隣接行列と道の数(adjacency matrices and walks)とは、グラフの頂点 $i$ と $j$ を結ぶ辺の本数($i=j$ ならループの本数)を $(i,j)$ 成分に並べた隣接行列 $A$ について、$A^n$ の $(i,j)$ 成分が $i$ から $j$ への長さ $n$ の道筋(同じ頂点や辺を何度通ってもよい)の数に等しいという事実と、その使い方のことである。最後の 1 歩で場合分けして足す計算が、行列の積の定義そのものになる。三角形のグラフでは $A^n$ が一般の $n$ で求まり、ループのある 2 頂点のグラフでは Fibonacci 数が現れる。ループも多重辺もないグラフでは、$A^2$ の対角成分の和は辺の数の 2 倍、$A^3$ の対角成分の和は三角形の数の 6 倍である。
前提知識: 行列の演算(高校数学), 一筆書きとグラフ, 数学的帰納法
点と線の図の上で、線をたどる道順が何通りあるかを数える問題を考える。小さな場合は書き並べれば数えられるが、長くなるとすぐに書ききれなくなる。
三角形の頂点に $1,2,3$ と番号をつける。点が頂点 $1$ から出発し、毎回、辺を 1 本たどって別の頂点へ移る。$n$ 回移ったあとに頂点 $1$ にいる道順の数を数える。
1 回に 1 段か 2 段ずつ上って、$n$ 段の階段を上りきる上り方の数を数える。$n=1$ は「1」の $1$ 通り、$n=2$ は「1,1」「2」の $2$ 通り、$n=3$ は「1,1,1」「1,2」「2,1」の $3$ 通り、$n=4$ は「1,1,1,1」「1,1,2」「1,2,1」「2,1,1」「2,2」の $5$ 通りである。
最初の 1 回が 1 段なら残り $n-1$ 段、2 段なら残り $n-2$ 段を上るので、$n$ 段の上り方の数を $s_n$ とすると $s_n=s_{n-1}+s_{n-2}$ である。$1,2,3,5,8,\dots$ は Fibonacci数 の並びである。この上り方も、後で図の上の道順として数え直す(ex-amw-stairs-as-walks)。
2 つの例から、次の問いが出てくる。
| 高校の数え方 | この記事での言葉 | ボックス |
|---|---|---|
| 点と線の図 | グラフ | def-amw-graph |
| 線をたどる道順 | 道筋 | def-amw-graph |
| どの点とどの点が何本の線で結ばれているかの表 | 隣接行列 | def-amw-adjacency |
| 最後の 1 歩で場合分けして足す | 行列の積 | thm-amw-walks |
| 出発点に戻る道順の合計 | 対角成分の和 | prop-amw-trace |
グラフの言葉は 一筆書きとグラフ で導入した。この記事では、道順を数えるのに便利なように、辺の両端が同じ頂点であるもの(ループ)も許す。
有限個の 頂点 と有限本の 辺 からなる図を グラフ という。各辺は、2 つの頂点を結ぶか(同じ 2 頂点を結ぶ辺が何本あってもよい)、1 つの頂点をその頂点自身と結ぶ(ループ)。
頂点 $v_0,v_1,\dots,v_n$ と辺 $e_1,\dots,e_n$ を $v_0,e_1,v_1,e_2,\dots,e_n,v_n$ と交互に並べたもので、各 $e_t$ が $v_{t-1}$ と $v_t$ を結ぶ辺($v_{t-1}=v_t$ ならその頂点のループ)であるものを、$v_0$ から $v_n$ への 長さ $n$ の道筋 という。同じ頂点や同じ辺を何度通ってもよい。2 つの道筋は、頂点と辺の並びが 1 か所でも違えば、異なる道筋と数える。長さ $0$ の道筋は、1 つの頂点 $v_0$ だけからなるものとする。
一筆書きとグラフ の一筆書きは「同じ辺を 2 度通らない」道筋だったが、ここでは同じ辺を何度通ってもよい。題名の「道の数」も、この意味の道筋の数である。2 頂点を結ぶ辺が 1 本しかないときは、辺の名前を書かずに $v_0\to v_1\to\dots\to v_n$ と書く。
頂点に $1,2,\dots,N$ と番号をつけたグラフについて、$N$ 次正方行列 $A=(a_{ij})$ を次のように定め、グラフの 隣接行列 という(隣接行列)。
$a_{ij}$ は「頂点 $i$ から頂点 $j$ への長さ $1$ の道筋の数」でもある。長さ $1$ の道筋は、$i$ と $j$ を結ぶ辺($i=j$ ならループ)を 1 本選ぶことだからである。
三角形のグラフ、一列に並んだ 3 頂点のグラフ、頂点 1 にループがあるグラフと、それぞれの隣接行列。$(i,j)$ 成分が頂点 $i$ と頂点 $j$ を結ぶ辺の本数($i=j$ ならループの本数)であることを見る図。
ex-amw-triangle-hand を数え直す。頂点 $1$ から出発して長さ $n+1$ の道筋で頂点 $j$ に着くには、最後から 2 番目にいる頂点 $k$ まで長さ $n$ で行き、そこから辺を 1 本たどって $j$ に着く。$k$ ごとに「$k$ までの道筋の数」×「$k$ と $j$ を結ぶ辺の本数」を足せばよい。これは行列の積の計算そのものである。
頂点に $1,\dots,N$ と番号をつけたグラフの隣接行列を $A$ とする。正の整数 $n$ と頂点 $i,j$ について、$A^n$ の $(i,j)$ 成分 $(A^n)_{ij}$ は、頂点 $i$ から頂点 $j$ への長さ $n$ の道筋の数に等しい。
方針:$n$ についての数学的帰納法で示す。長さ $n+1$ の道筋を、最後から 2 番目の頂点 $k$ で分けて数えると、行列の積の成分の式になる(図2)。$i\to j$ への長さ $n$ の道筋の数を $w_n(i,j)$ と書く。
段 1($n=1$)。長さ $1$ の道筋は、$i$ と $j$ を結ぶ辺($i=j$ ならループ)を 1 本選ぶことなので、$w_1(i,j)=a_{ij}=(A^1)_{ij}$ である。
段 2(分け方)。ある $n\ge1$ で、すべての $i,k$ について $w_n(i,k)=(A^n)_{ik}$ が成り立つと仮定する。$i$ から $j$ への長さ $n+1$ の道筋 $v_0,e_1,v_1,\dots,e_{n+1},v_{n+1}$($v_0=i$、$v_{n+1}=j$)を、最後から 2 番目の頂点 $k:=v_n$ で分類する。$k$ は $1,\dots,N$ のどれか 1 つなので、道筋は $N$ 個の組に重なりなく分かれる。
段 3(1 つの組の数)。$k$ を決めると、最後から 2 番目が $k$ である道筋は、「$i$ から $k$ への長さ $n$ の道筋 $v_0,e_1,\dots,e_n,v_n$」と「$k$ と $j$ を結ぶ辺 $e_{n+1}$」の組と 1 対 1 に対応する。前者は $w_n(i,k)$ 通り、後者は $a_{kj}$ 通りで、どの前者にもどの後者をつなげてよいので、積の法則により $w_n(i,k)\,a_{kj}$ 通りある。
段 4(足す)。段 2・段 3 と帰納法の仮定から
$$
w_{n+1}(i,j)=\sum_{k=1}^{N}w_n(i,k)\,a_{kj}=\sum_{k=1}^{N}(A^n)_{ik}\,a_{kj}
$$
である。右辺は、行列の積の定義により $A^n$ と $A$ の積 $A^nA=A^{n+1}$ の $(i,j)$ 成分である。よって $w_{n+1}(i,j)=(A^{n+1})_{ij}$ が成り立つ。
段 5。段 1 と段 2〜4 から、数学的帰納法により、すべての正の整数 $n$ で $w_n(i,j)=(A^n)_{ij}$ である。$\square$
頂点 $i$ から頂点 $j$ への長さ $n+1$ の道筋を、最後から 2 番目の頂点 $k$ で分けて数える様子。青の破線が長さ $n$ の道筋($(A^n)_{ik}$ 通り)、赤が最後の 1 本の辺($a_{kj}$ 通り)で、$k$ について足すと行列の積の成分になることを見る図。
証明で使ったのは、行列の積の定義(行列の演算(高校数学))と、場合分けして足す和の法則・続けて選ぶ積の法則(場合の数の数え方の体系)だけである。
ex-amw-adjacency の 1 の $A$ について
$$
A^2=\begin{pmatrix}0&1&1\\1&0&1\\1&1&0\end{pmatrix}\begin{pmatrix}0&1&1\\1&0&1\\1&1&0\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}0+1+1&0+0+1&0+1+0\\0+0+1&1+0+1&1+0+0\\0+1+0&1+0+0&1+1+0\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}2&1&1\\1&2&1\\1&1&2\end{pmatrix}
$$
である。$(A^2)_{11}=2$ は ex-amw-triangle-hand の $n=2$ の $2$ 通り($1\to2\to1$、$1\to3\to1$)と一致する。$(A^2)_{12}=1$ は、$1$ から $2$ への長さ $2$ の道筋が $1\to3\to2$ の 1 通りだけであることを表す。さらに
$$
A^3=A^2A=\begin{pmatrix}2&1&1\\1&2&1\\1&1&2\end{pmatrix}\begin{pmatrix}0&1&1\\1&0&1\\1&1&0\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}2&3&3\\3&2&3\\3&3&2\end{pmatrix}
$$
で、$(A^3)_{11}=2$ も $n=3$ の $2$ 通りと一致する。たとえば $(1,1)$ 成分は $2\cdot0+1\cdot1+1\cdot1=2$、$(1,2)$ 成分は $2\cdot1+1\cdot0+1\cdot1=3$ である。
ex-amw-adjacency の 4 の $K$ について、$K^2$ の $(1,1)$ 成分は
$$
(K^2)_{11}=0\cdot0+2\cdot2+2\cdot2+1\cdot1=9
$$
である。thm-amw-walks によれば、陸地 $A$ から出て橋を 2 回渡って $A$ に戻る道順が $9$ 通りある。実際、$A\to B\to A$ は行きの橋が 2 本、帰りの橋が 2 本で $2\times2=4$ 通り、$A\to C\to A$ も $4$ 通り、$A\to D\to A$ は $1$ 通りで、合わせて $9$ 通りである。同じ橋を行きと帰りに使う道順も数えている。
三角形のグラフでは、$A^n$ を一般の $n$ で求められる。すべての成分が $1$ の 3 次正方行列を $J$ とすると、$A=J-E$ である($E$ は単位行列)。
$A=\begin{pmatrix}0&1&1\\1&0&1\\1&1&0\end{pmatrix}$ とし、$p_n=\dfrac{2^n-(-1)^n}{3}$ とおく。すべての正の整数 $n$ について
$$
A^n=p_nJ+(-1)^nE
$$
が成り立つ。つまり、$A^n$ の対角成分は $p_n+(-1)^n=\dfrac{2^n+2(-1)^n}3$、対角成分以外は $p_n=\dfrac{2^n-(-1)^n}3$ である。
方針:$n$ についての帰納法で示す。$J^2=3J$ と $JE=EJ=J$ を使って $A^{n+1}=A^nA$ を計算する。
段 1(準備)。$J^2$ の各成分は $1\cdot1+1\cdot1+1\cdot1=3$ なので $J^2=3J$ である。また $JE=EJ=J$ である。
段 2($n=1$)。$p_1=\frac{2+1}3=1$ なので、右辺は $J-E=A$ で、成り立つ。
段 3($n$ から $n+1$ へ)。$A^n=p_nJ+(-1)^nE$ と仮定する。分配法則と段 1 から
$$
A^{n+1}=A^nA=\bigl(p_nJ+(-1)^nE\bigr)(J-E)=p_nJ^2-p_nJ+(-1)^nJ-(-1)^nE=\bigl(2p_n+(-1)^n\bigr)J+(-1)^{n+1}E
$$
である。ここで
$$
2p_n+(-1)^n=\frac{2\cdot2^n-2(-1)^n+3(-1)^n}3=\frac{2^{n+1}+(-1)^n}3=\frac{2^{n+1}-(-1)^{n+1}}3=p_{n+1}
$$
なので、$A^{n+1}=p_{n+1}J+(-1)^{n+1}E$ となり、$n+1$ でも成り立つ。$\square$
prop-amw-triangle の式で、$n=1,\dots,6$ の値を計算すると次のようになる。
| $n$ | $1$ | $2$ | $3$ | $4$ | $5$ | $6$ |
|---|---|---|---|---|---|---|
| $(A^n)_{11}=\frac{2^n+2(-1)^n}3$ | $0$ | $2$ | $2$ | $6$ | $10$ | $22$ |
| $(A^n)_{12}=\frac{2^n-(-1)^n}3$ | $1$ | $1$ | $3$ | $5$ | $11$ | $21$ |
$n=1,2,3,4$ の $(A^n)_{11}$ は、ex-amw-triangle-hand で書き並べた $0,2,2,6$ と一致する。どの $n$ でも $(A^n)_{11}+(A^n)_{12}+(A^n)_{13}=\frac{2^n+2(-1)^n}3+2\cdot\frac{2^n-(-1)^n}3=2^n$ で、頂点 $1$ から出る長さ $n$ の道筋の総数 $2^n$ に等しい。$n=10$ では $(A^{10})_{11}=\frac{1024+2}3=342$ で、$1024$ 通りを書き並べなくても求まる。
$(A^n)_{11}$ を $2^n$ で割った値は、毎回 2 つの移り先から等しい確率で 1 つを選んで移るときに、$n$ 回後に頂点 $1$ にいる確率である。prop-amw-triangle から、これは $\frac13+\frac23\bigl(-\frac12\bigr)^n$ で、$n$ を大きくすると $\frac13$ に近づく(図3)。このような確率の漸化式と、その極限の分布は 確率漸化式と定常分布 で扱う。
三角形のグラフで、頂点 1 から出る長さ $n$ の道筋のうち、頂点 1 に着くもの(青)と頂点 2 に着くもの(赤)の割合。どちらも $\frac13$ に近づき、長い道筋ではどの頂点にもほぼ同じ割合で着くことを見る図。
ex-amw-adjacency の 3 のグラフ(頂点 $1$ にループがあり、$1$–$2$ を 1 本の辺で結ぶ)の隣接行列 $C=\begin{pmatrix}1&1\\1&0\end{pmatrix}$ の累乗には、Fibonacci 数が現れる。ここで Fibonacci 数 $F_n$ を、$F_0=0$、$F_1=1$、$F_{n+1}=F_n+F_{n-1}$($n\ge1$)で定める。$F_0,F_1,F_2,\dots$ は $0,1,1,2,3,5,8,13,\dots$ である。
$C=\begin{pmatrix}1&1\\1&0\end{pmatrix}$ について、すべての正の整数 $n$ で
$$
C^n=\begin{pmatrix}F_{n+1}&F_n\\ F_n&F_{n-1}\end{pmatrix}
$$
が成り立つ。
方針:$n$ についての帰納法で示す。$C^{n+1}=C^nC$ を計算すると、Fibonacci 数の漸化式がそのまま現れる。
段 1($n=1$)。$F_2=1$、$F_1=1$、$F_0=0$ なので、右辺は $\begin{pmatrix}1&1\\1&0\end{pmatrix}=C$ である。
段 2($n$ から $n+1$ へ)。$n$ で成り立つと仮定すると
$$
C^{n+1}=C^nC=\begin{pmatrix}F_{n+1}&F_n\\ F_n&F_{n-1}\end{pmatrix}\begin{pmatrix}1&1\\1&0\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}F_{n+1}+F_n&F_{n+1}\\ F_n+F_{n-1}&F_n\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}F_{n+2}&F_{n+1}\\ F_{n+1}&F_n\end{pmatrix}
$$
である。最後の等号で漸化式 $F_{n+1}+F_n=F_{n+2}$、$F_n+F_{n-1}=F_{n+1}$ を使った。これは $n+1$ のときの式である。$\square$
ex-amw-stairs の階段の上り方は、このグラフで頂点 $1$ から頂点 $1$ に戻る道筋と 1 対 1 に対応する。
段 1(対応のつけ方)。頂点 $1$ から出た道筋は、各時点で次のどちらかをする。(a) ループを 1 回たどって $1$ に戻る(長さ $1$)。(b) $1\to2$ と進む。頂点 $2$ から出る辺は $1$–$2$ の 1 本だけなので、(b) の次は必ず $2\to1$ と戻り、$1\to2\to1$ で長さ $2$ になる。よって、$1$ から $1$ への道筋は「長さ $1$ の (a)」と「長さ $2$ の (b)」を並べたものとしてただ 1 通りに書ける。(a) を「1 段」、(b) を「2 段」と読みかえると、長さ $n$ の道筋は $n$ 段の階段の上り方にちょうど対応する。
段 2(数える)。thm-amw-walks と prop-amw-fibonacci から、$1$ から $1$ への長さ $n$ の道筋の数は $(C^n)_{11}=F_{n+1}$ である。よって $n$ 段の上り方は $F_{n+1}$ 通りである。$n=4$ では
$$
C^4=\begin{pmatrix}5&3\\3&2\end{pmatrix}
$$
で、$(C^4)_{11}=5=F_5$ が ex-amw-stairs の $5$ 通りと一致する。対応を具体的に書くと、「1,1,2」は $1\to1\to1\to2\to1$、「2,2」は $1\to2\to1\to2\to1$ である。
Fibonacci 数の一般項(Binet の公式)を、この行列の固有値から求める方法は 漸化式の行列表示 で扱う。
行列の対角成分($(i,i)$ 成分)の和を 跡(トレース)といい、$\operatorname{tr}A$ と書く(トレースと固有値)。thm-amw-walks から、$\operatorname{tr}A^n=\sum_{i}(A^n)_{ii}$ は、長さ $n$ で出発点に戻る道筋(閉じた道筋)の、すべての出発点についての合計である。ループも多重辺もないグラフでは、これで辺の数と三角形の数が読める。
ループがなく、2 つの頂点を結ぶ辺が高々 1 本のグラフで、辺の数を $m$、三角形(互いに辺で結ばれた 3 頂点の組)の数を $t$ とし、隣接行列を $A$ とする。
方針:thm-amw-walks により、$(A^n)_{ii}$ は $i$ から出て $i$ に戻る長さ $n$ の道筋の数である。長さ $2$、$3$ のそれを具体的に書き出して数える。仮定から、2 頂点を結ぶ辺は高々 1 本なので、道筋は頂点の並びだけで決まる。
段 1(長さ 2)。$i$ から $i$ への長さ $2$ の道筋は $i\to k\to i$ の形で、$k$ は $i$ と辺で結ばれた頂点である(ループがないので $k\ne i$)。そのような $k$ は $i$ の次数の個数だけあるので、$(A^2)_{ii}=\deg i$ である。$i$ について足すと、次数の和は辺の数の 2 倍(一筆書きとグラフ の握手補題)なので、$\operatorname{tr}A^2=2m$ である。
段 2(長さ 3 の閉じた道筋は三角形を回る)。$i\to j\to k\to i$ を長さ $3$ の閉じた道筋とする。ループがないので、隣り合う頂点は異なり、$i\ne j$、$j\ne k$、$k\ne i$ である。よって $i,j,k$ は相異なる 3 頂点で、$ij$、$jk$、$ki$ がすべて辺である。つまり $\{i,j,k\}$ は三角形である。
段 3(1 つの三角形から 6 本)。逆に、三角形 $\{x,y,z\}$ を 1 つとる。この 3 頂点だけを通る長さ $3$ の閉じた道筋は、出発点の選び方が $3$ 通り、残り 2 頂点のどちらへ先に進むかが $2$ 通りで、$3\times2=6$ 本ある(たとえば $x\to y\to z\to x$ と $x\to z\to y\to x$ は向きが逆の別の道筋である)。
段 4(まとめ)。段 2 から、長さ $3$ の閉じた道筋はどれも、ちょうど 1 つの三角形(その道筋が通る 3 頂点の組)に属する。段 3 から、1 つの三角形に属する道筋は $6$ 本である。よって長さ $3$ の閉じた道筋の総数 $\operatorname{tr}A^3$ は $6t$ である。$\square$
thm-amw-walks は多重辺やループがあっても成り立つが、そこから導いた prop-amw-trace は仮定を外すと崩れる。また、$A^n$ が数えるのは「同じ頂点や辺を何度通ってもよい」道筋だけである。
| 変えたところ | 崩れる主張 | ボックス |
|---|---|---|
| 2 頂点を結ぶ辺が 2 本以上あってよい | $(A^2)_{ii}$ は次数に等しい | ex-amw-multi-edge |
| ループがあってよい | $\operatorname{tr}A^3$ は三角形の数の 6 倍 | ex-amw-loop-trace |
| 数えるものを「同じ頂点を 2 度通らない道」に替える | $A^n$ の成分がその数になる | ex-amw-not-paths |
| 奇数の長さの閉じた道筋をもたないグラフ(二部グラフ)にする | 長い道筋なら、どの 2 頂点の間にもある | ex-amw-path-parity |
Königsberg のグラフ(ex-amw-konigsberg)では $(K^2)_{11}=9$ だが、陸地 $A$ の次数は $5$ である。長さ $2$ の閉じた道筋 $A\to B\to A$ は、行きと帰りの橋の選び方が $2\times2=4$ 通りあり、次数の数え方($A$–$B$ の橋は $2$ 本)より多く数えられるからである。一般に $(A^2)_{ii}=\sum_k a_{ik}^2$ で、これが $\sum_ka_{ik}$(次数)に等しいのは、すべての $a_{ik}$ が $0$ か $1$ のときである。
満たす性質:ループはない。満たさない性質:2 頂点を結ぶ辺が高々 1 本。破る主張:prop-amw-trace の 1。
prop-amw-fibonacci の $C$ では、$C^3=\begin{pmatrix}F_4&F_3\\ F_3&F_2\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}3&2\\2&1\end{pmatrix}$ で、$\operatorname{tr}C^3=4$ は $6$ の倍数ではない。頂点は 2 つしかないので三角形は $0$ 個である。$4$ 本の閉じた道筋は $1\to1\to1\to1$(ループを 3 回)、$1\to1\to2\to1$、$1\to2\to1\to1$、$2\to1\to1\to2$ で、どれもループを通る。
満たす性質:2 頂点を結ぶ辺は高々 1 本。満たさない性質:ループがない。破る主張:prop-amw-trace の 2。
三角形のグラフで $(A^3)_{12}=3$(ex-amw-triangle-powers)である。頂点 $1$ から $2$ への長さ $3$ の道筋は $1\to2\to1\to2$、$1\to2\to3\to2$、$1\to3\to1\to2$ の 3 本で、どれも同じ頂点を 2 度通っている。長さ $3$ の道で 4 つの頂点がすべて異なるものは、頂点が 3 つしかないので存在しない。つまり、同じ頂点を 2 度通らない道の数は $0$ で、$(A^3)_{12}=3$ とは違う。
同じ頂点を 2 度通らない道の数は、隣接行列の累乗では数えられない。すべての頂点をちょうど 1 回ずつ通る道(Hamilton閉路 の仲間)があるかどうかの判定が難しいことは、一筆書きとグラフ の「大学数学で見ると」で述べた。
満たす性質:thm-amw-walks の仮定はすべて満たす。破る主張:「$A^n$ の成分は、同じ頂点を通らない道の数でもある」という読み違い。
ex-amw-adjacency の 2 の $B$ について
$$
B^2=\begin{pmatrix}1&0&1\\0&2&0\\1&0&1\end{pmatrix},\qquad B^3=B^2B=\begin{pmatrix}0&2&0\\2&0&2\\0&2&0\end{pmatrix}=2B
$$
である。$B^3=2B$ から、$B^{2r+1}=2^rB$、$B^{2r+2}=2^rB^2$($r\ge0$)が $r$ についての帰納法で出る($B^{2r+3}=B^{2r+1}B^2=2^rB^3=2^{r+1}B$、$B^{2r+4}=B^{2r+3}B=2^{r+1}B^2$)。よって、奇数の $n$ では $(B^n)_{13}=0$、偶数の $n$ では $(B^n)_{12}=0$ で、どんなに長くしても、すべての成分が正になる $n$ はない。
理由は色分けで分かる。頂点 $1,3$ を白、$2$ を黒に塗ると、どの辺も白と黒を結ぶので、1 歩ごとに色が変わる。白の $1$ から白の $3$ へは偶数歩、黒の $2$ へは奇数歩でしか行けない。一方、三角形のグラフでは、ex-amw-triangle-formula の表のとおり $n\ge2$ で $A^n$ の成分はすべて正である。三角形があると、1 周 $3$ 歩(奇数)で戻れるので、偶奇のずれが起こらない。三角形がなくても、五角形のように奇数の長さで 1 周できれば、偶奇のずれは起こらない。このように頂点を 2 色に塗り分けて、どの辺も異なる色を結ぶようにできるグラフを 二部グラフ という。
満たす性質:連結である。満たさない性質:奇数の長さの閉じた道筋がある。破る主張:「長い道筋なら、どの 2 頂点の間にもある」。
行列の累乗を速く計算する方法として、行列のn乗と割り算の余り の Cayley–Hamilton の定理や、漸化式の行列表示 の対角化がある。三角形のグラフの $A=J-E$ のように、隣接行列が簡単な行列の組み合わせで書けると、$A^n$ が一般の $n$ で求まる。格子の上の最短経路の数(最短経路の数え上げと鏡像原理)も、道筋の数え上げの一種である。
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