商集合

同義語:quotient set

概要

商集合とは、同値関係で区別しないことにした元を一つの同値類へまとめ、その同値類を新しい元として扱う集合である。剰余類、分数、商群、商位相などの共通する土台であり、商の上で写像や演算を定めるときには代表元によらないことの確認が不可欠となる。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 集合, 二項関係, 同値関係, 写像

概要

商集合は「元を削除する」構成ではなく、元どうしの違いの一部を意図的に忘れる構成である。たとえば整数を法 $n$ の余りだけで見るとき、$a$ と $a+n$ は別の整数だが、合同という目的では区別しない。そこで元そのものではなく、互いに合同な整数をすべて含む集合を一つの新しい元として採用する。
この操作は数学の各分野に現れる。分数表示の違いを無視して有理数を作り、正規部分群の差を無視して剰余群を作り、空間の点を貼り合わせて商位相を作る。どの場合も「何を同じとみなすか」を同値関係で指定し、「その同一視と両立する構造だけが商へ降りる」という同じ設計図を使う。

定義

商集合と標準射影

集合 $X$ 上の同値関係 $\sim$ に対し、$x\in X$ の同値類を
$$ [x]=\{y\in X\mid y\sim x\} $$
と書く。同値類全体
$$ X/{\sim}=\{[x]\mid x\in X\} $$
を 商集合 という。写像 $q:X\to X/{\sim}$、$q(x)=[x]$ を標準射影(標準商写像)という。$q$ は必ず全射である。

直感

商集合の元は $x$ ではなく集合 $[x]$ である。この区別は記法上の細部ではない。$[x]=[x']$ のとき $x$ と $x'$ は同じ商の元を表すため、$[x]$ を使って新しい写像を定めるなら、$x$ と $x'$ のどちらを選んでも結果が一致しなければならない。これが well-defined 性の確認である。
同値関係の三公理は、類が集合を分割するために働く。反射律により $x\in[x]$、対称律と推移律により二つの類が一度でも交われば完全に一致する。推移律がない関係では「類らしき集合」を書くこと自体はできるが、それらは重なり得るため分割にならない。したがって「商集合を作れない」ではなく、「同値類による分割としての商構成が成立しない」と言うのが正確である。

例

法 n の剰余類

$n\ge1$ を固定し、$a\sim b\iff n\mid(a-b)$ とする。$n=3$ なら
$$ [0]=\{\ldots,-3,0,3,\ldots\},\quad [1]=\{\ldots,-2,1,4,\ldots\},\quad [2]=\{\ldots,-1,2,5,\ldots\}. $$
任意の整数はこの三類のちょうど一つに属するので、$\mathbb Z/{\sim}=\{[0],[1],[2]\}$ である。加法を $[a]+[b]=[a+b]$ と置くと、$a\sim a',b\sim b'$ から $(a+b)\sim(a'+b')$ が従うため代表元によらない。この確認を経て初めて $\mathbb Z/3\mathbb Z$ の加法が定義できる。

有理数の構成

$D=\{(a,b)\in\mathbb Z^2\mid b\ne0\}$ 上で $(a,b)\sim(c,d)\iff ad=bc$ と定める。たとえば $(1,2)\sim(2,4)$ であり、同値類を分数 $a/b$ と書く。加法は
$$ [(a,b)]+[(c,d)]=[(ad+bc,bd)] $$
と定める。別の表示へ取り替えても同じ類になることを検証すると、分数の四則演算が表示によらず定まる。つまり有理数は「整数の組」ではなく、その組を適切に同一視した商集合である。

写像のファイバーによる商

写像 $f:X\to Y$ に対し $x\sim_f x'\iff f(x)=f(x')$ と置くと同値関係になる。商集合 $X/{\sim_f}$ は、同じ値へ送られる元を一つにまとめた集合である。写像 $\bar f:X/{\sim_f}\to f(X)$ を $\bar f([x])=f(x)$ と置くと well-defined で、しかも全単射になる。したがって任意の写像は「同じ値を持つ元を潰す全射」と「像への単射」に分解できる。この見方は群準同型定理や商位相の普遍性の集合論的な原型である。

非例:差が1以下という関係

実数上で $xRy\iff |x-y|\le1$ と置くと、$R$ は反射的かつ対称的だが推移的でない。実際 $0R1$ と $1R2$ は成り立つ一方、$0R2$ は成り立たない。集合 $[0]_R=[-1,1]$ と $[1]_R=[0,2]$ は交わるが一致せず、「類」は分割を作らない。関係から集合族 $\{[x]_R\}$ を書くことはできても、同値類を新しい元とする通常の商集合にはならない。標準反例 「差が1以下」の関係(レジストリ key=within-one-relation)を参照。

性質

同値類の一致判定

同値関係 $\sim$ に対し、$[x]=[y]$、$x\sim y$、$[x]\cap[y]\ne\emptyset$ は互いに同値である。したがって二つの同値類は一致するか互いに素である。

同値類の一致判定の証明

$x\sim y$ とする。$z\in[x]$ なら $z\sim x$ であり、$x\sim y$ と推移律から $z\sim y$、よって $z\in[y]$。逆向きも対称に示せるので $[x]=[y]$。類が交わるなら $z\in[x]\cap[y]$ を取り、$x\sim z\sim y$ から $x\sim y$。残りの含意は $x\in[x]$ から直ちに従う。

商写像を通る分解

写像 $g:X\to Z$ が $x\sim y$ なら $g(x)=g(y)$ を満たすとき、ただ一つの写像 $\bar g:X/{\sim}\to Z$ が存在して $g=\bar g\circ q$ となる。

商写像を通る分解の証明

$\bar g([x])=g(x)$ と定める。$[x]=[y]$ なら $x\sim y$ なので仮定から $g(x)=g(y)$、従って well-defined である。定義から $(\bar g\circ q)(x)=\bar g([x])=g(x)$。別の $h$ も $g=h\circ q$ を満たすなら、任意の類は $q(x)$ の形なので $h([x])=g(x)=\bar g([x])$、従って一意である。

同値関係と分割

同値関係から得られる同値類族は集合の分割をなし、逆に分割から「同じブロックに属する」という同値関係が得られる。完全な対応の証明は 同値関係 の定理で扱う。

同値関係と分割の証明

本記事では商の利用に必要な方向だけ確認する。反射律から各 $x$ は $[x]$ に入り、類の和は $X$ を覆う。前の一致判定により異なる類は交わらない。逆方向と二つの構成が互いに逆であることは 同値関係 の [thm-equivalence-relation-partition] を参照。

関連項目

参考文献

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