Weierstrassの割り算定理

同義語:Weierstrass division theoremWeierstrassの除法定理

概要

Weierstrassの割り算定理(Weierstrass division theorem)とは、原点の近くの正則関数 $g(z',w)$ が、$z'=0$ と置くと $w=0$ で $b$ 位の零点をもつとき、原点の近くで正則な任意の $f$ を $f=qg+r$ と割って、余り $r$ を係数が $z'$ の正則関数である $w$ の $b$ 次未満の多項式にでき、商と余りが一意に定まるという定理である。$g$ だけで決まる多重円板の上では、有界な $f$ の商の上限が $f$ の上限の定数倍で抑えられ、商と余りの各 Taylor 係数は $f$ の有限個の係数で決まるので、形式的冪級数でも同じ割り算が成り立つ。変数の個数についての帰納法の道具として、収束冪級数環の Noether 性や零点定理の証明に使われる。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{div}[0]{\mathbin{÷}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: Weierstrassの予備定理, 収束冪級数環, 多重円板, Cauchyの積分公式

1 変数では、原点の近くで正則な関数 $f(w)$ を $w^b$ で割ると、余りは Taylor 展開の $b-1$ 次までの部分であり、商も余りも一つに決まる。Weierstrass の割り算定理は、これを多変数に広げる定理である。$\mathbb{C}^n$ の点を $z=(z',w)$ と書き、$g$ が「$w$ について $b$ 次の正則」、すなわち $g(0,w)$ が $w=0$ で $b$ 位の零点をもつとき、原点の近くで正則な任意の $f$ は
$$ f=q\,g+r,\qquad r=\sum_{j=0}^{b-1}r_j(z')\,w^j $$
と、余り $r$ を $w$ について次数 $b$ 未満の多項式にして割ることができ、$q$ と $r$ はただ一組に決まる。
割り算定理そのものと、Cauchy の積分公式による証明は Weierstrassの予備定理 の定理「Weierstrass の割り算定理」にある。この記事では、割り算定理のうち予備定理の記事にない部分を扱う。

  • 評価付きの割り算(thm-wd-estimate):$g$ だけで決まる多重円板 $\Delta$ の上で、有界な正則関数 $f$ を割るとき $\sup_\Delta|q|\le C\sup_\Delta|f|$ が成り立つ。証明は逐次近似で、一意性も評価から出る。
  • Taylor 係数の有限性と形式的冪級数版(prop-wd-formal):$q,r$ の各 Taylor 係数は $f$ の有限個の Taylor 係数の一次結合で、同じ手続きが収束を問わない冪級数でも割り算を与える。
  • 多項式環との比較(cor-wd-polynomial)と、いくつかの点で同時に割る割り算(thm-wd-multipoint)。後者は、$W(0,w)$ が相異なる根を複数もつときにも、各根の近くの芽を一つの多項式の余りでまとめて表す。

定義と記号

$n\ge1$ とし、$z=(z',w)$、$z'=(z_1,\dots,z_{n-1})$、$w=z_n$ と書く($n=1$ では $z'$ はない)。$D(a,\rho):=\{w\in\mathbb{C}\mid|w-a|<\rho\}$、$D(\rho):=D(0,\rho)$ とし、$\mathbb{C}^{n-1}$ の原点を中心とする多重円板を $\Delta'$ で表す。原点での正則関数の芽の環を $\mathbb{C}\{z\}$ と書く(収束冪級数環)。開集合 $U$ の上の有界な正則関数の全体を $H^\infty(U)$ と書き、$\|\varphi\|_U:=\sup_U|\varphi|$ とおく。

$w$ について正則な関数と Weierstrass 多項式
  1. 原点の近傍で正則な $g$ が $w$ について $b$ 次の正則であるとは、$g(0,w)=w^be(w)$、$e(0)\ne0$ と書けることをいう($b\ge0$ は整数)。
  2. Weierstrass 多項式とは、$W(z',w)=w^b+\sum_{j< b}a_j(z')w^j$ の形で、係数 $a_j$ が $\mathbb{C}^{n-1}$ の原点の近くで正則で $a_j(0)=0$ を満たすものをいう。

この定義は Weierstrassの予備定理 の定義「$w$ について正則な関数と Weierstrass 多項式」と同じである。一般の $0$ でない $f\in\mathbb{C}\{z\}$ は、線形な座標変換で $w$ について正則にできる(同じ記事の補題「一般の関数を $w$ 正則にする座標変換」)。

$w^b$ による分解

$\Delta=\Delta'\times D(R)$ とし、$\varphi\in H^\infty(\Delta)$、$M:=\|\varphi\|_\Delta$ とする。
$$ \varphi_0(z',w):=\sum_{j=0}^{b-1}\frac{\partial_w^j\varphi(z',0)}{j!}\,w^j,\qquad \varphi_1:=\frac{\varphi-\varphi_0}{w^b} $$
とおくと、$\varphi_0,\varphi_1$ は $\Delta$ 上で正則で、
$$ \varphi=w^b\varphi_1+\varphi_0,\qquad \|\varphi_0\|_\Delta\le bM,\qquad \|\varphi_1\|_\Delta\le\frac{(b+1)M}{R^b} $$
が成り立つ。さらに、$\Delta$ 上の正則関数 $\psi_1$ と、係数が $\Delta'$ 上で正則な $w$ の次数 $b$ 未満の多項式 $\psi_0$ で $\varphi=w^b\psi_1+\psi_0$ となるものは、$\psi_0=\varphi_0$、$\psi_1=\varphi_1$ に限る。$\varphi\mapsto(\varphi_1,\varphi_0)$ を $w^b$ による分解とよぶ。

要点:係数は 1 変数の Cauchy の評価で押さえ、$\varphi_1$ の上限は円周 $|w|=s$ での評価と最大値の原理から得る。一意性は、次数 $b$ 未満の多項式が $w=0$ で $b$ 位の零点をもてないことによる。

詳しい証明を開く

$0< s< R$ について、$\partial_w^j\varphi(z',0)/j!=\frac1{2\pi i}\oint_{|t|=s}\varphi(z',t)t^{-j-1}\,dt$ であり、右辺は積分記号下の微分により $z'\in\Delta'$ について正則で、絶対値は $M s^{-j}$ 以下である。$s\to R$ として係数の絶対値は $MR^{-j}$ 以下なので、$|w|< R$ では $|\varphi_0|\le\sum_{j< b}M(|w|/R)^j\le bM$ である。$z'$ を止めると $\varphi-\varphi_0$ は $w=0$ で $b$ 位以上の零点をもつから、$\varphi_1(z',\cdot)$ は $D(R)$ で正則である。$(z',w)$ についての正則性は、Cauchy の積分公式$$\varphi_1(z',w)=\frac1{2\pi i}\oint_{|t|=s}\frac{\varphi(z',t)-\varphi_0(z',t)}{t^b\,(t-w)}\,dt\qquad(|w|< s)$$の右辺が $(z',w)$ について正則であることから従う。$|w|=s$ では $|\varphi_1|\le(M+bM)/s^b$ なので、$\varphi_1(z',\cdot)$ に 1 変数の最大値の原理を使うと $|w|\le s$ でも同じ評価が成り立ち、$s\to R$ として $\|\varphi_1\|_\Delta\le(b+1)M/R^b$ を得る。一意性:$w^b(\psi_1-\varphi_1)=\varphi_0-\psi_0$ の右辺は $w$ の次数 $b$ 未満の多項式で、左辺は $z'$ を止めると $w=0$ で $b$ 位以上の零点をもつ。次数 $b$ 未満の多項式が $0$ で $b$ 位以上の零点をもてば $0$ なので、$\psi_0=\varphi_0$、$\psi_1=\varphi_1$ である。$\square$

主定理:評価付きの割り算

評価付きの Weierstrass の割り算定理

$g$ を原点の近傍で正則で、$w$ について $b$ 次の正則な関数とする。原点の任意の近傍 $V$ に対し、$\overline{\Delta}\subset V$ となる多重円板 $\Delta=\Delta'\times D(R)$ と定数 $C>0$ があって、次が成り立つ。任意の $f\in H^\infty(\Delta)$ に対し、
$$ f=q\,g+r\quad(\Delta\text{ 上}),\qquad q\in H^\infty(\Delta),\qquad r=\sum_{j=0}^{b-1}r_j(z')w^j,\ r_j\in H^\infty(\Delta') $$
となる $q,r$ が存在し、
$$ \|q\|_\Delta\le C\,\|f\|_\Delta,\qquad \|r\|_\Delta\le C\,\|f\|_\Delta $$
を満たす。また、$q\in H^\infty(\Delta)$ と係数が $\Delta'$ 上で正則な $w$ の次数 $b$ 未満の多項式 $r$ で $f=qg+r$ となるものは、ただ一組である。$\Delta$ と $C$ は $g$ と $V$ だけから決まり、$f$ によらない。

$g$ の書き直し。 lem-wd-split の分解を原点の近くの $g$ に当てはめて(有界性は小さい閉多重円板の上で正則であることから従う)、$g=w^bE+\sum_{j< b}c_j(z')w^j$ と書く。$g(0,w)=w^be(w)$、$e(0)\ne0$ と分解の一意性から $c_j(0)=0$、$E(0,w)=e(w)$ であり、$E(0,0)\ne0$ である。そこで原点の近くで
$$ g=E\,(w^b+h),\qquad h:=\frac1E\sum_{j< b}c_j(z')w^j $$
とおくと、$h(0,w)=0$ である。$R>0$ と多重円板 $\Delta'_0$ を、$\overline{\Delta'_0}\times\overline{D(R)}\subset V$ で、その近傍で $E$、$1/E$、$h$ が正則になるように小さくとる。
$\Delta'$ の選び方。 $L:=(b+1)/R^b$ とおく。$h$ は $\overline{\Delta'_0}\times\overline{D(R)}$ の上で一様連続で、$\{0\}\times\overline{D(R)}$ の上で $0$ だから、多重円板 $\Delta'\subset\Delta'_0$ を十分小さくとれば $\Delta:=\Delta'\times D(R)$ の上で $|h|\le\gamma$、$\gamma L\le\frac12$ となる。この $\Delta$ を固定する。
逐次近似。 $f\in H^\infty(\Delta)$、$M:=\|f\|_\Delta$ とする。$s_0:=0$ とし、$k\ge0$ について $s_k\in H^\infty(\Delta)$ が決まったら、$f-hs_k$ の $w^b$ による分解を
$$ f-h\,s_k=w^b s_{k+1}+r_{k+1} $$
と書いて $s_{k+1}$、$r_{k+1}$ を定める(lem-wd-split)。$k=0$ では $\|s_1\|_\Delta\le LM$ である。$k\ge1$ では、二つの式を引くと $-h(s_k-s_{k-1})=w^b(s_{k+1}-s_k)+(r_{k+1}-r_k)$ であり、右辺は左辺の $w^b$ による分解だから(分解の一意性)、
$$ \|s_{k+1}-s_k\|_\Delta\le L\,\|h(s_k-s_{k-1})\|_\Delta\le\gamma L\,\|s_k-s_{k-1}\|_\Delta\le\tfrac12\|s_k-s_{k-1}\|_\Delta . $$
よって $\|s_{k+1}-s_k\|_\Delta\le2^{-k}LM$ で、$s_k$ は $\Delta$ 上で一様収束する。正則関数の一様収束極限は正則なので、極限 $s$ は $\Delta$ 上で正則で、$\|s\|_\Delta\le\sum_k2^{-k}LM=2LM$ である。
余りの収束。 $r_{k+1}$ の $w^j$ の係数は $\partial_w^j(f-hs_k)(z',0)/j!$ であり、prf-wd-split の評価から $\Delta'$ 上で $\|h(s_k-s_{k-1})\|_\Delta R^{-j}$ 以下の差で動く。したがって各係数は $\Delta'$ 上で一様収束し、極限 $r_j$ は $\Delta'$ 上の有界な正則関数である。$r:=\sum_{j< b}r_jw^j$ とおき、$k\to\infty$ とすると $f=w^bs+hs+r=(w^b+h)s+r$ を得る。$q:=s/E$ とおけば $f=qg+r$ であり、
$$ \|q\|_\Delta\le2L\,\|1/E\|_\Delta\,M,\qquad \|r\|_\Delta\le M+\|g\|_\Delta\|q\|_\Delta $$
だから、$C:=\max\{2L\|1/E\|_\Delta,\ 1+2L\|g\|_\Delta\|1/E\|_\Delta\}$ とおけばよい。$C$ は $f$ によらない。
一意性。 $f=qg+r=\tilde q g+\tilde r$ を二つの表示とし、$\sigma:=E(q-\tilde q)\in H^\infty(\Delta)$、$\rho:=r-\tilde r$ とおく。$0=(w^b+h)\sigma+\rho$、すなわち $-h\sigma=w^b\sigma+\rho$ であり、右辺は左辺の $w^b$ による分解である。lem-wd-split により $\|\sigma\|_\Delta\le L\|h\sigma\|_\Delta\le\frac12\|\sigma\|_\Delta$ なので $\sigma=0$、したがって $q=\tilde q$、$\rho=0$ である。$\square$

予備定理の記事の証明との違い

Weierstrassの予備定理 の定理「Weierstrass の割り算定理」の証明は、先に予備定理で $g=uW$ と分解し、Weierstrass 多項式 $W$ で割る商を Cauchy 積分で書く。ここでの証明は予備定理を使わず、$g=E(w^b+h)$ の $h$ が小さいことだけを使って、$w^b$ による割り算(Taylor 展開の切り取り)を摂動として解く。そのため $\Delta$ が $f$ によらないことと、商の上限の評価が同時に得られる。$f=w^b$ に当てはめると $w^b=qg+r$ となり、$q$ は原点で $0$ にならず(ex-wd-preparation)、予備定理 $g=q^{-1}(w^b-r)$ が得られる。

Taylor 係数と形式的冪級数

$\mathbb{C}[\![z]\!]$ の元 $\varphi=\sum a_{\alpha,j}z'^\alpha w^j$ に対し、重み付きの位数を $\nu(\varphi):=\min\{(b+1)|\alpha|+j\mid a_{\alpha,j}\ne0\}$($\varphi=0$ なら $\infty$)とおく。$\nu(\varphi\psi)\ge\nu(\varphi)+\nu(\psi)$ であり、重みが $N$ 以下の単項式は有限個しかない。lem-wd-split の分解は形式的冪級数にもそのまま定義でき($\varphi_0$ は $w$ の次数が $b$ 未満の項、$\varphi_1$ は残りを $w^b$ で割ったもの)、一意性も同じ理由で成り立つ。

形式的冪級数での割り算と Taylor 係数
  1. $g\in\mathbb{C}[\![z]\!]$ が $g(0,w)=w^be(w)$、$e(0)\ne0$ を満たすとする。任意の $f\in\mathbb{C}[\![z]\!]$ に対し、$f=qg+r$、$q\in\mathbb{C}[\![z]\!]$、$r\in\mathbb{C}[\![z']\!][w]$、$\deg_wr< b$ となる $q,r$ がただ一組存在する。
  2. $g,f$ が収束冪級数のとき、thm-wd-estimate の $q,r$ の Taylor 展開は 1 の $q,r$ に一致する。とくに $q$、$r$ の各 Taylor 係数は、$g$ だけで決まる係数による $f$ の有限個の Taylor 係数の一次結合である。

要点:prf-wd-estimate と同じ逐次近似を形式的に行う。$h$ の単項式はすべて $z'$ を含むので $\nu(h)\ge b+1$ であり、分解は重みを高々 $b$ しか下げないので、差 $s_{k+1}-s_k$ の重み付きの位数は 1 段ごとに $1$ 以上増える。

詳しい証明を開く

1. $g=w^bE+\sum_{j< b}c_jw^j$($c_j\in\mathbb{C}[\![z']\!]$)と分けると、$z'=0$ と置いて $c_j(0)=0$、$E(0)=e(0)\ne0$ なので $E$ は $\mathbb{C}[\![z]\!]$ の単元で、$g=E(w^b+h)$、$h:=E^{-1}\sum_{j< b}c_jw^j$ の単項式はすべて $z'$ を含む。よって $\nu(h)\ge b+1$。$\varphi$ の分解 $(\varphi_1,\varphi_0)$ について $\nu(\varphi_1)\ge\nu(\varphi)-b$ である。$s_0=0$、$f-hs_k=w^bs_{k+1}+r_{k+1}$ で $s_k,r_k$ を定めると、$s_{k+1}-s_k$ は $-h(s_k-s_{k-1})$ の分解の商なので $\nu(s_{k+1}-s_k)\ge\nu(s_k-s_{k-1})+1$ である。重みが $N$ 以下の単項式は有限個だから、各単項式の係数は $k$ が大きければ変わらず、その値を係数とする $s$ と、同様に $r$ が定まる。極限で $f=(w^b+h)s+r$、$q:=E^{-1}s$ とおけばよい。一意性:$(w^b+h)\sigma+\rho=0$、$\sigma\ne0$ なら $\sigma$ は $-h\sigma$ の分解の商なので $\nu(\sigma)\ge\nu(h\sigma)-b\ge\nu(\sigma)+1$ となり矛盾する。よって $\sigma=0$、$\rho=0$。

2. 収束する場合、prf-wd-estimate の各段の操作(分解と $h$ を掛けること)は Taylor 係数の上で 1 の操作と同じ式で働く。$s_k\to s$ は一様収束なので、Cauchy の積分公式により $s$ の各 Taylor 係数は $s_k$ の係数の極限であり、1 によりそれは有限段で一定になる。$r$ も同様である。各段の操作で、$s_k$ の各係数は $f$ の有限個の係数の一次結合になる(分解は係数を並べ替えるだけで、$h$ を掛けることは有限和である)。$\square$

形式的冪級数の割り算は Leb26t Remark 6.2.6(p. 176)でも触れられている(この記事では 2 の一致のほうを使う)。2 は、$q,r$ の $N$ 次までの Taylor 係数が $f$ の有限個の係数だけで決まることを述べており、割り算を Taylor 係数の有限な計算として実行できることを保証する。

多項式環との比較

剰余環の同型

$W\in\mathbb{C}\{z'\}[w]$ を次数 $b$ の Weierstrass 多項式とする。自然な写像
$$ \mathbb{C}\{z'\}[w]/(W)\longrightarrow\mathbb{C}\{z\}/W\,\mathbb{C}\{z\} $$
は環の同型である。とくに $\mathbb{C}\{z\}/W\mathbb{C}\{z\}$ は、$1,w,\dots,w^{b-1}$ の像を基底とする階数 $b$ の自由 $\mathbb{C}\{z'\}$ 加群である。

全射:$f\in\mathbb{C}\{z\}$ の代表が正則な原点の近傍 $V$ をとり、$W$ に thm-wd-estimate を当てはめて $\overline\Delta\subset V$ となる $\Delta$ をとる。$f$ は $\Delta$ 上で有界なので $f=qW+r$、$r\in\mathbb{C}\{z'\}[w]$ と割れて、$f$ の類は $r$ の類の像である。単射:$P\in\mathbb{C}\{z'\}[w]$ が $\mathbb{C}\{z\}$ の中で $W$ で割り切れるなら、$\mathbb{C}\{z'\}[w]$ の中でも割り切れる(収束冪級数環 の補題「Weierstrass 多項式の分解と割り切れ方」の 2)。最後に、$W$ はモニックなので $\mathbb{C}\{z'\}[w]$ の中で多項式の割り算ができ、$\mathbb{C}\{z'\}[w]/(W)$ は $1,\dots,w^{b-1}$ の像を基底とする自由加群である。$\square$

イデアル $I\subset\mathbb{C}\{z\}$ が $w$ について正則な元 $g$ を含めば、予備定理で $g=uW$ と書けるので $\mathbb{C}\{z\}/I$ は $\mathbb{C}\{z\}/(W)$ の商であり、$1,\dots,w^{b-1}$ の像で生成される有限 $\mathbb{C}\{z'\}$ 加群になる。この有限性が、Weierstrassの予備定理 の系「収束冪級数環は Noether 環」の証明や、Rückertの零点定理 の証明で変数を一つずつ減らすときに使われる。

いくつかの点での同時の割り算

Weierstrass 多項式は $z'=0$ で根が $0$ だけだが、係数が原点の近くで正則なモニック多項式 $W$ 一般では、$W(0,w)$ の根は複数ありうる。そのとき、各根の近くの芽を同時に割ることができる。

いくつかの点での割り算

$W(z',w)=w^b+\sum_{j< b}a_j(z')w^j$ を、係数 $a_j$ が $\mathbb{C}^{n-1}$ の原点の近くで正則なモニック多項式とし($b\ge1$)、$W(0,w)=\prod_{i=1}^t(w-w_i)^{b_i}$($w_1,\dots,w_t$ は相異なり、$b_1+\dots+b_t=b$)とする。$x_i:=(0,w_i)$ とおく。各 $i$ について $x_i$ の近傍で正則な $f_i$ が与えられたとき、係数が原点の近くで正則な $w$ の次数 $b$ 未満の多項式 $r$ と、$x_i$ の近傍で正則な $q_i$ で
$$ f_i=q_i\,W+r\qquad(x_i\text{ の近く},\ i=1,\dots,t) $$
となるものが存在し、$r$ と $q_1,\dots,q_t$ の芽はただ一組に決まる。

要点:余りと商を、各根のまわりの小円周 $\Gamma_i$ の上の Cauchy 積分の和で書く。$w$ が $\Gamma_i$ の内側にあれば、$j\ne i$ の積分は消え、$j=i$ の積分が $f_i$ を再現する。一意性は、$W(z',\cdot)$ の $b$ 個の根がすべて小円板に入ることと、根の個数の比較による。

詳しい証明を開く

準備。 $\varepsilon>0$ を閉円板 $\overline{D(w_i,\varepsilon)}$ が互いに交わらず、各 $f_i$ が $x_i$ のある近傍 $\Delta'_0\times\overline{D(w_i,\varepsilon)}$ の近傍で正則になるようにとり、$\Gamma_i:=\{|t-w_i|=\varepsilon\}$ とおく。$W(0,\cdot)$ は $\Gamma_i$ の上で $0$ にならないので、連続性と $\Gamma_i$ のコンパクト性から、多重円板 $\Delta'\subset\Delta'_0$ を小さくとれば $z'\in\Delta'$、$t\in \Gamma_i$ で $W(z',t)\ne0$ である。さらに $\Delta'$ を小さくとれば、各 $z'\in\Delta'$ について $W(z',\cdot)$ は $D(w_i,\varepsilon)$ にちょうど $b_i$ 個の根を重複度こみでもつ(Rouchéの定理 の定理「多項式の根の連続性」)。合計は $b$ なので、$W(z',\cdot)$ の根はすべて $\bigcup_iD(w_i,\varepsilon)$ に入る。

存在。 $z'\in\Delta'$、$w\notin\bigcup_i\Gamma_i$ について$$Q(z',w):=\sum_{j=1}^t\frac1{2\pi i}\oint_{\Gamma_j}\frac{f_j(z',t)}{W(z',t)\,(t-w)}\,dt,\qquad r(z',w):=\sum_{j=1}^t\frac1{2\pi i}\oint_{\Gamma_j}\frac{f_j(z',t)}{W(z',t)}\cdot\frac{W(z',t)-W(z',w)}{t-w}\,dt$$とおく。$(W(z',t)-W(z',w))/(t-w)$ は $w$ の次数 $b-1$ 以下の多項式で、係数は $t$ の多項式と $a_k(z')$ の積の和だから、係数ごとに積分して $r$ は係数が $\Delta'$ 上で正則な $w$ の次数 $b$ 未満の多項式である。$Q$ は各円周の外で $(z',w)$ について正則である。$w\in D(w_i,\varepsilon)$ とすると、Cauchy の積分公式により $\frac1{2\pi i}\oint_{\Gamma_j}\frac{f_j(z',t)}{t-w}dt$ は $j=i$ のとき $f_i(z',w)$、$j\ne i$ のとき $0$(被積分関数が $\overline{D(w_j,\varepsilon)}$ の近傍で正則)である。よって$$r(z',w)=f_i(z',w)-W(z',w)\,Q(z',w)\qquad(z'\in\Delta',\ w\in D(w_i,\varepsilon))$$であり、$q_i:=Q|_{\Delta'\times D(w_i,\varepsilon)}$ とおけばよい。

一意性。 $q_iW+r=0$ が各 $x_i$ の近くで成り立つとする。上の $\varepsilon$、$\Delta'$ を小さくとり直して、これが $\Delta'\times D(w_i,\varepsilon)$ で成り立つとしてよい。$z'\in\Delta'$ を止めると、$r(z',\cdot)=-q_i(z',\cdot)W(z',\cdot)$ は $D(w_i,\varepsilon)$ 内の $W(z',\cdot)$ の根を少なくとも同じ重複度で零点にもつ。準備により根は重複度こみで合計 $b$ 個あり、すべてどれかの $D(w_i,\varepsilon)$ に入るので、次数 $b$ 未満の多項式 $r(z',\cdot)$ は重複度こみで $b$ 個以上の零点をもち、$0$ である。よって $r=0$、$q_iW=0$ であり、$W(0,\cdot)$ は $w_i$ の近くで恒等的に $0$ でないから 一致の定理 により $q_i=0$ である。$\square$

$t=1$、$w_1=0$ の場合は $W$ が Weierstrass 多項式で、thm-wd-multipoint は通常の割り算定理($g=W$ の場合)である。thm-wd-multipoint から、自然な写像 $\mathbb{C}\{z'\}[w]/(W)\to\prod_i\mathcal{O}_{x_i}/(W)$ が同型であることが従う(全射は存在から、単射は $r$ を $W$ で多項式として割った余りに一意性を使うことから)。ここで $\mathcal{O}_{x_i}$ は $x_i$ での正則関数の芽の環である。この同型は、零点集合 $\{W=0\}$ から $z'$ 空間への射影が有限写像であることと結び付き、有限写像による連接層の順像を調べる出発点になる(GR79 第 I 章 §2 Theorem 2(pp. 49–50)、Theorem 3(p. 51))。この射影が有限な正則写像であることと、構造層の順像が階数 $b$ の自由加群になることの証明は、有限正則写像 の命題「Weierstrass 写像は有限」と定理「Weierstrass 同型」にある。

例

予備定理を割り算から取り出す

$g$ を $w$ について $b$ 次の正則とし、thm-wd-estimate で $f=w^b$ を割って $w^b=qg+r$ とする。$z'=0$ と置くと $w^b\bigl(1-q(0,w)e(w)\bigr)=r(0,w)$ で、右辺は次数 $b$ 未満の多項式、左辺は $w=0$ で $b$ 位以上の零点をもつから、両辺は $0$ である。よって $r$ の係数は $z'=0$ で $0$ になり、$q(0,0)=1/e(0)\ne0$ である。したがって $W:=w^b-r$ は Weierstrass 多項式で、原点の近くで $g=q^{-1}W$ となる。これは Weierstrassの予備定理 の定理「Weierstrass の予備定理」の存在の部分である(Hor90 Corollary 6.1.2 はこの順に導いている)。

閉じた形で書ける割り算

$n=2$、$W=w^2-z_1$ で $f=1/(1-w)$ を割る。$w^{2m}\equiv z_1^m$、$w^{2m+1}\equiv z_1^mw$(法 $W$)を $f=\sum_kw^k$ の各項に使うと、余りは $\sum_mz_1^m+w\sum_mz_1^m=(1+w)/(1-z_1)$ となる。実際に
$$ \frac1{1-w}-\frac{1+w}{1-z_1}=\frac{(1-z_1)-(1-w^2)}{(1-w)(1-z_1)}=\frac{w^2-z_1}{(1-w)(1-z_1)} $$
だから、$q=\dfrac1{(1-w)(1-z_1)}$、$r=\dfrac{1+w}{1-z_1}$ であり、これは $|z_1|<1$、$|w|<1$ で成り立つ。$q$ の Taylor 係数はすべて $1$、$r$ の Taylor 係数は $z_1^m$ と $z_1^mw$ の項が $1$ でほかは $0$ で、prop-wd-formal の 2 のとおり $f$ の係数(すべて $1$)の有限和で決まっている。

1 次の場合と陰関数

$g(0,0)=0$、$\partial_wg(0,0)\ne0$ なら、$g$ は $w$ について $1$ 次の正則である。予備定理により $g=u\,(w-\phi(z'))$($u(0)\ne0$、$\phi(0)=0$)と書け、$\{g=0\}$ は原点の近くで $w=\phi(z')$ のグラフである(正則版の陰関数定理)。このとき任意の $f$ の割り算は
$$ f(z',w)=q\,g+f\bigl(z',\phi(z')\bigr) $$
で、余りは $f$ をグラフに制限した値である。実際 $f(z',w)-f(z',\phi(z'))$ は $w=\phi(z')$ で $0$ になるので、$z'$ を止めると $w-\phi(z')$ で割り切れ、その商 $k$ は $\frac1{2\pi i}\oint_{|t|=s}\frac{f(z',t)-f(z',\phi(z'))}{(t-\phi(z'))(t-w)}dt$ と書けるので $(z',w)$ について正則である。$q:=k/u$ とおけばよい。

2 点での割り算

$n=2$、$W=w^2-(1+z_1)$ とする。$W(0,w)=(w-1)(w+1)$ なので thm-wd-multipoint で $t=2$、$w_{1}=1$、$w_{2}=-1$、$b_1=b_2=1$ である。$\alpha(z_1):=\sqrt{1+z_1}$($\alpha(0)=1$ の分枝)は $|z_1|<1$ で正則で、$W=(w-\alpha)(w+\alpha)$ である。$x_1=(0,1)$ の近くの $f_1$ と $x_2=(0,-1)$ の近くの $f_2$ に対し、余り $r=A(z_1)+B(z_1)w$ は $r(z_1,\alpha)=f_1(z_1,\alpha)$、$r(z_1,-\alpha)=f_2(z_1,-\alpha)$ で決まり、
$$ r=\frac{f_1(z_1,\alpha)\,(w+\alpha)-f_2(z_1,-\alpha)\,(w-\alpha)}{2\alpha} $$
である。たとえば $f_1=1$、$f_2=0$ なら $r=(w+\alpha)/(2\alpha)$ で、$r^2-r$ は $W$ で割り切れる。この $r$ の類は $\mathbb{C}\{z_1\}[w]/(W)$ の自明でない冪等元で、剰余環が 2 つの因子の直積に分かれることを示している。

反例:仮定を外した場合

外す条件反例成り立たなくなること
$g$ が $w$ について正則$n=2$、$g=z_1w$、$f=e^w$$f=qg+r$($r$ は $w$ の多項式)と書けること
余りの次数が $b$ 未満$g=w^2-z_1$($b=2$)、$f=w^2$商と余りの一意性
$\Delta$ が十分小さい$n=1$、$g=w(1-2w)$($b=1$)、$\Delta=D(1)$、$f=w$$\Delta$ 上で $f=qg+r$($q$ は $\Delta$ 上で正則、$r$ は定数)と書けること
thm-wd-multipoint で $W(0,\cdot)$ のすべての根を使う$W=w^2-1$ で $x_1=(0,1)$ だけに $f_1=0$ を与える余りの一意性
反例の確かめ
  1. $e^w=q\,z_1w+r$ と書けたとすると、$z_1=0$ と置いて $e^w=r(0,w)$ が $w$ の多項式になり、矛盾する。
  2. $w^2=1\cdot(w^2-z_1)+z_1=0\cdot(w^2-z_1)+w^2$ と 2 通りに書ける。
  3. $f=qg+r$ が $D(1)$ で成り立つとすると、$g$ の零点 $0$ と $1/2$ で $f(0)=r$、$f(1/2)=r$ となるが、$f(0)=0\ne\frac12=f(\frac12)$ で矛盾する。$\Delta$ を $g$ の原点以外の零点を含まないほど小さくとれば割り算はできる。
  4. $f_1=0=q_1W+r$ を $(0,1)$ の近くで満たす組は、$r=0$、$q_1=0$ のほかに、$r=w-1$、$q_1=-1/(w+1)$ がある($-\frac{1}{w+1}(w^2-1)+(w-1)=0$ で、$q_1$ は $w=1$ の近くで正則)。根 $-1$ での条件がないので余りが決まらない。

補足

thm-wd-estimate は Hor90 Theorem 6.1.1(pp. 155–157)にあり、同書は(割り算の形のこの定理を)「Weierstrass の予備定理」と名づけ、$g=f_1+z_n^pf_2$ と分けた逐次近似で証明している。$q,r$ の Taylor 係数が $f$ の係数の有限な一次結合であることも同じ定理に述べられている。Weierstrass 多項式で割り切れる多項式についての比較は Hor90 Lemma 6.1.3(p. 158)にある。Cauchy 積分による割り算は Leb26t Theorem 6.2.5(p. 175)、いくつかの点での割り算と有限写像への応用は GR79 第 I 章 §2(pp. 48–51)にある。
評価 $\|q\|_\Delta\le C\|f\|_\Delta$ は、割り算が $H^\infty(\Delta)$ の上の有界線形写像 $f\mapsto(q,r)$ を与えることを意味し、一様収束する列を割ると商と余りも一様収束する。一方 prop-wd-formal の 2 は、Taylor 係数ごとの収束についても割り算が連続であることを述べており、Hor90 はこれを使って、$\mathbb{C}\{z\}^p$ の部分加群が Taylor 係数ごとの収束の位相で閉じていることを示している(Theorem 6.3.4・6.3.5、pp. 162–164)。また、Weierstrassの予備定理 の系「収束冪級数環は Noether 環」や、岡の連接定理の証明でも、割り算が変数の個数についての帰納法を進める道具になる。

関連項目

参考文献

[1]
Lars Hörmander, An Introduction to Complex Analysis in Several Variables, North-Holland, 1990, §6.1 Theorem 6.1.1(pp. 155–157)、Corollary 6.1.2(p. 157)、Lemma 6.1.3(p. 158);§6.3 Theorem 6.3.4・6.3.5(pp. 162–164)
[3]
Hans Grauert, Reinhold Remmert, Theory of Stein Spaces, Springer, 1979, 第 I 章 §2 Theorem 1(p. 49)、Theorem 2(pp. 49–50)、Theorem 3(p. 51)

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