零環(zero ring)とは、ただ 1 つの元 $0$ からなる環であり、$0+0=0$、$0\cdot0=0$ で演算が定まる。単位元をもつ環が零環であることは $1=0$ と同値であり、零環の上の加群は零加群だけである。零環は環の圏の終対象で、零環から環準同型が出るのは零環への準同型だけである。全体のイデアルによる剰余環 $R/R$、$0$ を含む積閉集合による局所化、$\mathbb{F}_2\otimes_{\mathbb{Z}}\mathbb{F}_3$ などとして現れる。可換環の場合、零環であることは素イデアルをもたないこと、すなわち素スペクトルが空集合であることと同値である。体・整域・局所環の定義は零環を除くように置かれ、多くの定理は「零環でない」を仮定する。
前提知識: 環, 可換環, イデアル, 単元
零環は、ただ 1 つの元 $0$ からなる環である。単位元をもつ環では、零環であることは等式 $1=0$ と同じことであり、この等式が成り立つとすべての元が $0$ になってしまう。零環はそれ自体としては何の構造ももたないが、全体のイデアルで割る、$0$ を分母に許す、矛盾する方程式を課すといった操作の行き着く先として、いたるところに現れる。そのため体・整域・局所環などの定義は零環を除くように置かれ、多くの定理は「零環でない」を仮定に含む。本記事では、環は結合的で単位元 $1$ をもち、可換とは限らないものとし、環準同型は単位元を保つものとする(環・環準同型 の記事の流儀)。
一元集合 $\{0\}$ に、加法 $0+0=0$ と乗法 $0\cdot0=0$ を入れたものは環である。これを 零環(zero ring)といい、記号の濫用で $0$ と書く。この環の単位元は $0$ 自身なので、零環では $1=0$ である。
一般に、環 $R$ の台集合がただ 1 つの元からなるとき、$R$ は零環であるという。
環の公理(加法についてのアーベル群、乗法の結合法則、単位元、分配法則)は、ただ 1 つの元についての等式 $0=0$ に帰着するので、$\{0\}$ は確かに環であり、しかも可換環である。2 つの零環の間には、ただ 1 つの元をただ 1 つの元に送る写像しかなく、それは環の同型である。したがって零環は同型を除いて一意であり、同型も一意に定まる。
(1 ⇒ 2)$R$ の元はただ 1 つなので、$1$ と $0$ は同じ元である。
(2 ⇒ 1)任意の $a\in R$ について、$a=a\cdot1=a\cdot0=0$ である。ここで $a\cdot0=0$ は $a\cdot0=a\cdot(0+0)=a\cdot0+a\cdot0$ の両辺から $a\cdot0$ を引いて得られる(環 の記事の命題「環の基本計算規則」の 1)。よって $R=\{0\}$ である。
(2 ⇒ 3)$1=0$ なら $0\cdot0=0=1$ なので、$0$ は自分自身を逆元にもつ単元である。
(3 ⇒ 2)$0\cdot b=1$ となる $b\in R$ があれば、$1=0\cdot b=0$ である。
(3 ⇒ 4)$0$ は $0^1=0$ により冪零元であり、3 により単元である。
(4 ⇒ 2)$x^n=0$($n\ge1$)かつ $xy=yx=1$ とする。$x^ny^n=x^{n-1}(xy)y^{n-1}=x^{n-1}y^{n-1}$ を繰り返すと $x^ny^n=1$ である。一方 $x^ny^n=0\cdot y^n=0$ なので、$1=0$ である。
(2 ⇒ 5)$M$ を左 $R$ 加群とすると、任意の $m\in M$ について $m=1m=0m=0$ である。ここで $0m=0$ は $0m=(0+0)m=0m+0m$ から従う。
(5 ⇒ 1)$R$ は左からの乗法によって左 $R$ 加群になる(加群 の記事の例「正則加群とイデアル」)。5 によりこの加群は $\{0\}$ なので、$R=\{0\}$ である。
1 と 2 の同値は 環 の記事の命題「環の基本計算規則」の 4 と同じ内容である。5 は、零環の上では意味のある線形代数が何もできないことを表している。逆に、$0$ でない加群が 1 つでもあれば係数環は零環でない。
$1\neq0$ を環の公理に含める流儀もある。その流儀では零環は環でなく、剰余環 $R/R$ や $0$ を含む集合による局所化のような構成は「環にならない」として別扱いになる。本記事の流儀(AM69 Chapter 1 と同じ)では零環も環であり、そうした構成の結果を零環として一様に扱える。その代わり、体や整域の定義に $1\neq0$ を明示的に入れる。
零環は「$0=1$ が成り立つ世界」である。環に関係式を課していくとき、関係式どうしが矛盾すると $1=0$ が導かれ、環は零環につぶれる。たとえば多項式環 $k[x]$ に $x=0$ と $x=1$ を同時に課すと $1=x-(x-1)=0$ となる。可換環 $A$ を、その素スペクトル $\operatorname{Spec}A$ という空間の上の関数の環と思う見方では、零環は点を 1 つももたない空間、すなわち空集合に対応する(prop-zero-ring-maximal)。矛盾する方程式系の解の集合が空であることと、その方程式系で割った環が零環であることは、この対応のもとで同じことを言っている。
零環のただ 1 つの元 $0$ は、単元であり(prop-zero-ring-criteria)、冪零元であり、冪等元でもある($0^2=0$)。一方、零因子を「$0$ でない元 $b$ があって $ab=0$ となる元 $a$」と定める流儀(環 の記事の定義「零因子」)では、零環には $0$ でない元がないので、$0$ は零因子でない(零因子 の記事の定義の後の段落)。
このため、零環は次の性質をもつ。
$\mathbb{Z}$ の部分集合 $\{0\}$ は加法・減法・乗法で閉じており、それ自身は零環である。しかし $\mathbb{Z}$ の単位元 $1$ を含まないので、$\mathbb{Z}$ の部分環ではない(部分環の定義は単位元を含むことを求める。環 の記事の例「反例:単位元の異なる部分集合」と同じ理由である)。一般に、零環でない環 $R$ について $\{0\}$ は $R$ のイデアルであるが部分環でない。
この例が満たす性質は「演算で閉じていて、それ自身が単位元をもつ環である」こと、満たさない性質は「$R$ の単位元を含む」ことであり、破る含意は「演算で閉じていて自身が環であれば部分環である」である。後の prop-zero-ring-terminal の 2 は、これを環準同型の言葉で述べ直したものである。零環から $R$ への包含写像は $1=0$ を $0\neq1_R$ に送るので、環準同型ではない。
$G$ を $0$ でないアーベル群とし、すべての $a,b\in G$ について $ab:=0$ と定める。この乗法は結合法則と分配法則を満たすので、$G$ は単位元を仮定しない意味での環(擬環)になる。しかし $G$ は単位元をもたない。実際、$e\in G$ が単位元なら、任意の $a\in G$ について $a=ea=0$ となり、$G\neq0$ に反する。
したがって、この $G$ は本記事の意味の環ではなく、零環でもない。零環は、乗法が恒等的に $0$ である環のうち単位元をもつ唯一のものである。この例は「乗法がすべて $0$ になる環は零環である」という言い方が、単位元を仮定しない流儀では成り立たないことを示す。単位元を仮定しない流儀の文献では、この種の擬環を trivial ring と呼ぶことがある(rem-zero-ring-sources)ので、「自明環」「trivial ring」という語を読むときは流儀を確かめる必要がある。
環の圏の始対象は整数環 $\mathbb{Z}$ である(始対象 の記事の例「始対象が終対象でない例」)。$\mathbb{Z}\not\cong0$ なので、環の圏は零対象をもたない。アーベル群の圏や加群の圏では零加群が始対象かつ終対象(零対象)であることと対照的である。また、終対象は積の単位になる(終対象 の記事の命題「積の単位」)ので、ex-zero-ring-constructions の 1 の $R\times0\cong R$ は、この命題の環の圏での例である。
環準同型 $f\colon A\to B$ について、$f$ の核が $A$ 全体であることと $B$ が零環であることは同値である(環準同型 の記事の命題「核と像の基本性質」の 4)。これは 2 と同じく、「単位元を保つ」という条件が零環への準同型と零環からの準同型を強く制限することの現れである。
1 の「零環でなければ極大イデアルがある」の証明には、選択公理と同値な Zorn の補題を使う(極大イデアル の記事の注意「単位元と選択公理の役割」)。これに対し、「零環は極大イデアルも素イデアルももたない」は定義から直ちに従う。多くの定理が「零環でない可換環 $A$」を仮定するのは、$\operatorname{Spec}A\neq\emptyset$ や、剰余体 $A/\mathfrak{m}$ が存在することを使うためである。
アフィンスキームの言葉では、2 は「$\operatorname{Spec}A$ が空であるのは $A=0$ のときに限る」と述べている。$\operatorname{Spec}0$ は空集合を台とするスキーム(空スキーム)であり、空集合からの写像はただ 1 つなので、スキームの圏の始対象である。prop-zero-ring-terminal の 1 は、この事実を環の側から見たものにあたる。
prop-zero-ring-maximal と ex-zero-ring-quotients の 1 を合わせると、可換環 $A$ のイデアル $I$ について
$$
A/I=0\iff 1\in I\iff I\text{ を含む素イデアルがない}
$$
である。2 つ目の同値は、prop-zero-ring-maximal の 2 を $A/I$ に適用し、$A/I$ の素イデアルが $I$ を含む $A$ の素イデアル $\mathfrak{p}$ の像 $\mathfrak{p}/I$ と一対一に対応することを使う。この対応は 剰余環 の記事の定理「イデアルの対応定理」の 1 で与えられ、同じ定理の 2 の $(A/I)/(\mathfrak{p}/I)\cong A/\mathfrak{p}$ により素イデアルは素イデアルに対応する(剰余環が整域であることが素イデアルの条件だからである。素イデアル の記事)。$A=k[x_1,\dots,x_n]$ の場合、左辺は「方程式系 $f=0$($f\in I$)を $k$ 上の多項式の計算だけで矛盾に導ける」ことを、右辺は「方程式系が解をもつ点が $\operatorname{Spec}A$ にない」ことを表す。
$k$ が代数閉体なら、これはさらに $k^n$ の点での解の有無と一致する。すなわち、$I$ の元の共通零点が $k^n$ にないことと、$k[x_1,\dots,x_n]/I$ が零環であることは同値である(Hilbertの零点定理 の記事の定理「Hilbertの零点定理」の 2、弱零点定理)。代数閉体の仮定は外せない。$\mathbb{R}[x]/(x^2+1)$ は複素数体 $\mathbb{C}$ と同型で零環でないが、$x^2+1$ は実数の零点をもたない(Hilbertの零点定理 の記事の例「反例:代数閉でない体」の 1)。この例で破れている仮定は「$k$ が代数閉体である」ことであり、破れている含意は「$k^n$ に共通零点がなければ剰余環は零環である」である。
$A,B$ を可換環とし、ある正の整数 $n$ について、$A$ では $n\cdot1_A=0$ であり、$B$ では $n\cdot1_B$ が単元であるとする。このとき、環のテンソル積 $A\otimes_{\mathbb{Z}}B$ は零環である。
$A\otimes_{\mathbb{Z}}B$ は $(a\otimes b)(a'\otimes b')=aa'\otimes bb'$ を積とし、$1_A\otimes1_B$ を単位元とする可換環である(テンソル積 の記事の注意「多元環のテンソル積と随伴」を $\mathbb{Z}$ 上の多元環に適用する)。$u\in B$ を $n\cdot1_B$ の逆元とすると、$1_B=n\cdot u$ なので、テンソル積の双線形性により
$$
1_A\otimes1_B=1_A\otimes(n\cdot u)=(n\cdot1_A)\otimes u=0\otimes u=0
$$
である。単位元が $0$ に等しいので、prop-zero-ring-criteria により $A\otimes_{\mathbb{Z}}B$ は零環である。
たとえば、相異なる素数 $p,q$ について、$\mathbb{F}_p$ では $p\cdot1=0$、$\mathbb{F}_q$ では $p\cdot1$ が $0$ でないので単元である。よって $\mathbb{F}_p\otimes_{\mathbb{Z}}\mathbb{F}_q=0$ であり、これはテンソル積 の記事の例「有限巡回群のテンソル積」の $\gcd(p,q)=1$ の場合と一致する。$n\ge1$ について $\mathbb{Z}/n\mathbb{Z}\otimes_{\mathbb{Z}}\mathbb{Q}=0$、$\mathbb{F}_2\otimes_{\mathbb{Z}}\mathbb{Z}[1/2]=0$ も同じ理由による。幾何学的には、テンソル積 $A\otimes_{\mathbb{Z}}B$ は $\operatorname{Spec}A$ と $\operatorname{Spec}B$ の $\operatorname{Spec}\mathbb{Z}$ 上のファイバー積にあたる。$\mathbb{F}_2\otimes_{\mathbb{Z}}\mathbb{Z}[1/2]=0$ は、「$2$ を可逆にした $\operatorname{Spec}\mathbb{Z}[1/2]$ の上には、素数 $2$ に対応する点がない」ことを表している。
prop-zero-ring-criteria の 5 により、零環の上の加群は零加群だけである。したがって、零環の上ではすべての $m,n\ge0$ について $0^m\cong0^n$(どちらも零加群)であり、自由加群の基底の元の個数(階数)が定まらない。零環でない可換環の上では、自由加群の基底の濃度は基底の取り方によらない(自由加群 の記事の定理「可換環上の階数の一意性」)。階数や次元の理論が「零環でない」を仮定するのはこのためである。
単位元をもつ環の定義で $1=0$ を排除せず、そのとき環がただ 1 つの元からなることを示して零環と呼ぶ扱いは AM69 Chapter 1 の冒頭にある。零環でない可換環が極大イデアルをもつことの Zorn の補題による証明も同じ章にある。環に単位元を仮定しない DF04 §7.1 は、任意のアーベル群に零乗法を入れた擬環を trivial ring と呼び、そのうち台が $\{0\}$ のものを zero ring と呼んでいる(ex-zero-ring-zero-multiplication)。
零環を環から除く流儀では、prop-zero-ring-terminal の環の圏は終対象をもたず、剰余環 $R/R$ や空な族の直積が定義されない。零環を環に含める流儀は、こうした構成を例外なく扱える代わりに、体・整域・局所環・単純環などの定義と、極大イデアルの存在や階数の一意性のような定理に「零環でない」を付ける必要がある。どちらの流儀でも数学の内容は変わらず、境界の場合をどこで処理するかの違いである。
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