完全列(exact sequence)とは、アーベル圏における対象と射の列 $\cdots\to A_{i-1}\to A_i\to A_{i+1}\to\cdots$ であって、各対象における像と核が部分対象として一致する($\operatorname{im}f_i=\ker f_{i+1}$)ものをいう。両端が単射・全射であることを表す特別な場合として短完全列があり、準同型定理・図式追跡を圏論の言葉で統一的に扱う基盤になる。
アーベル圏 $\mathcal A$ における対象と射の列 $\cdots\to A_{i-1}\xrightarrow{f_i}A_i\xrightarrow{f_{i+1}}A_{i+1}\to\cdots$(複体であることは仮定しない)が対象 $A_i$ において完全(exact)であるとは、$A_i$ の部分対象として
$$
\operatorname{im}f_i=\ker f_{i+1}
$$
が成り立つことをいう。ここで $\operatorname{im}f_i:=\ker(\operatorname{coker}f_i)$ は $f_i$ の像である(アーベル圏における像の定義。Wei94 §1.1、Mac98 VIII)。両側に射を持たない端の対象(入る射と出る射の一方しかない対象)では、完全性の条件は課さない。列がすべての対象において完全であるとき、この列を完全列(exact sequence)という。両方向に無限に続く完全列、あるいは多数の項からなる完全列を長完全列(long exact sequence)とよぶことがある。
複体であることは「 1 つ前の射の像が、次の射で必ず $0$ に送られる」という弱い条件にすぎない。完全性は、それをさらに強め「次の射で $0$ に送られるものは、必ず 1 つ前の射の像として説明される」ことを要求する。すなわち完全列とは、複体のうち「余分な情報を持ち込まない」列であり、各段階で「なぜ次の対象に送ると消えるのか」が直前の射だけで過不足なく説明される。
この定義は要素(元)を一切使わずに述べられているが、$\mathbf{Ab}$(アーベル群の圏)や $R\text{-}\mathbf{Mod}$(環 $R$ 上の加群の圏)では像・核はいずれも通常の部分群・部分加群と一致するため、$\operatorname{im}f_i=\ker f_{i+1}$ は「$f_i$ の値域に現れる元の集合」と「$f_{i+1}$ で $0$ になる元の集合」が完全に一致するという、なじみのある条件に還元される。
$\mathbf{Ab}$ や $R\text{-}\mathbf{Mod}$ において、列 $\cdots\to A_{i-1}\xrightarrow{f_i}A_i\xrightarrow{f_{i+1}}A_{i+1}\to\cdots$ が $A_i$ で完全であることは、通常の意味で
$$
\operatorname{im}f_i=\ker f_{i+1}\quad(\text{通常の部分群・部分加群として})
$$
が成り立つことと一致する。特に $f_{i+1}\circ f_i=0$ は $\operatorname{im}f_i\subset\ker f_{i+1}$ を、完全性はさらにその逆の包含も成り立つことを意味する。
零対象 $0$ から $A$ への(一意な)射 $0\to A$ を含む列
$$
0\longrightarrow A\xrightarrow{f}B
$$
が $A$ において完全であることは、$\ker f=\operatorname{im}(0\to A)=0$(零対象への核)と同値であり、これはアーベル圏の性質「$f$ がモノ射であることと $\ker f$ の定義域が零対象であることは同値」により、$f$ がモノ射であることと同値である。双対に、
$$
B\xrightarrow{g}C\longrightarrow 0
$$
が $C$ において完全であることは $g$ がエピ射であることと同値である。このように、完全列は単射・全射という性質を「両端に零対象を置く」ことで統一的に表現する。
$\mathbf{Ab}$ における列 $\mathbb Z\xrightarrow{\times4}\mathbb Z\xrightarrow{\pi}\mathbb Z/2\mathbb Z$($\pi$ は標準的な全射)は、$\pi(4n)=0$ より $\pi\circ(\times4)=0$ を満たすので複体である。しかし中央の $\mathbb Z$ において $\operatorname{im}(\times4)=4\mathbb Z\subsetneq2\mathbb Z=\ker\pi$ であり、完全でない($2\in\ker\pi$ は $\operatorname{im}(\times4)$ に属さない)。すなわちこの列は「複体である」という性質は満たすが「中央の対象で完全である」という性質を満たさず、「複体ならば完全列である」という含意(prop-exact-implies-complex の逆)は成り立たない。
列 $\cdots\to A_{i-1}\xrightarrow{f_i}A_i\xrightarrow{f_{i+1}}A_{i+1}\to\cdots$ が $A_i$ において完全ならば、$f_{i+1}\circ f_i=0$ である。したがって完全列は複体である。
完全性の定義より $\operatorname{im}f_i=\ker f_{i+1}$($A_i$ の部分対象として)である。像の定義 $\operatorname{im}f_i=\ker(\operatorname{coker}f_i)$ とその構成から、$f_i$ は部分対象 $\operatorname{im}f_i\hookrightarrow A_i$ を経由して分解する射 $A_{i-1}\twoheadrightarrow\operatorname{im}f_i\hookrightarrow A_i$ を持つ。この $\operatorname{im}f_i\hookrightarrow A_i$ は仮定より $\ker f_{i+1}\hookrightarrow A_i$ と同一の部分対象であるから、核の定義(条件(1))よりこの部分対象への包含と $f_{i+1}$ の合成は $0$ になる。したがって $f_{i+1}\circ f_i$ は、$A_{i-1}\twoheadrightarrow\operatorname{im}f_i=\ker f_{i+1}\hookrightarrow A_i\xrightarrow{f_{i+1}}A_{i+1}$ という分解を経由し、途中の $\ker f_{i+1}\hookrightarrow A_i\xrightarrow{f_{i+1}}A_{i+1}$ の部分がすでに $0$ であるから、全体として $f_{i+1}\circ f_i=0$ となる。$\blacksquare$
この命題により、完全列は自動的にdef-exact-complexの意味での複体である。逆に複体であっても完全とは限らない(rem-exact-sequence-nonexample)点が、複体と完全列の違いであり、この違いを測る量(ホモロジー)を調べることが、次の記事群(複体とホモロジー)の主題になる。
完全列 $0\to A\xrightarrow{f}B\xrightarrow{g}C\to 0$ において、$f$ はモノ射であり、$g$ はエピ射である。さらに $f$ は $g$ の核を表す射(すなわち $f\colon A\to B$ が $\ker g$ の普遍性を満たす)であり、$g$ は $f$ の余核を表す射である。特に $A\cong\ker g$、$C\cong\operatorname{coker}f$ が成り立つ。
$A$ における完全性から(ex-exact-mono-epiと同じ議論により)$f$ はモノ射である。$C$ における完全性から同様に $g$ はエピ射である。
(a) $f$ はモノ射だから、アーベル圏の正規性により $f$ は自身の余核の核である:$f\cong\ker(\operatorname{coker}f)=\operatorname{im}f$。すなわち $f$ 自身が部分対象 $\operatorname{im}f\hookrightarrow B$ を表し、標準的な射 $A\to\operatorname{im}f$ は同型である(モノ射が自身の像への同型を誘導するのは、この正規性による。Mac98 VIII、Wei94 §1.1)。$B$ における完全性 $\operatorname{im}f=\ker g$(部分対象として)と合わせると、$f$ は $g$ の核を表す射である。特に $A\cong\ker g$。
(b) $g$ はエピ射だから、アーベル圏の余正規性により $g$ は自身の核の余核である:$g\cong\operatorname{coker}(\ker g)$。(a) より $\ker g$ は $f$ で表されるので、$g$ は $f$ の余核を表す射である。特に $C\cong\operatorname{coker}f$。$\blacksquare$
このような $0\to A\to B\to C\to 0$ の形をした(両端が零対象である)完全列は特に重要であり、短完全列として独立に扱う。
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