素イデアル

同義語:prime ideal

概要

素イデアル(prime ideal)とは、可換環 $A$ の真のイデアル $\mathfrak{p}$ であって、$ab\in\mathfrak{p}$ ならば $a\in\mathfrak{p}$ または $b\in\mathfrak{p}$ となるものである。素数がもつ「積を割り切れば一方の因子を割り切る」という性質を環に一般化したもので、剰余環 $A/\mathfrak{p}$ が整域になることと同値である。整数環の素イデアルは $(0)$ と素数 $p$ に対する $(p)$ である。極大イデアルは素イデアルだが逆は成り立たず、$k[x,y]$ の $(x)$ は素イデアルだが極大でない。環準同型による素イデアルの逆像は素イデアルであり、素イデアル全体 $\operatorname{Spec}A$ は環を空間とみなすときの点の集合になる。

$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

前提知識: 可換環, イデアル, 剰余環, 整域

素イデアルは、素数がもつ「積を割り切るなら、どちらかの因子を割り切る」という性質を、可換環のイデアルに移したものである。剰余環が整域になるイデアルとして特徴づけられ、極大イデアルより弱い条件である。環準同型で引き戻しても素イデアルのままであるという性質のおかげで、素イデアル全体は環を「空間」とみなすときの点の集合として使われる。

定義

本記事では、環はすべて乗法の単位元 $1$ をもつ可換環とし、環準同型は $1$ を $1$ に写すものとする。非可換環での扱いは rem-prime-ideal-noncommutative で述べる。可換環 $A$ のイデアル $I$ が $I\neq A$ を満たすとき 真のイデアル という。$I$ が真のイデアルであることは $1\notin I$ と同値である。

素イデアル

$A$ を可換環とする。$A$ のイデアル $\mathfrak{p}$ が 素イデアル(prime ideal)であるとは、次の 2 条件を満たすことをいう。

  1. $\mathfrak{p}\neq A$、すなわち $\mathfrak{p}$ は真のイデアルである。
  2. 任意の $a,b\in A$ について、$ab\in\mathfrak{p}$ ならば $a\in\mathfrak{p}$ または $b\in\mathfrak{p}$ である。
    $A$ の素イデアル全体の集合を $\operatorname{Spec}A$ と書き、$A$ の 素スペクトル(prime spectrum)という。

条件 2 の対偶は「$a\notin\mathfrak{p}$ かつ $b\notin\mathfrak{p}$ ならば $ab\notin\mathfrak{p}$」である。条件 1 は $1\notin\mathfrak{p}$ と同じだから、2 条件を合わせると、$\mathfrak{p}$ が素イデアルであることは、補集合 $A\setminus\mathfrak{p}$ が $1$ を含み乗法で閉じていること(積閉集合であること)と同値である。
条件 1 を課すのは、$A$ 自身を素イデアルから除くためである。$A$ 自身は条件 2 を自明に満たすが、剰余環 $A/A$ は零環であって整域ではない(prop-prime-ideal-quotient-domain を参照)。この約束により、零環は素イデアルをもたない。零環でない可換環は少なくとも 1 つ素イデアルをもつ(rem-prime-ideal-existence)。
条件 2 は有限個の積に拡張できる。$a_1\cdots a_n\in\mathfrak{p}$ なら、$a_1(a_2\cdots a_n)\in\mathfrak{p}$ から $a_1\in\mathfrak{p}$ または $a_2\cdots a_n\in\mathfrak{p}$ であり、$n$ についての帰納法により、ある $a_i$ が $\mathfrak{p}$ に属する。特に $a^n\in\mathfrak{p}$ なら $a\in\mathfrak{p}$ である。

直感

整数環 $\mathbb{Z}$ で $n$ の倍数全体 $(n)$ を考えると、$ab\in(n)$ は「$n$ が $ab$ を割り切る」ことを意味する。$n$ が素数 $p$ なら、$p\mid ab$ から $p\mid a$ または $p\mid b$ が従う(Euclidの補題)。$n=6$ なら $6\mid2\cdot3$ だが $6\nmid2$、$6\nmid3$ である。素イデアルは前者の性質を公理にしたものであり、名前もここに由来する。
剰余環の言葉では、$ab\in\mathfrak{p}$ は $A/\mathfrak{p}$ の中で $\bar a\bar b=0$ となることである。素イデアルの条件は「$A/\mathfrak{p}$ では $0$ でない元どうしの積が $0$ にならない」ことを言っている。極大イデアルは剰余環を体にするイデアルであり、体は整域だから、極大イデアルは素イデアルである。素イデアルは剰余環が整域でありさえすればよく、その分だけ条件が緩い。
幾何学的には、多項式環 $k[x,y]$ のイデアル $(f)$ は曲線 $f=0$ を表す。$f=xy$ の表す図形は 2 本の直線 $x=0$ と $y=0$ の和集合であり、$xy\in(xy)$ だが $x,y\notin(xy)$ なので $(xy)$ は素イデアルでない。素イデアルは「それ以上分解できない図形」に対応する。

例と反例

整域の零イデアル

可換環 $A$ において、零イデアル $(0)$ が素イデアルであることと、$A$ が整域であることは同値である。実際、$(0)\neq A$ は $1\neq0$ と同値であり、「$ab\in(0)$ ならば $a\in(0)$ または $b\in(0)$」は「$ab=0$ ならば $a=0$ または $b=0$」そのものである。たとえば $\mathbb{Z}$、体、体上の多項式環の $(0)$ は素イデアルであり、$\mathbb{Z}/6\mathbb{Z}$ の $(0)$ は $\bar2\cdot\bar3=\bar0$ なので素イデアルでない。

整数環の素イデアル

$\mathbb{Z}$ の素イデアルは、$(0)$ と、素数 $p$ に対する $(p)=p\mathbb{Z}$ で尽くされる(thm-prime-ideal-z-kx)。合成数 $n=ab$($1< a,b< n$)に対する $(n)$ は、$ab\in(n)$ かつ $a,b\notin(n)$ なので素イデアルでない。$(1)=\mathbb{Z}$ は真のイデアルでないので素イデアルでない。たとえば $(4)$ は $2\cdot2\in(4)$、$2\notin(4)$ なので素イデアルでない。

剰余環の素イデアル

$\mathbb{Z}/12\mathbb{Z}$ の素イデアルは $2\mathbb{Z}/12\mathbb{Z}=\{\bar0,\bar2,\dots,\overline{10}\}$ と $3\mathbb{Z}/12\mathbb{Z}=\{\bar0,\bar3,\bar6,\bar9\}$ の 2 つである。実際、$\mathbb{Z}/12\mathbb{Z}$ のイデアルは $12$ の正の約数 $d$ に対する $d\mathbb{Z}/12\mathbb{Z}$ であり(イデアル の記事の「剰余環との対応」の節)、その剰余環は $\mathbb{Z}/d\mathbb{Z}$ と同型である(環準同型 の記事の定理「環の第3同型定理」)。$\mathbb{Z}/d\mathbb{Z}$ が整域になるのは $d$ が素数のときに限るので、prop-prime-ideal-quotient-domain により素イデアルは $d=2,3$ に対応するものだけである。

反例:可約な多項式のイデアル

$k$ を体とする。2 変数多項式環 $k[x,y]$ のイデアル $(xy)$ は素イデアルでない。$xy\in(xy)$ だが、$(xy)$ の $0$ でない元は $x$ と $y$ の両方で割り切れる(したがって次数が $2$ 以上)ので、$x\notin(xy)$、$y\notin(xy)$ である。同様に 1 変数多項式環 $k[x]$ の $(x^2)$ は、$x\cdot x\in(x^2)$、$x\notin(x^2)$ なので素イデアルでない。剰余環 $k[x]/(x^2)$ では $\bar x\neq0$ だが $\bar x^2=0$ であり、整域でない。この 2 つの例が破るのは「真のイデアルならば素イデアル」という含意であり、満たす性質は「真のイデアルである」、満たさない性質は「素イデアルである」である。

反例:素イデアルだが極大イデアルでないもの

$k$ を体とし、$k[x,y]$ のイデアル $(x)$ を考える。$x$ に $0$ を、$y$ に $y$ を代入する環準同型 $\varphi\colon k[x,y]\to k[y]$、$f(x,y)\mapsto f(0,y)$ は、$k[y]$ の元を定数として動かさないので全射である。$f=\sum_{i,j}a_{ij}x^iy^j$ と書くと、$i\geq1$ の項はすべて $x$ で割り切れるので
$$ f(x,y)=f(0,y)+x\,g(x,y)\qquad(g\in k[x,y]) $$
と書ける。よって $f\in\ker\varphi$ であることと $f\in(x)$ であることは同値であり、$\ker\varphi=(x)$ である。準同型定理(環準同型 の記事の定理「環の第1同型定理」)により $k[x,y]/(x)\cong k[y]$ である。$k[y]$ は整域なので、prop-prime-ideal-quotient-domain により $(x)$ は素イデアルである。一方 $k[y]$ では $y$ が単元でないので $k[y]$ は体でなく、$(x)$ は極大イデアルでない。実際 $(x)\subsetneq(x,y)\subsetneq k[x,y]$ であり($y\notin(x)$、$1\notin(x,y)$)、$k[x,y]/(x,y)\cong k$ だから $(x,y)$ は極大イデアルである。
整数環では $(0)$ が同じ役割を果たす。$(0)$ は $\mathbb{Z}$ が整域なので素イデアルだが、$(0)\subsetneq(2)\subsetneq\mathbb{Z}$ なので極大でない。これらの例が満たす性質は「素イデアルである」、満たさない性質は「極大イデアルである」であり、破る含意は「素イデアルならば極大イデアル」である。

反例:逆像で極大性は保たれない

包含写像 $\iota\colon\mathbb{Z}\to\mathbb{Q}$ は環準同型である。有理数体 $\mathbb{Q}$ の零イデアル $(0)$ は極大イデアルである(体のイデアルは $(0)$ と全体だけ)。しかしその逆像 $\iota^{-1}((0))=(0)$ は $\mathbb{Z}$ の極大イデアルでない。一方、$\iota^{-1}((0))=(0)$ は $\mathbb{Z}$ の素イデアルであり、これは prop-prime-ideal-preimage と整合する。同じことは体 $k$ 上の包含 $k[x]\to k(x)$(有理関数体への包含)でも起こる。この例が満たす性質は「$\mathfrak{m}$ が極大イデアルである」、満たさない性質は「$\iota^{-1}(\mathfrak{m})$ が極大イデアルである」であり、破る含意は「環準同型による極大イデアルの逆像は極大イデアル」である。全射準同型に限ればこの含意は成り立つ(極大イデアル の記事の命題「全射準同型による引き戻し」)。

性質

剰余環による特徴づけ

剰余環が整域であることとの同値

可換環 $A$ のイデアル $\mathfrak{p}$ について、$\mathfrak{p}$ が素イデアルであることと、剰余環 $A/\mathfrak{p}$ が整域であることは同値である。

剰余類の積を読み替える

剰余環 $A/\mathfrak{p}$ の元を $\bar a=a+\mathfrak{p}$ と書く。$\bar a=\bar0$ であることは $a\in\mathfrak{p}$ と同値であり、$\bar a\bar b=\overline{ab}$ だから、$\bar a\bar b=\bar0$ であることは $ab\in\mathfrak{p}$ と同値である。
整域とは $1\neq0$ であって、$0$ 以外に零因子をもたない可換環のことである。まず $A/\mathfrak{p}$ において $\bar1\neq\bar0$ であることは $1\notin\mathfrak{p}$、すなわち $\mathfrak{p}\neq A$ と同値である。これは def-prime-ideal の条件 1 である。次に「$\bar a\bar b=\bar0$ ならば $\bar a=\bar0$ または $\bar b=\bar0$」は、上の読み替えにより「$ab\in\mathfrak{p}$ ならば $a\in\mathfrak{p}$ または $b\in\mathfrak{p}$」と同値である。これは条件 2 である。したがって $A/\mathfrak{p}$ が整域であることと $\mathfrak{p}$ が素イデアルであることは同値である。

この命題と準同型定理から、次のことが分かる。$f\colon A\to B$ を環準同型とし、$B$ を整域とすると、$A/\ker f$ は $B$ の部分環 $f(A)$ と同型であり(環準同型 の記事の定理「環の第1同型定理」)、整域の部分環は整域だから、$\ker f$ は素イデアルである。逆に、素イデアル $\mathfrak{p}$ は整域への自然な射影 $A\to A/\mathfrak{p}$ の核である。すなわち、素イデアルとは整域への環準同型の核のことである。
極大イデアル $\mathfrak{m}$ については、$A/\mathfrak{m}$ が体であることと $\mathfrak{m}$ が極大であることが同値である(極大イデアル の記事の命題「剰余環が体であることとの同値」)。体は整域だから、上の命題により 極大イデアルは素イデアルである。この事実の直接の証明は 可換環 の記事の命題「極大イデアルは素イデアル」にある。prop-prime-ideal-quotient-domain とこの系は DF04 §7.4、AM69 Chapter 1 にある。逆が成り立たないことは ex-prime-ideal-not-maximal で見た。

イデアルによる言い換え

イデアルの積と素イデアル

$A$ を可換環、$\mathfrak{p}$ を $A$ の真のイデアルとする。次の 2 条件は同値である。

  1. $\mathfrak{p}$ は素イデアルである。
  2. $A$ のイデアル $I,J$ について、$IJ\subset\mathfrak{p}$ ならば $I\subset\mathfrak{p}$ または $J\subset\mathfrak{p}$ である。
    また $\mathfrak{p}$ が素イデアルなら、イデアル $I_1,\dots,I_n$ について $I_1\cap\cdots\cap I_n\subset\mathfrak{p}$ ならば、ある $i$ について $I_i\subset\mathfrak{p}$ である。
元とイデアルの往復

ここで $IJ$ はイデアルの積、すなわち $ab$($a\in I$、$b\in J$)の有限和全体である(イデアル)。
1 ⇒ 2:$IJ\subset\mathfrak{p}$ かつ $I\not\subset\mathfrak{p}$ とし、$J\subset\mathfrak{p}$ を示す。$a\in I\setminus\mathfrak{p}$ を 1 つとる。任意の $b\in J$ について $ab\in IJ\subset\mathfrak{p}$ であり、$a\notin\mathfrak{p}$ だから素イデアルの条件により $b\in\mathfrak{p}$ である。よって $J\subset\mathfrak{p}$ である。
2 ⇒ 1:$ab\in\mathfrak{p}$ とする。単項イデアルの積は $(a)(b)=(ab)$ である。実際 $(ra)(sb)=(rs)ab$ の有限和は $ab$ の倍数であり、逆に $rab=(ra)b$ は $(a)(b)$ に属する。$\mathfrak{p}$ はイデアルだから $(ab)\subset\mathfrak{p}$ であり、2 により $(a)\subset\mathfrak{p}$ または $(b)\subset\mathfrak{p}$、すなわち $a\in\mathfrak{p}$ または $b\in\mathfrak{p}$ である。
最後の主張(AM69 Proposition 1.11):$I_1\cdots I_n\subset I_1\cap\cdots\cap I_n$ である(2 個の場合は イデアル の記事の命題「和・積・共通部分の基本性質」の 3 で、一般には帰納法による)。よって $I_1\cdots I_n\subset\mathfrak{p}$ であり、2 を $I=I_1\cdots I_{n-1}$、$J=I_n$ に適用して帰納法を用いれば、ある $I_i$ が $\mathfrak{p}$ に含まれる。

2 の形の条件は、非可換環における素イデアルの定義として使われる(rem-prime-ideal-noncommutative)。

逆像

素イデアルの逆像

$f\colon A\to B$ を可換環の環準同型とし、$\mathfrak{q}$ を $B$ の素イデアルとする。このとき $f^{-1}(\mathfrak{q})$ は $A$ の素イデアルである。したがって $f$ は写像
$$ \operatorname{Spec}f\colon\operatorname{Spec}B\to\operatorname{Spec}A,\qquad \mathfrak{q}\mapsto f^{-1}(\mathfrak{q}) $$
を定める。

定義の直接の確認

$\mathfrak{p}:=f^{-1}(\mathfrak{q})$ とおく。$\mathfrak{p}$ がイデアルであることを確かめる。$f(0)=0\in\mathfrak{q}$ より $0\in\mathfrak{p}$ である。$a,b\in\mathfrak{p}$ なら $f(a-b)=f(a)-f(b)\in\mathfrak{q}$ なので $a-b\in\mathfrak{p}$ である。$r\in A$、$a\in\mathfrak{p}$ なら $f(ra)=f(r)f(a)\in\mathfrak{q}$ なので $ra\in\mathfrak{p}$ である。
$\mathfrak{p}$ が真のイデアルであることを示す。$f(1)=1$ であり、$\mathfrak{q}$ は真のイデアルなので $1\notin\mathfrak{q}$ である。よって $1\notin\mathfrak{p}$ である。ここで環準同型が $1$ を $1$ に写すという約束を使った。
素イデアルの条件を示す。$a,b\in A$、$ab\in\mathfrak{p}$ とすると $f(a)f(b)=f(ab)\in\mathfrak{q}$ である。$\mathfrak{q}$ は素イデアルなので $f(a)\in\mathfrak{q}$ または $f(b)\in\mathfrak{q}$、すなわち $a\in\mathfrak{p}$ または $b\in\mathfrak{p}$ である。

別の見方をすると、$f$ と自然な射影の合成 $A\to B\to B/\mathfrak{q}$ の核が $f^{-1}(\mathfrak{q})$ であり、$B/\mathfrak{q}$ は整域だから、上の「整域への環準同型の核は素イデアル」からも従う。極大イデアルについて同じ議論を試みると、$A/f^{-1}(\mathfrak{m})$ は体 $B/\mathfrak{m}$ の部分環と同型になるだけであり、体の部分環は体とは限らない($\mathbb{Z}\subset\mathbb{Q}$)。これが ex-prime-ideal-preimage-not-maximal の現象の理由であり、環準同型に対して素イデアルの全体が極大イデアルの全体よりよく振る舞う理由である。
$f\colon A\to B$、$g\colon B\to C$ について $(g\circ f)^{-1}(\mathfrak{r})=f^{-1}(g^{-1}(\mathfrak{r}))$ だから、$\operatorname{Spec}(g\circ f)=\operatorname{Spec}f\circ\operatorname{Spec}g$ であり、$\operatorname{Spec}$ は向きを逆にする対応(反変関手)である。$f$ が全射のとき、$\operatorname{Spec}f$ は $\operatorname{Spec}B$ から、$\ker f$ を含む $A$ の素イデアル全体への全単射である。これはイデアルの対応定理(環準同型 の記事)と prop-prime-ideal-quotient-domain、および $A/\mathfrak{p}\cong B/f(\mathfrak{p})$ による。

整数環と体上の多項式環の素イデアル

整数環と体上の多項式環の素イデアル
  1. $\mathbb{Z}$ の素イデアルは、$(0)$ と、素数 $p$ に対する $(p)$ である。
  2. $k$ を体とする。1 変数多項式環 $k[x]$ の素イデアルは、$(0)$ と、既約多項式 $f$ に対する $(f)$ である。
  3. いずれの環でも、$(0)$ でない素イデアルは極大イデアルである。
単項イデアルの包含と約数

$\mathbb{Z}$ と $k[x]$ のイデアルはすべて単項イデアルである(イデアル の記事の例「整数環のイデアル」、多項式環 の記事の定理「体上の多項式環は単項イデアル整域」)。どちらの環も整域なので、ex-prime-ideal-zero により $(0)$ は素イデアルである。以下、$(0)$ でない真のイデアル $(n)$ または $(f)$ を調べる。どちらの環でも、$(a)\subset(b)$ は $b\mid a$ と同値である。

  1. $n\geq2$ とする($(n)=(-n)$ なので $n>0$ としてよく、$(1)=\mathbb{Z}$ は除く)。$n$ が素数 $p$ なら、$(p)\subset(m)$($m\geq1$)は $m\mid p$ を意味するので $m=1$ または $m=p$、すなわち $(m)=\mathbb{Z}$ または $(m)=(p)$ である。よって $(p)$ は極大イデアルであり、極大イデアルは素イデアルなので(prop-prime-ideal-quotient-domain の後の段落)、$(p)$ は素イデアルである。$n$ が合成数なら、ex-prime-ideal-integers で見たとおり $(n)$ は素イデアルでない。
  2. $f$ を次数 $1$ 以上の多項式とする($0$ でない定数 $c$ は単元なので $(c)=k[x]$)。$f$ が既約なら、$(f)\subset(g)$ は $g\mid f$ を意味し、既約性から $g$ は $0$ でない定数か $f$ の定数倍である。前者なら $(g)=k[x]$、後者なら $(g)=(f)$ である。よって $(f)$ は極大イデアルであり、したがって素イデアルである。$f$ が既約でなければ $f=gh$、$\deg g\geq1$、$\deg h\geq1$ と書ける。$gh=f\in(f)$ であるが、$(f)$ の $0$ でない元の次数は $\deg f$ 以上であり(整域上の多項式の次数の公式)、$0<\deg g<\deg f$ なので $g\notin(f)$、同様に $h\notin(f)$ である。よって $(f)$ は素イデアルでない。
  3. 1 と 2 の証明で、$(0)$ でない素イデアル $(p)$、$(f)$ が極大イデアルであることを示した。

3 の性質は、すべての単項イデアル整域で成り立つ(単項イデアル整域 の記事の命題「零でない素イデアルは極大」、DF04 §8.2)。2 で $k$ を具体的にとると、$k$ が代数閉体(たとえば $\mathbb{C}$)なら既約多項式は 1 次式だけなので、$k[x]$ の $(0)$ でない素イデアルは $(x-a)$($a\in k$)であり、$k$ の元と一対一に対応する。$k=\mathbb{R}$ なら、$(x-a)$($a\in\mathbb{R}$)のほかに、判別式が負の 2 次式 $x^2+bx+c$($b^2-4c<0$)が生成する $(x^2+bx+c)$ が現れる。
素数と素イデアルの対応には、同じ素数 $p$ でも環が変わると振る舞いが変わるという面もある。$\mathbb{Z}$ の素イデアル $(p)$ から作った $\mathbb{Z}[x]$ のイデアル $(p)=p\mathbb{Z}[x]$ は、$\mathbb{Z}[x]/(p)\cong(\mathbb{Z}/p\mathbb{Z})[x]$ が整域なので素イデアルであるが、極大ではない($(p)\subsetneq(p,x)$)。$\mathbb{Z}[x]$ では $(0)\subsetneq(p)\subsetneq(p,x)$ という長さ $2$ の素イデアルの列があり、このような列の長さの上限が Krull次元 である。

補足

素イデアルの存在と冪零元

零環でない可換環 $A$ には極大イデアルが存在し(Zornの補題による。可換環 の記事の定理「極大イデアルの存在」)、極大イデアルは素イデアルなので、$\operatorname{Spec}A$ は空でない。さらに、すべての素イデアルの共通部分は冪零元全体 $\{a\in A\mid\text{ある }n\geq1\text{ について }a^n=0\}$(冪零根基)に等しい(同じ記事の定理「冪零根基は素イデアルの共通部分」)。冪零元がすべての素イデアルに属することは、def-prime-ideal の後で述べた「$a^n\in\mathfrak{p}$ なら $a\in\mathfrak{p}$」からただちに分かる。局所化 $S^{-1}A$ の素イデアルは、積閉集合 $S$ と交わらない $A$ の素イデアルと一対一に対応する(局所化 の記事の定理「素イデアルの対応」)。素イデアル $\mathfrak{p}$ の補集合による局所化 $A_{\mathfrak{p}}$ は局所環である。

素スペクトルとZariski位相

$\operatorname{Spec}A$ には、イデアル $I$ に対する $V(I):=\{\mathfrak{p}\in\operatorname{Spec}A\mid I\subset\mathfrak{p}\}$ を閉集合とする位相が入る。これを Zariski位相 という。この位相で一点集合 $\{\mathfrak{p}\}$ が閉集合であることは $\mathfrak{p}$ が極大イデアルであることと同値であり、$A$ が整域なら $(0)$ の閉包は $\operatorname{Spec}A$ 全体である。$\operatorname{Spec}\mathbb{Z}$ は、素数 $p$ に対応する閉点 $(p)$ と、閉包が全体になる点 $(0)$ からなる。prop-prime-ideal-preimage の写像 $\operatorname{Spec}f$ はこの位相について連続である。$\operatorname{Spec}A$ に構造層を加えたものがアフィンスキームであり、代数幾何学の出発点になる(Har77 Chapter II §2)。

非可換環における素イデアル

可換でない環 $R$ では、真の両側イデアル $P$ が 素イデアル であるとは、両側イデアル $I,J$ について $IJ\subset P$ ならば $I\subset P$ または $J\subset P$ となることと定める(Lam01 §10)。これは可換環では prop-prime-ideal-ideals により def-prime-ideal と一致する。しかし非可換環では、元についての条件「$ab\in P$ ならば $a\in P$ または $b\in P$」とは一致しない。
体 $k$ 上の行列環 $R=M_2(k)$ で確かめる。$R$ の両側イデアルは $(0)$ と $R$ だけである(イデアル の記事の例「行列環の両側イデアル」)。$I,J$ が $IJ\subset(0)$ を満たすとき、両方が $(0)$ でなければ $I=J=R$ で $IJ=R\neq(0)$ となるから、$I$ または $J$ は $(0)$ である。よって $(0)$ は上の意味の素イデアルである。一方、$E_{11}$ と $E_{22}$ を($1,1$)成分・($2,2$)成分だけが $1$ の行列とすると $E_{11}E_{22}=0\in(0)$ だが、$E_{11}\neq0$、$E_{22}\neq0$ である。したがって $(0)$ は元についての条件を満たさない。この例が破るのは「非可換環の素イデアルは元についての素イデアルの条件を満たす」という含意である。元についての条件を満たす両側イデアルは 完全素イデアル(completely prime ideal)と呼ばれ、剰余環が零因子をもたないことと同値である。

関連項目

参考文献

[1]
Michael F. Atiyah and Ian G. Macdonald, Introduction to Commutative Algebra, Addison-Wesley, 1969, Chapter 1(素イデアル・極大イデアル、素イデアルの縮約、Proposition 1.11:共通部分を含む素イデアル(素イデアル回避))、Chapter 1 Exercises 15–21(素スペクトルと Zariski 位相)
[2]
David S. Dummit and Richard M. Foote, Abstract Algebra, Wiley, 2004, §7.4(剰余環が整域であることとの同値、極大イデアルは素イデアル)、§8.2(単項イデアル整域の零でない素イデアルは極大)
[3]
T. Y. Lam, A First Course in Noncommutative Rings, Springer, 2001, §10(非可換環の素イデアルと素環)
[4]
Robin Hartshorne, Algebraic Geometry, Springer, 1977, Chapter II §2(環のスペクトルとアフィンスキーム)

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