ主張を証明している。最後の等式は、逆写像の微分可能性が分かれば cor-jm-inverse から従う。同じ記事の定理「逆関数定理から導かれる陰関数定理」は、Jacobi 行列の一部の正方ブロックの行列式が $0$ でないことを条件として、方程式 $F(x,y)=0$ を $y$ について局所的に解けることを主張する(陰関数定理。Leb2 Theorem 8.5.6、p. 55)。
$r>0$ の点では $\det J_F=r\ne0$ なので、thm-jm-inverse-function により $F$ は局所的に $C^1$ 級の逆写像 $(x,y)\mapsto(r,\theta)$ をもち、その Jacobi 行列は
$$
J_F(r,\theta)^{-1}=\begin{pmatrix}\cos\theta&\sin\theta\\-\frac{\sin\theta}{r}&\frac{\cos\theta}{r}\end{pmatrix}
$$
である。すなわち $\frac{\partial r}{\partial x}=\cos\theta=\frac{x}{\sqrt{x^2+y^2}}$、$\frac{\partial\theta}{\partial x}=-\frac{\sin\theta}{r}=-\frac{y}{x^2+y^2}$ である。$x>0$ の範囲で $r=\sqrt{x^2+y^2}$、$\theta=\arctan(y/x)$ と書いて直接偏微分しても同じ値が得られる。$\frac{\partial r}{\partial x}=\cos\theta$ は $\frac{\partial x}{\partial r}=\cos\theta$ と一致するが、$\frac{\partial\theta}{\partial x}$ は $1/\frac{\partial x}{\partial\theta}=-\frac{1}{r\sin\theta}$ ではない。多変数では偏微分係数の逆数をとっても逆写像の偏微分係数にはならず、行列全体の逆行列をとる必要がある。
$2\times2$ 行列 $A$ は単位正方形を、2 つの列ベクトルが張る平行四辺形に写し、その面積は $|\det A|$ である(行列式の記事の例「面積としての行列式」)。一般の $n$ でも、1 次写像 $A$ は直方体の体積を $|\det A|$ 倍にする(Leb2 Proposition 10.7.1、p. 134。可測集合一般についての証明は 変数変換公式(多変数積分) の命題「線形写像による体積の変化」)。$f$ が $C^1$ 級なら $p$ の近くで $f(p+h)\approx f(p)+J_f(p)h$ なので、$p$ の近くの小さな図形の面積(体積)は $f$ でおよそ $|\det J_f(p)|$ 倍になる。この近似を細かく分けた小さな図形について足し合わせると、次の公式が得られる。
$U\subset\mathbb{R}^n$ を開集合、$S\subset U$ を Jordan 可測なコンパクト集合(コンパクト空間)、$g\colon U\to\mathbb{R}^n$ を単射な $C^1$ 級写像で、$S$ の各点で $\det J_g\ne0$ を満たすものとする。$f\colon g(S)\to\mathbb{R}$ が Riemann積分 可能ならば、$f\circ g$ は $S$ 上で Riemann 積分可能であり、
$$
\int_Sf\bigl(g(x)\bigr)\,\bigl|\det J_g(x)\bigr|\,dx=\int_{g(S)}f(u)\,du
$$
が成り立つ。
この形の言明と証明は Leb2 Theorem 10.7.2(pp. 134–137)にある。Jordan 可測性と多変数の Riemann 積分の定義は同書の第 10 章による。証明は、小さな直方体の像の体積を $|\det J_g|$ で上から評価して片側の不等式を得たあと、同じ評価を逆写像 $g^{-1}$ に当てて(cor-jm-inverse)逆向きの不等式を得る。Lebesgue 測度と Lebesgue 積分の枠での $C^1$ 級微分同相写像についての完全な証明は、変数変換公式(多変数積分) の定理「変数変換公式」にある。$n=1$ では、単調な $C^1$ 級関数による置換積分 $\int_{[a,b]}f(g(x))\,|g'(x)|\,dx=\int_{g([a,b])}f(u)\,du$ にあたる。
$a,b>0$ とし、$g(x,y):=(ax,by)$ とする。$g$ は $\mathbb{R}^2$ 上で単射な $C^1$ 級写像で、ex-jm-linear により $\det J_g=ab\ne0$ である。単位円板 $S=\{(x,y)\mid x^2+y^2\leq1\}$ の像は楕円の周と内部 $g(S)=\{(u,v)\mid u^2/a^2+v^2/b^2\leq1\}$ である。thm-jm-change-of-variables で $f=1$ とすると、楕円の面積は $\int_Sab\,dx\,dy=ab\cdot\pi$ である(単位円板の面積 $\pi$ を使った)。
ex-jm-polar の極座標の写像 $F$ に使うと、$\iint f(x,y)\,dx\,dy=\iint f(r\cos\theta,r\sin\theta)\,r\,dr\,d\theta$ という形の公式になる。ただし $F$ は $r=0$ で Jacobi 行列式が $0$ になり、$\theta$ の幅が $2\pi$ の範囲の端では単射でなくなるので、thm-jm-change-of-variables をそのまま使うことはできず、それらの点の近くを除いて極限をとる必要がある。この公式と、それを使った $\int_{-\infty}^{\infty}e^{-x^2}\,dx=\sqrt\pi$ の計算は 極座標 の記事で扱う。
$m\ne n$ の場合には行列式は無いが、Jacobi 行列の階数(階数(線形代数))が写像の局所的な形を決める。$C^1$ 級写像 $F\colon\mathbb{R}^{n+m}\supset E\to\mathbb{R}^m$ の Jacobi 行列の階数が点 $(a,b)$ で $m$ で、とくに後ろの $m$ 変数についての $m\times m$ のブロックが正則なら、陰関数定理 により $F(x,y)=F(a,b)$ の解は $(a,b)$ の近くで $y=\varphi(x)$ の形のグラフになる(逆関数定理 の記事の定理「逆関数定理から導かれる陰関数定理」)。たとえば $F(x,y)=x^2+y^2$ の Jacobi 行列 $(2x,\ 2y)$ は単位円周の上で $0$ にならず、単位円周は各点の近くで $y=\pm\sqrt{1-x^2}$ または $x=\pm\sqrt{1-y^2}$ の形に書ける。
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